| 2007年4月 |
2007年4月26日 ●楽しいときは踊らない 「わたしは楽しいときには踊らないことにしているのですよ」 ――長い間土方巽のこのことばが魚の刺のように からだの闇に突き刺さっていた。 半分は分かるが、半分は謎だった。 わたしのからだの中に、 楽しい踊りに感応する要素があることを 否定できなかったからだ。 昔幼い頃から踊るのが好きだった。 幼年期に町内会で見た近所の老婆や老人が見せる 卑猥な芸に驚いた。 「おおおそそ」という出し物や、裸のフリチン踊りに 手放しで笑い転げる町内会の雰囲気にたまげていた。 小中学時代には町の盆踊りに興じた。 高校時代には紀伊半島を徒歩で一周しながら 村々の盆踊りをはしごして飛び入りで村の娘たちと踊った。 どの村も一見の異界からの訪問者を暖かく迎えてくれた。 若い頃はゴーゴーやディスコに興じ、 バレエやダンスの公演があれば必ず最前列か 最後列の席を取り、一緒になって踊った。 最前列では脚を自由に動かせるし、 最後列では上半身をどう動かしても後ろで迷惑になる 観客がいないからだ。 40代になって青年期の政治闘争で受けた 執行猶予期間が明けて外国を旅行できるようになると 各国で伝統舞踊や民族舞踊を学んだ。 インドネシア、タイ、インド、東欧、南米、ハワイ……、 どの国の踊りも大好きだった。 ヨーロッパやアメリカでは都市ごとの コンタクトインプロジャムやトレーニングキャンプを渡り歩いた。 だが、ここ十年、ぷっつりとそれが已んだ。 いつの間にかわたしもまた楽しいときには踊れなくなっていた。 何かが、はた、と変わったのだ。 だが、この自分の中に起こった変化を 長いこと理解できなかった。 いったいないが起こったのか? どうも今わたしの命が求めている サブボディの踊りは 楽しいときにリズムに乗って踊る踊りとは どこかが違うのだ。 だが、何が違うのか、というとなかなかはっきりしない。 「舞踏とは冷え切ったからだになって はじめて踊れるものなんですよ」 ――これは、大野一雄の息子さんの大野義人の言葉だ。 昔の舞踏仲間から転送されてきた 桂勘からの手紙の一節にあった。 大野一雄と競演するときの義人はいつも 石像か、氷像のように突っ立ていた。 ひたすら、魂の霞のように踊る一雄の舞を 引き立たせるべく<動かない>を踊った。 大野義人もまた決して楽しいときに踊る人ではあるまい。 今のわたしも楽しいときには踊れない。 わたしの命が創りだしたいのは、 楽しいときに踊る踊りとは根本的に違うものだ。 どこが違うのか? 楽しいときに踊る踊りは<元型>にとりつかれている。 伝統的な踊りも民族的な踊りもまた、 <踊りという元型>に囚われている。 その<元型>を命がけで脱ぎ捨てたときに はじめてサブボディが顔を出す。 人類史の中で、絶対的創出といえる たった一つの踊りが発明される。 そういうことだったのだ。 私のからだの闇に突き刺さっていた刺が わたしに告げようとしていたものは。 この気づきもまた、一度寝てから 深夜2時にやってきた。 起き上がってこの稿を打ち込んだ。 これじゃ眠れないよ。 命が縮まってしまう。 だが、わたしのサブボディさんは 容赦なく休みなしに突っ走る。 助けてくれえ。 |
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2007年4月16日 |
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これがわたしが最初に出会ったカラビヤウ空間の図だ。 ブライアン・グリ-ンの名著 『エレガントな宇宙』に掲載されていた。 6次元空間の数学を創った数学者 カラビとヤウの名をとっている。 いつまで見ても飽きない。 私たちの命もまたこの次元で クオリアと共振している。 興味のある方は、Googleイメージ検索に 「Calabi-Yau Space」と入れて 検索するといい。 実にいろいろ出てくる。 |
