原初生命への遡行瞑想



1.腰をゆっくり回し、もっとも心地よいゆらぎに入る。
いつもこれがゆらぎ瞑想の始まりになる。

2.よいゆらぎ心地に入れたら、
自分が
40億年前の
最初の生命体になったことを想像する。
わたしたちあらゆる生命体は、
この最初の生命から今日まで、
まったくひとしい
40億年の時間を背負っている。
人間も昆虫もアメーバもひとしく

40
億年の変転を経てきて今の姿になったのだ。
一分一秒たりとも変わらない。

そして、40億年前の始原生命が
まったく自分では動けず、
ただただ周りの環界のなかで
共振できるものを取り入れ、
自分のからだをつくることをはじめたことを想像する。

それから30億年間、
単細胞生物として、
まわりの環境からやってくるさまざまな刺激を
ただただ受け入れ、
受け入れ続ける中で、
万にひとつあるいは億万にひとつの割合で、
新たな対応性を創発して、
多様な種に分化してきた生命の長い創発史を思う。

生命とは基本的に
億万の受容に対し、
ひとつの創発というふうに、
やってくるすべての条件を受け入れるなかで、
万にひとつの創発を生み出すことによって、
進化をとげてきたものだ。

3.ひとりが真ん中で横たわり、
この瞑想を続ける。
他の人は周りから

40
億年間に原初生物に降りかかったさまざまな刺激を与える。
雨、風、波、日光、地震、隕石、音響、地響きなど
さまざまな刺激を序破急をつけつつ与え続ける。

4.中の受け手はこれらの刺激をすべて受け入れ味わう。
始原生命として受け入れつつ、
なにか自分の中から創発していきそうな
クオリアが生まれたらそれを伸ばす。
まわりの仕手は、それを時に助長し、
時にまったく無関係な刺激を振り掛ける。
このプロセスを通じて、
中の受け手は
40億年間の生命史を追体験する。
そして、自分の生命の固有性を創発する。
いったいどんなクオリアを発明することで
わたしたちはわたしたちになったのか。
長い長いプロセスをたどりなおす。

5.そのあと、この半受動半能動、
あるいはもっと正確に言うと、
ほとんど受動、ほんの少しだけ能動という
万受一能ともいうべき、
生命のもっとも原生的なクオリアから
自分のサブボディを探る。
ほとんど自由が効かず、
情けなくも、回りから翻弄され続ける、
動けないクオリアをからだの闇に探る。
もっとも弱弱しい動き、
もっとも不自由な動きで必死に自分を運ぶ、
自分固有の衰弱体を発明する。
這ってでも、いざってでもいい。
ほんの少しずつ進もうとして進めない歩みだ。
そのあたりにサブボディの底がみつかるはずだ。
そこまで降りきれば、
もう何も怖いものなどなくなるじゃないか。

★関連技法 →衰弱体への透脱 →衰弱体共振

| コメントを書く |メールを送る |サブボディ舞踏スクールホームページ |  

←BACK ■ NEXT→