| 2007年 |
| 2007年3月19日 ●共振してるよ! 相羽香乃さん リゾームLee 相羽香乃さんへ ご無沙汰しています。お変わりありませんか。 「 去年のあなたの著作権を揺るがす行為に 全面的支持を表明します。 」 ――この書き出しではじまるこの手紙は、 今年の1月ミャンマーへの旅の中で書いたものです。 ミャンマーからは外国のサーバーへは投稿することができず、 ヒマラヤへ帰ってからも ブロードバンドがなかなかつながらず、 わたしの学校の新学期の準備に追われていたこともあって 今日まで投稿できませんでした。 その中で、私自身が共振した土方巽を撮った細江英公氏をはじ めとする舞踏写真や中島みゆきの音楽をサイトに掲載すること を通じて、ずいぶん著作権について考えが深まりました。 (くわしくは、ヒマラヤ共振日記をごらんください。) ところどころ、現在からの注記もいれて、 当時書いたものをそのまま掲載します。 「 わたしは若いころから、 いろんな分野の芸術創造をする中で 著作権というものについて 長い間考え続けてきました。 今回の香乃さんの行為をきっかけに それを共振性原理で考え抜くことで ようやくすっきりした<解>を得ることができました。 大きな喜びと感謝とともに その成果を報告させてもらいたいと思います。 創造という不思議なことが起こるとき それをつぶさに観察すると次のことが分かります。 <創造とは自分の全体と、世界の全体との間で起こる 共振によって生成する現象です> ――これが、<創造>の定義です。 自分の全体(以下、自全と略)の中で流れるクオリア流と、 世全(世界の全体)のクオリア流との間で 勝手に起こった共振の結果生み出されるものです。 (クオリアとは命が感じるもののすべてを指します。) そこには、自我が介入する余地などありません。 わたしはそのことを 自分のサブボディの踊りができたときの不思議な感じを 追求しぬくことでつかみました。 わたしの踊りはわたしの自我が創ったものではない。 踊りができたときわたしの自我には それを創った覚えなどどこにもなかったのです。 ある日突然できていたのです。 自我はあわててそれを記憶するために メモを取っただけです。 だとしたら、いったい誰が創りだしたのだ? かつてわたしはその未知の作者に サブボディという名前をつけて十年以上も追求してきました。 自己催眠の修行をしたりしつつ、時がたつにつれて それはわたしの下意識の流れのなかで 起こったことがわかってきました。 その下意識の世界で起こっていることをさらに 徹底的に追求すると上の<創造とは、――>という 定義にたどり着くことができました。 ぶっちゃけて言えば、 創造とは自分と世界の間で起こるクオリアの共振現象です。 すべての共振現象は自我が意図して起こるものではなく ただの自然現象です。 ところが、多くの自我はそのことを知りません。 創造現象が起こった後、目の前に出現した<創造物>に対し、 (これは俺が生み出したものだ)と勝手に思い込んで その創造主に自分の名前をつけてしまうのです。 そう、自我こそ生起した創造現象に対する 最初の窃盗者なのです。 起こった自然現象に対し自分の名を冠して 自分の私的所有物だと主張し始める。 これは資本主義の歴史の最初期に起こった自然に対する 窃盗行為、 「この土地はわたしの私的所有物だ」 と宣言することによって、その土地を詐取する 原初資本主義の盗みの仕組みと同じです。 土地所有の観念のなかったアメリカインディアンの 住む土地に侵入し、 「この土地はわたしの土地だ」と主張して アメリカ大陸全土の土地をそこに住む人を殺害し、 次々と奪っていったイギリス人やスペイン人、 ポルトガル人、フランス人が16~17世紀に犯した 世紀の大犯罪がそれです。 現代の著作権を含む私的所有のルールを 世界の普遍的ルールであるかのように主張しているのは これら組織的窃盗者の末裔とそれに影響された人々です。 今回香乃さんが行った行為は、 すごく無垢に解釈すれば アメリカのネイティブインデアンが、 野山を歩きつつ発見した朝日に輝く水滴の美しさや 空高く飛ぶコンドルの軌跡の美しさに感動した 共振現象と同じ性質のものです。 インターネットの世界は今のわたしたちにとって 第二の自然と同じです。 