ヒマラヤ共振日記 ―共振という観点から世界を見つめなおす
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ヒマラヤ共振日記
2007年
気づきとアイデア
ある詩人からの手紙
広島忌
ロベルト・マッタと異次元開畳
生命の欲動を聴く
はかなく、つたなく、しどけなきもの
国家というこころの麻酔薬
生命は死者とも共振する
加藤登紀子と山崎博昭
赤ん坊のかなしみ移る赤ん坊
ヒマラヤのバブル経済?
このフレアがいい
太陽のコロナ爆発を踊る
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ミンデル、共振原理を理解する数少ない一人
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共振という観点から、世界をあるがままに捉えなおす。共振したものはなんでも記述していく日記。
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リゾーム Leeの多重人格=解離性人格障害を創造に生かしていこうとする深部坑道
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 2007年

2007年9月1日

気づきとアイデア

一週間の授業が終わると、
ただちに深い瞑想に入る。
終日は生徒のサブボディに入り込んで、
次に何を望んでいるか、どんな練習をすれば
それが出てくるか、に耳を澄ます。
今月は定員きっかりの10人の生徒がいるから
目先の課題だけで目いっぱい時間がかかる。
だが、一週間の区切りが付くと土日は、目先の課題から
思い切って離れる。
遠ければ遠いほどいい。
これまででよかったのは、
40億年の命になりこむ瞑想と、
ひも共振のひもに成りこむ瞑想の二つだ。
どちらも自己や自我などというせせこましいものに
囚われないまったく自由な気づきを与えてくれる。
日常次元に囚われた視点ではなく、無数の多次元を流動する
意識の変容状態になるのが一番いい。
すると、とてもいい気づきが訪れてくれる。
それまで関係がないと思っていたことの
見えない関係が見えてくる。
(ああっ、あれとこれは同じものを違った側面から捉えていたも
のだったのか、とか、そういえばAもBもCもそうじゃないか)、
とかの形をとることが多い。

毎日読んでいる糸井重里の「ほぼ日刊イトイ新聞」に
面白い記事が載っていた。
糸井と任天堂の岩田社長の対談で、
「アイデアというものはいろんな問題を一度に解決するものだ」
という発言に出会った。
(ああ、これと同じだ。
娑婆の人は、下意識からの気づきのことを
アイデアといっているんだ)と、思い当たった。
わたしも十数年前まではコピーライターだったので
同じ業界にいたのだが、
もうすっかりその世界の用語すら忘れていたのだ。
コピーライターやディレクターの世界では
無限にアイデアが求められる。
だが、当時は下意識に聞く方法など知らなかった。
だから、ひたすら脳髄を追い詰めていた。
四六時中考え続けているとおそらく、
真夜中の25時を過ぎた頃、
思考能力が限界に突き当たる閾値のあたりで
知らない間に下意識モードに入っていたのだ。
アイデアが出てくるときは、自分が考え出すのではなく
どこかからやってくるという形で訪れる。
そのアイデアがひょっこり訪れてくる感じを思い出した。
あのころも考えてアイデア出していたのではなく、
日常状態の脳を極限まで追い込むことで
我知らず下意識モードに入っていたのだと今になって分かった。
当時の意識は、意識の基部に下意識のクオリア流が流れているな
ど知らなかったので、自分の手柄にしていただけなのだと。
実際下意識の世界の旅を続けていると、
意識とは、意識できるものしか知らないので、下意識領域での出来事を
すべて自分の手柄だと捉えていることが実に多いことに気づく。
(なんだか知らないうちにそうなっていた)という感じが伴うものはすべて
下意識の行いを意識が受け入れたことなのだと。

思考の極限を超えると、
脳はツリー状の日常思考の拘束から離れ、
本来のリゾーム状の多次元を流動している
クオリア流に出遭うのだ。
アイデアはそこからやってきていた。

ひとつの次元に囚われていないから、
その次元の問題の解を別次元から見つけることができる。
彼らが「アイデアとはいくつもの問題を一度に解決するものだ」
と言うように、別次元から見ると複数の個別問題が、
同じ原因をめぐって発生していたことがわかるのだ。

じっさい、今朝はサブボディさんから、
これまでにない授業と公演のやり方の示唆を受けた。
とてつもなく面白い。
それは来週末の公演に結果としてお見せできることになると思う。




2007年8月15日

ある詩人からの手紙

YouTube.comの手紙欄を何げなく開くと、
イギリスのデヴィッドという詩人からの手紙が届いていた。

原文は、subbody.netの英語版サイトの共振日記で紹介したので、
興味のある方はそちらを見てほしい。
文意は、わたしが前に書いた舞踏論の最終行に深く共感したというもので、
その行とは、わたしが舞踏とはなにかを定義した第三の要点、
「to look this living world from another dimension as a dead.
(この生の世界を、他界に棲む死者からのまなざしで見つめること)」
というものだった。

彼からの共感が、今日の、他界とこの世のあいだで
ゆらぐからだになるという授業を推し進める勇気をくれた。
わたしは絶えず恐れている。
いつも惧れを知らぬ顔をしているが、その実は
若い生徒達になぜ死のクオリアを味わう苦行を課さねばならないのか、
ためらいっぱなし、ひるみっぱなしなのだ。
そんなわたしの弱気を、彼の共振が勇気付けてくれた。
そして、他界へ、勇気を出して死者となることへと
いざなってくれたのだ。
自分ひとりではできなかったかも知れないことだ。

深く共振できる友を持つことがいかに大事か、
思い知らされた。
デビッドのサイトを訪れると、
共振塾のビデオを紹介してくれていた。
ありがとう、デビッド!

デビッドの手紙を読む

デビッドのサイトを見る
2007年8月6日

広島忌

いつも読んでいる清水哲夫さんの「増殖する俳句歳時記」で、
今日が広島忌であったことを思い出すことができた。
ヒマラヤに住んでいると、日本の時を忘れる。
実にすっかり忘れてしまっていた。
ここに今日の清水さんの記事を転載して、
広島の死者への黙祷をささげます。

広島の原爆記念館に展示されている
溶けたラムネビンのすさまじい立ち姿が目の底に焼きついている。
いつかあの青いビンのように立ったまま溶けて見せよう。


松尾あつゆき

子の墓へうちの桔梗を、少し買いそえて持つ

今日広島忌。松尾あつゆき(荻原井泉水門)は三日後の長崎で被爆
し、三人の子供と妻を失った。「すべなし地に置けば子にむらがる
蝿」「なにもかもなくした手に四枚の爆死証明」。掲句は被爆後二
十二年の夏に詠まれた。作者の置かれた状況を知らなくても、「少
し買いそえて」の措辞から、死んだ子に対する優しくも哀切な心情
がよく伝わってくる。この無残なる逆縁句を前にして、なお「しょ
うがない」などと言える人間がいるであろうか。「老いを迎えるこ
とのできなかった人びとの墓前に佇む時、老年期を持てることは一
つの『特権』なのだ、という思いに強くとらわれる」(「俳句界」
2007年8月号)と、私と同年の天野正子は書く。老いが「自明の過
程」のように語られる現在、この言葉の意味は重い。「子の墓、吾
子に似た子が蝉とっている」。掲句と同時期に詠まれた句だ。生き
ていれば三人ともに二十代の大人になっているはずだが、死者はい
つまでも幼くあるのであり、そのことが作者はもとより読者の胸を
深くゆさぶってくる。今朝は黙祷をしてから、いつもより少し遅い
バスに乗って出かける。『原爆句抄』(1975)所収。(清水哲男)


「増殖する俳句歳時記」を読む


2007年7月31日

ロベルト・マッタと異次元開畳

夢は異次元開畳する。
サブボディ舞踏も異次元開畳する。
異次元を描いた画家は多いが、
異次元開畳そのものの現場を描いた画家は
わたしの知る限りロベルト・マッタが筆頭だ。
いくつかの絵を紹介する。
だれもが思い当たるだろう。
こんなふうに異次元が次から次へと開いていくように
ひとつの夢は別の夢へ移っていく。
夢はリゾーム原理で動いている。
命が営んでいるクオリアの多次元共振の世界は
無限の創造性に満ちている。
サブボディ・メソッドはこの下意識の世界の
展開原理を捉えることによって形成された。
これさえすれば誰でも自分の下意識の
無限の創造性を発揮できる。
世界で唯一無二の創造者として生きるのだ。



2007年7月7日

生命の欲動を聴く

からだの闇を歩こうとすると、欲望や欲動、
フロイドがリビドーと呼んだものを避けて通ることができない。
サブボディスクールでは、からだの闇に耳を澄ませ、
微細なクオリアを見つけて踊りに増幅していくことから始めるが、
その場合でも、比較的扱いやすい体感、運動、映像、
音像チャンネルから始め、
そのチャンネルのクオリアをコントロールするすべを身に着けてから、扱いにくい情動や感情チャンネルに進む。
欲望はさらにそれより扱いが難しい。
人をまるごとわしづかみにして連れて行く力を持っているからだ。
情動を制御できるようになってから、1年コース以上のクラスで
はじめて取り組むことにしている。
だが、その準備は今から始めなければならない。
自分にとっても難しい領域なので後回しにしてきたが、
とうとう欲望について取り組まねばならないときがきたようだ。

