2018

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からだの闇を掘る
 
 けむり虫の態変 リゾーム・リー
 2018年1月14日

長い囚われからの寛解

長年囚われていた母への愛憎から解き放たれて、これまで見えなかったことが少しずつ透明に見透かせるようになってきた。
わたしが今のわたしになることができたのは、災難や苦境を含むあらゆる出来事を体験したからだ。とりわけ、幼少時に母から離れて、土地のシャーマンだった祖母と過ごすことができたことは、いまのわたしの根幹をなしている。アニミズム的な世界の見方もすべて祖母から学んだ。土方の幼少時のアニミズム体験に深く共感できるのもその御蔭だ。両親がわたしを手放してくれた体験がなければサブブディ技法も生まれることはなかったし、もともと舞踏家などになろうとはしなかったに違いない。いまはなき両親祖父母に尽きせぬ感謝が湧いてくる。
囚われから脱け出すのに60年以上もかかったことになるが、どんなに遅れても遅くてもここにたどり着くことができただけ、幸いとしなければならないだろう。
次の課題はいまだつきまとっているアニマと性愛の幼児的退行の謎だ。これも何年かかるかわからないが、謎が深ければ深いだけ、解きがいもある。解けたとき何が起こるか、見当もつかないが楽しみが増えた。


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 赤兒のけむり虫 リゾーム・リー
 2018年1月7日

突然の変化

わたしは、3歳から7歳にいたるまで、突然両親がわたしの前から消えた傷に長い間囚われていた。老年に達した今に至るまで、消えた母に対する怒り、悲しみ、寂しさ、憎しみ、そしてどこへも行き場のない愛着などが縺れ絡んだくぐもりに取り憑かれていた。頭ではかれらにのっぴきならない事情があったことを理解しても、不意に吹き上げる情動の噴出をどうすることもできないでいた。
しかし、先週の金曜日、突然の変化が起こった。
いつもの産婆役を離れ気楽に参加している冬期コースで、産婆のパメラは40分間の目隠し歩行をガイドした。実に豊かな40分間となった。
暗闇の中を歩いているうち、突然垂直に切り立つ岩の壁に触れた。校舎の石壁だと気づいたがその瞬間、小さい頃母あるいは父が私に語った話が蘇ってきた。ライオンは赤兒を鍛えるためにわざと崖の下に突き落として育てるという話だった。
その次に庭に放置されている自転車と出遇った。
はじめて自転車に乗れるようになった9歳の頃の寺の境内、隣町に母のミシン内職で造った衣服を届ける中で、悪ガキ共に囲まれて乱闘になった記憶、市電のレールにタイヤが挟まってあやうく轢かれそうになった記憶などなどが蘇ってきた。
不思議なことに、暗闇の中の旅でわたしはそのライオンの物語通り、わたしの幼児時代のすべての経験を受け入れることができた。わたしに厳しい環境を与えることでわたしを鍛えようとしてくれたのだと、両親に対する感謝の気持ちが湧いてきた。
先週の金曜日、私は庭でそれを踊った。階段を転がり落ちて、そこからまたよじ登った。子供時代のわたしが出遇った様々な試練を踊った。小さな自転車と踊っていると見知らぬアニマとのデュエットになった。母ばかりでなく女性とうまく付き合えない関係の絡みもまたわたしにとって試練の場だったのだ。

こうしてゆっくりと、わたし幼児期のトラウマから解き放たれていっているようだ。わたしはいま68歳、なんという長い年月がかかったものだが。からだの闇のなかではなにかが少しずつ動いている。


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 2018年1月1日

40億年目の、新年おめでとうございます

今日は生命誕生以来40億年目の新年です。
海のそばで生まれ育ったわたしは、ヒマラヤに20年棲み続けているいまも、
ときどきしきりに海が恋しくなります。
そして、わたしたちのいのちがいつも原初の海を体内にたたえて生きていることを思います。わたしたちのからだは100兆個の細胞からなりますが、
各細胞は細胞内に原初の海をたたえて生き続けています。
アメーバやバクテリアとおなじように。
とくに、生命のための重要な仕事、たとえば受胎から誕生の過程や脳の活動は、
いまなお原初の海と同じ組成をもつ羊水や脳髄液を離れて行うことはできません。
水を介して、100兆個の細胞がかれらの秘密の方法で共振していることに耳を澄ましてください。
新年の最初の日に、からだのなかのいのちの原初の海に耳を傾けるのも悪くはないと思います。
おびただしい情報と格闘している「人間」としての毎日から離れて、
からだのなかの水にしばし耳を澄ましてください。
わたしたちがいのちであることを思い出させてくれるでしょう。

明けましておめでとうございます!

2018年元旦

リゾーム・リー

 
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 2017年11月3日

土方巽と同質の追体験方法の発見

『病める舞姫』に取り組み続けて、5年になる。
闇の中を手探りで転びつつ歩を進めてきた。
ようやく今年になって、見出された
<ドリーミング シェア>、
<リゾーミング シェア>、
<ドローイング シェア>

などの新しい技法を使って、土方が『病める舞姫』を書いたときと同じ下意識モードのからだになり、彼と同じように忘れていた幼少期の潜在記憶を思い出し、からだで共創しながらシェアし合う方法が見つかった。

これは土方と同質の方法でクオリアの変容流動を味わう、
とてもいい体験になった。
去年までのように『病める舞姫」の超難解なテキストに取り組むばかりではなく、自分でからだの闇のクオリア流動をそのまま言葉にしようとすると、その言葉は二元的な論理的な言葉ではなく、いわば<クオリア言語>とも言うべき、クオリアの特徴を色濃く保つもっとも基礎的な言葉で表出されることがわかる。
そしてそれらのクオリア言語は明確な主語述語などの文法にとらわれず、主体が自在に変容して変容していったり、突然場面が変わったりという、『病める舞姫』同様に自在変容することもからだでつかめた。

そう、ついに私たちは、長年探し求めていた
<ツリー=リゾーム技法>をからだで深化することのできる場に出会ったのだ。

からだの闇のリゾーム的なクオリア流動の非二元世界と、ことばによるツリー的な階層秩序の世界とを自在に往還する<ツリー=リゾーム技法>を活用しない限り、この二世界を旅することはできない。
各塾生が固有の舞踏譜を創造し始めたのも、この<ツリー=リゾーム技法>の実践的な展開だ。
<ツリー=リゾーム技法>は、実際に自分がからだで追体験し、仲間の体験を行き来しながら共創する実践的な体験なしに、言葉で説明することは不可能だ。
(いつかは可能になるだろう。だが、それまでにゆうに十年はかかることは間違いない。)


