2020

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からだの闇を掘る
 
12コンディショニング方法2隠しクオリア
2020年10月23日

調体四番 密度を運ぶ

からだの密度を固体―流体―気体と変化させる。普段の半流動的な状態から、流動性をまして獣体や現生体、流体になったり、気化したり、逆に流動性を失って固体となり、石や木や傀儡に変成する。密度の変化によって、からだは地球上のあらゆる物やエネルギーに、宇宙の万物に変容することができる。土方巽はこの変容技法を<密度を運ぶ>と呼んで重視した。

 

獣体への変容

四ツ位の背骨ほぐし

四ツ位になって、なにものかに頭と尾が前後に引っ張られ、長い背骨になる。背中に呼吸を送って膨らまし、広く長い背骨になる。猫の背骨伸ばし。次はその反対、胸と腹を広げて反り返る。肩甲骨と骨盤が狭くなる。しばらくこれを続けた後、尾から、あるいは頭からゆらぎはじめる。

ゆらぎからうねりへ、三元方向のくねりへ、螺旋へと増幅していく。あらゆる方向へ、背骨の間の空間が拡がる。

頭が矢状次元に円を描く。背骨が続く。逆方向。頭が戸板次元に8の字を描く。背骨が続く。じょじょに8の字が大きくなるランダムな三次元方向に8の字が拡がる。

魚位

床に長く伸びた魚位になる。伏臥位、側臥位、仰臥位で、小さなゆらぎ、大きなうねり、からだ全体の弓なり、などを行う。ねじれ、跳ね、背骨だけで跳ね返る。これは『病める舞姫』に出てくる、土方が好んだ床の上に打ち上げられた魚のレッスンだ(第10章『病める舞姫』参照)。

両生類位

背骨が床につくか離れるかの低い姿勢。手肘は八の字、膝足は逆八の字になる。この姿勢で背骨をさまざまに動かす。頭と骨盤と肩甲骨の関係を観察しながら山椒魚のうねりを体得する。両生類は水中の生活から陸上へ最初に上陸した生き物だ。そのときにどんな変化に直面したかを追体験する。

重力は? 呼吸は? その変化は子宮内の胎児から赤ん坊になって産み落とされたときの変化と共振している。

爬虫類位

山椒魚で内向いていた腕を限界までターンアウトし、爬虫類のからだになる。左右のうねりに上下のうねりが加わる。爬虫類特有の静止。獲物を見つけたら、頭、口、舌、背骨が反射的に反応して捉える。爬虫類脳だけで動くからだになる。

獣位

爬虫類の動きに、陸上の重力とその反作用を使った動きが加わる。頭、肩甲骨、骨盤、尾が協働して動く。さまざまな位置に獲物を見つけると、獣目、五体協働で飛び掛り捕らえ、喰う。三元方向に、這う、歩く、走る、跳ねる。逃げる。追う。獣の本能をすべて思い出す。

動物園の虎やライオン、ゴリラやさまざまな獣の動きを観察する。土方も幼い娘を連れて動物園に行ってじっくり観察した。自然の中にも家の周りにも手本はいっぱいある。家猫の後を同じ姿勢で一時間ほど尾行する。わたしはいっとき猫ストーカーになって修行した。自分の中にどんな獣の本性が潜んでいるか、瞑動しつつ自分独自の獣体を見つける。

 

原生体への変容

さらに全身から骨格が消え、アメーバなどの原生生物、あるいは想像上の生きものに変成する。かれらは細胞内の原形質の密度を運ぶことによって動く。ゾルからゲルへ、クリームからチーズへ。<密度を運ぶ>の先生たちだ。

 

気化体への変容

からだが十分に柔軟性を取り戻すと、からだの一部が気化し始める。頭は風船に変容し、吊り上げられていく。からだは風船に付いた糸のように頭の動きに従う。やがてからだ全部の細胞が気化していく。大丈夫、すべての細胞は30億年間の単細胞生活を送ってきた。そのとき、乾燥したからだは風に舞い上げられて、空中をさまよい続けた。そんな細胞の生命記憶が蘇って、からだが気化を懐かしむ。気化体はもっとも共振力が高い。わずかな風にも動かされ、舞い上がり、舞い落ちる。木の葉やホコリに変成するかもしれない。存分に楽しんでください。

 

固体への密度変化

やがて上空に上がって冷やされたからだは、凝結を始める。固体となり、舞踏でいう傀儡体への変成が始まる。石や木や金属など重く硬いからだに徐々に変成していく。からだが思うように動けないクオリア、だれかに動かされ、操作されているようなクオリアを思い出す。