2007年4月15日 ●命とサブボディの夢 命がやっていることと、サブボディがやっていることの 手つきがまったく一緒だという夢を見た。 サブボディがからだの闇に微細なクオリアのサブシグナルを 捉え、それに従い、増幅していく手つきと、 命が日々出会う新しいクオリアを手がかりに、 深夜そのクオリアを生み出しているひも共振を さまざまな次元に展開し、クオリア共振のつながりを 見出していく手つきとは、同じものだ。 命はそのプロセスから夢や身体症状を作り出し、 サブボディはサブボディダンスを見つけ出す。 命がやっていることをできるだけ克明に追う、 それがサブボディ・メソッドだ。 そういう大きな気づきをもたらす夢だった。 命は絶えずクオリアと共振している。 クオリアを感じられなくなったら命が終わるときだ。 命は、ひも理論で言う折りたたまれた微細な7次元空間に ひろがるクオリアの共振を捉え、使用するクオリア遣いだ。 その様子をできるだけ克明に想像する。 命が何か新しいクオリアに出会ったときは、 そのクオリアを7次元空間に広がるクオリア共振の海に 解き放ち、行く末を眺めるのだろう。 中にはビビッドに共振するひももあれば、 共振しにくいパターンですでにふるえているひももあるだろう。 そのなかで、ひとつのクオリアから広がる共振パターンを 見つけることによって、 命はそのクオリアが何であるかを了解する。 ひとつのクオリアから11次元に広がるすべての 共振パターンを見出だせば、それがこれまでに既知のクオリアと どういう関係にあり、どういう新奇さを持っているかが 把握できる。 するとそのクオリアは命にとって 使用可能な手持ち札に転化する。 40億年の生命史をつうじて、命は絶えずこうして 手持ちの使用可能なクオリアの範囲を広げてきた。 一晩中続くその共振パターンの探索のプロセスから 夢や身体症状などが生まれる。 その命の営みのプロセスをできるだけ克明に追う。 7次元の微細次元空間でのひも共振の拡がりを、 想像力を極限まで羽ばたかせて、命の微細な営みに成りこむ。 眠っている間に見つけられた新しいクオリア共振パターンの ルートを支えるために、ニューロンが伸び、 別のニューロンとのネットワークを更新する。 起きている間に新奇かつ不明のクオリアに出会えば出会うほど、 眠っている間にニューロンが分岐し、 新しいネットワーク網を形成していくことが知られている。 それもからだや動きを伴う 全チャンネルのクオリアであればあるほどいい。 ●生き延びるためのサブボディ・メソッド 実はわたしは、インドでの学校建設中に陥った 神経症の激怒発作のたびに何百万ものニューロンが 死んでいく恐怖を実感した。 数年前まではまだ、脳細胞は一度死ねば再生することも 増殖することもないという通説に支配されていた。 わたしは、わけの分からぬ憤怒に捉えられる度に、 3年ぐらいずつ寿命を縮めているという 妄想に囚われておののいた。 怒りの発作でからだがアドレナリンモードになると 免疫システムは停止する。その間に癌細胞やビールスが 番人がいなくなった生命を食い荒らすこともよく知られていた。 あと3年の命だと覚悟した。 だが、いつの間にかその通説は覆された。 ニューロンが再生される事実が発見されたのだ。 精神生物学者のロッシは、 これら脳科学や遺伝子研究の進展に伴う 新しい心身科学の先端を切り開いている。 人間の生の心身相関の仕組みを、内分泌システム、 免疫システム、神経システム、神経ペプチドシステムなどの 複雑なシステムの総合として捉え、 その複雑多次元なネットワークシステムの中を 心身の変化から生じる情報伝達物質が縦横に駆け巡り、 各細胞の核に折りたたまれている即時遺伝子を発現させては 新しいたんぱく質を産生して 事態に対処している脳心身の仕組みが解明されてきた。 そこでは、新奇(Novelty)かつ神秘的(Numinousum)な体験をすればするほど、 即時遺伝子を刺激して新しいニューロンを生長させることが見出されている。 変化に富んだ場や体の動きを伴う子ことも 神経生長に貢献することが確認されている。 からだの闇にサブボディを探る作業は、 まさしくこの新奇さと神秘にクオリアに満ちた世界だ。 この探求を続けていくことが、 大量死しつつある脳細胞を補完し、 新しいニューロンを発現して生き延びていく道だということを 知ることができた。 わたしは身辺から激発発作の契機になる要因をすべて遠ざけ ひたすらからだの闇を掘る作業に没頭した。 なによりわたし自身の命が サブボディ・メソッドを必要としたのだ。 もちろん、わたしの生にとっていいものは、 他の人の生にとってもいいに違いない。 