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からだの闇を掘る
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わたしはからだの闇の探鉱夫だ。長年掘り続けていると、いつのまにか穴だらけのからだになった。
私はなおも掘り続けるだろう。体全部が透明になるまで掘り続けるつもりだ。 リゾーム Lee
| 2007年 | ||
2007年3月29日 ●自己不全感という最強のてがかり どうやら、この間感じ続けてきた妙な不快感は、 自分の中で、自己像と世界像が微妙な亀裂を きたしていたことに起因していたことに気づいた。 この気づきは さっき風呂に浸かっていたときに不意に訪れたから 下意識さんが届けてくれたものだろう。 からだの闇の中では 世界像流と自己像流が合い照らしあいながら 変容流動している。 その間に微妙なギャップが生まれると からだの底から不全感が立ち込めてくる。 ごく微細な感じだが、 そのサブシグナルは、 何かがおかしいと告げている。 こういうときは大概、 世界像と自己像が食い違っているのだ。 理論的にはとうに分かっていたことだが、 今回の自分の状態に当てはめることができていなかった。 昨日の新入生徒の自我に触れて なにが起こっているのかがはじめて分かった。 わたしは世界を、いまの人間が悲しい自我を 待たずには生きられないような世界のありかたを 変えたいと望んでいる。 悲しい自他区別、 悲しい非共振から飛び立つことができる と思っているのだ。 それなのに、自分自身が この冬の日本への旅で、 自分が昔の自我をもったからだに 返ってしまったことが、 もっとも深い原因だった。 日本国籍を持っただれそれであると 国家から証明されるパスポートを更新し、 国境を越えるためのビザを 取得しなければならなかったこと、 インドでの長期滞在外国人登録、 電気水道ガス電話をまともにもらうための インドの役所への苦情、新学期開講準備、 すべての事務作業を遂行するためには 自我モードに返らなければならなかった。 ぼんやり自他の区別をなくした下意識モードでは こういう手続きは何一つ行えないからだ。 それが、自分の望む世界像と亀裂し、 あの重層低音のような不全感となって 響きつづけていたのだ。 私のからだは、すこしでも からだに常態とは違う アドレナリンやテストステロンなどの 興奮性や攻撃性をもたらすホルモンが増えると 不快と反応するようになっている。 自我はこれらのホルモンを分泌し続けていたのだ。 今年の3月から始まったクラスの メンバーはみなそのことをよく理解して 自我を表立たせず、下意識モードに入ることに 専念してくれていたので、 とてもよい雰囲気が醸成されていた。 それに助けられて私もすこしずつ 自我モードを鎮めることができていた。 生徒に助けられていたのだ。 それによって新入生の生まの自我に触れると それが鮮烈に突き刺さってくる 体感となって現れたのだ。 自我は突き刺す。 自我は自分を守るために 自他区別し、他人を突き刺す。 日本をはじめ、先進国が あんなにとげとげしい雰囲気を持っているのは そんな自我が蔓延しているからだ。 だが、今学期のクラスの雰囲気を見れば わたしたちがそこから抜け出す可能性を 持っていることを教えてくれる。 すこしずつこの自我から抜け出す輪を ひろげていけばいいのだ。 並大抵のことではないが、 可能性がないわけではない。 このクラスで、共振性や創造性に みちた命の原生力を回復し、 世界に帰っていく生徒が すこしずつ周りの人を変えていくだろう。 その微細なさざなみの力を信じよう。 下意識さん、ありがとう。 とてもいい答えだよ。 とてもすっきりさせられました。 |
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| 2007年3月28日 ●<自我>に触れると痛む 下意識モードに入るサブボディ瞑想を続けていると 徐々に日常体から離れ、サブボディモードが 恒常的な状態になってくる。 新学期も3週目に入り、 生徒も日常体から少しずつ サブボディモードに入れるようになってきた。 わたしもようやく、日本への旅で すっかり昔の日常体のからだに戻っていたのが いつものヒマラヤでのからだに戻ってきた。 だが、こうなると厄介なことが起こりだす。 なかなかうまく、通常の日常体の自我と交通することが できなくなってくる。 今日は、午前中の闇の歩行(ブラインドウオーク) に続き、午後からは少しばかり 理論的なレクチャーの時間をとった。 3週間目にはいって、 生徒もサブボディ・メソッドが からだに入っているので、 それを意識の言語で追体験できる頃合に なったとみたからだ。 だが、この学校は随時、一ヶ月コースの 入学を受け付けている (推奨はしないが、どうしてもという人が来れば 受け入れている)ので、 昨日から生徒の紹介で途中入学した 生徒が一人いた。 その生徒にとっては、 下意識の世界が、 二元論思考の囚われた日常世界とは根本的に異なる 多次元を変容流動している世界だなどといっても まだ、からだで納得できるものには なっていなかったのだろう。 質問をするだけではなく、 自分の見解を述べたり、 批判したりしはじめた。 こういう日常的自我の生まの反応に接すると なぜか心がとても痛む。 