意識の下部、からだの闇深くでは、
暗く不透明な生命の欲動がうねり、とぐろを巻いている。
欲動は八つのチャンネルに表れる分別界のクオリアよりも
はるかに多次元流動的で、分節的なことばでは捉えがたい。
からだ全体でその欲動になりこみ
感じ取っていくしかないものなので、
なかなか文章になどできない。
ことばにしたとたんにうそになることが分かる。

だが、なかには、微妙でことばにしにくいことを
うまくことばに置き換えている人もいる。
そういう人との共振を通じて、
少しずつことばにしていく道を見つけていくことができるかもしれない。

松岡正剛『千夜千冊』第三百二十六夜 
ルイス・トマス『人間というこわれやすい種』
に、
生命について微妙な深く共振する記述があった。

ニューヨークの癌センターへルイス・トマスに会いに行く話から始まる。


2度にわたった対話で印象に残ったのは、トマスが地球上の全生命は一つの生命によく似ているんじゃないかと見ていること、「私というアイデンティティ」がかなりあやしいものだと見ていること、ヒトは植物と共生しているんじゃないかという見方、……などだった。


このくだりでこのトマスという人が命について
根源的な思考をしている人であることが分かって好感を持った。
そして、次のくだりだ。


では人間という種は何をしようとしているのか。
トマスはそこを考える。そして次のように綴る。

 ヒトを本性の深いところから衝き動かしている特徴は、役にたちたいという衝動であり、たぶんこれは私たちのあらゆる生物学的な必然性のうちで最も根本にあるものだろう。
 私たちはこの衝動の使いかたを間違え、意味をとりちがえ、これを自己愛と混同し、さらにこれを欺こうとさえする。しかしこれは私たちの遺伝子のなかにあるのだ。

 このメッセージには、「人間はフラジャイルである」ということと「人間は自分以外の何かの役にたちたい」ということとを、ダイレクトにつなげたメッセージである。わかりにくいといえばわかりにくいかもしれないが、そこがルイス・トマスの独壇場なのだ。


トマスが触れている「ヒトを深いところから衝き動かしているものが、<役に立ちたいという衝動>でり、たぶんこれはわたしたちのあらゆる生物学的な必然性の上で最も根本にあるものだろう
――この一節が深く心に食い込んだ。

この<役に立ちたいという衝動>について、
これはいったい何なのだろう、と瞑想した。
からだに聴き、命に聴いた。
それは類への衝動なのだ。
――命はそう答えてきた。
トマスのいう<役に立ちたいという衝動>は、
わたしがこの間取り組んでいる
生命と自己の関係という文脈に落とせば、
個としての自我の欲求ではなく、
個が類としての生命全体に対して、何かをしたいという
衝動なのだというつながりが浮かび上がってきた。

個の命の中には、自己を繰り広げたいという欲望だけではなく、
類に転生したいという願望がある。
それが役に立ちたいというかたちで現れるのだ。
ドゥルーズは「自己を繰り広げすぎないこと。
差異や多様性を肯定すること」という未来の倫理を述べた。
その向こうには類としての命という地平が拡がっている。
そこは従来宗教の領分だった。
仏教の利他という思想、慈悲、コンパッションもその衝動の表れだろう。
キリスト教の愛もそうなのかもしれない。

それらの宗教はこの傾向を宗教的な到達目標や、
倫理的な当為へと祭り上げてしまったが、
そうする必要はどこにもない。

命のかすかな傾向性に耳を傾けていると、
ただの命に個を超えて、類へ向かおうとする
かすかな傾向が息づいているのが感じられる。
命には宗教的な境地や、
スピリチュアルな上空へ行く必要などない。
ただの命それ自体に、個を超え類のために創発していく
傾向が備わっているのだ。


そういうものを感じているのはわたしだけなのだろうか。
だれもそれを感じると指摘しないのは、
自我が強いとその命の微細な傾向性がマスキングされて
聴こえなくなるということなのではないか。

この暗冥かつ微妙な課題をめぐっては、
安易に何かをいえそうもない。
わたしのトラウマである、母を拉っし去った
宗教への憎しみにも触れ、ちりちりと傷み出す。
ケン・ウィルパーに代表されるような、スピリットを実体化し、
リベラルな神と結び付けようとする現代の神学ツリーを
再び解体しなければならないという課題がわたしをせっつく。
闇は深く、時は短い。
ここしばらく、さらに命に聴く瞑想と
からだの闇に坑道を掘る作業を続けていくつもりだ。


2007年6月30日

はかなく、つたなく、しどけなきもの


松岡正剛の千夜千冊のバックナンバーを読んでいると、
懐かしい記述に出会った。


 もうひとつのことは、ちょっと重大な指摘になる。「千夜千冊」のなかでも十指に入る指摘であろう。

 話は「もののあはれ」につながるのだが、いまは切り離して見てもらえばよい。
 宣長には、情というものについて、「はかなく児女子のやうなるもの」が本来のものだという確信があった。この確信が画期的だった。『排蘆小船』や『石上私淑言』での独得の言いっぷりをさす。
 たとえば、「ただしくきつとしたるもの」は人情の本質をあらわさないというのだ。キッと虚勢をはるのは本質的ではないという。それは世間の風に倣ったもので、宣長には無縁だというのだ。そうではなく、「しごくまつすぐに、はかなく、つたなく、しどけなきもの」こそが人間の本来の本質だというのである。
 これは驚くべき思想である。「はかなく、つたなく、しどけない」なんて、まさにフラジリティの根本に迫っている。



松岡正剛の千夜千冊992夜『本居宣長』小林秀雄より)


わたしは20代の頃、本居宣長を読みふけっていた時期がある。
そのとき触れた宣長の核心を松岡が引用してくれていた。
ながいこと思い出しもしなかったことばだが、
わたしの底流で流れ続けていたことを思い知らされた。
本居宣長の、人の心の本質は雄雄しさや正しさ、
きっとしたものにはなく、「しごくまっすぐに、はかなく、つたなく、
しどけなきもの」にこそあるということばは
わたしの心をわしづかみにした。
宣長の師の賀茂真淵は「ますらお心」と言ったが、
まさにその対極を示した。
20代のわたしはそれに共振し打たれた。
おそらく、自分の中のますらお心で、反戦反政府の革命運動に賭身していた
20歳の頃の傾向と正反対のものを自分の中に発見しつつあったために
宣長のこの思想が響いたのだ。
そしていま、自我や意識ではなく、
下意識のサブボディの世界をへめぐるとき、
その宣長のことばの深い意味が染み渡ってくるのを感じる。
いのちはいつもゆらいでいる。
全世界と共振しているからだ。
クオリアはつねに「はかなく、つたなく、しどけなく」ゆらいでいる。
そのフラジャイルなクオリアのゆらぎにこそ、命の真実がある。

命の中には硬いものもやわいものもある。
自分の中の、きっとしたもの、硬いもの、正しいものは、
そんな命のあるがままのゆらぎを
超自我や、自我の社会的関係意識が硬直させたものである。
宣長はきちんとその傾向をつかんでいた。

彼が取り出した「もののあわれ」とは
生命共振の微細さそのものだった。

松岡の記述は、わたしが忘れていた
このことを思い出させてくれた。




2007年6月27日

国家というこころの麻酔薬

先進国の人は他国の死者と共振する力を失った。
なぜか?
長い間、国家に囲われて生きていると、
国家の注ぐ精神への麻酔薬を吸いすぎるのだ。
幼少の頃どんな純粋な魂を持っていた少女だって
国家ボケして醜い日本人に成り下がってしまう。
そういういたましい悲劇を何度も目撃してきた。
国家は、その外側の人間を
自国内の人間より値打ちのないものという扱いをする。
その扱いに慣れてしまって、共振する心をなくすのだ。
その結果、国家の起こす戦争で他国の人の命を奪うことを
平気に感じる感性が育てられている。

3年前のインドネシア津波がアジア各地を襲った日、
わたしはたまたま南インドのチェンナイにいた。
近くの漁村が津波に飲み込まれ一万人以上の人が亡くなった。
宿のテレビに釘付けになってみていたが、
先進国の報道振りに耐えることができなかった。
日本の放送は日本人だけの安否をことのほか大事そうに報じ、
インドやインドネシアの死者のことなど、
命とは思っていない扱いだった。
ドイツの放送もフランスの放送もそうだった。
まるで自国民だけが人間で、アジアの民など、
虫けら以下のように扱っていた。

これはそれより何年か前の南米での事件のテレビ報道に接した
中島みゆきが、やはり同じことを感じてつくった歌だ。
「わたしの子供になりなさい」というアルバムの
最後に収められた「4・2・3」という歌だ。

