2014

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からだの闇を掘る
 
 2014年12月31日

いのちの脆さ

ラクダキャラバンの五日目の朝、
ヒマラヤで共振塾建設以来15年来の盟友かつ生命共振の師であり、
このインドツアーの屋台骨を担ってきたロメスが異変に見舞われた。
いつもは元気なロメスがなんとなく動きたくない素振りを見せる。
ラクダ車に座って旅を続けた。
右足が痛いという。
すねの内側から骨盤につながっている深層内転筋のあたりだ。
ラクダ車の上でとりあえず全身指圧を試みるが、
痛みは止まらない。
ロメスは突然通りがかりの車を止めて、病院へ行ってくれという。
インド人のウディットが付き添った。
ロメスがこういう行動を取るときはただごとではない。
診断の結果、片麻痺(Paralysis)だという。
見れば右足だけではなく、右腕も徐々に動かなくなっている。
やがて歩行もできなくなった。
片麻痺は古い友人の山田さんが患っている厄介な病気だ。
彼の場合は右脳内で出血したので左半身麻痺となった。
ロメスは運悪く右半身麻痺だ。
十年で成長した彼のカメラワークも
抜群の料理さばきももう見れないのか、と暗然となった。
脳内血管障害の場合、安静にし直ちに入院検査することが
西洋医学の鉄則だが、ロメスは近くの寺院に行ってお祈りをしたいという。
わたしは西洋医学の原則を押し付けることをしたくなかった。
それが命取りになるとしても、ロメスはインド人として死にたいだろうと思ったからだ。
それに片麻痺にしては知っている山田氏の症状と比べればそこまでは行っていない。
かすかな希望といっぱいの不安のまま、近くの寺院へ車で向かった。
インドの田舎道だからひどい衝撃だ。
いつ脳血管が炸裂するかひやひやの道中だった。
着いた寺院はラクダ御者の妻の推薦によるもので
日本の山岳密教に似た新興宗教系の寺院だった。
近在から何百人もの瀕死の病人が家族に担がれて詰め寄せていた。
近代的な医療ではさじを投げられた人々ばかりだろう。
まさしく土方巽の『病める舞姫』にでてくるもう歩くこともできない
瀕死の舞姫たちばかりだ。
ウディットとわたしに両脇を支えられてロメスは祭壇に近寄り、
500ルピー札を賽銭箱に入れ、祈祷を受け、
篝火の煙をからだに呼び寄せ続けた。
ロメスはいつもこうしていのちのエネルギーを
活性化したり鎮めたりする。
それからジョドプールの病院までまた5時間ほどの悪路の道中だ。
わたしの腰の古傷が痛み出した。
ロメスの脳血管が病院までもつことを祈りながら、
ようやく無事緊急病院に着いた。
夜中の2時過ぎだった。
さっそくCTスキャンを受ける。
さいわい脳内出血の兆候はまだ見られない。
だが、48時間の注意深い監視が必要という。
それから5日間ロメスは毎日血液検査や、MRIの検査を受けた。
わたしは毎日指圧とマッサージと軽いリハビリを続けた。
さいわい、ロメスの脚は少しずつ動くようになり、
検査結果を見た専門家の診断も当初の片麻痺から
脳内血管障害に変わった。片麻痺よりも一段軽い症状名だ。
5日目にダラムサラから彼の家族、妻のフォトバイ、兄、娘婿、長男のラビが迎えに来た。
ロメスら一行は翌日中部インドの故郷マッダプラデシュに旅だった。
そこによいアーユルベーダの治療法があるという。
分離連結自在のリゾーミングツアーだが、
最初の分離がまさか最強のロメスになるとは完全に予想外だった。
だが、ロメスとわたしを欠いたコアメンバーにとって
その後のラクダキャラバンが突然辛さを増してきたようだ。
ジョドプールを前にして半数がキャラバンを離れた。
そして青い街ジョドプールで全員再集結した後
グループはいくつかの小グループに別れ、
あるものは予定通りのジャイスメールからグジャラートへ向かい、
あるものは南下してカルナタカへ進路をとった。
新年のカルカッタ、あるいは2月のムンバイで再開するまで
ツアーは幾つかに分岐する。
約半数のコアメンバーは来年の共振塾に戻ってくる。
サンダーバンではノルウエーの旧塾生アンネリが合流する。
そうわたしたちはノマド・リゾームになろうとしている。
ひとりひとりが強力なリゾームとして世界に散会するまで
この旅は続くだろう。














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 2014年12月14日

山崎、石もてわたしのからだを打て! 5
リゾーム リー



「山崎、石もて・・・」を踊るのはポーランドでの三回、
ヒマラヤに続きこのラジャスタンで都合五回目になる。
山崎石はいたるところで見つかるものだ。
風邪気味だったが、プシュカルの湖のほとりで
石を見つけた途端、からだが踊りだしていた。
わたしはこの踊りを三年かけて育て上げていくつもりだ。
三年後の10月8日山崎が命を落とした羽田弁天橋の
山崎慰霊碑の記念日に踊るまで。
踊りがどう変容していくか、踊るたびに違った自分が出てくるので、
自分でもまったく分からないが、楽しみだ。



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インドリゾ―ミングツアーの滞在先
 2013年11月28日

生命共振力を磨くインドツアー


これから始まるインドリゾーミングツアーでは、
旅で出会うさまざまな人々や、各地の独特な自然、
多彩な文化風習との共振力を磨くことが大きな柱になるだろう。

共振塾ではこれまでも、<アワセ・ハナレ>や
背後霊、陰気な空気、蜜蜂の群れ、動く森、砂漠で迷子、すり抜け、転石、
ヒューマンマウンテン、箱詰め、タワー、蜘蛛糸、石庭等々のコーボディなどさまざまな共振技法を掘り下げてきた。
これらはすべて、身に見えないものとの微細な生命共振、
いのちのかすかな震えやおびえ、幻惑、妄想、夢などを形にしたものであった。
インドツアーは、各地の人々の祖型的な生命共振のかたちに学び、
それを無限に拡張するよい機会になる。
というより、共振力をとてつもなく深めない限り、
見知らぬ異邦へいきなり入っていっても、なにもできない。
人や風土、見えない結界などの生命共振に耳を澄まし、
どうすればもっともよい共振方法を見いだせるかを追求し続けることだけが
なにごとかを生む。

インド各地に棲む砂漠の民や海洋少数民、山岳少数民の人々は、
厳しい自然や、風習、部族間の複雑な関係と何千年も付き合う中で、
独特の身体技法を身につけている。
それに耳を澄まし、まずは、それと同じ共振方法を身につけること、
次にそれとは異なる共振方法を編み出すこと。
このふたつを探求していくことで、私たちの共振力は見違えるほど
鍛えられ、豊かに生長するだろう。

近代の都会の生活は、こうした古い時代から受け継がれた
いのちの祖型的な共振力をことごとく失ってきた。
現代とは、目に見えないものとの間でふるえるかすかないのちの
生命共振への感受性を失い続ける歴史であった。

土方巽が『病める舞姫』で掘り出そうとしたのも、
現代の都会では失われてしまった、彼が子供時代に目の当たりにした
東北の老人や心身を病める人々の見えないものとの
かすかな、しかし驚くほど多彩な生命共振のあり方だった。
いまは日本の東北や田舎の暮らしも、情報化の大波に呑み込まれ、
土方の子供時代に残存していたそれら祖型的な生命共振のあり方は
どんどん失われていく一方だ。
だが、インドの辺境の少数部族の人々の間では
まだまだ何千年も続いてきた祖型的、あるいは原始的な
生命共振のありかたが豊かに残っている。
20年から15年前に、わたしも心身が消耗するたびに
東南アジアや南インドの山岳少数民の部落を訪ね歩いた。

「自然が俺たちの神様だ。」
ケララの山奥の野生動物のサンクチャリの案内で生計を立てている
山岳少数民の青年は朗らかにそう言い切った。
「西洋人は自己主張がきつくてやりにくいが、
東洋人のおまえはそうでないのがいいな。」とももらした。
かれらのこころは近代の強固な自他分化以前の柔軟さを保っているのが、わたしにもとても快かった。
自然や人ととても繊細にやわらかく接し、
そこに息づく精霊的なものとの共振を大切にしていた。
私たちが今度のインドツアーで、インドの東端の砂漠のノマドや
西端の海洋少数部族民の地を歴訪することを選んだのも、
そこに行けばいまやどこの世界からも失われつつある
『病める舞姫』的な世界がかすかに残存していることを
無意識裡に予感していたことに今頃気づいた。

じつはこの十余年、共振塾の活動を支えてくれているロメスも
インド中部のカースト外の部族民の出身である。
かれはからだの底から生命共振のかたまりである。
タオ指圧でいう<共感的想像力>を誰よりも豊かに持っている。
この十余年、心身ともに彼にどれだけ助けられてきたか、はかり知れない。山岳少数民やロメスから学んだ、祖型的な心身の共振技法が
わたしの財産になっている。
それを塾生ともわかちあう機会を持ちたいと思っていたのが、
ようやく実現の運びとなった。
西洋近代的な強固な自我を持った新入生や外部の人と接すると、
わたしの心身は敏感に傷つきズタズタになる。
辺境へ、辺境へとインドツアーの舵をとるデバンジャリらの
企画チームの提案をありがたく受け入れたのも、
わたしのからだがしきりにそれを求めていたからだろう。
いのちにいつも「いちばん何がしたいのかい?」と聴き続けていると
考えるより先にからだがいちばん行きたい方向へ舵をとる。
おそらく、旅先でも行き先はどんどん変わるだろう。
生命共振はツリーではなくリゾームそのものだから。



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おさなめくじ むごい、むごすぎるから誰も見るな
 2013年11月21日

おさなめくじ


不意に、長年潜みに潜んでいた秘密のサブボディが姿を現す。
誰ものからだの闇には誰しも気づいていないすきまがあって、
それらの闇の隙間からすきまへ、無限変容しながらすり抜けるやつだ。
わたし自身にさえそいつのことは気づけないままだった。
だが、思い起こせばひとびとが目を瞑り、そのひとだけのからだの闇に降りる時間、
そいつはひそかに闇の隙間を縫って踊っていた。
おさなめくじ
そいつは現世に出てくれば忌み嫌われる。
この世の軛から解き放たれる踊りの中にしか生きることのできぬやつだ。
現世では

ひまくのうらからうらへはいずりまさぐりまくるおさなめくじ

そんなやつが生きることをゆるされるはずもない。
(それでもしぶとく生きながらえてきたけどね、ひとびとの目を盗み
眠りの隙間をかいくぐって…)


あさっては死んだ母の89回目の誕生日、
マザーファッカーでもあるおさなめくじのハレの門出にふさわしい。



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2014年11月20日

ヒマラヤ舞踏祭からインドリゾーミングツアー
わたしたちはどこへ行こうとしているのか?