わたしの中で鎮まっている自我が 刺激されて起こされてしまうことが とても苦痛に感じる。 ことばの限界を感じる。 ことばは自我にとりつかれており 自我は二元思考の元凶だ。 <自>と<他>に分かつところから 自我は成長しだす。 自他の境界が消える境地について 自我は無知だ。 それどころかそんなことが あるわけないとなかなか受け入れない。 私自身の自我も何十年も受け入れなかった。 自己催眠にも長年絶対かかろうとしなかった。 自分の下意識の世界に触れて、 じかにその感触をつかんでもらう以外に 伝えるすべはない。 言葉だけではとても伝えきれないことを この学校では伝えようとしている。 だから、このサイトもことばだけで読むのではなく、 実技ガイドや共振塾ジャーナルに書いていることを、 実際に動きながら、 自分のからだの中の変化を読んでほしい。 それ以外に伝わりようがないのだ。 長年、日常体の二元論的思考=ツリー論理と 下意識の多次元を流動しているリゾーム論理の 両方を自在に往還し、使い分ける ツリー=リゾーム論理を見出そうとしてきたが、 まだ見つかっていはいない。 そんなものがありうるのかどうかさえ分からない。 脳心身のすべてのモードを切り替えないと サブボディモードには入れない。 そして、すぐさまでてくることも簡単ではない。 サブボディ・モードに入ると 日常的な計算もできなくなる。 するのがとても億劫かつ苦痛になるので 学費の集金なども生徒のひとりに お願いしている現状だ。 ところが、知り合いのダンサーのなかには この切り替えがとてもうまいやつがいる。 フランスのストラスブールの芸術監督をしていた マーク・トンプキンだ。 かれはパリでデビッド・ザンブラーノを招いて 即興ダンスのフェスティバルなども主催している。 彼は踊っている最中に、 かけているCDを交換したり、 照明の切り替えの指示をしたりして すぐまた踊りに戻ってくる。 そのくせ踊りの中では とんでもなくクレイジーになることもできる。 天然のツリーリゾームを生きている 見本みたいな男だ。 どんな脳をしているのか のぞいてみたいくらいだ。 たしかに、わたしよりは下意識モードの 浅いところを常態にしている。 いくつもの深浅の状態があるのだ。 その状態からは わたしにとっては苦痛になる 二つのモードの往還が 比較的苦痛なしにできるのだろう。 だが、その浅さではわたしにとっては 情動などの全チャンネルを開いて 踊ることができない。 だが、ここでわたしが使った<深浅>という概念もまた 二元論思考によるものだ。 二元論思考で、多次元の下意識世界の実相は はかり知ることができない。 からだの闇の旅は 果てしがない。 ツリーリゾームへという課題に到達できる日は まだまだ遠く感じられる。 こういう考えても解決できない難題に到達したときは わたしはいつも寝る前に自分の下意識さんに お願いしてバトンを渡す。 今日もそうして眠りにつこう。 「下意識さん、よろしくお頼みします。 二つの世界を行き来できるようになる なにかヒントをください」ってね。 わたしの下意識さんは働き者で 不眠不休で答えを探してくれる。 下意識さんへの問いかけの仕方さえ 間違っていなければ、の話だが。 今日の問いはちゃんと受け取ってもらえただろうか。 |
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| 2007年3月26日 ●カラビヤウ図の遊び方 <ストリング共振瞑想の材料を手に入れる> 1.カラビ・ヤウ図を保存する このリンクをクリックし、 Jeff Bryant氏の ”Visualization”のサイトを開く。 カラビ・ヤウスペースのアニメにカーソルを置き、右クリック。 「名前をつけて保存」を選び、新しいフォルダに保存する。 2.そのフォルダを開きスライドショーで表示する フォルダを開き、WindousXPの場合、「画像のタスク」から、 「スライドショーで表示する」を選ぶ。 3.ストリングが共振しているアニメが表示される 4.ストリング瞑想を始める その絵を見つめながら、あるいは思いながら、 自分の生体を構成するあらゆる分子や原子が さらに根源では、すべてひもの共振から できていることを想像する。 5.ひもの振動なら共振しやすいはずだ なるほど、わたしたちが粒子からなるなら、 共振といってもピンときにくいが、 もともと振動しているひもなら 共振するのも当たり前だと腑に落ちるまで 瞑想を続ける。 姿勢は寝転んでも、座位でもごろごろしても 風呂に入っても、 楽な姿勢なら何でもよい。 うとうとする心地よさを感じ続けること。 ――まず、これだけで根源的に世界観が変わるはずだ。 6.あとは、あなたにどんな気づきが訪れるか やってみてのお楽しみです。 飽きるまで続けてみてください。 <二元論思考の陥穽> わたしの場合、昨日ほぼ丸一日を このストリング瞑想ですごした。 半眠半覚になってただよううちに、 いつしか大きな気づきがやってきていた。 いままでできるだけこの世の常識となっている 二元論的思考や階層秩序的思考に 陥らないよう、それと根本的に違う リゾーム原理の思考法を捜し求めてきた (つもりだった)。 それらの二元論的思考は 複雑多次元な実際の世界を理解しやすいように 次元を減じて分かりやすくした 日常意識にとっての方便にすぎないからだ。 この世の根源がひも共振だとするなら そこに正しい振動と間違った振動の区別などあるはずがない。 