2019

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からだの闇を掘る
 
 

2019年7月6日

サンギータ、永遠に


彼女の死から半年たってようやく踊ることができた。
今日までは、ほとんどその生を共振塾で過ごした彼女の思い出が
校内の各場所にこびりついていて、
おもわず悲しみが吹き出して踊るどころではなかったからだ。
彼女の姉シブがこの踊りを撮影し、編集してくれた。
辛かっただろうに、ありがとう。

死者を踊るとは

死者を踊るとはどういうことなのだろうか。

思えばこの20年間、ずっと死者を踊り続けてきた。
処女作の「伝染熱(1998)」では盟友・山崎博昭を踊った。続く「暗黒熱」では山崎と橋本憲二、「夢魔熱」で辻敏明、いずれも1967年以降の反戦反政府闘争での死者であり、親しかった同志たちだ。
20年前、3年間ほどそれらの踊りを世界各地で踊り歩いた。
すると各地の死者生者が共振して集まってきた。不思議と賑やかな日々を過ごした。
インド‘ダラムサラでは1959年のチベット暴動の死者やその生き残りの僧侶たち、ハンガリーでは1956年のハンガリー革命の死者、セルビアではユーゴスラビア戦争の死者、ポーランドやルーマニアではアウシュビッツの死者、フランスのストラスブールでは第二次大戦の死者、その他数え切れない死者たちが踊りの周りに集まってきた。わたしは死者生者の境界を超えて、彼らの命との共振を生きた。そんなことは踊る中でしか体験できないことだ。
近年では3年前になくなった盟友のロメスをオランダで踊り、今年はこの冬マラリアで命を落とした、この間わたしを助けてくれていたアシスタントのサンギータの死を半年たってようやく踊ることができた。

死者を踊るとはどういうことなのか

死者とひとつになりたいという、合意的現実の中では不可能な非望を、
非二元多次元の生命共振の踊りの中で実現することだ。
踊っていると当の死者だけではなく、無数の死者たちがクオリアの重層的共振によって現れてくる。忘れていた記憶が突然ぶり返す。
ああ、これはあれとこんなふうにつながっていたのかという不可視の共振に気付かされる。からだの闇の底知れない深さに驚かされる。
凝り固まった自我や自己に閉ざされた日常の人間としては思い出せないものの非二元多次元共振世界を旅することが踊ることだ。
それは踊るものにしかわからない。踊り手のみが各チャンネルに分割された人間の意識の限界を超え、下意識でつながっている生命共振クオリアの非二元多次元共振を身をもって生きることができる存在だからだ。
死者を踊り続けてきて20年目の今年になって、ようやくそのことに気づくことができた。
この気づきをみなさんと共有できることは思いがけない幸せだ。



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ハイライトビデオ 第18回ヒマラヤ舞踏祭 

2019年6月18日

第18回舞踏祭の大きな収穫

今回の舞踏祭では驚くほどのいのちの創造力が爆発した。
毎日塾生たちが開く新しい舞踏世界の独創性に驚かされた。
誰かが率先して共創したコーボディ作品がほぼ毎日繰り広げられた。
ヒマラヤで20年コーボディ共創に注力してきたわたしでさえ、
見たこともないような共振パターンや舞台の仕掛けが次から次へと出現した。
踊り手たちはまるで疲れを知らない子供のように、
毎日異なるコーボディ世界を共創し続けた。
それが12日間ぶっ通しで続いた。
舞踏公演でこんな事が起こったのは、1972年土方巽の燔犠大踏鑑による
「四季のための二十七晩」公演に次ぐくらいの熱気が渦巻いた。
そのときは、土方巽、芦川羊子、小林嵯峨、玉野黄市、和栗由紀夫らの出演で、
「疱瘡譚」、「すさめ玉」、「碍子考」、「なだれ飴」、「ギバサン」、などの土方巽演出・振付・出演(「なだれ飴」を除く)作品が連続公演された。
大きな違いは、それがすべて土方巽ひとりの演出・振付出会ったのに対し、今回は四十名の舞踏手による共創であった点だ。こんな例は舞踏史上にも、現代ダンス史上にも例がないに違いない。
この中で塾生たちは例年のように、自分の作品だけでいっぱいいっぱいになるのではなく、
毎日他の人のコーボディ作品を踊り抜いて生長した。
こんな事が起こったのは共振塾史上はじめてのことだ。
まるでここに突然枯れない創造力の泉が湧きはじめたかのような奇跡だ。
これはいったい何なのか?
何が起こったのだろか?
その謎の全貌は未だに明らかになっていない。
ただ、今年は、下意識モードのからだ(サブボディになると、
単に下意識とからだの境界が消えて、サブボディになるだけではなく、
自己と他人、個人と群れとの境界も消えてサブボディ=コーボディになるのだと信じて
突き進んできた。
調体シェア、探体シェアを始め、ドリーミング・シェアなどのクオリア・シェアを毎週欠かさず
推し進めてきた。
それが、今年になるまでできなかったのは、わたし自身が二元論に深く囚われていたからだ。その囚われを脱ぐのに二十年かかったことになる。
こんなものなのだ。
頭でわかっていることがからだでも実現できるようになるには、途方もない時間がかかる。
これに関連して起こったサブボディ技法のに大きな革命については、先に書いた下記のとおりだが、’この革命はいまの夏期集中の中でなおも進行中だ。
やがてそのうち、現在の実験成果を紹介できる日が来るだろう。
今は、とりあえず、旧稿を再録するに留める。

ひとつは<24時間目瞑動と微細傾聴>であり、
もうひとつは<ドリーミングシェアを核としたサブボディ=コーボディ共創技法>だ。


 
<24時間目瞑動と微細傾聴>


完全な静寂体になり、誰かにからだが動かされるままに身を任す。

瞑動とは動く瞑想だ。それを続けながら、からだの闇のごくごく微細なクオリアに耳を澄まし続ける。
これが基本だ。
からだが動かされるままに心地よいゆらぎに身を預けながら、
もしからだのどこかが動きたくなればそれに従う。
それがサブボディ(の動きだ。
そして、下意識では、自他の境界が薄まり、容易に他の人の動きと共振しやすくなる。
<ドリーミング シェア>あるいは一般に<クオリア シェア>と呼ぶ新しい共創技法は
そうして生まれた。

<クオリアシェアによるサブボディ=コーボディ共創技法>

下意識のからだでは個人のサブボディと共振するからだコーボディの境界が消える。
だれかが、自分にとって踊らなければならない大事なクオリアを動きや言葉によって
率先すると、他の人々もそれと同じ共振パターンまたは異なる共振パターンで共創する。
これがこの一年実験を続けてきた新しいサブボディ=コーボディ共創技法だ。
この稽古を十分続けてきたことによって、
今回の舞踏祭から、踊りの創り方が根本的に変わった。
これまでは誰かが考え抜いた構成や振り付けに従って踊っていた。
まだ、既成のツリー状の階層秩序から抜けきれていなかった。
だが、今年からは根本的に様相が変わった。
互いにサブボディ=コーボディ状態になると、自然に自他の区別なく、
最適の踊りを共創できるようになる。
そういう魔術的な奇跡が今年から起こり始めたのだ。
実際、初日から連続して毎日、無限のコーボディが現れては次から次へと変容していった。
まさしくこれまでだれも見たことがない得体の知れないことが起こった。

舞踏祭のあとも、夏期集中コースでは、毎日かつてない新しい練習法が編み出され、実験を積み重ねている。
サブボディ=コーボディとは、非二元かつ多次元共振世界であり、
そんな世界に生身の心身でのまま集団で躍り込んで共創実験を続けた例は、世界史上まだ例がない。
幸いこの夏期集中はモンスーンにもかかわらず、多くの参加者を得て活気に満ちている。
どんな成果が得られるか、楽しみだ。