わたしがパフォーマンスを主とするダンサーから、 サブボディの産婆という生に転身したのはそれによる。 からだの闇、自全の謎を探索する旅ほど、 驚くべき新奇さと神秘さに出会えるものはない。 わたしは、海底の生物の神秘や、高山の神秘、微生物の神秘の世界も、 30代の頃にくまなく探訪してきたが、 からだの闇には、その幾千万倍もの神秘と謎に満ちている。 サブボディメソッドにはじめて触れるときは だれもが違和感と心地悪さを感じるものだ。 意識が切り落とし、周縁化してきたもので詰まっているからだ。 だが、その当初の心地悪さを越えれば、 日々新奇と神秘とまばゆいほどの命の豊穣に触れることができる。 脳細胞が活性化し、未知のつながりを作り出し、 日々新しい創造力を弾けさせていくことを 体験するほど楽しいものはない。 病んだ人、衰えかけた人、探究心に満ちた人、 だれもに、ヒマヤラへ来たれと、 呼びかけ続けるゆえんだ。 |
2007年4月14日 ●変成―成りこみの技術 土曜日、ほぼ一日ゆらぎ瞑想から 半眠半覚瞑想を続けている間に、 いつの間にか、 舞踏における<成りこみ>の技法について、 技術的な解明が進んでいた。 わたしたちは、主に八つのチャンネルを使って生きている。 体感、運動、映像、音像、感情、対人関係、 世界像=自己像、思考チャンネルの八つだ。 これ以外にももちろん、嗅覚、味覚、触覚をはじめ、 無数のチャンネルがある。 だが、主に上の八つのチャンネルに注目することで、 考察が複雑すぎる迷路に入り込むのを避けることができる。 八つのチャンネルには、 それぞれ外向チャンネルと内向チャンネルがある。 外向チャンネルは、五感を使い、 外界の物質や力と相互作用するものだ。 これに対して、内向チャンネルは、 命が共振して感じるクオリアを使うものだ。 クオリアは、外界との直接的相互作用から受け取るクオリアと、 記憶や生命記憶に蓄えられたクオリアが共振している。 この世とは別の非時非空の次元で絶えず共振し続けている。 内向チャンネルで扱う、クオリアは、 外向チャンネルで起こっている物質的な相互作用と比べると、 何 千万倍も微細なものだ。 日常意識モードでいるときは、 内向チャンネルのクオリアはマスキングされ、 意識の感知外の領域にに周縁化されている。 下意識や無意識と呼ばれてきた領域だ。 サブボディメソッドは、この意識外の領域に入り、 内向チャンネルを開き、クオリアを駆使することによって、 さまざまなものに成りこむ技法だ。 そのためには、まず、日常意識を十分に沈静化し、 意識レベルを落とすことが肝要となる。 いわゆる変成意識と呼ばれる意識状態のひとつだ。 わたしは、この状態をサブボディモードと呼んでいる。 下意識の世界では、 日常世界のようにからだとこころは二分されていない。 混融してひとつになって、多次元を変容流動している。 だから、そこから、どのチャンネルにも 出現することができるのだ。 まず、ひととおりの手順を述べよう。 1.ゆらぎ瞑想や、体底呼吸法などで、意識レベルを落とし、 サブボディモードに入る。 2.からだも、三元ゆらぎ、百丹三元、内呼吸伸展などで、 十分ほぐし、日常体の硬結から解放する。 ――ここまでが準備だ。 八覚のうちの体感の内向チャンネルを開くことからはじめる。 1.内向体感チャンネルを開く 呼気の瞬間以外は体底を締め続ける 第3レベルの体底呼吸を行い、 体底部で感知している微細なクオリアゆらぎに耳を澄ます。 はじめは、なんらかの体感クオリアを 頭で思い浮かべるだけでいい。 体感クオリアとは、重い、軽い、温かい、 冷たい、緊張している、緩んでいる、痛い、かゆい、 乾いている、空腹である、酸素が足りない、 血圧が上がっているなど、からだで感じるクオリアのすべてだ。 クオリアは、からだの闇のなかで 絶えず微細に共振しているから、 頭で思い浮かべるだけで、からだが反応し、変化し始める。 たとえば、体底が重いと思うだけで、 体底付近が重くなる。 呼吸を吸いながら、その上の下腹部も重くなると思うと、 実際に重く感じ始める。 そうやってじょじょにからだの上部が重くなっていく。 ついには体全体が重くなる。 からだに重さのクオリアが満ち、 重くて重くて仕方がなくなるほど感じたら、 呼気とともにそのクオリアがからだから抜けていくと思う。 すると実際に重い体感は消え去っていく。 