上位の高貴な振動と下位の下卑た振動に分かれるわけもない。 二元論はすべて人間にとって世界を分かりやすくするための 次元を減じて得られた仮想の幻影なのだ。 だが、気がつくと、いつの間にか、わたしも 二元論的思考の陥穽に陥っていたことを思い知らされた。 ひも共振のうち、粗大な振動成分が、 四次元世界の物質やエネルギーを生成し、 微細な7次元の振動成分が、生命とクオリアを 生成しているのではないかという仮説がそれだ。 お粗末な二元論そのものだ。 いままでの共振論やクオリア論は 書き換えられなくてはならない。 ひもにとっては、粗大も微細の区別などなく、 ただただ11次元で共振しているだけだ。 このアニメのひもの気持ちになって自分を見返すと なんと情けない想像力しか持ってないやつだと あきれかえった。 二元論的思考は、ものごとをわかりやすく 伝えようとするわたしの下心に忍び込み食い荒らす。 ――ここをどう突破できるのか。 二元論的思考ではなく、多次元を流動変容する リゾームを記述できる論理を見つけるしかない。 だが、リゾームには本当は論理もない。 詩の言葉のようにメタファーで語るしかない。 わたしは18歳で詩を書くことをあきらめた。 政治闘争の世界に殉じようと、 自分の中の文学的な部分を自殺したのだ。 それ以来40年たって、はじめて詩でしか語れない ものに直面した。 わたしにふたたび詩の言葉が戻ってくるかどうか 分からない。 たぶん無理だと思える。 そう思って、詩の言葉をいろいろ思い出してみた。 愛読していた吉岡実や、 畏友佐々木幹朗の詩語は、 当時からツリー言語をうち破るリゾーム言語から できていたことに気づいた。 手元に詩集はなく、 思い出せる詩句の記憶も消えてしまっている。 だが、たしかにツリー状の階層秩序言語では なかったことだけははっきりしている。 <リゾームを解き放つサブボディダンス> 思い悩んで、またうとうとしているうちに、 そうか、わたしの言語は踊りなのだ、と気づいた。 踊ればいいのだ。 サブボディの踊りはもともとリゾームだ。 上も下もなく、正も悪もない。 どこで分離することも連結することも可能だ。 そうか、言葉ではなく、 踊り続けることだけが このひも共振からなるリゾーム世界の実相に 触れることができる道だ。 これまで、踊りを自分にもほかの人にも クリアに見えるように<序破急>にこだわってきた。 十年以上になる。 だが、そろそろ<序破急>以外の美意識も 見出してもいいころかもしれないという 思いがふとよぎった。 無数のクオリアが絡み合って流動するさまを 整理せずに一度に見せたら誰にも何が起こっているのか 分からないから、という理由で<序破急>を追求してきた。 だが、分からなくてもいいのではないか。 分かる、分からないというのとは違う次元で クオリアの共振は存在する。 ただ共振する、それだけでいいのではないか。 ……… 少なくとも多くの観衆に見せる公演の場ではなく、 ここでの練習の場なら、いくらでも実験ができる。 そういう可能性に気づいた。 いつか機会を見て、生徒の踊りを <序破急>から解き放ってみよう。 ほんとうのリゾーム状のサブボディダンスは そこから始まるのかもしれない。 |
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| 2007年3月22日 ●ハッピーキャンサー なんと、10年前のビデオだ。 近所の高校生のインド人バブル君が、 試験休みで、ビデオの整理の手伝いに来てくれて、 編集し、Stickamというサイトにアップロード してくれようとしたが, またブロードバンドがつながらなくなり まだ成功していない。 もうすこしお待ちください。 ジョーとは、ハワイでの舞踏合宿で知り合った。 当時住んでいた京都のダンシング・コミューンに 毎年やってきて、一緒に踊りやビデオを創った。 体型も個性も違う二人が にらみ合い、はらわたをつかみ合って踊る 当時動きは下手だったが、 ジョーとの出会いが結晶している。 好きな作品だ。 ハッピーキャンサーというのも、 伝染熱同様、 リゾームのメタファーのひとつだ。 切れるギリギリ 危ないスレスレ という書き出しで始まるチラシを作った。 音楽は福島マリ子さんが作成してくれた。 ありがとう。 |
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| 2007年3月18日 ●生存五欲瞑想 今日はほとんど一日を瞑想して過ごした。 春の日差しの中で、命に聴きこんだ。 昨日に比べからだの芯にあった かすかな苛立ちのようなものが かなりおさまっている。 命のゆらぎがやすらかだ。 久しぶりに生存五欲の一つ一つに問いかけていった。 もっとも原初的な欲望である生存欲望に問いかける。 何もいわないが、穏やかにゆらいでいるのがわかる。 快適欲望はどうか。 今日は朝からソーラーで温めている湯の 打たせ湯をたっぷり浴びた。 もう裸で滝を浴びるのが気持ちがいい時期になった。 快適欲さんも、ほぼ満ち足りてきもちよくゆらいでいる。 安全欲はどうか。 最近近所に泥棒が入ったという話だが、 それはインドではちょくちょくある話だ。 嵐も地震もなく、ほぼ平穏な環境だ。 つながり欲はどうか。 週日は生徒に触れ、週末の午後は いつも近所の子供や友人が訪れる。 ささやかなつながりだが、それでちょうどよい。 実現欲はどうか。 サブボディ学校も順調に3年目を迎え、 サイトの更新もいつものペースで進んでいる。 