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2019年6月4日

サブボディ=コーボディ共創革命

今年の舞踏祭の半分が終わった。
まだ半分が済んだばかりなのに、もういつもの舞踏祭が終わったくらいの
ずっしりした手応えを感じている。
それは、ことしは連日誰かが率先して共創したコーボディ作品が
毎日繰り広げられているからだ。
踊り手たちはまるで疲れを知らない子供のように、毎日
異なるコーボディ世界を踊っている。
そうだ。例年のように、自分の作品だけでいっぱいいっぱいになるのではなく、
毎日他の人のコーボディ作品を踊り抜いている。
そしてそれらがまた、毎日まったく異なる世界を開いてくれるから
驚きが止まらないのだ。
まるでここに突然枯れない創造力の泉が湧きはじめたかのような奇跡だ。
これはいったい何なのか?
何が起こっているのだろうか?
からだの闇のサブボディさんに訪ねていると、いくつか思い当たる節に出会った。

去年から今年にかけてサブボディ技法に大きな革命が起こった。
ひとつは<24時間目瞑動と微細傾聴>であり、
もうひとつは<ドリーミングシェアを核としてサブボディ=コーボディ共創技法>だ。
今期は特にこの2つを期初からずっと繰り返し稽古し、共有してきた。
その成果が舞踏祭のリハーサル期間を通じて醸成し、この創造の爆発につながったようだ。
整理しておこう。

 
<24時間目瞑動と微細傾聴>


完全な静寂体になり、誰かにからだが動かされるままに身を任す。

瞑動とは動く瞑想だ。それを続けながら、からだの闇のごくごく微細なクオリアに耳を澄まし続ける。
これが基本だ。
からだが動かされるままに心地よいゆらぎに身を預けながら、
もしからだのどこかが動きたくなればそれに従う。
それがサブボディ(の動きだ。
そして、下意識では、自他の境界が薄まり、容易に他の人の動きと共振しやすくなる。
<ドリーミング シェア>あるいは一般に<クオリア シェア>と呼ぶ新しい共創技法は
そうして生まれた。

<ドリーミングシェアによるサブボディ=コーボディ共創技法>

下意識のからだでは個人のサブボディと共振するからだコーボディの境界が消える。
だれかが、自分にとって踊らなければならない大事なクオリアを動きや言葉によって
率先すると、他の人々もそれと同じ共振パターンまたは異なる共振パターンで共創する。
これがこの一年実験を続けてきた新しいサブボディ=コーボディ共創技法だ。
この稽古を十分続けてきたことによって、
今回の舞踏祭から、踊りの創り方が根本的に変わった。
これまでは誰かが考え抜いた構成や振り付けに従って踊っていた。
まだ、既成のツリー状の階層秩序から抜けきれていなかった。
だが、今年からは根本的に様相が変わった。
互いにサブボディ=コーボディ状態になると、自然に自他の区別なく、
最適の踊りを共創できるようになる。
そういう魔術的な奇跡が今年から起こり始めたのだ。
実際、初日から連続して毎日、コーボディ研究20年の私を驚かせてくれる
無限のコーボディが現れては次から次へと変容していった。
まさしくこれまでだれも見たことがない得体の知れないことが起こりだした。

舞踏祭は、まだ半分過ぎたところだ。
これから後半そして楽日には一体何が起こるだろうか。
いまから楽しみだ。





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 山崎、よみがえれ リゾームリーとコーボディat Tatapani
 
 
2019年5月15日

得体のしれぬリゾームになる

固有の舞踏譜を創る

 

 

共振塾でははじめての実験だ。

だが、意外とスムーズに進んでいる。

とりわけコーボディパートを共創するのに意外なほど助けになる。

順序は次のとおりだ。

1日目:自分固有の世界を他の人と共創するのに、もっとも大事なクオリアとは何かを見つけ、それをシェアする。一人5分間。これが突破口になる。

2日目:つぎに3つから5つの重要なクオリアを探り、それを序破急の舞踏譜にまとめる。十数人いたので一人7分間で、まる1日かかった。

後述のように、あるものは言葉による舞踏譜、あるものはイラストによるビジュアル舞踏譜になった。シェアするに必要なイメージの絵や写真を探し、言葉では伝えきれないクオリアをシェアする。

3日目: できた舞踏譜に音楽をつける。一節ごと、異なる音楽、しかもできるだけ多様な音楽、自然音、機械音などを混成する。

4日目以降は、各人に応じた多様な発展になる。このコーボディパートを核とし、その前後にどの場面を持ってくるか、ソロやデュオにどうつなぐか、何を隠し、何を現前するか、大道具や小道具、コスチューム、メーキャップ、場面展開など、構成を共創しシェアしていく。

 

どうやら今年の舞踏祭はこの方法で、コーボディパートを共創することになりそうだ。

長期生の目標は1時間のコーボディ作品と1時間のソロだ。だが、今までその両方を仕上げた者は数少ない。どちらかだけでもいい。30分、30分になってもいい。さて、あと2日で最後の授業の週が終わると、わたしは消え、あとのリハーサルは塾生たちに任せる。どんな踊りが出てくるのか、舞踏祭当日、それに驚かされるのを待つばかりだ。


何人かの舞踏譜は次の通り、何人かは文章ではなく絵を描いた。
ビジュアル舞踏譜だ。


Ariel: <Homesick>

JO: A frozen memory of a happy time.
HA1: The eyes and the head marry the space compulsively.
HA2: The house is on fire!
HA3: Become the space and its history.
HA4: A baby swaying in mother’s arms.
KYU: Collapsing by the wild wind.

Tejus:<Finder's Keepers>

A city of tourists
Finds
One desirable object
Gets
Entrapped and led
To
The other world;
Returns
With a great death

Emilia:<No title>


Yi:<After Octorber>






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rkness"

 

2019年5月14日

得体の知れないリゾームになるための
固有の舞踏譜をいかに創るか?



これは共振塾史上はじめての実験だ。今週いっぱいかけて探求する。
各人にとって独自の世界を共創するために、もっとも大事なことはなにか?
まず、シェアしなければならないもっとも必要なクオリアとは何かを探す。
今日5月第3週の月曜日は、それに集中して探り、一人5分間ずつシェアした。
記憶するためにそれぞれに短い名前をつけた。

Lee: 砕動崩れ・砕動立ち
Dan: 大口開ける呼吸
Ariel:空間との偏執的結婚
Adam:パーキンソン氏病の戦士
Repley: ホコリのボール
Nabila: 金属の雲
Emilia: 永遠の断絶
Aleks: 黒い細胞
Sonja:深淵からの牽引
Aki: セクシーな毒キノコ
Jaako: 拡張と縮小
Samar:非土方
Yi: 言葉にできないクオリア


それぞれユニークなクオリアをシェアすることから始まった。
今日はもっとも重要な一つのクオリアだけに絞ったが、
明日はそれを最低3行から5行程度の舞踏譜に仕上げてくるという宿題を出した。序破急あるいは序破破破急をみつける。
それによってまず骨子を確認する。
わたしが手助けできるのはそこまでだ。
あとは各人がそれを二週間かけて一時間のコーボディ作品に仕上げていく。最後の二週間のリハーサル期間は、わたしは顔も口もを出さない。創造の細部は塾生たちに任せる。そして舞踏祭当日に見て驚かせてもらう。

土方の舞踏譜言語の特性

「静かな家」や「病める舞姫」などに取り組んできた中でいくつかの土方巽の舞踏譜言語の特徴を掴むことができた。以下の通りだ。

土方流の舞踏譜の言語は、
1.いのちがうまく共振できないで、周縁化され、解離されたクオリアを取り出している。
2.しかもそれをめったに使わない特異な言語で示す。
3.それと共振しようとする踊り手たちはみな、自分のからだの闇深く耳を澄まして、忘れていたクオリアを探すしかない。
…という特徴を持つ。