ネットサーフィンして感動するものを発見し その感動を発表することもまた自然な共振です。 なんら否定されるべきものではありません。 ところが厄介なことに、 現代のネット社会を形成しているのは、皆、 自我という幻想に囚われた人たちなので、 その人たちはその人の自全と世全の間で起こった 共振現象である<創造>行為に誤って 自分の名をつけてしまっています。 そして、私的所有が現代社会の普遍的ルールだと 公言する資本主義の強い力に影響を受けて、 <創造>を自分の私的所有物だと主張してしまうのです。 現代のわたしたちはすでに途方もなく長い 生命の創造の歴史と、先人たちの創造の歴史によって できている世界の中で生きているので いまわたしたちが行う自然な共振現象としての創造行為には かならず、わたし以前に起こった創造との共振を通じて それが<元型>として忍び込みます。 たとえば、わたしが踊るとき、いつも 粘菌やトカゲや植物の動きの美しさをなぞっています。 世阿弥や土方巽が発見した現世と他界との間でゆらぐ 生命の美しさがしみこんできます。 野口三千三という体操家が発見した にょろっとした原初生命体のうごきや 盟友サンチャゴの踊りの中の動きに からだが共振してなぞっていることがあります。 そのときわたしは踊りながら、粘菌よ!とか、 土方!、野口さん!、サンチャゴ!と 叫んでいます。 それはわたしの彼ら先人たちへの愛の表現です。 すべての愛は共振であり、自然現象です。 香乃さんが発見した二匹の犬がじゃれあう、 あるいは闘う○○さんの絵は、 ○○さんが二匹の犬の姿に感動した共振の表明です。 ○○さんの中にも 純粋な芸術の創造者と、 芸術を商品化して生きねばならない社会的人格が 存在しています。 抗議したのは、○○さんの社会的人格ですが ○○さんのなかにある創造者人格は 共振してもらったことを純粋に喜んでいる に違いありません。 本当に大事なのは、わたしたちは、 資本主義に犯されず、囚われず、 もっと無垢に共振する心を取り戻す必要がある ということです。、 何者にも遠慮せずにどんどん共振する心を 発露するべきなのです。 香乃さんの行為は、 純粋な共振からほとばしりでたものです。 わたしたちの創造的な下意識には、 名前などありません。 ただ命が共振し創造し、美を発見しているのです。 香乃さんは、きっとそういう 創造的下意識の世界に生きているのだと思います。 社会的ルールに即して生きることは、 きっと苦痛で仕方がないと感じていると思います。 わたしの中の踊りを創るサブボディの創造者も その世界の住人だからよく分かります。 この世界には自己と他者という区別もなく、 こころとからだの間の仕切りもありません。 あらゆるボーダーを越えて流動しています。 (人間が分別的な日常的知性以外に そういう流動的知性をも二重に持っていることを 中沢新一の『対称性人類学』がよく抉り出しています。 そういう流動的知性を回復しなければならないという 彼の主張とわたしは深く共振しています。) 香乃さんは、流動的な知性=創造的下意識の世界から わたしたちに、もっとどんどん共振しようよ! という力強いメッセージを送ってくれたのです。 その勇気に乾杯! わたしもこれから、著作権という形で、 芸術創造の前にたちはだかる資本主義の魔と 闘っていこうと思います。 香乃さんは、わたしにその勇気を奮い起こしてくれました。 これが香乃さん、あなたへの連帯のあいさつです。 ではまた、Lee 」 今読み起こすと、ずいぶん昔の戦闘的学生であったころの 文体がそのまま現れていて恥ずかしい思いがします。 論理の運びも随分強引なところがあります。 これを書いたのはたぶんわたしの中の 20歳のままの山沢夙という革命家人格だと思います。 でも、山沢はわたしの中のもっとも純で無垢な 大切な人格です。山沢なしにわたしはありえません。 lastmoonさんが、自分のなかのどんな小さなかけらを なくしても自分ではなくなる、と断言するのと同じです。 わたしはその断言によって随分力づけられてきました。 山沢は、実際この後、中島みゆきの「宙船」という歌の MP3ファイルをサイトに貼り付けたり、 細江英公の土方写真集のコピーをアップロードしたりして この手紙に書いたとおりのことを実行しています。 