昨日の瞑想で、透明論にとりかかることという 今後の仕事への取り組み態勢が自分の中で はっきりしたので実現欲もほぼ落ち着いている。 自分がやろうとすることと、していることがわずかでも ずれるとからだにかすかな苛立ちが立ち込めるので すぐ調整できるようになって来た。 これはおそらく、ジェンドリンに学んだ フォーカシングのおかげだ。 毎晩寝る前に読んでいるアーノルド・ミンデルの 新著『身体症状に<宇宙の声>を聴く』や、 『24時間の明晰夢』は、共振することがいっぱいで、 自分のやっていることに大きな励ましを与えてくれる。 そのうち暇を見つけてサイトに「サブボディ共振BOOKS」 のページを設けようと思っている。 いろいろな人に助けられてここまでやってきた。 その共振の輪をさざなみのように広げていこうと思う。 これらの生存五欲が バランスよくゆらいでいるかどうかを確かめる。 どれかひとつの欲望が突出しているときは それに囚われてしまっているが、 すべてに満腹もせず強く渇望もせず バランスよく活性化されている状態がいちばんよい。 最近タバコを吸っていた昔のからだに戻っていたので ありありと思い出したが、 20代、30代は、つながり欲と 実現欲のバランスがいつも崩れていた。 何をして生きたいのかがつかめず、 始終空転し、生き急ぎ、なにかを始めても すぐ、これじゃないと引き返す毎日だった。 今から思うとその命からはぐれている感覚が 酒やタバコやコーヒーや睡眠薬を呼び寄せ 命の退廃のるつぼに巻き込まれていたのだ。 午後からは近所の小さな親友リングリ・チングリと 山歩きに出かけようとしているところへ、 日本レストランで働く直子さん家族が、 チベット写真集で有名な松本榮一さんを連れてやってきた。 なぜ踊り始めたのか、なぜ日本を出たのか、 なぜこの地を選んだのかなどをめぐって 瞑想の続きのようにたんたんと語り合うことができた。 わたしがダラムサラを選んだのは、 わたしが20世紀の終わりごろ何年か世界を 公演とワークショップをしながら回って知った限りでは この地に集まってくる人が 世界で最も面白いことがわかったからだ。 西洋と東洋の文化の間で何かを求めて旅を続けている人が ここに集まってくる。 さまざまな瞑想修行や、からだの修行や、福祉やボランティアを やってきた人がここに来る。 ただの観光地の享楽的な雰囲気は少なく、 みんな真剣に生き方を求道している。 それがこの地に独特の雰囲気をもたらしている。 松本さんは、わたしと同世代の写真家で、35年前に 大学を中退すると同時にインドに住み始めたという人だ。 ダライラマともその頃からの付き合いだという。 彼が撮ったダライラマの写真を一枚お土産にいただいた。 いまはこのダラムサラの磁場に惹かれて世界中から やってくる人たちの本を執筆中とのことだ。 ここにいると自然に面白い人と出会う。 確かに優れた磁場に満ちた場所なのだ。 ダライラマも、亡命当初は日本に何とか助けてもらえないかと いう希望を持っていたらしいが、最近では日本人のことを かわいそうにと思うようになっているようだという。 いまの日本がどんなにとんでもないことになっているか、 長年国際的な視野で地球の上で起こっていることを 眺めてきたダライラマの目にそう映るのはよくわかる。 生存五欲瞑想は、自分の中をすっきりと 見通すことに役立つ。 これまで、去年までの授業では、 まず、1週目、2週目で、生命瞑想と、 からだや動き、映像、音像など 個別チャンネルを開く練習をつんだ後、 3週目、4週目になってはじめて からだの底の欲望に問いかけるという 手順を踏んできた。 いきなり、欲望に問いかけると、 どんな抑圧された衝動が飛び出してくるか 生徒自身でその対処法がわからないうちに それに向き合うのは危険だと考えていたからだが、 今年の生徒は安定度が高いように感じられる。 来週の2週目にこの生存五欲瞑想を 組み込んでもよいかもしれない。 1週目で生徒にひとりは情動のうごめきを捉えたが それにどう対処すればいいのかわからないといっていた。 情動、対人関係チャンネル、そして生存五欲へと いつもより早めに進んでいくことになるかもしれない。 今年は去年よりもじっくりしたペースで 命に問いかけることから始めた。 そして、生徒のからだの闇で今どんなことが起こり、 次にどんなチャンネルを開きたがっているか どんなエッジにぶつかっているか、 生徒のサブボディの動向に耳を澄まし続けている。 ただ来週から参加する生徒が二人いるので 新しいさざなみが起こる。 授業の舵取りが難しくなる瞬間だ。 生徒のからだの闇にどこまで耳を澄ますことができるか、 わたしの産婆としての技量が問われる。 |