一見ではどう踊っていいか、分からない。
土方の舞踏譜の言語そのものが、各自にからだの闇を毟る作業を強いるのだ。
毟って毟って、自分で探し出すしかない。
からだの闇の謎と秘密を掘り下げ、掘り下げてようやく癇の花を咲かせる道が開ける。

これができるかどうかは、当人に文才があるかどうかにもかかっている。おまけにほとんどの塾生たちにとって映英語は第二言語だ。国際英語という現在世界に流布している簡易な英語を主に使う。語彙数も2500程度だ。それでユニークな花秘謎に満ちた舞踏譜を書けというのは無理がある。どこまで行けるかはわからない実験だ。
だが、言語で舞踏譜など書いたことのないわたしが、苦手意識を克服し、この実験ができるところまで持ち込めただけで、今年は良しとしよう。それが塾生各自にとって吉と出るか凶と出るかもわからない。
言葉の魔力にやられて、踊りがむちゃくちゃになる弊害も出てくるかもしれない。わたしにも一度苦い経験がある。
第三日は舞踏譜に音楽をつける実験だ。
もしそれがうまく行けば、最低舞踏譜と音楽のセットが後世に残ることになり、再現の可能性が高まる。それは塾生たちにとって大きな財産になるだろう。
じっくり見極めながら進んでいこう。



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得体のしれぬリゾームになれ!
 
 
 
 
 
 

2019年5月13日

得体の知れないリゾームになる!



自分の中の思い出せないものに耳を澄まし続ける。
そして同時にからだをあらゆる方向から誰かに動かされるに任せる。
24時間瞑動し続け、日常ではあり得ない形を探り続ける。
この2つを続けていると、かならず、あるからだのかたちや動きと、
思い出せない記憶が不意に結びつく瞬間がある。それを見つけ自分のサブボディとしてフィックスする。この作業をとにかく続けることが大事だ。
続けてさえいれば、三月もしないうちに30分や一時間のソロはひとりでに出来上がる。
その動きは大概奇妙な動きや形からなる。それと結びつく忘れていた記憶も、大概は奇妙な、薄暗い、うまく説明できないクオリアに満ちている。
それらを意味や脈絡なく結びつけ、寄せ集めることで、自分でもよくわからない得体の知れないものになる。それがサブボディだ。
ひとつのクオリアに結びつく動きが終わりかけると、つぎのサブボディの動きにつながっていく。こうして次から次へと奇妙な序破急の展開が生まれる。
群れで踊るときはさらに自分のサブボディが他の人のサブボディと共振してコーボディになる。誰かの動きがからだに入ってきて、そのまま別の誰かにつながっていく。
自由に連結し、自在に分離するリゾームになる。
ときに思いもかけないところに跳んで行くこともある。
予想もしなかった世界がひらけてくることもある。
まったく構わない。意識で説明できるストーリーなどをつけてしまうと、とたんに意識的な意味が浮き上がってつまらなくなる。むちゃくちゃがいい。カオスがいい。得体の知れない見たこともないものにだけいのちは動かされる。観客に頭で納得されたら終わりだ。絶えず期待を裏切り続け、自分さえ驚かせ続けること。
これが今年になってじょじょに透明になってきた生命共振舞踏の極意だ。



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山崎、よみがえれ! リゾーム リー

2019426

山崎、よみがえれ! リゾーム リー 
共振塾ヒマラヤ



これが最後から一回目と決めて、共振塾で踊った。
もともと2年前の山崎50回忌の山崎碑建立式で踊るつもりで創った踊りだ。
数年前にポーランドの山奥でワークショップをしたとき、
鉱山跡地に池ができており、真ん中にぽつんと一つの石が
まるで山崎の記念碑のように立っていた。
その石に話しかけ、山崎、よみがえれ!と石で叩いた。
それ以後もっ世界各地で石を見つけるたびに、この踊りを踊った。
二三年するうちにだんだんソロだけではなく、山崎が若い踊り手として蘇り
踊り出すように膨れ上がってきた。
その踊りを日本に持っていきたいと持ったが、
十数人を日本に運ぶには膨大な経費がかかる。
それを昔のようにカンパで集めようとしたが、
その趣意書をしたためているうちに、やばい!
これでは昔二度と政治はすまいと決めた自分の決めごとに反してしまう、
と気づいて諦めた。
からだも交感神経が亢進して大変危険な状態になりそうだったので諦めた。
それが、今年になって日本で山崎の映画を作っている代島監督から、
取材にインドまで来たいとの連絡があった。
そして、山崎について踊ってくれと依頼された。

からだが危険にさらされるおそれはあったが、
これを最後と決めて一回だけ踊ることにした。
実際は金曜日に共振塾でソロで踊り、
土曜日に近くのタタパニの河原でソロからコーボディにつながる全部を踊
ることにした。

このビデオは金曜日のソロのものだ。
ピタールが撮影し、妹のシブが編集してくれた。
撮影は他に代島さんらの映画用のもの、そして交換ビデオアーティストの
ラウルが撮ったものがある。
都合3つの編集で出ることになるだろう。
代島さんは創っている映画とは別に、この踊りを編集して日本の友人たちに
見せる上映会を開いてくれるという。
日本で踊るという当初の夢は映画という形で実現しそうだ。
代島さん、撮影の加藤さん、ありがとうございます。



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2019年4月13日

あともう一回だけ踊る

 

来週東京から映画制作の一行が、ヒマラヤを訪れる。
1987年10月8日 ベトナム戦争反対運動の中で斃れた旧友・山崎博明の映画を創っている
代島監督一行だ。かれはわたしに山崎について踊ってくれとメールしてきた。
わたしも、こころの底では覚悟していたものの、いざ踊ると決めると、からだが突然、
50年前の反体制革命家だった山沢夙モードに変わってしまうのを感じた。
あの頃のわたしは山崎を失った悲しみと怒りに燃えていた。
まるで日本のすべてを滅ぼさねば終わらないような情念に取り憑かれていた。

それがそっくりそのまま戻ってきたのだ。
もう二度と政治はしないと決め、ただ生命共振のさざなみが世界に広がっていくことだけが
世界を根本的にかえることになると、ただ舞踏にうちこんできた70歳のからだにとって、
怒れる若者のアドレナリンモードに満ちたからだは、あまりにきつすぎる。
見境なくぼやぼやしているやつを叱り飛ばすして驚かせ、傷つけてしまう。
当時のわたしは地下の革命組織のリーダーだった。
小さな階層秩序のトップに立っていた。
そんなやつがわたしのからだを使って暴れ出せば、
指導者なき、リゾーム共創体を築きかけている共振塾を壊してしまう。
からだの闇にはとんでもないものが棲んでいるのだ。
当時の生死の境で生きていた若いわたしの革命的警戒心はいまだに解けていないままだと知った。
いつどこで他党派の内ゲバ部隊にいのちを狙われているかも知れないからだ。
アドレナリンモードになれば、すぐさま当時の革命モードに立ち返ってしまうのだ。

この踊りを遂行するのは、大きな危険が伴う。
わたし自身生きて終われるかどうかの確証もない。
ほんとうはわたしはこの踊りの中で死にたいのだ。
からだじゅうに不気味な衝動が満ち溢れるように蠢いている。
やばい。危なすぎる。

もし、この週末の踊りを無事終えることができれば、わたしはこの踊りを永遠に封印しよう。
中心やリーダーになろうとする自我の傾性はすべて死滅しなければならない。
わたしの中のふるいわたしは消滅しなければならないのだ。

 

 
 
 
 
 

2019年3月22日

生命共振舞踏とはなにか?

