September 2006

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2006年9月24日

透明なブログに出会った

ヒマラヤからは、
ほかの国のことが実に遠くに感じられる。
アメリカも日本も同じくらいの遠さだ。
日本で起こっていることが、
いつも訪れるいくつかのブログや
サイトから伝わってくる。
でも、みんなそうとう日本にいることに慣れてしまって、
ずいぶん日本の情報の毒にしみこまれてしまっているのに
自分にはもう気づけていない文章が多い。

そんななかで、ひとつ
とても透明なブログがある。
『ゆめる樹――十年前の夢を覚えていますか?』
というタイトルで、
福祉の勉強をしつつ、
ダンスの修行をしている人のブログだ。
日本のダンサーにはとてもめずらしく、
社会の矛盾を見つめ、
それに心を痛めていられるさまが、
実に透明に伝わってくる。

その文章を読むだけで
ヒマラヤの私にも
いまの日本がどんなにひどくなっていっているのかが
共振して胸にひびく。

最新のエントリーには
とくに深く共振しました。

「現在の人間社会は
様々な枠・区別・差別によって造りあげています。
そこには年齢・能力・性・階級等の
無数の枠と区別と差別が存在し
人間として有能と自認する人達のために社会が構成されているようです。

格差社会は今に始まったことではありません。
昔々から膨大な数の人達が
その社会構成に
どうしようもない諦念を抱いて生きてきました。

現代社会がつくる足枷手枷を解き放とうと努力すればするほど
足枷手枷は自らの心身に深くくい込み
自分自身を現代社会の枠組みに囚われることになります。
自らが
現代社会の囚われから解放されるために
情報を探します。
けれども
電波を流し放しのテレビ・インターネット、
活字になれば嘘も誠のようになってしまう雑誌・新聞・書物等
情報はあふれているのに
自らが真に欲する情報はないのです。

だから
私は全ての情報から
自らを自由に解き放つ事にしました。
いまこの時空を
飛び交っている情報は
すべてから自由になります。

まず
この国から
しばらく解き放とうと思っています。
舞踊も
すべての舞踊理論と舞踊技術と舞踊概念から
解き放とうと思っています。
そして
本当に自分が求める舞踊を舞い踊り、
本当に自分が行きたい道を生きていきたいと思っています。」

わたしも根本的に共感する。
同じ思いで日本を脱出したからだ。
こんな澄み切った心の人と一緒に
これからの世界をどう作り変えていけるのかを
ともに追求していきたいと思う。

これからヒマラヤ共振塾は
変わっていくだろうと思う。
たんなる世界で一番深い舞踏を
創る場であるだけではなくなる。

自分を解放するために生きることが
同時にほかの人を解放することになるような、
これからの世界に本当に必要な人を
生み出していく場になるだろう。

生まれてきた生命が
誰にも否定されることなく
生きて生けるように、
世界をどうすれば何とかもっとましなものに
つくり変えていくことができるのか。

そういうことを願う人々が世界から集まって
切磋琢磨する場に変成していくのだ。

踊りも共振タッチの技法も
そういう場で磨き上げられなければならない。

2006年9月10日

クレニオセイクレルと催眠療法

ダラムサラのチベット人元政治犯の
人たちの拷問後遺症を癒すために
アメリカのシアトルから、
9人のクレニオセイクレルの技能を持つ人たちが、
来印して、治療にあたるというプロジェクトが進んでいる。
いまちょうど半分の日程が済んだところだ。
当初もっとも心配されていた、
チベット人たちが続けて治療を受けに来るかという問題は、
26人のチベット人たち全員が毎日受けにやってくるということで、
杞憂に終わったようだ。
誰もが何がしかの気持ちよさや、
効果があるという手ごたえを得ているようだ。
私もかれらから、クレニオセイクレルを受けてみた。
ちょうどゆらぎ瞑想で
超微速のゆらぎに移って、
サブボディ(下意識)モードに切り替えるときの
速度と同じゆっくりさでからだに触れ、
微細なからだの闇のクオリア流動を促す手法だ。
これなら効くだろうと思った。
触れ方のバリエーションなどいろいろ学ぶものがあった。
もともと私は自分がからだに対する手技を受けるのが大好きなので、
世界中の手技を受けて回った。
その中から下意識に働きかけるもっともよい触れ方を総合している。
クレニオセイクレルは、もっとも微細な触れ方のひとつだ。
タイ山岳民のアカ族のマッサージも
肌にそっと触れ続けるだけのほのかなものだった。
イスラエルのヒーラーのハリーの手技も
からだのゆらぎをそっと増幅するものだった。
レイキのようにまったく触れずに手をかざすだけのものもある。
生命体はもともと微細なひも共振レベルで共振しているし、
微細次元のクオリアを感じ取る力を持っているのだから、
フィジカル以外の共振を感じ取っているのかもしれない。
東洋の<気>とは、
そういう未解明の不可視の相互作用をさしているだろう。
私自身にとってもこれから究明していかねばならない
広大な闇が拡がっている。