ヒマラヤへ来たれ!
本当に豊かないのちの探求をしたいひとはここに来て、からだの闇をともに掘り進めよう。



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 2017年11月2日


固有の舞踏譜を書く

これまで土方巽の舞踏譜「静かな家」と「病める舞姫」に取り組んできた。
今週、わたしたちは、それぞれ独自の舞踏譜の作成を始めた。
土方の舞踏譜をからだで読み、出て来るサブボディのクオリアを言葉に置き換えて書き始めた。
ちょうど昨日、これまでのサブボディーコーボディのクオリアをすべてビジュアルチャンネルに変換して、サブボディ絵画を描いたばかりだったので、こんどはそれを言語に置き換えて書き出すのも抵抗なく行うことができた。

特に、「静かな家」の<急>の部分である25、26、27節には、静かな家のエッセンスとも言えるもっとも濃密なことばが書き込まれている。自在跳梁、密度を運ぶ、Xによる還元と再生、自他・内外の境界を超える非二元域など、ありとある重要な精髄が込められている。ごくごく短時間にすべてのクオリアを踊る世阿弥の言う
<揉み寄せ>の急の最適見本がそこにある。

25 (悪夢)

 

悪夢こそはこの裸体なのだ

 1、虫やらミショーの顔やら、少女と馬の顔やら、

  電髪の女やら、馬鹿の顔やら、ボッシュが描いた人物の顔やら、

  助けてくれと嘆願する手やら

 2、犬と花と影とトントントンと跳ねる虫

 

26 奇妙な展開のさなかで

 

 1、手のなかへの求心的な恋愛を頭蓋のなかにすっかり置き変える

 2、神経が棒になり、棒が乞喰になった。乞喰が旗を振っていた、

  それは大きな鳥であった。

 3、首が馬の首になってのびると、指のゴムものびた。

  その作業のさなかに、点の眼と視点が変えられた。

  Xによる還元と再生にさらされていたのだ。

  その時は、背後に爪がザックリとささり、ゆくえははぐれて育ち、

  新たな還元により、小さなマイムがそこに誕生していた。

 4、内部が外部へあふれ出し、あふれ出していったものが仮面の港へ

  帰ってくる。仮面は森のなかへ船出をするのだ。

 5、額の風、額はとらわれている。手の葉、植物の軌跡を走り、私は、

  ついに棒杭の人となっていた。

 6、深淵図の中で、全ての事象の午前一時のなかで、柳田家の孔雀は完成される。

 

27 皮膚への参加

 

 1、小さな頭蓋のなかの小さな花、それはそれは細い細い視線、

  神経は、頭の外側に棒を目撃した、

  その棒を額で撰り分けている視線。

 2、小さな顔で歩く盲はまるでサルのようだ。猿の頭に落雷。  

  頭の中に小さな花が咲く、糸つむぎの唄が聞え出す。

 3、引きのばされる老婆は一枚の紙になるだろう。

  老婆はその紙の上に蛾のように乗っかるだろう。

 4、武将は女王になり、女王は関節の箱におさめられるだろう。

  その箱のなかからの生まれ変わりがフーピーという踊り子である。

 

固有の舞踏譜を作るという試みは共振塾の歴史の中ではじめてのものだ。去年までのわたしの言葉に対するコンプレックスのために閉ざされていた可能性がはじめて開かれた。なんと長い間わたしはそれにとらわれていたことだろう。
去年あたりから何かが変わりはじめ、これまでの長い氷期の氷が溶け始めた。ゆっくりと言語チャンネルを開くことができるようになってきた。

固有舞踏譜の成果は目をみはるものがあった。各踊り手がおそらく濃密な舞踏譜とそれによる振り付けを創り出しつつあるようだ。

これまでの古い塾生には申し訳ないことをした。わたしの限界によって塾生たちの創造性まで制限されていたのだ。
しかし、これはどうしようもないことだ。自分の限界を克服し、新しい地平を開くには非常に長い時間がかかる。


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 2017年11月1日


カフカと土方巽


「きみと世界との闘いでは、世界に支援せよ!」 F.カフカ

「私は通常問題に自分を喰わせることによってそれを解決する」
F.カフカ


わたしが若い時分に影響を受けたフランツ カフカの2つのことばを紹介しよう。
ひとつめのそれは、昔評論家の加藤典洋が、彼の書名にしたものだ。そのときはその意味をうまくつかめなかった。
若いわたしは世界と自分との間に分割線を引き、つねにその線のこちら側に自分を置くという、自我の習性に囚われていたからだ。
今になって、上の2つの言葉は同じ態度を意味していることが腑に落ちてきた。
慣習的な自他や自分と世界の間に分割線を引くという幻想に囚われている限り、問題を根本的に解決することはできない。最大の問題はその二元的な分割線に囚われていることだからだ。
二元論的な幻想の分割線を消し、その両側に自在に行き来すること。
そして、どちらの側からも踊ること。
自分への囚われを脱ぎ、自分を脅かし、喰おうとする世界や問題の側から踊ること。
それによって、自我や自己という現代最大の元型の支配から透明に離れ、すべてをいのちの共振として受け止めることができるようになる。

それがカフカが見つけた解決策だった。
彼は世界を支援して世界の側からとことん彼を攻撃した。
彼は自分の問題に彼を食い散らすに任せたのだ。
それは二元論的な「人間」の囚われを脱ぎ、非二元かつ多次元的な生命共振への根本的な移行だった。

この方法で、彼は彼の小説、「変身」、「城」、「審判」などの傑作を生み出すことができた。

これは「静かな家」を踊り、「病める舞姫」を書いた土方巽にも共通する生き方だった。

近代社会の『人間』という妄想を脱ぎ、訓育された自他の区分や幼稚な自己と世界の対立という二元的幻想を脱ぎ捨てて、あるがままの生命共振を透明に踊る。それが生命の舞踏なのだ。
今期は、10月までにほぼすべての必要な技法を共有することができたので、生命共振に集中する奇跡的な二週間を持つことができている。
共振塾の歴史の中でもはじめてのことだ。
はじめてもっともやりたいことに専念できている。
だが、いったいいままでのわたしは、それを怠って何にとらわれていたのだろう。


