2013年
 
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行方不明者たちの日記
 (多重日記 改題)

からだの闇を掘る
 2013年12月20日

危な姫


私のからだの闇に、恐ろしい少女が棲んでいる。

昔からよく知っているが、
とても危なっかしくて手がつけられない。
いつ何をしでかすかわからない。
素手の拳でガラスを割ったり、
いきなりしょげたり、
いいよる男をあしらったり、
ものしずかなのに
いきなりかまいたちに変身するようなやばい気配がある。
よく知っている娘なのに
面影が思い出せない。
おぼろげな闇にたたずんでいる。
幾晩もかけて幼い頃から出会った異性の顔とすべて照合したが思い当たらない。
それでようやく得心した。
その娘はわたしの中に棲むアニマだったのだと。
わたしの中の女性であるもうひとりのわたし。
危な姫が、あたしを踊れとわたしをそそのかす。
その誘いに乗ってみようと心した。

気が付くとなにか怪しいものに変容をはじめている。
真夜中に骨盤をギクッとずらす。
劣情の中の劣情のかなしみ。
真空に指がはじける。
炸裂姫の帰還。
和御魂(にぎみたま)と荒御霊(すさみたま)、あともう一人は誰だ?
からだの闇で思い出せないものがのたうっている。
突然凍った風を切り裂く。
ぐだぐだと見知らぬリズムで崩れていく。

明け方頃そんな踊りが毎日次々と生まれてくる。
わたしの中のサブボディさんが20年ぶりにふたたび蠢き始めた。
最期の踊りになる予感がする。



●この項は、「行方不明者たちの日記」と「からだの闇を掘る」の
両方にまたがる内容なのでどちらにも掲載しました。
このふたつのカテゴリーをひとつに統合するべき日が近づいてきているのかもしれない。



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 2013年9月20日

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これが8.
これが8
8でいいか。


2013年9月15日 

遠くまで行こうとする男

(「多重日記」の表題を、もとの「行方不明者たちの日記」にもどします。
からだの闇にはまだまだ行方不明のサブボディ=コーボディが潜んでいる。
多重人格というくくりでは、それらすべてをうまく捉えられない。
どこにいるのかさえわからないのだから。
その一人ひとりの不明な行方と来し方を新たな方法で探ることが
今の自分に必要不可欠だと感じる。)

遠くまでいくんだ

わたしのからだの闇には、無性に遠くまで行こうとする男がいる。
特に世界チャンネルとの関わりが活性化してくるときはいつも
眠りから覚めて顔を出す。

モンスーンの終わりを告げる激しい雷鳴と雷光がひっきりなしに
ヒマラヤの向こうで発光し轟いている。
遠雷に耳をあずけながら、思いが遠く遠く羽ばたいていく。

45年前「遠くまで行くんだ」といっていた小野田襄二や重尾隆四は、
今どのへんを歩いているのだろう。
遠くとは未来の方のことだ。
未来社会のまなざしから、現在を見つめるという方法を私たちは
埴谷雄高から学んだ。
わたしの中の遠くまで行こうとする男も、
国家が死滅した未来社会から、現在を見つめている。
そして、なぜ、そんな窮屈なところで立ち止まっているのだと
怪訝な顔を向ける。
「まあ、そんなに急かすな、現実はゆっくりとしか変わっていかないのだよ。」
応えつつわたしは、今のわたしたちに覆いかぶさっている桎梏の重さに身をよじる。
時代は今、埴谷雄高が獄中で過ごした、戦争前夜から
戦時中にかけての時期に酷似している。
今年の夏ようやく、インドで更新できるビザを手に入れた。
これでもう毎年日本に帰って、領事館相手に四苦八苦することもなくなった。
毎年の夏冬の休みには、各国を回って長期ワークショップと協同公演の旅を
15年ぶりに再開できることとなった。
各国の生徒に問い合わせたところ、多くの反響があり、
ほぼ来年・再来年の日程が早急に決まろうとしている。

そんなふうに身辺が慌ただしくなってくると、
この遠くまで行こうとする男が目を覚まし、
未来からの課題を鼻先に突きつける。
ひとつは国家をいかに死滅させていくかという課題であり、
もうひとつは、世界経済を現在の貨幣交換経済から、
贈与経済を組み込み直した未来の経済を
いかに呼び寄せるかという課題だ。

国家の死滅と交換経済以降の社会

わたしたちの旅は、中心をもたず、つねに分離・連結自在なリゾームの旅だ。
行く先々で出会った人々と生命共振で踊りを創る。
そしてまた、自由な群れや個となり、次の地へ移動していく。
国境や文化の壁を乗り越えていくノマド・リゾームの運動だ。
この動きが世界を蠢くようになれば、自我や自己ではなく、
生命共振だけでやっていくとはどういうことかを身をもって学ぶことができる。
この経験が国家も権力もない未来社会の萌芽形態を生み出していく。
今、考えられる限り、どんな政治的な動きよりも、
これこそが世界を変えていくたしかな力になる。

もうひとつは、この旅をすべて自前で、
つまり国家的な機関からの補助金なしにまかなうには、
多くの支援者が必要となる。
社会の仕組みは交換経済一辺倒から、
贈与経済の仕組みを取り入れた方向に発展していく必要がある。
どこかから、わたしたちの運動の未来のために贈与する援助者が現れてほしい。
わたしひとりが動くだけならワークショップ収入で飛行機代は出る。
だが、多くの踊り手が国境を超えて、分離・連結しながら
ノマド・リゾームの旅で世界をすこしずつ変えていくには、
これに共振し、支援しようとする人々からの助けなしには実現できない。

困ったことに、わたしの中には大義名分をかかげて、
援助金を集めることなど出来る人はひとりもいない。
若いころのわたしなら、無我夢中でやったろうが、そのひとはもう影も形もない。
サブボディモードに長年入っていると、実務能力をすっかり失ってしまって、
こういうときにうまく行動できないのだ。
わたしはいま、助けを必要としている。
そういう力をもった共振者が出てきてくれるのを待っている。



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とりあえず両方に保存してあります。
 
2013年1月11日 

めぐりくる宿命的なものよ!