わたしの中にある、 社会のルールになるべく抵触しないように生きていこうとする 小市民的な社会的人格と闘いながら。 では、また、お便りします。 お元気で。 リゾームLee」 註――わたしの中にいる社会的人格は、 山沢の行為に対し、こっそり、 著作者の名前を書き込むなどの社会的配慮をして、 山沢を守ろうとする。 この人格は、わたしの高校大学時代の友人で いまは弁護士をしている北本修二という 友人そっくりの動きをするので、 彼の名をつけて、北本と呼んでいる。 あるいは彼の人格がいつの間にか 共振を通じてわたしの中に忍び込んだのかもしれない。 実際の北本も、昔からいつも山沢が過激な行為や 危なっかしい発言をすると、 さっと忍び寄って取り消したり、砂糖ですこしまぶして 社会的合意を取り付けやすくするなどの手品をした。 山沢はそれを嫌がっていたが、実際のところ 彼に守られてもいたのだ。 ありがとう、北本君。 |
| 2006年12月 |
| 2006年12月9日 ●多重人格は多次元の創造性を切り開く からだの闇の下意識の世界は、 恐ろしく複雑な多次元を連結・流動している。 からだの闇を掘り進め、旅をすればするほど そのことが分かってくる。 その世界は中沢新一が言う「対称的な流動的知性」の世界でもあるし、 村上春樹が切り開いてきた、異次元がつながり共存する世界でもある。 その世界はこれからの人間の知のかたちを先取るものだ。 これからの人間は、三次元や二元論に囚われた 近代的な自我意識の世界を脱ぎ捨てて 創造的な下意識を開放して生きるべきだ。 これまでの近代的な意識と、 創造的な下意識の両方を使いこなせるようになると、 人生の幅が何倍にも広がる。 私が自分の中の多重人格障害にこだわってきたのも、 多重人格の世界がどこかでこの人間の新しい知の形態と つながっていることを直観していたからだ。 多重人格の人は、それによって この社会の規範とうまく寄り添えないことに 苦しみながらも、 驚くほど豊かな多次元を共存させて生きている。 誰でもいいが、多重人格の人のサイトを のぞいてみればそれが分かる。 たとえば私がいつもお邪魔している L'eclosionのlastmoonさんは、 主人格のNさんは、音楽演奏の才能があり、 副人格のKanoさんは優れた絵の才能を持っている。 その絵も数限りない異なるタッチを駆使されている。 Lastmoonさんの婚約者の風さんのサイト 「かぜつうしん」のkaze hitorigoto memoに Kanoさんの驚くべき多彩な絵が掲載されている。 だが、今年私はこれがLastmoonさんだけの 特殊例ではないことを発見した。 下意識の多次元の世界には 誰でもこういうマルチチャンネルの創造性が詰まっている。 意識では気付けないし、 堅くブロックされているから出てこれないだけなのだ。 多重人格の人は多重人格障害がきっかけで かえって自分の中のさまざまな可能性を 先駆的に開くことができているひとなのだ。 サブボディ共振塾の生徒は、 少しの期間、創造的下意識を開く訓練を受けるだけで 誰もがからだと動きのチャンネルのほかに 映像チャンネルと音像チャンネルを開いて、 とても創造的な映像世界と音像世界を創出する。 彼らが描く多彩な映像世界の豊かさと、 創造する音像世界のユニークさを知ると、 私の言うこともまんざらうそではないことが分かるだろう。 いまはまだ、映像チャンネルの サブボディアートのページしか作れてないが、 サブボディボイスという新しいジャンルを今年は開くことができた。 からだのなかのさまざまな体腔音を組み合わせれば 世界にまだない音楽世界を開くことができる。 それは世界の未開民族の音楽とも共振する 深く懐かしいクオリアに満ちている。 私たちはみな10ヶ月の間 母の胎内で母親の体の音楽を聴き続けて育った。 心音、呼吸音、血流音、胃腸音、口腔音、鼻腔音などなど。 来年になれば生徒が創造するすばらしくユニークな 音像世界をビデオでお目にかけることができるだろう。 |
| 2006年11月 |