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 2017年10月25日

<リゾーミング シェア>

調体7番 リゾーミングは、リゾームになる調体だ。
頭脳ー神経ー身体の動きという日常体のツリー構造の幻想を脱ぎ、からだを千千に細分化し、そのどこからでも任意のクオリアと共振することによって変容が始まるからだになる。
一つの細部から始まった変成はつぎつぎと他の部分に伝わり、ついには全身が変成するプロセスを詳細に見せる。
このリゾーミングは、<タメ>と同じく、一つの踊りの中でもっとも大事な部分に使われる。大事なクオリアは、通常よりもはるかに微細に細分化して、変成が進むプロセスを詳細に見せることで、観客や世界とより深く共有することができる。

去年までは、ここまで止まりだった。だが、ことし、わたしたちはサブボディ(個々人)のリゾーミングから、コーボディのリゾーミングに展開する練習方法を見つけることができた。
<リゾーミング シェア>と名付けられたそれは、幾つかの段階からなる。

<リゾーミング シェア>

1.それぞれが、自分固有のリゾーミングを探る。

2.車座になってそれをシェアする。ひとりがある部位から始まるリゾーミング変成のプロセスを見せ、他はそれをコピーする。
さいごに最初の人から次の人へ、クオリアをパスし、イニシエーターを交替する。

3.鳥の群れのようなスォームで、シェアする。
他人に背を向けた群れの先頭の人が自分のリゾーミングを開始し、他がそれに従って動く、先頭が頭の向きを変えると、別の人が鳥の群れのリーダーになる。

4.ランダム<リゾーミング シェア>
自由共振のなかで、だれもがそれぞれのリゾーミング変成を試みる。そのなかで、もっとも面白いと感じられた動きを誰かがコピーし始める。この役割を促進者(プロモーター)と呼ぶ。促進者が、だれが率先者であるかを決めるのだ。そしてそれに他の人々が従うことによって、おおきな傾性が生まれ、世界が変化していく。

5.<共振リゾーム>へ
この傾性を共振によって共創することで、徐々に世界を変容させつつ展開していくのが<共振リゾーム>である。<リゾーミング シェア>の段階的発展から、自然な<共振リゾーム>が生まれてくる経路がようやく発見されたことになる。


<リゾーミング技法>
はこれまでヒマラヤでひっそりと探求されてきた秘密の変容技法である。
それが今年になって個人の技法を超え、
<リゾーミング シェア>を通じて、<共振リゾーム>を共創していく道筋がようやく見つかった。
これによって踊りの世界は特別の振付家や演出家なしに、踊り手の間の生命共振だけで面白い踊りの序破急成就が生み出されていく可能性が開かれた。
それは、やがて、踊りの世界での実験を経て、生命共振を通じて世界を変えていく大きな実験の雛形となるだろう。

これはこれまで20年以上も探し求めてきたものだ。技法の発展はこのようにとても時間がかかる。20年に一度くらいしか創発なんて起こるものではない。

しかし、それは何百万年もの間に一回しか起こらない突然変異によって、これまでの生命進化が展開してきたのと同様である。
それを探し求めていれば、いつか必ず、重要な展開が生まれる。必死でそれを探求しつつ、そのタイミングの到来を我慢強く待つことだ。







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 2017年10月23日

いのちになろう!

いのちになろう!
いのちとして生きよう!
あらゆる生きとし生けるものは、40億歳のいのちだ。
わたしたちのからだを構成する100兆個の細胞はすべて、
40億年間生き延びてきたいのちだ。
40億年といういのちの叡智と比べると、
わたしであるか、そうでないかというようなことにこだわるのは、
自分自身をとてつもなく矮小化することだ。
自我だの自己だのにまつわる問題はたいしたものではない。
たとえわたしたちが一生その囚われから逃れられない存在であるとしても。
そういうちっぽけな自分を脱ぎ、
無限の死と再生を含む40億年のいのちとして生きる道を探そう。




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 2017年10月21日

いのちの共振を踊れ!

いま、ようやく、わたしたちは生命の舞踏とは何か、率直に言うことができる場所に到達した。

いのちは共振である。
いのちはあらゆる境界を超えて、すべてのクオリアと共振している。
人と人は共振し、人と物が共振し、人と見えない背後世界との間でいのちは微細に共振している。
それはとても微妙だが、日常の二元論的思考を止めると、かすかにそれを感じることができる。
共振には主体も客体もない。共振はどちらからともなく同時に起こる。

そのすべての共振を踊れ!

いのちの共振を踊ることで、わたしちは自我を脱いでいのちになることができる。

いつも、ただただ微細な共振への気づきに耳を澄ます。そして、感じ取られたかすかな生命共振を微細なディテールや、部分の動きとして踊る。

同じ共振パターンで共振することもあり、異なる共振パターンや、反対のパターンで共振することもある。

すべては共振だ。
間違いを恐れることはない。
いのちは非二元域で共振している。
そこには正解も間違いもない。

ただ、すべての共振を踊る。
それだけでいい。

これを通じて、かつてない共振美を開くことができる。
自信を持ってこれを楽しもう。




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 2017年10月20日

陰気な空気ー生命共振を通じた微細な世界変容の共創

『病める舞姫』には、人と物、人と人、人と見えない背後世界の間の微細な生命共振を通じて世界が異様に変容していく事例に満ちている。
わたしたちはこれらの微妙な生命共振への気づきを深めることによってそれらの世界変容を共創することができる。
これは、土方が言った「そっとある陰気な空気に人は動かされる」という<陰気な空気>をサブボディ技法特有の共振リゾームによって世界変容を共創するプロセスでもある。

次の舞踏譜はこれを練習するためのものである。
もっとも肝心なことは踊りの中で、踊り手、物体、背後世界の間のごくごく微細な生命共振に気づき、それに耳を澄ますことにある。

陰気な空気

1.けむり虫の歩行
2.ランダム変容
3.共振する静物になる
4.ランダムなけむり虫の歩行
5. からだだけの密談
6.ランダム変容
7.壁になる
8.ランダム変容
9.中腰で祖型的なものを引き上げる
10.元型の妄想と闘う煤け姫
11.転石
12.ランダム変容
13.ヒューマンウォーク
14.ヒューマノイド
15.システムエラー
16.溶け落ちて粘菌
17.スターフィッシュ
18.特定の形に盛り上がる粘菌
19.けむり虫
20.箱に入れられるコーボディ
21.大きな樹へ
22.動く森へ
23.獣の群れ
24.静寂
25.けむり虫
26.消失


