
Video gallery 2
After positive
After pojitive
1980年から90年代、多くの人がエイズで亡くなった。敬愛するミシェル・フーコー、ジョルジュ・ドン、ダムタイプの古橋悌二……。惜しい人がことごとくこの世を去った。ポジティブ」という言葉が、肯定ではなく死の宣告の意味に逆転したのはこの時だ。
伝染熱という作品の後、それに感染し、ポジティブの宣告を受けた後の、近づいてくる死を前にした覚悟の踊り。踊りを始めて以来私は、世界中の死者、狂者、病者、障害者、犯罪者など、近代社会から放逐された人々と共振して踊ろうとしていた。
2000年、小早川道江と私は東欧のシナゴーグチェーンから招待され、東欧各国の古いシナゴーグ(ユダヤ教の教会)で踊ることとなった。戦前まで使っていたユダヤの人々が殆どアウシュビッツで虐殺され、生き残った人もイスラエルに移住して、誰にも使われないまま戦後50年を経て初めて開く教会もあった。シナゴーグチェーンは、そういう古い教会を文化交流の施設に転換しようという運動を推進していた。古く壮大なシナゴーグは、これまで踊った中でも、何百万という死者の気配を背負って踊るほかない最も重い踊りの場となった。
2000年 京都「京龍館」初演。日本、インド、ハンガリー、ルーマニア、ユーゴスラビア、スロバキア、アメリカなどで踊った。このビデオは、インド、ダラムサラのグジュスンの日本レストランで踊ったとき、当時ボランティアに来ていた大介君が撮ってくれた。ダライラマの妹さんと映画俳優のリチャード・ギアが観客席の一番前の座を占めていた。
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感染後
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写真は、ハンガリーのギョールという町のシナゴーグの
巨大空間で踊ったときのもの。床が硬い石とコンクリートで、容赦なく肌を噛んだ。