この国は危ない
 何度でも同じあやまちを繰り返すだろう
 日本と名の付いていないものにならば 
 いくらだって冷たくなれるのだろう
 

と彼女は危険信号を発している。
ほんとうに危ない。
この歌を聴いてほしい。

中島みゆき「4.2.3.」


そして、上の写真アルバムをじっくり眺めてほしい。
目を背けたくなるのは当然だ。
でも目を背けても国家があるかぎり戦争は起こる。
他国の人の命をわがことのように感じられるかどうかが問題なのだ。
もし感じられないとしたら、
君の心はどこかでヒューマノイドのように歪んできていないか?
それでも人間の心と言えるのかい?
国家から注ぎ込まれた毒が回ってきているのではないか?
チェックして見てほしい。

「中島みゆき 4.2.3.」で検索すると、
いくつかの発言がひっかって来た。
その中で、最も的確に捉えていたのが下記の文章だった。


曲名の「4.2.3.」は、フジモリ大統領が人質救出のために武力を行使した日付を日本時間で表現したものである。すなわち、それは(一九九七年)四月二三日だった。歌詞をたどると、あの日の朝、彼女はコンサート・ツアーの旅の宿で眠れぬ一夜を過ごし、何気なくテレビのスイッチを入れた。[中継]という文字が画面に出たかと思うと、爆風が吹きつけてきた。

四ヵ月間も見慣れた白く平たい石造りの建物から炎と噴煙が上がる。身を潜め、這い進み、撃ち放つ兵士たち。

誰が何を伝えようとしているかだけでも知ろうとする彼女の耳に届くのは「日本人が救けられました。人質が手を振っています元気そうです笑顔です」という、嬉々としたリポーターの興奮した声ばかり。画面には、担架に乗せられて、胸元に赤いしみが広がる(政府軍の)兵士が公邸から運びだされる姿も映っているのに、それに触れる一言の言葉もない。いらだちがつのり、彼女は歌う。

 

 あの国の人たちの正しさを ここにいる私は測り知れない
 あの国の戦いの正しさを ここにいる私は測り知れない
 しかし見知らぬ日本人の無事を喜ぶ心のある人たちが何故
 救け出してくれた見知らぬ人には心を払うことがないのだろう
 この国は危ない
 何度でも同じあやまちを繰り返すだろう 
       平和を望むと言いながらも
 日本と名の付いていないものにならば 
       いくらだって冷たくなれるのだろう
 慌てた時に 人は正体を顕わすね
 あの国の中で事件は終わり
 私の中ではこの国への怖れが 黒い炎を噴きあげはじめた
 4.2.3.…… 4.2.3.……
 日本人の人質は全員が無事
 4.2.3.…… 4.2.3.……
                    「作詞:中島みゆき」 



あの事件を考えるうえで、すぐれた、的確な歌詞だと思う。事件のさなかにあっても事後にあっても、ここまでの言論がマスメディアに載ることはほとんどなかった。


現代企画室 大田昌国)

現代企画室というところでは、ボリビアの先住民の
映画上映などを企画しているようだ。



ボリビア先住民の映画情報を見る

貴重な活動だ。がんばってほしい。



2007年6月24日

生命は死者とも共振する


先進国の人々が他の国の死者と共振する力を失って久しい。
イラクやアフガンで何人死のうと、すべてテレビドラマより
遠い出来事になっちまっている。
まして、ベトナム戦争や、第二次世界大戦の記憶は、夢幻のように
かき消されようとしている。
誰だいったい、戦争の悪夢をもう一度繰り返して
一儲けしようとたくらんでいる死の商人とその政治番頭は?
そして、その国家を支えているのは誰なんだ?

1967年10月8日に、アメリカのベトナム戦争への支持を
表明しにサイゴンへ行こうとした日本政府代表佐藤首相の
ベトナム訪問を阻止しようとして、
反戦派の学生が羽田空港に押し寄せた。
その戦いの中で高校大学の同級生だった山崎博昭が
警官隊に虐殺された。
その前日、首相官邸前で、エスペランティストの
由比忠之進さんが焼身自殺をした。
二人の死は、他国の死者に生命共振し、
個人的生から類的生へ転生した。
戦争を遂行する国家の存在をいつまでも許していてはならない。
それを支持する欺瞞的な市民の自我をも許してはならない。

ここに、由比忠之進さんの肖像とともに、
ドイツ国家によるアウシュビッツの死者、
日本国家による南京大虐殺の死者、
アメリカ国家に抗議するベトナムでの焼身自殺の死者の写真を掲げる。
胸痛む写真ばかりだが目をそらさずに見つめてほしい。
(わたしも胸つぶれる思いでこれらの写真を集めた)。
君の生命はこれらの死者と共振するだろうか?
ただ、きみの命に耳を澄ましてほしい。
こういう死を許してはならない。
なかったことにしてもならない。
国家とそれを支持するを許してはならない。
自分の生命に共振する力がまだ生きているかどうか、
かえりみてほしい。
死者と共振する力を失ったらおしまいなんだ。


フォトアルバムを見る



ちょうど、今日、
いつも読んでいる「ゆめるぎ」さんのブログでも
戦争の死者について書かれていた。
共振の意を表して、ここに一部を引用させていただきます。


累々と重なる死体の写真を見て衝撃を受けたのは、12歳でした。
  第二次世界大戦の惨たらしい写真集です。
  行軍途中の兵隊は力尽きて倒れ、
  屍は腐敗し白骨となり、
  侵略しようとした国の土に帰してしまうという
  皮肉な写真が映し出されていました。
  銃も刀も錆びて朽ち果て
  これも異国の土になろうとしていました。
  
累々と積み重なる人毛の山の写真を見たのも、同じ頃でした。
  「夜と霧」のアウシュビッツ強制収容所の写真です。
  ユダヤ人というだけでガス室で殺されてしまった人達の頭髪です。
  何の罪もないユダヤ人は
  看守の手の行方が右か左かによって
  強制労働かガス室送りかが決まりました。
  ドイツではユダヤ人への非人間的行動を認め
  繰り返さないための証として
  アウシュビッツ強制収容所→を残しています。
  ところが
  日本では
  沖縄での集団自決→の文章が
  日本軍が関与したことでないことにするために
  教科書が書き換えられました。
  戦争に対する国の責任逃れとも言える行為です。


ゆめるぎさんのブログを読む


あまりに少数だけれども、戦争や国家に反対するサイトは存在する。
少数だけれども、共振するたびにそれを増幅していくことで、
やがては世界に響く音響になりうるのです。
5000年かけて、国家と自我と戦争を無化すればいいのです。
5000年かければきっと実現する。


2007年6月21日

加藤登紀子と山崎博昭

そうか、知らなかった。加藤登紀子が山崎の死にささげて歌ってくれていたことを。
加藤登紀子のサイトtokiko.comの「歌いつづる自分史」の第12回に、次のような文章があることを知った。


 新人賞が決まる直前、私は、銀巴里の先輩、工藤勉さんに誘われて彼のリサイタルにゲスト出演していた。
「さようなら」という歌を、このコンサートで、うたったことを今でも異様なほど覚えている。
そして忘れもしない銀巴里に出演していた67年10月8日の夜、羽田近くの高速道路で学生が一人殺されたというニュースが飛び込んで来た。直接の関係は何もなかったけれど、私は気持ちを抑えることができなかった。
「死んだ京大生、山崎博昭くんに捧げます。」とコメントして歌った「さようなら」。
 途中からは涙があふれて、歌えなくなった。その時伴奏のピアノを弾いていた、エミール・ステルンは、私のあふれる涙を両腕で抱きとめるように美しいピアノを弾きつづけてくれた。何の迷いもなくそのピアノに身をゆだねた数分の嵐を今も忘れることができない。
 この羽田事件は、68年の佐世保闘争へ、世の中を大きくゆさぶる導火線となった。そして私の人生の流れを帰る大きな伏線でもあった。もちろん、その時には知るよしもないけれど……。」

そういう時代だった。
これから一年半後の冬、わたしたちは大学をバリケード封鎖し無期限ストライキに突入した。
そのころすでに自分のテレビ番組を持つようになっていた加藤登紀子は、京大全共闘代表として、わたしたちを何度も彼女の番組に招待し、好き放題勝手にしゃべらせてくれた。よくもまあ、あんなことが可能だったかと思うが、そういう時代だったのだ。

番組後、加藤は当時作ったばかりの『一人寝の子守唄』を楽屋で歌って聞かせてくれた。
彼女の歌うシャンソン『美しい五月のパリ』は、わたしの20代、30代の頃最も多く無意識に口ずさんだ歌だった。
山崎に代わって、40年後のありがとうを、お登紀さんに伝えたい。

上のビデオは、1967年ベトナム反戦羽田闘争の記録。
高校・大学の同級生山崎博昭はこのデモで警官隊に虐殺された。
内ゲバで死んだ学友辻敏明、橋本憲二とともに、
山崎はわたしの踊りの真の舞い手である。

