2021

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からだの闇を掘る



無限の創造性を開くからだになる

20年前にサブボディ技法は、瞑動によって意識を止め、下意識モードの心身になりこむ技法として生まれた。当初はわたし独自のものと思っていたが、土方巽の『静かな家』や『病める舞姫』(第11章参照)に取り組み続けているうちに、彼もまた、日常意識から離れ下意識モードになる方法を無限に探り続けていたことを発見した。サブボディ舞踏と、土方舞踏は同じだったことが分かった。土方も独自の下意識モードになる技法をたくさん発見していた。だからこそあんなに稀代の創造を続けることができたのだ。

闇の中を手探りで転びつつ歩を進めてきたわたしたちは、ようやく最近になって見出された<ドリーミングシェア>、<クオリアシェア>などの新しい技法を使って、土方と同じ下意識モードのからだになり、彼と同じように忘れていた幼少期の潜在記憶や細胞の生命記憶を探り出し、からだでシェアし合いながら踊りを共創する方法を確立することができた。

これは踊り手全員が土方と同質の方法でいのちの創造性をひらくからだになることを意味する。

からだの闇のクオリア流動をそのまま言葉にしようとすると、その言葉は二元的な論理的な言葉ではなく、いわば<クオリア言語>とも言うべき、クオリアの特徴を色濃く保つもっとも基礎的な言葉で表出されることになる(第7章参照)。そしてそれらのクオリア言語は明確な主語述語などの文法にとらわれず、主体が自在に変容して変容していったり、突然場面が変わったりという、夢や神話や土方の『病める舞姫』同様に自在変容することもからだでつかんだ。そう、ついにわたしたちは、長年探し求めていた<リゾームツリー技法>をからだで体現・深化することのできる方法に出会ったのだ。からだの闇のリゾーム的なクオリア流動の非二元世界と、ことばによるツリー的な階層秩序の二元論的世界とを自在に往還する<非二元=二元自在往還>あるいは<リゾーム=ツリー自在往還>を活用しながら、この二世界を旅し、いのちの無限の創造性を誰もが開けるようになった。これがこの20年間の最大の成果だ(「非二元=二元自在往還」については第4章調体八番「非二元=八覚自在往還」、「リゾーム=ツリー自在往還」については第8章2「リゾーム=ツリー」参照)。

 





いのちの創造性
いのちの無限の創造性とは何か

なぜ生命は無限の創造性をもつのか?

この40億年間の生命史の間に、生命は驚くほど多様な共振パターンを創造してきた。発生当初の原初生命はおそらくごくごくわずかなものとしかうまく共振できなかった。水やアミノ酸、ナトリウムイオンやカルシウムイオン、アミノ酸などの栄養素など、限られたものとしかうまく共振できなかった。今日の多くの細胞がもつ酸素ガスとの共振さえうまくできず、一億年以上深い海中や地底でしか生存できなかった。生命はうまく共振できないものとは、よい共振パターンを発見するまで、ただ、安全な距離をとってひたすら待つ。30億年ほど前に、プロテオバクテリアが酸素呼吸の仕方を発明すると、ただちにその仕組みは、内部共生というしかたで多くの単細胞生命に共有されるところとなった。今日のほとんどの細胞が待つミトコンドリアは内部共生していたプロテオバクテリアの名残である。

細胞生命は、あらゆるものとの共振パターンを、クオリアという形で細胞内に保存している。重力のクオリア、光のクオリア、酸素のクオリア、色のクオリア、触感のクオリアなどなどという生命記憶として保存されている。わたし達の指先が木に触れたとき、それを木として認識できるのは、細胞内部に保存された木の触感の内クオリアと、今現在触れている木の外クオリアとが同期共振することによっている。クオリアの大きな特徴は、クオリアとクオリア同士で共振することによって、新しいクオリアを創造できる点にある。

 

<象>+<ピンク>=<ピンクの象>

ためしに、象のクオリアを思い浮かべてください。そしてもう一つピンクのクオリアも。そのふたつを思い浮かべるだけで、止めようとしても勝手に<ピンクの象>があなたの脳内を歩き始めているだろう。意識によってではなく、クオリアとクオリアが勝手に<共振創発>することによって新しいクオリアが生まれる。それが生命の持つ無限の創造性の仕組みだ。

しかも生命クオリアは非二元かつ多次元時空で共振しているのでその創造の可能性は無限である。その無限の生命の創造力を開くこと、それがサブボディ技法の根幹である。

それは二元的な情報に囚われた言語思考や判断を止めることによって可能となる。土方巽があの無類の創造を発揮したのも、生命の無限の創造力の開き方を身に着けていたからである。

「解剖台の上のこうもり傘とミシンの出会い」―ブルトンによってシュールレアリズムのバイブルとされたロートレアモンのこの言葉は、意外なクオリアとクオリアの出会いによって新しい創造が生まれることを語っている。土方は1960年代に行なった無数の「ハプニング」やダダ的な実験によってその極意を追求した。そして、1968年の伝説的な「肉体の叛乱」公演の後、数年間まったく外部的な活動を停止して、アスベスト館二階の自室にこもって、からだの闇に飼育する死んだ姉との交感によって、、生死の境界、自他の分別を超える「死者の技法」を獲得した。1972年から1976年までの爆発的な創造はそれによって起こった。「疱瘡譚」、「ギバサン」、「すさめ玉」、「静かな家」などの衰弱体舞踏と、自身のソロを中止した以降、芦川羊子をはじめとする弟子に振りつけた白桃房公演で花開いた超絶的な技巧に至る創造はすべて、生命ののっぴきならないクオリア=クオリア共振が全面的に開花したことによる。



いのちの望みに従ってここまできた

いのちは、自分がもっとも創造的になることのできる場をつくって、そこで生きることを求めている。これがわたしが70年の生でつかんだいのちに関する何事かだ。いのちがもっとも望むものに耳を澄まし、それに従ってここまできた。

生まれてから45年間は、自分の命が何を生きたいのか、つかむことができなかった。頭でっかちだったからだ。意識の止め方も知らず、いのちへの耳の澄まし方も知らなかった。ずいぶんの惨憺たる暗闇をさまよい歩いた。10代から20代は、文学、美術、音楽をはじめ、ありとある芸術分野にトライして挫折した。15から20までは本気で革命を目指して、自滅した。何人もの友人が命をなくした。

20から30までは、一人暗渠に潜り、国家論、現代思想、古典思想、

植物、魚、虫、動物、エコロジズム、考古学、鉱物学、まるで狂ったように渉猟した。どの世界へ飛び込んでも、生きる場はここじゃないとすごすごと引き返さざるを得なかった。

からだのことを何も顧みずに酒を浴びていた。気がついたら狭心症、痛風、肥満の成人病の巣になっていた。30から44までは、泳ぎ走り潜り登りの山海のスポーツにからだを燃焼し命を消費しつづけた。トライアスロンを10年やって、ようやく頭が空っぽになったころに、45で舞踏者として生きる道に巡り合った。

何十年も避けていた青年期を過ごした京都に移り住んだ。すると毎夜のように死んだ友人が夢枕に立った。

その亡霊を鎮めるために、死者たちと踊る踊りを創った。

50歳から、死者たちとの踊りとともに、世界中を狂ったような勢いで踊り歩いた。疲れを知らない子供のようだった。トライアスロンで鍛えたからだのおかげだった。各地で踊りながら自分のいのちはどの地で生きたいと思っているか、自分の生きる場所を探した。

2001年、53歳で、からだが勝手に、ヒマラヤインド・ダラムサラで生きることにきめた。しずかで、世界中から面白い人が集まってくる場所だったからだ。舞踏学校・共振塾を造るのに3年かかった。途中で酷い神経症にかかった。解離性の多重人格症も本格化していくつもの分身に分裂した。

それは今も続いている。だが、今のわたしはこれまでの人生でもっとも創造的な生を送ることができている。

若いときも日々25時間、あれこれ試みていたが、毎日ここまで新鮮な創造が生まれてくる体験をしたことがなかった。いまは、毎日の授業が済めば、くたくたになって落眠する。だが、夜中にサブボディさんが目覚めて

明日の授業を創りだす。毎日、これまでにない授業が生まれていく。わたしはすでに、何千もの授業メニューを持っているが同じことを繰り返すことはない。毎日新しい授業が創造されていく。いのちと共振に関する探究も進む。わたしが創造するのではない。創造主はサブボディさんだ。毎日その旺盛さに驚かされる。(たまには休みなよ)といっても聴かない。

この創造の鬼はいったい何なのだ。いのちだとしか言いようがない。いのちがひとたび自分の限りを発揮する場を見つければとことんやる。わたしはただただいのちに追いすがるだけだ。

(おおい、待ってくれ、そんなに早くは歩けないよぅ!……)

サブボディは24時間不眠不休だから、追いつけるわけがない。

ふうふう。

これがわたしの20年続けてきた毎日だ。

 

無限の創造性を開くからだになる

20年前にサブボディ技法は、瞑動によって意識を止め、下意識モードの心身になりこむ技法として生まれた。当初はわたし独自のものと思っていたが、土方巽の『静かな家』や『病める舞姫』(第11章参照)に取り組み続けているうちに、彼もまた、日常意識から離れ下意識モードになる方法を無限に探り続けていたことを発見した。サブボディ舞踏と、土方舞踏は同じだったことが分かった。土方も独自の下意識モードになる技法をたくさん発見していた。だからこそあんなに稀代の創造を続けることができたのだ。

