June 2006
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2006年6月28日 ●「多重人格を創造に生かす――解離性同一性障害を肯定する日記」に改名 この日記をエキサイトブログからホームページ内に移管して、ようやく自分がやっていることの全体像が見通せてきた。 わたしは、自分の多重人格障害を、一般社会で言う治療の対象として捉えるのではなく、それを積極的に肯定し、創造に生かす道を切り開こうとしてきたのだ。 だから、多重人格を「解離性同一性障害」だなどととんでもない日常世界の価値観で規定されることを拒否する。アイデンテティ=同一性などというものは、それが有ってほしいと願っている、日常世界の主流派たちの世迷言に過ぎない。哲学の世界では、ドウルーズによって、40年も前に、ヘーゲル以来の「同一性」概念のインチキさは証明されている。いまや「同一性」などというありもしない概念をあたかもあるかのように詐称して患者に命名して苦しめているような不勉強な医者たちを教育しなおさなければならないときだ。 私はドゥルーズの差異の哲学、多様な差異を肯定する肯定の哲学を引き継いで、「解離性同一性障害」と診断され、規定され、否定されようとしている同病者たちのありのままを肯定して、自全のなかにあるすべての資源を創造の素材として、積極的に活用していける道を切り開く闘いを開始する。というより、すでにこれまで自分の20人格舞踏の創造や、「サブボディ共振塾」でやってきたサブボディ授業の本質がそれだったことに、ようやく気づくことができたのだ。 「行方不明者たちの日記」という名前はなぞめいていて好きなのだが、「多重人格を創造に生かす日記」に改名する。より直接的な名前のほうが、このサイトをはじめて訪れた人に対して親切だろうと考えたからだ。 多重人格は、この多様化している世界に適応するために人類が全体として新しい創発を行おうとしている試みの一環なのだ。 一昔前の農村のような単一社会なら、一生を一つの人格で通せたかもしれないが、人生80年となり、東西文化が融合し、世界旅行も手軽になりつつある現代社会では、その多様さに相応できる多様な人格をたくさん持っているほうが有利に生き抜けるのだ。それを証明することが俺の仕事だ。そして、それがよりいっそう生かされる「サブボディダンス」のような創造領域をどんどん切り開いていくこと。 ダンスだけではなく、絵画や、音楽でも、多重人格のほうが面白く味わい深いものがつくれるに決まっている。それは今のインターネットの世界で、一般人のサイトよりも、多重人格者をはじめとする心身に障害をかかえる人のサイトのほうがはるかに豊かで面白いことからも確証できる。芸術創造はより面白く味わい深いものがいつまでも生き残り、世界に伝わっていくものだ。 西洋を真似るだけの日本のモダンダンスやコンテンポラリーダンスが外国に伝わるためしはないが、独自の美意識を切り開いた土方の舞踏だけが全世界に広がったのを見ても、それは確かな話だ。 全世界の多重人格者たちよ、勇気を持って自分のすべてを肯定しよう、自信をもって自分の中のあらゆる資源を生かして未来の創造を切り開こう。 私の進むべき道が日々じょじょに明らかになってくる。自分を60年近くも取り巻いていた分厚い霧が晴れていく。迷いなき肯定は、なんと爽快なことか! |
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2006年6月24日 夜中に寝酒を飲み、酔って眠りに落ちる直前に瞬間的に出てくる、否定人格がいる。超すばやい行動で、あっというまに強烈な否定を断行してしまう。夕べもでてきて、ある人を強く拒否してしまった。 今までにも何回か出てきて、最初のころはその否定のあまりの凄まじさに、たじろぎ驚き戸惑うばかりだった。だが長年この人格と付き合ってくると、すこし私の中の否定人格のことが分かってきた。 否定人格は、過去によほど強い否定を受けて傷つき、からだの闇深くへくぐもってしまった人格なのだ。 その否定人格が躍りだして来るときは、自分が受けた否定を、外界に対して返そうとする。