当時の学生運動のビデオを見る

もっと読む

2007年6月7日

「増殖する俳句歳時記」から。

和泉香津子


赤ん坊のかなしみ移る赤ん坊

育所や小児科の待合室で隣り合わせた赤ん坊の一人が泣き始めると、じっとその様子を見ていた近くの赤ん坊の目が潤み、真っ黒な瞳にみるみる涙がせりあがってくるそんなシーンが想像される。言葉がまだ話せない赤ん坊だからこそ、喜び、怒り、苛立ち、といった感情はストレートに伝わるのだろう。風邪のように、かなしみが「移る」と表現したところに発見がある。夜泣きしている赤ちゃんも抱っこしているお母さんがイライラしているとよけい激しく泣く。赤ちゃんは柔らかい身体全体に感情を探知するアンテナを持っているみたいだ。掲句の中心になるのは「赤ん坊」という初々しい生命体に宿る「かなしみ」という感情だろうが、ひらがな書きのこの言葉に漢字を当てるとしたらどれだろう。漢和辞典を調べてみると「哀」は心に哀れさを生じさせる感情で反対語は「楽」になっている。「悲」はものに感じて心がせつなく思う気持ち、不幸などに遭って泣きたくなる気持ちで反対語は「喜」になっている。赤ん坊の状態を思うと、どちらも当てはまるようにも思うが、「悲しみ」が近いだろうか。今まで母親の胎内にしっかり抱かれていた赤ん坊にとっては一人で寝かされることもかなしみの種なのだろうか。おしめも濡れていない、ミルクもやったばかりの赤ん坊が理由もなく泣き出すのは空漠とした世界に生み落とされた心細さに耐えかねて泣いているのかもしれない。『現代俳句12人集』(1986)所載。(三宅やよい)

毎日訪れている「増殖する俳句歳時記」の今日の句は、
まさしく自我のない赤ん坊が持つピュアな生命共振性を
くっきり切り取っているものだった。
誰もが持っていたこの命の共振性を、
いつどのように失っていったのか、
あなたは覚えていますか?

「増殖する俳句歳時記」を読む

2007年6月7日

ヒマラヤのバブル経済?

来月からの生徒のために、スタッフのロメスとバブルに、
近所のゲストハウスの写真撮影と、予約に行ってもらって、驚いた。
こぎれいなゲストハウスが何軒か増えてきているのだが、
宿泊費が暴騰している。
昨年までは月4000ルピーから5000ルピーで泊まれたものが、
今年は最低でも5500ルピー、高いものはなんと10000ルピーもするという。
誰がいったいそんな高い部屋に泊まるのだろうか?
土地代がここ十数年で高騰してきているのは知っていた。
だが、とどまるところが知らない暴騰ぶりだ。
これはまるで、日本にいたころ体験した破裂寸前のバブル経済に
そっくりだ。
あのバブル崩壊を身をもって体験したものだけに、
いやな予感がつきまとう。
いやこれは予感ではない。
バブルがいつまでも続くわけはない。
やがてまもなく破裂するだろう。
どんな混乱がこのヒマラヤの山村を襲うことになるのか。

2007年5月29日

このフレアがいい

夕べはコロナのビデオをいろいろ楽しんだ。
そのなかで、このビデオが抜きん出ていた。
コロナの爆発をフレアという。
漢字で耀斑というのもいい感じだ。
これほど素敵な踊りをするやつはちょっといない。
俺は17歳の頃からコロナのフレアのファンだった。
40年前にはこんな動画などなかったろうに、
俺にはこの動画像と同じイメージができていた。
だからやけに懐かしい。

フレアもやはりひも共振の連鎖によって起こる。
いったいどんな激しいひも共振パターンなのか。
想像力を極限まで鍛えるのに、
ひも共振ほどふさわしいものはない。
微弱さの極限から、激しさの極致までそろっている。
これに比べれば後のものは皆甘いんだよね。
中途半端なんだ。
微細さも、強烈さも、中途半端は一番いただけない。
なぜわたしはこんな過激な性向に生まれついたのか。
ほぼ事情は透明に見渡せている。

父親はわたしがまだ1歳にならないときに
腹違いの妹を新地の芸者に孕ませた。
その手切れ金に祖父が建てた家屋敷を売り払わねばならなかった。
父親は養子だったのだ。
大阪から買い主になった家族がその家に引っ越してきた。
その家族にひとつ年下の目が丸くふくよかな顔つきの男の子がいた。

おそらく、その頃一緒に住んでいた祖母に毎日吹きこまれたのだろう。
あの子にだけは負けるなと。
わたしの中にその少年に対する敵愾心が刷り込まれた。
なぜだか知らないが、その後転校するたびに必ず、
その少年に似た裕福そうで目の丸い顔つきの少年に出会い、
その都度、無性に敵愾心が掻き立てられた。
向こうも分かるらしく、その顔つきの少年は、
行く先々でことごとくわたしに敵対してきた。

そういうわけで、わたしは軟弱なものすべてを敵視するようになった。
フレアのイメージが好きになったのもその文脈からよく納得できる。
父親が浮気をすると、その息子がフレアを踊る。
風が吹くと桶屋が儲かる話のような回りまわった因果だ。




2007年5月28日

太陽のコロナ爆発を踊る

太陽観測衛星ひのでが、昨日から全画像データの公開をはじめた。
昔から、太陽のコロナが大好きだった。
何度も詩に書いたほどだ。
その様子が鮮明な画像で見ることができるようになった。
太陽の表面温度は6000度Cだが、
上空に舞い上がるコロナの炎の先端部は100万度Cに達するという。
そこから強烈なX線が発射されている。
正確に言えばX線を生成するひも共振パターンが発生している。
人間には感知できないX線のひも共振とは
どういうものだろうと想像する。

そして、心の中で踊ってみる。

やはり、ひもに成りこむのが、
現在ではもっとも自由に想像力とからだを
解放することができる。

詳しい記事は、「国立天文台ひのでホームページ」へ

もうひとつ、YouTubeのこの画像も
フレアの様子がよく見えて面白い。



2007年5月14日

桂勘 タイムマシン

YouTubeで偶然、桂勘さんのビデオを見つけた。
桂勘は私が45歳でコピーライターをやめて
舞踏の道に進もうとしたとき、もっともお世話になった人だ。
土方巽以外の唯一の舞踏の師といえる人だ。
1990年代の数年間、インドネシア、ハワイ、韓国、タイ、
シンガポールなどの合宿と公演に参加した。
多くのものを彼から学んだ。
このビデオ「タイムマシーン」は
2005年のニューヨーク舞踏フェスティバルでのもの。
何度も見た美しい作品だ。
懐かしく許可もなく掲載させていただいたが、
私は彼が著作権などけち臭いこの世の原理に
囚われている人でないのを知っている。
彼は舞踏とは現世とは別の次元に生きているものと
共振するものであることを示唆してくれた。

勘さん!健在振りを目にできて何よりです。


2007年5月12日

静かな共振生活

土日の休日はただただひとりで生命の共振を感じて過ごす。
5月になると、庭の樹々の緑が濃くなり、さすが奄美大島と
同じ緯度の亜熱帯の森の様相を見せ始める。
樹々はもの静かにただただ太陽の光を存分に浴びて
光合成を続けている。
それを感じつつ、その静けさを少し分けてもらう。
およそ35億年前にシアノバクテリアが光合成を発明しなかっ
たら、
この地球の生命も随分違ったものになっていただろう。
大気はメタンや窒素ガス、炭酸ガスに満ちていただろう。
酸素を供給する植物が生まれなかったとしたら、
酸素を呼吸して生きる好気性のバクテリアも、
動物も生存する余地はなかっただろう。
生命は嫌気性バクテリアとして、
地中や泥の中でメタンや硫黄とともに生きるしかなかっただろ
う。
もちろん、その条件下でも嫌気性の生命系が40億年のうちに
多彩に開花したかもしれない。
メタンと共振するメタン呼吸法が発明され、
好メタン生命が大進化していたかも知れない。

庭の石垣にはこの5年の間に無数の小さな植物が棲みついてい
る。
インド固有の、日本では見かけない種も多い。
インドで野草として生き残るためには、
全土に放牧されている牛の食欲から身を守る鋭い棘や、
苦いアクを持つ必要があったようだ。
野あざみの棘の強さは日本の比ではない。
棘に刺されると三日ほど痛む草もある。

命からの苦い便り

共振を味わうには、こういう痛い共振も避けて通れない。
痛みや不快感は生命の深いメッセージにつながっている。
生き延びるためのクオリアなのだ。
通常ネガティブと受け止められ、
無視されがちなクオリアを馬鹿にしていはいけない。
重要な気づきの種はいつもまったく取るに足りないほどの
微細な体感の中に折りたたまれている。
それも、いい体感ではなく、
どちらかというとかすかに不快な、居心地の悪い、
奇妙な体感の中に含まれていることが多い。
良薬、口に苦し。
命からの便りはいつもかすかに苦いのだ。
私はここ数日の間、
体内を時おり過ぎる奇妙な体感を探り続けている。
血圧が急に変わるときのような、
世界を失うかのような、奇妙に悲しいクオリアだ。
今のところまだそれが何を告げているのかは分からないが、
これまでの重要な気づきは、
いつもこういうかすかに不快なクオリアから始まったことを思
うと、
今回も見逃すわけにはいかない。

通常の日常意識モードの自我は、
これらのかすかな気持ちの悪い体感など相手にしない。
気づかないか、気づいても取るに足りないこととして
すぐ忘れてしまう。
「ソンナ取リ合ウニ足リナイツマラナイモノニ
カカズリアッテイル暇ハナインダ。
私ニハモットシナケレバナラナイコトガアル」
そう、そこに命からの大事なメッセージが
折りたたまれているというのに、自我はそれを無視し、
別の『大事な仕事』に取り掛かる。
だがいったい、生命の声を聴くより大事な仕事などあるのだろうか?

