2017年
 
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行方不明者たちの日記
 

からだの闇を掘る

第14回国際ヒマラヤ舞踏祭 2017

 
 行方不明者たちの消息 リゾーム・リーとコーボディ
 2017年8月7日

わたしの中の行方不明者たちよ

わたしのからだの闇に行方不明になったわたしの破片が棲んでいる。
ごくたまに出てきて驚かされる。
この舞踏祭でそれら行方不明者たちの消息を探し始めた。
塾生たちの最後の踊りの背後に隠れて、
背後世界とこの世を往還しながら探った。

だが、本当のところ、自分でも何をしているのか、
まったくわからなかった。
ただ、なぜか、そうざるを得ないここ数年の
サブボディの衝動に従っていただけだ。


<背後で、間で、下で、上で踊れ>

なぜか、ここ数年わたしは舞台の中心で踊る踊りをする気がまったく失せ、
塾生の背後や、脚の間や、からだの下や上など
尋常でない踊り場を探り続けてきた。
それは新しい舞踏を発見することにつながるかもしれない
というかすかな予感があった。
それから2ヶ月たった今、この夏のユーラシアツアーの最中に
もろもろの忘れ去っていた子供の頃の自分に次々と出会う経験をした。

一人目の行方不明者

はじまりはハンガリーの車椅子ワークショップをガイドするダラに従って
水のクオリアを運んでいた最中、突然、わたしが3歳の時、ジェーン台風に
見舞われて玄関のガラス戸を内側から畳で押さえていた祖父が
強風で舞い上がった板に頭を直撃された。
その祖父を血みどろになりながら台風の中病院に担いで運んでいる
父が憑依してきた。
「境界を超えて」と題する車椅子舞踏の最終パフォーマンスでその
血まみれの祖父を運ぶ父を踊った。

二人目の行方不明者

二回目の行方不明者との遭遇は、ブダペストのワークショップの中で、
<ドリーミング・シェア>をしていた古参のエバが、
子供時代に母や彼女に対して暴力を振るう父に抗う踊りをおっどった時、
不意に、同様の体験をした9歳のわたしの、
父に蹴られて吹っ飛び縁側から転げ落ちる母を前に、為す術もなく
眺めるしかなかったわたしの胸の中で固まって石のようになった
悲しみに出会った。
その悲しみの石はいまだに触れば血を吹く生々しいものだった。
その悲しみの石をいまだに踊れていないことに気づかされた。

三人目の行方不明者

三回目の遭遇は、ハンガリーのオーゾラフェスティバルで日本の
マ・オームという二人組のコンサートを聴いている最中に起こった。
最初そのアンビエントな演奏を聴いた瞬間、聴きたくないという衝動が
こみ上げてきて、その場から離れようとした。
だが、我慢して、なぜこの音楽に対してそんな衝動が出て来たのか、
自己催眠をかけて耳を澄ました。
すると、10歳のとき、毎日のように和歌山海南の浜辺に行って
夕日の沈む海を眺めて続けている自分の姿が浮かんできた。
その演奏はキゴンギと電子ギターによって、
寄せては返す海の潮騒をかすかに変奏しながら繰り返すものだった。
その潮騒の音楽に導かれて、海を眺めている10歳の自分に出会ったのだ。
でも、なぜか、その自分は長い間忘れ去られていた。
なぜ、その自分を忘れ去っていたのか、さらにからだの闇に耳を澄ました。
すると、12歳の時、わたしの一家は海南市から大阪へ夜逃げするように
引っ越したのだが、そのとき同時に海南の浜辺は
石油コンビナート建設のために埋め立てられていた。
子供の頃から毎年潮干狩りをしたり泳いだりしていた
大好きな浜が消えてしまうことに堪えられない悲しみを抱いた。
その後、二度と海南市には足を運ぶことがなかった。
そして海を見ていた10歳のわたしは、まるで自殺をしたかのように
記憶から消去されてしまっていたのだ。