共振塾ヒマラヤの活動は年ごとに深化発展してきた。
いまさらに大きく異次元へ開こうとしている。
この十年の推移を整理すると次のようになる。

1.サブボディ舞踏
自分の問題を掘る――その解決を探る――それを踊りに転化する

2.サブボディ・コーボディ共創
自分の問題・仲間の問題を想像的共感によって共有する――それら
の問題の解決を共に探る――それを踊りに共創する

3.世界生命共振・共創
世界中の問題に触れるーーそれを自分の問題として受けとめ解決を探る
――それを踊りに共創する

共振塾での個々にからだの闇を掘る作業から、
共振舞踏祭の過程でそれらの問題すべてを共有し、共創する作業に深め、
さらにインドツアーを始めとする世界生命共振ツアーで、
世界中の見知らぬ問題に触れ、それを共有し、
はじめて会った人々とともにそれを踊りに共創する。

ラジャスタンの砂漠でわたしたちはノマドという生き方を学び、
サンダーバンでは海辺の少数部族の生き方に触れる。
カルカッタのスラムで生きる子どもたちや障害者と共振する。
ケンズリフェスティバルで地方の音楽家やダンサーと踊る。
オーロビルでは国際エコタウンに住む人々と交流する。
プネではインドの芸術家たちのインスタレーションと共振する。
じつにさまざまな生命共振の旅だ。

やりたかったこと、やろうとしていることの全過程が
いまになってようやく透明に見えてきた。
そうだ。
長い間ほんとうにやりたかったことはこれなのだ。

からだの闇にかすかに蠢くいのちには自他の区分がない。
<自分の問題>として捉えられていたものも、すべて他者の問題と共振し、
つながり、絡み合っている。そういう非二元の場所に降りていく。
これは頭で考えても追いつかない。実際にインドの他の人々の悲惨と輝きに触れ、
いのちが動かされてはじめて体得できるものだ。
いのちの本源の場所に至る道を、全塾生とともにたどりたかったのだ。

土方巽もこれを志向した。
だが、かれはその途上で斃れた。

「自他未分化の関係へ降りていく。
沈理の関係世界へ。
いのちの名で呼ばれうる舞踏へ。」

(未発表草稿)

土方巽よ、やすかれ。
あなたの見果てぬ志向は、来るべき世界生命共振ツアーのなかで実現されていくだろう。
だが、これを実現することは、もはやわたしたちだけの力ではできない。
個々の舞踏家や塾生は極度に貧しい。
わたしたちは世界中の人々の支援を切に求めている。



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2014年11月17日

<癇の舞姫>への変成の旅

第9回舞踏祭ヒマラヤに向けて各塾生は、
生命の深淵に向けた独自のトンネルを掘り進んだ。
そして、生命の多様な困難に真向かう世界を共創するために
それらのすべてを共有してきた。
シェアしたクオリアの一部は前にも書いたが、
週を追うごとに深みとえげつなさを増してきた。次の通りだ。

/
・ アマゾンの森林が、人間によって切り倒されている(ガビ)
・ 頭に繋げられた見えない糸によって、より速く走ることを余儀なくされている(ガビ)
・ 不可視の電磁波に浸食され、狂いだしている (をぢこ=真紀)
・  巨大な存在に圧倒される (をぢこ=真紀)
・  原始に戻る (ゴラン)
・  複数の夢が交じり合い、ランダムな場所に連れて行かれる (ゴラン)
・  皮膚が何ものかによって引き剥がされる (パメラ)
・  身体の一部が不自由になったまま生きる (パメラ)
・  死んだ夫と死に物狂いで一つになろうとする (パメラ)
・  わけのわからないものに襲いかかられる (ウディット)
・ 自分が誰であるかというアイデンティティが消える (ウディット)
・ 生への欲望と死の本能の間で引き裂かれる (ウディット)
・ 地底の炭鉱夫として衰弱していく (ウディット)
・  笑うことができないことを笑い飛ばす阿呆になる (エマニエル)
・  自由を阻害され抑圧された祖母 (エマニエル)
・  世界に拒絶され、怒りに囚われた父 (エマニエル)
・  行方不明になった祖父 (エマニエル)
・  死体の恍惚 (アガ)
・ 身近な家のクオリアが燃え尽きる (アシシ)
・  棲家も行く場所もない難民になって放浪する (アシシ)
――これらはすべて、一人ひとりの塾生にとって、のっぴきならないクオリアばかりだ。
だが、それらすべてを共有することはもっと、厳しい体験となった。

できないを踊る

塾生はこれらをすべて共有しようとした。
だが、それらのなかにはどうしてもうまく共振できないものが含まれている。
忘れていたトラウマがよみがえって身動きできなくなったり、
つらい情動がこみ上げてきてどうにもならなくなる体験をした。
だが、私たちはリゾームである。自由に連結することも、柔軟に分離することもできる。
なにも必ずしも同じ共振パターンで共振しなければならないことはない。
期初から、<アワセ・ハナレ>という共振技法を繰り返し学んできたのはそのためだ。
同じ共振パターンで共振しようとして、それができなければ
異なる共振パターンで共振する方法を編み出せばよい。
それが40億年かけて積み重ねてきた生命の叡智だ。
身をよじって独自の異なる共振パターンを発明する。
それこそ必然のかけがえのない創造なのだ。
できないクオリアに直面することは、
より深い領域に向かって秘密のトンネルを掘るチャンスである。
そのとき、自分だけの秘密の深淵への坑口に直面しているのだ。

土方巽はモダンダンスやバレエを学んだとき、できないクオリアに直面して苦しんだ。
まっすぐに立つことも、うまく回ることもできなかった。
「ならば俺は、立てないを立ってやろう。回れないを回ってやろう。」
それが舞踏という発明となった。
舞踏はすべてのマイナス札を集めてプラスに転換することによって生まれた。

「癇の花」への旅

私たちの旅は始まったばかりだ。
ヒマラヤ舞踏祭の後、わたしたちはデリー舞踏祭を経て、
インドの東の端のラジャスタンの砂漠の民の地へ移動する。
そして、西端のベンガル湾のデルタに棲む海洋漁民の部落サンダーバンや、
ジャングルのなかの少数山岳民の部落を訪れる。
各地の貧しい部族や、カルカッタのさまざまな障害者や、刑務所の子供、
セックスワーカーなどの人々と交流する。
おそらく都会育ちの人には、予想もできない悲惨さや不幸に直面するだろう。
みんなが疲れ果て、消耗し切るかもしれない。
うまく共振することができない困難なクオリアでいっぱいいっぱいになるだろう。
いったいどのようにしてそれらを人々とともに踊リの創造に転化することができるだろうか。
インドリゾーミングツアーは、あらゆる難儀に出会ういのちの深淵への旅になるだろう。
そうしてはじめて衰弱体の必然がからだに降りてくる。
舞踏の最後の花である<癇の花>は、これらの実体験を通り抜けてはじめて開くだろう。
はたして全員が無事に通り抜けることができるだろうか。
もしうまく行けばわたしたちは、「病める舞姫」どころか、
<癇の舞姫>に生まれ変わることができるかもしれない。



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2014年11月8日

 底へ、底へ。
いのちの深淵へ!


今期は、ふたつのこれまでにない授業内容を切り開いた。
ひとつは期初から、<合わせ・離れ>の共振技法を学ぶことをひとつの核にした。
あるクオリアに対し、同じ共振パターンで共振する<アワセ>と
異なるパターンで共振する<ハナレ>のふたつだ。
たとえばデュエットをするとき、<アワセ・ハナレ>のどちらをも半々に追求するだけで
透明なデュエットが生まれる。
そしてこれはさまざまなコーボディ共振の多様性が生まれる基礎となる。
もうひとつは、各塾生の抱える希望や突き当たった問題を
全員でシエアすることを欠かさずやってきた。
そして各自が感知した見えない背後世界によっておびやかされ、
喰われ、浸食されているいのちのかすかなふるえを共有してきた。
各塾生はじぶんのいのちがおびやかされている固有の背後世界との生命共振を探り、
その共振世界に他の塾生を導き入れる固有調体を工夫して
背後世界コーボディを共創してきた。

なぜそんなことをやってきたのか?
舞踏祭を前に各塾生がこの三ヶ月の出会ったものすべてを統合する
過程に入ってようやくその全貌がからだに落ちてきた。
<アワセ・ハナレ>は、単調な二元論的な共振パターンに陥らず、
あらゆる生命共振の可能性に開くためであり、
背後世界クオリアの探求は、各自がもっとも微細な生命のふるえに耳を澄ます生命共振感性を
研ぎ澄ますためであった。
それを自分一人のこととせず、そこへ他者を導き入れる調体を探ることは、
その生命普遍性を掘り下げるためであった。

そして世界共創の最終過程で、全く新しい問題が創発されてきた。
各塾生の固有調体に同じ共振パターンで入ろうとしても、
できないという問題だ。
違った地域から、違った生い立ちを経て集まってきた国際的な塾生のそれぞれが
微細に感知したクオリアは実に多様性に富んでいる。

・アマゾンの森林が切り倒されていく (ガブリエラ)
・糸に吊られて長時間走り回る (ガブリエラ)
・不可視の電磁波に侵され狂いだす (真紀)
・大きな存在に圧倒される (真紀)
・皮膚が剥がされていく (パメラ)
・死者と死に物狂いで一つになる (パメラ)
・わけのわからないものに襲われる (ウディット)
・アイデンテティが危機に瀕する (ウディット)
・原始に帰る (ゴラン)
・複数の夢が交錯する (ゴラン)
・笑えないことを笑い飛ばす (エマニエル)
・死体のエクスタシー (アガ)
・親しんだ家のクオリアが燃え尽きる (アシシ)


塾生はこれらすべての世界を共創する。
だが、世界共創の過程は、変幻万化に富む。
これらすべてとそれと同じ共振パターンで<合わせ>ようとしても
必ず、なにかひとつかふたつはできない自分に突き当たる。
そのできないことにぶち当たる深層探体が、この間のコーボディのプロセスの本質だった。
アワセだけがいのちの共振ではない。
ハナレという無限の共振パターンの可能性がここから開く。
そこから先は、たった一人でその孤独な坑道を掘り進む。

<できない>を踊る

モダンダンスやバレエを習った土方のからだはがに股だった。
立とうとしても立てない。回ろうとしても回れない。
コンプレックスの底に叩き落とされた土方は、
そのマイナス札を一挙にプラス札に転換する方法を切り開いた。
ならば俺は、立てないを立つ。回れないを回ってやろう。
そして数々の舞踏技法を切り開いた。
そこが舞踏の原点だ。

いま塾生は多数多様なコーボディを共創しようとするなかで、
必然的にさまざまな<できない>にぶつかっている。
走れない。笑えない。
家に帰れない。家がわからない。
人前で自己を表現できない。大声を出せない。
自分の秘密をあかせない。人と共有できない。
・・・

<癇の花>を開く

そうだ。その<できない>を踊る道を切り開け。
<できないを踊る>を掘り下げる中で、
はじめて<癇の花>を咲かせることができる。
世界にたった一つの命にとって固有かつ必然の舞踏の創造はそこから始まる。
いまようやく出発点にたどりついたのだ。



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 2014年10月26日

モンスーンが壊れていく!


10月に雨が降る。
日本でならなんてことはない。
だが、ここヒマラヤでは大変な異変だ。
こんなことはヒマラヤに来て、ここ20年ではじめてのことだ。
まるで大災害をもたらす天変地異の予兆だと思える。
例年なら6月から9月まで4ヶ月が雨期で大量の雨が降り続き、
10月から5月ははいやになるほど晴天が続いて山も空もカラカラに乾き上がる。
ヒマラヤの高いところには冬場の雪が積もるが、わたしの棲む2000メートル程度の
低いところには雪は年二三度しか降らない。
日本から来た当初はその乾きのすさまじさにぶったまげたものだ。
森の木々も苔もとてつもないカラカラのなかでかろうじて生き延びていることに驚いた。
だが、ここ数年そのリズムが怪しく変わってきた。
これまでの乾期の時期にも不時の雨が降るようになった。


図1 モンスーンが元気だった頃 大西洋深層コンベア=ON

モンスーンのリズムは大西洋北部、グリーンランドの氷が夏期にだけ溶けて大西洋深く潜り込むことによってつくられてきた。、
それが深海冷水流のベルトコンベアとなって南下し、
夏場の赤道付近で水分をたっぷり含んだ空気となって蒸発する。
その湿った空気が上空のジェット気流によって東に運ばれて、
ここダラムダら付近で南北に折れ曲がるヒマラヤの壁にぶつかり
上昇気流となって舞い上がる。
上空で冷えた湿った空気は水分含有量が減るためそれがモンスーンの雨となって降り注ぐ。
ダラムサラ地方はかつてはインド第二位の年間降雨量を誇ってきた。
いわばモンスーンの番人のような位置にあった。
その豊かな水がインド以東のアジアの稲作を育んできたのだ。


