からだの闇を掘る
| 2005年 |
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2005年12月1日 Sub-bodyになるということは、そういうことだ。 世界でただひとつしかない踊りを創る。自分の意識で考えて創るのではない。踊りは意識では創れない。 sub-bodyが勝手に動く、その後を追い、捕まえるだけだ。 sub-bodyを解放してやれば、誰のからだも自分独自の仕方で動こうとする。とても独創的な動きが次から次へと出てくる。 誰のからだからも、出てくる。 Sub-bodyのワークショップを続けていて、感動的なのは、誰のからだからもとても独創的な人が出てくるということだ。 だれもそのことに気づいていないだけなのだ。 誰でも、自分独自の踊りの創始者になれるとは、そういうことだ。 そして、自分独自の踊りの創始者になる中ではじめて、私たちは自分自身の全体とひとつになれる。 |
2005年10月26日
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●アンドロメダ星雲――なんだ! あれは? 今日は雨期のインドには珍しく満天の星の夜だった。屋上に出て見上げると、今まで見たこともないほどの星があふれかえっていた。 早速寝椅子にあおのけになって、双眼鏡で星空を探索した。 南の空からまっすぐに天の川が立ち上り、さそり座が見事な尻尾を跳ね上げていた。 しばらく星空を見回しているうち、北のそらのカシオペア座の近くで、突然奇なぼんやりした星が視野に入った。ピントが狂ったのかと思って調節してみたが、周りの星にはピントが合っているのに、その星だけぼんやりぼやけている。“こりゃあ星雲だ。しかも超特大の!”とぴんときた。その位置をようく覚えてから、星の本で調べてみると、案の定アンドロメダ大星雲だった。これまで知識ではお隣の銀河だと知ってはいたが、直接目で見るのは初めてだった。本には293万光年かなたの銀河とある。一番近くの銀河が293万光年なのだ。興奮しながら、このほぼ300万年前にアンドロメダ星雲から発進した光が、今ここに届いているのだと感じてみた。300万年前というと、人類の原人さえまだ現れていない。地球にはまだ、猿人しかいない時代だ。 アンドロメダ星雲との距離を思い、向こうからこちらを見たらどう見えるのかと離見してみた。アンドロメダ星雲は天の川とほぼ70度くらいの角度で交わっている。すると向こうからもこちらの銀河は70度ほど傾いた楕円形に見えるのだろうか。渦巻きの足がどれほど立派に広がっているか想像してみた。その渦巻きの足のひとつの程よい中間あたりに太陽系がみえるはずだ。よほどすぐれた望遠鏡があれば、俺の姿も300万年後に向こうに届いてキャッチされることだろう。 光について思い巡らすうち、宇宙物理学のひも理論によれば、宇宙のあらゆる物質や力は、振動する極微のひもの共振パターンの変化によってできているということを、実際に感じようとしてみた。 そして、アンドロメダ星雲からの光も、この宇宙に偏在する極微のひもが次から次へと特定の共振を繰り返すことによって、ここまでやってきたのだと、感じようとした。数え切れないひもが300万年もかけて共振してきたのだ。何しろひものサイズときたら、原子核の10の20乗分の一だという。1cmの10億分の一の、10億分の一の、10億分の一の、そのまた100万分の一の大きさだ。 ひも理論によれば、あらゆる素粒子も、重力や電磁力、核力といった力もみな、この極微のひもの共振パターンの違いからなるという。 強く共振しているひもが集まれば夜空の星星になるのだろうし、光のかたちに共振すれば光になる。重力はもっとも単純な共振パターンらしい。 そして、ここから先は俺の想像だが、それらのひもの共振パターンがあるとき奇妙なことに円環をなして自己複製するようになったとき生命が生まれた。 生命の発達の中で、われわれの頭脳の神経細胞の特定の発火パターンに応じたひもの共振パターンが、同時にわれわれが感じているクオリア(物事の質感や体感。赤を見てだれもが赤らしいと感じるもの)を生むようになった。 