July 2006

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 2006年7月
2006年7月31日

●ヒマラヤ共振日記に戻す

この日記のタイトルは、やはりもと通りの「ヒマラヤ共振日記』に戻すことにした。共振のほうが、より包括的に物事を取り込める。原生覚は大事だが、角度が狭いので、なかなか書きにくい。フレキシブルに変えられるのが、自分ひとりでやっていることの最大のメリットだ。超スピードで生きていると、人と会議して合意するというような時間を取ることができない。何もかもが刻々と変わっていくからだ。かつてマルクスが取り出した。パリコミューン4原則だ。谷川雁が、大正炭鉱の行動隊で見つけ出した行動原理もこれだった。だが、今頃こんなことを書いても共振できるひとなどもう数えるほどしか生き残っていまい。たとえ生き残っていても、もう私の同世代はみんな上がりの道についてしまったのか、グーグルで昔の友人を検索しても誰の名前もヒットしない。みんなみんなどこへ行ってしまったのか。

2006年7月9日

ヒマラヤ原生覚日記に改題

共振日記を、原生咸覚日記に改題する。生命論を書きはじめたので、この日記の視点も、いよいよ生命とはなにか、原生咸覚とはなにかを中心にすえることにする。生命、クオリア、原生咸覚、共振、透明などすべてはつながっているので、ひとつの巨大な謎に対してほんのすこし違う切り口で、幾重ものさざなみを起こしてにじり寄っていく。これが最近みつけた多重人格の私の方法だ。

●命は何を求めているのだろうか

近代社会がなぜ、おかしくなっているのか、日本にいては気がつかなかったことだが、人間が本来生命体として持っていた、ごく基本的な原生的感覚から疎外されていることが、もっとも根本的な問題だと、問題の全容がおぼろげに姿をあらわしてきた。

日本にいては、張り巡らされたマス情報網によって、たとえ新聞テレビを一切見なくても、どこかからニュースが伝わってくる、分厚い高度情報化社会に足の先から頭までどっぷり浸かることになる。

日本を離れてヒマラヤのような、陸の孤島に住んでみると、ようやくその分厚い情報化社会の洪水から逃れ出ることができたのだと実感できる。

ここに住む人たちは、日本人とはまったく別の生命感覚を持って生きている。もっと命の根源に近いところで生きている感じなのだ。

日本の情報網から逃れてはじめて、「自分はいったい何を一番感じていたいのだろう?」というようなピュアな問いが可能になった。

その問いを、生命ゆらぎを聴く毎日の瞑想や踊りの修行を通じて何年も深め続けてくるとようやく、生命としての原生感覚のようなものを感じていたいということがはっきりしてきた。それが一番大事なものだし、それに触れるとそれがいろんな感覚の中で、いちばんおいしいことも分かるようになった。

●<咸>じるということ

ここで感覚という言葉を使っているが、それは通常の心で感知する感覚とは異なる。心の表層ではなく、こころよりもっと深いところで、いわばからだの底で感じている生命クオリアだ。私は世阿弥にならって、この心よりもっと深いところで感じているものを<感>から<心>を取った<咸>という言葉で表すようにしている。人の心や言葉になるまえの、もっと深い生命体としての原生的感覚を指そうとすると、<原生咸覚>というような言葉を編み出さざるを得ない。略して原生覚といっているが、それは咸の世界のものだ。

共振塾に入学した生徒も、一月ほど経ってようやく、クオリアとはなにかがからだで分かるようになるようだ。こころを働かせずに、咸に触れる。なにか、心身の構造を根本的につくりかえないと、クオリアだの、原生咸覚はからだに入ってこないようだ。たぶん、日本でこれを読まれる方がいれば、そのことを考慮して読んでほしい。日本にいて、情報洪水に浸かっている限り、絶対にピュアな原生咸覚からは遠ざけられているのだということを。今日はその一言だけを書いておきたい。なぜヒマラヤなのか、は伊達ではないのだ。ここに来てからだの闇に、何ヶ月も、何年ももぐらなければわからないことがあるのです。

ヒマラヤ共振日記
 2006年
朋あり遠方より来る、また楽しからずや
晩秋のカングラ平野から、ヒマラヤを遠望する
いったいどうなっちまったんだ、日本よ!
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ヒマラヤ共振日記
共振という観点から、世界をあるがままに捉えなおす。共振したものはなんでも記述していく日記。
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リゾーム Leeの多重人格=解離性人格障害を創造に生かしていこうとする深部坑道
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