図2 大西洋深層コンベア=OFFによって モンスーンが壊れてきた 

だが、地球温暖化が急速に進んできたため、グリーンランドの氷は夏だけではなく
一年中を通してちょろちょろ溶けて流れこむ。
ちょろちょろの冷水では深海流のベルトコンベアは機能しなくなる。
必然に夏場の大量の湿った空気の上昇がなくなり、
雨は一年中を通して少しずつ降るようになる。
これがここダラムサラで以前まで乾期だった時期にも雨がふるようになった仕組みだ。
モンスーンが元気だった頃のかつての膨大な年間降雨量はもはや記録されなくなった。
こんなぽつぽつ雨ではとても大人口を抱えるインドや東アジアの胃袋を満たすだけの
水分がヒマラヤに貯まらない。
ガンジスもインダスもメコンもメナムもおそらく水量が減っていくだろう。
数年前にもインドの農業は危機に瀕した。
今後アジア全体にどんな大飢饉が待ち構えているか。
モンスーンの水に支えられてきた膨大なアジアのいのちはどうなるのか。
この気候異変にたった20年の居住歴のわたしのいのちが震え上がっている。
インドにずっと住み続けてきた人たちのいのちがどれほどおそれを感じているか、計り知れない。
大都会に住む人々に、モンスーンの番人のひとりとしてこの事実をお伝えしたい。
情報に惑わされないでほしい。
いのちの感じるかすかな生命共振に耳を傾けてほしい。
そしていのちの声に従って生きてくれるように望む。



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 2014年10月23日

じっくりと燃え尽きていく


今日で66歳になった。
思いの外長く生きた。
だが、わたしの全細胞はすでに40億年も生きながらえている。
それと比べると百年に満たない人の寿命は瞬間以下の短さだ。
いのちとは何なのか
すべてのいのち、草も木も、虫も細菌もみな、
きっかり40億年生き続けているひとつのいのちだ。
生命の途方もなさを思う。
わたしが死ねばわたしのからだといのちを構成していたひも(超ひも理論のひもだ)は
わずかに共振パターンを変え、別の物質やいのちに転生していくだろうことは疑いもない。
生と死を分かつものはひものわずかな共振パターンの違いにほかならない。
この40億年のいのちからいったどれほど豊かなものを受け取っただろう。
それに対してわたしがいのちに返すことができるのは、
短いいくつかの踊りとこの十年の産婆と、サイトに刻んできたごくわずかな発見だけだ。
ひもたちがわたしのいのちにおいてごくわずかなクオリアを創発した。
だが、それだけでもわたしはしあわせだ。
なにかを命に返すことが出来たのだから。
個体的生は70歳までに尽きると思う。
母も父もその歳に逝った。
長くてあと三年か四年。
だがそんなことはどうでもよい。
40億年続いてきたいのちはこれからも悠久に続いていく。
これからの時間をゆっくり自分を脱ぎつつ燃え尽きるように生きていこう。
24時間踊りながら。
死ぬとは自分を消していのちになることなのだ。
自我や自己史にこだわるみじめによじれたひもの共振パターンが根底的に変わり、
わずかにその痕跡さえ消しさっていく。
そのことを知ったときなんというなぐさめだったろうか。
おそれはまったくない。
死ぬときにはにっこりかすかな笑みを浮かべるだろう。



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 2014年10月19日

山崎博昭との50年の対話

古い友人諸兄へ、そしてまだ見ぬ友へ

日本を離れて20年、長いご無沙汰をお詫びします。
少し前日本の友人から3年後に山崎記念碑を建立する計画があることを聞き、
わたしの中でこの十余年眠っていた山崎がむっくり起きだして踊りはじめました。
それをメールアドレスを知ったわずかの古い友人にお知らせしました。
ここに、この間の経緯をお知らせします。

1967年10月8日、羽田弁天橋の上で、ベトナム戦争反対運動を行っていた
わたしの高校時代の友人山崎博昭がいのちを落としました。享年18歳でした。
その後も激化する警官隊との衝突や学生同士の内ゲバで合計80余人も死んだ
1970年前後の学生運動の死者の最初の一人でした。
それから48年が経ちました。
20代、30代のわたしはコピーライターとして生きていました。
だが、それが自分の生だとは到底思えず、
20年前に離婚し、妻子や古い友人から離れて自由の身になった後、
舞踏家として生きる道を選びました。
20代のはじめに京大西部講堂で目にした土方巽の舞踏から受けた
釣り鐘で頭を叩かれたかのような衝撃がまだ続いていたのです。
その後1998年頃から世界各地で踊るようになりました。
わたしの悪夢に登場する山崎博昭、辻敏明、橋本憲三、望月、奥平、本多らの死者が
突然わたしのからだを使って踊りだし、わたしを世界に連れだしたのです。
数年間に地球を三周して、20カ国ほどで踊り、ワークショップを持ちました。
からだの闇に棲みついているわたしではない誰か、がわたしを急き立て駆リ続けていました。
それをわたしはサブボディと名づけました。
サブボディとは、下意識のからだ(Subconscious body)と、
伝統的な瞑想でいうサトルボディ(Subtle body)を合体短縮させて創った造語です。
下意識界では、日常界のように意識とからだは分離されておらず、
非二元一如のものとして時空を越えて共振し、変容流動していることに気づきました。
その後、その気づきを他の人にも伝えようと、2000年のはじめから、
インド北部のヒマラヤの中腹にあるダラムサラという寒村に、
共振塾という舞踏学校を建設し、世界中から集まってくる若者のからだの闇の
創造性を助力する<産婆>として生きるようになって15年になります。

高校・大学の友人から山崎50周年記念碑を建立する計画を知らされたとき、
この15年眠っていた私のサブボディが再び目を覚まし、
この夏ポーランドでワークショップをやっている最中に突然踊り始めました。
池の中に立つ岩を「山崎石」と見立てて、その岩を石で撃つ踊りが出てきました。
叩いている最中に、叩いているのは私ではなく、
山崎が私の凍りついたからだを撃っているのだと感じました。
その後も、この10月8日にヒマラヤでも岩を叩いて踊りました。
踊りは少しずつ生長していきます。

3年後の山崎記念碑の建立に向けて、この踊りを古い友人たちや若い人々と
共振しながら創り続けていきたいと思います。
そのときは、私だけではなく、世界中に散らばっている共振塾生の有志が
一緒に踊りたいと申し出てくれています。

わたしがこの50年探求し続けてきたことは、
現代社会を根底から変革する新しい関係の創造であり、
その実践的な実験を、中心も上下もない既存の階層秩序から解放された
リゾーム的な関係の創造のなかで追求してきました。
わたしたちの青年期、わたしたちの結ぶ未熟な関係を
「未来社会の萌芽形態としてのコミューン」と呼んでいました。
それは内実なきまま政治原理に喰われて自滅しました。
だが、わたしは諦めたわけではありません。
ヒマラヤに隠遁して、既成の振付家と踊り手という階層関係を無化した踊りの共創のなかで
ひそかに未来の倫理を、実験し探求し続けてきました。
その現段階での達成を日本の人々にも紹介したいと思っています。
リゾームとは、「人間の死」を宣言したミシェル・フーコーの仕事を受けて、
ドゥルーズ・ガタリが、未来社会の関係像として提起した、
既存の階層的な関係秩序から解き放たれた分離・連結自在な関係を指します。

昔のわたしたちの闘いはなぜああもあっさりと潰えたのか?
それは、当時のわたしたちが「やつは敵だ、敵を殺せ!」という政治原理から
身を解き放つ術を持たなかったからです。
その政治原理は、ヘーゲルの言った「意識は他者の死を追求している」という
近代意識の自我原理と暗々裏に結びついています。
自我は集合的無意識の深層からわたしたちを制約している元型のひとつ、
おそらく現代最大の元型です。
そういう自我の行う政治は完全に無効です。
今のわたしは一切の政治的な動きに同調する気はありません。
自我が出てくる瞬間を透明に見続け、そのつどたえず、脱自することによって
自我の支配から少しずつ自由になることからはじめなければ、と考えています。
そういう無意識の制約すべてから透明になること。
それがリゾームです。
リゾームは国境や民族・文化・思想・年齢・男女・権力・貨幣などの
あらゆる境界を超えて共振しながら変容し続けることが出来ます。
それはネグリのいうマルティチュード(多衆)になるまで増殖をやめないでしょう。
リゾームになることだけが、未来の世界を開く希望です。

わたしがヒマラヤの共振塾で行ってきた活動を一言で言えば、
リゾーム的な未来の関係の<産婆>となることです。
近代の「人間」を脱ぎ、リゾームという生粋の生命になるためには、
からだの闇に蠢く欲望や元型や祖型的なものすべてから、自由にならねばなりません。
個人的な怒りや憎しみの情動からも限りなく自由になり、
自分であるかないかということがまったくどうでも良くなるような地平にでることが
大切なことだと思えます。
たえず、鎮静し、脱自し、あらゆる見えない力から透明になることこそ最終目標です。
気が遠くなるほどの時間が必要かもしれませんが、
死ぬまでそれを続けるのみです。

ともあれ、もう急ぐこともありません。
踊りを創るたびに少しずつお届けしていきたいと思っています。
もし、この踊りと三年後の日本での活動にすこしでも共振していただけるならば、
その節は、有形無形の支援をお願いしたいと思っています。
これはわたしにとって、バラバラだった65年の生をひとつに統合する最後のチャンスです。
そしてあらゆるゆる古い友人諸兄にとっても、これが、
もう一度わたしたちの不可解な生と死の謎を探求するきっかけになれば、
それにまさるよろこびはありません。



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 2014年10月8日

山崎、石もてわたしのからだを撃て!4                         ヒマラヤにて   リゾーム リー

この夏ポーランドで、とつぜんわたしのなかの山崎博昭が目覚め、
都合三回踊った。
ヒマラヤに帰ってからも、共振塾の授業の中で生徒にまじって、
出てくる踊りを溜めて、さる10月9日ヒマラヤロックガーデンで踊った。
どこにでも山崎石は立っている。

山崎、目を覚ませ! 
山崎、生まれ変われ!

最初はそう唱えながら岩を叩いたが、叩いているうちに主客が逆転する。
わたしではなく、山崎がわたしの岩のように凍りついたからだを
目覚めさせようと叩きだす。
そこからどんな踊りが出てくるか、これから3年じっくり踊りを溜めていこうと思う。
踊りながら山崎にまつわる思い出や、山崎だけではなく、
そのほかの思い出せなくなっていた昔の記憶がどんどん出てくる。
どんな記憶なのか、それはわたしだけの秘密にしておこう。
とんでもない記憶だらけだから。
高校受験の日、山崎はわたしの三人前に並んでいた。
かれがふと受験票を落とした。
受験番号は752だったと記憶している。
わたしはそれを舞い落ちる枯れ葉のように眺めていた。
(あれ、だれかとんまな奴が受験票をおとしてらあ――)
他人事のように眺めていたわたしがいた。
だが、わたしの直ぐ前にならんでいた男がすぐそれを拾い上げて
彼に渡した。
そのとたん、わたしは他の受験生を競争相手として、まるで敵のようにみていた
自我の醜さに気づいて恥ずかしくなった。
それが山崎にまつわる最初の思い出だ。
こういう苦い記憶は実に多い。
幸いかれもわたしも合格し、ともに母子家庭だったかれとわたしは
高校の三年間毎月奨学金の受給日に事務室の前で合うことになった。
交わした言葉は少ないが、彼と顔を合わせるたびに、受験日の
自分の小さな自我を思い出して恥じ入った。

この日の踊りの数日前には、高校時代にはうまく理解できなかった
ある少女の「ノミのサーカス」という詩を思い出した。
「おかしい、跳べない!
跳べたはずなのに、
なんど跳ぼうとしても跳べない
力を込めて跳ぼうとしてみる
だが、跳べない
跳んでみる
跳べない
・・・・・・」
という詩だ。
そのノミがわたしのからだの中で跳びはじめた。
やはり跳べない!
からだで追体験してみてはじめてその口惜しさに共振できた。
なぜ、跳べなくなったのか。
今のわたしにはその事情すこしは分かる。
少女の身に当時のわたしが想像もできなかった秘密が隠されていたのだ。
・・・・・・
踊るたびにこういうふうに、
未解決のままからだの闇に積もっていた謎や秘密にぶち当たる。
それを踊りに転化することで少しずつその闇の拘束が変わっていく。
まだ、ほんの一部だが、この踊りを続けていく中で、
未解のまま沈んでいる闇を少しずつ解きほぐしていくことが出来そうだ。
当時の友人達ともそれぞれの理由で別れたままだ。
そのほとんどの原因はわたしの中の未熟な自我が惹き起こしたものだ。
それらを解いていくことで少しずつこの65年間に降り積もった闇を掘り起こし
統合していくことができるかもしれない。
ともあれ、まだ始まったばかりだが、生きている限り続けていこう。
山崎の50周年記念碑が羽田弁天橋近くに建立される
3年先まで生きていられるのかどうかも分からないが、
どこで斃れても悔いはない。