わたしも15年前まではそうだった。
こうして、日常体は命から遠ざかる。
生命の声に耳を閉じ、自分のからだからはぐれる。
生命共振を忘れた自我に立てこもり、窮屈な一生を送る。
自分を人間だという近代の思い込みには、
私たちが生命であるという気づきを覆い隠す
巧妙な仕掛けが仕組まれている。
自我というあたかも自分の持ち物のような小さな建物に立てこもることは、
私たちが生命であり、誰のものでもない40億年も続いてきている生命を
分かち合っているだけであるという生命の事実を忘れさせる。

この重大な隠蔽によって、他国の生命を奪ったり、樹々を切り倒したりする、
近代資本主義やその国家が行う世界史的な蛮行を可能にしたのだ。


2007年5月9日

ミンデル、共振原理を理解する数少ない一人

アーノルド・ミンデルの近著
『からだの症状に<宇宙の声>を聴く』は、名著だ。
もともとは物理学出身のミンデルが、
長いドリームボディワークの臨床経験や
世界ワーク・昏睡ワークなどの幅広い経験から得た
真実を渾身の力で書ききっている。
これまでは、量子力学までを
視野に入れているにとどまっていたが、
この著作でははじめて最近のひも理論までを
視野に入れて展開している。
その結果、人間が主体として何かを認識したり、
行動したりすることが、実は幻想・錯覚であり、
実際には、ひとと向こうから来る何ごとかが出会っているのだ、
とする共振性原理そのままの認識にまで踏み込んで
述べているくだりが感動的だ。
私以外にこんなことに気づく人がいたことに驚いた。
わたしは共振性原理は、アインシュタインの相対性原理に匹敵するか
それ以上のとんでもない原理の発見だと思っている。
近代の自我や主体や意識に基づいた認識が
すべて幻想だったというものなのだから。
だが、違った道からミンデルもこのことに気づいていたとは!
いったいミンデルはどんな道を通ってこんな認識に至ったのだろう。

ミンデルがこういったからといって、
すぐには理解されないだろう。
共振性原理やミンデルの理解に届こうとすると、
近代的な知性や自我意識をすっかり捨てることが
できなければ到底無理だ。
しかもその上で、東洋の伝統思想や先住民の思考や、
近代の科学の成果を等価に受け入れる透明さが必要なのだ。
それらのどれかひとつの穴ぼこに入ったままでは透明になれない。
今の世の中は小さな不透明な穴ぼこにはまったままの人ばかりだ。
いわゆる科学系の人の穴ぼこ、東洋系の人の穴ぼこ、
そんな穴にはまったままの不透明な知性には
もう世界は捉えられなくなってしまっているのだ。
だが、穴ぼこの中の人にはそのことに気づくこともできない。

ミンデルは、科学にも、東洋思想や先住民の思考にも、
瞑想やからだの闇に耳を澄ますことにかけても、
透明な境地に透脱している。
東西のなんらの思潮傾向にも染まらず、
世界が本当に透明に見えている人だ。


2007年5月6日

糸井重里の、とても本当さ

糸井重里は時々とても本当なことをさらりと言ってのける。
特異な才能の持ち主だが、
今日の「ほぼ日刊イトイ新聞」の「ダーリンコラム」にはうならされた。
今までで一番深く共振した文章だった。


<世のお父さんは、みんな卑怯だった>

「世のお父さんは、みんな不良だった」のだけれど、
それはすべて自分の証言によるものである。
「悪いことはさんざんやった」と、
うれしそうに言うけれど、
どうしてそれが自慢そうに語られるのだろうか。

「不良だったおとうさん」たちは、言いたがる。

社会に怒っていた、
曲がったことだけはしなかった、
弱いものいじめだけはしなかった、
‥‥というようなことを、みんなが言いたがるのだ。
その話は、ほんとうに、ほんとうなのか。
ほんとうにほんとうに、ほんとうなのか?

ぼくは信じない。

世のお父さんが、
みんな「不良だった」と言いたがるのは、
まぁまぁいいことにしよう。
でも、もっと大人たちは、憶えていたほうがいい。
自分が、(すべて心ならずも、と考えてもいい)
ウソをついたこと、
裏切ったこと、
卑怯なふるまいをしたこと、
約束をやぶったこと、
問題に立ち向かえなくて逃げたこと、
見栄を張って飾ったこと、
ずるいルールやぶりをしたこと、
弱いものいじめをしたこと、
強いものにへつらったこと、
わかりもしないことを知ったかぶりしたこと、
こっそり他人の足をひっぱったこと、
人に暴力をふるったこと
‥‥などなどなどを、
自分が、
やった、
ということを忘れないほうがいい。

言いたくはないけれど、ぼくはやってきている。

好き好んでやってきたとまでは言いたくないけれど、
ひととおりの悪いこと、いや、
(悪いこと、というのはちょっとかっこよすぎる)
みにくいことを、やってきている。
だから、人のやるみにくいことについて、
そう簡単に責めたりはできないと思っている。

「恥を知れ!」というようなことを、
よく言いたがる人たちこそ、
もっと恥ずかしいと思ったほうがいい。
その人たちは、大人として生きてきて、
「みにくいこと」をやってこなかったという、
いちばんタチの悪いウソをついている。


かなり省略したので、原文を読んでほしい。
「ダーリンコラム」へはここをクリック!

赤字で引用したみにくいことを、
わたしもすべてやってきた。
いやぁ、この程度ではすまない。
もっともっとひどいことをやってきた。
それを書いてしまうと、もうだれもこの学校に来てくれなくなるので
書けないほどのことをいっぱいやってきた。
それらをしないで生きていこうとする
殊勝なやつもわたしの中にいた。
だが、かならず、それを裏切る小ずるいやつもいた。
理性の制止を超えて素早くほとばしり出てしまうやつがいた。
それらすべてを透明に見通し、
すべてを自分として引き受けることしか生きる道はない。
みにくいこととか、卑怯なことをやったということを
自我は認めたがらない。
覆い隠し、自分でもなかったことにしてしまう。
大概の人はその分厚い自我の皮を被って生きているが、
糸井重里はそれを被らないことを信条としてやってきた。
同い年だから、長い間それを感嘆しつつ見てきた。
ここまで自分のやってきた卑怯なことやみにくいことや弱さを
引き受けられるやつはそうそういない。
団塊の世代がみんな白い腹みせて浮かび上がっている現在、
稀有な存在だ。
どうか、長生きしてほしい。


生命はただただ、あらゆるものと共振するただのふるえるひもなのだ。

Jeff Bryant によるMathimatica Visualization より。
Higher Dimensions from String Theory

2007年5月6日

共振ゆらぎの暮らし

土日は丸一日ただただ、
身の回りのクオリアと共振しゆらぎ続ける。
朝目を覚ますと、半眠半覚状態で
ぼやーとしたクオリアを味わい楽しむ。
大概わたしのサブボディは一晩中
授業の予行演習をしていることが多い。
明け方に次の課題を思いつくことが多いのは、
その成果なのだろう。
ときにとんでもない夢の名残にも出会う。
その余韻のクオリアを味わう。
いつか誰かと起こりそうで起こらなかった
性的な接触未遂のクオリアが好きだ。
夢の中でもそういうクオリアを反芻し、
変奏しているようだ。

目を覚ますと、起きだして座り、
腰を回す。
毎日睡眠中に腰の位置が少しずれて重くなる。
その重苦しさが消えるまで腰を回しゆする。
目に触れる木々の緑は日に日に色を変えていく。
虫や鳥が空を横切る。
実にさまざまな命のクオリアを味わえる庭だ。
鷲、鷹、隼、禿鷹、鳶、烏、燕、鸚鵡、尾長、
さすがにヒマラヤインドだ。
マングースの一家は年中健在だ。
黒面白毛のマヌカン猿が樹の新芽を食いに来る。
近所の猫の兄弟姉妹が訪れるようになった。
この村人はみな野菜しか食わないので
猫は空中にジャンプして蝶や蛾を捉えて
動物性たんぱく質を確保している。
唯一魚を食うわたしの出す魚の骨目当てに
やってくるようになった。
そうしてゆらいでいる間に新しい調体法を思いつく日もある。
ここ二三日は、立ってゆらぐことの可能性を味わった。
実技ガイドの「ゆらぎ立ち」に書いたが、
五月のコースはこれまでになく、
立ってゆらぐことからはじめてみようと思う。
立つことから、歩行へ。
出てくる動きも変わってくるはずだ。