実際の踊りの共創の中で、生命共振を通じて無限にこれらの変奏が可能である。
常に生命共振に耳を澄まし、
新しい共振パターンを発明せよ。




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 2017年10月19日

<ドリーミングシェア>、『病める舞姫』に出会う

今週から、『病める舞姫』の共同研究が始まった。
これまでの方法は、まず、難解なテキストの意味を把握するための読みを共有し、次にじぶんのからだで、書かれていることを実際に行いからだで理解する<ボディ・リーディング>に進むという方法で研究してきた。
だが、今年から、もうひとつ新しい方法が加わった。<ドリーミング・シェア>だ。
これは自己催眠技法をつかって、下意識モードになり、それぞれの人生で味わったもっとも奇妙で、気味の悪い、神秘的な体験を、忘れられた記憶の中から掘り出すという作業だ。
そして、その世界を言葉と動きを使って共創する。
すると、この日、各サブボディのからだの闇から、「病める舞姫」と同じような気味悪い世界が次から次へと出現してきた。

これまで『病める舞姫』の探求と<ドリーミング シェア>はまったく別個に進められてきた。だが、この日突然それが一つになった。奇跡的な瞬間だった。
そうだ。実は<ドリーミング シェア>の方法は、土方巽が「病める舞姫」を書いたのとまったく同じものだったのだ。

土方は一人で部屋を借りて缶詰状態に自分を置き、彼しか知らない秘密の方法で下意識モードになり、元藤夫人と少数の弟子を呼び、口述筆記を始めた。その原テキストは非常に混沌としたものだった。彼は彼のからだの闇内部のクオリアの変容流動をそのまま語ったからだ。それは明確な主語や述語を持たない、文法破りの文章だった。土方はそれを友人の有名な詩人高野喜久雄に託した。最小限の手を入れて読めるものにしてくれと頼んだ。
高野が手を入れた文章に、土方は都合二回に渡って著者校閲をして訂正している。 一回目は毎月の劇場誌に投稿するとき1977年4月-12月)で、二回目は書籍として出版したとき(1983年)だ。それによって現在わたしたちが読むことができる最終的なテキストが出来上がったというわけだ。(これについては、中村文昭の「病める舞姫のオリジンをさぐる」という詳細な研究がある。後に触れることになるだろう。)

ともあれ、この間わたしたちが探求してきた<ドリーミング シェア>の方法は、土方が原文を述べたのとまったく同じものだった。元藤夫人にかわって、ここではわたしが各サブボディが語る言葉を筆記したが、それは土方が口述筆記させた原テキスト同様主語述語の区別も文法もはっきりしない<クオリア言語>そのものだ。
しかし、わたしたちの下意識ではほとんどすべてのクオリアを共有しており、サブボディは共振力に満ちているので、どんな奇妙なクオリア言語にも、ただちに共振することができる。<ドリーミング シェア>の中では、サブボディはただちにコーボディになり、コーボディはサブボディになる。そこは自他区別のない非二元世界なのだ。

今年は、第15回ヒマラヤ舞踏フェスティバルに向けて、この方法を深めながら各自の踊りを共創するつもりだ。それは土方巽にとっても未踏の舞踏だった「病める舞姫」世界がはじめてこの世に出現する奇跡的な舞台となるだろう。




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 2017年10月12日

いかに未来をひらくか-死者山崎との50年


畏友、山崎博昭は50年前の10月8日、ベトナム反戦運動の中で死んだ。
わたしは毎年10月8日にはバッハの作品番号1008無伴奏チェロ曲をかけ、山崎とともに踊り続けてきた。
その踊りは数々に変奏し、下記に掲げるような踊りになった。
50週年を迎える今日、あらたにわたしは人生を振り返ってみた。

未来からの目

舞踏は死者の国に身をおいて、他界からこの現実世界を見る。
「見えることが腐る地点からしか姿を表さぬもの、本当に生命を開くことは、屍になることにむしろ似ている。」(土方巽)
世阿弥は離れたところから常に自分を見続ける。離見と呼んだ。
土方はこれを「森の巣だ。目の巣だ。」と呼んだ。
わたしはこれらに加えてもう一つ、<未来からの目>で自分を見る。
現在を、現在の問題がすべて解決された未来からの眼差しで見る。するとこの現在にいかなる問題が解決されないまま残っているか、そして、いかなる解決の兆しが生まれかけているか、が見える。

わたしはこの「未来からの目」を思想家埴谷雄高から学んだ。埴谷は土方舞踏に「胎内瞑想」を見て取った人だ。いや、埴谷だけではなく、1960年代当時の日本の思想家や運動家はみなこの目を共有していた。
詩人谷川雁はつぶやく。
「ああ、未来の国家それだけのこと」
吉本隆明も絶えずこの目を保持していた。そして最終的に
『アフリカ的段階』において、非二元かつ多次元的に変容流動する人類のアニミスティックな原初的なこころのあり方にたどり着いた。そのこころはわたしたちのあらゆる心的現象の深淵に眠っており、それとの交流を回復することが未来につながる希望であると。
その同時代に生きた土方巽もまた、彼独特の方法でそれを探った。
「人間はまだ神話的秩序や歴史的秩序、これから来る未知の秩序の百万分の一も触れていない。」
「自他の分化以前の沈理の出会いの関係の場へ下降せよ。」
「舞踏はそういう関係の根へ降りていく作業なのです。」


「自他分化以前の沈理の出会いの場」とは、吉本が到達した「アフリカ的段階」のこころ、非二元かつ多次元的に共振し、変容流動する生命共振クオリアの世界に等しい。

リゾームの萌芽

わたしはいつもいのちに問いかけ続けてきた。
「なにが一番したいのかい?」
「どんな世界で生きたいのかい?」
いのちは応える、言葉ではなく、ふとした気配や夢見を通じて。
「とんでもないほど面白い世界で生きたいな。
すべてのいのちが思う存分弾けることができるような世界で。」
「ツリーじゃなく、リゾームがいいなあ。」
この世界はそれを抑制するあまりに多くの制約に満ちている。
一言でそれらを束ねれば、この世に蔓延するあらゆる位階制秩序、ドゥルーズ=ガタリはそれをリゾームに対立するツリーと呼んだ。
リゾームは哲学者ジル・ドゥルーズが発見した未来社会の萌芽形態である。あらゆるいのちがなにものにも束縛されず、あらゆる境界を超えて自由に連結し、自在に分離する。中心もなく、上下関係もない。

