群体細胞共振


群体細胞共振から、発明伝染即興へ


1. ゆらぎ瞑想

腰をゆっくり回し、もっとも心地よいゆらぎを見つける。
速度や大きさを変えて、
その日のもっとも気持ちよいゆらぎを味わう。
その心地よさの中で、自分の生命のクオリアを探る。
生命とは何か、自分の中のどこにあるのか、誰も知らない。
ただ、ゆらぎの中に生命の手触りを探る。
生命の手触りらしきものに出会ったら、
生命にたずねる。
「何が一番したいかい?」
この問いは毎日、思いつくたびに問いかけ続けるとよい。
始めは何の応答もない。
だが、いつかそのうち、思いがけない形で
その返答を受け取ることができる。

2. 生命遡行瞑想

よいゆらぎ心地に入れたら、灰柱で立ち、
自分が40億年前にこの地球上に生まれた
最初の生命体になったことを想像する。
最初の生命はおそらくまったく動けなかっただろう。
ただ、まわりから生命の構成物質を吸収して
生き続けようとしていた。
その、まったく動けない原初生命の体感に成りこむ。
動けなくとも、多くのクオリアを感じることができた。
重力、太陽の熱と光、外界の水や空気の味、
周りの分子の味、
なにが生命維持に必要で何が危険か、
細胞の膜で微細なクオリアの違いを味わい分けて
生き延びてきた。

生命とはまず、
この生きようとするかすかな傾向のようなものだった。
微細な物質の集まりに過ぎない
原初生命にどうしてこういう
生きるという傾向性が生まれえたのか、分からない。
だが、その傾向性なしに、それ以後40億年も
生命を維持し続けてこれなかっただろうと思う。

最初の生命は、酸素ガスとはうまく共振する方法を持っていなかった。
酸素ガスは酸化力が高く、原初生命にとってはむしろ猛毒だった。
おそらく最初の生命はいまの嫌気性のバクテリアに近いものだった。
原初生命はおそらく生体維持に必要な酸素を
酸化硫黄や酸化鉄のような化合物を摂取することによって得ていた。
また、原始大気は今のように
大気中に酸素が4分の一もあるような大気ではなかった。
酸素濃度はもっと低かった。
今のように自由に呼吸もできなかったことを
体感してみる。
なんという頼りない生存であったことかが分かる。

だが、あるとき、生命史上大きな創発が起こった。
シアノバクテリアが、日光のエネルギーを利用して
炭酸ガスを生産する光合成を発明した。
空気中からからだの構成成分となる炭素を得る
方法を編み出したのだ。
彼らは藍藻の仲間として原始海洋上に大繁殖した。
そして、何億年間も光合成の副産物である
酸素ガスを排出し続けた。
彼らの活動のおかげで、
今のような酸素濃度の高い大気が出来上がった。
やがて、シアノバクテリアは、他の大きなバクテリアに食べられた。
だが、食べられてもシアノバクテリアは
他の細胞内で生き続けることができた。
やがて、他の細胞内で共生して生きる方法を見出した。
原初生命が持つ驚くべき共振力によって
二つの生命がともに生きる方法を見出したのだ。
彼らは今の植物細胞内のクロロフィルとして
生存し続けている。
植物たちが生み出す酸素ガスのおかげで
わたしたちは生存をし続けられている。
それを思って呼吸をしてみる。
植物への共振と感謝を忘れて、
自己の利益のみを追求する生存方法を続けていては、
地球はふたたび生存困難な環境に戻ってしまう。

続く大発明は、プロテオバクテリアによるものだった。
大気中あるいは水中に溶解した酸素ガスを
直接摂取して利用する呼吸を発明した。
それによって、大気中でも生きられる
好気性バクテリアが繁殖するようになった。
彼らもまた、他のバクテリアによって食べられた。
だが、自ら酸素を摂取して呼吸できる彼らは
他の細胞内でも生き続けた。
そして、ミトコンドリアとして他の細胞内で
共生する道を見出した。
これもまた、生命のもつ共振力の賜物だった。
その創発のおかげで今のわたしたちの細胞は
内呼吸によって酸素を得ることができる。
それを思って呼吸してみる。
呼吸もまた生命の発明だったのだ。

3.群体細胞共振

これらの発明は、原初生命が現れた40億年前から
10臆年前までの生命の単細胞時代の
30億年間に起こったことだ。
だが、10億年前にとうとう単細胞同士が
共振して多細胞として生きる方法を発明した。
この多細胞共振に至るまでの30億年間の間に、
単細胞はおそらく、ユードリナやボルボックスのような
細胞群体として生きるグループ共振の訓練を経る必要があった。
実に長い過渡期だった。
単細胞から多細胞への飛躍が簡単なものでなかったことが、
この30億年という長い歳月が語っている。
この練習は、生命が30億年かけて学んだ単細胞から群体細胞へ、
そして多細胞生物へいたる過程で学んだ
グループ共振を追体験するものである。
30億年もかけて生命が得た極意だ。
並大抵のものではない。
これほど奥行きと味わいの深い練習もまたとない。

灰柱で真ん中に集まってきたら、
それぞれが互いに相手の微かなゆらぎに共振する。
全体がひとつの共振する群体になる。
生命の持つ原初的共振力を
わたしたちのからだはまだ覚えている。
共振するとなんともいえぬ心地よさが立ち上る。
生命や下意識はいつも
この共振の心地よさとともに生きている。
ためしに共振するのを止めてみれば
その心地悪さが感じられる。
わたしたちの近代の日常自我がどことなく
心地悪いのは共振を忘れているからなのだ。

だが、いったい単細胞が多細胞として協力して
生きることができるようになるまでは
どんなに多くの困難を乗り越える必要があっただろう。
この40億年の生命史のうち
単細胞生命が群体として生きる共振を訓練した30億年間の
過渡期の群体生命に成りこんで練習する。
600兆といわれるわたしたちのからだを構成する細胞は
いったいどのような共振力によって
ひとつになりえているのか?
それができるようになるためには、
生命はどのような訓練をつまねばならなかったのか。

→この項、次の発明伝染即興へ続く


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