四人目の行方不明者

4回目の忘れ去っていたわたしの少年に出会ったのは、その二日後だ。
オーゾラフェスティバルでの最終公演の前夜、
なぜ10歳のわたしは毎日海を眺めていたのか、探っていると、
突然、夜中に隣室で父母が話す内容にショックを受けた記憶が蘇ってきた。
「実は兄が龍二をもらいたいと言ってきている。」と父が話している。
十人兄弟の二番目だった父は、長兄の営む洋服店で働いていた。
「龍二を養子にして、医大を卒業させて医者にしてくれると言う。
明日なんとか龍二を説得してくれないか。」父が母に頼んでいた。
(まさか、母がそんなことに協力するはずはないだろう)
と思いながら寝入った。
だが、その翌朝、朝食の最中に母が微笑みながらやさしく話し始めた。
「龍二、いい話があるの、おじさんの家に養子にいかない?
大学にも通わしてくれるし、お医者さんにしてくれるというの。
どう、行ってみない?」
(両親とも、俺を売り飛ばそうとしている!)
ショックを受けたわたしは大声で嫌だと泣き叫んだ。
ちゃぶ台をひっくり返すほどの勢いで泣いた。
人生で泣いた記憶はそれが最後のものになった。
それ以後のわたしは誰にも心を閉ざし、
一人で海を眺めるしかない少年になったのだ。

忘れ去っていたわたしの少年に次々と出会わされた。
「行方不明者たちの消息」を踊ったあと、わたしの中のサブボディさんは
夜を徹してその消息を訪ね続けていたのかもしれない。

これから、わたしはそれらの行方不明になってしまった自分の破片を
ひとつひとつ呼び寄せ、ひとつのいのちに統合する踊りを踊るという
課題に向かおうと思う。
それらの外傷体験によって、引き裂かれバラバラに解離してしまった
わたしをもう一度全生としてのいのちにつなぎ合わせるために。

ユニバーサルな癒やしや美

ハンガリーで行動をともにしてくれていたダラと話す中で
ある時、彼女の言った<ユニバーサルな癒やし>ということばに、
(そんなものは俺の中に皆無だな)と気づいた。
<ユニバーサルな癒やし>というような発言は数々耳にするが、
その度、(ケッ、そんなものはまやかしにすぎない)と
これまでのわたしは耳を貸そうともしなかった

舞踏はおのれの受けた傷を掘り、
世界でたったひとつの創造に転化することによってのみ、
その傷から解放されることができる。
それが真の癒しなのだ、と信じ続けていた。

それによって、自分のトラウマと格闘し、それをユニークな踊りに
転化する踊りを創造することができた塾生が何人もいた。
ただ、それだけではあまりに狭いのではないか、という
自分に対するかすかな疑念が確かに存在していることも知っていた。
そして、わたしのような解離を持たない彼女は、
まっすぐなまるごとのいのちなのだと感じた。

もしわたしが、破片状に砕け散った自分の中の行方不明者たちを
すべて呼び戻し、ひとつのいのちに統合することができれば、
そのときこそ、ユニバーサルな美や癒やしというこれまで
触れることのできなかった課題に取り組むことができるかもしれない。
それがこれからの残りの人生における課題になるだろう。
ここではまだ書けないが、解離性同一性障害(多重人格障害)を
かかえるわたしはそれを独力で克服し、
新しいいのちに生成変化しなければならない。



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 羊水変 ピラーとリー
2016年11月13日

サブボディの分裂と多次元もつれ


ピラーに誘われて、なにげに踊ったとき、
いつになく、予期せぬサブボディが絡まり合いつつぞろぞろ出てきた。

ホースに巻かれたボトムボディ
魂の引き裂かれた神さま
ハンガリーのエリック
跳べない蚤の少女
りゅうり大魔王の喉首伝う欲望
それを叱ろうとする龍二の右手
それを透明に見ているまなざし

などなどだが、
それらは分別できるものではなく
それらすべてがもつれ絡み合い、重合的に共振していた。

そうなのだ。二元論的な分別意識ではからだの闇は解読できない。
このもつれからみ合っている非二元多次元共振そのものを
捉えることができないかぎり、駄目なのだ。

たしかに、からだの闇に同時に存在する数多の傾性のうち、
一時的にはひとつの傾性が優位になることはある。
とくに怒りや悲しみなどの情動に支配されているときは、
ひといろの傾性しか意識できない。
だが、そういう時でもからだの闇では非二元多次元な傾性が共振している。
一時的になにかが優位となって変形するだけなのだ。