じつは、ツリーが存在するのは、この人間世界だけである。
人間社会以外の世界はすべてリゾームである。
マクロの宇宙には、中心も上下もない。
ミクロのひも共振の世界も完璧なリゾームである。
ひも理論によれば宇宙に存在するものはすべて極小サイズの振動するひもの共振パターンの変化によって生じる。
あらゆる振動するひもは他のひもと自由に連結し、2が1になり、すぐさま3に分離する。たえず変容流動しているから、数えられる数が存在しないドゥルーズはおそらくひも理論を知らなかっただろうが、ひも共振のミクロ世界はまさしくリゾームそのものである。
そして、いのちが共振するクオリアもまた、この無限に変容する共振するひもからなる。

人類がこの数千年間でこしらえあげてきた国家、政治、宗教、法、経済、道徳、情報管理システム、価値判断は、すべてこの二元論的なツリーに囚われている。
わたしはこれらの国家をはじめとするツリーが死滅していく未来から現在を見る。

瞬間ごとのリゾーミング

サブボディ共振舞踏がヒマラヤでこの20年探求してきたのも、そういうリゾーム的世界を実現する道だった。
この20年の過程で、自他や内外、世界と自分との境界を超えて変容流動する「共振リゾーム」や「ドリーミングシェア」の方法を見つけ出した。

そして、踊りを共創する現在の一瞬一瞬に、リゾーム的な自由な生命共振をぶち壊すツリー的な傾性が出てきたらその瞬間ごとにそれを消滅し、リゾームの可能性の萌芽を見つけ、それを支援し増幅してきた。わたしはこの一連の仕事を<リゾーミング>(リゾームになること)と呼んでいる。
舞踏共創のような限られた世界にも、振付家や演出家のような既存の権威にあぐらをかく人々が存在する。わたしや共振塾生の自我もときにはその影響を受け、他者を自分の思いのままに動かそうとする自我やリーダーシップが現れる。自分に反するものは皆殺しにする政治家や将軍のような傾性に囚われることさえある。
わたしたちはここヒマラヤで常に内に50%、外に50%耳をすまし、なにものにもとらわれない透明瞑想を続けているので、それらの傾性が出てきた瞬間にそれに気付き、ただちに鎮静化する。
そして、将軍のようなツリーではなく、リゾーム的な別の方法を見出す。
瞬間ごとに生まれるツリーを消し、リゾームになろうとしてきた。
それはいのちの本源にかえる道なので、いのちにとっては気持ちのよい道だ。
リゾームの中ではあらゆるいのちの創造性が弾け、固有の世界変容が次々と生まれ、それを生命共振によって共創し続ける。

ヒマラヤから外へ

これまで20年人里離れたヒマラヤの共振塾で創造を磨いてきたわたしたちは、いよいよヒマラヤから外に出、各地の社会との共振を実現しようとしている。
これまでの狭く閉ざされた時空での舞踏創造から、各地の社会との関わりの中でリゾーム的な生命共振のありかたを世界に拡散しようとしている。
すでにこれまでにも、数次にわたるヨーロッパツアーやインドツアーの積み重ねの中で、生命共振の可能性を探る実験を続けてきた。
そしてそれは新しい生命共振アートの共創ツアーに生まれ変わろうとしている。

新たな生命共振の課題

行く手にはまだまだ未解決の幾多の課題が横たわっている。
各地域の人々にとって舞踏のような未知の、一見グロテスクに見える踊りが、いかに人々とのビビッドな生命共振を実現することができるか。工夫や創造の余地は無限にある。
ときにわたしたちは、かつて能が発見した「謡い」のような舞踏歌を謡い、観客の深層から舞踏が開く異次元に巻き込んでいく実験もその一つだ。
ときに狂言のような滑稽劇も役を果たすかもしれない。
各地域の地元の音楽家や美術家、インスタレーションなどとの共振によって、リゾーム的な生命共振のネットワークをインドや世界に拡げていく。

瞬間ごとの<脱政治>、<脱ツリー>

そして、いたるところで、あらゆる場面で<脱政治>、<脱ツリー>を敢行する。
踊りやコラボレーションやその制作過程で、中心や主人公や上下関係が生まれそうになる瞬間に<脱中心化>、<脱自>、<脱ヒエラルヒー>を実現して、リゾームに転化していく。
こうすれば、今わたしたちが囚われ、脱出不可能と感じられている階層秩序や政治からするりと脱け出ることができるのだよ、と<リゾーミング>のやりかたを見せ、共有していく。
それが第二段階の世界リゾーミングツアーだ。
これまで無菌のヒマラヤで20年探求してきたリゾーミングの実験を、地域社会との接点の中で具体化していく。
これは、ただかすかな生命共振を通じて、世界を変えていく方法だ。

今や、情報の宣伝や軍事的暴力をつかうあらゆる政治的手法は、この半世紀で完成された強大な情報管理システムによって、完全に無効化され、息の根を止められている。
だが、政治ではなく、ピュアな生命共振は、どんな情報システムの管理の網の目をすり抜け、その輪を拡げていくことができる。
これは、一見もっとも迂遠に見えて、その実もっとも確実な世界を変えていく道である。
共振塾の卒業生は、この20年で1000人以上がヒマラヤから世界各地に飛び立ち、各地で独自な生命共振の輪を拡げている。
やがてそれは第2世代、第三世代に受け継がれていくだろう。
未来は生命共振の中にある。

生命共振アートに支援を!

