秘筋

衰弱体に変成するには、からだの闇に対する
解剖学的透明覚をひらくことが助けになる。
日常体は大きな表層筋のみのコントロールに縛られている。
表層筋は四肢や体躯を大きく三次元方向に伸縮させる動きに使う。
日常行動や通常のダンス、スポーツは表層筋で動く。
舞踏では、これらを使わず日常体を止めることが第一だ。
表層筋の底で、日常体にとっては無意識の暗部に追いやられている
深層の秘筋群を使うからこそ、日常にない異界を開くことができるのだ。
深層筋は多くの場合、ストレートな表層筋の下部をらせん状に走っている。
また、いくつかの骨を越えて、遠く離れた部位をつないでいる。
これらの微細な深層筋群を透明視し、それらの固有の性質を知り、
制御する微細な動きを振り付けできるようになることが肝要だ。
個別に見てこう。

脊椎・体躯の深層秘筋群

大きな背筋や胸筋、腹筋を取り去ると、脊柱起立筋と呼ばれる
背骨に沿った長い筋群が現れる。(図1、2)


図1:背部中層の脊椎起立筋

この筋はからだを垂直に保ち、任意の硬直度にからだを変化させるのに使う。
この筋と体底の肛門周辺の筋を連動させ、各種のからだになりこむ。
軽度の緊張では瞑想や座禅の姿勢を保つ。
強度に緊張させると石や彫像に変成する。
緊張をなくしていくと程度に応じて流動化し、液状化した身体や気化体に変容する。

図2:脊椎骨相互を結ぶ最下層の秘筋群

衰弱体への変成には、さらにその下部の
個々の脊髄骨の突起を縦横斜めにつなぐ微細な脊椎深層筋群(図2)
を制御し、多次元方向にゆらぐからだに変容する。
ひとつひとつのゆらぎがそれぞれ異なった異次元を開く。
ゆらぐごとに、次元数が増加し、多次元時空にはいっていく。
そして、からだの闇では、次元数を増加することが同時に減じることである。
そこは非二元かつ多次元の非時非空だからである。
自他未分化な根源の非二元の世界で共振している生命の動きになりこむ。
一歩ごとに、この世には存在しない異界を開いていく。
無数のサブボディをたたえて歩く。

これらの深層秘筋群は、頭部と腰部ではさらに多様に複雑化する。
頭蓋骨と頚骨は無数の微小筋で結ばれている。(図3)
さらに、鎖骨、肩甲骨、肋骨、四肢と複雑につながっている。(図略)


図3:頭蓋骨と頚部を結ぶ深層秘筋群


図4 脊椎と骨盤・大腿骨を結ぶ大腰筋(ソーアス)

脊椎と骨盤・下肢は大腰筋(ソーアス)という最大の深層筋で結ばれている。
(図4)
これは日常体では腰部の屈曲や、下肢の振り上げに無意識に使っているが、
そういう粗大な動きではなくわずかに収縮することで
下肢を心持ち持ち上げ、微細なゆらぎやふるえをもたらすことができる。

これらの筋を個別に多次元方向に緊張・弛緩させることで、
死体、人形、ヒューマノイドなどの傀儡体になりこむ。
まず、一度にたくさんの筋を動かさず、ひとつずつの秘密筋の動きを
丹念に味わうことからはじめる。
からだの闇の多様多次元の内クオリアがそれらの秘密筋群の動きと、
たったひとつのかけがえのない結びつきを見出したとき独自の衰弱体の踊りになる。
どちらが欠けてもただの動きか、ただの主観的なイメージにとどまる。
臀部の大臀筋などの表層筋の下層にも多くの深層筋が隠れている。(図略)
そこには直立歩行を覚える以前の獣のクオリアが潜んでいる。
成りこむとはそういう秘められた深層記憶ごとなにものかに変成することである。


下肢・上肢の深層秘筋群


深層秘筋は複数の関節を越えて、遠くの骨をらせん状につないでいる。
表層筋を止めて、これらの深層秘筋群を使うと、
人間界ではありえない、見たこともない異界の動きが出てくる。
頭で動きを作り出すのではない。
異界の住人であるサブボディは独特の動きのクオリア、イメージ、タイミングを持っている。
それに全脳心身で付き従い、乗り込んでいく。


図5 上肢の深層秘筋群



図6 下肢の表層・深層秘筋群

日常体が運動するときに使う大臀筋、三頭筋、
ハムストリングなどの大きい筋群を抑制する。
するとその下部の多様多数のらせん状の深層筋群の動きが現れる。
(図6の中ほどの二つはまっすぐな表層筋、右端がらせん状に下腿と踵を結ぶ深層筋)
それぞれの深層筋は個性ある六道ゆらぎをからだにもたらす。
それらを組み合わせて人間の日常体が囚われている粗大な動き以外の
固有の微細な動きをからだに染み込ませていく。
足部の忘れられた秘密関節を結ぶ秘密筋群を絶えず透明に見つめつづける。
上肢も下肢と同様に、秘関を結ぶ深部のらせん状の秘密筋群を制御し、
それらが持つ人間の日常体の動き以外のクオリアに成りこみ、
異界の生命体・非生命体に変成する。

衰弱体への長い道

衰弱体への変成には、
たえずからだの闇の内クオリアの流れに耳を澄ますことと、
たえず各部の深層筋群が異次元方向に
揺らぎ続けるからだになりこむ訓練が肝心だ。
これには長い時間がかかる。
土方自身でさえ、1968年の「肉体の反乱」までの
粗大なダンスの動きを一切みずからに禁じ、
それを停止することで、衰弱体に変成するまで
5年の孤独な集中訓練の歳月がかかっている。

まず、脊椎の秘密筋群に対する透明覚を開き、
あらゆる次元方向に微細な六道ゆらぎ
(ゆらぎ、ふるえ、うねり、ひびき、こわれ、死に)
が起こるからだになる訓練からはじめるのがいい。

秘関秘腔秘肌、秘筋が目覚めていくと、
自然にそこに封印されていた無数の多次元クオリアがうごめきだす。
そのサブシグナルをキャッチし、全脳心身で異界の存在になりこむ。
ありったけの想像力とからだの動きがひとつになる瞬間をみつけて異界に降りていく。
土方巽の超微細かつ精妙な衰弱体の振り付けもそのようにして生まれた。
あとはサブボディのうごめくままに従うだけでいい。
もともとサブボディは三次元ではなく、非二元かつ多次元の異界で生きている。
異界のことは異界の住人であるサブボディに任せればいい
そこから先が舞踏だ。
人間という型を脱ぎ、異界に転生する衰弱体の舞踏が始まる。



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