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| 2007年3月17日 ●なぜ透明さを求めるのか 今年の冬、ミャンマーのインレイ湖のほとりで、 わたしはほぼ透明論の骨格部分を書き上げた(つもりになっていた)。 ヒマラヤへ帰ってきて、長い間ネットがつながらなかったのと 新学期の準備のためにアップロードできなかった。 ようやく新学期も順調に滑り出した。 週日は授業に専念しているが、 週末は自分のからだの闇にもぐり、 命に何が一番したいかを問いかける。 からだを静かな場所に横たえ、できるだけからだを鎮める。 浅い瞑想状態のからだになったら、 いまの自分のからだの奥に感じている ささいないらだちのような不快感に注意を向ける。 しばらく、その不快感に共振しているいろいろなクオリアが からだの中にさざなみのように広がっていくのを感じ続ける。 そのうち、そのいらだちの芯が浮かび上がってくる。 いまは、ミャンマーで書いた何本かの「多重人格日記」の原稿と、 『透明論』の原稿が、徹底的に推敲されないまま ほおって置かれてあることに、 わたしの命がかすかないらだちというサブシグナルを 送っていたことに気づいた。 「多重人格日記」の原稿には、 著作権にかんする相羽香乃さんへの手紙と、 わたしの愛する少女への愛に関する気づきの文章を書いた。 その愛に気づくことで、 わたしは自分がはじめて自分自身になったと感じることができた。 それと、書き上げたつもりになったままの『透明論』が その後取り組まれないまま放置されていることに、 わたしの命はかすかないらだちというブシグナルを発していたのだ。 自分が自分の全体からはぐれた状態になると かならずこのちいさな苛立ちがからだの芯に頭をもたげる。 少女への愛に関するものは、いまはまだ秘密にしまっておきたい、と 別の社会的人格が制止していることをわたしは了解している。 命はそれならいまはこの透明論を書き継げと告げ続けている。 それはお前の中核的な仕事だ、なぜ遂行しないのかと。 ところが、今の自分のからだはとんでもないことになっている。 ミャンマー、日本の旅の間にしみこんだ日常体と サブボディの間が切れて闇のなかを浮遊している。 つながりがうまく見つからず、 限りなく不透明なからだになっている。 とても、ミャンマーで書いた透明論を仕上げるどころではない。 事の起こりは、ミャンマーのインレイ湖で 水辺に住む現地のインダー人が作っていた 手巻きのタバコを一口吸ったとたん、くらっと来たことだ。 その酩酊感が、瞑想で下意識モードの入ったときの 微細な変性意識状態の感じと あまりに酷似していたのだ。 これはいったいなんだ? 私は15歳でタバコを覚えてから、20代、30代と ヘビースモーカーだった。 やめる直前には日に200本吸うまでになっていた。 ある日咳をしたとたん、 気道から10円玉くらいの真っ黒い コールタールの塊が飛び出した。 こんなものを肺壁に擦り付けていたのかと驚いた。 コールタールは有名な発がん物質で、 毛の生えないヌードマウスの皮膚に塗りつけて 皮膚がんを誘発する実験に使われているのを知っていた。 それを契機にタバコをやめた。 ちょうど水泳やトライアスロンを始めたころで タバコをやめると呼吸が楽になり 気持ちよく動けるようになった。 それ以来30年間タバコを口にする気にはならなかった。 それがミャンマーの一口の煙がもたらした かすかな変性意識の兆候が しばらくこれを研究してみようという 気持ちを起こさせた。 どうせすぐいやになるだろうと 高をくくっていた。 ところが、ヒマラヤへ帰ってからも タバコがもたらす微細な変性意識とは何かを 考え続けるうちに、 タバコの嗜癖に囚われていた20代、30代の 頃のからだに戻ってしまった。 一口吸うたびに昔の友人や仕事の同僚のタバコを吸っている 顔が思い浮かびあがる。 タバコに状態依存づけられている体感や記憶の クオリアのセットが一そろいで戻ってきたようなのだ。 なぜあの頃タバコに囚われていたのか? 仕事で過緊張状態になった大脳を休ませるために タバコがもたらすかすかな変性意識状態を 求めていたのだろうと思い当たった。 タバコによる変性意識はごく短い。 大脳周辺の血管の圧力がわずかに変わり、 おそらくニコチンに誘発されたエンドルフィンか エンケファリン系の体内麻薬物質が大脳を 気持ちよく痺れさせるのを感じることができる。 ごくごくかすかに、それ以前とは違う意識の状態になる。 それは2、3分間しか続かない。 だが吸うたびにごく手軽に味わえるという 特徴を持っている。 ヒマラヤに帰った当初一月あまりは 電気、ガス、水道、電話、インターネットと あらゆるライフラインがずたずたで、修復するのに 何百回も電話したり、直接出かけねばならず、 結構なストレスにまみれていた。 そのストレス状態が日本にいた頃とよく似ていて やすやすとからだはストレスからの3分間の逃避の罠に かかってしまったようだ。 思えばわたしは若いころコピーライターの仕事をしながら 数々のアディクションに囚われていた。 毎日酒一升、タバコ200本、コーヒー2リットル、 さらに30代では、日に20時間も仕事するようになったので 寝る直前まで過緊張状態でオーバーヒートしている 大脳を、酒と睡眠薬をがぶ飲みして酔いつぶす ことによってしか眠れないからだになっていた。 当時飲んでいたハルシオンという睡眠薬は 医院で処方してもらっていたものだが、 情動状態を変性させ、怒りっぽくなったり、 突然暴力的になったりする副作用を持つことが判明して ヨーロッパではすでに発売禁止になっていたことを 止めた後で知ってぞっとした。 現在の先進国での意識過剰な生存状態は、 どこか根本的にからだによくないところがあると 気づき始めたのはそのあとでだ。 わたしはあらゆることを自分のからだで試してからでしか 物事の本質をつかむことができない。 地獄を果てまで味わって、地獄から這い上がる。 その繰り返しだった。 今回も、タバコとはなにか、 なぜ日常体はさまざまなアディクションに囚われるのか、 自分のからだで知ってみようという 無謀な思いに導かれていた。 