リーダーのリサは、
催眠療法もやるというので
それも受けてみた。
シアトルのジャックという仏教系の催眠療法の技術だが、
意外な導入方法を持っていた。
リサは会うなりいきなり
とうとうとその療法の理論を述べはじめた。
特異な心理学用語を多用するので対応に骨が折れる。
ルンタプロジェクトの高橋明美さんに通訳をお願いしたが、
それでも理解に四苦八苦だ。
小一時間話すうちにだんだん頭が痛くなってきた。
uncomfortableと、disturbingの違い
についての話題になったあたりで、
とうとう我慢できないほど気分が悪くなって話を中断して横になった。
すると、その瞬間を待っていたかのように、
リサは催眠的な導きをはじめた。
からだのなかの怒りを感じつづけて、
その体感のイメージを語るように言う。
それを語っているうちに、その怒りを解き、
自分の中のハイヤーセルフに会うたびに招待するという。
ハイヤーセルフなど信じない私も、
論争する気にはなれず、
まあいいやと導かれるまま旅に出た。
近所の野山の道を歩いているところを思い浮かべる。
やがて、動物の導き手が現れる。
わたしは犬を思い浮かべた。
その犬に導かれて歩いていると、
小屋がある。
ドアを開けると誰かがいる。
老人だ。
だがあまりに元型的な老賢者との出会いという
ストーリーに抵抗が生まれたのか、
老人のイメージは壊れ、
アメーバのように溶け出した。
俺らしいなと思っていると、
それはハイヤーセルフではなかったようだ。
もっと旅を続けようという。
歩いていると洞穴とかがあるかも知れない
というリサの暗示に従って、
わたしにも洞窟のイメージが湧いてきた。
今度の洞窟には長い髪と髭をのばし老人がいる。
老人になにか贈り物をしようというので、
ポケットを探すと笛が出てくる。
笛を老人に渡すとかれはそれを口の中に入れてしまう。
老人がなにか贈り物をしてくれるというので、
口にいれた笛がベルに変容して出てくる。
それが老人からの贈り物だ。
そのベルがからだに溶け込む。
黄金の光に包まれて輝きだす。
リサの誘導も手伝って、
そういう夢のようなイメージが浮かんだ。
よくあるイメージだと思うが
下意識は暗示に抵抗できない。
気づいても動でもいいやと思えてしまうのだ。
半催眠状態の中で、
おっ、このベルは共振のシンボルではないか、
俺らしい贈り物だなと気づいた。
俺はからだに共振のシンボルの黄金のベルを入れて、
ひとびとに共振のよさを伝える仕事がしたいのだという
メッセージを内なる下意識から受け取ったわけだ。
催眠から目覚めると胃の痛みも消えすっきりとしていた。
自己イメージがすっきり通った。
なかなか心地よい体験だった。
リサの催眠療法はこうして
自己の下意識との交通を促すものらしい。
自全に出会うよい手助けになる。
当初、わけの分からない話題でクライアントを混乱させ、
意識をストップさせてしまうという手口は
なかなか見事なものだった。
まんまとかかった。
私も、朝から灰柱で歩きながら
胎児になりこむ瞑想歩行続けて、
催眠を受ける準備を整えていたので、
かかりやすいからだの状態になっていたようだ。
じつは、サブボディメソッドでもよく似た手を使う。
意識では追いつけないほどの課題を
次から次へと生徒に与えて
意識など使っていては間に合わないという状態を作り出すのだ。
同時に足の裏にかかる重心のゆらぎと、
呼吸と、内呼吸による快感に同時に耳を澄ます
というような芸当は意識にはできない。
必然的に下意識モードになっていく。
世界にはじつにいろいろな手法がある。
だが、それらに共通しているのは、
日常的な自我への囚われから逃れ、
下意識を含む自全に出会うということだ。
それを考慮すれば、
あらゆる心理療法や身体療法の位置が見透かせる。
ジェンドリンのフォーカシングは、
自全の咸じる不全感に注目して
その意味を受け取ろうとするものだ。
ミンデルのプロセス指向心理学は、
そこで受け取った微細なサブシグナルを増幅し、
一次プロセス(日常体のアイデンティティ)と
それを超えて新しい自己を求める二次プロセスとが
ぶつかり合うエッジに直面させて
、エッジを乗り越えていく自全の旅を促すものだ。
野口整体は、
下意識のからだから自然に出てくる動きを増幅する活元運動や、
それを二人でシェアする相互運動を通じて、
自全と交通のよい心身を養成していく。
サブボディメソッドは、
それらの動きをさらにサブボディ舞踏にまで
創造することを通じて、
自己心身を一新する。
おそらく、世界中で、
これらすべてのプロセスを総合的に見通せている
もっとも透明度の高い技法だ。
上に述べたすでに定評のある優れた方法に比べ
後から生まれてきたのだから、
当然のことといえばそれまでだが。

サブボディメソッドは、これから、
生命の持つ共振と創造というふたつの本性に向かって
人々がじょじょに解放されていく道を切り開いていこうとしている。
そのためにさらに、なにをしなければならないのか?