これが50年前のベトナム反戦闘争の中で死んだ畏友・山崎博昭とともに歩んできたわたしの現在だ。
ここにわたしの20年間の踊りを掲げる。
すべてその作者はわたしの中の死者・山崎博昭、辻敏明、橋本憲二たちだ。

伝染熱 大阪 1998 
死者熱 京都 1998 

暗黒熱 ブダペスト 2000   
開畳熱 インド 2001 
山崎、生まれ変われ! ポーランド 2014 
山崎、石もてわがからだを撃て!リゾーム・リーインド2015 
● ひとつ in カルカッタ インド 2015

● 境界を超えて 車椅子舞踏 リゾーム・リーとコーボディ ハンガリー 2015 
バニヤンツリー・リゾーム リゾーム・リーとコーボディ インド 2016

眠れ山崎、睡れ山沢!リゾーム・リー ポーランド 2016 
行方不明者たち リゾーム・リー インド 2017 


わたしは今、山崎たちとともに未来を拓こうとしている。
生命共振だけの力で世界を生きやすい世界に変えていく道だ。
もしあなたのいのちが、少しでも共振してくれれば、
いくらでもいい、支援をお願いしたい。


<支援金送り先>
口座名 普通口座 岡龍二
銀行名 三菱東京UFJ銀行 三宮支店
店番―口座番号 462 – 33383192

<支援金の使い道>
● インドに新しい生命共振アートのネットワークを創る
インド共振アートツアー
●障害者との境界を超えて生命共振アートを共創する
車椅子舞踏プロジェクト
●インドや第三世界の貧しい若者が生命共振アートを学ぶのを支援する若者支援プロジェクト
● 世界中に生命共振アートのネットワークを拡げる
世界生命共振ツアー
●ヒマラヤ共振塾の舞踏祭を支援する
サブボディ共振舞踏祭プロジェクト

ただいま、これらの活動を紹介し、寄付をお願いする
ドネイションサイトを構築中です。
完成次第、ご連絡いたします。


ご支援いただけた方は、下記までメールでお知らせください。

subbody@gmail.com

お礼に、リーの新著『生命共振としてのクオリア』を
献呈させていただきます。




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 ビデオ講義 シリーズ
 
静かな家の舞踏イメージ 
 
舞踏の豊かな定義
 
ミシェル・フーコー 
 2017年9月15日

 "私が誰だか聞かないでください。

私の中の複数の人が、すっかり顔を消すために書いている。

残りの人たちにも、私同様に誰だかたずねないでください。"              - ミシェル・フーコー

 

  透明になる

 

人間の死滅を宣言したフーコーは、もちろん自分のことを、

何らかの人格だの性質だのを持った「人間」として扱 われることを拒んだ。

からだの闇には社会に向けている表層人格だけではなく無数の傾性がある。

それら複数の傾性がリゾーム状に連結分離しながら、混合=協同して書い ている。

自己をいまだに「人間」だと誤解している多くの質問者が、

フーコーを自分自身同様の「人間の中の誰か」というラベルを貼ろうとするのがたまらなかったのだ。

フーコーは人間の条件をすべて脱いで、
そうではないなにか、「人間以後のなにものか」になろうとして生きた。

それを名付ける言葉はまだない。

ニーチェのように「超人」などと呼ぶことはおこがましい。

フーコーは名付けないまま死んだ。フーコーの盟友ドルーズとガタリは、

「リゾーム」というあり方を発見した。
それはさまざまな現代の「人間」の条件を脱いで、

「人間以後の未来の人間」に生成変化していく途上のあり方を指している。

彼らの弟子であるわたしは、その途上を生きているので、

「リゾーム」という名前を受け継いだ。

からだの闇から踊りだすサブボディやコーボディは、単一ではなく、数えられないものである。

つねに変容し、他のサブボディやコーボディに自在に連結・分離し変容し続けている。

定まった顔も居所もなく、中心も辺境もない。

まさしく、サブボディ=コーボディはリゾームなのだ。

フーコーにおいては、複数の人が顔を消すために書いていたように、

私たちにとっては、十体以上のサブボディ・コーボディが出入りしながら透明になるために踊る。

 

透明さとは、内側にも外側にも束縛されていないことを指す。

自我や自己の衝動に支配されることも、外側の誰かや見えない力に囚われることもない状態を意味する。

だが、そうなるためには、からだの闇の無数の不透明なものを踊り尽くす必要がある。

 

よじれ返し 

 

よじれ返しは、サブボディ共振舞踏の根幹の技法だ。

生命はその歴史の中で、さまざまなものによって、抑えつけられたり、ねじられたり、曲げられたりする。

それがからだの闇に、くぐもりや結ぼれ、しこり、囚われとなって潜んでいる。

傷やトラウマとなったり、解離された人格になる場合もある。

総じてそれら全体を生命にとっての<よじれ>と呼ぶ。

創造とはそれらからだの闇のよじれを材料に、

それをからだごと<よじれ返し>て、踊りに転化することだ。

サブボディ・コーボディはすべてこのよじれ返しを通じてからだの闇から躍り出てくる。

 

生命にとってのっぴきならない創造を共有する 

 

40億年の生命史を通じて、生命は多くの創造的発明を積み重ねてきた。

生命の3大発明はおそらく、酸素呼吸の発明、光合成の発明、多細胞共振の発明に尽きるだろう。

これらすべての発明は、よじれ返しによって生まれた。

今の私たちは酸素呼吸ができるので、酸素に親しみを感じているが、

生まれたばかりの原初生命にとって酸素ガスがもつ強い酸化力は強烈な毒以外のなにものでもなかった。

原初生命は酸素の脅威から逃れるために、最初の十億年は水中や地底など、

酸素ガスと安全な距離を保てる場所で しか生存できなかった。

これが<よじれ>だ。

生命はこのよじれに何億年も耐え続けたが、

ついに三十億年ほど前にプロテオバクテリアが、

ついに酸素からエネルギーを取り出す、酸素呼吸のしかたを発明した。

これが<よじれ返し>としての生命の創造だ。

他の単細胞生物は、プロテオバクテリアと細胞内共生をすることによってその大発明をシェアした。

これが<よじれ返し>の共有だ。

ブロテオバクテリアはやがて細胞内器官としてのミトコンドリアに変化し、

現在の地上生物の全細胞内で生き続けている。

 

わたしたちのサブボディ共振舞踏の創造は、

この酸素呼吸の発明に比べればおどろくほど小さいかすかなものだ。

だが、それが生命が抱え込んだ<よじれ>を、<よじれ返し>た創造である限り、

いくら小さくても生命にとってシェアする値打ちのあるものだ。

 

