2005
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●解離はなぜ止められないか いつも解離が起こらないように見張っている。だが、一日中そうしていられるわけではない。とくにいい気分で一日を過ごして上機嫌でいるときは無警戒になる。そういうときを狙ってすばやく別の人格が滑り込む。そういうとき、解離はいつも意識が気づくより先に起こる。 今日も、一日空を見て上機嫌で過ごした。秋になるとヒマラヤの上空高く流れているジェット気流がほんのすこし腰を振るだけで、さまざまな気流の変化が起こる。高度によってさまざまな方向に流れる雲が重なり複雑なじゅうたんを織り成す。そういうのを屋上にしつらえたハンモックに転がってみていると一日飽きない。自分のからだの闇の中の気流が透き通るように感じられて気持ちがよい。 ところが、それで油断してしまったらしい。気が付くと破壊的人格に摩り替わっていた。ささいなことでいきなり同居人に毒づき、激しく否定する。そうしているときはしっかりそれが正しいと信じているから、引き返せない。引きとどめようとする人などどこにもいない。しっかり相手を傷つけてしまう。 同居人も手馴れてきたのか、すぐ目の前から姿を消し長風呂に入っている。 一時間ほどしてから、私も風呂に入る。そして、考える。いったい、この制御不能の人格交替をどうすればいいいのか。 これまで何度も、人格交替が起こる直前の気配を捉えようとしたことがある。たしかに少し前にいつも兆候がある。 ・気分が妙に悪くなる ・出るぞ出るぞという気配がする ・からだの底で何かがうごめく気配がする ・ささやきが聴こえることもある ・人格交替が起こった後の暴力的な修羅場の光景が前もって浮かぶときもある ――などなどだ。 それぞれ、気分坊主、気配坊主、うごめき坊主、ささやき坊主、イメトレ坊主などと名づけていたこともある。一種独特の感じがあって慣れればすぐ分かる。ところが、それを感じてから、交替を制止することに成功したことは一度もない。今考えると、それらの兆候が感じられたときはすでにからだの底で人格交替が起こってしまっているときなのだ。気づいたときはすでに遅い。後の祭りというわけだ。場を外そうにももう次の破壊的攻撃的人格になってしまっているので、その場から立ち去ることができない。 破壊的人格がでて、発散してから、散歩に出たり、風呂へ入ったりして時間をかけて落ち着いていくことはできることもある。 最悪のときはその状態が何ヶ月も続くこともしばしばあった。 さいきんは、幾分周期が短くなった。だが、破壊的弧絶的人格にも色々あって、誰が出てきているのかよく分からないときが多い。自分がよくなっていっているのか、悪くなっていっているのか、判然としない。 このブログは、できるだけ自分も含め、解離性の人のためになるように書いているのだが、今日は収拾がうまく付かない。混乱の只中に立ち尽くしている。 なにせ、解離が起こるのは下意識界の心身でであり、その世界で起こることを意識がキャッチするのはいつも、それが起こってから0.5秒後だという、リベットの実験を知ってからは、もう意識で制止することが無理だと知って、太刀打ちしても仕方がないという気がしてきた。それよりも、日々の生活リズムを正しくするとか、意識でできることをしていこうと努めている。だが、今日書いたようにいい時間を送れて気分がいいときほど警戒が解けてやられやすくなるというパラドックスにぶつかっている。 これを読んだ解離性の経験者の皆さんは、このパラドックスに対して、どうされていますか。あなたの対処方法をお教えください。 みんな、症状が個別的で、そのままは当てはまらないかもしれないけれど、アドバイスをいただけるだけでも、励まされ力になるのでお願いします。 ●クオリアの幻現二重性 クオリアは、それを感じている本人にとって、 現実に目の前のものに対して生じているときも、 からだの闇に収蔵された過去のクオリアが共振しているときも まったく同じように感じてしまう特性を持っている。 というより、クオリアはいつも 今ここの現実に対して生起しているものと、 過去の収蔵庫に収められているものが、 共振して二重に生起しているのだ。 日常意識が強いときは 私たちは今自分が感じているクオリアが 今ここの現実のなかで生起しているものだと 強く自覚しているため、混乱は起こらない。 だが、恐怖や怒りなど 過去に強い情動を引き起こされたのとよく似た体験をすると、 脳心身全体がその状態特有の <状態依存的記憶>とともに、 特定の状態にセットされてしまう。 そうなると、今ここで起こっているクオリアと、 過去に引き起こされた強烈な情動に導かれたクオリアが 一緒になってからだを駆け巡り、 私たちを混乱の極に突き落とす。 これがクオリアの幻現二重性の怖いところだ。 あらゆる妄想の根拠がここにある。 いくらそう分かっていても、 からだの底から変わってしまうため、 からだは恐怖や怒りなどその状態特有の強い反応を示してしまうのだ。 そして、解離性障害をもつ場合には、 その状態特有の福人格にまですり替わってしまう。 からだを駆け巡るホルモンや情報伝達物質が いっせいに切り替わる。 それは自分ではどうにも制御できないプロセスだ。 