この訓練にはこの、 からだにあるクオリアが満ちていく練習だけではなく、 それが完全に抜け去っていく練習が大事である。 空っぽの透明なからだにならなければ、 次の練習に進むことができない。 からだが何らかのクオリアに取り付かれたままではだめなのだ。 ひとつのクオリアを脱ぎ、 透明なからだになれたら、 つぎつぎと思いつく限りのクオリアを 体底から順にからだ全体に満たせていく。 熱い、凍りつく、軽くなっていく、 硬結していく、元気がなくなる、などどんな体感でもいい。 からだの闇では 始終さまざまな微細なクオリアがゆらいでいるから その発端を捉 えてそっと増幅するだけで、 からだはそのクオリアに満ちていく。 そして、実際にそう感じられ、 からだの状態が変化していくのを透明に観察する。 最初は驚くに違いない。 なぜからだはこんなに思ったとおりに変化してしまうのか? 催眠や自己催眠は、この体感変化を使う技法だ。 からだを硬化したり、年齢退行を起こすこともできる。 実際に、わたしたちのからだの闇のサブボディは、 絶えずありとある微細なクオリアをゆらいでいる。 5歳のからだの体感クオリアも 非時非空のからだの闇では始終感じているのだ。 微細すぎて感知できないだけだ。 クオリアは瞬間共振によって増幅されるから、 自己催眠に習熟したらだれでもいつでも 5歳のからだにも胎児のからだにも成りこむことができる。 サブボディ技法は、 催眠技法などで知られているクオリアだけではなく、 ありとあらゆるチャンネルのクオリアを開く。 それをからだに満たすことで、 あらゆるものに変成を遂げる。 そのためには、体感だけではなく、 動き、映像、音像、感情、関係、 世界像=自己像、思考など、 すべてのチャンネルを使いこなす。 とりわけ、変成技法では、 世界像=自己像チャンネルの働きが大きい。 これら、他のチャンネルでの変成技法は、 長くなるので別の機会に記す。 このあらゆるチャンネルで、 微細なクオリアからからだ全体のクオリアに 増幅していくリゾーミング変成技法は、 サブボディメソッドの核心の一つだ。 これを使いこなせるようになると、 瞬時にあらゆる存在に<成りこむ>ことができる。 能における「ものまね」の技術や、 土方巽の「成りこみ」もまた、 上に述べた全チャンネル変成技法を使って成立したものだ。 彼らは、伝統的な練習体系や、 厳密な振り付けによって<成りこみ>を実現させてきた。 だが、おそらく、技術的・理論的に解明したのは、 これがはじめてだろう。 これによって、<成りこみ>技法は、 舞踏の振り付けの枠を超えて、 万人に解放される可能性を持った。 <成りこみ>は、自分がなりたいものになるのが本筋だ。 たとえば、自分の原生夢のなかの体感や世界像は 自分固有のものだ。 そこには他人は誰一人入り込めない。 だからこそ、人が自分の原生夢を踊るときは、 あんなにもリアルになることができる。 なにもかも世界中で自分だけが 詳しく知っているクオリアだからだ。 そのとき人は自分だけの踊りの創造主になる。 だが、自由な想像力もまたその人固有のものである。 自分の想像の中の何かに 成りこみたいと思って成りこむとき、 人は自分固有の自由に、身を投げかけ、成りこみを遂げる。 サブボディ・メソッドのリゾーミング変成技法は、 誰かが誰かに踊りを振付けるという枠を破って、 ひとりひとりの<創造の自由>に賭身するための技術なのだ。 |
| 2007年4月11日 ●命はね 命は、自分が最も創造的になれる場をつくって そこで生きることを求めている。 これがわたしが60年の生でつかんだ 命に関する何事かだ。 生まれてから45年間は、自分の命が何を生きたいのか つかむことができなかった。 ずいぶんの惨憺たる暗闇をさまよい歩いた。 10代から20代は、文学、美術、音楽をはじめ、 ありとある芸術分野にトライして挫折した。 15から20までは本気で革命を目指して、自滅した。 何人もの友人が命をなくした。 20から30までは、一人暗渠に潜り、 国家論、現代思想、古典思想、 植物、魚、虫、動物、エコロジズム、考古学、鉱物学、 まるで狂ったように渉猟した。 どの世界へ飛び込んでも、生きる場はここじゃないと すごすごと引き返さざるを得なかった。 からだのことを何も顧みずに酒を浴びていた。 気がついたら狭心症、通風、肥満の成人病の巣になっていた。 