透明なデュエット


人と人が意識を鎮め、自我や自己を脱ぎ捨てて共に踊るとき
不思議な光景が浮かび上がる。
そこで踊っているのはたしかに人間に違いないのだが、
どことなく人間以外のものの気配が漂う。

「人間」というのはさまざまな歴史社会的規矩によって束縛され
その制約に支えられることによって成り立っている瞬間的な幻影に過ぎない。
40億年という生命史の中では100万年の人類史でさえごく短い瞬間となる。
今日わたしたちが信じている「人間」を成り立たせている条件は、人類史のなかでもたかだかここ数百年間の近代西欧社会で成立した瞬間的な形姿にすぎない。

「人間」が瞬間的な幻影であることを知って、その鋳型を脱いでいくと、
やがて生命と生命があらゆる微細なクオリアを通じて
共振しているさまが透明に浮かび上がる。

これが透明なデュエットだ。
それを一度でも体験してしまえば、そのおそろしく震え上がるような
異様な悦びの体感は生涯忘れられないものとなる。
それらは見ることや考えることによってではなく、
自分のからだで踊ることによってしか触れることのできないものだ。
だが、踊りの中にはそういう日常体では触れられない異世界体験が
確固として存在することを書いておくことは無駄ではないだろう。
これを読んでいる人も、意識を止め、自我の囚われを脱ぐ術を身につければ
いつかは自分で体験することができるものだからだ。

サブボディ・メソッドでは、まず自分のからだの60兆の細胞のひとつひとつが
微細な重力や温度などの体感を感じてゆらいでいることに耳を澄まし触れていく。
するとひとつの細胞と隣の細胞同士が
微細なクオリアで共振していることもつかめてくる。
そしてやがて自分のからだだけではなく、他の人や生命のひとつひとつの細胞ともあらゆるチャンネルを通じて共振していることが透明に感じられる。
動きや映像、音像、情動などの無数のクオリアを通じて複雑精妙に共振している。

対人関係チャンネルは体感や映像などの個別チャンネルを
すべて含む複合チャンネルである。
その一見混沌とした複合の中にいかに精妙微細かつ多彩なクオリアの共振が起こっているかをつぶさに味わいあう。

これが透明なデュエットだ。

(その具体的な練習法は、次項の「多次元共振技法」をご覧ください。)

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