これが<密度を運ぶ>舞踏テクニックだ。<密度を運ぶ>はのちに述べる<自在跳梁>とともに、ゆっくり動くだけのButohの単調さを逃れる重要なテクニックだ。心して身につけてほしい。

 

 

 

 

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12コンディショニング方法1
2020年10月19日

調体ゼロ番 呼吸

生命の呼吸

生命の多様な速度とリズム

命は実に多様なリズムで共振している。

これに対し、日常の意識状態では、大脳のニューロンとグリアの間で交わされるすばやくせわしないリズムに支配され、覚醒状態を保っているためそれ以外の長いゆっくりしたリズムに気づかない。とりわけ、考えたり、人と話をしたり、テレビを見たり、新聞を読んだりしているときは左脳の言語中枢と右脳のクオリアを感じている部分との間で激しいニューロン発火による電気信号が飛び交うため、からだやいのちのゆっくりしたリズムははるかにかすかなので感じることができない。 

粘菌の原型質流動のリズム

粘菌のからだの中では原形質流動が行われ。1-2分サイクルで流れの向きが交替する。粘菌も、ロングタイドの生命の呼吸のリズムをもっている。

粘菌先生は生命について何から何までを教えてくれる、わたしにとって師の中の師だ。


生命の呼吸

わたしが塾生の何人かから学んだクレニオセイクラル・メソッドは、生命の呼吸に注目する。

肺の呼吸リズムとは別に、それよりもっと長くゆっくりしたリズム(30秒サイクルや100秒サイクル)でからだがくつろいで伸びていき、またしぼんでやすらいでいく生命のリズムをただ感じる。そのほかにはなにもしない。からだをゆっくりくつろぎながら広げていく。体液の流れがくつろぎながら広がっていく。そして重力を受け入れ、戻って静まっていく。潮の満ち干のように繰り返してされている命とひとつになる。すべての瞬間にからだを構成する100兆の細胞の共振パターンが刻々と変わっていくことを感じることができればなおいい。

生命の呼吸

生命は無数のリズムで、あらゆるものと共振しており、その中には、クレニオメソッドが見出した生命の呼吸というごくゆっくりしたリズムもあるということを感じる。

「人間」的囚われから自分を解放する

自分が何かに囚われていると感じたときはただちにこの「生命の呼吸」のリズムを思い出すのがいい。わたしたちは日常の自我や、解離されていた人格や、見知らぬ元型などにしばしば囚われる。そんなとき「生命の呼吸」を感じると、囚われていたものから距離をとり、自分が自分の命と共にあることを思い出させてくれる。何が起ころうとも大丈夫という天心の状態に心身を鎮めることができる。これは、あらゆるクオリアに身を預け、だが、同時にそれに支配されないための、必須の極意だ。生きる極意、新たな創造に向かうための極意だ。ただ、いのちになる。それを思い出し、それを感じるだけでいい。

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 空を見上げよう。いのちはいつも世界と共振している。
2020年10月17日

コロナウイルスによる影響をいかに乗り越えるか 

いのちに耳を澄ます 

いのちが何者にも制約されず、生まれたままの天心であること、これが目指す透明性だ。いのちに耳を澄ませ。いのちの共振性とは何か。今、共にいのちに問おう。

この半年に渡るコロナウイルスによるソーシャルディスタンスの慣習化、経済的逼迫のせいで、いのちが生の好奇心や参加性を発揮することを自制する傾向がわたしたちのいのちを蝕んでいることに気づいてほしい。これは世界的な傾向である。コラボレイティブマインド=共振性の停滞こそがもっともコロナウイルスの恐ろしい侵食だ。きみのいのちは面白いことに反応し赤子のように喜ぼうとするいのちの生粋の好奇心や共振性が蝕まれていないか? 

もしそうだとすると、それを振り払い、怯む心を自ら鼓舞し、催しに飛びこむことが再生のきっかけになる。これが共同産婆としてきみ自身を再生させる道だ。今日3時から日本人アートセラピスト結がアートセラピーを催す。月曜10時から定例の舞踏コースが始まる。これに飛び込むことからきみのいのちの再生がはじまる。共振性を失った孤独な修行者など世界には必要とされない。わたしも70年の人生で何度も孤絶し、共振性を回復し、また孤絶し、他者との交流を拒絶し、いのちに耳を澄まして共振性回復するという波動をのりこえてきた。乗り越えの鍵はどこまで透明にいのちに耳を澄ますことができるかにかかっている。 

 

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創造性を開く方法| 根茎リー創造性を開く方法| 根茎リー
2020年10月1日


いのちの創造性

いのちの無限の創造性とは何か

なぜ生命は無限の創造性をもつのか?

