生体共振


人間のからだは何兆という細胞からなる。ひとつひとつの細胞は独自の生命を持っている。独自に生まれ、単細胞生物のように独自な生命クオリアを咸じ、独自の寿命がくれば死んでいく。われわれ自身、単一の生命であると同時に、何兆もの細胞の共振共生態でもある、一個二重の生命体として捉えなおすことが必要だ。わたしは一でもあり、何兆でもある。

ひとつひとつの細胞を、もっと徹底して個別の生命クオリアを持った独自の生命体としても捉えなおしてみる。すると、これまで気づかなかった多くのことが明らかになってくる。

とりわけ、以下のような生体細胞間の共振現象は、ひとつひとつの細胞が、単細胞生物のようにそれぞれが生命クオリアを咸じていると捉えないかぎりうまく理解できない。

●生体細胞共振

両掌を2,3センチの距離に近づけて、静かに聴き入る。すると両方の手がなにかを感じあってざわめいているのに気づくはずだ。日常意識では通り過ぎていることだが、静かに聴きこめば誰にもすぐ分かるほどの明確さでこれが感じられる。

このときいったい何が起こっているのか。

――掌の細胞同士が共振しあって喜んでいるのだ。これはごく自然な生命現象である。何十年もこの現象について考えてきてやっと答えにたどり着いた。

具体的には、つぎのような手順で問い深めていく。

1.ゆらぎ瞑想などによって、十分日常意識を静めた後、自分の両手を2,3センチの距離に近づける。両手の間に何が起こっているかに耳を澄ます。

2.じつにさまざまな微細な体感クオリアを感じることができる。まずは温かさのゆらぎを感じとるだろう。そして、そのゆらぎがいかにも生きているものという感じを与えることにもきづくだろう。

3.よくよく耳を澄ましていると、ざわざわというざわめきが聴こえだす。両手の細胞がなにやらそれぞれ別個に咸じて、何らかの感じを隣接した細胞に送り、それがうねりのようなざわめきとなっているようだ。生きた細胞が近くにある別の生体を感知したとき、なんらかのシグナルを発していると考えられる。そのシグナルは共振しあって、ざわざわと、いつも生体特有のf分の一ゆらぎにゆらいでいる。

4.掌を、自分の手から、ほかの部位に移し、生体共振を感じる。部位が変わると、感じられるクオリアもわずかに異なる。

不即不離の共振

5.掌をほかの人のからだに2,3センチの触れるか触れないかの不即不離の距離に近づけ、なにを感じるか試してみる。やはりおなじように、生体特有の生きている感じをうけとることができるはずだ。そしてなにやら、自分の細胞と相手のからだの細胞が生体共振を起こし、細胞がそれを喜んで活性化していく感じも。

6.こののち、目隠しをしてじょじょに動きだす。映像チャンネルを閉じると、いやでも、原生的な体感チャンネルや運動チャンネルが開かざるを得ない。さいしょは不安だが、時間を経ると次第に原生感覚を取り戻していく。

7.暗闇の中でほかの人に出会えば、2,3センチの皮膜の距離でその生き物を感じてみる。生体共振がもっとくっきりと感じられる。闇の中を互いに原生的な感覚を開きながらまさぐりあう。だれでもこれを体験すると、いいようのない喜びを感じる。みょうにうれしいのだ。わけは分からないけれど。実際に肌を触れ合うよりはるかにいい。微細で精妙な生体共振を楽しむことができる。

8.闇の中の透明なデュエット。かすかな原生的感覚だけをたよりに闇の中に生体共振感覚をまさぐりあう。それがそのまま美しいデュエットになる。ただ、からだに生体共振の喜びを蓄積していけばいい。

●共振離見

9.不即不離の共振で互いのからだをまさぐりながら動く。動きつつ同時に、自分たちの姿を外側の視線から見る。前から、後ろから、横から、上から、地底から、離見する。

10.からだの内側へ入り込んで、胎像流クオリアが途切れなく流れているかを体感離見する


11.相手のからだの中へ入り込んで、相手の中ではどんな胎像流のクオリアが流れているかを体感離見する。

12.目を瞑っていても、以上のすべてが、自分たちの動く姿とともに透明に感じられるようになるまで訓練する。



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