物理学者たちは、まだ宇宙に存在する4つの力しか対象にしていなが、やがて優れた誰かがこのクオリアを生み出すクオリア力の存在に気づき、この第5の力が考究される時代が来るだろう。それを解くには5000年くらいかかるかもしれないけれど。 アンドロメダ星雲の光芒を双眼鏡で見ているとき、それが見えているということは、星雲から300万年かけて届いた光に、私の脳細胞が特定の発火パターンでそれを受け止め、刻々とその輝くクオリアを生み出しているということだ。そして、そっと眼を閉じてみる。おぼろげだが同じ映像を思い浮かべることができる。 だが、これは、アンドロメダから直接届いた光に私の脳細胞が共振しているのではない。 すでに私の脳細胞にアンドロメダ星雲に共振するクオリアが生まれ、わたしはそのクオリア画像を見ていることになる。その画像は、自由に変形して渦巻きを想像することもできるし、つい先刻星の本で見たアンドロメダ星雲の鮮明な写真と勝手に入れ替わってしまったりする。双眼鏡で見る画像より、写真のほうがはるかに鮮明で強烈だからだ。これからさき、わたしはこのアンドロメダ星雲のクオリアを感動と共に死ぬまで保ち続けるだろう。そして、どんどん変形されていくだろう。 わたしは、今日はじめて、アンドロメダ星雲からの光と共振した。そして、今日以後、私の中に生まれたアンドロメダ星雲のクオリアを介して、さらに複雑なアンドロメダ星雲との共振関係をうみだしていくようになった。 このように私たちは万物と共振している。私とあなたが今このサイトを通じて共振しているように。 |
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2005年9月8日 ●自分の全体とひとつになる 座った姿勢で、眼を閉じからだをゆるめて少しゆらぐ。呼吸がからだに回るのを感じてゆらぐ。そうしてゆらいでいる心ともからだとも分かつことができない全体が、じぶんなのだと感じてみる。 それは生命をもっている。というより生命そのものだ。生命のゆらぎに耳を澄ます。 ●生命ゆらぎを聴く 生命はからだのゆらぎと一緒に膨らんだり、萎んだりしつつ、ゆらぎ流動している。 だが、このふたつの大きな傾向の間に、言葉には言い表せない、幾万幾億通りもの微細なニュアンスの差異がある。その微細さは、頭や言葉で捉えようとしても捉えられない。ただからだ全体で虚心に感じ取ろうとすることによってだけ感じ分けることができる。 クオリアとは、からだの闇の中で流動し、流通している言語である。だが、その言語は私たちが普段使っている言語とはまるで異なった性質を持っている。 このクオリアの動きの特性を捉えることが、私のからだの闇を掘る作業の大きな一部分を占めている。 日々意識がどんな大きな勘違いをしているかは、先に述べたように意識を止め、からだの闇を流れているクオリア流動の語るものを虚心に聞けるようになればすぐ分かる。 |
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2005年9月7 ●からだの闇 もう何十年も掘り続けて、俺のからだは竪穴、横穴の坑道が無数に走る、風通しのいい穴だらけのからだになった。 どこまで掘ってもからだの闇はいまだに底知れず深い。 だが、闇の中でからだの闇をむしって食べる俺なりのやり方も多少は身につけた。 今日から、このからだの闇を掘る作業を書き記していこう。 俺のほかにこんな作業に興味を持つ人がいるかどうかは知れない。そういう人が現れるのは5000年くらい先かもしれない。その人に,これを届ける。 |
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わたしはからだの闇の探鉱夫だ。長年掘り続けていると、いつのまにか穴だらけのからだになった。
日本で、ベネズエラで、ハンガリーで、タイで、世界中で掘り続けた。私はなおも掘り続けるだろう。
体全部が透明になるまで掘り続けるつもりだ。 リゾーム Lee
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