<よじれ返し>の創造の連続によって透明な生命になる

透明になるとは、内側の問題にも外側の問題にも拘束されないことを意味する。私たちは、内部のおおきな<よじれ>である自我や自己、
自分の個性や性格だとみなされている小さな<よじれ>、
社会や国家の共同幻想に囚われた階層意識やナショナリズムという<よじれ>、
セクシュアリティの<よじれ>など、すべての<よじれ>を<よじり返し>、
創造に転化することによって、はじめてそれらから自由になることができる。引用したフーコーの短い文でかれは、
<顔>という一語に、上で述べた「人間」の条件のすべてを含意している。

からだの闇の中の多くの束縛から解放されるために、

わたしたちは無限の<よじれ返し>による創造を続けるしかない。

私たちの生は<透明な生命>になるための長い旅なのだ。

なぜ、透明なのか

わたしはここ何十年も透明ないのちになりたいともがいてきた。
だが、いまだに毎秒毎秒不透明ななにものかに囚われている。
それほど、透明になることはむずかしい。
からだの闇には無際限の不透明な傾性がうずまき、
瞬間ごとにわたしたちを捉え、支配しようとしてくる。
自我や自己、欲望などの見やすいものから始まり、
得体のしれないものが渦巻き、瞬間ごとにわたしたちを乗っ取ろとしてくる。
だからこそ、毎秒毎秒それらの不透明なものを捉え、
そこから逃れることが必要なのだ。
からだの闇に耳を澄まし続け、それらすべてを踊ろうとすること。
それはわたしにとってのっぴきならない生き方である。




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 行方不明者たちの消息 リゾーム・リーとコーボディ
 2017年8月7日

わたしの中の行方不明者たちよ

わたしのからだの闇に行方不明になったわたしの破片が棲んでいる。
ごくたまに出てきて驚かされる。
この舞踏祭でそれら行方不明者たちの消息を探し始めた。
塾生たちの最後の踊りの背後に隠れて、
背後世界とこの世を往還しながら探った。

だが、本当のところ、自分でも何をしているのか、
まったくわからなかった。
ただ、なぜか、そうざるを得ないここ数年の
サブボディの衝動に従っていただけだ。


<背後で、間で、下で、上で踊れ>

なぜか、ここ数年わたしは舞台の中心で踊る踊りをする気がまったく失せ、
塾生の背後や、脚の間や、からだの下や上など
尋常でない踊り場を探り続けてきた。
それは新しい舞踏を発見することにつながるかもしれない
というかすかな予感があった。
それから2ヶ月たった今、この夏のユーラシアツアーの最中に
もろもろの忘れ去っていた子供の頃の自分に次々と出会う経験をした。

一人目の行方不明者

はじまりはハンガリーの車椅子ワークショップをガイドするダラに従って
水のクオリアを運んでいた最中、突然、わたしが3歳の時、ジェーン台風に
見舞われて玄関のガラス戸を内側から畳で押さえていた祖父が
強風で舞い上がった板に頭を直撃された。
その祖父を血みどろになりながら台風の中病院に担いで運んでいる
父が憑依してきた。
「境界を超えて」と題する車椅子舞踏の最終パフォーマンスでその
血まみれの祖父を運ぶ父を踊った。

二人目の行方不明者

二回目の行方不明者との遭遇は、ブダペストのワークショップの中で、
<ドリーミング・シェア>をしていた古参のエバが、
子供時代に母や彼女に対して暴力を振るう父に抗う踊りをおっどった時、
不意に、同様の体験をした9歳のわたしの、
父に蹴られて吹っ飛び縁側から転げ落ちる母を前に、為す術もなく
眺めるしかなかったわたしの胸の中で固まって石のようになった
悲しみに出会った。
その悲しみの石はいまだに触れば血を吹く生々しいものだった。
その悲しみの石をいまだに踊れていないことに気づかされた。

三人目の行方不明者

三回目の遭遇は、ハンガリーのオーゾラフェスティバルで日本の
マ・オームという二人組のコンサートを聴いている最中に起こった。
最初そのアンビエントな演奏を聴いた瞬間、聴きたくないという衝動が
こみ上げてきて、その場から離れようとした。
だが、我慢して、なぜこの音楽に対してそんな衝動が出て来たのか、
自己催眠をかけて耳を澄ました。
すると、10歳のとき、毎日のように和歌山海南の浜辺に行って
夕日の沈む海を眺めて続けている自分の姿が浮かんできた。
その演奏はキゴンギと電子ギターによって、
寄せては返す海の潮騒をかすかに変奏しながら繰り返すものだった。
その潮騒の音楽に導かれて、海を眺めている10歳の自分に出会ったのだ。
でも、なぜか、その自分は長い間忘れ去られていた。
なぜ、その自分を忘れ去っていたのか、さらにからだの闇に耳を澄ました。
すると、12歳の時、わたしの一家は海南市から大阪へ夜逃げするように
引っ越したのだが、そのとき同時に海南の浜辺は
石油コンビナート建設のために埋め立てられていた。
子供の頃から毎年潮干狩りをしたり泳いだりしていた
大好きな浜が消えてしまうことに堪えられない悲しみを抱いた。
その後、二度と海南市には足を運ぶことがなかった。
そして海を見ていた10歳のわたしは、まるで自殺をしたかのように
記憶から消去されてしまっていたのだ。

四人目の行方不明者

4回目の忘れ去っていたわたしの少年に出会ったのは、その二日後だ。
オーゾラフェスティバルでの最終公演の前夜、
なぜ10歳のわたしは毎日海を眺めていたのか、探っていると、
突然、夜中に隣室で父母が話す内容にショックを受けた記憶が蘇ってきた。
「実は兄が龍二をもらいたいと言ってきている。」と父が話している。
十人兄弟の二番目だった父は、長兄の営む洋服店で働いていた。
「龍二を養子にして、医大を卒業させて医者にしてくれると言う。
明日なんとか龍二を説得してくれないか。」父が母に頼んでいた。
(まさか、母がそんなことに協力するはずはないだろう)
と思いながら寝入った。
だが、その翌朝、朝食の最中に母が微笑みながらやさしく話し始めた。
「龍二、いい話があるの、おじさんの家に養子にいかない?
大学にも通わしてくれるし、お医者さんにしてくれるというの。
どう、行ってみない?」
(両親とも、俺を売り飛ばそうとしている!)
ショックを受けたわたしは大声で嫌だと泣き叫んだ。
ちゃぶ台をひっくり返すほどの勢いで泣いた。
人生で泣いた記憶はそれが最後のものになった。
それ以後のわたしは誰にも心を閉ざし、
一人で海を眺めるしかない少年になったのだ。