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2014年10月9日

深調体9番 
微細化とX還元によってからだの踊り場を変える



二期目のパメラのからだに、奇跡的な創発が起こった。
わたしもちょうどそれを示唆するところだったのだが、
それより先に彼女自身が気がついた。
自分の踊りが肘を折り曲げて、いつも腕先で踊っていることに。
それに気がついた彼女は、ある日肘を曲げないで踊ろうと決意した。
すると、それまで隠れていたさまざまな意外なからだの踊り場からつぎつぎと
目新しい動きが飛び出してきた。
肩の踊り場、手首の踊り場、足の踊り場、舌の踊り場などなどだ。
それらが発現する瞬間は見ている方にも、
とんでもない創発が起こっていることが分かった。
ときどきいのちはこういうとてつもない創発が起こる。
それを踊りながら、彼女はそれまでの肘を折り曲げる姿勢が、
過度に自己を守ろうとする傾性に囚われていたことに気づいたという。

調体九番 からだを細分化して各踊り場を開く


ちょうど授業で、土方の「静かな家」への取り組みに入り、
第一節のディテール―部分―体全体のイメージ―背後世界という
4つの要素をつねに意識して踊るというDPW-B技法(Detail-Part-Whole Body- Behind world method)の修練に入ったところだった。
それにたいしてある新入生が、
「からだの各部を別個にコントルールすることができない」という
問題にぶつかった。
そうか、それももっともだ。
DPW-B技法を学ぶ前に、
からだの各部の踊り場を開くことから始める必要があると気づいた。
そこで、調体九番の、細分化を行い、からだの各部の踊り場ひとつひとつを独自に制御し
動かす練習をはじめた。
からだ全体をひとつのクオリア、波なら波、縮むなら縮むに共振することからはじめ、
じょじょにからだを二分、三分、九分して、
それぞれ違ったクオリアに共振する練習をする。
具体的には調体九番の細分化と、調体六番の六道クオリアをかけあわせ、
各部にふるえ、ゆらぎ、うねり、ショック、崩壊、死滅などのクオリアを通していく。
ときには調体七番の7つのリゾーミングを掛けあわせるのもよい。
そしてそれを無限に細分化していく。
指先ひとつ、睫毛、鼻毛、唇の端、指の間、つま先、尻尾などなどの
からだの踊り場をひとつひとつ開いていく。
そして、
まつげでホコリを飼育する
脳みそを金属棒でかき乱される
神経が盗まれて抜かれていく

――などなどの微細なディテールのクオリアを各部に通す。
これを続けていくとやがて、自然に
キメラ体や巣窟体へとからだの熟成が進む。
毎年3月、9月の期初は、からだ全体が日常体から
サブボディモードに生成変化することに重点を置く。
その間に次第に各サブボディ固有の課題が明らかになっていく。
そして、4月、10月の期の中盤は探体・創体技法のテクニック練習に焦点を当てる。
とりわけ、からだを細分化して制御できる技術、
からだ全体から何らかのクオリアを削減して、からだのたった一部だけが
固有のクオリアに共振して動き変成する練習を積む。
これらが総合されて、はじめてからだの踊り場を変えるという
困難な技術を身につけることができる。

Xによる還元技法で固有の<削減体>を創発する

からだの一部だけを<踊り場>として開くためには、
からだの他の部分の動きを抑止することが必要になる。
からだ全体を最小限の微細震えの状態に保つ。
『病める舞姫』の基礎になる微細共振体だ。
からだに霞をかけて曇らせる。
そして、大きな動きを抑止し、たったひとつだけの踊り場を開く。
土方のいうXによる還元によって、日常のからだから何かを差っ引く。
サイズや速度を削減したり、柔軟性や健常性を喪失したりする。
<削減体>(英語では"Reduzed body"と呼ぶ。)の練習を行った。
そこで彼女は癖になっている肘の動きを自分で制止したのだ。
それがこの目覚ましい発明につながった。

何年も続けてきた削減体の練習から、はじめて生まれた偉大な創発だった。
ほんとうは、わたしは生徒の健康なからだのどこかを不自由にすることを
おそれて、おずおずとしかこの削減体を授業にもちこめてなかった。
いつどんなエッジにぶつかり、どんな反発が起こるかもしれないと、及び腰だったのだ。
だが、生徒自身の気づきが伴えばそれは偉大な発見につながる。
なにごとも最適の共振タイミングを見出すことが大事なのだ。

この発見を通じて、これまで別個に進めてきた
1.からだの細分化
2.Xによる還元と再生
3.からだの踊り場を変える

これらの三つがひとつにつながった。



(この項は、産婆ガイドにも収録します。)



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 山崎、石もてわれらのからだを撃て!
 2014年10月6日

山崎博昭との対話 1

この10月8日は、1967年同日、ベトナム反戦羽田闘争で死んだ
山崎博昭の48回忌になる。
再来年の50回忌には、旧友たちが羽田周辺に、
山崎博昭記念碑を建立する計画を進めている。
そのときにはわたしは日本で踊るだろう。
すでにこの夏ポーランドで、15年眠っていたわたしのサブボディが
目覚め、踊りだした。
これから二年かけてこの踊りを創り続けていくつもりだ。
その踊りの中でわたしは、池の中に立つ石を「山崎石」と呼んで、
山崎、生まれ変われ!と石で打ち続けた。
だが、石で撃たれていたのは、石のように固まったわたしのからだのほうだ。 山崎がわたしを撃っていたのだ。
山崎よ、何を言いたかったのか?
きみとわたしが死と生に分かたれれから、いったいなにを生きてきたのか。
きみに石もて撃たれながら踊り、きみと対話することで、バラバラだったこの65年の生を統合することを試みていきたいと思う。
今日はまず、その第一信だ。

あのころ、わたしたちは世界を変えるために闘った。
戦争や公害、環境破壊に満ちた世界を変えなければならないと信じて
命をかけて闘った。
そして、十年もたたないうちに跡形もなく潰え去った。
いったい、なぜあの闘いは敗れたのか。
わたしは50年間からだの暗渠に潜り、
世界といのちに耳を澄まし敗因探り、
新しい世界変革の可能性を探し続けた。

わたしたちは、当時のわたしたちの幼い革命組織を、
「未来社会の萌芽形態」であると捉えていた。
だが、あまりにつたなく、わたしたちは自分の未熟な自我や自己を
コントロールするすべさえ知らなかった。
そういう未熟な自我が、たとえ政治革命に成功して権力を奪取したとしても
その行き先がどうなるかはすでにロシア・中国・アジア・アフリカの
社会主義国の実験が陥ったスターリン主義的な一党独裁国家の二の舞いになっていただろうことははっきりしている。
わたしたちが敗れたのは権力の弾圧に屈したからではない、
他者の死を追求して止まない小さな自我による党派間の闘争や、
内ゲバによって自滅したのだ。
わたしもまた、この50年の日常の暮らしの中で、未熟な自我に振り回されて周りの人々を傷つけ続けてきた。世界から圧迫されていると感じた自我は、よじれた世界=自己像によって、見境なく周りの人を傷つけ返す。

なにが足りなかったのか。
わたしたちには人と人の、いのちといのちとの
自己や他者にこだわらない関係の未来像が見えていなかった。
自分であるとかないとかいうことがどうでもよくなる
リゾームの境地を知らなかった。
この15年、わたしはヒマラヤに籠り、からだの闇に潜って探り続けた。
そこは自他分化以前の非二元の闇であった。
そこには、この世の既成秩序から認知されなかった
多くのいのちの傾性が下意識のからだ(サブボディと呼んでいる)
に変成して潜み続けていた。
その息吹に耳を澄まし、からだごとサブボディに成り込むことで、
無数の目ざましい創造が生まれてくることを知った。
サブボディは自他の境界を超えて、コーボディに共振変容する。
自由に連結し、自在に分離するリゾームそのものであった。
わたしは世界中から集まってくる生徒のからだの闇に耳を澄まし、
そこからサブボディ=コーボディとして生まれてくる
いのちの無限の創造性を助力する産婆としてこの15年を過ごしてきた。
下意識のからだであるサブボディはみな、親や教師の権威的な態度、
価値判断的なまなざしに触れ、この世では生息出来ないと感じて
からだの闇に長い間退避して生き延びてきている。
それらが、からだの闇のより深い深層・集合的無意識域の元型的なイメージや祖型的なものと絡み合って、多次元かつ非二元的に変容流動している。
そこはまさしく創造の無限の宝庫である。
下意識や無意識に潜むサブボディ・コーボディの生みの親はこの世の
階層秩序のもつ権威的あるいは権力的な態度そのものである。
それらが彼らをからだの闇深くに追いやったのだ。
ならば、それらの再生を助力する産婆は、それら一切の権威的態度を
みずから消去する必要がある。
自分の教師的な自我や、目論見通りにサブボディが誕生するわけはない。
ただ、絶え間なく脱自し、無心になってはじめて、
いのちの無限の創造性を産婆することができる。
出てきたサブボディや、その共振形態であるコーボディもまた、
みずからの小さな自我や自己が過剰に発現しないように、脱自しながら
最適の共振方法を見出すことで、生命共振する美を創造することができる。
これこそ、若い頃から求め続けていた「未来社会の萌芽形態」ではないか。
最近になってはじめてその小さなひな形を踊りの中に実現することが出来るようになってきた。
わたしたちの踊りには、現代社会の踊り集団がもっているような
振付家と踊り手という区別はない。だれもが振付家であり踊り手である。
そして互いに最適の共振の仕方を探りながら踊りを共創する。
そこには、未来のいのちといのちのもっとも美しい共振のしかたがかいま見えるはずだ。
わたしは2017年10月の日本で、この踊りを人々と分かち合いたいと思う。
まだまだ、実験途上で未完成だが、これから二年かけて、練磨していくつもりだ。
すでに何人もの古い共振塾生が同行を希望してくれている。
ねがわくば、昔の友たちとも、この創造過程を共有したい。
それが、おそらくは旧友たちの中で眠っている山崎との対話を目覚めさせ、
わたしたちの世代のもうすぐ終わろうとしている生を、
統合するきっかけになってくれるだろうと信じている。
かつての友人たちと分かれてもう何十年にもなるので、現住所も
メールアドレスもほとんど知らない。
ねがわくば、だれでもいい。あなたが知っている限りの
旧友のメールアドレスを知らせてください。
また、未知の方でも、このメーリング・リストに加わりたい方は
お知らせください。

わたしのメールは、subbody@gmail.com です。

旧友たちや未知の友との共振の中で、山崎との対話を深め、
この踊りを創造していきたいと思います。
突然、ヒマラヤからメールが届いて驚かせることになるかもしれないが
それはお許し願いたい。山崎博昭がわたしたちの石のように
固まったからだを撃っているのだとご寛恕願いたい。

「きみのいのちがもっとも願っているものは何だっただろうか?
きみは、それを十分に生ききったかい?」

生き延びたわたしたちに、山崎はそう問いかけているのではないだろうか。



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 2014年9月30日

異貌の自分を探る

異貌体(Hidden Body)は、からだの闇に潜む数あるサブボディの中でも
原生体やボトム体とならんでもっとも豊かなバリエーションに富んだ一群である。
いのちの創造性・固有性・共振性を掘り出すもっとも豊かな坑道のひとつである。

1 「赤い神様」

 