30から44までは、泳ぎ走り潜り登りの 山海のスポーツにからだを燃焼し命を消費しつづけた。 トライアスロンを10年やって、 ようやく頭が空っぽになったころに、 45で舞踏者として生きる道を見つけた。 青年期を過ごした京都に帰った。 毎夜のように死んだ友人が夢枕に立った。 その亡霊を鎮めるために、死者たちと踊る踊りを創った。 50から、死者たちとの踊りを持って、 世界中をまたまた狂ったように踊り歩いた。 自分の命はどの地で生きたいと思っているか、 自分の生きる場所を探した。 53で、からだが勝手に、 ヒマラヤインドで生きることにきめた。 舞踏学校を作るのに3年かかった。 途中で酷い神経症にかかった。 解離性の多重人格症も本格化して いくつもの分身に分裂した。 それは今も続いている。 だが、今のわたしはこれまでの人生で もっとも創造的な生を送ることができている。 若いときも日々25時間、あれこれ試みていたが、 毎日ここまで新鮮な創造が生まれてくる体験をしたことがなかった。 いまは、毎日の授業が済めば、くたくたになって落眠する。 だが、夜中にサブボディさんが目覚めて 明日の授業を創りだす。 毎日、これまでにない授業が生まれていく。 わたしはすでに、何千もの授業メニューを持っているが 同じことを繰り返すことはない。 毎日新しい授業が創造されていく。 命と共振に関する探究も進む。 わたしが創造するのではない。 創造主はサブボディさんだ。 毎日その旺盛さに驚かされる。 (たまには休みなよ)といっても聴かない。 この創造の鬼はいったい何なのだ。 命だとしか言いようがない。 命がひとたび自分の限りを発揮する場を見つければ とことんやる。 わたしはただただ命に追いすがるだけだ。 (おおい、待ってくれ、そんなに早くは歩けないよぅ!……) サイトにアップしきれない論考も溜まっている。 サブボディは24時間不眠不休だから、 追いつけるわけがない。 ふうふう。 これがわたしの毎日だ。 |
| 2007年4月9日 ●泡立つ多細胞共振体 今朝、面白い体感の夢を見た。 からだの中の各細胞が発している微細な電気を 感じようとすると、感じることができるようになっていた。 何かからだの調子が悪いときの話だったが、 各部の細胞が発している微細な電気を感じつつ ゆっくり転がりつつ蠢いていた。 その体感があまりにリアルで、面白かったので 一日中その体感を追っていた。 ●夢と付き合う技法 夢と仲良く付き合うには、 その視覚イメージにこだわらず、 夢の中の体感に付き従うのがいい。 夢の中の体感を何度も何度も味わいなおす。 すると、しばらく追っていると 別のチャンネルがふと開いたりして 思いがけない気づきを受け取ることができる。 その気づきは、下意識さんからの格別の贈り物だ。 わたしはこの技法をジェンドリンの 「フォーカシング」技法から学んだ。 (興味のある方は、 『夢とフォーカシング』ユージン・T・ジェンドリン(福村出版) を読まれるといい。この技法を身につけると 夢があなたの下意識の創造の宝庫に一変する。) ●下意識からの贈り物 授業を終えて、すぐ横になってその体感を探っていた。 すると、体中の無数の細胞が、 疲れて眠り込みたいという傾向と、 新しい酸素を得て活気付いていく傾向とに 別れていることが感じられた。 600兆といわれるわたしたちを構成する 細胞たちは、さらに無数のシステムや臓器に別れ、 その中でもつねに多次元的な傾向が渦巻いている。 死んでいく細胞も日々何百万もあれば 生まれてくるものもほぼ同数ある。 疲れたり、何かの欠乏を感じたり、活気付いたり、 満ち足りたり、……と無数の多次元的な傾向に満ちている。 とくに、疲れている多細胞群が、 内呼吸によって新しい酸素を得たときに ブクブクと泡立ちながら活性化していくイメージと 体感がやってきた。 酸素で活性化する細胞群が 泡立ちつつ他の部位をも巻き込んでいく。 泡立ちリゾーム。 いままで、思いつくことのなかった リゾームのイメージがやってきた。 下意識さんからのありがたい贈り物だった。 各細胞がさまざまな次元方向への傾向をもち、 それぞれの傾向が隣接部に広がり、リゾーム状に 蠢きながら、ひとつの全体の動きを形成している。 先週のセンタの、微細なクオリアにゆらぎながら転がる 透明な蠢きがその例として浮かんだ。 そのとき、蠢きは格別味わい深さを増す。 