 

わたしたちは、あらゆる生きとし生けるものの苦難と痛みと共振する。

人間だけではなく生物の種を超えて、わたしたちは一つのいのちだからだ。

からだじゅうのあらゆる細胞も、草も虫の細胞もバクテリアもみなひとしく40億歳のいのちだ。

「人間」という最大の思い上がりを脱ぎ、いのちになる。いのちとして共振する。

それが生命共振舞踏だ。

長年続けてきたサブボディ舞踏だが、サブボディと言うだけではまったく不十分なことに
気づいた。
いのちにならなければ。

そして、世界中のいのちが生きやすい世界を創る、いのちの世界革命を願っている。

ヒマラヤへ来たれ!

からだの闇に眠るいのちの無限の創造性、固有性、共振性をひらこう!



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2019年3月20日
 

序破急成就へ

 

序破急を身につけるにはどういうプロセスが必要か。

序破急概念のない外国人とどうシェアするか。

長い間の課題だったが、ようやく光明が見えてきた。


序 始まり:見えないクオリアへに耳を澄ましていることを観客とシェアする。

深い傾聴には不思議な伝染力がある。踊り手が何かに耳を澄ましていることが、
観客にも伝染し、クオリアへの傾聴をシェアするのが序だ。

破 転換: 既存の世界を破る。

予期せぬ新鮮な驚きによって、観客を踊り手の世界に巻き込んでいく。

急 クライマックスと終焉

<Kyu> of “Momiyose”: Dance various subbody=cobody in a short time
with inventing and devising

<Kyu> of the world change: Opening the world=self channel with a
world transformation  

 

Co-research of <Ha> of <Jo-Ha-Kyu>

 

Today we co-research <Ha> of <Jo-Ha-Kyu>. Everybody devised
unique <Ha(Break)> and shared together. After sharing each <Ha> technique
we danced with using all kind of <Ha> for several minutes.

 

<Kyu> of the world change

 

After dancing full of <Ha>, we opened the world=self channel and s
hared each one’s world change Qualia.


Read more "Sinking into the darkness of body"

 
 
2019年3月19日

固有の舞踏譜の創造

今年の共振塾は新しい実験が相次いでいる。
これまで取り組んだことのなかった固有の舞踏譜の創造に取り掛かった。
まずは『舞踏革命』第二部に収録した土方巽の「癇の花」のクオリアを学び、
それをたっぷり踊った。
癇とは命がうまく共振できないクオリアが、心身を歪めたり、それが嵩じて
凝り固まった状態を指す。
塾生たちも、土方に習い、いのちがうまく共振できないクオリア、それが凝
り固まったクオリアを探し、固有の舞踏譜を作成した。
今日は合計15の舞踏譜が生まれた。各々を10分ずつ一日掛けて踊っ
た。

これまでの<ドリーミングシェア>による共創や、<共振リゾーム>では
見られなかった微細なクオリアを全員がからだの闇に探っている姿が見
られた。
そうか、と気づいた。
<ドリーミングシェア>で使われるクリア言語はごくごく基礎的な簡単な
言語に限られる。それに対し、土方流の舞踏譜の言語は、
1.いのちがうまく共振できないで、周縁化され、解離されたクオリアを
取り出している。
2.しかもそれをめったに使わない特異な言語で示す。
3.それと共振しようとする踊り手たちはみな、自分のからだの闇深く
耳を澄まして、忘れていたクオリアを探すしかない。
…という特徴を持つ。
一見ではどう踊っていいか、分からない。
土方の舞踏譜の言語そのものが、各自にからだの闇を毟る作業を強い
るのだ。
毟って毟って、自分で探し出すしかない。
からだの闇の謎と秘密を掘り下げ、掘り下げてようやく癇の花を咲かせ
る道が開ける。

ヒマラヤで隠遁二十年、ついに塾生を土方巽の舞踏譜の舞踏に導く坑
道を切り開くことができた。






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2019年2月24日

クオリアとドリーミングシェア

この記事は去年の新しい発見を共同研究者とシェアするためのものです。

非二元クオリアと二元的言語

わたしたちは、からだの闇に耳を澄ますことからはじめる。
からだの闇の何に耳を澄ますのか。
クオリアの変容流動である。
からだに耳を澄ますと、何かしら訳のわからないものを感じる。
体感とも妄想とも想像力とも判別できない、ボォーとした感じである。
クオリアはまず、このように何とも分別できない非二元クオリアとして感じ
取られる。
一瞬ごとに変容し移り流れていく。からだの姿勢を変えるとクオリア流も変
わる。
からだを動かせば感じられるクオリアも一緒に変わっていく。クオリアはごく
微細な、しかもミリ秒ごとに変わっていく。そのクオリア流にからだを委ねて
一緒に動き出す。それがサブボディである。
わたしたちが、ここちよいゆらぎに身を預ける瞑動調体によって思考を止
め、下意識モードのからだ、サブボディになると、日常体が持っていたクオ
リア流とサブボディの区別は消失する。こころとからだの区別が消え、<サ
ブボディ>という一つのものになる。
からだの物理的な動きとクオリア流は融合し一体化する。
からだから自然に出てくる動きに従ってからだを預けていく。それはじぶ
んでうごいているのではなく、何ものかによって動かされているという体
感をともなう。普段の自分の意思でじぶんのからだを動かしている感じ
とはどこか異なる。あるいはいのちが世界と共振することによって、その
動きが出てきているのかもしれない。
意識的な動きとはどこか異なるのだが、下意識モードのサブボディになる
と、日常の分別意識が止まるので、うまく判別することはできない。サブボ
ディは日常的な世界とは異なる、非二元かつ多次元生命共振の国に存在
する。

また、踊り終わった後、分析的な言語意識でサブボディ状態のからだに起
こっていることを振り返ろうとすれば、二元的な言語では非二元や多次元
生命共振をうまく捉えることができない。言語はかなしいまでに主語述語
の二元論に制約されていて、非二元をとらえるにはまったく適さないのだ
。強引に書こうとしてもまったく別のものに変質してしまう。
長い間このアポリアの前で足踏みしていた。

<クオリア言語>の発見

だが、昨年、非二元のクオリア流と、二元論的な言語との間に、中間的な<クオリア言語>という領域が存在することが発見された。そして、そのクオリア言語と従来からのからだの動きを使って、各人のサブボディーコーボディ世界を共創することができることがわかった。
二元論的な言語は、その基礎にある非二元のクオリア流を基盤としている。
クオリア流そのものはわたしたちのからだを非二元に流動を続けているが、そのなかで、あるまとまったクオリア流は、人間の左脳にあるブローカ野やウェルニッケ野と大脳神経網と結びつくことで、<ラベル言語>と共振する。
牛や木や腕というようなもっとも基礎的なクオリアの塊に、「牛」とか「木」とかというラベル言語が結びつく。
そして、サブボディモードでもこれらのラベル言語を並列的に連結することで、原始的な<クオリア思考>を行うことができる。
牛―野原―雲―花―狼―逃げる牛ー追う狼ー
といった<ラベル言語>で、非二元なクオリア流の流れにしたがって、「と」―「と」―「と」という単純なアンド展開で、連結していくのが<クオリア思考>だ。
おそらく日常思考の下部や夢の中では、非二元のクオリア流が、ときどきこの原始的なラベル言語を使った<クオリア思考>と関係することで、場面転換などの展開が行われているものと推測される。