わたしたちは、さまざまな不透明なものに支配されている。 なぜ自分がこういうことをするのか分らないまましていることが あまりに多い。 わたしは自分の生が、不可視の他の力に制御されていると 感じるときとても不快に感じる。 この不快感が、わたしを自分を包むこの深い不透明な闇を 透き通ってつかみたいという情熱に駆り立ててきた。 ミャンマーでそのことに気づくことができた。 わたしが他の力に制御されているという 不快な感覚が最初にやってきたのは 家族の中の大人たちの策略で、 3歳から7歳まで一緒に暮らして実の母と感じていた 祖母から引き離されてしまったときだ。 二度と大人を信じまいと思った。 そして、手もなくだまされた子供である自分が 限りなく情けなかった。 その不快感が、 この自分が自分以外のところから来る不可視な力に 制御されている事態をすべて透き通ったものにしたいという わたしの透明論の根源的なモチーフだったことに 突然気づいたのだ。 不透明なものは酒やタバコなどの嗜癖だけに限らない。 生存欲や、自我や、欲望や、情動や、 人間関係、社会的制約など、わたしたちは、 さまざまな不可視のものに突き動かされている。 食欲や性欲の好み、性格や”たち”と呼ばれているもの、 それらはすべて不可視のものの制御下におかれている。 なぜわたしが、少女にしか感応しないのか、 なぜ、海辺の食物に憑かれているのか。 なぜ、反骨精神に染め上げられているのか、 60年考え続けてきてもそれらの根拠は依然深い闇だ。 もちろん、おおむねは脈絡をつかむことができている。 わたしのサブボディの踊りがそれを教えてくれた。 だが、分かれば分かるほどさらに新しい謎が生起して 闇の深さを告げる。 今回のタバコをきっかけにして、30年も前の 昔のからだの状態に戻ってしまうようなことがなぜ起こるのか? 時とはいったい何なのか? それら自分を動かしている見えないものの力をすべて 見透かし、意識とからだと下意識の間で起こっていることが すべて透き通って見えるようになるまで、 わたしの探求は止めることができない。 サブボディ・メソッドとは、それらの脈絡が誰にとっても 透き通って見える透明体に至る技法を極めようとする道だ。 もちろんそうなるまでには 何万年もかかるだろうことも承知している。 道半ばで不意に倒れるのが人生だ。 わたしの敬愛するフーコーもドゥルーズ土方巽も、 埴谷雄高も、谷川雁も、みなその道半ばで倒れた。 フーコーは人間にとっての性という謎を解き明かそうと試みていた。 土方はからだの闇を掘り続けていた。 埴谷や谷川は、国家という闇を切り開こうとしていた。 わたしも走れるだけ走って不意にぶっ倒れるだろう。 それも、また、楽しからずや、じゃないか。 |
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| 2007年3月4日 ●自我という仮面 日本で役所をめぐってパスポートやビザの 更新手続きをしている間に、私の中に日常体ととともに いやな味のする自我がむくむくとよみがえってきた。 社会的な手続きを取り結ぶためには、 自我に外側から刻印されている 無数の社会的刻印を引き受けねばならない。 どこの生まれでどこに本籍があり、住民登録はどこでしているか、 パスポートはどこの役所に申請せねばならないか。 わたしはそれらに関する記憶をすっかりなくしていた。 いや、ここだと信じていた記憶がすべて間違っていてたじろいだ。 10年前に日本を出るとき 今とは別の人格にすり替わっていたことを知った。 その人が行ったことはすべて今の人格には記憶が残っていないのだ。 私は悪夢に翻弄されるかのごとく、これまでに住んだ場所の 七つの役所を経めぐり、ようやく戸籍や住民票を取り揃えた。 それらの社気的刻印をすべて引き受け直してようやく私は インドビザの申請資格を取り戻した。 日本国籍のある日本人と認知された。 これらの社会的刻印がわたしの自我に刷り込まれることと 引き換えにわたしはインドビザを更新することができた。 ヒマラヤの修行では、わたしはこれらの社会的刻印を すべて無化する努力をしてきた。 ここではわたしはどこの誰でもない。 ただの生命であり、 無数のクオリアと共振している生きものに過ぎない。 わたしは自分でさえなく、 生徒のサブボディを自分のサブボディであるかのように感じ、 その創造的発現をわがことのように喜ぶことができるようになっていた。 だが、ヒマラヤに帰ってからも、 電気、水道、ガス、電話などのあらゆるライフラインが 断線しズタズタになっていたため、やはり自我を使い 諸手続きをし、現地の上級警察にここで何をしているかの 書類を作成し外国人登録をするという煩雑な手続きに ゆうに3週間を費やさねばならなかった。 その間わたしは自分の自我の働きを再び間近に感じた。 自我はいつも他と対立する形で自分を守っている。 ここはわたしの占めている空間だ、侵すな。 インドでは行列にすぐ割り込んでくる。 おっとここはわたしの順番だ、侵入するな。 自我はいつも排他的に自分を守り、他者を追い出さざるを得ない。 そういう惨めで利己的な自我を押し出さなければ この社会ではうまく生きていけないのが悲しい。 こんな自我などわたしではない。 わたしの仮面に過ぎない。 だが、いまの先進国で生きている人はみな この悲しい自我の仮面をつけて生きることを強いられている。 利己的な自我体制と利己的な国家体制が緊密に結びつくことで 今の秩序が支えられている。 わたしの思想は自我と国家のこの緊密な結びつきを解き 国家を死滅させる道をめざしている。 だがなんと遠い道であることか。 まずこの自我や日常体の悲しさに気づくことから 始めなければならない。 自我や日常体以外のありようが人間に可能であることを 思い出すことから始めていくこと。 わたしはへこたれない。 それはサブボディとコーボディという 輝かしい創造性と共振性に満ちた人間の別のあり方を 知ったもののつとめだ。 わたしの寿命はもう残り少ない。 今のペースで活動できるのはあと十年あるかないかだ。 その間にわたしの営みをついでくれる人が現れることを切に望む。 来たれヒマラヤへ! と 声を限りにわたしは呼びかけ続ける。 |