雨の中で悪事を計画する少女

床の顔に終始する

さけの顔に変質的にこだわる

○はくせいにされた春


「静かな家」で土方は<鮭の顔>という一語で
この異貌体の豊かな可能性を象徴させている。
この冒頭の5行はさまざまなエッセンスの象徴になっている。

「赤い神様」とは、いのちをあやつる不可視のものすべての象徴である。
古来ひとはこれを、タオ、空、無、非二元、精霊、キメラ(捉えようのないもの)
などさまざまな名前で呼んできた。
いのちの舞踏の隠れた主役であると捉えてもよい。

雨の中で悪事を計画する少女は、「静かな家」を踊る土方のライトモチーフである。幾度も書いたので、舞踏論を参照願いたい。

はくせいにされた春は、いのちの変容が運ばれる舞踏のもっとも
基本的な背景である。すべての命が寂滅した異界であり、他界ともなる。

床の顔は、その異界の中で運ばれるもっとも基本的な体である。
ときにそれは気化体、植物体、獣体、原生体、傀儡体、少女体、衰弱体、
ボトム体などに密度を変える。

さけの顔は、それらの背景の中で咲く花である。
陰気な空気の背景の中で運ばれる表情を消した基本的な体とは
まったく対照的な異貌の自己が顔を出す瞬間こそ花となる。
世阿弥を待つまでもなく、花と、珍し、面白しは一体である。
最適の序破急タイミングを得たとき、たとえどんな異様なもの、
醜いとされているものさえ、花たりうる。
癇の花はその極致である。
異貌の花はときに瞬間的に、ときにじっくりと開花し変成する。

今日はこの異貌体の練習方法についてすこし詳しく述べよう。

(途中―ーこの稿は、「産婆ガイド」に収録予定です。)





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 2014年9月27日

虫の歩行の深淵

共振塾後期9月最終日、塾生は見事な共振を踊りぬいた。
各自がそれぞれの踊る必然を掘り下げ、
固有世界をコーボディで共創することができた。
たった一月でここまで持ってくることが出来たのは共振塾10年のなかで
はじめてのことだ。
いったい、何が起こったのか。
あたらめて振り返ってみたい。
最初の3週間はほぼサブボディを掘りだすことに集中した。
そこで原生体、獣体、植物体、石、山、傀儡体、ボトム体、気化体、異貌体、
などのサブボディ十体への坑道を少し掘り進んだ後、
第4週目は土方の「虫の歩行」を学んだ。
第一段階は、文字通り、虫がからだを這うことによって
そのかゆさに押し出されて動くからだになった。
第二段階は、具体的な虫の替わりに、固有のクオリアをみつけて
そのクオリアに押し出され、喰われて変成するからだになりこんだ。
ここまでは例年通りだが、
今年は思い切って第三段階の世界変容に力を入れた。

虫の歩行の深淵ー世界多次元変容

虫の歩行は、土方の最晩年期、
新人募集のワークショップ用に創られたものだけに、
彼のあらゆる創作技法が凝縮されて詰まっている。

とりわけ、今年は一人で踊るだけでは
短時間で通りすぎてしまいがちな
最後の<急>の世界変容の場面を、
サブボディ・コーボディで共創することによって
その最深部まで追求することを試みた。

「虫の歩行」
<序>
1.右手の甲に一匹の虫
2.左首筋からうしろへ降りる二匹目の虫
3.右の内ももから上がってくる三匹目の虫
4.左肩から胸を降りる四匹目の虫
5.五匹目 自分で知覚
6.あっちも こっちもかゆい その場にいられない かゆさに押し出される
<破の序>
7.あごの下 耳のうしろ ひじのうしろ 膝のうしろ ベルトのところ に
五百匹の虫
8.目のまわり 口のまわり 耳の中 指の間 すべての粘膜に五千匹の虫
9.髪の毛に虫
10.毛穴という毛穴に虫
<破の破>
11.その毛穴から 内臓に虫が喰う 三万匹
<破の急>
12.さらに侵食し 毛穴を通って外に出る虫 身体のまわり 空間を虫が喰う
13.さらに空間の虫を喰う虫
<急>
14.その状態に虫が喰う
15.(樹木に五億匹の虫――中身がなくなる)
16.ご臨終です (意志即虫/物質感)」

これまで、簡便化して通ってきた破から急にかけての部分は、
微細に読めば、上記のように複雑な序破急が設けられている。
この破から急にかけての部分は、
一人でそれを踊るのは余程の力量がなければできない。
だが、世界変容の部分をコーボディで共創することによって
サブボディもその世界変容に応じて変わっていけるので
比較的容易にこの序破急をたどることができる。
土方が白桃房時代に多用した、芦川羊子のソロと
群舞を交互に織り交ぜて展開していく多次元世界変容の技法の精髄が
この最終部6行に凝縮されている。
序から破への虫の増殖は、単なるこの世界変容の坑口に至るための
導入路に過ぎなかったのだ。

<練習方法>

調体一番から六番の内の任意の調体で、
サブボディモードから、自分固有の記憶が詰まっている
「カン工場」の世界に入っていく。
そこで触れた固有のクオリアによって世界が変容していく動きを創り
コーボディで共有する。
特に今年は、通常の調体に加えて、
自己催眠技法を導入して、固有の世界変容クオリアを探った。

<調体13番 自己催眠調体>

まず、くつろげる姿勢になり、各自の母語で
「ゆったりする、ゆったりする、一、二、三・・・」
と唱えて自己催眠状態に入る。
そして、これまでの人生で出会った世界変容イメージを探った。
固有夢や白昼夢、幻想、妄想、ビジョン、ファンタジーなどの
忘れていた想像力を手繰り寄せ、自分のサブボディが一番踊ってみたい
世界変容を思い浮かべる。
上のテキストの破から急にかけての部分だ。
そしてそれを仲間のコーボディで共創する方法を考案する。

<破の破>
11.その毛穴から 内臓に虫が喰う 三万匹
<破の急>
12.さらに侵食し 毛穴を通って外に出る虫 身体のまわり 空間を虫が喰う
13.さらに空間の虫を喰う虫
<急>
14.その状態に虫が喰う


これによって今年の塾生は、

アマゾンの熱帯雨林が人によって伐採されていく
空間を飛び交う不可視の電磁波に侵されていく人間
頭だけで動く生きものの顔を虫が喰う
海の中で腐蝕していく金属
他の塾生の固有のサブボディによって変容していく世界
産み落とされる胎児の変容


などの固有の世界変容イメージをつかみ、
それをコーボディで共創し、その世界変容の中で踊った。
これによって、各サブボディは、自分にとってもっとも踊ってみたい世界にであい、その中で存分 に即興することが出来た。
同時に塾生同士で互いの世界をコーボディで共創しあうことによって
自分のからだの闇に潜んでいた思いがけない踊りに出会った。
最後の部分はすべて自由共振による展開だったが、
予期せぬ即興が次々と湧き出してきた。
「虫の歩行」は共振塾の定番で、毎学期必ず一度は練習する。
だが、ここまで徹底的に追い詰めたのははじめてだ。
そして、予期せぬほどの創造がほとばしり出てきた。
まだまだ知らなかった可能性が潜んでいる。
土方はいのちの創造力が開花する可能性のすべてをここに凝縮した。
後世に残すべきはこんな舞踏譜である。



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 2014年9月17日

エッジについて

からだの闇を歩くとエッジに当たる。
だれも逃れることは出来ない。
胸がふさがり、息もできなくなる。
その乗りこえ方、対処の仕方を「エッジワーク」として
産婆ガイドにまとめました。
生徒の経験も載せました。
英文だが、参考にしてください。



「からだの闇」をもっと読む

探体法19  エッジを踊る

●エッジに出会ったとき、どうすればいいか?

サブボディ世界の旅を続けていると、しばしばわたしたちはとても困難な境界(エッジ)に出くわす。からだの底からいやな感じが立ち込めてきて、それ以上進むことができなくなる。
なにかがわたし達を強い力でブロックして押しとどめるのだ。
こんなとき、いくつかのとりうる手立てがある。段階に応じて、注意深くそれらいくつかの態度を取りながら進むことで、なんとかその困難を乗り越えることができる。

1.最初はただそれを認知するだけでいい

からだの闇で言いようのない不快な体感にぶつかって動けなくなったとき、
最初は、「ただ、そこになにかブロックするものがあること」に気づくだけでいい。
無理にそれを乗り越えようと自分を強いる必要はまったくない。からだのなかには無数のサブボディがあるのだから、別のサブボディに乗り換えて動けばいい。からだの闇は多次元の迷路でできているから、別のサブボディを踊っていると、そのうちいつか気づくことになる。いつしかふと後ろを振り返れば、前に直面してとても乗り越え不可能に感じられたエッジがそこにあることに。あるいは、はるか下方に随分小さくそのエッジが見えることもある。

2.つぎは注意深く耳を澄ます

すこしその不快な感じに慣れてきたら、耳を澄ましてみる。いったいこの不快な体感は何を告げようとしているのだろうか? 
というのは、いつも命からのもっとも大事なメッセージは、この不快な、収まりのつかない奇妙な体感を通じて届けられるからだ。日常体は、不快な感じには眼を瞑り忘れようとするのが相場だ。だが、サブボディ世界に通じれば通じるほど、命からのもっとも重大な声は、決まってとても不快な体感と共に届けられることが分かってくる。もっとも不快なものの中にもっとも大事なものが詰まっている。この逆説を受け入れることだ。――わたしは自分の経験から、そうアドバイスする。不快を我慢して耳を澄ましているうちに、とんでもない気づきがやってくる。そのときの光明に満ちた快感は、何もかも忘れさせてくれるほど強烈だ。例外なく、だれもがその喜ばしい気づきを体験することができる。わたしは自信をもってこれを勧めることができる。

3.エッジになりこむ

もっと力をつけてきた段階では、思い切ってその不快な体感に両面からなりこんでじっくり味わってみる。
自分にもうエッジと取り組む準備ができていると実感できたとき、タイミングを逃さず、ミンデル譲りの<エッジ・ワーク>に取り組むのがいい。

<エッジ・ワーク>

パートナーを見つけペアになる。(A:仕手、B:受け手、次いで役割交替)
一方が自分の感じている不快な体感を、からだで相手に伝えてみる。
たとえば、Aが自分でとても強い情動的なブロックに出会って身動きできないと感じているとすれば、相手の胸と背中を両手で押し付けるなど、できるだけ忠実にその感じを相手に伝える。受け手はその不快感をからだ全体で受け止め、でてくる自然な反応に任せて動く。自然にその不快感になりこんで身をよじって蠢めく動きなどが出てくる。Aはなおも押し続ける。Bはさらに苦悶に身をよじりながら動く。蠢いているうちに、AにもBにも次第にこのエッジの体感が共有できてくる。それがなにものであるのか、ことばではなくからだで分かってくる。
次いで役割を替えて、Bが自分がAから受けたと同じ体感をAに与える。BがAの胸と背を同じ力で押し付ける。Aは逃れようと蠢く。なおもAがBを追っかけたようにBもAを押し続ける。
ついで、Bが仕手になり、Aに自分のエッジの体感を伝える。そして、同様に役割交替をする。
やがて、十分にこのエッジを両面から味わえたと思えたときにワークを終わる。
AにもBにも、なんとなく突き抜けた感じがからだに湧いてくる。言葉ではすぐには言えなくても、からだがなにかをつかんでいる。

その開けた体感を味わうために、ひとりひとりが自分のからだを探る自己探体の時間に入る。
それぞれの体感と気づきをさらに深く探求して、今日のサブボディの動きを見つける。

4.エッジを踊る

最後の段階はエッジを踊ることだ。

<エッジの動きで相手に近づいていく>

<エッジ・ワーク>の透明デュエット版ともいえる。
ここから先はミンデルにもない。サブボディ技法独自のものだ。
ペアになり、一人が先の探体の時間の中で見つけたサブボディの動きをしながら相手に近づいていく。もう一人のほうは、遠くから近づいてくる相手の動きに対して、自分の命はどう共振して震えるか、出てくる自然な反応に身を任せて動く。
じょじょに距離をつめていく。1メートル、30センチ、3センチ、触れるか触れないかの距離に近づいていく。そして、肌に触れ、押し付け、さらに強く押し込んでいく。
受け手のほうは、出てくる自然な反応に従う。時には主格の差異がなくなって二人でもみ合いながら動くことにもなる。命には主客の差異がなく、ただ共振だけがあるということが実感できる境地までいけるときがある。