<ドリーミングシェア>の革命

共振塾ではこの一年、これらのラベル言語とからだの動きを使って、さまざまな<ドリーミング シェア>の実験を積み重ねてきた。
砂漠―群れー水がないー探すー亀―流砂―地底―
などといった途方もない非論理的な展開も、全員がサブボディーコーボディモードになれば、抵抗なくその非論理的な展開にからだごと従い、独特の世界を共創することができる。
これは従来のサブボディ舞踏技法から、おおきく一歩を踏み出すものとなる。
この<クオリア思考>や<ラベル言語>が発見されていなかった以前の時期は、いったいどうしてコーボディ世界を共創することができるのか、暗中模索の連続だった。初期や中期の頃は、舞踏祭の創造過程で、往々にして、一人が振付家の役になって他の人の動きを指示するというこの世にざらにあるツリー的な階層秩序を再現してしまうという限界に何度もぶつかった。
<ドリーミングシェア>は、その苦闘の中から、その限界を突破するものとして発見された。
これまでに多くのバリエーションが生み出されている。
<背後世界シェア>
<世界変容シェア>
<コーボディシェア>
<祖型クオリアシェア>
<リゾーミングシェア>
云々。。。
じつはこれは無限に拡張できることが分かっている。
各自の探体内容を、クオリア言語と動きでシェアすればいいだけなので、これまでのあらゆる探体内容を、ドリーミングシェアに転化することができる。
今年もわたしたちは精力的にクオリア思考と動きによる<ドリーミング シェア>の実験を探求し続けるだろう。
ここに、人類の長い桎梏であるツリー的な階層秩序を脱却して、リゾームの未来を切り開く希望の芽が埋まっているからだ。




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2019年2月22日

必の探体・序破急成就

冬期集中も最終日を迎えた。
これまでのサブボディーコーボディを統合し、
必の探体と序破急成就に入る。
昨日わたしは参加者に宿題を出した。
いのちに聴いて、十個の踊らねばならない問題を選び出せ。
それがこれまで見つけ出した数多くの技と結びつき、
自分の踊りに結晶化する瞬間をさぐれ。
サブボディは24時間活動者だから、
寝る前にサブボディさんにお願いするといい。
どうかこれらの材料を結びつけて序破急成就させてください。

踊らねばならない必然の踊りの探体と、序破急成就は
切っても切れない仲にある。一個二重だ。

さて、今日どんなサブボディーコーボディが出てくるか、楽しみだ。


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 Calabi Yau manifold
 
 Minotau Picasso
 
2019年2月15日
 

癇のリゾーム

昨日、冬期集中の参加者がつくった癇クオリアの舞踏譜から、抜粋し、
土方やドゥルーズのクオリアとも混成して、コーボディ舞踏譜にまとめてみた。

癇のリゾーム

1. 砂漠で迷子
2. 高速道路の真ん中をさまようアルツハイマーの老女
3. ゴミ捨て場のワイヤやプラスチックがからだにに差し込まれ、つながて動く
4. きしむ空気
5. 蜜蜂の群れ
6. 走る狼
7. からだが壁に染み込む
8. 壁から逃れ出ようとするが引き戻されてしまう
9. 壁が避ける。続いて魂も引き裂かれる
10. 引き裂かれた神様
11. 岩の蝉の目で睨み返す


サブボディの舞踏譜に続いて、とうとうコーボディの舞踏譜もつくることができた。
来る新学期からは、舞踏譜の共創という新しい挑戦が始まる。



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2019年2月14日

癇の歩行

冬期集中では、「舞踏革命」の「癇の花」の章に掲載した、
土方巽が生涯をかけて収集した癇のクオリアを研究した。
そして、そこから抜粋して下記の癇の歩行の舞踏譜を創った。


癇の歩行

1. 灰柱の歩行
2. きしむ空気
3. 内臓からこめかみへ植物が這い上がる
4. それが鳥になってこめかみから飛び立つ
5. 行方をからだに入れる
6. 機関車がからだを通り抜ける
7. えぐられて溶ける
8. からだのなかのワイヤ
9. 壁に染み込む
10 裂ける
11. 岩の蝉の目
12. 引き裂かれた神様
13. 25年寝たきりのフラマン

この舞踏譜を練習したのち、わたしは皆に宿題を出した。
土方の癇のクオリアの中から深く共振できるものを選んで
独自の舞踏譜を創ってくること。最低3行、最大10行ほど。

すると、次の日皆がほとんど独自のクオリアを集め、土方の癇のクオリアとも
うまく噛み合わせて、次のような5つの舞踏譜が出揃った。

Mrs. God by Jitu

1. Hundred year old woman with Alzhimer's lost,
alone in highway as night
2. Alien dance music from afar
3. Flower grows out o sex organs guides to the
source of music
4 Blorred wandering a foreign city
5. Slow expression into a swarm of crowds

El Camino (The Road) by Omar:

The itch

Wander inside the ear

Right eye and left side of the face melts

Face of the forest

Being confined to the crystal

Old woman is being kissed

The gravekeeper

Locked in a small room in the chest

I disappear into the Haze


For the Dead by Piu:

An abused doll smoulders busubusu

It is snowing very much and you get diarrhoea

Your friends start dying around you.

Both life and death rejects you.

These scars suck up your breath and out of the body

Your internal organs dehydrate fully

Neck, Muscles, Cavities, Fluids etc. all body stiffens

You become confined in a shiny crystal cage

The dead are resting around you

Rise up fuelled by all the darkeness and breakthrough the cage

Blurred face comes forward

You travel through many realms and your face and gaze changes in each so you give myriad faces and gazes

You are moved from your chest towards the hazy ashes around a puneral pyre

Doll body disintegrates into the hazy ashes

You disappear into the hazy ashes

A Ghost plays a haunting music

A banshee wails


Dream Gone Wrong by Gora:

Come down the valley after ingesting LSD

You are in hallucinaton mode

You find a garbage dump on the way

Insert or ear plastic and metal from the garbage

Shedding off of the skeleton

Become a stuffed bag

Falling into the river

Swallowed by Anaconda


By Samar:

A repeated cold thought embedded(covered) with so many questions attacks your school

This though has a relationship with another thought - and another thought - another thought - a.. and so on.

When you talked to all that there is no thought or questions remaining.

Your all thoughts melt don and drain out to the river and leaves you in a genuine (creative) state.

Now, you can smile.


ユニークな舞踏譜が出揃って驚いた。
なんだ。やればできるのか。
いまままで、舞踏譜をつくるという課題に挑戦しなかったのは、
わたしが言葉が苦手だという、わたし自身の限界に規制されていたに過ぎなかったことを思い知った。
いつもこれに思い知らされる。
産婆であるわたしが皆の創造力の爆発を抑えつけていたことに。
だが、今年からはこの経験をもとに、どんどん舞踏譜による舞踏の共創に挑戦していくことができそうだ。
今までにない新しい地平が開かれた。
これだから冬期や夏期の実験は面白くて止まらないのだ。



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2019年1月26日 

サンギータ帰る



サンギータの事実が知らされた翌晩、わたしのサンギータの夢を見た。
サンギータは、おそらく他界からこの世へ戻ろうと必死に歩いていた。
力もエネルギーもなく、立っているのがぎりぎりの衰弱体そのもののからだを運ぼうとして
いた。一歩ごとにからだのどこかが支えきれなくなって崩れ、それをようようのことで立て
直してまた一歩歩を進めていた。彼女のこの世に戻りたいという一心が伝わってきた。
それはまぎれもなくわたしのいのちが死んだサンギータに共振して生み出されたクオリア
だったろう。歩いているサンギータはわたしであり、歩く中で私はサンギータと一つになっ
ていた。
わたしはいつかこの歩行を踊るだろう。この踊りは、サンギータとわたしのいのちが共振
して生み出されたものだ。
わたしは「サンギータ」と言った。それは物理的な実体ではない。わたしのいのちが共振
しているサンギータのクオリアだ。
クオリアはいかなる物質でも実体でもなく、純粋な生命共振である。
古代の人々はクオリアやそれが生命共振であることを知らなかった。だから彼らは想
像上のクオリアを物理的実体であるかのように混同しそれを恐れた。
彼らが「魂」や「精霊」を感じるとき、彼らはそれらが実体的な存在であるかのように信じ
、それにおびえた。
だが、今、わたしたちはそれらが生命共振によって生まれたクオリアであることを知って
いる。なにひとつ恐れることはない。生命の共振が生み出している興味深いクオリアの
流れだとして透明に受け取り、味わい楽しめばいい。