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| 2007年2月26日 ●悲しき日常体 日本滞在中にからだにしみこんだ しぶといざわめきの正体を探っている。 なにかが邪魔をしていつものように からだの闇に耳を澄ますことを妨げている。 その力はとても強力で、 いつも外部からの雑音に攻め立てられているような感じだ。 命の声が聴こえず、 自分の命からはぐれてしまっているのが分かる。 これはとてもつらい。 これはいったいどういう状態なのか。 生命にとって外部の環境の変化に 迅速に対応することは生死の大事にかかわる。 だから、何をおいてもまず、外部環境から入ってくる刺激に もっとも適切な対応をするようにできている。 これを外向的なチャンネルという。 これに対して、自分のからだの状態の変化を刻一刻と把握する 内向チャンネルもある。 生命が生きていくうえで、 からだの状態が適切な変動の範囲内に収まるよう制御していく 恒常性(ホメオスタシス)を保つことも大変重要なことだからだ。 単細胞から人間のような高度な多細胞生物にいたるまで、 特に意識せずともこの恒常性を保つ機能は無意識裡に働いている。 外向チャンネルと内向チャンネルの変化の仕方には 大きな違いがある。 外向チャンネルからの刺激のほうが 内向チャンネルのそれよりも はるかに大き強いのだ。 それも何万倍も桁違いに違う。 外部からの強力な刺激が 内部からの微細なシグナルをマスキングして覆い隠してしまう。 だから、外向チャンネルからの刺激に対応している間は、 生体は内向チャンネルを無意識のままに放置していなければならない。 内奥の命の声からはぐれてしまいながら、 なおも生き続けなければならない。 それが日常体なのだ。 なんという惨めな状態だろう。 今回私のからだがこの日常体の状態に移行してしまって はじめてこのことに気づいた。 おととし、サブボディ・クラスに参加した 南アフリカの生徒が 「このクラスに参加して、日常体の悲しさが分かった」 と最後の日につぶやいた声が こだまのようによみがえってきた。 そのときは (感受性の豊かな人だな) という感想を抱いただけだったが、 今回、自分が、 からだの闇の奥からいつも聴こえていたはずの 微細な生命の声が聴こえなくなることが こんなに悲しいことだと はじめて身をもって体験した。 ずっとからだからの微細な声に 耳を澄ますことができていたから それが聴こえない日常体の悲しさというものが 分からなかったのだ。 日常体から脱する方法を指南するのが 私の仕事だが、 つねに日常体とそうでない状態を行き来していないと その落差について内視盲点になる。 それでは生徒をうまく導けるはずがない。 わたしは、生徒のからだの日常体の悲しみに いつも触れ続ける術を身に着けねばならない。 今回の久しぶりの日本帰還によって 自分のからだが日常体に陥ってしまう 貴重な体験から取り出しえた教訓がこれだ。 サブボディの産婆となる修行は とてつもなく大変な遠い道だ。 自分ひとりが日常体を脱すればそれでいいというのではない。 日常体から脱し得ないほかの人の悲しさに 心底から共振できるようにならなければならない。 |
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| 2007年2月22日 ●日本とヒマラヤの落差 ミャンマー、タイ、日本への40日の旅から帰って10日になる。 だが、今回は旅先でしみこんだからだのざわめきが 10日たってもいまだに静まらない。 ブロードバンドがつながらなかったこともあるが、 なかなか以前のように毎日サイトを更新する もとのからだに戻らなかった。 今もまだ本調子ではない。 こんなことは初めてのことだ。 いったい自分のからだに何が起こったのか。 このざわめきとは何なのか。 まず、2年ぶりの日本に10日滞在する間に、 膨大な密度の情報とクオリアにさらされた。 2年ぶりにお邪魔した山田家の人々は、 家族そろっておいしい料理や酒や、 とびきりうまい蕎麦屋などのご馳走で もてなしてくれた。 ヒマラヤの粗食に慣れていた私の胃袋は びっくりたまげてうれしさでひっくり返った。 日本は食物も酒もおいしすぎるのが問題だ。 <身土不二>という言葉があるが、 人のからだは生まれた土地の気候や食物に きつく刷り込まれ、結び付けられている。 和歌山の海辺で育った私の胃袋は、 カニや貝や新鮮な魚などの海産物がないと 異変だと感じるようになっている。 その異変がすっかり癒されて 私のからだは日本人に戻った。 