今日もそれが起こった。 ●1970年の怒れる男 長年この人格交替と付き合っていると、 切り替わる前にからだに何が起こるか、 だんだん予感が生じるようになって来る。 ああ来そうだな、と分かる。 今日もその予感が来た。 昼間、いつものように庭で一緒に食事をし、 暖かい秋の日差しを受けて午後いっぱいを過ごした。 『からだの闇を掘る』のほうのブログに、 新しい章を書き上げられたので、機嫌がよかった。 だが、同居人と同じ部屋にいるときに 「今日はブログに一章書けたのでいい気分だ」 と言うが何の反応もない。 よくあることなので (なにか自分のことに没頭しているのだろう) と気にしなかったが、 その後も別のことを言ってもやはり何の反応もない。 それが3度4度と繰り返されると些細なことなのに だんだん不快な気分になってきた。 (あれ?おかしいぞ?) と感じたときはもう遅かった。 夕食のとき 「今日何度かしゃべりかけたのに 無視されたので気分が悪いぞ」 と口火を切ってしまった。 堰を切ったように 「人間だと思えないような無反応振りだ」とか、 「人間だと扱われていないようだ」 とかと畳み掛けるようになじってしまった。 私は言葉で人を攻撃し始めるといつも 過激派学生時代のように 相手をぺしゃんこにしてしまうまで止まらなくなる。 同居人は驚き言葉を詰まらせて 何もまともなことを言い返せなかった。 「だとしたら、よほど私の状態が悪かったのでしょう、 それを察してくれないと」 などと、とんちんかんなことを言い返す。 それがまた、私を憤らせた。 すぐ謝ってくれれば気も収まるかも知れないのに、 これでは腹が立つばかりだとこじれてしまった。 ひとりで屋上へ行って 寒くなるまでハンモックに乗って月を見た。 そのときもまだ自分の中の誰が 出てきていたのか分からなかった。 いまここで、書いていると、 どうやら学生時代の反戦活動家・山沢夙らしい と推測でき始めた。 だが、彼が出て来やすい状況はなにも思い当たらない。 こういうふうに、 自分では理解できない人格転換が頻繁に起こる。 これが怖いのだ。 どうやら、機嫌が悪くなると出てくるのが山沢夙人格らしい。 妙に怒りっぽくなっている。 …… そうか!山沢ではなく、今故(いまこ)だ! …… 学生時代にも、人格転換が起こっていた。 いつも上機嫌の精力的に 人間解放のための革命を目指していた山沢と、 運動が行き詰りかけた1970年ごろに、 突然怒りっぽい今故という別人格が 出てきていたのを思い出した。 あの当時は人格交替が起こっていたとは分からなかった。 彼は「死ぬ気で闘う気がないやつは出て行け!」 などと当時の私の党派の部室となっていた 学生寮の部屋の壁に大書した。 それに驚いた冷静な友人がすぐに その苛立ちに満ちた私の落書きを消した。 あいつが出てきていたのだ。 あいつのことは私もよく知らない。 いつもごく短時間出てきては怒り散らし 関係を破壊するだけして、 すぐに行方をくらましてしまうからだ。 しかも最近ではごくまれにしか出てこないから予測が付かない。 だが、インドで工事し始めて 数々の予測できない困難にぶつかり始めた頃から 怒りの神経症発作と共に出てきていたのは 今故かも知れない。 今故の名前はくわしく言うと 「今故血人肉男(いまこちびとにくお)」 という。 まるで「酒鬼薔薇聖斗(さかきばらせいと)」 にそっくりの語感だ)。 あの頃の俺の中に あの13歳の中学生と同じような破壊的な狂気が 芽生え始めていたのだろうか。 俺だけではない。 当時、行き詰る国家権力との闘争の中で 追い詰められた過激派学生たちの一部、 浅間山荘に立て籠もった連合赤軍や、 テルアビブ空港で機関銃を乱射し手りゅう弾で自爆した奥平剛士 よど号を乗っ取って北朝鮮に亡命した赤軍派らもまた、 今故と同じ怒れる荒御魂症状に陥っていたのではないか。 俺はその直後からだを壊して運動をやめたが、 続けていれば彼らと同様の行動に走っていたに違いない。 あの時走らなかった俺のからだの闇には、 だが、35年後の今なお 走り出そうとしているやつが棲んでいるのだ。 私は風呂に入り、深く呼吸する。 ただ、深い呼吸を続ける以外に、 自分の荒御魂を沈静化する方法はない。 1970年代のある冬私は、 佐渡島に渡り何週間かをかけて 海岸沿いを旅した。 毎日暗雲低く垂れ込める 荒れる灰色の日本海を見つめて歩いた。 それが当時の自分の手の付けようもない 暴々の内景にもっとも匹敵する風景だった。 いまなおあの海から離れられずに 歩き続けているやつがいる。 鎮まれ ただ鎮まれ。 今日の坑道は思いもかけない時代につながった。 丸一日日向ぼっこをしながらカラスとトビと遊んだ、 安楽の日曜日の午後にいったいなぜ、 1970年から怒れる男が躍りだしてくるのだ? <今日の画像> 2002年秋、 インド、ダラムサラのチベット難民たちが主催する 「フリーチベットフェスティバル」 に招かれて踊った。 いつもからだの奥から 見知らぬ男が立ち現われる。 それが私の踊りだ。 自分でも謎だった。 その謎を解くためにこのブログを開いた。 謎は深まるばかりだ。 |
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