もう一つ、わたしたちが誤解しやすい点は、ときにクオリアがホルモンや神経伝達物質
などによって心身相互作用を起こし、からだごと何かの状態になりこんでしまうことがあ
る現象だ。
<ホルモンによるクオリアの身体化>と呼ぶ。
これもまた、生命共振現象の一環として透明に受け止めることができる。
ある心的クオリアが増進したとき、愛や憎悪や、恐れや怒りなどのホルモンがわたした
ちの心身を一瞬のうちに、ある種の強い傾性をもったベクトルに変える。アドレナリンが
心身に充溢すると有名な「たたかいか逃避か」モードの心身状態になる。オキシトシンが
心身に充満すると母子間の親愛モードに物質化する。
これもまた情動クオリアとホルモンや神経伝達物質が細胞レベルでの生命共振を通じ
て、細胞の物質的な状態を変化させているのだと、透明に見透かすことができる。

クオリアそのものは物質ではないが、それがホルモンや神経伝達物質と共振することに
よって、身体の物質的状態が変わることがある。
これもまた、古代の人々がクオリアを物質化して恐れた原因になっている。憑依したひと
や激情や狂気に駆られた人々を、精霊やもろもろの元型の顕現として恐れた。
だが、今ではわたしたちは、それらすべてを生命共振クオリアが引き起こす現象であると
透明に受け止めることができる。
共振塾20年の無数のサブボディ=コーボディがクオリアを乱舞してきた歴史は伊達で
はない。わたしたちはそれらすべてを透明な生命共振クオリアの多様な発現そして受け
止めてきた。
きみたちも恐れず生命共振の踊りを透明に見透かしてほしい。
いのちとはなにか。
死とはなにか。
生命共振クオリアとはなにか。
すべての答えがそこにある。

サンギータはわたしにさまざまな夢を語った。
ビデオを通じて作りたい作品の夢。
中退したカレッジの卒業資格試験を受けて、もう一度就職にチャレンジする夢。
フェイスブックで知り合ったボーイフレンドをそのうち、共振塾に招待してしばらくともに
過ごす夢などを朗らかに語ってくれた。
今、彼女自身がそれを遂行することができなくなった今、それを知るわたしが代わって
それらの夢を踊ってなにが悪かろう。それはごく自然な生命共振ではないか。
わたしたちはその踊りの中でひとつになる。
これも非二元クオリアの世界ではごく普通の現象だ。
そういうものとして生命共振クオリアをあるがままに透明に見透かすこと。
この生命共振だけは誰にも止めることはできない。
いくらゴーグルが情報を管理しようと、生命共振には一指も触れることはできない。
生命共振だけがやがて世界を変える力を持っている。



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 2019年1月24日
 

サンギータ、永遠に

 


悲しい知らせです。

長年ともに暮らしてきたサンギータが、今日帰省中の故郷の地で
伝染病にかかり、帰らぬ人となりました。
この3日間、ダラムサラから日本への旅行中でネットを使えず、
今日になってはじめて姉のピタールからの電話で知らされました。

サンギータは、1999年ダラムサラで生まれた。
共振塾の建設中、3歳だった彼女は学校の敷地を歌を歌いながら踊り歩いていた。
彼女の20年の生涯は共振塾の歴史とともにあった。
2年前、長年私を支えてくれてきたロメスがなくなった。
サンギータはすぐ、通っていたカレッジを中退し、ロメスに代わって
私を支えてくれるようになった。
この2年間、カメラウーマンとして、ビデオ編集者として、そしてわたしの
アシスタントとして、このサイトの更新などの仕事を手伝ってくれた。
とても勘のいい子で、この2年間の共振塾ビデオのほとんどすべてを
たった一人で編集してくれた。
ときどきはダラムサラの街にカメラを持ってでかけ、自分のビデオ作品も
作ろうとしていた。

最愛のサンギータ、安らかにお眠り。

きみのとびきりの笑顔がどんなにわたしをなごませてくれたことか。
きみの編集したビデオたちは、なおも人々を楽しませ続けるだろう。
きみの暖かさはからだの闇をへとへとになるまで旅するわたしをいつも救ってくれた。
思えばサンギータの死は、今までの70年の人生の中で、
もっともいつも身近にいれくれた人の死だ。
もう二度と会えないことが信じられない。
これからどんなにか、悲しみがいや増してくるか予想もつかない。

サンギータ、永遠に一緒にいるよ!


リゾーム・リー

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 2019年1月20日
 

癇の歩行

 

虫の歩行から癇の歩行へ


冬期集中コースでは思わぬ発見が相次ぐ。
これまで、、虫の歩行は第一段階として、虫の痒さに突き動かされて歩く、
第二段階として、虫を固有のクオリアに置き換えて動かされる、にとどまっていた。
今回第三段階として、虫の代わりに、土方が収集した癇のクオリアに置き換えて実験した。

虫の歩行と癇のクオリアは以下の通りだ。

「虫の歩行」

1.右手の甲に一匹の虫
2.左首筋からうしろへ降りる二匹目の虫
3.右の内ももから上がってくる三匹目の虫
4.左肩から胸を降りる四匹目の虫
5.五匹目 自分で知覚
6.あっちも こっちもかゆい その場にいられない かゆさに押し出される
7.あごの下 耳のうしろ ひじのうしろ 膝のうしろ ベルトのところ に
五百匹の虫
8.目のまわり 口のまわり 耳の中 指の間 すべての粘膜に五千匹の虫
9.髪の毛に虫
10.毛穴という毛穴に虫
11.その毛穴から 内臓に虫が喰う 三万匹
12.さらに侵食し 毛穴を通って外に出る虫 身体のまわり 空間を虫が喰う
13.さらに空間の虫を喰う虫
14.その状態に虫が喰う
15.(樹木に五億匹の虫――中身がなくなる)
16.ご臨終です (意志即虫/物質感)」


癇のクオリアの一部を示す。

えぐられて溶ける
きしむ空気
こめかみから鳥が飛び立つ
こめかみを植物がはう
どこまでも壁に染みる
ヒビが入る
ぶれた花がさまよう
むずがゆさ
もやの中へ消える
ゆくえをからだの中に入れる
メスカリンの神経の重層
一瞬の網の目に捕捉
下痢に雨が降る
人形がぶすぶすと燻る
体の中の針金
体の中を機関車が通過する
余白で成り立つ
俯瞰される
光に襲われる
光の蜘蛛の巣
兎に囓られる踝
内臓が体の外にぶら下がる
内臓から鶴の首が伸びる
内臓の水路を上に辿る
内部に塗り込められる顔
前方にぶれていく顔
剥離
吸い取られる呼吸
埃の飼育
墓守の顔に変貌
奥歯に染みる隙間風
しっぽが生えて開く骨盤
接吻されている老婆
曖昧なものを正確に包囲
木目をたどる指先の感触
水晶に閉じ込められる
無数の視線の通過
空間を裂く視線
耳の内部をさまよう
焦げる羽
胸の小部屋に鍵がかかる
膿をずるずると引っ張る
追いかけられる馬鹿
遠くの森から少女が近づく
闇を携えせり上がる
頭蓋の中に木の葉がはらはらと落ちる


思わぬ効果が出た。
はじめたばかりの初心者の動きが、まるで何年も修行してきた人のような動きになった。
それで確信した。
癇のクオリアこそ土方舞踏の精髄なのだと。
何年修行しようと核心を外していてはどこへもいけない。
癇、すなわちいのちがうまく共振できないクオリアを踊ることこそが
土方の衰弱体舞踏、そしていのちの舞踏なのだ。
虫を癇に置き換える実験は意外な発見をもたらした。
いまはまだ土方の収集した癇のクオリアのうちから、
気にかかったものをランダムに踊るだけだが、
やがて順序を定めて、<癇の歩行>の舞踏譜を作り上げてみよう。
来期は、癇の花を深める探求が中心の一つになりそうだ。