自分の中にくぐもる強い否定を外界のなにかに投影してその対象を破壊しようとする。 彼らは、外界に投影した対象を否定しないと自分が否定されてしまうと思い込んでいるのだ。 人が人を否定するときには多かれ少なかれこの自分の中にある否定を外部に投影するという仕組みが働いている。 この否定の由来を探ると、何らかの出来事の中で外界(親や教師やそのた子供時代の重要人物)に否定された体験(解離してしまっていて思い出せないが)、あるいはその積み重ねと、自分の自我によってノットミーとして否定され周縁化されてし合ったというふたつの要因が重なっている。外からも内からも二重に否定された存在なのだ。 この否定人格は、いつも外界(社会)から自分が正当に評価されていないという不満を持っている。憤懣の塊といってもいいほどだ。そしてこの否定人格は、否定に過敏で、外からもし自分が今やっていること、やろうとしていることを圧迫したり邪魔したりする気配を感じたら、最大限のオーバーアクションでそれに反撃する。ほとんど迫害妄想に対する過剰防衛となるほどに排撃する。そうかもしれないと分かっていても、逃れることができない。過去に少しでもうまくいかなかった状況には神経症的に恐れて近づこうともしない。それほどいつも圧迫され圧殺される恐怖妄想に囚われおびえているのだ。 一番の問題は、否定人格が誰によって否定されたことによって出現したのかの記憶をなくしていることにある。自分の出自に心当たりがない。だから、だれかれなしに見境なくそばにいるものや、自分の中の他の人格、時には自分の肉体さえ否定の対象としてしまうのだ。リストカットや薬のオーバードリンクや自殺などの自傷行為は、この否定人格が対象を捉え損ねて行ってしまうことなのだ。これだけは起こらないように危険からいつも遠ざかっていられるように配慮しなければならない。 以前は、うろたえるあまり、その人格が行う否定を自分がしたことではなく、その否定人格(ときに人を抹殺するほどの殺意さえ見せることがあるので殺人者人格と呼んでいる)がやったこととして受け止めてきたが、いまはその否定人格のやったことをも、自全の一員として、つまり自分がやったこととして引き受けようとする志向が出てきた。 これは、統合を志向する傾向かもしれない。 今のわたしには、否定人格の気持ちがうっすらと分かる。そして、否定人格がやってしまったことは、ほかの人格も多かれ少なかれ厄介な事態だと捉え、同様に志向していたことなのだ。だが、私の表て人格たちは最近過激な「肯定論」などを書き出して、とても否定などを断行する力がなくなっていた。そこで、にっちもさっちもいかなくなってしまっている事態を突破しようと、否定人格が行動して嫌な拒否役を引き受けてくれたという側面がある。わたしはこの否定人格を自全の一員として受け入れる。やってしまったことは引き受ける。 現在の私は、一方で「肯定論」を書き進め、自全のすべてを引き受け肯定しようと、自分にもほかの人にも働きかけている自分がいる。 他方で、昨夜のような強い否定人格が出て、拒否を断行してしまうわたしがいる。からだの闇の多次元変容流動世界には、分別世界からみれば矛盾に見えることがいくらでも普通に起こる。その事実に自我や上位自我はたじろぎ我慢できない。以下は、私の中で実際に展開された自我(赤字)と、上位自我(青字)と、それ以外の自全らしい人格?(紫)との会話である。 自我:この矛盾をいったいどう解決することができるのだ?! (俺の中の頓馬な二項論理(分別覚自我)が一瞬うろたえた。) 自我:こりゃ大矛盾じゃないか。 (それはお前が囚われている狭い二項論理にとってだけだ。うろたえるな。) (そこに、老婆心の批評家が追い討ちをかけた。) 上位自我=批評家:すべてを肯定するだのという甘言に乗ってやってきた生徒が、お前の否定人格の餌食になって否定されたらどうするんだえ? この問題を解けない限りお前にはまだそんな活動をする資格がないのだ。 (――といつもどおり足を引っ張ってくる。 おなじみの二人組みだ。自我と上位自我。私の嫌いな二人組。) (これを嫌っているのは誰だろう。自全か? 