闇の中を手探りで転びつつ歩を進めてきたわたしたちは、ようやく最近になって見出された<ドリーミングシェア>、<クオリアシェア>などの新しい技法を使って、土方と同じ下意識モードのからだになり、彼と同じように忘れていた幼少期の潜在記憶や細胞の生命記憶を探り出し、からだでシェアし合いながら踊りを共創する方法を確立することができた。

これは踊り手全員が土方と同質の方法でいのちの創造性をひらくからだになることを意味する。

からだの闇のクオリア流動をそのまま言葉にしようとすると、その言葉は二元的な論理的な言葉ではなく、いわば<クオリア言語>とも言うべき、クオリアの特徴を色濃く保つもっとも基礎的な言葉で表出されることになる(第7章参照)。そしてそれらのクオリア言語は明確な主語述語などの文法にとらわれず、主体が自在に変容して変容していったり、突然場面が変わったりという、夢や神話や土方の『病める舞姫』同様に自在変容することもからだでつかんだ。そう、ついにわたしたちは、長年探し求めていた<リゾームツリー技法>をからだで体現・深化することのできる方法に出会ったのだ。からだの闇のリゾーム的なクオリア流動の非二元世界と、ことばによるツリー的な階層秩序の二元論的世界とを自在に往還する<非二元=二元自在往還>あるいは<リゾーム=ツリー自在往還>を活用しながら、この二世界を旅し、いのちの無限の創造性を誰もが開けるようになった。これがこの20年間の最大の成果だ(「非二元=二元自在往還」については第4章調体八番「非二元=八覚自在往還」、「リゾーム=ツリー自在往還」については第8章2「リゾーム=ツリー」参照)。



「舞踏とは?」

今のわたしは昔のように「舞踏とは何か?」という問いにはこだわっていない。自分たちとは違うやり方で舞踏を探求している人を否定もしない。みんな探求途上にいる旅仲間なのだ。いろんな道を切開けばいい。

つぎのような端的な定義によって舞踏を無限に豊かに開いていくことができることを発見したからだ。

舞踏とは誰もが美だと気づいていない未知の領域に、新たな美を発見しようとする無限の実験である。

それはわたしたちに無限の自由をもたらす。空恐ろしいほどの底なしの自由を。




サブボディ=コーボディ

サブボディ=コーボディとは何か

サブボディとは、一言で言えば、下意識のからだである。下意識の領域では、下意識とからだは、日常の世界のように、心と体にはっきりと分離されていない。そこは、自他、心身、内外、類個が分化する以前の非二元の世界だ。あらゆるクオリアが非二元かつ多次元で共振している。あらゆるクオリアが変容流動しているその世界を旅するには、からだごとサブボディになってその世界に降り立つ以外ない。生命の創造性に満ちたその世界を旅するための手段であり、いわば乗り物のようなものである。ときに地に潜り、海を漂い、空を飛ぶ変幻自在の生きた乗り物なのだ。

 

サブボディ=コーボディという大きな生きもの

はじめの頃、わたしたちはコーボディとは共振するサブボディ、群れになったサブボディであると捉えていた。だが、それは頭での理解に過ぎなかった。実際は、下意識のからだの世界では自己と他者の境界が消える。サブボディはコーボディであり、コーボディはサブボディである。わたしたちはサブボディ=コーボディとしてすべてを踊るようになった。そして、サブボディ=コーボディとなった途端、後に紹介する2019年夏の奇跡が起こった。数十人もの踊り手が突然大きな生きものに変成し、リゾーム状に離合集散しながら、ヨーロッパ中をひと夏踊りまくる事態が発生した。

 

サブボディを盟友にする

1998年にわたしがその後長く踊ることになる『伝染熱』,『死者熱』ができたとき、わたしはなぜこんな踊りが自分のからだから出てきたのか、

わけが分からなかった。わたしの意識で創ったのではなく、ある日突然からだから勝手に出てきたように感じた。踊りの展開も意識で作ったものではなく、からだから勝手に出てきた動きについて言っただけだ。自分にとっても謎から謎へ展開する不思議な跳躍に満ちたものだった。

その不思議に衝き動かされて、わたしの中の隠れた創造者としての「サブボディ」(下意識のからだ)とつきあい、今日まで20年間探索を続けてきた。

20年前にひょっこりからだから生み出されてきた伝染熱というサブボディさんは、いまもわたしを導きつづけている。サブボディから受ける贈り物はことのほか大きい。こんな無償の気前のいい存在は他にありえない。まさに生涯の「師」であり、「友」でもある「盟友」というほかない存在になった。

「伝染熱」には、わたしの生涯の敵あるいはライバルである上位自我元型のほかに、かぐや姫伝説と、わたしの生まれ故郷である和歌山の安珍清姫伝説が色濃く忍び込んできた。当時はなぜか分からなかったが、今から思えばすべてわたしが生涯にわたって真向かい続けている未解決の課題に直結するものばかりだ。母、性欲、ロリータ、革命家、コピーライターをはじめとする無数のわたしの分身、からだの闇の中の行方不明者たち、そしてエゴ。それらはまだに十分には踊りきれていない。生きている間に踊れるようになるかどうかも分からない。サブボディの踊りはそういうことすべてを知らせてくれる。サブボディの贈りものとして遠慮なく受け取ればいい。それはいのちの謎に至る道なのだ。

 

「舞踏とは?」

今のわたしは昔のように「舞踏とは何か?」という問いにはこだわっていない。自分たちとは違うやり方で舞踏を探求している人を否定もしない。みんな探求途上にいる旅仲間なのだ。いろんな道を切開けばいい。

つぎのような端的な定義によって舞踏を無限に豊かに開いていくことができることを発見したからだ。

舞踏とは誰もが美だと気づいていない未知の領域に、新たな美を発見しようとする無限の実験である。

それはわたしたちに無限の自由をもたらす。空恐ろしいほどの底なしの自由を。

 



無意識のからだで起こっている細胞間の生命共振

瞑動で無意識のからだに成り込む

サブボディ生命共振技法の根幹は、24時間瞑動しながら、からだの闇に耳を澄ますことが基本の中の基本作業だ。

瞑動とは動く瞑想、なにものかに動かされるままにに身を任す瞑想をいう(第4章)。

一日中、どんな姿勢をしているときも、からだに耳を澄まし続ける。すると静止しているつもりでもからだのどこかはつねに微細に動いていることに気づく。ごく小さな部分がふるえたり、思わぬ方向にゆらいだりする。それに身を預けてできるだけ微細にゆっくり動き続ける。

 

 

 

 

細胞間の生命共振に耳を澄ます

わたしたちのからだは100兆個の細胞からなる共振体だ。それらの細胞はたえず外界とも細胞間でも共振を続けている。

その細胞間の生命共振に耳を傾ける。

寝床でもこれを続ける。そのうち眠り込んでしまうが問題ない。目覚めたらまた続ければいい。これが瞑動という、下意識の、そして無意識のからだになりこむ技術だ。これを24時間続けながらからだの闇にどんな変化が起こるか、それだけに耳を傾けつづける。

これがわたしたちの下意識あるいは無意識のからだに成り込む方法だ。ではいったい無意識のからだでは何が起こっているのだろうか。

 

細胞生命がクオリアを交換している

21世紀に入って、とりわけここ最近の間に、分子生物学の領域で目覚ましい進展が起こった。

20世紀までの生物学の身体イメージは、大脳を中心とした神経網が身体を制御しているという樹木(ツリー)状の階層秩序に囚われていた。これは学者たちの自我が囚われている階層秩序をそのまま、身体イメージに投影下幻影に過ぎなかったことが明らかになった。

からだを構成する100兆個の細胞たちがいろいろな伝達物質を出し合って、各部の変化のクオリアを全体に伝え続けているという中心を持たないリゾーム的な生命共振ネットワークが発見されたのだ。た。20世紀ではホルモンのほか、少数の神経物質などが知られるだけだったが、21世紀に入って突然無数のクオリアを伝えるための、無数の伝達物質が活躍していることがわかってきた。その多くはペプチドというタンパク質の破片が、特別のクオリアを細胞から細胞へ伝えるために使われている。生命体の基本抗生物質であるタンパク質の破片を細胞間の生命共振に使うとは、まさに生命の底知れない智慧だと驚くしかない。

 

各細胞の間で、足が冷たい。糖分が不足している。酸素が足りない。疲れた。休憩したい。細菌が入ってきた。ガンが発生した。助けて。調子が悪い。栄養物質を送って。リンは十分だ。などなど無数のクオリアを交換している。この仕組はわたしたちの細胞生命が単細胞時代から、群体細胞を経て、多細胞生物になるに従って徐々に出来上がって来た。

内臓は内臓の変化を知らせ、筋肉や骨はその状態の変化を知らせる。

まず、臓器間でやり取りされている伝達物質が相次いで多数発見された。(その成果はNHKの「人体ー神秘の巨大ネットワーク」というタモリと山中伸弥教授が司会するシリーズ番組で紹介された。そこでは神経伝達物質は、「メッセージ物質」と呼ばれている。YouTubeで検索するとそのビデオを見ることができる。)