そして、第四段階として、虫の歩行の12から16にかけての世界変容部分を
各自のもっともうまく共振できない世界変容クオリアをシェアしてみた。
するとそれもまた、深い味わいのある世界共創になった。
上のビデオはただ適当な音楽を流して自由共振してみたにとどまるが、
ここから<癇の共振リゾーム>へ深めていく道も見えてきた。

どうやら今年は癇とリゾームの元年になりそうだ。

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 2019年1月16日
 

クオリア・リゾーム・共振

 

クオリア、ひも、いのちは共振するリゾームである


これまで、リゾームはそれを支持する人々の間でさえその特殊な形態、非中心的な多様
体などとして理解されてきた偏りがある。だが、リゾームはもっと動きとして、いつでもど
こでも自由に連結し柔軟に分離できる動きとして捉える必要がある。

そして今、わたしたちはリゾームのその動きを生み出すものとしての<共振>をその規定
に付け加えることができる。

リゾームのすべての動きと形は、共振によって生み出されている。
 

1.クオリア

 生命の創造性はクオリアの共振に基づいている。クオリアが他のクオリアに遭遇すると、
共振によって自動的に新しいクオリアを生成する。わたしたちはそれをクオリアの<共振
創発>と名付け、それがいのちの無限の基礎にあることを発見した。

 
ひも理論

現代物理学のひも理論によれば宇宙の万物はすべてひもの共振パターンの違いによって
生成されている。
ひもは宇宙でもっとも小さい距離であるプランク長さに折り畳まれている。

プランク長さは1mのマイナス33乗、すなわち
0.00000000000000000000000000000000001m
というサイスである。原子が1mのマイナス8乗、クオークがマイナス14乗であるのに比べ
ても極端に小さい空間で震えていることがわかる。

 
図1 ひも共振があらゆる物質をつくる

ネルギーと質量

アインシュタインは、エネルギーと質量が同じものであることを発見した。それらは相互
に変換することができる。相対論の有名な公式 E = mc(2乗)は、エネルギーが質量に
光速の自乗という巨大な定数をかけることにより相互変換が可能であることを示している。

すべての質量とエネルギーは、ひもの共振パターンの違いによってつくられている。宇宙に
は4種類の力(相互作用)があり、この重力、磁力、強い力、弱い力によってあらゆる物質
とエネルギーは生成変容する。

 

11次元空間

ひも理論によれば、ひもは11次元空間で共鳴しています。 プランク長さに巻き込まれた
6次元の極小カラビヤウ空間と、わたしたちの日常感覚でよく知られている3つの大きな
空間次元、そしてひも自体がもつ1次元の合計11次元空間でひもは共振している。


図2. 6次元のカラビヤウ空間


図3. ひも弦は宇宙のいたるところで共振している

 

ひもは数えることができない

ひもの持つもう一つの重要な特徴は、それが数を超えて共振連結・分離し、1つのひも
がときに2つにも3つにも分離しかつまた連結によってその数を減じることができる。誰
もそれを数えることができないいゾームとしての性質をもっていることだ。


図4 ひもは柔軟に連結・分離することでその数を変える。

 

無限の共振パターン

ひもの共鳴パターンは無限である。彼らは無限にサイズ、形を変えることができる。

 

図5,6 ひもの共振パターンは無限である

 

クオリアの共振パターンも無限

ひもの共振パターンが無限であると同様、クオリアもまた無限に変形流動する無限であ
る。
宇宙に無限は一つしかないと思われるから、ひもとクオリアはどこかでひとつにつながっ
ているのではないか。
そしてその両者を結ぶものこそいのちである。
 

3. いのち

生命は地球上で40億年前に生まれた。ひも理論によると、宇宙の万物はひもの共振パ
タ―ンの違いによって生成するから、生命もまたひもの独特の共振パターンによって生
まれたことになる。
地球に生まれた生命は、それ以前の物質やエネルギーとはまったく異なる特別な共振
パターンを持っていた。それが<生命共振としてのクオリア>である。
生命は環境との共振を通して自分の細胞の状態の変化をクオリアとして認識することが
でき、かつそれを細胞記憶として保存する力を持っている。
上の現在の物理的変化は<外クオリア>、下の細胞記憶は<内クオリア>」と呼ばれる。
そしてこの両者はいつも二重に共振し、それによって生命は現在の状況を把握すること
ができる。
これは宇宙の中で生命だけが持っているまったく新しい力である。生命共振としてのクオ
リアは、上記の宇宙の4つの力以外の5番目の力である。

 
4. リゾーム

上で見てきたように、クオリアやひもの形態や動きは、リゾームである。
いつどこでも共振によって連結し、新しいクオリアやひもの共振パターンを生み、そして自
在に分離する。
宇宙の万物を生んだひもがリゾームであるからこそ、その生成物であるクオリアやいのち
もまた数えることのできない変容自在のリゾームなのだ。
クオリアやひもこそリゾームそのものであり、リゾームではもっとも共振創発が起こりやす
い。だからこそひも共振はこの無限の大宇宙を生み、いのちもまた無限の創造性を持っ
ているのだ。

この宇宙のなかで物質やエネルギーの世界は、これまでに発見されている4つの力、4
つの相互作用(重力、電磁気力、強い力、弱い力)で生成変化することが分かっている。
だが、生命を理解するためには第5の相互作用、<生命共振としてしてのクオリア>の
論理を取り出す必要がある。クオリアは4つの相互作用では捉えることができない。生命
誕生とともに宇宙に生まれた第5の相互作用なのだ。
近現代の知性は、人間主義的な主体幻想に囚われてきた。そしてその人間主体幻想は
、プラトニズムやキリスト教の人間中心的な階層秩序幻想と結びついた資本主義によって、
資本を持つ「人間」が地球環境を思い通りに改変できるという思い上がりによって、破壊し
続けてきた。
だが、いまやその人間主体幻想を打ち砕き、<生命共振>という原理によって、世界を作
り変えなければならないときを迎えている。
<生命共振>はこれまでの既成論理のような主語述語関係とは根本的に異なるものであ
る。
共振には主語も述語もない。どちらからともなく自然に起こる。それが共振である。
あらゆる現象をこれまでわたしたちは、人間=自己を主体として解釈することに慣れてき
た。
だから、I see the flower. わたしが花を見る。という言い方を不思議もなくしてきた。
だが、それは共振論の見地から透明に見ると、人間的な主体幻想に囚われた妄想にすぎ
ない。わたしが『見る』より先に、花とあなたの目との間に光の共振が起こっている。それ
は花とあなたとの生命共振である。光を媒介したあなたと花との共振の結果、
花の映像があなたの視覚神経細胞を刺激し、あなたの脳において「わたしが花を見てい
る」という幻想が成り立つ。
わたしたちはいのちに関わるあらゆる現象を、もう一度、<クオリア共振>として捉え返
す必要があるのだ。
もし、実際に起こっていることを人間的主体幻想のバイアスなしにありのままに捉えよう
とするならば。

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 2019年1月9日


産婆技法の原則

1.透明になる
内に半分、外に半分耳を澄ます
何ものにも縛られない
2.自分のベストをシェアする
3.サブボディ=コーボディのすべてを肯定する。
すべてを途上の存在として受け入れる。
それに対する批判や否定に固執しない。
癇のサブボディ=コーボディが生まれたら、大切に育てる。
4.脱自
自我や思考が立ち上がる気配に気づく
念を継がない
5.いつも半分はコーボディ世界を共創し、半分は自分の秘密を運び続ける
6.合わせ離れ技法を自在に使う
7.問題に直面したら、直ちにそれを解決する調体を発明工夫する




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 バニヤンリゾーム in プネ (2015)
 2019年1月7日