この40億年間の生命史の間に、生命は驚くほど多様な共振パターンを創造してきた。発生当初の原初生命はおそらくごくごくわずかなものとしかうまく共振できなかった。水やアミノ酸、ナトリウムイオンやカルシウムイオン、アミノ酸などの栄養素など、限られたものとしかうまく共振できなかった。今日の多くの細胞がもつ酸素ガスとの共振さえうまくできず、一億年以上深い海中や地底でしか生存できなかった。生命はうまく共振できないものとは、よい共振パターンを発見するまで、ただ、安全な距離をとってひたすら待つ。30億年ほど前に、プロテオバクテリアが酸素呼吸の仕方を発明すると、ただちにその仕組みは、内部共生というしかたで多くの単細胞生命に共有されるところとなった。今日のほとんどの細胞が待つミトコンドリアは内部共生していたプロテオバクテリアの名残である。

細胞生命は、あらゆるものとの共振パターンを、クオリアという形で細胞内に保存している。重力のクオリア、光のクオリア、酸素のクオリア、色のクオリア、触感のクオリアなどなどという生命記憶として保存されている。わたし達の指先が木に触れたとき、それを木として認識できるのは、細胞内部に保存された木の触感の内クオリアと、今現在触れている木の外クオリアとが同期共振することによっている。クオリアの大きな特徴は、クオリアとクオリア同士で共振することによって、新しいクオリアを創造できる点にある。

 

<象>+<ピンク>=<ピンクの象>

ためしに、象のクオリアを思い浮かべてください。そしてもう一つピンクのクオリアも。そのふたつを思い浮かべるだけで、止めようとしても勝手に<ピンクの象>があなたの脳内を歩き始めているだろう。意識によってではなく、クオリアとクオリアが勝手に<共振創発>することによって新しいクオリアが生まれる。それが生命の持つ無限の創造性の仕組みだ。

しかも生命クオリアは非二元かつ多次元時空で共振しているのでその創造の可能性は無限である。その無限の生命の創造力を開くこと、それがサブボディ技法の根幹である。

それは二元的な情報に囚われた言語思考や判断を止めることによって可能となる。土方巽があの無類の創造を発揮したのも、生命の無限の創造力の開き方を身に着けていたからである。

「解剖台の上のこうもり傘とミシンの出会い」―ブルトンによってシュールレアリズムのバイブルとされたロートレアモンのこの言葉は、意外なクオリアとクオリアの出会いによって新しい創造が生まれることを語っている。土方は1960年代に行なった無数の「ハプニング」やダダ的な実験によってその極意を追求した。そして、1968年の伝説的な「肉体の叛乱」公演の後、数年間まったく外部的な活動を停止して、アスベスト館二階の自室にこもって、からだの闇に飼育する死んだ姉との交感によって、、生死の境界、自他の分別を超える「死者の技法」を獲得した。1972年から1976年までの爆発的な創造はそれによって起こった。「疱瘡譚」、「ギバサン」、「すさめ玉」、「静かな家」などの衰弱体舞踏と、自身のソロを中止した以降、芦川羊子をはじめとする弟子に振りつけた白桃房公演で花開いた超絶的な技巧に至る創造はすべて、生命ののっぴきならないクオリア=クオリア共振が全面的に開花したことによる。

クオリアの<共振創発>

クオリアは無限の共振性を持つ。あるクオリアが別のクオリアと出会うと、まるで磁石のように吸引しあい、合体してひとつになり、新しいクオリアが生まれる。これがいのちの創造性の根源にある秘密<クオリアの共振創発>だ。人類史上まだ誰もこの秘密を探査していない。創造性とは何かという秘密を解いたものもいない。クオリアは生命共振そのものだが、その秘密もまだ解明されていない。いま、世界中でわたしたちだけが、生命=共振=クオリアという三つ巴の謎に迫ろうとしている。

 

 

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日に元非二元クオリアと各チャンネルクオリアを自在に行き来する
2020年10月9日

