March 2007

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2007年3月19日

共振してるよ! 相羽香乃さん リゾームLee

相羽香乃さん

ご無沙汰しています。お変わりありませんか。

去年のあなたの著作権を揺るがす行為に
全面的支持を表明します。

――この書き出しではじまるこの手紙は、
今年の1月ミャンマーへの旅の中で書いたものです。
ミャンマーからは外国のサーバーへは投稿することができず、
ヒマラヤへ帰ってからも
ブロードバンドがなかなかつながらず、
わたしの学校の新学期の準備に追われていたこともあって
今日まで投稿できませんでした。
その中で、私自身が共振した土方巽を撮った細江英公氏をはじ
めとする舞踏写真や中島みゆきの音楽をサイトに掲載すること
を通じて、ずいぶん著作権について考えが深まりました。
(くわしくは、ヒマラヤ共振日記をごらんください。)
ところどころ、現在からの注記もいれて、
当時書いたものをそのまま掲載します。


わたしは若いころから、
いろんな分野の芸術創造をする中で
著作権というものについて
長い間考え続けてきました。
今回の香乃さんの行為をきっかけに
それを共振性原理で考え抜くことで
ようやくすっきりした<解>を得ることができました。
大きな喜びと感謝とともに
その成果を報告させてもらいたいと思います。

創造という不思議なことが起こるとき
それをつぶさに観察すると次のことが分かります。

<創造とは自分の全体と、世界の全体との間で起こる
共振によって生成する現象です>
――これが、<創造>の定義です。


自分の全体(以下、自全と略)の中で流れるクオリア流と、
世全(世界の全体)のクオリア流との間で
勝手に起こった共振の結果生み出されるものです。
(クオリアとは命が感じるもののすべてを指します。)
そこには、自我が介入する余地などありません。

わたしはそのことを
自分のサブボディの踊りができたときの不思議な感じを
追求しぬくことでつかみました。
わたしの踊りはわたしの自我が創ったものではない。
踊りができたときわたしの自我には
それを創った覚えなどどこにもなかったのです。
ある日突然できていたのです。
自我はあわててそれを記憶するために
メモを取っただけです。
だとしたら、いったい誰が創りだしたのだ?

かつてわたしはその未知の作者に
サブボディという名前をつけて十年以上も追求してきました。
自己催眠の修行をしたりしつつ、時がたつにつれて
それはわたしの下意識の流れのなかで
起こったことがわかってきました。
その下意識の世界で起こっていることをさらに
徹底的に追求すると上の<創造とは、――>という
定義にたどり着くことができました。
ぶっちゃけて言えば、
創造とは自分と世界の間で起こるクオリアの共振現象です。
すべての共振現象は自我が意図して起こるものではなく
ただの自然現象です。
ところが、多くの自我はそのことを知りません。
創造現象が起こった後、目の前に出現した<創造物>に対し、
(これは俺が生み出したものだ)と勝手に思い込んで
その創造主に自分の名前をつけてしまうのです。

そう、自我こそ生起した創造現象に対する
最初の窃盗者なのです。
起こった自然現象に対し自分の名を冠して
自分の私的所有物だと主張し始める。
これは資本主義の歴史の最初期に起こった自然に対する
窃盗行為、
「この土地はわたしの私的所有物だ」
と宣言することによって、その土地を詐取する
原初資本主義の盗みの仕組みと同じです。

土地所有の観念のなかったアメリカインディアンの
住む土地に侵入し、
「この土地はわたしの土地だ」と主張して
アメリカ大陸全土の土地をそこに住む人を殺害し、
次々と奪っていったイギリス人やスペイン人、
ポルトガル人、フランス人が16~17世紀に犯した
世紀の大犯罪がそれです。
現代の著作権を含む私的所有のルールを
世界の普遍的ルールであるかのように主張しているのは
これら組織的窃盗者の末裔とそれに影響された人々です。

今回香乃さんが行った行為は、
すごく無垢に解釈すれば
アメリカのネイティブインデアンが、
野山を歩きつつ発見した朝日に輝く水滴の美しさや
空高く飛ぶコンドルの軌跡の美しさに感動した
共振現象と同じ性質のものです。

インターネットの世界は今のわたしたちにとって
第二の自然と同じです。
ネットサーフィンして感動するものを発見し
その感動を発表することもまた自然な共振です。
なんら否定されるべきものではありません。

ところが厄介なことに、
現代のネット社会を形成しているのは、皆、
自我という幻想に囚われた人たちなので、
その人たちはその人の自全と世全の間で起こった
共振現象である<創造>行為に誤って
自分の名をつけてしまっています。
そして、私的所有が現代社会の普遍的ルールだと
公言する資本主義の強い力に影響を受けて、
<創造>を自分の私的所有物だと主張してしまうのです。