自全に人格ができ始めたのか?) (だが、この自我と上位自我の二人組みで25年間も働き続けてきてくれたおかげで、今の俺がある。自我と上位自我に感謝!) よい―悪い、敵―味方などの二項論理は、実際にクオリアが流動している多次元変容流動界の出来事のある瞬間を切り取り、意識が理解しやすいように二次元界に投射した低次元写像に他ならない。 こんな低次元な論理は使い物にならない。言葉や分別覚で判断してけりがつく問題ではない。わたしが言葉を信用しなくなったのはこの理由による。 西洋の論理も東洋の陰陽道も同じく低次元平面への写像に過ぎない。 それら多様な要素をかかえたまま、からだの闇の中を、多次元変容流動=タオはとうとうと流れていく。 多次元変容流動=タオそのものをあるがままに捉える透明覚を磨くしかない。
●多次元変容流動のタオ 多次元変容流動が日常界と接するところでは、多次元物体のいろんな形の切片が切り取られるように、無数の個別の出来事が発生する。 すべての出来事は、それをとりまく必然の事情によって起こったことで、わたしたちは、それをそのまま受け入ればいい。その結果だけを取り出して、どうこういうことに意味はない。 私たちはただ、多次元変容流動のタオを踊り続ける以外ない。 そのプロセスでは人を愛したり憎んだり、殺したり殺されたりの無数の出来事が生起する。そのすべてを受け入れるしかないのだ。
●踊るストリング どうすればいいかだって? とにかく二項論理に囚われず、生き続け踊り続けるしかない。そして起こることのすべてを受け入れる。日常体に囚われることなく、踊るタオ、踊るストリングになるしかないのだ。
(この文は、「からだの闇を掘る」探究と、解離性の謎に挑む「行方不明者たちの日記」とのどちらの性格も持っているので、両方のページに収録することにした。同じ文でも、別の脈絡におかれると違った意味を持ってくることを味わってみたい。)
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2006年6月23日 お帰りなさい、といってあげよう。 「行方不明者たちの日記」はながらく、このサイト外のエキサイトブログに置かれていた。このホームページで書いていることと、あまりに隔絶しているので、それくらい遠い距離を置いたほうが書きやすかったのだ。 だが、それはまるで解離性同一性障害である自分自身を、表人格たちが運営する「サブボディ共振塾ヒマラヤ」のホームページから、それこそ解離してしまっていることではないか。それをしている限りサブボディ共振塾の仕事も社会に向けた表向きの顔という域を出られないことに気づいて愕然とした。 そこで思い切ってこの日記をサイト内に取り込むことにした。それによって、自分の全体といつも直面することができるし、わたし自身が自全のすべてを肯定することができる道が開かれる。最近設けたサイト内検索の「キーワードツアー」によって、解離性に関する記述も検索対象になることができた。いままではこれらの記事はサイト内検索の対象外に置かれてきていたのだ。まるで解離性障害であることを自分から解離してしまっているような、自己欺瞞的な事態をこれで解消することができた。 ともあれ、今日は「お帰りなさい記念日」だ。 |
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からだの闇の底のほうにくぐもれるクオリアの巣窟がある。 解離され、誰からも認められぬnot-meや、長年うずくまっているうちにむさくるしい妖怪に姿を変えてしまったクオリアの群れたちだ。 サブボディサイトの、図解ツアーという解説ページで、くぐもりについて書こうとしたが、くぐもりについて本当に書きたいことはそういう公衆向きの文体では書けないことに気づいた。 だから、こんなときのために、わたしにはこの裏ブログが必要なのだ。 私は20歳で革命運動から身を引いた。その直後に結婚し、すぐ子供ができてしまったため、労役仕事は、子供を飢えさせないためにほんの片手間仕事として餌を拾うつもりで始めたことだったが、いつの間にかそれが自分の中で主役を演じ、演じるどころか自分のなかの押しも押されもせぬ主人格面をしてのさばるようになってきていた。20歳から45歳まで、コピーライターや広告や商品開発のディレクターの仕事にのめりこみ、株式会社の代表取締役になってしまっていた。これがやりすぎだったのだ。