忘れ去っていたわたしの少年に次々と出会わされた。
「行方不明者たちの消息」を踊ったあと、わたしの中のサブボディさんは
夜を徹してその消息を訪ね続けていたのかもしれない。

これから、わたしはそれらの行方不明になってしまった自分の破片を
ひとつひとつ呼び寄せ、ひとつのいのちに統合する踊りを踊るという
課題に向かおうと思う。
それらの外傷体験によって、引き裂かれバラバラに解離してしまった
わたしをもう一度全生としてのいのちにつなぎ合わせるために。

ユニバーサルな癒やしや美

ハンガリーで行動をともにしてくれていたダラと話す中で
ある時、彼女の言った<ユニバーサルな癒やし>ということばに、
(そんなものは俺の中に皆無だな)と気づいた。
<ユニバーサルな癒やし>というような発言は数々耳にするが、
その度、(ケッ、そんなものはまやかしにすぎない)と
これまでのわたしは耳を貸そうともしなかった

舞踏はおのれの受けた傷を掘り、
世界でたったひとつの創造に転化することによってのみ、
その傷から解放されることができる。
それが真の癒しなのだ、と信じ続けていた。

それによって、自分のトラウマと格闘し、それをユニークな踊りに
転化する踊りを創造することができた塾生が何人もいた。
ただ、それだけではあまりに狭いのではないか、という
自分に対するかすかな疑念が確かに存在していることも知っていた。
そして、わたしのような解離を持たない彼女は、
まっすぐなまるごとのいのちなのだと感じた。

もしわたしが、破片状に砕け散った自分の中の行方不明者たちを
すべて呼び戻し、ひとつのいのちに統合することができれば、
そのときこそ、ユニバーサルな美や癒やしというこれまで
触れることのできなかった課題に取り組むことができるかもしれない。
それがこれからの残りの人生における課題になるだろう。
ここではまだ書けないが、解離性同一性障害(多重人格障害)を
かかえるわたしはそれを独力で克服し、
新しいいのちに生成変化しなければならない。



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 2017年7月10日

咸と癇➖ふたつのKAN

世阿弥の咸、土方巽の癇。
どちらもまれにしか使われない文字だが、
二人にとっての美の根幹をなす概念だ。

世阿弥の咸

花、面白し、珍し、妙花と、
歳を追って究極の美を追求してきた世阿弥は問う。
「能には、花、面白、珍などの心のはたらきを超えて、
思わず「はっ」と動かされることがある。
心のはたらきなくしていのちが動かされるとはこれなんぞ?」
彼はそれを表すのに、通常の感(Feel)からあえて心を差っ引いて
<咸>という言葉を当てた。
咸とは心のはたらきを超えていのちからいのちへ伝わる
生命共振そのものだ。

感(Feel)➖心(Heart)=咸(Life Resonance 生命共振)

というわけだ。
彼は若年の40代に書かれた『花伝書』における
花、面白、珍という美の定義を、
晩年にはそれらの(おぉ、花が咲いた! 面白い! 珍しい!)という
心のはたらきを超え、言葉にはできぬ究極の美を妙花と呼び、
現世と他界のあいだを往還する複式夢幻能を確立した。
世阿弥は、その根底にいのちからいのちに直接伝わる
<咸>(生命共振)をすえた。
美の本質は生命共振にありと捉えたのだ。

土方巽の<癇の花>

一方、若年の頃のさまざまな暗黒舞踏の実験を経て、
衰弱体舞踏の創生に取り組んだ晩年の土方巽が
最終的に到達した美は<癇の花>と呼ばれる。
癇の花とは、世界とのさまざまな生命共振の積み重ねによって
衰弱し、世界とうまく共振することができなか唸った不具の心身が、
たまゆら放つ究極の美を指す。
「岩の蝉の目」など、
癇の花の事例として挙げたことばがそれを指し示している。
「舞踏は表現ではない。生の感情や情動をそのまま表現するのではなく、
いったんそれを呑み込む。
そして咀嚼し、美酒にまで醸成されるのを待つ。
待って、待って、ここぞというときに岩に沁み入った蝉の目で睨み返す。
それが生命の舞踏なのだ。」

『疱瘡譚
(1972)において、疱瘡に身を喰い破られたいのちの
瀕死の動きとも言えぬ蠢きによってそれを踊った。
『夏の嵐』(1973)、『静かな家』(1974)における「少女」のソロで、
長年の間踊ること能わなかった死んだ姉との合一を踊った土方巽は
そのなかでほとんど地を這うがごとき、
生と死のあいだのかすかな最後の身悶えによって、<癇の花>を踊った。

透明な生命共振の美

世阿弥の<咸>といい、土方巽の<癇の花>といい、
どちらもことばを絶した生と死の間でゆらぐいのちの姿の中に、
いのちからいのちへ伝わる<生命共振>としての究極の美を発見した。

現代のわたしたちは、いったいいかなる形で生命共振の美を
創出することができるのだろうか。
いのちに問うことだ。
何がいちばんしたいかい?
どんな困難に出会っているかい?
何を求めているのかい?
いのちのかすかなふるえやゆらぎのなかにその答えは詰まっている。
いのちに耳を澄まし、かすかなクオリアにしたがって動く、
そして耳を澄ます。

耳を澄ます。
動く。
そして耳を澄ます。

この単純な傾聴の繰り返しのなかに
きたるべき微細生命共振技法の種が胚胎している。



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ユーラシア共振舞踏ツアー 2017

 
 今年も7月17日からハンガリーで身障者から学ぶ車椅子舞踏ワークショップ
 2017年6月18日

身障者の身振りから学ぶ

「師土方巽は言った。

舞踏家は身障者の身振りから学ぶ必要がある。

彼らはけっして不自由なのではない。

自分の一挙一動に無自覚な健常者の方が、
実は狭小な身体観の虜なのであり不自由なのだ。

弟子たちはこの教えに従い、屈曲した痙攣的な動きを踊りに持ち込んだ。
それが暗黒舞踏の基礎となった。」(中嶋夏)

 

そうだ。

この夏のツアーでシェアしようとしている、微細傾聴技法は、

身障者の人々が、ひとつからだを動かすごとにからだに耳を澄まし、

何が起こったかを捉え、次の一挙手一投足に集中する。

まさしく彼らに学ぶ技法なのだ。

 




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