| 2006年11月21日 ●悲の飽和 若いころから私は、 自分があらゆる感情に強いという 妙な自信を持っていた。 どんなことが起ころうと耐えられる、 乗り越えることができる、 だから何事にも恐れないという 妙な力みを持って生きていた。 それが、自分のもろさを自分に対してさえ 覆い隠す空威張りの鎧であったことが 知れたのはいつのことだったろうか。 ある日突然私は自分がもう これ以上は一滴も悲しみを 味わうことさえできなくなっているのを知った。 悲しみを味わいそうになると その予感とともに私の心は凍り付いて 動かなくなってしまうのだった。 おそらく小さいころから味わってきた 悲しみがある日突然存在としての 飽和の量に達してしまったのだ。 それ以上一滴でも悲しみを味わってしまえば 死んでしまう。 そういう恐れによって私の命は 悲しみの受容を停止したのだ。 それ以後一切の悲しみを味わったことがない。 その前に私は人の心を無くして 閉じてしまうからだ。 これは感情の解離と呼ばれる。 サイトで知り合った解離性障害の人々の 多くがこの、感情の解離や感覚の解離に悩んでいる。 だが、今のところ私にはどうすることもできない。 つらいがただこれ以上壊れるのを 食い止めることで精一杯だ。 まだ人の死に目にもそうそう出会ったことがなった 中学生のころが懐かしい。 15,16,17と 死を恐れることもなくいくらでも 死地へ、死地へと自分を駆り立てていった。 無限回敗北しても、失恋しても へこたれずに生きていけるバイタリティがあった。 むやみに強がっていたのだ。 自分が限界ぎりぎろのところで 無理してがんばっていたのを知らなかった。 ある日突然切れてはじめて知った。 人間はあまりに傷つきすぎてはいけないことを。 壊れる寸前でかろうじて 自分を保って生きている。 余裕がまるでない。 ほんの些細なことに壊れかける。 私の指圧の師遠藤喨及氏も、 生徒の生返事に傷つくといっていた。 西洋人の生徒が「OK」と受け答えするだけで 傷ついていた。ちゃんと「Yes」と受け答えするように しつこくいっていた時期があった。 どうしたことだろうと、当時はいぶかったが 自分が教師になって始めてその気持ちがわかるようになった。 無断欠席、生返事、さまざまな個人的要求、 生徒は平気でぶつけてくる。 そのいちいちがやけにコタエル。 「いつもでもあると思うな、俺。」 と、先日糸井重里が書いていた。 俺たちはみなそういう世代になってしまった。 だが、子供は天真爛漫に 容赦なく暴力的に泣きわめく。 子供の泣き声にひどく傷つく。 俺には泣くことに関して 思い出すこともできないトラウマがあるようだ。 単身爛漫に泣く子がそばにいると殺したくなる。 このことだけは考えたくもない。 それくらいひどい。 |
| 2006年11月19日 ●ドリーミング・アップ その昔、自分には指圧師になれないと、 断念するにいたった出来事があった。 ミンデルの書物で読んで知識だけはあった <ドリーミング・アップ> のプロセスに自分自身が巻き込まれていることに 気づかされる体験だった。 とても苦い体験だが、 透明になるためには、 自分の下意識とからだで起こることは すべて見通せるようにならなければならない。 つらいがこれも修行だと思って、 抉剔してみる。 ときには自分にこういう生体解剖のような 荒業も施さねばならない。 透明体になる修行は 時として生易しいものではない。 <ドリーミング・アップ>とは、 <投影>によく似たプロセスだ。 投影は自分の中の影やアニマなどの 劣等要素や元型を ほかのひとのうえに投げかけ、 その投げかけた影とかかわるものだ。 自分が投影した自分の中の劣等要素に対し 憎んだり、争ったりするものだ。 これに対し、 ドリーミングアップとは、 ほかの人を自分のドリーミングの世界に引き入れて その夢・妄想の世界の住人として育て、 その育てた対象とかかわるものだ。 片思いの恋は多かれ少なかれ このドリーミングアップの要素を持つ。 実は私は若い頃常にこのドリーミングアップした 片恋妄想の世界にはまり込んでいた。 それでいつの間にか自分の思いは 現実の対象からはずれてしまうことが起こった。 その昔、腰を痛めた近所の 女性の友人に指圧の治療を 試みたときもそれが起こった。 指圧を受けているときその女性の顔に 十歳くらいの少女の面影が浮かぶ。 痛がったり、安心したりするとき ひとはそういう下意識にしまいこんでいる 表情をあられもなくさらけ出してしまう。 私はその女性が垣間見せる 少女の気配に恋をした。 