このからだの闇の真実をどうすれば捉えることができるのか。
踊るしかないのはわかっている。
そこに言葉をどう絡みつかせ、あるがままの多次元共振を取り出すことができるか。

もう、幾つもの傾性のあいだの対立や争いとして捉えるのではなく、
非二元多次元共振をそっくりそのまま捉えるにはどうすればいいかという
焦眉の課題が迫ってきている。

ああ、踊るように言葉を扱えたらなあ!


(この項は、双方にまたがるので、下記の二箇所に収蔵します。)


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2016年11月13日

サブボディの分裂と多次元もつれ


ここ数年、死んだ友人山崎に関連して出てくる
サブボディ=コーボディを踊り続けていた。
それらは、あまりに政治的に走るので、
二度と政治はしないと決めた自分の中の確率にしたがって、
その踊りを封印した。
(そのせいで、とつじょ第一人格の<りゅうり>系のサブボディが
溢れ出てくるようになったのか?)

ピラーに誘われて、この踊りを踊った翌日、
ふと、自分のなかのサブボディ群が2つに分裂しているのか、
という気がしたが、いや、どうやらそう言い切るのは短絡にすぎる。
そんな二元的なことばで捉えることができるほど
からだの闇は単純ではない。
分別では捉えられないくらい超複雑に絡み合い、
もつれ合っている。
意識はいつも二元的なことばと論理を使って、
白黒をはっきりさせたがるが、
それは自分がすっきりしたいという意識の癖だ。
それに従うと、とんでもない的外れな自己誤解にとらわれる。
多次元共振している複雑な物事を、
単純な二元対立に還元しようとする意識の傾性を絶えず
無化し続けなければならない。

そして、非二元多次元共振する
とてつもなく複雑なサブボディ=コーボディの生命共振を踊るしかない。
ことばとからだをもっともつれあわせ、
微細に複雑にからまったまま共振させること。

なにかひとつの傾性に囚われず、
あらゆるサブボディ=コーボディの共振を
透明に踊れるようになりたいのだが、
いつの日か?
この日、ふとピラーに誘われて、
踊ったとき出てきたサブボディたちをつぶさに見れば、

魂の引き裂かれた神さま、
人生最初の恋人の跳べない蚤、
りゅうり大魔王
そしてりゅうり系のからだと、龍二系の精神との二元的対立として捉えようとする意識、

そう、この日は珍しく踊りながら、意識が出てきているのを透明に見た
そしてそれ以上踊れなくなった。
――これらがいりまじった複雑なこんがらがりだった。


からだの闇の探索は続く。
はてしない謎と秘密が結ぼれくぐもる国へ



(この項は、双方にまたがるので、下記の二箇所に収蔵します。)


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2016年10月8日

眠れ、山崎! 睡れ、山沢! リゾーム・リー(岡龍二)