<エッジを踊る>

この第二段階のエッジ・ワークを経て、
サブボディ・コーボディ劇場ですべてを出し合う。
ソロの振り付けの中にエッジの踊りが出てくる。
デュオでエッジになりこみ関わりあう。
グループ即興の中では、実に多次元的なエッジとエッジの出会いが起こる。
だれが主体で誰が客体であるかなどの区別はなくなる。
世界チャンネルと自己チャンネルの区別もつかなくなる。
サブボディは共振するコーボディに変成する。
どんな動きが出てくるか、誰にも予測できない。
超伝導状態にも似た、不思議な異次元に劇場ごと変成する。
その超伝導状態の中で踊りあうと、だれもが命の出来事を、
あらゆる側面から体験し、味わいあえる。
スーパーレイティブな多数多次元的な出会いの連続になる。
予期せぬ出会いがあり、とんでもない荒々しい渦も沸き起こるかもしれない。
やがて全員が十分に踊りきったと感じられたとき、全員で終わりを見つけて終わる。
一人のエゴの判断ではなく、全員のサブボディがコーボディに変成すると
コーボディとしての<序破急>の終わりが自然に見つかる。
静寂が満ちる。
全員が異界に転生し、異界からのまなざしを、
観客に差し向けることができるかもしれない。

終わった後は放心に似た恍惚感がからだに満ちる。
言葉を交わすことでは得られない、深い命と命の共振を体験できる。
至高体験にも似たその命の震えは一生忘れられないものになる。

My biggest teaching / Asuka

 

When I faced my unknown edge, I faced a deep pressure feeling in my chest:

pain, cannot breathe, cannot speak, need to cry. It was going on for more than a week already.


(edge1 picture)

I definitely didn't wan't to deal with it.. I felt so annoyed when you proposed edge work exercises.

It was so bad, I couldn't figure out what it was or why is this was happening to me.

I thought, if it's just anguish, it will pass, then it's no use to do anything about it, otherwise I'll just feed it...

and I don't want to make things worse..

However, with all the aversion I had, I slowly followed your propositions..

 

Suddently, I realised it was me pressing me : My self was struggling and oppressing me.

I watched and asked silently: ¨ Why are you doing this to me? Why do you want to kill me ? ¨

It answered that we were having a war, and I was divided because of paradoxe.

I wanted one thing and its opposite, to be one thing and the opposite,

so the other me was embodying my opposite.

Because I had been suppressing it, also it was suppressing me.

But I realised..

we cannot live without each other. Whatever happens, we must continue to live together

Me and my opposite,

We converse..

We must take care of each other, otherwise no one can live,

it is a matter of surviving.

 

Together, reunited, we can be All.

Everything that seems outside, isn't separate.

We are One.

Everytime I deny something, hate, or suppress something,

I am denying a part of the whole.

Each time I forgive and reconcile myself with something that seems outside of me,

I forgive and reconcile myself with a part of me..

and now, this is my work..

 

In order to survive..

To recognise everything as oneness..

Not to dissociate myself with what is around..

this is also how I am erased..

There is no such thing as individuation.

Most of all, to find Balance, because Balance is a universal law..

And to be able to see with the eyes of the opposite is

the key to finding Balance.

This drawing emerged then.

The white human as myself as I consciously know myself,

all that seems stable,material, that I perceive as reality,

 all that I accept as a world, self image, identity..

The dark human as my unconscious side,

all that is unstable, immaterial, unknown world,

all unaccepted aspects or repressed self,

shadow..

 

Inspired by the ying and yang symbol of balance,

I found out a way to move beyond the edge of the moment,

I traded eyes with my opposite,

saw myself, erased my mind,

understood, and let go..

 

This was perhaps the biggest freeing feeling of my life...

I wish to apply it all along.

 

Thank you Lee, for pushing us to face our edge.

 
 A Thousand Plateaus Illustrated by Marc Ngui
 2014年9月14日

リゾームとはなにか?
――非二元かつ多次元の生命共振

まだまだ言葉にできていない重要なことが多い。
大事なことほど言葉になりにくい。
非二元かつ多次元に生成変化している生命共振も
いまだそれを記述する言語が見つかっていない。
いまある言語はすべて主語述語の二元論に囚われているからだ。
主体も客体もない共振をそのまま言葉で捉えることは出来ない。
このデッドロックを前に、もう何年間も足踏みを続けている。
だが、不十分ながらも書いて置かなければ足元からぼろぼろ崩れていく。
神話や宗教や元型の強い影響力に喰われて平衡を失う。
生命共振やその非二元・多次元共振にうっすら気づいていたと思われる
仏教やヨガやタオなどの先駆的な思想を学ぶとき、
古代の思想家たちが気づきを言葉にする段階で、
二元論的ツリー構造に絡め取られてきた悲劇を同時に学ばねばならない。
その一点で、わたしはそれらに同化せず、
透明化しなければならないという自己規律を課してきた。
言表された思想はそれがどれだけ優れていても、
<ツリーとリゾーム>を行き来するという生命共振原理を欠いている。

生命のリゾーム的共振

わたしたちの成人のからだは百兆個の細胞からなる。
ひとつひとつの細胞はいのちを持っている。
そして40億年の生命史を生きながらえ、生命の智慧を秘め持っている。
人間とは百兆個の、そして40億年続いているひとつのいのちの
非二元かつ多次元的な共振体なのだ。
多次元かつ非二元共振は一言で言えば、どこででも自由に連結し
自在に分離できるリゾームである。
それを言葉で捉えるには、ツリー上の言語的論理に変換する必要がある。
サブボディ―コーボディの産婆は、リゾーム的生命共振をたえまなく
ツリー状の言語に翻訳し、しかも一時的なその二元論理に
囚われることのない透明さを合わせ持つ必要がある。

ツリーリゾームを柔軟に行き来する技法を身につける

このツリーからリゾームへ、そしてリゾームからツリーへ自在に転換する
自在な変幻能力をツリーリゾームと呼ぶ。
実践的なリゾーム的共振が世界中で進行しかけている今、
ツリーリゾーム技法を身につけることが急務である。
従来の言葉で意識と無意識、こころとからだ、自己と他者の間で起こる
さまざまなエッジ、投影や転移、逆転移、ドリーミングアップなどの
生命共振現象を、すべてツリーとリゾームの両方から捉えることが出来ねばならない。
言葉が必要なときはやむなくわたしたちは二元論的な言語を使うほかない。
だが、ことばの二元論的な断定に囚われてはならない。
たえず、ことばは仮の簡易的な説明にすぎないことに気づいている必要がある。
ことばで自己をも他者をもなにものをも規定しないことだ。
言表されたことばは空蝉、
いわば生きた生命のクオリア共振の抜け殻に過ぎないのだ。

透明さ

下意識の世界、サブボディやコーボディで起こることはすべて
非二元かつ多次元の生命共振クオリアに関わる出来事だ。
言葉での言表とは別に、からだの闇で起こっている現実の生命共振に
耳を傾け、透明に見透かし続ける透明離見を
同時に発動し続けることが肝要だ。
そしておそらくどんな初心者にも、最初からこの透明さを身につける
機会を見つけ、誘い続けることが大切だ。
(この具体的事例について、ここしばらく
実技ガイドや産婆ガイドなどで掘り進めようと思う。)

今日はとりあえず、リゾームを図示することに優れたアーテイスト

Marc Nguiのイラストを紹介するに留める。優れたイラストは、
二元論の束縛から逃れるに言葉よりも幾分有利なようだ。
かれのこの仕事は、ドゥルーズ・ガタリの『千のプラトー』を
イラスト化したシリーズです。
たとえば一枚目は、「狼は一匹でも群れである。(サブボディは一体でもコーボディである。)」という一節をイラスト化したもの。
興味のある方は下記
Kagablog Reading Rhizome (英語版)などをご参照ください。



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 2014年9月7日

舞踏とはなにか?
――舞踏を豊かにする定義と、貧しくする狭い定義



「舞踏とは何ですか?」
ある日ポーランドのワークショップ参加者が悩みぬいて尋ねた。
わたしは「定義にはふたつの種類があります。一つは、それを貧しくする狭い定義、もうひとつはそれを豊かにする深い定義です。」と答えた。
狭い定義は舞踏を一定の枠に制限し、もうひとつの定義は、それを生命の創造性の無限の可能性に舞踏を開く豊かな定義だ。
「舞踏とは死にもの狂いでつっ立つ死体である。」という有名な定義や、
その他に多くの舞踏家や舞踏研究者がさまざまな定義を試みてきた。
わたしもまた、若いころ、そういう狭い定義をいろいろ試みた。

「土方の舞踏を舞踏たらしめているものが三つある。
1.人間の条件を捨て、死者狂者不具者と共振するからだになる
2.人間界以外の異次元を開畳し、転生する
3.異界からこの世を見つめる臨生のまなざし」

舞踏論第一部は若いわたしが受けた土方舞踏の衝撃を
なんとか消化しようとする苦闘と我田引水にみちた錯乱の記録だ。

これらの狭い定義は、土方と大野が特定の時期に試みた限られた実験に基づく。
だが、かれらの生涯を眺めれば、それは新しい美を発見しようとする
無限の試みの連続であったことがすぐに分かる。
舞踏のスタイルは時期によってめまぐるしく変化した。
1950年代初期までのモダンダンスの世界内での価値観の拡張の試み。

1960年代のダダやシュルレアリズム、アバンギャルド、ハプニングなどによる現代社会の価値を転倒しようとする実験。

それは1968年の土方のソロ「肉体の反乱」において、
フトドキなまでの攻撃的かつ挑戦的な踊りに結晶した。

だが、1970年代になると土方は打って変わって、衰弱体舞踏を発明し、
その探求に専念する。

そして、1976年から86年の晩年は、『病める舞姫』を中心とした
未踏の<生命の舞踏>の探求に没頭した。

一言で言えば舞踏とは、これまで美とはみなされていなかったもののなかに未曾有の美を発見しようとする永続的な営みなのだ。
これは20年ほど前に、いまはなきサンチャゴ・センペレがふと漏らした言葉だが、こう舞踏を定義すれば、それは生命の底なしの創造性と未知の可能性にたいして舞踏を無限に開いていくことができる。

若いころのわたしは衰弱体のみを舞踏の本質とする狭い定義によって拘束されていた。怖いもの知らずに、自分の意識によってすべてを定義し価値付けしうると思い上がっていた。
だが、実のところそれは生命の無限の深淵について何も知らないことにまだ気づいていない自我の傲慢な幻想にほかならない。
自我は生命という謎への謙虚さを学ぶ必要がある。
だが、それには時間がかかる。
自我を脱ぎ、からだの闇のいのちの深淵への長い長い旅が必要なのだ。

今、わたしたちは、つぎのような定義によって舞踏を無限に豊かにしていくことができる。

舞踏とは誰もが美だと気づいていない未知の領域に、
新たな美を発見しようとする無限の実験である。

それは私たちに無限の自由をもたらす。
空恐ろしいほどの底なしの自由を。
そうじゃないですか?