現代のわたしたちはすでに途方もなく長い
生命の創造の歴史と、先人たちの創造の歴史によって
できている世界の中で生きているので
いまわたしたちが行う自然な共振現象としての創造行為には
かならず、わたし以前に起こった創造との共振を通じて
それが<元型>として忍び込みます。

たとえば、わたしが踊るとき、いつも
粘菌やトカゲや植物の動きの美しさをなぞっています。
世阿弥や土方巽が発見した現世と他界との間でゆらぐ
生命の美しさがしみこんできます。
野口三千三という体操家が発見した
にょろっとした原初生命体のうごきや
盟友サンチャゴの踊りの中の動きに
からだが共振してなぞっていることがあります。

そのときわたしは踊りながら、粘菌よ!とか、
土方!、野口さん!、サンチャゴ!と
叫んでいます。
それはわたしの彼ら先人たちへの愛の表現です。
すべての愛は共振であり、自然現象です。

香乃さんが発見した二匹の犬がじゃれあう、
あるいは闘う○○さんの絵は、
○○さんが二匹の犬の姿に感動した共振の表明です。
○○さんの中にも
純粋な芸術の創造者と、
芸術を商品化して生きねばならない社会的人格が
存在しています。
抗議したのは、○○さんの社会的人格ですが
○○さんのなかにある創造者人格は
共振してもらったことを純粋に喜んでいる
に違いありません。

本当に大事なのは、わたしたちは、
資本主義に犯されず、囚われず、
もっと無垢に共振する心を取り戻す必要がある
ということです。、
何者にも遠慮せずにどんどん共振する心を
発露するべきなのです。

香乃さんの行為は、
純粋な共振からほとばしりでたものです。
わたしたちの創造的な下意識には、
名前などありません。
ただ命が共振し創造し、美を発見しているのです。
香乃さんは、きっとそういう
創造的下意識の世界に生きているのだと思います。
社会的ルールに即して生きることは、
きっと苦痛で仕方がないと感じていると思います。
わたしの中の踊りを創るサブボディの創造者も
その世界の住人だからよく分かります。
この世界には自己と他者という区別もなく、
こころとからだの間の仕切りもありません。
あらゆるボーダーを越えて流動しています。

(人間が分別的な日常的知性以外に
そういう流動的知性をも二重に持っていることを
中沢新一の『対称性人類学』がよく抉り出しています。
そういう流動的知性を回復しなければならないという
彼の主張とわたしは深く共振しています。)

香乃さんは、流動的な知性=創造的下意識の世界から
わたしたちに、もっとどんどん共振しようよ!
という力強いメッセージを送ってくれたのです。
その勇気に乾杯!

わたしもこれから、著作権という形で、
芸術創造の前にたちはだかる資本主義の魔と
闘っていこうと思います。
香乃さんは、わたしにその勇気を奮い起こしてくれました。

これが香乃さん、あなたへの連帯のあいさつです。
ではまた、Lee


今読み起こすと、ずいぶん昔の戦闘的学生であったころの
文体がそのまま現れていて恥ずかしい思いがします。
論理の運びも随分強引なところがあります。
これを書いたのはたぶんわたしの中の
20歳のままの山沢夙という革命家人格だと思います。

でも、山沢はわたしの中のもっとも純で無垢な
大切な人格です。山沢なしにわたしはありえません。
lastmoonさんが、自分のなかのどんな小さなかけらを
なくしても自分ではなくなる、と断言するのと同じです。
わたしはその断言によって随分力づけられてきました。

山沢は、実際この後、中島みゆきの「宙船」という歌の
MP3ファイルをサイトに貼り付けたり、
細江英公の土方写真集のコピーをアップロードしたりして
この手紙に書いたとおりのことを実行しています。
わたしの中にある、
社会のルールになるべく抵触しないように生きていこうとする
小市民的な社会的人格と闘いながら。

では、また、お便りします。
お元気で。

リゾームLee」

註――わたしの中にいる社会的人格は、
山沢の行為に対し、こっそり、
著作者の名前を書き込むなどの社会的配慮をして、
山沢を守ろうとする。

この人格は、わたしの高校大学時代の友人で
いまは弁護士をしている北本修二という
友人そっくりの動きをするので、
彼の名をつけて、北本と呼んでいる。
あるいは彼の人格がいつの間にか
共振を通じてわたしの中に忍び込んだのかもしれない。

実際の北本も、昔からいつも山沢が過激な行為や
危なっかしい発言をすると、
さっと忍び寄って取り消したり、砂糖ですこしまぶして
社会的合意を取り付けやすくするなどの手品をした。

山沢はそれを嫌がっていたが、実際のところ
彼に守られてもいたのだ。

ありがとう、北本君。


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