そこではまだ、臓器間のコミュニケーションにとどまっており、全身の細胞間で起こってる生命共振網の全貌が明らかになるのはまだ先だ。

そして、現代科学が生命共振を忘れ、物質や情報偏重に囚われている現状は誰かが突破する必要がある。「神経伝達物質」で運ばれるメッセージとは、情報ではなく、生命共振クオリアである。情報はコンピュータのような機械でも扱えるが、いのちだけがクオリアと共振できる。

(クオリアと情報の違いについて詳しくはは、次著『生命共振哲学』を待たれたい。物質偏重に傾いた現代の科学者は、生命が物質過程だけではないことを知りながら、生命とは何かという本質的な問いに踏み込むことができない。そして、目先の研究がただ分子や原子の物質的な過程に限定されている現状に疑問を抱くことができない。「現代」という大きな知のパラダイムが総じて生命への本質的な問いから目を背け、物質や情報という概念の虜になっているからである。)

 

サブボディからアンボディへ

2020年春、コロナウイルスのロックダウン中にわたしのからだに起こった20年に一回級の突然変異とは、それまでの下意識のからだにとどまらず、無意識のからだに直接成り込む方法が見つかったことにある。

わたしはヒマラヤに来て20年間、下意識のからだ(サブボディ=サブコンシャス・ボディ)に成り込む技法を探求し、世界中から集まる塾生とシェアしてきた。だが、今回見いだされた細胞間の微細な生命共振に直接耳を澄ます技法は、下意識を通り越して、無意識のからだ(アンボディ=アンコンシャス・ボディ)そのものに成り込むものとなった。サブボディからアンボディへの突然変異が起こった。突然変異によって新しいものを生むのは何もウイルスの専売特許じゃない。このアンボディに比べれば、昔のサブボディはまだまだ浅瀬にしか潜れていなかったことを痛感した。

では、この無意識のからだを存分にお楽しみください。できるだけ毎朝続けることをお勧めします。



共振塾ヒマラヤ20年の歩み    

北インドのヒマラヤ山麓ダラムサラに移住して20年になった。なぜ、ヒマラヤに来たのか。日本にいてはからだの闇に耳を澄ますことができなかったからだ。情報が多すぎて、いのちの声がかき消され、いくら聴こうとしても聴こえなかった。静かな環境の中にいのちを解き放ち、いのちが何を求めているのかに耳を澄ましたかった。

1998年にそれまで住んでいた京都の住居を畳み、それまで作っていたダンシング・コミューンという国際アーティストのネットワークで知り合った世界中の振付家・ダンサーの友人のつてをたより、世界各国で公演とワークショップの旅を始めた。ほぼ3年で20カ国ほどを回った。その旅の中で訪れたダラムサラの町が気に入った。山以外何もなかったからだ。山腹の土地を30年契約で借り、サブボディ共振塾という舞踏学校を建設した。開校して今年で15年目になる。卒業生は延べ千人を超えた。ここでは毎朝、からだを見えないなにものかに動かされるにまかせて瞑動し、からだの闇に耳を澄ますことのできる心地よい下意識モードのからだ(サブボディと呼ぶ)になることからはじめる。

古典的瞑想ではからだを結跏趺坐などに固定するが、ここではからだはなにかに動かされるままに任せる。瞑動という。意識を鎮め十分に気持ち良い下意識モードになると、からだのなかから、忘れていた意外な動きが次から次へと出てくる。それがサブボディだ。

サブボディは、いつどこでも他のサブボディと連結・分離自在なリゾームなので、ほかのひとと共振してサブボディ=コーボディとして動いたり、一人の動きになったりする。そういういのちの共振だけで踊りを共創する方法を20年間探求し続けてきた。固定的な振付家や演出家の存在は不要だ。そんなものはいのちの持つ無限の創造力に比べれば、限りなく小さく、かえってじゃまになる。いのちの創造力をフルに開くためには、個人の力を押し広げすぎないことが重要だ。

舞踏はもともと自我や自己の表現ではない。そんなものを「吐き出す代わりに呑み込んで、岩の目で睨み返す」(『病める舞姫』)、それが土方巽が求めた生命の舞踏だ。

ヒマラヤの澄んだ自然の中で徹底的に人間を脱ぎ、自己を脱ぎ捨てる。いのちからいのちへ伝わる生命共振舞踏を創出するために、それは欠かすことができない。こんなことは、日本や西欧の情報洪水にまみれた心身では気づくことができなかった。

ただただ毎日いのちに耳を澄まし、「何が一番やりたいんだい?」と尋ね続けて20年。ようやく、日常思考を止め、ただいのちに耳を澄まし続けるという生命共振技法を見出した。それは世界中の誰でもがからだひとつで芸術創造を生きることができるようになる画期的な技法だ。これから世界中に広げていきたい。さいわい世界やインド各地から多くの若者が入学を志願してくるようになった。この動きは舞踏やダンスを超えてあらゆる芸術分野に広がる<生命共振芸術>、そしてやがては社会運動や世界を変える<生命共振革命>にまで広がっていくだろう。

過去や現在のあらゆる政治運動が成功しなかったのは、自らの自我がもつ内にある階層秩序をそのままにして、それと相補的に支え合う中央集権的な階層秩序をもつ党という概念に縛られていたからだ。外側の国家や宗教が持つ階層秩序を変えるには内側の自我や関係のありかたをリゾームに変える自己革命と世界革命が同時に進行しなければならない。しずかにいのちに耳を澄ますことからはじめる<生命共振革命>だけが、世界を変える可能性を持っている。

 

2.生命・クオリア・共振

生命、クオリア、共振の謎

前著『舞踏革命』冒頭に、「生命・クオリア・共振」という3つの謎を掲げた。この実技編は、その謎へのヒマラヤ20年間の取り組みの実践的解答である。まず、3つの謎を簡潔に再掲しよう。

 

生命・クオリア・共振

読者の方々と共有したい、いくつかの問いがある。この書は、その問いをあなたと分かちあい、謎をシェアするために書かれた。

舞踏とは何かを問うことは、いのちとは何かを問うことなしありえない。舞踏とは、死者になることであり、死者になることは、いのちになることと等しい。

現代ではいのちは「死ねば死にきり」と、個人に属するものであるかのように受け取られている。わたしも、若いころはそうだった。だが、それだけでは、いのちを捉えることはできないことにヒマラヤで気付かされた。

 

いのちとは何か

1.    わたしたち成人のからだは、およそ 100 兆個の細胞からなる。一つひとつの細胞はいのちを持っている。わたしたちのからだは、100

個のいのちの共振体である。個体としてのいのちと、共振体としてのいのちは、どう関係しているのか。あるいは、いのちは物体のように誰かに所有されるものではなく、分かち持つという形で、それにいっときだけ参画できるものなのではないか。これが、いのちへの「第 1 の問い」である。

2.        個体としてのいのちは、100 年に満たないう寿命しかない。だが、わたしたちのからだを構成する 100 兆個の細胞に、「いくつですか?」と尋ねると、すべて等しく「40 億歳だよ」という答えが返ってくる。

そう、40 億年前に、地球上のどこかで生まれた原初的な生命以来、細胞分裂と種の分化を通じて、今日の多様な姿にまで生長してきたいのちは、ただ一度も途切れることなく、今日のわれわれのからだの細胞にまで続いている。

若いころに読んだ、青年マルクスが刻み込んだ一節を思い出す。

「死はたしかに個の生命を襲う残酷な力である。だが、人間は個としての存在のみならず、類として個体の死を超えて生き続ける類的存在である」(『経済学・哲学草稿』カール・マルクス)

個としてのいのちと類としてのいのちは、どう関わっているのか? 若いころに抱え込んだ謎は、70 歳になった今もなお解ききることができない。これが、いのちをめぐる「第 2 の問い」である。

3.上の問いは、人間の個と類の問題に留まらず、人間以外のいのち全体、細菌やウイルスをも含む40 億年前の生命誕生以来、延々と続いている一つの巨大な生命潮流としてのいのちとして捉える視点が必要だ。

個のいのちが尽きれば、預かり物を返すように、わたしたちはいっとき借りていたいのちを、巨大な生命潮流としてのいのちに返す。そう理解して、死を受け入れることができるようになった。だが、それで謎が解けたわけではない。むしろ深まるばかりだ。いのちとは何か。この問いは、わたしが出会ったもっとも深い問いの一つだ。まずは、読書の方々と分かち合いたいと思う。

 

クオリアとは何か

からだを構成する 100 兆個の細胞のいのちに、40 億年間生き続けているすべての生きとし生けるものを含む「巨大な生命潮流としてのいのち」に耳を澄まし続けていると、いのちはいっときもじっとしていず、たえず何かと共振して微細に動き続けていることに気づく。体感とも記憶とも夢とも想像とも妄想とも分別できない、「何か捉えがたいぼおっとしたもの」がからだの中やまわりを流れているのが感じられる。それらを総称して本書では<クオリア>と呼ぶ。<クオリア>とはいのちが共振しているものすべてを指す。いのちあるものと、ないものとを分かつのは、クオリアを感じるか否かにある。どんなバクテリアやアメーバのような原始的な生き物でも、すべてクオリアを感じ、クオリア共振を通じて生き延びている。だが、コンピュータやAIなど情報処理機器は、どんなに進化してもクオリアを感じることはできない。いのちだけが感じることのできる<クオリア>とはいったい何か? それは言語や情報とどう異なるのか?