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 2014年9月1日

静寂体になる

すべては静寂体になることから始まる。
日常の思考の習慣やからだの無意識の緊張を解きほぐし、
からだの内外を変容流動しているごくかすかなクオリア流が感じられる
静まりかえったからだになることが、
下意識やいのちのもつ無限の創造力を開く基本だ。
静止した静かさだけではなく、あらゆるかすかなクオリアに
共振できる用意ができているのが静寂体だ。
だが、ただ静まろうとしてもなかなかしずまれるものではない。
日常体は、社会的存在として無数の無意識の緊張と思考や感情によって
がんじがらめになっている。
そのこわばりや結ぼれをすべて解きほぐす必要がある。
共振塾では、新入生を迎えたときは、ますとことんリラックスして、
心身の緊張を解きほぐすことから始める。
そして、からだの表層筋・深層筋の無意識のこわばりを十全にときほぐす
徹底した深層ストレッチと脱力にょろを行う。
社会に流布しているストレッチは、スポーツやエクササイズ用に、
表層筋のみのストレッチにとどまっている。
それだけではなく、心身の奥の社会的人間としての習慣的こわばりを解く必要がある。
日常体は自分の意識や自我によって自分の体をコントロールしているという
幻想にとらわれているが、それは真っ赤な妄想だ。
いかに無意識の社会的威勢や鎧によってからだが武装されているか。
それらを深層から解きほぐすには、
自分を人間だと錯覚している幻想を脱ぎ、原初のいのちになる必要がある。
いのちは、人間一人にひとつあるのではない。
個々の細胞それ自体がいのちを持っている。
40億年前に誕生してから現在まで、さまざまな種に分化多様化しながら
いのちのながれは途切れることなく続いている。
いのちは数えられるものではないのだ。
おとなのからだは百兆個の細胞からなるいのちの共振体である。
それら百兆の細胞生命の精妙な共振に耳を澄ます。
からだのこわばりや、硬結、痛みなどは、
各部の細胞の血流不足と各種の生長ホルモン・自己治癒物質などの
不足からやってくるものがほとんどだ。
多くの部位が日常体にとって忘れ去られている。
その部位は社会的な防御姿勢や日常的な作業によって
習慣的に硬結してしまっている。
無意識の情動によってこわばっていることもある。
それらすべてに耳を澄まし、少しずつ解きほぐしていくのが深層ストレッチ
脱力にょろである。
調体ゼロ番の呼吸法、とりわけ生命の呼吸と、操体呼吸
心身を深層から解きほぐすのに役に立つ。


生命の呼吸

からだを構成している百兆個の細胞の内呼吸に耳を澄ます。
各細胞が新鮮な酸素を得ると、ほんの少し活性化し、ゆるみ膨らむ。
ひとつひとつの膨らみは目に見えないほどだが、百兆個の細胞が緩んで膨らむと
からだぜんたいのサイズもわずかに膨らむ。
上下左右前後の三次元方向に十数秒かけてからだがゆっくり膨らむのを感じる。
それが生命の呼吸だ。
外呼吸(=肺呼吸)のリズムは、生命の呼吸のリズムと自由に共振している。
ときには、きわめてゆっくりした肺呼吸と、生命の呼吸を同期してみるのもよい。

操体呼吸

橋本敬三によって発明された操体法の呼吸は、
吐きながらからだを伸ばし、最大限にのびきったところで息を吸い
伸びた部位の細胞に新鮮な空気を送る。
数秒保息してから、どっと脱力する。
脱力するときはからだが流動化するに任せる。
野口三千三はこれを<にょろ>と呼んだ。
この操体呼吸とにょろによる脱力流体化を体の各部位に対してみっちりと行う。
これに専念していると、自ずと日常思考は鎮静化し、
からだのわずかな変化に耳を澄ますことができるようになる。

逆腹式呼吸とボトム呼吸

思考や感情が嵩じ、それに囚われているときは、
腹式呼吸または逆複式呼吸、ボトム呼吸を長時間続けるのがよい。

調体一番 背骨ゆすり

仰臥位で踵を垂直に立てて、なにかによって足が前後にゆすられるに任せる。
続いて左右、上下に脊椎間の深層筋のこわばりを三次元方向にほぐす。
物理的な動きを止めたとき、からだの内外を、かすかなクオリアが変容流動しているのに
気づきそれに耳を傾ける。

深調体一番 微細ふるえ

続いて、背骨だけではなくからだじゅうの細かい部分が
ランダムにまんべんなく微細に震える微細ふるえ調体に入る。
もっとも心身に心地よいサイズと速度を見つけるのが大事だ。
仰臥位、伏臥位、側臥位、四位などさまざまな姿勢で
この微細震えを楽しむ。

これを20分ほど続けていると、
からだがおのずから心地よさに心身をあずける下意識モードの状態になる。
いのちはこの心地よさに抵抗することができない。
それまで囚われていた思考や感情のこわばりがとろけ、
消え去るまで続ける。

これが毎日のはじめに行うとよい静寂体への調体だ。
踊り手だけではなくだれにもおすすめできるものだ。



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 けむり虫 (蚊柱)
 2014年9月1日

けむり虫の歩行

土方巽の『病める舞姫』は、けむり虫から始まる。

「そうらみろや、息がなくても虫は生きているよ。
あれをみろ、そげた腰のけむり虫がこっちに歩いてくる。
あれはきっと何かの生まれ変わりの途中の虫であろうな」。
言いきかされたような観察にお裾分けされてゆくような体のくもらし方で、
私は育てられてきた。」

この数行は、雑誌発表時にはなく、
単行本として出版する際に土方自身が書き加えたものだ。
(「病める舞姫のオリジンをさぐる」 中村文昭参照)
全文を書き上げた後に、その精髄のすべてを象徴するものとして
けむり虫が冒頭に掲げられた。
だが、いったいけむり虫をどう踊るか、
長年の謎であった。
「静かな家」の気化体にも似ているが、どこかが異なる。
この夏のヨーロッパでのワークショップの最中に、
わずかなヒントを掴み、帰りのデリーでの滞在先の日本寺院で
夜中に、ベッドに横たわったまま、調体一番のふるえを終えたあと、
更に細かく全身各部の筋肉がランダムに震えだした。
おそらく飛行機の長旅でこわばったからだをほぐそうと
からだ自体から創発されて出てきた動きだった。
長時間続けているとじょじょに心地よいからだの状態になってきた。
やがて、突然起き上がって細かく震えながら歩き出した。
からだじゅうの細部という細部が小刻みに震え続ける歩行が始まった。
けむり虫とは、いわゆる蚊柱である。
なかでは何千という蚊がランダムに飛び交っている。
からだじゅうの細胞がその蚊のようにランダムに細かく震えながら歩いた。
すると、歩きながらこれまでに味わったことのない心地よい状態になってきた。
眩しいので電気を消して闇の中で歩き続けた。
長い時間続けていると、いとも簡単に心地よい下意識のからだ
(サブボディ)モードに入って行くことができることが発見された。
そうか、これが探し求めいていたけむり虫の歩行なのだ、と気づいた。
ようやく、長年探し求めて見いだせなかった
『病める舞姫』世界へ入っていくことのできるからだが見出されたのだ。
見えない背後世界と微細に共振してふるえているいのちのありようを
精密に探査したのが『病める舞姫』一巻だ。
その世界には従来の粗大な日常体のままでは入ることはかなわない。
粗大な日常思考を止め、粗大な動きも止め、
もっと微細なふるえるいのちそのものにならなければ。
そういうからだにどうすれば生徒を導くことができるのか。
これがこの何年間かのわたしのぶつかっていたデッドロックであった。
だが、とうとうその入り口が見つかった。
ただ微細に震え続ける<けむり虫の歩行>これがその坑口だ。
今年の共振塾はここから始める。
以下にその概要を示そう。

けむり虫の歩行

深調体一番 微細ふるえ

まず、仰臥位、腹臥位、側臥位などでたっぷりと時間を掛けて
下記の新しい深層調体一番<微細ふるえ>を行う。
従来の脊椎を上下前後左右に振動させる調体一番に加え、
その後、全身各部の筋肉・関節がランダムに微細に震える<微細ふるえ>調体を続ける。
ぴくぴくと小刻みにかつ全身まんべんなく震え続ける。
もっとも心地よいサイズと速度を見つける。
これを続けていると、これまでに経験したことのない心地よさがからだに広がってくる。
いわば、持続的な自己催眠状態のからだになることができる。
まずは仰臥位でたっぷり行い、つづけて伏臥位、側臥位などに姿勢を変えてたっぷり行う。
心地よさを覚えたら、その全身各部の微細震えを保ったまま
ゆっくり立位に移行して、微速動のサブボディ速度で歩き出す。

これが『病める舞姫』の舞踏譜の第一番、
<けむり虫の歩行>の基礎となる。

これは、これまでも長く続けている<灰柱の歩行>に非常に似ているが、
それよりも極わずかに大きいランダムな震えを意識的に続ける点が異なる。
<灰柱>から<けむり虫>まで、ほんのわずかな一歩を踏み出すのに
ゆうに十余年かかった。
だが、からだをめぐる発見の時間はこんなものだ。
時間がかかるのは仕方がない。
心地よい持続的な下意識モードのからだ(サブボディ・モード)になったら、
自分のからだを外側からながめる離見と、
からだの内外を変容流動する極微細なクオリア流に耳を澄まし、
からだを覗き込み続ける。
なにか気になる微細なクオリアをキャッチすればからだごとそれに従うのは
これまでと同じだ。
だが、この歩行は歩行瞑想としてはこれまでに見出された
灰柱や、ヒューマンウオークなどにくらべ、
すぐれて強力に心地よい下意識モードのからだの状態をもたらす。
内と外に半々に開かれた<透明体>の状態になるまで続ける。
これが、長年探し求めてきた『病める舞姫』の世界に入る実質的な坑口である。
同時に20年来の夢であった<透明体>への坑口でもある。
今年以降共振塾ではこの<けむり虫の歩行>を基礎に、
いのちが見えない背後世界とのあいだで微細に震えいている
『病める舞姫』の世界に入り、その諸相を辿って行くつもりだ。

共振塾で学んだ古い生徒にもこれを毎日続けることをおすすめする。
できれば夜間電気を消した安全な室内で行うと
より深く下意識モードに入ることができる。
昼間ならば目隠しをして行うのもよい。


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 2014年8月31日

山崎、生まれ変われ!2

ポーランドでは、とつぜんわたしのなかの山崎博昭が目覚め、
都合三回踊った。
一度目は石切り場の池で、二度目は岩山で、三度目は古屋敷の闇で。
これは二度目の岩山でのものだ。

山崎、目を覚ませ! 
山崎、生まれ変われ!

わたしは岩を叩いたが、じつは叩いているのは山崎で、
わたしたちの岩のように凍りついたからだを
目覚めさせようと叩いているのだと感じていた。

1967年10月8日、ベトナム戦争反対を唱えながら、
羽田弁天橋の上で息絶えた山崎は、今、生まれ変わろうとしている。
再来年の50回忌には、かつての友人たちが山崎の記念碑を羽田に建立しようとしている。
そのときまでわたしは二年かけて何回となく繰り返し踊るだろう。
インド、ヨーロッパ、アメリカ、アジアと時を変え、場所を変えて踊るなかで、
まだ短い断片にすぎないこの踊りは長いものに生長するだろう。

2017年秋期の共振塾はヒマラヤではなく、
9月、10月、11月と日本でのノマド・リゾームツアーを展開したい。
すでに何人かの共振塾生は同行を希望してくれている。
日本を離れて二十年ぶりの帰還だ。
願わくば日本の友人たちよ、さまざまな形での支援をお願いしたい。
10月8日の東京・羽田近くでの慰霊碑建立式を中心に、
山崎のふるさとであった大阪、京都、その他の場所で踊り、
自他の区別を越えたサブボディ=コーボディになるワークショップを開きたい。
各地での公演・ワークショップの準備・手配、
総勢十名ほどの旅費・滞在費やホームステイなどの支援をお願いしたい。
わたしたちは自我や自己にとらわれない新しいリゾームという生き方を
今の日本に届けたいのだ。


 
 2014年8月22日

山崎、生まれ変われ(ビデオ)

今年は山崎博昭の48回忌だ。
1967年10月8日、ベトナム戦争反対を唱えながら、羽田弁天橋の上で息絶えた山崎は、
生まれ変わろうとしている。
再来年の50回忌には、かつての友人たちが山崎の記念碑を羽田に建立しようとしている。
ポーランドのワークショップの最中、訪れた古石切り場の池の中央に大きな岩が立っているのを見たとき、これは山崎石だ!と感じた。
201世紀になってから踊ることをやめて産婆に徹してきたわたしのサブボディが、15年ぶりに蠢き始めた。
山崎、目を覚ませ! 
山崎、生まれ変われ!
とわたしはその岩を石で叩きつづけた。
叩き続けている間に不思議なことが起こった。
叩いているのはわたしではなく、
山崎が凍りついていたわたしのからだを叩きはじめたのだ。
山崎以外の辻敏明や橋本憲二、サンチャゴ・センペレ、
死んだ母などの死者がいっぺんにわたしのからだを使って踊り始めた。
福島の原発から漏れた放射能に苦しみながら死んでいっている太平洋の海底に棲む
小さないきものの幼生たちも奇形化されたからだで一緒に踊りだした。
ワークショップの参加者のアガも、共振して踊ってくれた。
山崎の死に泣き続けたわたしの母となって泣いてくれた。