調体7番 リゾーミング


「調体7番 リゾーミング」は、この二十年間で毎年のように変わってきた。それだけ、うまく
定義しにくく、かつ調体内容も揺れに揺れてきた。それだけ、格闘してきたのだといえる。
だが、二十年経ってようやく、最終的な定義に到達することができた。以下の通りだ。

リゾーミングとはリゾームになることだ。リゾームとはからだの任意の部分が他のどの部
分とも自由に連結し、かつ分離することができる。つまり、日常体が持つ内的階層秩序
、頭がトップで、そこからからだを司令するという内的ツリーを破壊し、脱領土化し、ノマド
のように、自他の境界を越えて自由に旅する体になることだ。わたしの腕がきみの尻に
くっつき、きみの頭がわたしの背中に連結する。
肛門が飛び、高速の膣が走る。ときに
ミツバチの群れになり、モグラのトンネル、伝染熱になる。
それがリゾームだ。ツリーの制約を超えて、もっともクオリアとクオリアの意外な共振創発
が起こりやすくなる状態だ。


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 2019年1月6日


リゾーム革命元年



一匹狼になれ!
狼は一匹でも群れであり、リゾームである。
自分が信じる道をたった一人で切り拓け!
論議や会議の承認はいらない。
会議のときはそれぞれが切り拓いた成果を持ち寄り、
それらの間の最適の共振を見つけるだけでいい。
われわれは実践的なリゾームになる。
これまでの20年間は、ヒマラヤの共振塾という、外界から切り離され
守られたいわば子宮のなかでリゾームは胚胎する実験を繰り返してきた。
いまや、それぞれが社会との接点を求めて、世にでるときだ。
ことしからわたしは、一切の共振塾経営業務から身を引いて塾生たちの共振運営に
任せることにした。
経営といってもこの15年間、毎年の収入は必ず出費を下回り、恒常的な赤字経営だ
った。それが15年も続けてくることができたのは、Leeが30代のコピーライター時代に
稼いだ貯金を毎年食いつぶしてきたからだ。だが、その貯金も去年で底をついた。で
、この絶好の機会に退場して、塾生たちにゼロから経営を立て直してもらういい機会だ
と判断した。
すると去年の後半から、産婆陣が多くの改善案を持ち寄り、それぞれがベストと思える
方法で改善を推し進めてくれるようになった。
わたしは、ただ創造と産婆と執筆に集中することにする。それができるようになったの
がとてもうれしい。

境界を透明化せよ

ひとつ気がかりがある。
塾生たちの間に、ナショナリズム的な境界が存在することだ。
とりわけ、インド人と西洋人との間に抜き難い溝がある。
それをそのままにしていては何もはじまらない。
サブボディ=コーボディになるには、あらゆる人間の条件を脱ぎ捨てる必要がある。
とりわけ、自我あるいは自己同一性、性別、国家の3つを脱ぎすてること。
それらは現代でもっとも強い元型だ。無意識域で刷り込まれているため、簡単には脱げ
ない。
1秒間に18回以上の頻度で絶えず脱自する必要がある。
自我は自己を肯定し、他者を否定する傾性に染められている。
それに気づいたら、たちどころに沈静化すること。
それを「サティ」という。ミリ秒単位のサティによる脱自が必要になる。
それを訓練し続けること。


Crick here to see Lee's Wiki


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 2019年1月1日


リーのWiki Pageができました


おかげさまで、ダラが書いてくれたLeeのWikiページが承認されたようです。
簡潔によくまとめてくれている。
ありがとうダラ。
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  The death of God and the Disappearance of Man
Michel Foucault (1966)
 2019年1月1日


神の死と人間の消滅

ミシェル・フーコー (1966)



新年おめでとうございます。
今日は特別、20世紀でもっとも重要な哲学的発見について紹介したいと思います。
それは、19世紀におけるもっともj重要な出来事であったニーチェによる
神の死と並ぶ、フーコーによる人間の消滅という事件です。
それは1966年フランスで起こった。
そして、驚くべきは、ちょうど同じ時期海を超えた日本で、
「人間の条件をすべて捨てる」という土方巽の舞踏が実践されていたという
共時性だ。
いのちは深いところで一つにつながって共振している事実を
まざまざと体験した。これはわたしたちの世代にしか分からない共時性だ。
だが、いつかまた世界中のいのちがリゾームに共振する日がきっと来る。
ツリー状の階層秩序がいのちの創造性を封じ込めていることに
いつか世界中の気づく日がかならず来る。
わたしはそれを信じている。


We will start from here to the future.
What will happen after the disappearance of man?

Hear Hours of Lectures by Michel Foucault: Recorded in English &
French Between 1961 and 1983


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2018年12月22日

創造性とはなにか?

わたしたちの探求はいよいよ佳境に差し掛かってきた。
創造性とはいったいなになのか?
この問に応えることのできる日がきた。
創造性の根源はクオリアの共振創発性にある。
クオリアは無限の共振性を持つ。
あるクオリアが別のクオリアと出会うと、まるで磁石のように吸引しあい、合体してひとつに
なり、新しいクオリアが生まれる。
これがいのちの創造性の根源にある秘密だ。
人類史上まだ誰もこの秘密を探査していない。
創造性とは何かという秘密を説いたものもいない。
クオリアは生命共振そのものだが、その秘密もまだ解明されていない。
いま、世界中でわたしたちだけが、生命―共振―クオリアという三つ巴の謎に迫ろうとして
いる。

クオリアの共振創発が創造性の根源

いのちの持つ創造性は生命共振クオリアのもつ共振創発性に基礎を持つ。
そしてその仕組を暗黙理に気づいたひとだけが、その秘められた能力を開く術を得た。
だが、その秘密が人に語られた例はない。
たしかに、近来、下意識が秘め持つ創造性に注目する人々が現れ、自己催眠技法などに
よって下意識モードに導いて、その創造性を開く研究は進んできた。
それらの現象の基礎にあるのが、<クオリアの共振創発性>だ。
クオリアは放っておいても出会って勝手に新しいクオリアを共振創発する。
だが、日常体は、日々の営みや社会生活から押し寄せてくる分厚い情報の洪水やツリー
状の判断に囚われて、クオリアとクオリアの自由な出会いを起こせる環境にない。

瞑動で閉ざされた日常体を開く

われわれのいのちをこの日常体の閉ざされた状態から引き出し、クオリアとクオリアが
自由自在に出会うことのできる下意識の非二元かつ多次元共振モードに持っていくの
がサブボディ技法である。
サブボディ技法の根幹は瞑動調体にある。
瞑動とは、動きながら瞑想することである。からだが誰かにゆっくりと動かされるに任せ、
同時に内に50%、外に50%耳を澄ます透明体に移行していく。
従来の古典的瞑想は、体動チャンネルを閉じ、思念のみに集中して瞑想してきたが、い
のちの根源である体動チャンネルを閉じていては、いのちの非二元多次元共振状態
になることができない。
何千年もの伝統と歴史を持つ古典的瞑想は自ずからいのちの創造性を疎外する陥穽に
陥っていた。
サブボディ技法は、その陥穽を打ち破り、いのちのもつ無限の創造性へ、わたしたちの
日常生活を開くものである。
この技法はまず、体動チャンネルを主に開く舞踏ダンスの場で20年前に発見され発展
深化してきた。

生命共振芸術

だが、今日ではこの技法は舞踏ダンスにとどまらず、視覚聴覚、人間関係、世界像=自己
像チャンネルに関わるあらゆるジャンルの芸術に、誰もが参与できる可能性を開くものだ。
わたしたちはこれを<生命共振芸術>と名付けた。
世界中の誰でもが、ただ瞑動にからだをあずけるだけで、
いのちの持つ無限の創造性、固有性、共振性を開いて、
世界中でたった一人のユニークな創造者になることができる。

生き方を変えたい人はたったいまヒマラヤへおいでください。
わたしたちは、一年中あなたを迎える用意ができている。



 

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