生命体としてのわたしたちにおいて言語意識が活動する以前に、からだの闇で、からだの全細胞や脳内の神経細胞間で共振している「下意識域でのクオリア共振」がまず存在する。それを基盤に、クオリアが言語化され、言語思考が成り立っ。

クオリアはいのちにしか感じられないものだが、言語化した途端、機械語に翻訳し、コンピュータなどの機器にも使用可能な情報になる。いのちにとって、意識は極小部分でしかない。むしろ、無意識や下意識の知られざる膨大な闇の中でこそ、細胞のいのちは無数のクオリアを感じ、呼吸し、共振している。

 粘菌先生たち

生命共振としてのクオリア

この書で<クオリア>というとき、それはわたしたち人間の意識のみならず、100 兆個の細胞のすべてが感じている、<生命共振としてのクオリア>を意味する。人間だけではなくバクテリアやアメーバのような原始的な生き物のいのちも、クオリアを感じ生存のために活用している。クオリアは細胞のいのちにとって、生きるためのメインツールなのだ。

このことに気づかせてくれたのは、わたしにとってのいのちの教師「粘菌先生」たちだ。2000 年にインドに移住したとき、わたしは故郷・和歌山の南方熊楠博物館を訪れ、そこに展示してあった「キイロタマホコリカビ」のシャーレを一つ分けてもらい、こっそりヒマラヤで観察を続けた。毎夜毎夜、粘菌を眺めて暮らした。餌になる米粉小麦粉などをシャーレに入れると、一晩の間に粘菌は見事な新しい地図を創る。

 粘菌先生の毎日の創造

その動きは、当時発見されたばかりの大脳の海馬で生まれた新生神経細胞が、脳内の栄養物質に共振して脳内にネットワーク網を伸ばしていく動きとそっくりだった。粘菌も大脳神経細胞もどちらも生命細胞であり、<栄養素クオリア>を求めて日々さまよっているのだ。わたしは粘菌先生から、細胞のいのちがどのようにクオリアと共振して活動しているかを目のあたりに学んだ。クオリアとは何か、という問いは、いのちとは何かという問いと同じだけ深い。

 

共振とは何か

ヒマラヤで、いのちに耳を澄まし続けていると、細胞のいのちが外界のあらゆるものと、微細に共振していることに気づきはじめた。そしてあらゆる現象を共振として捉え返そうという、長い試みが始まった。

ここで<共振>という概念が出てきたのは、当時のわたしが物理学の「ひも理論」を読みこんでいた影響だ。

ひも理論によれば、それまでの物理学の標準理論の基礎になっている、電子やクオークなどの粒子や、重力、電磁気力などのエネルギーは、すべて微細な振動するひもの共振パターンの変化によってできている。

それを読んでわたしは、この宇宙のあらゆる物質やエネルギーが<ひも共>からなるのだとしたら、生命や生命が感じるクオリアもまた、ひもの共振パターンの変化によって生まれるのではないかという仮説を立てた。

共振には主体も客体もない。どちらからともなく起こる。そして、共振は違った二つのものを、共振によって一つにする。2 1 になったり、多が 1 になったりする。その逆も起こる。クオリア共振は意識でコントロールできるものではなく、勝手に絶えず変容流動している。数で数えられるものでもない。

これらの<いのち>、<クオリア>、そして<共振>という三つの謎を、わたしは生涯探求し続けてきた。」

そしてその問いへの20年間の格闘の末、見つけた解答がこの本になった。頭ではなく、からだで問い、塾生たちとともにからだで解答を見出してきた。




まえがき
舞踏革命 実践と理論リゾーム・リー

土方巽がひき起こした舞踏革命の本質は、世の人々が美とは認識しない、いのちの醜く歪んだ状態にさえ、絶妙の序破急を見出すことによって新たな<>を創出したことにある。その異業は人間としての自我やアイデンティティなどをかなぐり捨て、みずからいのちに成り込むことによって切り開かれた。土方はいのちからいのちへ共振によって伝わる生命の舞踏の精髄に<癇の花>を据えた。

いのちは世界中のあらゆるものと共振している。

だが、いのちにとってどうしてもうまく共振できないクオリアがある。それが<>となる。いのちはときに否応のない力で圧迫されたり、捻じ曲げられたり、毒に被爆して奇形化させられたりする。それらの<><>に転化すること。それが舞踏革命の真髄<癇の花>だ。

前著『舞踏革命』に続き、それを探求し実現するための『舞踏革命・実技編』を世に送る。それは目もくらむようなからだの闇の深淵に、いのちがうまく共振できなかった<癇>のクオリアを探ることからはじまる。

ヒマラヤの舞踏学校、共振塾でこの20年間に書き溜めた文章を練り直しまとめた。当初1500頁分もあった原稿を500頁に凝縮した。

わたしの生命共振哲学では、頭で考えたこと、気づいたことはそれが自分の頭にとどまっている限りは幻想に過ぎない。それを苦心して他の人々と共振・共有することができて初めて、いのちにとって現実的ななにかになる。わたしは20年間毎日、自分が見つけた最善のものを直ちに人々と共振共有し続けた。

生命の創造性の産婆たらんとする舞踏家の生活はとてもシンプルだ。毎日ただただ意識を鎮め心地のよい瞑動調体の方法を探り、それを塾生たちとシェアし下意識モードのからだ(サブボディ=コーボディ)に成り込む。あとはからだが動くにまかせ、何ものかに動かされるままに身を委ねる。そして毎日異なる方法でからだの闇を掘る。からだの闇からは毎回思っても見なかったサブボディが不思議な動きとともにほとばしり出て驚かされる。時々、まとまった踊りを人々の前で踊り共有する。舞踏はいのちからいのちへのリアルタイムな生命共振芸術である。

踊り終わった後はじめて、さまざまな問いや謎がどっと押し寄せる。なぜこんな動きが出てきたのだろう? どこからやってきたのか?

それらの不思議な謎を解こうとして、この20年間でいくらかの論理をつかみ出すことができた。それを総合することによって、この著の前半第1章から3章の理論部となった。叙述は理論を前においたが、実際は実践が基になっている。

もしあなたが、実際に舞踏を始めたい方なら、第4章からはじめ、からだを動かしながら読みすすめることをお勧めする。

 

いのち・クオリア・共振への問いと解答

 

前著『舞踏革命』の冒頭に、3つの問いを掲げた。 「いのちとは何か、クオリアとは何か、共振とは何か?」というわたしが懐き続けている3つの謎だ。この『舞踏革命・実技編』は、その問いに20年間ヒマラヤで取り組んだ実践的解答となっている。

いのちの謎を解くには、頭で考えるのではなくからだごといのちになるしかない。意識や自我や自分が「人間」であるという幻想をすべてかなぐり捨てなければならない。そのためのさまざまな実践的取り組みのしかたを収録した。

クオリアについては、瞑動(第4章)によってからだの闇の下意識・無意識のからだになり込み、細胞間で交わされている極微細な生命共振クオリアに耳を澄ますことが唯一のアプローチ法だ。そのクオリアを近年発見された「クオリア言語」とからだの動きでお互いにシェアしあう<クオリアシェア>という舞踏の共創技法を紹介した(第5―12章)。

共振の謎については、いのちに関するあらゆる事象を<共振>として捉え直す中から発見された<共振の次元数を増減する>という新しい切り口や、<共振リゾーム>という振付家の存在なしに、生命共振だけで共創する方法を確立した(第7-10章)。

2019年の夏、それらによって踊り手全員がサブボディ=コーボディという大きな生きものに生成変化するという、この20年間ではじめての生命共振の奇跡が起こった。この書にはその奇跡を実現するためのあらゆる方法が網羅されている。これらの成果を世界中の人々、この世界をより面白く変えていきたいと思っている人々と分かち合いたい。


 



混沌を透明化する

ここでは、すべての探求者のために、どういう危険が待ち構えているのか、いままでに分かっている現象について述べる。この書の探体章のはじめに、ニーチェの「混沌」について触れた(第6章1参照)。それはいのちの創造性の宝庫だ。その混沌とはどういう特性を持っているのか、これまでの20年の探求で解き得た限りのものを共有しておきたい。

 

非二元世界の混沌

<無方向>

命にとっての世界チャンネルとは、単に目に見える現実世界だけを意味しない。命は時間や空間を超えた無数のクオリアと共振している。そこでは、地上の世界のように定かな方向や位置感覚が働かない。どこに居るのか、まったくわからない。記憶や想像をたどっているうちに、知らないうちに現実世界から未知の異次元に迷い込んでいる。日常の現実と、異次元の現実がどこかでつながったり切れたりしている。いのちのクオリアがいつも幻現二重に共振しているからだ。

