産婆ガイド

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1 産婆のすすめ

生き方としての産婆

共振塾は、英語表記ではSubbody Resonance Butoh School
(サブボディ共振舞踏学校) だが、教師はいない。
教師ではなく、産婆が、調体から探体、創体、癒体までの
各プロセスをガイドする。
産婆と教師の違いは、教師は自分が持っている知識や技法を教え、
その習得を指導する。
これに対して産婆は、生徒や参加者のからだの闇に潜んでいる
まだ産まれていないサブボディ=コーボディの胎児の息吹に耳を澄ませ、
その誕生をうながすために、さまざまな手立てをとる。
誰のからだの闇にも潜在している創造性を開く手助けをする。
人にものを教えようなどという態度には、教師の自我がつきまとう。
たとえ善意であっても、善意こそがもっとも危険だ。
無意識裡に、正誤や善悪の二元論的な規範に囚われているのに
それが見えない。
あるいは、教師的自我が計画したカリキュラムに従わせようとする。
それに従えないものには、駄目だ、怠けているなどという烙印を押してしまう。
そしていのちの無限の創造性や固有性を気づかず削いでしまう。
そういう無意識裡の権力的な態度や階層的秩序的な権威などは
すべてサブボディをからだの闇に追いやった素因だ。
少しでも権威や威厳を振りかざすと、サブボディはそれを察知して出てこない。
産婆は、まずおのれの自我や意図を消し、正誤・良否の判断を止め、
まだない可能性に対する透明な共振者にならなければならない。
後にのべる日々刻々の<脱自>を身につける必要があるのだ。

産婆は自分の考えでサブボディの誕生を計画したり、
善悪、正誤の判断をしてはならない。
いのちに対してそんな人間だけの価値基準を押し付ける傲慢な態度は
いのちの無限の創造性を踏みにじるものだ。
そういうものがこの世を貧しく窮屈にしてきた。
既成の秩序に認められたものだけが良いものとして人々を縛ってきた。
だが、だれも、何がこれから生まれてくるかは分からないのだ。
いのちの無限の叡智と可能性を信じ、それに従うしかない。
たとえ、どんな奇形や異型が生まれてこようと、
それはいのちを多様にするいのちの発明なのだ。
生まれてきたものをすべてこの世に生かすこと。
それがいのちの多様な発展を支え、世界を豊かにするまっとうな態度である。
これ以上に豊かな生き方はない。
そうは思いませんか?