ひとゆらぎしてから朝粥懐石朝食を摂る。
いろんなものをほんのすこしずつ皿に乗せて味わう。
インドで作っている糠付けの大根、人参、胡瓜。
にんにくの甘酢漬け、ビートの甘酢漬け、
鰹節と味噌を混ぜた金山寺味噌。
祖父はいつもこれだけで朝飯を済ませていた。実にうまい。
のりの佃煮、ナメタケの瓶詰め、川魚の佃煮、
出し巻き、キャベツ炒め、……
これらのクオリアをほんの少しずつ味わいながら
朝食を摂る。
食うこともゆらぎつつクオリアを舌と胃袋で味わうことだ。
微細なクオリアゆらぎを味わう。
すべてのチャンネルのクオリアを同時に味わうと
味わいが無限に深くなる。

これを好み、これを味わい、これを楽しむ。
宣長のように山桜にこだわるのではない。
すべてのクオリアは味わい深いことを知っていく。
好き嫌いなど自分のこだわりは
すべて思い込みであることが分かってくる。
ところが、
いつまで経っても自分の好みというものは
思いこみだと分かっても快適で甘いものだ。
思い込みだからこそ甘いのかもしれない。
自我のもつそういう自己愛的コクーン癖は
子宮内の胎児時代に起源をもつものだろう。

ただゆらぐ。
自己とも自己という錯覚ともゆらぐ。
ただクオリアをゆらぎつつ味わう。
これがヒマラヤでの
クオリアゆらぎの暮らしだ。
長い時間をかけて、お気に入りの暮らしを
つくり上げてきた。

世界にはこのクオリアゆらぎの暮らしを
妨げる力があることを知っている。
そういう力は極力遠ざけてきた。
戦争や国家の暴力を報じるテレビや新聞はもちろん見ない。
自分で自我の処理ができない人との交際も注意深く避ける。
そういう人はどこかしらで、自我を赤ん坊のように押し付けてくる。
何とかしてよと擦り付けてくる。
自立できていない人とは会わないことにした。

ただ、そういう国家や自我優先の社会をいかにすれば
変えていくことができるのか、
その方向へ少しずつにじり寄っていく。
それは微細な力だが、この微細な力が共振して
世界の潮流になるとき
国家や自我優先の社会は死滅への道を歩み始める。

すでに世界各地からアジア、インド、ヒマラヤへ旅してくる世界の若者は、
多かれ少なかれ、現代国家や先進国社会のシステムを
忌避する潮流を形成しつつある。
世界の主流派の人々と比べれば、微々たる潮流だが、確実に存在する。
今、少ないからといって悲観することは何もない。
クオリアの共振は瞬間的に全世界に伝播する。
一瞬にして世界中の人の心が、一斉に共振する事が起こりうるのだ。
1968年に先進国の学生労働者をバリケードストライキと、
街頭闘争に駆り立てたのも、この瞬間的な世界共振の力だった。
ただただ、本音を伝え続けることだ。
声高な政治的主張ではなく、微細なクオリアほど共振する力が強いのだ。
感受性の傷つきやすさのようなクオリア。
自我や国家を忌避するクオリアの微細なふるえを伝えあうことだ。
それだけ続けていれば、いつか一瞬にして、世界は変わっているだろう。

うそだと思う人は、このページの上のイラストをようく眺めてほしい。
もしひも理論が正しければ、
この世のすべてのものは、共振しているひもからなるのだ。
特に、命が感じるクオリアは、物質やエネルギーという重い共振から
解き放たれている。ごくごく微細なひもの共振からなるのだ。
命が感じあうクオリアの共振力こそ、おそらく、
宇宙でもっとも共振力の高いものなのだ。



2007年4月24日

共振掲示板へ、生命について、読者の方からの投稿がありました。
それに答えて、生命とはなにかについて、
わたしの捉え方を要約してみました。
以下に転載します。

生命について

生命とは何か、
長い間さまざまな仕方で取り組んでいます。
現在の科学では、ひも理論が、これまでの見方にない可能性を
切り開いていると思われます。
ひも理論によれば、宇宙は現在の4次元時空だけではなく、
プランク長さ=0.0000000000000000000000000000000001m
という微小な7次元空間を含む11次元の時空からなり、
物質やエネルギーは、すべてここで振動している
ひもの共振パターンの変化によって生成していると考えられています。
物質や電気や重力などのエネルギーもそれによって生まれます。
それらは粗大な4次元空間に広がったのですが、
生命の発生の秘密は、
この微細な7次元空間で振動するひもの何らかの共振パターンによって
生まれたと考えるのが妥当だと思われます。
アインシュタインの相対性理論によって、
物質とエネルギーは相対的に変換可能なものであることが証明されました。
E=mc二乗という公式は、
質量に光速の二乗という巨大な数をかければエネルギーになるというものです。
それは原子爆弾によって現実のものとなりました。
生命は、
ですが、物質やエネルギーの変換法則には当てはまらないものだと思えます。
物質やエネルギーには命が感じ取っているクオリアを感じ取ることができません。
宇宙の中で生命だけがクオリアを感じ、
それを使って生命を維持することができます。
今のわたしは、生命や、生命が感じ取るクオリアは、
粗大な4次元時空に存在するエネルギーや物質ではなく、
微小な7次元空間で共振するひもの共振パターンの変化によって
生まれたのだと考えています。
ひもの共振パターンの変化は無限であり、
生命が感じるクオリアもまた無限です。
電気や重力などのエネルギーは、
比較的単純な物理法則によって制約されています。
ですが生命やクリアの働きはそれらの物理法則とは
比べ物にならないくらい、複雑なものです。
生命やクオリアは、物質やエネルギーとは、
根本的に異なる存在だと捉えてはじめて
その無限に複雑なありようを理解することができます。

生命だけが持つ特性を上げると、
生命はいつもゆらぎ、かつ生きようとする志向を持っています。
物質やエネルギーのクオリアを感じ取る特性も持ちます。
長い生命史の中で数々の生命形態を創発することもできました。
これらの生命だけが持つ独特のゆらぎ、志向、創発という特性をめぐって、
これ以降は今書き続けている生命論や共振論、クオリア論などで
展開するつもりです。 人
類がそれを解明し尽くすにはまだ何千年もかかると思われますが、
すこしだけでもその秘密に食いつきたいと考えています。
ではまた。
どうもありがとうございました。
2007年4月22日

チョ・スンヒ事件に共振する発言。一人だけ

ネットでチョ・スンヒ事件への言説を検索する。
今日になって、一人だけ共振できることを書いている
ブログに出会った。
だが、日本人ではなかった。
韓国籍のIZANAMIというコードネームの女性の

「エイッ‾! かんしゃく爆発
日本が自分たちの罪を悔やむことができない理由」


というブログだった。

「韓国系学生は被害者です」
「チョ・スンヒ氏がアメリカ社会に残した遺言」
「虐めによって人格破壊されたチョ・スンヒ氏!」

という3本の記事が投稿されている。
アメリカにも5年間住んで身をもって
アメリカ人の東洋人差別を体験してきた人だ。
もともと、日本人の韓国差別に立ち向かい、
歴史認識を改めようとする姿勢の人のようだから、
当然の言葉だ。
ちょっと、一面的過ぎるけれど、
世界を相手に孤軍奮闘しようとするときに、
民族精神や民族的立場などの<元型>に
囚われてしまうことが起こるのはやむをえないことだ。

それは、彼女がイザナミというコードネームを
身にまとっていることからも推測できる。
おそらく彼女は、日本人が日本の女神と思っている
イザナミって、韓国からの渡来人だったのよ!
という日本人にとって無意識となっている事実を
示唆する女神として降臨しようとしているのだ。

元型を身にまとう時にはその正負の意味を
自分で透明化できなくてはならないという
課題を引き受ける必要があるが、
それは彼女にとって後の課題だ。


ああ、それにしても、
日本人には誰一人いないのか。……
国家・社会に追い詰められる弱者に共振する人がなくて、
戦争国家に突き進む小泉・安部路線が止められるわけもない。

いったい、この国はどうなってしまうのだ?




2007年4月19日

覆い隠された無意識の人種差別

今日になって、米大学乱射事件の犯人
チョ・スンヒ(Cho Seung-Hui)が
NBCに送付したビデオ、写真、テキストがMSNBCのサイトや
YouTube.comに掲載されていることを知った。

犯行声明の一部を読むと、
彼が米国社会そのものからとことんまで
追い詰められていた様子がよく分かる。
普段は内気で温厚そうな顔つきだが、
犯行直前の彼の形相は
生死の境で死に物狂いに歪む胎児そっくりだ。
MSNBCに掲載された犯行声明の一部からは、
「人種差別」ということばが巧妙に削除されていて、
米国のメディアがこの事件と人種差別問題を
切り離そうとしている作為が透けて見えるが、
その他の記事からは、
「黒人が人種差別主義者であっても、君らはOKか?」
というような問いかけが見られることや、
自分を9.11事件のアルカイダの人々と同値していることからも、
彼が米国の主流派の人々の無意識に発する人種差別意識に
傷つき、追い詰められていたことが分かる。
日本のマスメディアには女性関係のもつれなどという
表層の出来事に焦点をずらせて処理しようとしている記事も見られる。
これもまた社会や国家が人を追い詰めている
不可視の圧力や人種差別問題から
目をそらせようとする作為に満ちていっそう犯罪的だ。
人種差別意識は実は意識ではない。
命の共振を忘れた心が無意識のうちに行っているのだ。
無意識だから、だれも自分が人種差別を行っていることに気づかない。
そんな問題などどこにあるの?
と平気で言う。
わたしはこの事件に共振して
ライフルを発砲した金喜老事件や、
李珍宇の強姦殺人事件を思い出した。
もう覚えている人などいないかもしれないが、
すべて無意識の人種差別に追い詰められて起こった事件だ。

彼のことばを引用しよう。

「お前たちは俺の心を潰した。俺の魂をレイプし、
俺の意識を拷問にかけた。
わたしはか弱く、防御もできない人々を奮起させるために、
イエス・キリストのように死ぬ。
お前たちは黒人が人種差別主義者であっても、OKか?
革命をはじめよう!」

わたしは瞑目する。
彼と彼の反抗の犠牲者となった32人の冥福を祈る。
彼らは皆、現在の国家と社会が人を押しつぶす
不可視の力によって殺された。
この世界をどうすれば変えることができるのか。
人間が失った命の共振力を
どうすれば回復することができるのか。


下記は、Cho Seung-Huiの犯行声明の一部である。


• You have vandalized my heart, raped my soul and torched my
conscience. You thought it was one pathetic boy’s life you
were extinguishing. Thanks to you, I die like Jesus Christ, to
inspire generations of the weak and the defenseless people.