<異時間>

空間が不定形なだけではない。そこでは時間の進み方が地上とはまったく違う。一瞬で心身状態が急変したり、逆に時間が止まってしまう。

とくにトラウマに出会うと、過去の外傷体験に結びついたホルモンが瞬時に脳心身を支配し、心身がからだごと非空非時の世界に持っていかれてしまう。

<出生トラウマ>

とりわけ大きな危機に直面したときは、出生時の外傷体験に根ざす潜在記憶のクオリアが突然現在のクオリアと共振し始める。世界全部が自分を殺そうと敵対してくるという妄想は子宮収縮が始まり、生死の境界をさまよった分娩体験に結びついている。あらゆる哺乳動物はこの恐怖を通り抜けてこの世に産み落とされる。だが、けっして思い出すことはできないので、世界中のわけのわからないものに襲われているという妄想に支配される。銃乱射事件が起こるのはそういうときだ。

<不定形情動支配>

ほんのささいなことがきっかけで、悲しみがこんこんと湧いてくる。寂しさや孤独感、無力感にさいなまれる。でどころがわからないだけにもっとも厄介な事態の一つだ。だが、しずかにからだの闇を探れば幼年期の体験やそれが思春期や青年期にぶり返して強化された維持分特有の共振パターンとなっていることが多い。わたしは情動が湧きそうになると、瞬時に身を交わす。一瞬でも遅れればその虜になってしまうのを知っているからだ。

<否定自我>

自我は否定のクオリアから始まるといってよい。外界とうまく共振できない乳児期や幼児期ではまだ世界とうまく共振する仕方を知らない。非共振が起こったら、自分を守るために自分が悪いのではなく、外界のせいにするしかない。初期の頃に出会う自我はまだ可愛いものだ。非二元域に入ると、これまで正反対だと思っていたものが、渾然一体となって襲いかかってくる。大人の自我よりもっと手のかかる赤ん坊自我に振り回され、更に深みに入ると、生命力龍と名付けた追い詰められた爬虫類的生命の化物が尻尾を激しく地面にたたきつけて飛び出してくる。いのちは追い詰められれば、襲いかかってくるように感じられてしまうものを、本能的に否定して生き延びようとする。たとえそれが仲間の生まれかけのサブボディだったとしても、ひねりつぶそうとしてしまうことさえ起こる。

自己肯定クオリアと、他者否定クオリアはひとつのものである。他殺と自殺が紙一重なのと同じだ。他者や社会に対する否定的な感情が湧いてきたときは、まずは用心してすぐにはその否定的なクオリアを発しないことが大事だ。そして同時にそういう危機的状況の中こそ、それに囚われずに透明覚を開いて<自我の起源>という謎を探る絶好のチャンスなのだ。「プラスはマイナス、マイナスはプラス」、それが透明覚を開く呪文だ。

<複合して突発する>

以上の現象は個別に起こるとは限らない。無数の要素が瞬時に共振して強大化する。前に述べた投影、転移・逆転移、ドリーミングアップ、憑依、解離などが複合共振する。多数多様なホルモンやメッセージ物質が発出してからだごと変わってしまう。境地に立つとはどっちが上だか下かもわからないのに、決断しなければならなくなることだ。考えによってではなく、抑え切れない情動に駆られてからだが勝手に突っ走ってしまう。こんなときはただ動かず、他者と安全距離を保って引きこもり、瞑動して透明覚を開くことに集中する。

<異次元混交共振>

それが無秩序な混乱に感じられるのは、日常の論理が通用する分別界と、胎内にいた頃や世界と自己がまだ分離していない原初生命の非二元クオリアのような異なる論理によって動いているものが、わたしたちが創造界と呼ぶ再統合世界の中で、無法則的に混交するからだ。いのちがそれらの境界を超えて非二元多次元に共振しているものであることが頭で分かっていても、実際にその状態に巻き込まれると頭での理解など吹っ飛んでしまう。

意識なんてそんなものだ。頼りにしてはならない。通常の意識とは根本的に異なる<透明覚>を開く必要に迫られるのはそのときだ。

<深みも浅瀬もなくなる>

いのちの深みに潜るに比例して、じょじょに深い混乱に襲われ始める。そして、さらに深部の深淵にいたると、あらゆるクオリア共振が一挙同時に渾然一体となった嵐に巻き込まれる。深みと浅瀬の区別などないことが分かる。それが真の非二元だ。「魔界嵐」と名付けた。人生で三度これに巻き込まれたことがある。一度目は学生時代の運動の終息期に友人知人がどんどん命を落としていく事態の中で。二度目は十数年前の学校建設時代の神経症の中で。直近はつい先月だ。塾生が突き当たっているエッジのすべてを引き受け共振しているうちに手に負えない事態になった。自分の過去のトラウマのすべてがそれらと共振してぶり返してきた。そこでは共振増幅によって一挙に共振加速される。この2つの共振概念はその中でつかんだ。転んでもただでは起きないのがわたしだ。何もかもが一瞬で起こる。意識できる速度よりはるかに速い。一挙にアドレナリンモードのからだに持っていかれた。「魔界嵐のメンゲン」だ。これは命のクオリア共振が勝手に引き起こすことなので意識などではどうにもならない。自我・自己・他者・世界・生命の混然一体化した混沌体は、時に世界さえ爆破して同時に自分も抹殺しようとする。そういう気配を感知したときは、ただ他人に無用の害をあたえないように即刻自室に引きこもり適切な安全距離を保って瞑動に入ることが最善の対処法だ。

世界と自己の境界が消え、自我と生命の境界さえ消える。自我と自己と生命を分かつ定義など吹っ飛んでしまう。知性など何の役にも立たなくなる。

おそらく遠い遠い生命史のどこかで危機に直面したいのちが発明した自我という元型の起源が紛れ込んでいる。そのあたりに連れ戻される。生命と死もまたそこでは渾然一体化する。意識にはとても耐え切れない世界に突き落とされる。あらゆる二元的な境界がなくなる。これが非二元域の混沌の実態だ。

 

嵐のなかの透明覚

おどり・もつれ・からみ

踊っている最中、そして、人間関係のもつれ・からみ、世界チャンネルの嵐という3つの特異な状況のなかでは、あらゆるチャンネルのクオリアが、時間・空間を超えて、多次元的に重層共振する。この書で最初から書いている<クオリアの非二元かつ多次元共振>の本当の意味がからだで分かるのは、その時だ。産婆はいわば嵐の中の澄んだ瞳のように、その中で透明覚を開かねばならない。人生で最大級の困難な課題だ。例えば、失恋や裏切り、関係や自然の災害に襲われたときに、なお情動に囚われず、内に50%,外に50%開いた透明なまなざしで、起こっている現象のすべてを、ただ、純粋なクオリアの共振として見透すことができるかどうか。産婆としての最後の試練はその一点に掛かっている。

 

投影、転移・逆転移、ドリーミング・アップ

人間関係のもつれ、からみという特異状況の中で起こることも、クオリアの複雑な多重共振による。

通常の心理学では、投影とは、自分のからだの闇の不快なエッジ・クオリアを他の人に属するものだと勘違いして、他の人に不快を感じる現象だ。

だが、それは意識して投影するものでは決してない。自分の中の否定的なクオリアが勝手に相手のクオリアと結合共振して一つに共振結合する。それを意識は相手がその否定的なクオリアの持ち主だと取り違えることによって起こる。

転移とは、現在の関係のなかに、忘れ去られていた古いトラウマチックなクオリアが、再現されてくることだ。これも現在の関係のクオリアに重層して、過去のクオリアが二重共振する現象だ。たとえば、父親や祖父、過去の男性教師とうまく共振できなかった女性は、過去の男性への憎しみを、今の教師や治療者にたいして感じる。ただクオリアの二重共振が起こっているだけなのだと、それを透明に見透かすことが、その転移共振に囚われない唯一の方法だ。

逆転移とは、クライアントや生徒の転移に触発されて、教師や治療者のなかに潜む過去の問題が現在の関係のなかにでてくることだ。こういうことは実に頻繁に起こる。日頃から、踊りの中で、現在のからだの動きのクオリアに、過去の忘れていたクオリアが重層共振していることに透明にきづく眼差しを育んでいれば、なんなくそれが転移や逆転移であることが透明に見えてくる。だが、人間関係がもつれ、絡んだときは、大概激しい情動クオリアに襲われて、心身状態が怒りや憎しみに囚われてしまうので、その中で透明覚を開くのは並大抵のことではない。

ドリーミング・アップとは、ミンデルの用語で、自分の夢想のなかに他の人を巻き込んでしまうことだ。とくに、特定の異性に恋愛感情を抱いたとき、下意識ではその異性との幸せな関係を夢想し、自然にその夢の中に相手の人を導き入れてしまう。それも自分の恋愛感情のクオリアと、現実の相手のクオリアが勝手に頭の中で二重共振することによって起こる。問題は、自分の頭の中で起こっている自分勝手な妄想と、現実の人間関係が混合し、さまざまなズレや誤解に遭遇するときだ。これは通常の恋愛のプロセスでごく普通に起こることなので、誰もが経験している。問題は、恋愛関係の中では、さまざまな性ホルモンやメーッセージ物質によって、からだが物理的に通常のモードではなく、生殖モードに変成しているので、それを見透かすことができなくなることだ。恋愛・生殖モードでは、性ホルモンやドーパミンやベータエンドルフィンなどの快感ホルモンが心身を心地よく捉えてしまうので、そのモードに逆らえなくなってしまう点にある(ホルモンやメーッセージ物質については、第2章「からだの闇の多次元パズルを解く」、第6章3「あらゆる性を生きる」参照)。