わたしたちは600兆の単細胞の共振体である。 彼らは、それぞれが一個の生命を持ちながら、 共存しなければひとつの全体的な命として やっていけないことを知っている。 なんという叡智なのだ。 単細胞の癖に。 地球上で戦争して殺しあう人類のような馬鹿な真似はしない。 国境を越えて、胃と肝臓が戦争をはじめることもない。 しばらくこの多細胞共振体としての生命の動きを追求しよう。 先月の最後の日になってはじめて到達した地点から 4月コースの第1週をはじめることができる。 とんでもない未踏へ踏み込んでいくことになりそうだ。 ●癌細胞という例外 ただ、ひとつ例外があることに気づいた。 癌細胞だ。 共振を忘れて自己の増殖だけに躍起になる。 人間社会にもそういう癌細胞化してしまった人々がいる。 他国に侵略し、自己の利益のために 爆弾を消費し、殺戮する 軍事資本やフォードたちの一群は、 癌細胞化してしまった人間なのだ。 通常細胞がもつ生命共振の叡智のかけらもない。 人類の生命はやがて、この癌細胞を取り除いて、 共振しなければやっていけないという 生命の叡智を取り戻す日が来るだろう。 共振塾ヒマラヤは「そのとき」に向かって進んでいる。 |
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| ここをクリックすると、この絵のオリジナルサイトである、 ジーン・フランシス・コロナさんの ' A VIRTUAL SPACE-TIME TRAVEL MACHINE'に飛びます。 上の絵の拡大図が現れたら、その絵の上にマウスを置き、 クリックしてみてください。 上のひもが多次元で変容流動するムービーを見ることができます。 (ムービーを見るには、 'Windous media player'.が必要です 持ってない人は、ここをクリックしてダウンロードしてください。). |
| 2007年4月1日 ●ストリング共振瞑想 休日の土曜、日曜はたいてい丸一日、 命に聴く瞑想に入る。 「命さんよ、何が一番したいんだい?」 シンプルな問いだが、 いままで試みたさまざまな自分への問いかけの中で 一番よい問い方がこれだ。 若い頃は、 「いかに生きるべきか」とか、 「何を生きるか」などと自分に問い続けていた。 だが、自分に問えば、 自己意識が立ち上がってしまう。 そして、思考回路で考え込み 思考の迷路に絡めとられてしまう。 思考チャンネルはこういう大きな問題に 対処するにはふさわしくないのだ。 45歳で踊り手として生きようと決めたときも、 思考で決めたのではなかった。 思考より先にからだがそう決めていた。 それ以来あらゆる大事な決定はからだに任せるようになった。 日本を飛び出し、諸外国を踊り歩くようになったのも、 旅の中で、インドのヒマラヤに練習場を創ることに決めたのも、 からだの底の意向に従った。 わたしがからだというときは いつも脳心身のすべてを統合した基底にある 命の意向、傾向性のようなものを指している。 いまはそれを端的に命と呼ぶようになった。 命はいつもゆらいでいる。 そしてさまざまな多次元の傾向性に満ちている。 それをひとつひとつ聴き取っていく。 今日最初に浮かんだのは、 金曜日に生徒たちが踊ったサブボディダンスを 来週以降どう展開させていくか、 各個のサブボディがどこへ弾けて行きたいか、 一人ひとりの サブボディの動きになりこんで感じてみる。 その結果出てきたのが、 昨日の共振塾ジャーナルに書いた、 <世界像チャンネルと自己像チャンネルを自在に往還する> という課題だ。 次にどのチャンネルを開きたがっているか、 今なお閉ざされているチャンネルは何か、を感じ続けていると、 最良のアドバイスが自然にからだの闇から湧き上がってくる。 瞑想で自我を限りなく弱めた状態になると 自分のサブボディと生徒のサブボディは 自然に共振しはじめる。 そのうながしに従うだけでいい。 (具体的な生徒へのアドバイス内容は、 共振塾ジャーナルを読んでほしい。) 次にわたしの命が指向しているのは、 生徒に、サブボディの産婆になるとはどういうことか を伝えることだった。 生徒のうちには、ここに何年か通って サブボディメソッドの伝道者になろうと志向している人が 現れてきている。 その人たちに、自我を消し、 生徒のサブボディになりこむ方法を伝えたい。 