49年前の今日、ベトナム反戦デモの中で、
畏友山崎博昭が死んだ。
この数年、山崎を目覚めさせようとして踊ってきたが、もういい。
山崎よ、眠れ。
そして彼といつも対で出てくるわたしの中の山沢夙よ、睡れ。
山沢は、無口で内弁慶だった幼いわたしが青年期に分泌した
政治=社会的傾性を持つ分身だ。
山沢は青年期、革命運動のオルガナイザーやアジテーターという
わたしに似合わない仕事をしていた。
運動をやめた時、二度と政治はすまいと決めた。
政治以外の方法で世界を変える方法を見つけよう、と。
だが、この数年、踊るたびにわたしの中の山沢が出てきて、
「山崎、目を覚ませ!」と世界中の山崎の墓標に見立てた山崎石を
石で叩き続けた。十数回以上世界各地で踊った。
そして、その踊りを群れの踊りにまで展開し、来年10月8日の
山崎博昭50回忌に開かれる慰霊碑の建立式で踊ろうと考えていた。
いや、そう考えていたのはわたしの中の分身山沢である。
山沢は十数名の各国ダンサーを日本に呼ぶために
旅費・滞在費などをカンパで集めようとした。
だが、その趣意書を書こうとして、まさしくこれはわたしが自分に禁じた
政治的行為そのものであることに気づいた。
死んだ山崎を、現在の政治に利用しようとするものだと。
たとえそれが「反戦」というような目的であろうと、
山崎を政治に使ってはならない。
わたしは諦める。
政治ではなく、ただ生命共振だけで世界が変わっていく道を追求する。
踊りを通じて、いのちからいのちに伝わる生命共振の力だけを信じる。
途方もない時間がかかる。
具体的な方法論や運動論など何もない。
ただ、わたしは共振塾の運動がわたしの死後も世界中に
継続的に発展していく態勢だけは整えた。
具体的な展開は後の世代に任せる。
何世代も、何十世代もかかるかもしれない。
だが、これが最も確実に政治や国家を死滅させる道なのだ。



(この稿は、「からだの闇」と「行方不明者の日記」の
両方にまたがるので、両方に掲載します。)



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2016年9月30日

問題に自分を喰わせる

「わたしはいつも、問題に自分を喰わせることによってそれを解決する。」
フランツ・カフカ


わたしもまた、いつもカフカ流に問題を解決しようとしてきた。
この数年からだのなかのもっとも低い傾性に
からだを喰われるままに任せてきた。
母なし児のりゅうり、あるいはりゅうり大魔王と呼んでいる。
幼児期から続くわたしのなかのもっともやっかいな傾性だ。
そしていま、その問題にからだじゅうを喰い散らかされ、
もはやそれが限界まで達したことを知った。

(もうこれ以上、もち堪えられない!)

それに圧殺されてきたほかのいのちの傾性たちが
いっせいに悲鳴を上げ始めた。
からだの闇の附置が地殻変動を起こし、
軋みの限界に達したのだ。
問題に自分を喰わせ続けていれば、いつかは必ずこの時が来る。

従来のわたしなら、ここですかさず、龍二系のだれか、
ときに山沢、ときに今故などがでてきてイニシアチヴをとるところだ。
ゆうべもたまゆらその気配を感じた。
だが、すかさず今故系の社会=政治的次元にせり上がろうとする傾性を
瞬時に抑制した。
従来通りの人格交替劇によっては何も変わらない。
二大政党の政権交代によって何も変わらないのと同じだ。
そうではなく、透明になること
内側の特殊な傾性にとらわれるのでもなく、
外側のあらゆる状況の変化にとらわれるのでもなく、
透明になること。

思考を止め、いのちに問う。

何を一番実現したい?
いのちさんよ。

かすかないのちの息吹に耳を澄まし、
わたしのいのちのあり方が根底的に変わらねばならない。

この秋にと、企図したまま進められていない『病める舞姫』をめぐる舞踏論の書き直しや
新しい練習法の深め方を遂行すること。
新旧の遠くにいる塾生にむけて、
ひとりでどのように修練するかのアドバイスをまとめよう。
たえずいのちに耳を澄まし、
まだ一度も繰り返したことのないクオリアに出会い、
それを創造に転化すること。

それを自分に適用する。
いつもやっていることだが、
こんな深いレベルで行うのははじめてのことだ。
その過程で新しいわたしが結晶してでてくるかどうか。
ここが正念場だ。
自分で実行できなければ、
わたしの言っていることはすべて嘘になる。



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2016年7月22日

この執着はなに?