注意しなければならないのは、以上のような既成の心理学の概念は、治療者と被治療者が画然と区別されている非対称的な心理療法の世界で生み出されてきた概念である点だ。だが、治療者と被治療者の区別は社会的な制度にほかならない。その制度によって生命共振が歪められて捉えられている。本当の命の世界には治療者と被治療者の区別も階層性も存在しない。以上に紹介した事例はすべてクオリアの多次元重層共振のバリエーションにほかならない。何度も繰り返すが、共振には主体も客体もない。どちらからともなく起こるものだ。

創造の場では、これらの現象をすべて自然な生命共振のバリエーションと透明に捉えて、うまく共振できる方法を探ることが大事だ。

ただ、そうそう簡単にはいかない。クオリア共振は日常世界とはまったく違った想像もつかない振る舞いをするからだ。それを列挙しておく。

 

 




癇の花を見逃すな

ある日わたしは産婆として大きな過ちを犯した。自我を十分に鎮め切れずに、週末の劇場を交通整理するという役割に囚われて、一人の塾生から生まれかけていた癇のサブボディを流産させてしまったのだ。

癇とは、間の病、生命共振の病である。なにかとうまく共振できない病が膏肓となって心身障害・変形にまで嵩じた状態を指す。からだの闇から癇のサブボディが生まれ出ようとするときは、ほとんど息も絶え絶えの身動きもできない生死ギリギリの状態で姿を現す。それはあらゆるサブボディの中でも、もっとも衰弱の極の醜い死にかけの姿で出てくる。日常の意識はそのあまりのおぞましさ・みじめさに目を当てることができず、無視し、排除しようとする無意識の衝動に駆られる。ある週末の石庭劇場で、多くの生徒が狭い舞台でひしめいていたとき、それを交通整理しようとしていたわたしを襲ったのもその激しい否定衝動だった。石庭劇場とは共振塾の用語で、全員が石庭のなかのひとつの石となる。ひとつの石は龍安寺の石庭がそうであるようにそれぞれの宇宙を体現する異次元に属する。舞台上に多数の異次元が開畳する多次元共振劇場のことだ。一人の塾生がとりわけ深いサブボディモードに入り、時間も空間も忘れてどっぷりその中に浸っていた。次から次へと激しいサブボディがからだの闇から噴出していた。90分を予定していた石庭劇場の中で、彼女は一時間以上も踊り続けた。60分を過ぎた頃から他の生徒も待ちかねて舞台に上がり、70分頃には多くの踊り手が狭い舞台でひしめく混雑状態となった。見ると一人の新入生がまだ出そびれていた。(このままでは今日この生徒のサブボディが誕生できないまま流産してしまう・・・)と危惧に駆られたわたしは、思わず声を発した。「他の人にも空間を与えるように。2,3分のうちに終わりを見つけなさい」、と。これは練習ではよくあることだ。だが、癇のからだになりきっていた彼女は舞台の隅にうずくまったまま動かなくなってしまった。「自分の姿を外から見てみよ! 空間を占拠するな!」と怒鳴りつけた。だが、そのときわたしが怒鳴りつけたその対象とは、まさしくわたしたちが追求しようとしていた「癇の花」へのなりかけそのものだったのだ。わたしでさえ、はじめて目にする癇のサブボディのあまりの目も当てられぬおぞましさにたじろぎ、それを思わず排除しようとしてしまったのだ。その途端、その生まれ出ようとしていた癇のサブボディは死んだ。その塾生はショックのあまり、荷物をまとめて走り出ていった。わたしがこの大きな過ちに気づくまでに一週間かかった。それほど、癇のサブボディはそれ以外のサブボディとは様相が異なる。これから産婆となるだろう人には、それを知っておいてもらいたい。

 

癇の花とめんげん

<癇>を踊ろうとするとき、知って置かなければならないことがいくつかある。第一は<エッジ>だ。からだの闇の旅では、誰もが最初に出くわし、打ちのめされるのがこれだ。これまでも、<癇>に触れようとするときのエゴの拒否反応としての<エッジ>に対応する<エッジワーク>については何年も探求してきた。その第二は<めんげん>についてだ。<めんげん>とは、伝統的な指圧や鍼灸、漢方などで古くから知られている必然的な生命反応である。治癒過程で、いっとき、古傷が痛み出したり、症状が悪化したり、発熱、悪寒、悪夢、耐え難い情動など心身の変調が出てくる過程的現象を指す。サブボディ=コーボディを支援しあう共同産婆になるには、とくにこの点に留意し、めんげんが出てきたときに驚かず、最適の対応ができるように経験を深めていってほしい。一例を述べよう。

この夏、スイスで一ヶ月のワークショップをした。その最終週にひとりの男性(Aさん)が参加してきた。彼は、20年前に事故で背骨を骨折し、いまでも第二胸椎が2センチほど右にずれている。でも、そのからだでも<癇>を踊ろうと懸命にからだの闇に耳を澄まし、出てくる動きに従い、果敢に増幅した。それは、ものすごい呻きとともに始まった。部屋の隅に立ち、角に頭をつけて斜めに突ったったまま、すごい埋めき声を出し始めた。身障者にしか出せない耐え切れない切実な声だった。それから、痙攣的な幾つかの動きが出てきた。彼のからだはいわば全身がねじれたまま凝り固まった<癇>なのだ。その<癇>から20年間耐えに耐えたサブボディがはじめてほとばしり出てきた。これまでそれほどまでに胸に来る動きには出会ったことがないほどの輝きに満ちていた。場にいたほかの参加者も全員がその迫力に打たれた。終わったあと、わたしは彼を励まし、すごく良かった、これを深めるようにといった。彼もそうしたいと言った。だが、その夜、かれのからだのあちこちから激しい痛みが出てきて、一晩中眠れなかったという。典型的な<めんげん反応>だ。わたしはソファーに横たわり、動けなくなったAさんに全身指圧を試みた。背骨は第二胸椎以外も、微妙に左右にずれている。そしてもっとも痛みが酷いという左足に触れてみて驚いた。腿の裏の大腿二頭筋がまるで骨のように凝り固まってしまっている。第二胸椎で右にずれたからだのバランスを取るために

大腿二頭筋が20年間も収縮して骨盤のバランスを取ろうとしてきた結果だった。せめて当座の痛みが軽減するようにと、わたしは指圧の師の遠藤喨及氏がわたしの腰痛を治療されたときの一挙一動を思い浮かべ、師にならって彼のもっとも深いツボを探って指圧を施したが、わたしの指圧能力では歯が立たなかった。わたしができたのは、左足の裏の筋肉が緊縮してしまっているから、毎日そこを揺らぎながら伸ばす調体を毎日続けるようにという示唆だけだった。20年間緊縮し続けた筋肉と骨格の歪みを正すには長期間のリハビリが必要だ。産婆として、そのひとにもっとも適した日々の調体法を伝授するのも重要な役目である。ただ、指圧の世界は底なしに深い。師の喨及さんなら、当座の痛みを和らげるぐらいなんでもないのに、と自分の指圧力の未熟さが歯がゆくてならなかった。もっと精進しなければならないと痛感した。<癇の花>を踊るために産婆しようとするものは、必然的にともなう<めんげん>に対する的確な処置力をあわせ持つ必要がある。とりわけ心身障害者の人の癇は長期間で凝り固まった心身の癇に変貌している。そして障害のありようは、一人ひとりでまったく異なる。とりわけ心身の結びつきや結ぼれ方は千差万別、無限の多様性がある。それに対応できるようになるには無限の経験を深めていくしかない。とりわけ、あらゆる症状に対応できる指圧や共振タッチ、自己治癒のための固有調体・探体・癒体の技法を深めていかねばならない。これらを総合して、サブボディ技法は、調体、探体から創造(創体)と自己治癒(癒体)を含む<生命の共振技法>として統合されていくだろう。からだの闇は降りれば降りるほど、まだ手に負えない深い闇が待ち構えている。だが、この闇に取り組むことができるのは最大の喜びだ。

 

 