2006年9月8日

下等動物の体感になりこむ

このごろ一日のうちかなりの時間を
目隠しをしてすごしている。
日課となっているゆらぎ瞑想も、
灰柱の歩行も目隠しをしてするのがいい。
外界を目隠しの灰柱で歩行するのはもっといい。
からだの闇の手ざわりが濃くなる。

いろいろなクオリアを咸じる。
さまざまな思いも立ち上ってくる。
このクオリアや思いとはいったいなんだろう。
人間のような高度に発展してしまった生命体を
もとに考えるのは複雑すぎる。
それを生命の原初形態から捉えなおしていくのが私の方法だ。
アメーバや粘菌も彼らなりのクオリアを感じている。
わたしはかれらの体感になりこんでいく。

すべての体感クオリアはゆらいでいる。
生きているという生命クオリアが
さまざまな方向にふくらみ、
ゆらぎ、しぼんでいく。
快不快方向にゆらぎ、
安不安にゆらぎ、
全不全のあいだを
ゆらいでいる。
アメーバや粘菌もこのように
ゆらいでいるのか。
自分自身がそういう脳も神経もない生物に
なりきったつもりでかんじて見る。
アメーバが無理なら、ウミウシでもいい。
粘菌もウミウシも、
いやなものを嫌がり、
好むものに近づいていく。
生命の根幹が何なのかをつかむには、
この下等生物へのなりこみを続けて
原生的な生命感覚を磨いていくのが
もっとも確かな道なのだ。

人間の脳のニューロン細胞は粘菌そっくりだ。
ニューロンが伸びていくつものつながりを作っていくのは、
粘菌同様、おいしい物質に誘われて伸びていく。
最近の脳科学はその物質を
神経成長因子(NGF)と名づけている。
脳の中に新しいネットワークができるとき、
ニューロンの到達すべき標的部位が
神経細胞の生き延びに必要なNGFを分泌する。
それがニューロンを引き寄せて伸張させているという
精妙なプロセスが解明されつつある。

私たちは脳で感じていると受け取っているが
脳の個別の現場では粘菌そっくりのニューロンが咸じている。
私が粘菌になりこむ修行を長年続けてきたのは
クオリア発生の精妙な現場を咸じられる
高性能なからだになるためだった。
いまから振り返ってそういえる。

人間が何かのクオリアを感じているときは、
脳内のニューロンループが、
連結発火していることまでは分かってきている。
だが、なぜ、ニューロンループが連結発火すると
クオリアや思いがわきあがるのかは
誰も解明していない。

脳のニューロンになりこむと、
ニューロンループの発火によって
微細次元で励起し続けている
ひも共振ループになんらかのしかたでコネクトすることで
クオリアを咸知することができているのだという感触がつかめ

る。
わたしたちが色鮮やかなクオリアをこんなに
すぐさま想起できるのは、
どこか外部記憶装置のようなところで振動し続けている
ひも共振に触れられるからではないか。

だが、それを証明するのに何百年、
何千年かかるか分からない。
それほどひもの世界はまだ人間の科学力にとって
近づきがたいほど遠く、微細なのだ。
だが、クオリアや思いはすぐ手元にある。

そんなことを思いながら灰柱で歩いた。
いつものように壁についた。だが見ればなんと
90度以上も湾曲して歩いていた。
まったくそれが感じられなかった。
方向を咸知するからだの原生覚が
思考によってお留守になっていたのだ。

休みの練習場に
近所のルンタハウスの日本レストランで働く
直子さんとその子供たちが遊びにきた。
インドで生まれ育ったチュニとチカだ。
かくれんぼをしようというので
目隠しをして歩かせた。
すると、9歳のチュニと5歳のチカは、
物怖じもせず普通の速度で歩き出した。
大人ではこうはいかない。
いきなり視覚を奪われれば
おっかなびっくりのへっぴり腰になる。
だが、子供たちは視覚などなくても
自分がどう動いているのかが分かる原生的な感覚を
たっぷり持っているのだ。
いつのまにそれを失ってしまうのだろう。
失わずに大きくなる道もあるのだろうか。
子供と原生覚の関係は興味深い研究領域だ。

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