| 2007年 |
| 2007年11月17日 ●80年代の愛聴盤に入っていた! 昨日の記事ではラッセル・ワルダーのことを 初見の人のように紹介した。 だが、夕べ遅くCDの棚から「ウインダムヒル・ベスト’86」 というCDを手にとって見て驚いた。 なんと、3曲目にラッセル・ワルダーとアイラ・スタインの 彫刻という曲が入っている。 アーチスト名を確認することが今までなかったが、 このアルバムは80年代のコピーライター時代に、 仕事をしながら最もよくかけていたものひとつだ。 十年一昔という。30年前だから三昔だ。 生き方がころっと変わった私にとっては 日本での仕事時代は前世の悪夢ように感じられる。 80年代はウインダムヒルが日の出の勢いで出てきた時分で、 これらの曲にはどれだけ癒されたか知れない。 秒を刻む仕事の超多忙な切迫する時間から来る苛立ちを すべて吸い取り別次元へ連れ出す不思議な力を持っていた。 おそらく、何百回も聴いた。 今日も聴いてみて、からだにしみこんでいるのが分かった。 ラッセルとは長い縁のある人だったのだ。 下記をクリックしてお楽しみください。 30年のときを超えて、いまヒマラヤで聴いても癒されます。 |
| 2007年11月16日 ●マオリ・Tuhoeの人々の闘い ラッセル・ワルダーがマオリ族Tuhoeの歌手フィリマコ・ブラックの 「Kura Huna」というCDを制作したという記事から、YouTubeで検索すると、 彼らがもう百年以上も先住民の生存権を取り戻すために闘っていることを知った。 衰弱体の舞踏は、死者、狂者、障害者、公害犠牲者、先住民など、 世界中で虐げられている人々すべてと共振する。 わたしは長い間、世界中の先住民との共闘を実現したいと思ってきた。 アメリカで散々な目に遭ってきたネイティブ・アメリカン、 ほとんど滅ぼされたアマゾンの先住民ナンビクワラの人々、 オーソトラリアのアボリジニ、ニュージーランドのマオリの人々、 シベリア、チベット、インドで独立戦争を続けているナガ族の人々、 私の知らない人々がまだまだいっぱいいる。 私は彼らと根底的な共振を求め続けるだろう。 |
2007年11月16日![]() ●ラッセル・ワルダーについて 下記の記事ではラッセルのことを無名の人かと勘違いしていた。 ネットで検索してみて、分かった。 ラッセル・ワルダーは、William Ackermanや Michael Hedgesなどとともに 初期ウインダム・ヒルの黄金期を築いた有名な音楽家だったことを。 1980年代のある時期わたしは、仕事に疲れた神経を ウインダムヒルの透明なサウンドにずいぶん癒してもらった。 ほとんどすべて聴いてきたつもりなのに、 ラッセル・ワルダーの名は今日まで知らなかった。 すれ違いというものはあるものだ。 でも、あれから30年たってより深く出会えたことになる。 2006年にノマド・ソウル・レコードというレーベルを作って ニュージーランドのマオリ・Tuhoe族の歌手のCDを制作するなど 独自の活動を進めているようだ。 下記の彼のサイトに行けば彼の長い音楽歴の中から 各年代の代表的な曲が楽しめます。 ラッセル・ワルダーをもっと聴く ラッセル・ワルダーのCDを見る ラッセル・ワルダーの活動を知る |
2007年11月10日 ●ニュージーランドからの生命共振 昨日一枚のCDがニュージーランドから届けられた。 ノマド ソウル レコードの ラッセル・ワルダーという音楽家からのものだった。 「サイトを見て共感したので音楽を贈る。 いつかいっしょにやりたいね」 というものだった。 手紙を読むとかつてないほど、 私たちの考えが深く共振しあっていることが分かった。 見知らぬ人にこんなに深く理解されていると感じたのははじめてだ。 もともとノマドとリゾームは双子の兄弟だから、 出会う前から共振していたのかもしれない。 週末の打ち上げで、生徒と一緒にCDを聴いた。 心に深くしみこむ音楽だった。 何度か聴いているうちに、この音楽が 生命と生命の共振のゆらぎを深く掴んでいるからこそ、 こんなにも深くしみこんでくるのだということが分かってきた。 生命共振のゆらぎとはなにか? 次のマークをクリックして 彼の透明なサウンドを楽しみながら感じてみてください。 |
| 2007年11月7日 ●老国語学者大野晋の慧眼に快哉! いつも行きつけの橋本大也の『情報考学』で、 大野晋の新刊『日本語の源流を求めて』(岩波新書)の 紹介を読んだ。 大野晋の日本語タミル語起源説が紹介されているが、 何度か南インドを旅して発見したこととあまりに 響きあうことが多いのに驚いた。 わたしも南インドの山奥に住む山岳民が、 自転車でグルグル走り回っていると聞いて驚いたことがある。 ほかの部分は英語だったが、ぐるぐるのオノマトペだけは 現地語で言ったのだが、日本語そっくりの用法だった。 この間、「今日のひらけ」にも書いた注連縄にも触れている。 「 日本語とタミル語は文法も単語も共通点が非常に多い。「やさしい」「たのし い」「かわいい」「にこにこ」「やさしい」「さびしい」「かなしい」など の感情を表す言葉までほぼ同じなのである。 さらには日本的情緒の代表格「あはれ」までタミル語に同義でみつかるのだ。 日本固有と感じられるものが実は南インドからの伝来のものであったというのは衝撃である。 たんぼ、あぜ、うね、はたけ、あは、こめ、ぬか、かゆなどの水田耕作に関 係する設備や労働の呼び方も共通している。著者の現地調査によれば、似て いるのは言葉だけでなく風俗習慣もまたそうであった。タミルには注連縄や 門松まである。 」 私が子供のころへっついさんと呼んでいたとそっくり同じかまどにも 南インドの山岳で出くわしてたまげた。鰹節まであった。 彼らはいまだに塩魚と漬物とかゆの朝ごはんを食べている。 古代日本人は南インド人と同じ石神さまを拝んでいた。 こういう、日本文化の基底だと信じていたものが南インドで見つかると、日本文化の固有性はいったいどこまで底が割れていくのだろうというめまいに似たものを感じる。 だが、もっともっとめまいを続ける必要があるのだ。 人類の文化はすべてつながりあっている。 国家という固定観念の枠を消し去って、 すべての人類の文化の関係が透明に透けて見えるまで。 大野晋は今年88歳という。 生涯をかけて磨きぬいた彼の透明な眼に快哉を贈る。 |