いかにもロリの私らしい。 自分の妄想のなかでその少女との 交情の世界を築き育てあげた。 それは現実のその女性とは掛け隔たったものだった。 だが、私自身にはその区別がつかない。 てっきりその女性に恋をしているのだとばかり思っていた。 だが、実際にその人に会うと 大人としての関係態度が発現されることなく ただ、寄り添ったりするだけの 子供としての態度しか出てこないのだった。 ドリームアップする自分もまた十歳ほどの 少年に戻ってしまっていたのだ。 はじめはそれが奇異でしかたがなかった。 どうして、こういう態度しか取れないのだろう。 自分の健康な性欲はどこかへ行ってしまったのだろうか といぶかった。 そろそろ、老いの兆候が気になりだす頃でもあった。 だが、ある日夢から覚める日が来た。 わたしが妙な妄想に陥っていることに気づいた その女性自身からの、 適切な打ち切り反応によって そのドリーミングアップの世界は費え去った。 そして、自分がドリーミングアップに陥っていたことに気づいたとき、 どっと疲れが出た。 吐き気がするほどの気持ち悪さと、 激しい眠気に襲われた。 解離性人格障害で、 人格交替が起こるときの 症状にとてもよく似た症状だった。 あるいはこのふたつは関係があるのかも知れない。 自分の中で妄想と現実が シャッフルするトランプカードのように 激しい速度で入れ替わる。 そのあまりの落差に耐え切れなくなるかのようだった。 激しい頭痛、自分のからだではないかのような体感のずれ、 めまい、……指圧でいう、<瞑幻反応>にも似ていた。 おそらく、感じているクオリア流動に 異変が起こるのだ。 人間が咸じるクオリアは、 無意識裡にいつも ひとつの現実感や自己感のもとに 統括されている。 でないと不安になる。 ドリーミングアップに気づくときや 解離された人格の交替が起こるときには これらのクオリアセットを そっくり取り替えないといけない。 ひとつの世界像とそのなかの自己像を そっくり別のセットに入れ替えるのだ。 そのとき、意識と下意識、からだのあいだの 根本的な配置が換わる。 おそらくそれが瞑幻や、 離人感や金縛り体感など ボディダブル現象の原因だ。 しかしまあ、 とんでもないことだよな。 下意識で起こることは意識にとっては とびきり奇妙なことだ。 だが、下意識のリゾーム変容している クオリア流にとっては、 夢の中と同じように、 人物が入れ替わったり、自分と他人が 入り混じったりすることぐらい ただの日常茶飯事なのだ。 おまけに奇妙すぎることが相次ぐ。 さいわいわたしはもう 下意識世界に分け入って長い。 どんなみっともないこと、 みずぼらしいことが起こっていても、 それを自分の下意識界の出来事として 受け入れることができる。 こうして公表することも苦ではない。 こういうことすべてを乗り越えて 透明になりたいという思いのほうが それを妨げる自尊心や羞恥心より強い。 いくらみっともなくても、 それにたじろがず、 平静に受け入れられるようになるまで 透明覚を鍛え続けることしかない。 日常分別覚であるツリーの論理と 変容流動覚としてのリゾームの論理の 両刀遣いにならなくてはならない。 でないと意識の世界と下意識の世界の ふたつの世界を自在に往還できるようにはなれない。 ながい道のりだよな。 何百年かかるのだろう。 |
| 2006年11月13日 ●20人格ダンス 1998年に、はじめて自分のソロらしいソロ、 伝染熱を作った直後、 それに飽き足らず、 自分の中に潜んでいる20人ほどいるサブ人格たちすべてを 解放する踊りを創りたいと思った。 当時住んでいた京都市の古い民家を舞台に、 「家で踊る」と題して公演したとき、 その20人格ダンスに挑戦した。 だが、できなかった。 サブ人格たちはなかなか踊りだそうとはしてくれなかった。 それから世界各国で踊る旅を経て、 インドに移住したのち、 学校の建設途上で そのストレスから完全に神経を傷めた。 自分の中からそれまで気づかなかった 暴力的な怒れる人格が暴発してくるようになった。 それまでからだの奥深く解離されていた人格が 時を経て現れだしてきたのだった。 からだが情動に囚われると、サブ人格は 理性では抑えきれない速度で噴出してくる。 神経を和ませるために 人から離れ、何ヶ月も南インドのジャングルや海にもぐった。 