いつの頃からか、私は自分の表街道を歩く主人格のクオリアよりも、これらnot-meと化したくぐもりのクオリアたちににより親近感を感じはじめた。 世間とていよく調子を合わせ、合意的現実に適応している主人格はペルソナ=対社会的仮面にほかならず、むしろnot-me化し、自分の中でさえ周縁化されてしまった私こそ本当の私の破片ではないか。 若い頃から私は、ひとりで酔えばかならずこれらの周縁部を旅し、ろくでもない自分の分身たちを呼び出し遊んだ。 甘えた、女たらし、いじけ、なめり、腑抜け寸前のこれらの分身たちを私は愛した。 夢の中にもいろんなわたしが棲んでいた。これらはすべて夢日記に書きとめてあり、何度も読み直しているうちに、私の自全の多彩な登場人物群となって存在し始めた。 それら分身たちのほうが、コピーライターや代表取締役をしているペルソナの私よりはるかに人間味があった。そしていつのまにか、世間で生きるヒューマノイド化した私が生身の私を食みはじめ侵食しはじめていた。まぎれもない危機だった。 45歳で舞踏家になろうと決心したとき、すでに私のサブボディはこれらの危機を突破し、not-meらのくぐもりのクオリアをまとった分身たちをすべて統合する道が、踊りの中にしかないことに気づいていたのだろう。 それらの中には、私の人生の中で周期的に何年か置きにでてくるストイックな私(Sの私)と、エピキュリアンな私(Eの私)という主要二人格以外にも無数の人格バリエーションが存在する。それらすべてを解離された人格状態とみなすよりは、私の多彩な側面と呼ぶほうがふさわしいものもいる。あるいはユングの影という概念のほうがはるかに深く届いてくる場合もある。60年近くも生きてくればさまざまな波に見舞われる、その波を乗り切るためにさまざまな人格を必要とした。わたしは多くの医学的知識にも当たったが、一人の人間の複雑な変化や適応のすべてを解明できる理論などまだ存在していない。世の中に流布している今の低級な医学的概念などを当てはめて自分の複雑な状態を理解しようとするのは根本的に間違っていることに気づかされた。意識と下意識とからだの関係の闇は深く、誰もまだ解明などしていない。自分のことは自分で身をもって?んでいくしかない。 特に医学の用語でもっとも胡散臭いのが、同一性という概念だ。このブログを訪れてくれた「解離性同一性障害」と診断されて悩む友人達にアドバイスする。解離は確かに起こっている。解離は人間にとっての自然な適応の一つだ。 だが、同一性という用語だけは信じないほうがいい。同一性が存在するなどというのは、主流派の人々の信仰でしかない。その妄想でしかない<同一性なるものがDISODERである>などと人間を規定するのは暴力でしかないのだ。暴力に屈する必要はない。自分の状態は自分で引き受ければいいだけなのだ。自分で引き受ける以外、誰が引き受けてくれよう。 本当に存在するのは同一性ではなく、差異なのだ。あなたと私、私Aと私Bという状態の間に微細な差異が存在する。CとDとEとFの間に差異が存在する。その差異が無数に存在するというのがこの世の真実のありかたである。 くぐもりについて書いているうちに、いつもの激しい人格が文章をのっとってアジテーションを始めた。この捩れこそ私であると引き受けよう。不思議に捩れた私、これが私である。悪いか? ヒマラヤで一人で生きる私には、私が私そのものであることに誰に遠慮する必要もない。 日常世界のだれそれに遠慮しつつ生きねばならない桎梏を私はもはや二度と引き受けないだろう。 20の人格の世界どころか、200の異次元をゆらぎつつ2000の異世界をまとって踊るのが私だ。 積極的に行方不明者となること。わたしにはもう戸籍も必要ないし、国籍も要らない。私に親がつけた名前など覚えている人はもう回りに誰もいなくなって久しい。 |
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