内なる革命

24時間の内なる革命

サブボディ・モードに入ろうとするとき、塾生が最初にぶつかるのは、下意識からしきりに日常的な思考が湧き上がってくることだ。その思考は、良い悪い、正誤、内外、自他、敵味方、美醜などの二元論的判断に拘束された日常思考は、非二元=多次元の生命共振の次元数が著しく減少した低次元思考だ。生命の生きるクオリアの世界は上下も善悪もない、多次元変容の世界なのだが、二元的な常習思考によって、そのあるがままの世界に入ることを妨げられる。サブボディプロセスでは、日常体のたがを一つ一つ外していく。原生体に出会うときは、からだのなかのもっとも低い生命傾向に身をゆだねる。とろけたいとか、なまけたいとか、這いずり回りたいとかというみっともない動きを探す。だが、まず、美醜を判断し、引き止める知性人が顔を出す。「お止め、みっともないことは。あなたは人間でしょ」最初の美醜・善悪・正誤に守られた「人間関門」だ。均整の取れた顔の奥に潜んでいる、サブ人格に出会い、異貌体に出会うときにはさらに激しくなる。胸や腰の秘関を動かして,奇妙な体型になり、顎や口や目をゆがめて、これまでしたこともない顔をする。だが、最初のうち塾生徒は顔ひとつ歪めることができない。日常体に張り付いた左右均整の取れた知性的なペルソナをなかなか外すことができないのだ。それを外そうとすると、かならず、あれこれ判断して言い立てる自我が止めにかかる。「止せ、みっともないことは」「馬鹿げた世界だ。今お前が入っていこうとしているのは」「だまされるな。なにか悪い仕掛けが待っているかもしれないぞ」「いやなことなどすることはないんだ。自分を守れ」「醜い自分になど出会う必要はない」まあ、ありとあらゆる理由が雨あられと降りかかる。自我は自分が支配できない影や副人格の世界に入るのを強力に妨げる。そこは怖い異境だと思い込んでいる。この関門で引き返していった生徒も随分いる。まだ、サブボディ共振塾に入る時期ではないのだと見送った。引き返してから、しばらくして戻ってくる人もいる。それを乗り越えて、いろいろな自分に出会う楽しさを知るまでには随分時間がかかる。それを通り過ぎれば急に自分の中の風通しが良くなるので分かる。だが、その世界に入り、なにか新しいことをしだそうとすると、かならず、いやな批評家が出てくる。シニカルに批評し、面白くないぞ、美しくないぞ。全然だめだ。お前には創造力がない。などと容赦ない言葉を浴びせて自分をぶっ潰しにかかる。なにか、未知の世界に飛び込もうとする勇気ある少年が出てきたときには、その少年の意気をくじく、老婆心の塊のような人がでてくる。お前にはまだそれをする準備ができていない。無責任なことはするな。人を巻き込んだらどうするつもりだ。などと、ありとあらゆる言葉で脅して引き止めようとする。その次は、からだから自我を去る恐怖に襲われる。通常日常自我は、自分のからだを支配しきっているつもりになっている。ところが、自我を止め、からだから勝手に出てくる動きに身を任せようとすると、自分を失っていくような強烈な不安に囚われる。どこか別世界に連れ去られていくような感覚がする。自分ではなくなる恐怖が湧く。もう、帰ろうと後じさりするやつが出てくる。ここを通り過ぎると、生命が共振しているわずかなクオリアを捉え、ありとあらゆるクオリアが訪れるのをそのまま受け入れ、それらに身を預けて動けるようになる。憑依体だ。この快感に触れ、憑依体を制御することができるようになれば、何だ、何一つ恐れることはなかったんだと気づく。失うものは何一つない。逆に、これまで自分のものとは思っていなかったさまざまなクオリアが次々と自分のものになっていく。このプロセスは命の全域にまで膨らんでいく。自分の中のほかの人格や、障害者のひとだけではなく、他の動物や、もっと遠い下等生物へ広がる。動物だけではなく、植物の、静かなクオリアにも触れることができる。やがて、生命は生きとし生けるものだけではなく、死者とも共振しているのを知る。以上のような思考や判断はわたしにもしょっちゅう訪れる。いつもは慣れているので、またねとやり過ごすだけでいい。だが、新しい試みを実験するときには強烈な批評家や老婆心の大群が押し寄せてくる。恐ろしい自己否定の圧力に見舞われる。

どうして、平和に生きている若い塾生に醜い障害者や怖い死体になれと押し付けるのだ。機嫌よく探れるサブボディではなぜ不十分なのだ。そんな動機が塾生自身から出てきているのならいいが、お前が勝手に誘導しているだけではないのか? お前一人の趣味のために、塾生を利用しようとしているのではないのか? お前の隠された振付家としての野望のためにかれらを使おうとしているのではないのか?わたしの超自我は長けていて、わたし自身の論理をことごとく逆手にとって責め立ててくる。サブボディのなかから自発的に出てきたものでないとだめだという、思い込みがわたしの中にある。だが、サブボディからでてくる気配は、あまりにかすかで、なかなかキャッチできるものでもない。だが、これまで、そろそろ頃合だろうと提案したものは意外とすべて塾生は受け入れてくれた。わたしのなかの老婆心的な危惧のほうがいつも過剰にわたしを引き止めてきていたことを知らされる。このほかにも書ききれないほどの無数の障害が日々訪れる。わたしの自我は激しく葛藤する。なんでこの面白さが分からないのだ?! だが、生まれてこようとするサブボディは胎児であり、胎児の示す反応は、無垢なので問題があるとすればすべてわたしにある。問題が起こったときは100%、産婆であるわたしが提起する調体法が不十分であることが原因である。けっして人に責任をなすりつけることができない、それが産婆の宿命だ。不断の自己革命が必要とされるゆえんだ。

 

24時間の産婆

一日24時間中、塾生たちのサブボディ=コ―ボディを思い出し、半眠半覚のドリーミングモードで「次は何だろう?」といのちに聴き続ける。すると面白いように毎日、わたしのサブボディは新しい実験の目覚ましいアイデアを思いつく。共振塾は従来の学校がもつ「教師 - 学生」というツリーシステムの革命を続けている。すべての塾生は共同研究者としてお互いのサブボディ=コ―ボディの誕生のためのよき産婆となり合う。未来社会の萌芽形態でもある産婆リゾームの共同体を築くことを夢見ている。

 

Kazuo Ohno Butoh Soundtrack The Electereo 


大野一雄と土方巽





最後に大野さんにお会いしたのは、1997 年ごろの大阪公演だ。公演後大野さんは会場の出口に裸で立ち、観客に挨拶してくれていた。

 

日本を離れようとしていたわたしは、おそらくこれが最後だろうという気持ちで、大野さんのからだを抱きしめた。子供のように小さいからだだった。今日はそれから 15 年、大野さんも今ごろは冥界でクラゲとなって、旧戦友たちと泳いでいるだろう。

 

大野さんにまつわる、幾つかの思いを垂れ流す。

 

 

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大野一雄のボトム

 

大野一雄は、不幸な誤解にさらされてきた。

 

好意ある追従という誤解に。

 

大野一雄さんの写真の中から、あえて一般に流布されている、両手を上げて空に広がっている写真以外のものを集めた。

 

どうか、これらをいのちの目でとくと味わって欲しい。大野さんのあの独特の極めポーズだけが世界に流布し、あたかもそれが大野さんの舞踏スタイルでもあるかのような誤解がひろがっていることに、長い間強い危惧を抱いてきた。西洋の大野さん系の舞踏家から影響を受けた人々の舞踏スタイルも、多かれ少なかれ、その流布された写真ポーズか

 ら影響を受けている。

 

それを見るたび、身を切られるように辛くなる。

 

 

何と文化は伝わりにくいものか、と。

 

それはたしかに、大野さんの踊りの中の花の一つには違いないだろう。だが、花が花だけで花になることはありえない。花は目には見えない暗闇の中の、秘密や謎に支えられてはじめて花となるのだ。大野さんは踊りの中で、膝から下の世界を模索し、死者と

 

対話し、生死のエッジとま向かう中から、最適の瞬間をつかんであのポーズをとったのだ。

 

134


大野一雄の息子の義人さんはいう。

 

「『膝から下の世界』という世界を一雄はもう一つ持っている。そこにもう一つの宇宙がある。

 

『膝から下の世界』というのは大事です。モダンダンスなんかでは、上に、重力に逆らってというふうな思いが強いでしょう。一雄の場合は、本人がそう感じたとき、反対に落下します。その時の落下する速度は凄いです。あっという間に床に行ってます」(『大野一雄 魂の糧』)

 

だが、写真家にとって、うつむいて膝から下の世界をまさぐっているような図は、おそらく絵にならないと判断されたのだろう。謎や秘密に触れているみすぼらしい姿の写真など数えるほどしか撮られていない。

 

その写真家の美意識や判断が、大野さんの舞踏の世界を歪め、上滑りの「BUTOH」のイメージを世界にまき散らしてしまった。

 

大野一雄の舞踏のもっとも深い花と謎と秘密は、そこにあるというのに見過ごされてしまう

 

こととなった。

 

その誤ったイメージに毒された、西洋圏の舞踏家や生徒に数多く出会った。そのとんでもない悲しい誤解を解くために、大野さんの写真の中から、両手を上にあげていない写真だけを探して上に紹介した。

 

ほとんど無視されて撮られていないから、見付け出すのに苦労した。

 

幸い手持ちの資料の中の、池上直哉氏の膨大な写真の中から、わずかながら集めることができた。感謝します。

 

見やすい大きい花と違って、謎も秘密も目には見えない。それに触れたいのちが、微細に震えているだけだからだ。

 

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ただ、日常意識を止め、思考をやめたときにだけ、生命が震えるように何か見えないものと共振していることが、感じ取れる。

 

そして、ほんとうの花もその心の目にだけ映る。いや「心」というと、まだ人間の枠内を離れることができない。心でさえなく、いのちになって大野さんの舞踏世界の奥底を感じてください。

 

人間の持ち物をすべて投げ捨てないと、触れられない世界がこの世にはあるのです。

 

形と魂をめぐる伝統的な誤解

 