だが、解離された人格の制御ができるようになったわけではない。 少しだけ落ち着きを取り戻しただけだ。 わたしは完全な解離性同一性人格障害と呼ばれる 病気になった。 だが、この病名ほど気に食わないものはない。 この病名にはあきらかに 「同一性」を保つのが正常だという 今の社会の主流派の価値観がしみこんでいる。 同一性という命名によって 暗に否定されているのが 「多様性」だ。 人格のありかたは多様であるし、 多様であるべきだ、という 新しい価値観が否定されている。 だが、同一性など、 主流派たちの真っ赤な思い込みに過ぎない。 だれもが、ユング心理学で「影」と呼ばれた 劣等人格をサブ人格として 秘め持っている。 強力に抑圧しているから表に現れにくいだけなのだ。 その抑圧状態になれた人々が その抑圧をよしとせずに 人格の多様性を生きている人に向かって 同一性への抑圧状態をあくまで正常であるとして 自分たちの価値観を押し付けているのが 今の世の中である。 わたしは、自分の多重人格を否定し、 統合したり、治療したりするのではなく そのまま肯定できる道を探った。 今も探り続けている。 サブボディ学校を開校してからは、 授業の責任があるので、 サブボディの教師人格が表に立つようになった。 完全な一人モードの人格だ。 ただひとりでからだに耳を澄まし、 そこから聴こえてきたものから 毎日の授業を組み立てている。 今年の6月のクラスで、 ある日ふと生徒のひとりに 授業をまかせた。 前日に欠席した一人の生徒に その日の授業から君が得たものを 欠席した生徒に教えるように行った。 その日は私も生徒の一人になった。 そして、生徒となって即興の動きを続けているうち、 からだが興に乗って、 見知らぬ人格が 次からつぎへと現れてきだした。 カメラマンのロメスがそれを克明に捉えてくれた。 後で自分で見て、 「そうか、こんなにいろんなやつが踊りだしてくれたのか」 と思った。 8年前に志した「20人格ダンス」が いまようやくでき始めたのだ。 ここからさき、 この踊りがどうなるのかはわからない。 だが、もし 多重人格で苦しむ人がこれを見て これなら私にもできそうだと思ってくれれば それに勝る喜びはない。 うまくこの社会に適応できずに悩む人は 適応などせずとも、 芸術家として自由に生きていく道がある。 きみがもっとも君自身になれる生き方こそ 君が生きるべき場所なのだ。 あらゆる心身障害で苦しむ人に その一言を伝えたいと思う。 |
|
用語の意味が分からないとき、調べたいことばを、上の検索欄に入力して、[Google検索]をクリックしてください。 |
| 多重人格肯定日記 ――解離性同一性障害を肯定する日記 |
| 2007年3月 |
| 共振してるよ! 相羽香乃さん リゾームLee |
| 2006年12月 |
| 多重人格は多次元の創造性を切り開く |
| 2006年11月 |
| 悲の飽和 |
| ドリーミング・アップ |
| 20人格ダンス |
| 2006年10月 |
| 2006年9月- |
| 2006年8月- |
| 2006年6-7月 |
| 2006年1-5月 |
| 2005年 |
| サブボディメソッド |
| 生命論2011 |
| クオリア論2010 |
| 透明論2009 |
| 肯定論2008 |
| 共振論2007 |
| 舞踏論2006 |
| 透明論 2005 |
| 実技ガイド |
| 共振タッチ技法 |
| 図解ツアー |
| キーワードツアー |
| サブボディ学校ジャーナル |
| リゾーム Leeの 探究坑道地図 |
| からだの闇を掘る |
| リゾーム Leeのからだの闇探究のメイン坑道 |
ヒマラヤ共振日記 |
| 共振という観点から、世界をあるがままに捉えなおす。共振したものはなんでも記述していく日記。 |
| 多重人格日記 |
| リゾーム Leeの多重人格=解離性人格障害を創造に生かしていこうとする深部坑道 |
| サブボディ舞踏スクール ヒマラヤ ホームページ |
| RSS FEED |

多重人格肯定日記――一人のサブ人格も否定してはならない。統合する必要もない。
なんとしてでも、このまま多重として生きていく道を切り開くのだ。 解離性同一性障害を肯定する日記。