非二元クオリアと各チャンネルクオリアを自在に行き来する

非二元クオリアに耳を澄ます

瞑動によって日常の心身を鎮めからだの闇に耳を澄ますと、最初に出会うのは何ともわからない感じだ。

「これは感覚?想像?夢?幻想?情動?」

それが何であるか、すべてが混合一体化しているようで意識では判別できない不分明なものです。これを「非二元クオリア」と呼ぶ。

もともと単細胞だった生命には五感が分化していなかった。ただ一個の生命としてあらゆるクオリアと共振していた。いまもわたしたちのからだを構成する百兆個の細胞のいのちは、原初生命同様に重力、太陽の光、空気、温度、水分、音などの外界の無数のクオリアと同時に共振している。それらのいまここで共振している外クオリアばかりではなく、それらの40億年間の生命記憶のクオリアも内クオリアとして細胞内に保存されていて同時に共振している。非二元クオリアとは、これらすべての内外クオリアが混交し、一体化しているものだ。それはたえず変容しつつ流動している。これがいのちの非二元クオリアを明確に判別できない理由である。

 

非二元=二元ゆらぎを踊る

瞑動を続け、からだの姿勢を変えながら耳を澄ましていると、ときにある特定のクオリアが8チャンネルのクオリアとして現れてくることがある。温かい/冷たい、重い/軽いなどの体感チャンネルのクオリアや、自発的な動きのクオリアとなって出てきたり、ときには視覚的イメージや、音声・音楽の音像として訪れることもある。情動や人間関係、または世界像=自己像の変化、さらにはふと思いつく思考や言葉として現れることもある。そしてまた、非二元の国に返っていく。

これがクオリアの<非二元=二元ゆらぎ>であり、<リゾーム=ツリーゆらぎ>である。クオリアは常にそれらの間で揺らいでいる。そのゆらぎに耳を澄まし、からだの闇から出てくるものに全心身でついていくと、それがあなたのサブボディ=コーボディになる。

踊りながら、今自分は非二元クオリアを踊っているのか、どれかのチャンネルのクオリアを踊っているのか、透明に行き来すること、それが<非二元⇔二元自在往還>技法であり、<リゾーム⇔ツリー自在往還>技法である。

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 山崎、よみがえれ! リゾーム・リー 2019
 
 
 
 
 
2020年10月1日

 

53年目に蘇る山崎。映画「きみが死んだあとで」

今から53年前の1967年10月8日、ベトナム反戦闘争のさなか高校の同窓生・山崎博昭が羽田弁天橋上で命をなくした。その山崎をめぐる映画を撮影してきた代島映画監督による映画「きみが死んだあとで」の試写会が今月東京で、来月大阪で催される。映画は山崎の生い立ちと当時の山崎をめぐる友人たちの現在を編集したものだ。その映画の最後で、昨年春ヒマラヤを訪れた代島監督に請われて、封印していた『山崎、よみがえれ!』を踊った。わたしは上のポスターでは昔の名前・岡龍二で出ている。



機会があればご覧ください。試写会の実施要領は下記のとおりです。

「きみが死んだあとで」試写会のお知らせ

2020年秋の東京集会および関西集会の日程、会場などが決まりました。
 今回の東西のイベントは、代島治彦監督による長編ドキュメンタリー映画「きみが死んだあとで」の上映がメインとなります。

 「きみが死んだあとで」は、上下の二部構成です。上では、1948年生まれの山﨑博昭君が成長していく姿、中核派に入り、ベトナム反戦をたたかって、羽田・弁天橋で斃れるまでの彼の短かった一生が描かれます。下では、山﨑君が死んだ後、高校・大学の同期生・先輩たちが山﨑君の死を背負いながら、どのように生きてきたのかが映し出されます。14人の人々が登場し、108山﨑博昭プロジェクトの歩みが記録されます。
 「きみが死んだあとで」は、日本のベトナム反戦運動の時代の若者たちのさまざまな物語となるそうです。

 映画はもう少しで完成するところまで来ており、代島監督は鋭意編集中です。乞うご期待です。

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2020年秋の東京試写会
長編ドキュメンタリー映画「きみが死んだあとで」上映とトーク

◆日時:2020104日(日)
 ◎午前の部=10:00開場/10:30開始(14:45終了)

 主催者あいさつ/「きみが死んだあとで(上)」上映/休憩/「同(下)」上映/トーク

 ◎午後の部=15:00開場/15:30開始(19:45終了)

 主催者あいさつ/「きみが死んだあとで(上)」上映/休憩/「同(下)」上映/トーク