体感と離見

体感と離見、このまったく異なるものが、
ひとつになるまで練習する。

1.目隠しをして灰柱で歩く。

10メートルほどの距離を30分から1時間かけて歩く。
からだで起こるすべての事を咸じる。
重心のゆらぎ、呼吸、血圧の変化、
ふとした思いつき、内臓の具合、
足の裏の圧力、皮膚の涼しさ、
思い出される記憶、予感、
……すべてを受け入れる。
連続した思考が起こる場合もある。
からだのクオリアに聴き惚れることもある。
次から次へとイメージが湧きあがることもある。
すべての状態を知る。
たっぷり味わう。
何も拒否しない。
時は止まる。
どこか別のところで流れているのだろう。

2.自全を歩く

自分のすべてが感じられてきたら、
自全(自分の全体)を引き連れて歩く。
灰柱のときはだらんと脱力していた腕が
少し開き腕とからだの間に空気が入る。
それだけの違いだ。
からだのまわりの空気層に自全がみなぎる。
からだのあちこちから出たがっている
サブボディの息吹を聴く。
地底から呼びかける自全もある。
空中を漂っているものもいる。
すべて、自全の一部だ。
それらかすかな兆しを感じつつ、
わずかにからだのどこかがいつも
微細にゆらいでいる。
飛び出しそうになるサブボディを
抑えて抑えて連れて行く。

3.世界に向かって歩く

自全歩行から、さらに少し両手を開いていく。
少しずつ、少しずつ、
変化が誰にも気づかれぬほどの速度で。
じっくりと世界に向かって歩く態勢に変容する。
自全を引きつれ、世界に向かっていく。
なにをやりたいのだろう。
なにを見せたいのだろう。
自全に問いかけつつ歩く。
からだ全部が世界との関係の
緊張の中に現れだす。

4.体感と離見

からだの中で起こっている体感をすべて咸じる。
そして、世界との関係を離見する。
観客が周りにいると想像する。
観客の目に映っている自分の姿を離見する。
一挙手一投足のなかのわずかな変化の一瞬一瞬に
観客との相互作用を咸じる。
観客とのわずかな共振の変化を離見しつつ、
同時にからだの中を伝い流れ変容する体感と
いつもひとつになっている。
体感と離見がひとつになるとき
からだと世界に起こっていることすべてが
透き通って見えるからだになる。
意識と無意識とからだとの間の
境界が消える。

透明体へ変成する。


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