• Do you know what it feels to be spit on your face and to
have trash shoved down your throat? Do you know what it feels
like to dig your own grave?
Do you know what it feels like to have throat slashed from ear
to ear? Do you know what it feels like to be torched alive?
Do you know what it feels like to be humiliated and be impaled
upon on a cross? And left to bleed to death for your
amusement? You have never felt a single ounce of pain your
whole life. Did you want to inject as much misery in our lives
as you can just because you can?

• You had everything you wanted. Your Mercedes wasn’t enough,
you brats. Your golden necklaces weren’t enough, you snobs.
Your trust fund wasn’t enough. Your vodka and Cognac weren’t
enough. All your debaucheries weren’t enough. Those weren’t
enough to fulfill your hedonistic needs. You had everything.


Cho Seung-Huiのビデオを見る



2007年4月18日

殺人に追い詰められた人の心と共振する

米国のバージニア工科大学で
銃乱射事件があったことを
行きつけのブログで知った。
ニュースサイトを開くと、
容疑者は韓国人の留学生だという。

わたしの名のLeeは、昔水泳仲間だった
在日韓国人の李さんへの共振から生まれた。
日本で「りです」と名乗ると、多くの人は
(日本人ではないのですか?)という暗黙の反応を返す。
ごく微細なその人のアイデンティティの質が現れる。
ほんの少し引く人もあれば、
とたんに顔が曇る人もいる。
友情を示す人はごくまれだ。
わたしは付き合うべき人を見分けるために
この名を選んだ。

その韓国人留学生の殺人に至る心が
透明に見える。
何もかも痛いように分かる気がする。

その学生は4年生から編入した。
英語はあまり得意ではなかったかもしれない。
あるいは、大学の寮で、最初に会った米国人の学生の
内輪英語のニュアンスが聞き取れなかったのかもしれない。
自我の構造の違いに傷ついたのかもしれない。
西洋では、すべての微妙な多次元クオリアを
イエス・ノーの二項論理に単純化して表現できる
荒っぽい自我を持たないと相手にしてもらえない。
アジアの微細な多項論理で育った韓国人学生は
人としてまともに相手にされないような
違和を受け取ったのかもしれない。
ほんの少しの気持ちが伝わらない。
相手のいっている言葉がロボットの言葉に聞こえる。
45を過ぎて英語をしゃべりだした私には痛いほどわかる。
イギリスやアメリカの学生英語など聞き取れるものではない。
日本のキャピギャルの言葉がつかめないのと同じだ。
周りの世界がだんだん遠くなる。
そのうち、個人の区別なく、「どいつもこいつも」
(こう感じられるのが神経症の入り口だ)
同じように自分を敵視しているかのように感じられ始める。
この世界はおかしい。
まるで共振する心のない
ロボットかヒューマノイドばかりに占領されたかに思われる。
そこから世界全体が自分に敵対しているという
妄想までは一直線だ。
わたしも、インドで学校建設の最中に
自分の意向が誰にも伝わらず、
日本から送った電気製品がすべて外国郵便局で引っけられ、
膨大な税金か、さもなくば袖の下をよこせという
腐りきった郵政官吏に何度も怒り心頭に達し、
おまけに工事が延々と長引き、
いつまで経ってもこの地獄から脱出できないという妄想に
たか られたとき、そうなった。
周りの世界が自分を絞め殺そうとでもしているかの
恐怖に囚われるのだ。

なぜそういうことが起こるのか?
そのとき下意識深く折りたたまれていた
胎児期最後の生死の境のクオリアが
一気に共振しだすのだ。
子宮収縮が始まり、それまでの羊水でゆらいでいた
極楽世界が一気に死をもたらすかのような
殺人機械に変貌する。
胎児にはその収縮がいつ終わるか予測できない。
永遠に続くかと受け取られるのだ。
出口なしの恐怖の中で、胎児は追い詰められる。
わたしを殺すな! わたしを殺すものは殺してでも生き延びる!
という生物学的怒りに駆られる。
命は自分を殺そうとする子宮を殺してでも
生き延びようとする。
意識は覚えていないが命はそれを覚えている。
現世で同様の妄想状況に陥ったとき、
胎児期の出口なしの恐怖と怒りのクオリアが一気に噴出す。

世界に対して銃を乱射する。
それは子宮を蹴破る胎児の足掻きと一緒なのだ。
そこまで追い詰められると誰もが殺人者に変貌する。
周りの世界に対して敵意を発するのも、
それを自分に向けて自殺に至るのも同じだ。
わたしも周りの人間を皆殺しにするか
自分が4階の屋上から飛び降りて自殺するか、
どちらに振れるかわからなかった。
どちらになるかは、ほんの偶然による。
その学生はたまたま銃がたやすく手に入る米国社会にいた。
さもなければ自殺に向かっていた。

アルカイダのアラブ人もそこまで追い詰められていた。
9.11も、今回の米大学乱射も同じ契機から発している。
米国社会には主流派以外の人間に対する
強烈な圧力がある。
それが米国の残酷な無意識だ。
米国だけではない。
日本やヨーロッパの先進国も同じだ。
この国家を変えない限り、同じことは永遠に繰り返す。


2007年4月10日

トビが教えてくれた共振原理

わたしに最初に<共振>に気づかせてくれたのは、
トビだった。

ここヒマラヤでは、夕暮れ時、
いつも多くの鳥がこずえにとまって
めいめいのさえずりをする。

ある日、ベランダからふと見ると、
トビがこずえにとまっていた。

「おおい、なにをしているんだい?」

とたずねてみた。
(ほかの鳥は盛んに啼いているのに
おまえはどうして黙っているんだ?
というひやかし心からだった。
トビは樹にとまっては啼かないのだ。)

すると、トビは、
「ただ世界と共振しているのさ」
と応えた。

もちろん、そう言ったような気がしたまでだが、
驚愕だった。
トビがヒマラヤの仙人であるかのように見えた。

そうか、共振しているのか。

トビがとても大事なことを教えてくれた気がした。
生命が世界と共振してるという
事実に取り組み始めたのはそれからだ。
それ以来、聴こえてくる牛の声も、
虫の声も、もちろん鳥たちも、
みんな世界と共振しているのだと
聴こえるようになってきた。

何年前のことだったかは思い出せないが、
それ以降のわたしが、
なにか決定的に変わったのは事実だ。


2007年4月2日

共振するひもたちよ!

満月の夜、猫に誘われて庭に出た。
灰柱で立つ。
ヒマラヤの澄んだ月の光に照らされる。
地球の真後ろにある太陽から発したひもの
光特有の共振パターンのひも振動が月に達し、
反射してわたしのからだに到達している。
月の光はわたしの肌に少ししみこみ、
多くは反射されてさらに満月の夜を
光のひも共振に満たしていくのだろう。
灰柱で立つわたしの体中の細胞が感じている
クオリアを感じてみる。
重力のひも共振パターンは
あらゆるパターンの中でももっともシンプルな
ものという。
グラビトンと名づけられたそのひも共振パターンに
わたしの体中の細胞もまた共振し、
筋肉細胞たちが始終微妙なゆらぎでからだを支えている。
腹の中で蠕動しているまだ重い内臓のクオリア、
肌をさする夜風のクオリア、
伝わってくる川の音のクオリア、
山の上でチベット僧が鳴らす楽器のクオリア、
山ノ下のヒンドゥ寺院から流れてくる
かすかな音楽のクオリア、
犬の遠吠えのクオリア
静まり返る木木のクオリア、
冷たさを増す空気のクオリア、
それを感じている口腔のクオリア、
満月を見るたび立ち上る
5歳のときに見た満月のクオリア、
頭の働きはほとんど止まり、
それ以外に連想されて出てくる記憶もない、
静まり返った満月の下のわたしの命のクオリア、
死とはこれらすべてのクオリアとの共振をなくすこと、