よく大野さんと土方の違いを説明するのに、「形が魂に追いすがる」と、「魂が形に追いすがる」という言葉が引用される。多くの西洋の友人は、それを真に受けている。

 

だが、それは頭のいい批評家がでっち上げた物語にすぎない。大野さんも土方も、どちらも上の両者を往還して踊っていた。

 

片道通行などあるわけがないのは、からだで踊ろうとしたものならばすぐに分かる。フィジカルな外クオリアと、メンタルな内クオリアが、一つに融け合ってはじめて動きが踊りに昇華する。

 

大野さんがニューギニアから引き上げてくる船上で、多くの戦友が飢えや疲労でいのちを落とし、海の藻屑と消えていったとき、かれらを踊ろうと心に決め、クラゲの踊りを繰り返した。

 

それを 21 歳の土方が見て衝撃を受け、「劇薬ダンス」と名付けた逸話はよく知られている。

 

それ以後 2 人の共振は、物質的なからだと目に見えない異界を往還して踊るという一点で結びついたのだ。

 

共振とはどちらからともなく起こるもので、主体と客体の違いなどない。

 

土方が突然、衰弱体舞踏に転換していった 70 年代は、2 人はもっとも遠くで共振していいた。その間、土方は 1974 年の『静かな家』で、気化と物質化を往還する衰弱体技法として仕上げ、その自在に変容し往還するものを<死者>と呼んだ。

 

1980 年代になって、大野一雄が「ラ・アルヘンティーナ」と「わたしのお母さん」という二つの代表作の振り付けを土方に頼んだのは、大野さん自身が自分に必要なものとは何かを、土方がよく知っていることを知尽していた

 

136


からだ。

 

土方が大野さんの代表作である二つの踊りに持ち込んだものを一言でいえば、ボトムである。

 

大野さんはもともと天性の即興ダンサーで、クラゲの踊りを踊らせたらいつまでも踊れる人であることを、土方はよく知っていた。

 

その大野さんの天性の踊りを、もっとも引き立てるものとは何か。それこそがボトムなのだ。

 

アルヘンティーナの冒頭、豪華なドレスをまとう大野さんを観客席に座らせ、首がカクカク動く傀儡の動きで立ち上がらせたのも、それがもっとも対照的にクラゲの踊りを引き立てるものであったからだ。

 

その後も、各章の繋ぎ目ごとに静止や棒杭だのというボトムを効果的に挿入した。

 

とりわけ、グランドピアノを運び入れ、その前に身じろぎもしない大野さんを立たせたのは、後半の鳥の踊りなどの大野さんの踊りをもっとも支えるものこそ、思い切り長い静止であることをよく知っていたからだ。

 

ともあれ、舞踏は土方と大野さんという稀代の共振からはじまった。それだけは覚えていていい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


大野一雄と土方巽





最後に大野さんにお会いしたのは、1997 年ごろの大阪公演だ。公演後大野さんは会場の出口に裸で立ち、観客に挨拶してくれていた。

 

日本を離れようとしていたわたしは、おそらくこれが最後だろうという気持ちで、大野さんのからだを抱きしめた。子供のように小さいからだだった。今日はそれから 15 年、大野さんも今ごろは冥界でクラゲとなって、旧戦友たちと泳いでいるだろう。

 

大野さんにまつわる、幾つかの思いを垂れ流す。

 

 

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大野一雄のボトム

 

大野一雄は、不幸な誤解にさらされてきた。

 

好意ある追従という誤解に。

 

大野一雄さんの写真の中から、あえて一般に流布されている、両手を上げて空に広がっている写真以外のものを集めた。

 

どうか、これらをいのちの目でとくと味わって欲しい。大野さんのあの独特の極めポーズだけが世界に流布し、あたかもそれが大野さんの舞踏スタイルでもあるかのような誤解がひろがっていることに、長い間強い危惧を抱いてきた。西洋の大野さん系の舞踏家から影響を受けた人々の舞踏スタイルも、多かれ少なかれ、その流布された写真ポーズか

 ら影響を受けている。

 

それを見るたび、身を切られるように辛くなる。

 

 

何と文化は伝わりにくいものか、と。

 

それはたしかに、大野さんの踊りの中の花の一つには違いないだろう。だが、花が花だけで花になることはありえない。花は目には見えない暗闇の中の、秘密や謎に支えられてはじめて花となるのだ。大野さんは踊りの中で、膝から下の世界を模索し、死者と

 

対話し、生死のエッジとま向かう中から、最適の瞬間をつかんであのポーズをとったのだ。

 

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大野一雄の息子の義人さんはいう。

 

「『膝から下の世界』という世界を一雄はもう一つ持っている。そこにもう一つの宇宙がある。

 

『膝から下の世界』というのは大事です。モダンダンスなんかでは、上に、重力に逆らってというふうな思いが強いでしょう。一雄の場合は、本人がそう感じたとき、反対に落下します。その時の落下する速度は凄いです。あっという間に床に行ってます」(『大野一雄 魂の糧』)

 

だが、写真家にとって、うつむいて膝から下の世界をまさぐっているような図は、おそらく絵にならないと判断されたのだろう。謎や秘密に触れているみすぼらしい姿の写真など数えるほどしか撮られていない。

 

その写真家の美意識や判断が、大野さんの舞踏の世界を歪め、上滑りの「BUTOH」のイメージを世界にまき散らしてしまった。

 

大野一雄の舞踏のもっとも深い花と謎と秘密は、そこにあるというのに見過ごされてしまう

 

こととなった。

 

その誤ったイメージに毒された、西洋圏の舞踏家や生徒に数多く出会った。そのとんでもない悲しい誤解を解くために、大野さんの写真の中から、両手を上にあげていない写真だけを探して上に紹介した。

 

ほとんど無視されて撮られていないから、見付け出すのに苦労した。

 

幸い手持ちの資料の中の、池上直哉氏の膨大な写真の中から、わずかながら集めることができた。感謝します。

 

見やすい大きい花と違って、謎も秘密も目には見えない。それに触れたいのちが、微細に震えているだけだからだ。

 

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ただ、日常意識を止め、思考をやめたときにだけ、生命が震えるように何か見えないものと共振していることが、感じ取れる。

 

そして、ほんとうの花もその心の目にだけ映る。いや「心」というと、まだ人間の枠内を離れることができない。心でさえなく、いのちになって大野さんの舞踏世界の奥底を感じてください。

 

人間の持ち物をすべて投げ捨てないと、触れられない世界がこの世にはあるのです。

 

形と魂をめぐる伝統的な誤解

 

よく大野さんと土方の違いを説明するのに、「形が魂に追いすがる」と、「魂が形に追いすがる」という言葉が引用される。多くの西洋の友人は、それを真に受けている。

 

だが、それは頭のいい批評家がでっち上げた物語にすぎない。大野さんも土方も、どちらも上の両者を往還して踊っていた。

 

片道通行などあるわけがないのは、からだで踊ろうとしたものならばすぐに分かる。フィジカルな外クオリアと、メンタルな内クオリアが、一つに融け合ってはじめて動きが踊りに昇華する。

 

大野さんがニューギニアから引き上げてくる船上で、多くの戦友が飢えや疲労でいのちを落とし、海の藻屑と消えていったとき、かれらを踊ろうと心に決め、クラゲの踊りを繰り返した。

 

それを 21 歳の土方が見て衝撃を受け、「劇薬ダンス」と名付けた逸話はよく知られている。

 

それ以後 2 人の共振は、物質的なからだと目に見えない異界を往還して踊るという一点で結びついたのだ。

 

共振とはどちらからともなく起こるもので、主体と客体の違いなどない。

 

土方が突然、衰弱体舞踏に転換していった 70 年代は、2 人はもっとも遠くで共振していいた。その間、土方は 1974 年の『静かな家』で、気化と物質化を往還する衰弱体技法として仕上げ、その自在に変容し往還するものを<死者>と呼んだ。

 

1980 年代になって、大野一雄が「ラ・アルヘンティーナ」と「わたしのお母さん」という二つの代表作の振り付けを土方に頼んだのは、大野さん自身が自分に必要なものとは何かを、土方がよく知っていることを知尽していた

 

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からだ。

 

土方が大野さんの代表作である二つの踊りに持ち込んだものを一言でいえば、ボトムである。

 

大野さんはもともと天性の即興ダンサーで、クラゲの踊りを踊らせたらいつまでも踊れる人であることを、土方はよく知っていた。

 

その大野さんの天性の踊りを、もっとも引き立てるものとは何か。それこそがボトムなのだ。

 

アルヘンティーナの冒頭、豪華なドレスをまとう大野さんを観客席に座らせ、首がカクカク動く傀儡の動きで立ち上がらせたのも、それがもっとも対照的にクラゲの踊りを引き立てるものであったからだ。

 

その後も、各章の繋ぎ目ごとに静止や棒杭だのというボトムを効果的に挿入した。

 

とりわけ、グランドピアノを運び入れ、その前に身じろぎもしない大野さんを立たせたのは、後半の鳥の踊りなどの大野さんの踊りをもっとも支えるものこそ、思い切り長い静止であることをよく知っていたからだ。

 

ともあれ、舞踏は土方と大野さんという稀代の共振からはじまった。それだけは覚えていていい。