寸法の歩行2 <非連続>
 
寸法の歩行の中の<非連続> 

寸法の歩行の中の<非連続>


土方が晩年に創った「寸法の歩行」という舞踏練習譜には、
舞踏の初心者向けのベーシックな要素がつめこまれている。
だが、それだけではなく、舞踏を学ぶ未来の世代にむけて
固有の探求のための秘められたヒントがそっと象嵌されている。
最終行の「非連続」という一語である。


「寸法の歩行」

イ 寸法になって歩行する
ロ 天界と地界の間を歩くのではなく移行する
ハ ガラスの目玉 額に一つ目をつける
ニ 見る速度より 映る速度の方が迅い
ホ 足裏にカミソリの刃
へ 頭上に水盤
ト 蜘蛛の糸で関節が吊られている
チ 歩きたいという願いが先行して 形が後から追いすがる
リ 歩みの痕跡が前方にも後方にも吊り下がっている
ハ ガラスの目玉 額に一つ目をつける
ホ 足裏にカミソリの刃
へ 頭上に水盤
ヌ 奥歯の森 からだの空洞に糸
ル 既に眼は見ることを止め 足は歩むことを止めるだろう
  そこに在ることが歩む眼 歩む足となるだろう
オ 歩みが途切れ途切れの不連続を要請し 空間の拡がりを促す
イ 寸法になって歩行する


「虫の歩行」の舞踏譜にも、最終行の謎の一行
「(意志即虫・物質感)」
にも将来の探求のための秘密のヒントを埋め込んでいた。
「虫によって押し出されて動く、動きを習得した後は、
虫ではなく、任意の物質感に置き換えて練習せよ。」という
メッセージが象嵌されている。
土方の時代にはクオリアという語はまだ広く知られていなかった。
いまなら、
「虫のクオリアを舞踏手固有のクオリアに置き換えて、それによって動かされる動きを発明せよ。」というところだ。

「寸法の歩行」の最終の行の「不連続」とはなにか。
死者の技法としての衰弱体舞踏にとって、
人間の意識に囚われるのではなく、
生死を超えた森羅万象にくったくなく変容する無限変容術が
もっとも大事である。
「意識はこの三次元、4次元世界との連続性に囚われているが、
そんな紐帯を捨て、死者として無限の多次元世界を次々と開畳せよ」

という
自在跳梁への道標である。
これがどんなに重要かは、近代西洋の二元論的な知に囚われている限り、
気づかれることはない。

今週、塾生は頭上に石を載せて運ぶ寸法の歩行の基礎を
その専門家であるフォトバイにに学んだ。
長年頭に物を載せて運ぶ仕事を続けてきた彼女のからだには
無意識に寸法の歩行が染みこんでいる。
その秘密をおすそ分けしてもらったのだ。
それが身についたあとは、平地だけではなく、
頭に石を載せたままさまざまな地形の変化を歩いた。
物質的な地形の変化は、からだの闇の不可視の付置と共振している。
サブボディモードになって頭に石を載せてさまざまな地形を歩くだけで
自然と異次元間の自在跳梁の練習が可能になる。
こうして少しずつ、異次元と異次元の間の連続と非連続を
密度を運びながら自在跳梁して踊れるからだに錬成されていく。
長い時間のかかるプロセスであるにしても。



 
生と死の連続と非連続

一歩ごとに生死の境界を渡る


寸法の歩行の中の生と死の<非連続>とは、
一歩ごとに、上図のような無数の異世界を自在跳梁して渡り歩くことだ。
みかけは、しずかな微細なふるえにしか見えない歩行でも、
舞踏者の生命は40億年の時空を馳せ上り、馳下りしている。
こういう訓練をへて、
命と死という最深の謎を踊るとはどういうことかが
からだに降りてくる。
自我や自己などにとらわれていては一生踊れない。
だが、自我の始末とはまた、生涯最大の難事である。
その可能と不可能のあわいを踊るしかないのだ。



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