なぜわたしはひも共振に惹かれるのか、
そこに一切の価値判断が忍び込む余地がないからだ。
上下、貴賎、正邪、自他、利害、あらゆる二項判断が
人間の日常界に囚われた幻想であることを知らせてくれる。
ただわたしの命は無数のクオリアと共振している。
その裸の事実だけでよいではないか。
判断をなくすととたんにあらゆるクオリアが
味わい深くなる。
これを好み、これを味わい、これを楽しむ。
なにも桜や月だけにこだわることはない。
あらゆるクオリアはいとおしく、味わい深い。
重ったるい胃袋のクオリアだって
何十年も働き続けてくれている頼もしい友だ。
灰柱で立つと、重力に抗う体中の筋肉のゆらぎさえ
いとおしく、味わい深くなる。
わたしが人に伝えたいのは、
こんなささやかなよろこびだ。

満月の下に、灰柱で立つ。

日光を受けて立つと、
光のクオリアが強烈過ぎて、
他のクオリアをマスキングしてしまう。
光のひも共振が周りに氾濫して
映像チャンネルだけが突出する。
月の光程度がちょうどよい。
あらゆるクオリアを透明に味わうことができる。

魚料理の残りをやっているうちに
近所の猫が居つくようになった。
まだつかず離れずの距離だが、
今日はわたしを庭に連れ出してくれて
透明な灰柱になることができた。

星の王子様のもとを訪れるようになった
キツネとの友情に近い距離だ。
これもなかなか味わい深い。
猫よ、
おまえの中でどんなひも共振が踊っているか、
どんな友情のクオリアが沸き立っているのか。


2007年3月24日

万物の根源のひも共振

いやあ、とうとう万物の根源で共振しているひもの姿を、
じかに想像できるアニメーションを目にすることができるようになった。
Google imageで 'calabi yau'を検索すると、第一番目に
載っている図がそれだ。
”Higher Dimensions from String Theory
(ひも理論による高次次元)”
と題されたその美しい図は前から知っていたが、
右クリックで画像を保存しようとしてもできなかったので、
コピーガードがかけられているのだろうと
意地悪な作者を想像して憎んであきらめていた。

でも、共振論の「クオリアの乗り換え性」や、
クオリア論の「クオリアの生体浸透性」という
新しい重要な章をうまく説明するのに、
この絵以上に適切なものが見つからなかったので、
仕方がなく夕べ深夜に起き出して写真に撮ろうとした。
すると画面をしばらく撮影していると、
ぴくぴくと画面が変わるように見えた。
気のせいかと思ったが、しばらくすると
確かにさっきと形が変わっている。
「何じゃ、これは?!」
と驚いて何十枚も写真を撮り続けていると
やがて、急にもぞもぞと動き出した。
「ぎゃっ!!」
なんとそれは、、GIFの画像をつないだアニメーションだったのだ。

それを右クリックでダウンロードできたときは、
長く離れ離れになっていて会えなかった恋人に
再会するよりうれしかった。
ありがとう。作者のジェフさん。

ひも理論について>

物理学のひも理論(ストリング・セオリー)によると
この世界は、わたしたちがよく知っている
3次元の空間と1次元の時間からなる、4次元時空ではなく、
そのすべての空間の小さな点に、ビッグバン以来、
プランク長さ(1メートルのマイナス33乗=0.0000000000000000000000000000000001m)
という最小空間に小さく折りたたまれたままの
7次元の空間をあわせた11次元時空からなるという。
これまで陽子を構成する基本粒子と見られていた
クオークでもマイナス14乗程度だから、
ひもの小ささが実感的に想像できでないまでも、
とんでもない小ささだということだけは分かる。

ひもは、そのプランク長さの極微空間で
振動し、互いに共振している。
そのひもの共振パターンの変化によって
重力や光をはじめとする力やエネルギーや
あらゆる物質が生成している。

万物の根源が共振するひもからなっているとすれば、
命やクオリアなど、宇宙に生まれた非物質的なものも、
ひもの共振パターンの変化から生まれたと見るのが自然だ。
瞑想によって気づいた
命や命が感じるクオリアが万物と共振している
という直観も、さもありなんと腑に落ちる。

むしろ、万物の根源を粒子とみなす従来の物理学の標準理論や
現代社会の最大の共同幻想となっている
自我意識や国家意識が、共振を原理に含まないことのほうが
いびつな幻想であることもよく分かる。
社会的な人間観と、物理学の標準理論は互いに支えあっている
双子の誤解だったのだ。

現代社会の常識的な考え方は、
この共振するひもの意味を理解するとたんに
転覆されるだろう。
主流派の人々の長く強い抵抗にあうだろうが、
天動説同様、いずれ歴史の藻屑と消え去るものだ。

<この絵の見方>

11次元という時空間を、2次元の図に表すことは不可能だ。
この絵では、升目によって区切られた小さな場所で
それぞれのひもがつつましくパターンを変えながら
振動しているところまでが描かれている。
ここから先は、ひも理論を支えに想像力で補う必要がある。
まず、ひもの振動は、小さなサイズに縮んだり
最大サイズまで伸びたりして11次元で伸縮している。
――この絵では伸縮までは描かれていないので
それを想像力で補うことが必要だ。
そして、この絵では離れたところで振動しているが、
実際はそれぞれのひもは極微の距離で接しており、
互いに影響しあい密接に共振している。

満員電車の中で一人が動けば周りの人も
それに影響されて動かざるを得ない。
上の絵でもそれぞれのひもが
密接な距離で振動していることを想像すれば
ひもが共振しないではいられないことも
リアリティを持って感得できるだろう。

命が日光を受けて温まったりやけどしたりするのも
共振現象だ。
光を受けたことを細胞が知るのも
ひもの微細な振動部分である光のクオリアが
生体を構成する物質と命を生成しているひも共振に
影響を与えるためだ。
(くわしくは生命論を参照してください。)

万物は共振している。
すべてをそこから考え直すことが、
わたしたちに課せられている。

共振にはどちらが主であり従であるという区別は
まったくない。
主体と客体があるというのは
日常世界でだけ成り立つ思い違いであり、
そこから組み立てられた世界像は幻想に過ぎない。
この宇宙の共振原理を根源にすえて考え直さなければ
本当のことが何も分からない。
人類は宇宙や世界を長い間思い違えてきた。
だが、その幻想から解き放たれる日が近づいてきたのだ。

ジェフさんのアニメーションは、わたしたちに
なにが本当のことかを見通す、
想像力の手がかりを与えてくれる人類への贈り物だ。
すべての優れた創造は、
人類の共有財産となって永遠に生きる。

もういちど、ありがとう。

彼のサイトは、そのほかにも
古生代オルドビス紀の絶滅した化石の研究や
宇宙の写真や想像イラストからなる実に多彩なものだ。
あらゆる分野を超えて共振する感性こそ
優れた創造力を発揮するという見本みたいな人だ。
興味のある方は、ジェフのホームページから多彩に伸びる
リゾーム上のリンクをたどってみてください。
何日も楽しめること請け合いです。

またひとり、世界にリゾームの同志を見つけた。
これだから、生きるのがやめられない。


2007年3月15日

土方巽の『疱瘡譚』 


土方巽の舞踏の短いビデオクリップが
YouTubeにあるのを発見した。
1972年の『疱瘡譚』のなかのごく一部だが、
だれか有志が載せてくれたのだろう。
ありがとう。

これは映画監督の大内田さんが、
映像嫌いの土方を説き伏せて
たった一人で8ミリで撮ったものだ。

京都に住んでいたころ何度か
土方の映画の上映会をしたことがある。
そのころまだ存命だった奥さんの元藤さんが、
重い8ミリフイルムと映写機をかかえて
東京からわざわざやってきて上映してくれた。
「人に貸し出すうちにフイルムが切れ切れになってしまってねえ」と、
それ以後はご自分の手でしか
上映しなくなってしまったと語った。

土方の映像は貴重な人類の遺産なんだから、
フイルムが傷んでしまう前に早くデジタル化して
万人が見ることができるようにと、勧めたが、
その後作品の一部がCD化されたままで、
まだ完全な全体は人々が自由に見ることが
できるようにはなっていない。

土方の作った多くの舞踏作品のうち、
ほぼ完全な映像として残っているのは、
これと、DVDになっている『夏の嵐』しかない。
そして、この二つの映像作品を通じてのみ、
土方が最晩年に到達した衰弱体を見ることができる。

土方舞踏の真髄である衰弱体を理解し踊れる舞踏家が、
誰一人いなくなってしまった現在、
この映像だけがそれを後世に残せる手がかりなのだ。
誰が管理しているのか知らないが、
衰弱体どころか、
土方の舞踏を知らずにButohを心がけている人が多い現在、
早くネットに公開して世界の共有財産にしてほしいものだ。
優れた創造作品を私有して
ぐずぐず死蔵するなどもってのほかじゃないか。

土方の疱瘡譚の短い映像は
もうひとつYouTubeで見ることができる。
渋沢龍彦のビデオの一部に載っているものだけれど。

疱瘡譚を見る

もう一つ見る
2007年3月11日

土方巽と細江英公

土方巽は
細江英公がわたしを有名にした。