四季の移ろいを日本で50回も味わってきた 私の肌は、日本の季節の移ろいの微妙さと それを古代から愛でてきた文人歌人たちが捉えた 微妙なクオリアの輝きと 全脳心身で自動的に共振するようになっている。 とくに山田家の家族は詩人の家族なので 家族全員が百人一首などの有名な歌はそらんじていて ことあるごとに誰かが口ずさむ。 そして、山田家の人々の見るテレビを見ると 日本のテレビのクオリアコントロールの質の高さに驚いた。 天気予報や地方ニュースやドラマのディテールに 日本各地の季節のクオリアがちりばめられていて それを見るだけでいやがおうにも 日本人として生まれたことの懐かしさに しびれさせられる。 たんなる言語情報だけではなく、 一見意味のないデテールのクオリアこそ 人々を無意識のうちに この国のアイデンティティに 縛り付けているものだと気づいた。 日本に住んでいるころは私自身がそれらに 無自覚で気づくことができなかった。 たった10日間だが それらの濃いクオリアにずっぽりと首まで浸かって 私のからだは日本で暮らしていたころのからだに タイムスリップしてしまったようだ。 ヒマラヤで毎日静かなからだに静まり返り からだの奥のかすかなゆらぎに聴き入っている ここでの生活に比べて 日本人のからだは何億倍も強烈な外部情報やクオリアに さらされていることを思い知った。 しかもそれらはとてもおいしく調理されているのだ。 アジアのテレビ番組に比べ日本のそれは なんと洗練され、美味なクオリアに満ちたものに 調理されていることか。 こんなものに毎日さらされていれば たまったものではない。 存在ごと持っていかれても仕方がないと感じた。 ●日常への配慮という囚われ 日常体のざわめきの正体は 日常生活に必要な些事へのもろもろの配慮に 脳心身が取られてしまっていることにある。 日本でパスポートやビザやクレジットカードなどを切り替えるために 多くの役所を訪れねばならなかったこと。 パソコンやビデオの修理などを 10日間で完了させねばならなかったこと、 などの多忙な些事に没頭させられた。 旅から帰れば帰ったで、 電気、水道、ガス、電話、ブロードバンド、ソーラーシステムなど あらゆるライフラインが一挙同時に故障、断線するという インド特有のライフライン・トラブルを ひとつひとつ復旧するのにたいそう手間がかかった。 インド人は苦情を言ってもなかなか動かない。 役所の小官僚は賄賂を要求してくるので 顔を合わすだけではらわたがむかつき、煮えくり返る。 私はインド特有の賄賂を拒否し続けているので 他の4つはなんとか10日で解決したが ブロードバンドはいまだにつながっていない。 ここほどではなくても、文明圏で生活しいてると 見えない些事へのきめ細かい配慮に自分の一日が取られてしまう。 仕事をしていると仕事に取られ、 街を歩くと街の情報に取られる。 友人知人との交際への配慮に取られ もっと親しい人との関わりへの配慮に取られる。 それだけで、毎日を消して終わる。 外部から押し寄せてくる情報との対応に 自分の24時間が取られっぱなしで、 とても自分のからだの闇に耳を澄ますことのできる 時間も空間もない。 しかも、生まれてこの方何十年も そんなことをせずに生きているから、 自分のからだの闇の声が聴こえないという 自覚も痛覚もない。 これが日常体だ。 今回、自分のからだが日常体に取られる経験をして始めて 文明圏から、この共振塾に来る生徒たちが こういう日常体を引っさげてやってきていることに気づいた。 こういう日常体の粗大な囚われをすべて止めて かぎりなく静かなからだにならないと からだの闇でゆらいでいるさまざまなクオリアの動きに 触れることができない。 それらのクオリアは日常体を捉えている粗大な情報に比べて 何万倍も何億倍もかすかなものだからだ。 私自身、日常体と日常意識への囚われから脱するのに 十有余年を費やした。 生徒が一月やそこらの短時間では、なかなか サブボディの世界に触れることができない場合があることの 理由がわかった。 これらの日常体の粗大な出来事への事象を止めることではじめて 開く微細なクオリアがゆらめく次元が存在するということ そのものに気づけなかったのだ。 私自身十分深く意識に囚われていたので それ以外の世界があるなどと信じられなかった。 私は、修行時代のそれぞれの時期に 死に物狂いで無我夢中でやってきたので ある部分は十分に意識されず 生徒にうまく伝えられていない可能性がある。 今日の < 日常体や日常意識以外の世界があることに気づくこと > という点が、 去年、ある生徒は、共振塾の授業に戸惑いを示し ここで何が起こっているのかを知りえないまま学校を去った。 とても残念に思って気にかかっていたが、 その責任は十分明示的に伝えきることができていなかった 私の不明にあったのだ。 私はこれまでそれらのプロセスをできるだけ透明に見透かして 他の人とシェアできる普遍的なメソッドにまで高めようと努力してきた。 だがまだまだ不透明なままの部分がある。 今回自分のからだが再び日常体に囚われたのは すごく貴重な体験だ。 これをチャンスに、自分のからだを生徒のからだに見立てて 日常体のざわめきをいかにすれば止めることができるかに もう一度取り組みなおすことにしよう。 |
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| 2006年 | ||
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