執着というよりは、取り憑かれに近しい。
四六時中不在のアニマを追い弄っている。
それほど心地よかったのか。
来年夏のヨーロッパツアーを取りやめ、共振塾を三学期制にしたのは
この囚われ人なのかもしれない。
ハンガリーで去年と同様のワークショップメンバーに会って、
そんな決定をしたことを後悔するもうひとりのわたしがいた。

アルメリアの第1回サブボディギャザリングで、サンテリのクラスで
この囚われたリビドーを五体スネイクの動きで踊り、
それが様々なものに出会ってもつれ結ぼれ囚われていく過程を踊る踊りが出てきた。
そうか。ここまでどうしようもなく囚われるようになってはじめて、
そこから解き放たれようとする傾性がでてきた。
それまでは囚われといっても、まだ適度なそれに他ならなかったのだ。
そういう状態ではそこから解き放たれようとする必要も生まれるわけがない。
いまのように、四六時中囚われるようになってはじめて
いのちが息苦しさを感じはじめたのだ。

今日のアルメリアの山上のアナスタシアのワークでは、
彼女が手と足を縛り付けてくれたので、
よりこのエンタングルメント(クオリア共振のもつれ)を踊り込めた。
明日からのスパニッシュヒマラヤのワークショップでも、これを深めよう。
エンタングルメントからアタッチメントへ深めていくと、
わたしとはまさしく、このクオリア共振のもつれの
特異なかたちにほかならないことが腑に落ちてきた。
それを踊りに転化する以外ないのだ。
 2015年1月1日

赤子系サブボディという課題


去年から、「おさなめくじ」、「をぢことは何か」と書き継いできて、
ようやくわかりかけてきた。
俺の最期の課題は、これらの赤子系のサブボディとの
よい共振方法を見つけることなのだ。

思えば数々のサブボディをもっとも深層で操っているのが
りゅうり大魔王だ。
赤子のまま66年も歳を経てきて手に負えぬほど老獪になっている。
みずからは姿を隠したまま、他のサブボディを巧みに操って
意を遂げようとする。
口にできぬほど汚い手口で。
産婆系や龍二系の賢しらな意識系のサブボディも
難なく手駒にしてしまう力量を持っている。
古代日本やヒンドゥーの神々が千変万化する権現性を持つのは
あるいはアニミズム時代の原始人も
この幼魔系のサブボディの自らは隠れて他の姿に変容する性質を
知っていたのかもしれない。

ともあれ、をぢこのおかげで
わたしの最終課題が何であるかにはっきりと直面した。
りんやしうにまといつくロリ系のサブボディもまた
りゅうり大魔王の権現だった。
三歳で母をなくしたりゅうり大魔王が
どういう経路で生き延び、自らを鍛え上げてきたのか、
しばらくその来歴を探ってみよう。
あるいはいまの少数部族を訪ねるインドリゾ―ミングツアーも
りゅうり大魔王の差し金ととらえるべきかもしれない。
会いたい人にそこで出会えるかもしれないと。


オリッサに進路を定めたのは、
10数年前ケララの部族で出会ったフォレストガイドの若く美しい妻の
面影と、しうと、この少女が多重共振していることに導かれている。
ならば、そんな赤子のりゅうりの意向に
他のメンバーを引きずり込んでいいのか、という根本問題にまで
波及してくる。
りゅうりは何に執着しているのか。
俺が脱がなければならないアタッチメントとは何なのか。
自分の中の最深層のりゅうり大魔王は、
<脱ぐ>などというたやすい比喩では扱えない。





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2014年
 
 
 2013年11月21日

おさなめくじ


不意に、長年潜みに潜んでいた秘密のサブボディが姿を現す。
誰ものからだの闇には誰しも気づいていないすきまがあって、
それらの闇の隙間からすきまへ、無限変容しながらすり抜けるやつだ。
わたし自身にさえそいつのことは気づけないままだった。
だが、思い起こせばひとびとが目を瞑り、そのひとだけのからだの闇に降りる時間、
そいつはひそかに闇の隙間を縫って踊っていた。
おさなめくじ
そいつは現世に出てくれば忌み嫌われる。
この世の軛から解き放たれる踊りの中にしか生きることのできぬやつだ。
現世では

ひまくのうらからうらへはいずりまさぐりまくるおさなめくじ

そんなやつが生きることをゆるされるはずもない。
(それでもしぶとく生きながらえてきたけどね、ひとびとの目を盗み
眠りの隙間をかいくぐって…)


あさっては死んだ母の89回目の誕生日、
マザーファッカーでもあるおさなめくじのハレの門出にふさわしい。



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