私たちの内側の状況は意識でつくられていない。
それは宿命的な必然のサブボディ舞踏として
出てこさせてあげる必要がある。
さもなければ、それは運命として私たちを訪れ、苦しめ続ける。
関係を損なわせ、愛を失敗させ続ける。
一つや二つ踊っただけでは追いつかない。
十や二十でもどうにもならない。
百や二百は踊らねばならないだろう。
私のからだの闇にも、まだまだ踊られていないくぐもりが存在する。
そして折りにふれ、悪夢や、思わぬ行動として出現する。
それは投影や転移やドリームアップによって関係を損なわせ、
愛を失敗し続けさせる。
産婆としての的確な判断を狂わせ、取りこぼす。
そう、いつまでたっても、<まだ踊られていないもの>が存在する。
そして、掘れば掘るほど、難しい奴に出くわす。
一筋縄ではいかない。
さかしらな知識では捉え切れない多次元複合的な、非二元の闇だ。
そこではこれまで蓄えてきた知識のかけら、
アニマや、元型や、トラウマや、解離や、憑依、欲望、情動などが
混融一体化してとぐろを巻き、ときに共振加速して吹きあげてくる。
一瞬にして脳心身ごと魔界嵐に襲われる。
「行方不明者の日記」や「多重日記」で長年追究してきた
あらゆる解離された交代人格たちが、人間的な人格を脱ぎ、
生命の欲望や情動の微細な傾性群に解体し、
非二元域で、もっととらえどころのない妖怪や、
生命力の怪物のようなものに変容する。
現世に現れる「龍二」と「りゅうり」という基本的な二重人格が、
深淵では、乳呑児の破天荒な妄想を実現しようとして
奸計をはりめぐらす「りゅうり大魔王」に姿を変える。
さらに魔界嵐など未曾有の危機に見舞われたときは
「生命力龍」に変容する。
まるで爬虫類のような生存本能で巨大な尻尾を地に叩きつけて
飛び跳ね脱出しようとする。
その力はおそろしく意識などでは太刀打ち出来ない。
さかしらな理論などはひとたまりもない。
この何度も何度もめぐり来て襲いかかる不透明な宿命を
なんとかとらえようとして長年鍛えてきた下意識の透明覚も、
まだそれらすべてを捉えるまでには育っていない。
いつも間に合わないのだ。
予想でもしなかったとんでもない目にあって、
はじめて、もっと深く透明になる必要を噛み締めさせられる。
それが日常世界に現れるととても危険だ。
だからこそ、細心の注意をはらって
サブボディ=コーボディとして創造界に解放してやる必要があるのだ。

無意識に何度も喰われそうになったユングは
その恐ろしさを知っていた。
だからもっとも肝心なことは語っていない。
ミンデルも『シャーマンズ ボディ』でそれと対決した。
土方も、舞踏公演の拠点アスベスト館を封印せざるを得なくなったのち、
死にものぐるいでからだの闇に潜り、『病める舞姫』をとり出した。
<まだ踊られていない不透明なもの>との、闘いは続くのだ。
もっとも大事なものを失ったとき、私達はそれに気づく。
死ぬまで続けるしかない。
大事なものを失い、失意に満ちたよぼよぼの最後のからだで
生死ギリギリの境界線上をたどるしかない。
板子一枚下は、いつも死の闇だ。


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2013年1月7日 

りゅうり系と龍二系の確執

この二つの相反する解離された傾性の確執が続いている。
いくつになってもこの基本的な解離はおさまりそうもない。
ほんの少しずつ、この二つの傾性が生まれた経緯が
透明に見えるようになってきたが、
それらに囚われてしまうのはなぜなのかが、わからなかった。
だが、去年から今年にかけて、大波乱があり、
りゅうりが龍二を圧倒してわたしを憑依してしまう現象があった。
その事件によって、この十年保っていたバランスが崩れて、
りゅうりと龍二の微妙な均衡によってかろうじて支えられていた
わたしの生存の条件が崩れ去った。
それについては未だ書く余裕はない。
だが、その過程で、憑依はクオリアの共振増幅と、
共振加速という現象によって引き起こされるのだ
という原理が透けて見えてきた。
からだのなかにはさまざまな傾性を持ったクオリアが変容流動している。
そのうちのひとつの傾性を持ったクオリア群が一瞬のうちに
共振加速され、共振増幅される。
その結果解離や憑依がもたらされるのだ。
クオリアの共振増幅は想像もつかない速度と規模で起こる。
脳心身の全域にわたってクオリアの共振増幅が加速しあって
からだごと持っていかれるのだ。
去年の晩秋に体験した「魔界嵐」と呼ぶ現象の中でも
この共振増幅と共振加速が働いていた。
失ったものはあまりに大きいが、その代わりに得たものも大きい。
この原理はこれまで捉えようもなかった現象を解く鍵になるだろう。
とりあえずは、このようやく発見された共振原理の
ほんの小さなかけらを育てていこう。
解離と憑依は表裏一体である。
その謎の全体をとらえる視点がようやく得られたのだ。
この秘密を解くために生きてきた。
まだもう少しは生き延びていこう。

(この記事は、共振塾のサイトの表面に出すには
あまりに解離し過ぎている。
とりあえずは、ここに書き留めるにとどめておこう。)


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