サブボディの産婆になるためには、 それだけではなく、 サブボディの創造性を発揮して サブボディの創造を立ち上がらせた後に それを鎮めるカーミング(沈静)技法に習熟することが 大切になる。 生徒が悪夢に襲われたり、異様な体感に囚われたりする <瞑眩(めんげん)反応>にいかにに対処するか、 リゾタッチ(共振タッチ)や指圧によって からだの底の原生力に呼びかけ、 自己治癒の力を全開できる状態に もっていくことができるようにならねばならない。 サブボディの産婆となろうとする人が この現実社会とどう対応して活動を展開していけるかの 方法も見出される必要がある。 そして、第3には、 それらのすべての技法をもっともっと クリアなものに理論化していくという課題だ。 サブボディの棲む非二元共振の世界の論理や、 それと二元論の分別意識の世界を自在に往還する ツリーリゾーム論理はまだほんの少ししか取り出せていない。 第4には、以上のすべてを、授業やサイトを通じて 世界に開いていくという課題だ。 ここでやっていることを知る人はまだまだ少ない。 サイトを訪れるひともごく少数だ。 サイトの検索対策や、適当なサイトへの投稿、 呼びかけのしかたを工夫していく必要がある。 第5に、それらすべてが統合されてはじめて 世界のありようをいまの自我意識優先のあり方から 共振にみちた世界に変えていく <世界共創>が実現していく。 ●<多次元一如>という原理 そこまで、取り出したとき、 これらすべての命の指向が、 単独ではなく、まるで11次元のカラビ・ヤウ空間で 共振しているひもそっくりの動きで 伸縮している光景が目に浮かんできた。 先日、Jeffさんのひも共振のイラストに触れて それが以前よりさらにくっきりと映像イメージとして 見えるものになってきていたのだ。 これで明日の授業を ストリング共振瞑想からはじめて 世界像流=自己像流を自在に往還するという 展開にする道筋がくっきり立ち上がってきた。 自分の命の各指向性が 11次元で共振しているストリング(ひも)同様に 多次元で共振しつつ、かつひとつであるというのが 命のクオリアの実相だ。 ひももまた、多次元で共振しつつ かつひとつのひもはひとつである。 <一>であり同時に<多>であるという ひもも命も日常世界の排他律とは 別の世界の論理にしたがって動いている。 命の指向が多チャンネル(多次元)に展開しようとしている ことを、11次元のストリング(ひも)共振のさまと 重ね合わせることができる。 今日得られたこのイメージは、今までに思い描いた もののなかで最良のものだ。 命の多次元変容流動の実相をもっともよく表している。 <多次元一如> という言葉が浮かんだ。 これは、おそらく、宇宙と命とクオリアが、 多次元で共振している実相の 今のところ得られる最も優れた近似像だ。 <多次元一如>――これが、今後展開する 共振性原理やツリーリゾーム論理の柱のひとつ となるだろうことも分かった。 長い間捜し求めていたものが やっとひとつの形をとった。 <多次元一如>は、これまでに個別に取り出してきた サブボディ世界の、心身一如、内外一如、 自他一如、世自一如、類個一如などの特性を 総合するものとなる。 ゆっくりこれを膨らませていこう。 -------------------------------------------------------- ストリング・セオリー(ひも理論)について詳しく知るには ブライアン・グリーンによるThe Elegant Universeを訪れてください。 英語ですが、表紙の小さな絵をクリックすると、 いくつもの分かりやすい図解で、ひもとは何かがつかめます。 『エレガントな宇宙』というタイトルで日本語の書籍にも翻訳されています。 ' A VIRTUAL SPACE-TIME TRAVEL MACHINE'の表紙を開くには、 ここをクリック。 上の絵以外のさまざまなコンピュータ・グラフィックスが楽しめます。 |
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わたしはからだの闇の探鉱夫だ。長年掘り続けていると、いつのまにか穴だらけのからだになった。
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