この後も、長年からだの闇で眠っていた多くのサブボディ=コーボディが目を覚まし、
ポーランドのワークショップの最中、川で踊り、山で踊り、古屋敷で踊った。
この踊りはこれから二年かけて、インド、ヨーロッパ、アメリカ、アジアと
時を変え、場所を変えて生長し続けるだろう。
2017年後期の共振塾はヒマラヤから離れ、
9月、10月と日本でのノマド・リゾームツアーを展開するつもりだ。
世界中のサブボディ・コーボディよ、2017年秋日本で、
願わくば一緒に踊ろうではないか。
私たちの歩みは、サブボディ=コーボディリゾームが、
マルティチュード(多衆)に生成変化するまで続くのだ。



 
 2014年8月15日

山崎、生まれ変われ

今年は山崎博昭の48回忌だ。
1967年10月8日、ベトナム戦争反対を唱えながら、羽田弁天橋の上で息絶えた山崎は、生まれ変わろうとしている。
再来年の50回忌には、かつての友人・同窓生たちが山崎の記念碑を羽田に建立しようとしている。
ポーランドのワークショップの最中、訪れた古石切り場の池の中央に
大きな岩が立っているのを見たとき、これは山崎の墓銘碑だ!と感じた。
2002年来踊ることをやめて産婆に徹してきたわたしのサブボディが、
13年ぶりに蠢き始めた。
山崎、目を覚ませ!
山崎、生まれ変われ!
とわたしはその岩を石で叩きつづけた。
いや、わたしではなく、もしかしたら、
山崎が眠りこけている私たちの石のからだを叩いていたのだ。
山崎以外の辻敏明や橋本憲二、サンチャゴ・センペレ、死んだ母などの死者がいっぺんにわたしのからだを使って踊り始めた。
福島の原発から漏れた放射能に苦しみながら死んでいっている太平洋の海底に棲む小さないきものの幼生たちも奇形化されたからだで一緒に踊った。
ワークショップの参加者のアガも、共振して踊ってくれた。
山崎の死に泣き続けたわたしの母となって泣いてくれた。
わたしのサブボディは山崎を始めとする死者たちとともに踊り続けるだろう。
世界中に広がっているサブボディ=コーボディも共振するだろう。
2017年10月に、日本で踊るまでこの踊りは時を変え、
場所を変えながら生長し続けるだろう。


 2014年7月18日

「舞踏譜・病める舞姫1 からだのくもらし方」


ここ数年、『病める舞姫』に取り組んできた。
いろいろ試行錯誤する中で、それを現代の各国の若い人々に
受け継ぐことができるようにするためには、
その長く難解な文章の精髄を、短い舞踏譜に結晶させることが
もっとも実践的であることが見えてきた。
今年の共振塾と各国でのワークショップを通じて実験してきたが、
その第一弾の成果がこの舞踏譜「からだのくもらし方」である。
ギリシャのワークショップでは、これを十日間に分けて練習した。
いかにからだの闇で起こっているかすかな生命共振のありように
耳を澄ますか、土方巽が探求したのはその一点だった。
日々の練習に役立ててくだされば幸いである。


1.「そうらみろや、息がなくても虫は生きているよ。あれをみろ、そげた腰のけむり虫がこっちに歩いてくる。あれはきっと何かの生まれ変わりの途中の虫であろうな」

2.言いきかされたような観察にお裾分けされてゆくような体のくもらし方で、私は育てられてきた。

3.からだの無用さを知った老人の縮まりや気配りが、私のまわりを彷徨していた。

4.からだの秘膜が細心の注意をはらいながら膨らんでいく。そして、得体のしれないものに出会うと縮まる。

5.足が見知らぬ世界に踏み込んでいく。からだから引き上げていく祖形めいたものがときときとした気品に混じって消えていった。

6.顔から、見えないものをとらえる無数の触角が生えて、伸び縮みする。

7.尾が背後霊のありかを探り、お伺いを立てている。

8.背骨が不意にずれたり、思いもかけぬ方向にねじられたりする。

9.わけの分からない世界に襲われ、喰われ、侵食されつづける。ときにからだが吊り上げられて、気がつけば見知らぬ世界に置かれている。

10.耳という耳、指という指を開き、いつどこから来るかわからない襲来に備えている。

11.額に目玉をつけていなければ、空気の中の見えない大きな生きものも見ることができない。

12.息の短い明暗が、からだの闇の動きにつながっている。

13.からだの中に得体のしれない虫や熱が忍び込む。湯気にさらわれ、雪に食べられ、鯰に切られ、川に呑み込まれる。

14.からだの輪郭をなくし、けむり虫になり、野菜畑の上を飛び、地上のもののどの形を借りようかと物色している。

15.蜜蜂の群れ、モグラのトンネル、伝染熱になる。

16.一人の婦人に睨みつけられ、からだが棒になる。

17.人間、追い詰められれば、からだだけで密談するようになる。

18.泥にはまり、泥の中で胎児になる。もうひとりの胎児の頭をねじりながら、子宮内の夢を見る。

19.無数のものがからだに乱入し、各部がてんでバラバラに変容するキメラのからだになる。

20.そんな中でからだに霞をかけて、かすかに事物を捏造する機会を狙っている。

 

 2014年7月12日 

世界チャンネルの魔の正体


地中海に浮かぶシーロス島について、ある日
ユングからの贈り物が届いた。
彼の『元型論」のなかの一節が何度もくっきりと思い出された。
「元型の数は、心的現象の数と同じだけ、つまり無数にあるのだ。」

彼自身は、影や、アニマ・アニムス、グレートマザー、トリックスターなど限られた数の元型しか精査していない。
だが、言葉に出来ない無数の元型に出会っていたことが、
この<心の状態の数だけ元型はある>という言葉が告げている。
覚えていたはずだのに、いつの間にかユングの元型概念を
彼が精査し言及したものに限定して捉えてしまっていた。

ユング自身は、フロイドの自我や超自我を元型に含めてはいない。
だが、それは旧師との無用の軋轢を避けたためで、
上の、<心の状態の数だけ>という言葉には、
自我や超自我もまたそこに含まれることを含意している。

それだけではない。
ここ数年、わたしは、世界チャンネルに関わろうとするときに
得体のしれない混沌に見舞われていた。
何が起こっているのかわけがわからなくなるほどの
大嵐がわたしを巻き込みむのだ。
<世界チャンネルの魔>、あるいは<魔界嵐>と名づけて、
何度も透明視しようと試みた。
(からだの闇あるいは多重人格日記で、ここ数年間、毎年この問題に取り組んできた。下記のごとくだ。
「世界チャンネルの危険な陥穽」(2012年)
「世界チャンネルの深淵」(2012年)
「バルドーの旅と世界チャンネルの魔」(2011年)
「世界チャンネルの魔」(2010年)

だが、今回のユングの一節によって、
それもまた元型が関与していたことに気づくことができた。
<革命者>という自己元型と
<革命>という世界元型の相克が起こっていたのだ。
元型的なものはいつも意識の外側からやって来るので、
何が起こっているか、定かに認知できなかったのだ。
それがわたしがいつも巻き込まれる大嵐、
<世界チャンネルの魔>の正体だった。
それが元型だと気づくまでは、何がなんだかわからなかったが、
いまはくっきりと見える。
わたしの自己形成過程では、若きニーチェやカフカ、
そしてマルクスやレーニンが理想的な自己イメージの規範となっていた。
かれらはわたしの中で<革命者>という元型に成長していたのだ。
革命者の世界の見方は、<世界革命>という世界元型に関わる。
今ある状態のなかに、未来の革命のかすかな予兆を聴き取ること。
現実の向かうにまだない現実を透視すること。
そしてそのかすかな兆候がいまある現実を覆す瞬間を夢想すること。
そういうことが無意識理に起こっていた。
それがあの大嵐、<世界チャンネルの魔>のなかで起こっていたのだ。

そして、ここまで書いて、土方巽もまた、
この革命者の元型に捉えられていた人だったことがくっきり見え始めた。
『静かな家』の静かさとは、世界変動の大嵐を支える対偶の静けさだったのだ。
その静けさの中にいくども嵐が登場する。

「魂と精霊
……
嵐が来た朝
物質化」
(3節)

「嵐が過ぎ去った朝、もう誰も私を訪れない←私は立った
武将がそのまま巣になっている」
(8節)

「深淵図には複眼よりもむしろ皮膚への参加に注目されねばならない。
ただ一回のヘリオガバルスがある、
耐えるもの――それは、めくるめく節度の別の顔であった」
(22節)

「複眼
1、花の視線と花びらでつつまれた顔
2、眼球の中の小さな花
3、まつ毛でほこりを飼育する
4、剥製体として繁みのなかにいる少女
5、繁みとクモの巣のなかの少女と狂王
6、目のなかの繁みのなかの少女と狂王
こういう部分に関る体で嵐の襲来をまちうけている、
まるで嵐がくる事を予感した子犬や、スプーンやホタルのように。
そうして、それらに関る視線を舞踏家は持たねばならない。この視線こそ
桃色インコの眼玉である。」
(23節)


土方巽もまた、かすかな嵐の到来の予兆に耳を澄ましている人だった。
そして、耐えるもの、すなわち同時代の民衆のめくるめく節度のなかに
ただ一回のヘリオガバルス、稀代の狂王の爆発が秘められていることにも気づいていた。
そんなことに気づくのは<革命者>の元型に関る者だけである。
土方巽は他人には決して喋らなかったが、
自分だけの手記の中では、常に未来からの眼差しで現実を捉えている。

「人間はまだ神話的秩序や歴史歴な秩序、
これから来る未知の秩序に、百万分の1も触れていない。
外部の秩序や、開放感は随分変わったし、発達して、
人間をいじめているように見えるけれども、
この奇形的な体を一目見れば、
こういうからだのなかに隠れているということが分かる。
これからいろんな恐怖に見舞われる機会があるだろう。」

「自他分化以前の沈理の関係の世界へ降りていけ。」

(土方巽全集・未発表草稿)


土方巽は世界がこれからまだまだ変わるであろうこと予感し、
今ある現実の向こう側にまだない現実を見る<未来からの視線>を持っていた。
<革命者>である所以である。
おそらく彼も何度も、<世界チャンネルの魔>が吹き荒れる嵐に見舞われたことだろう。
それは集合的無意識の闇の中から勝手に立ち上がってくるものなので、
意識ではどうにも制御できない。
それに耐え、耐えつづけて、その変化に身を晒し続けて、
そこで起こっていることを生命共振として透明に見透かすことだけが重要である。
やがてこの嵐は世界中の民衆の節度を一瞬にしてさらう日が来るだろう。
ただ一回だけのヘリオガバルスがある。
奴隷制社会が終わったように、
封建制社会が終わったように、
近代社会もまた民衆の生命共振によって覆る日が来る。
いつだっていいのだ、必ずその日は来るのだから。



「からだの闇」をもっと読む

 以下数欄は、世界チャンネルに関する関連記事の再録
 2012年12月24日 

自我と自己と生命の深淵

サブボディの浅い領域では、まだまだわたしたちは 
日常世界の二元論的習慣に縛られている。
そこでは自我と自己、生命はまったく別の特性を 
持つ別個のものとして認識されている。

だが、からだの闇にどんどん潜って行くと、
途中からこれらの別個のものと捉えていたものの境界線が
限りなく曖昧になっていく。
まず起こるのは自己と他者、内と外の境界線の曖昧化だ。
クオリアはそんな人為的な境界などにおかまいなく共振する。
自己と他者という日常の世界では相容れない対立物さえも、
投影、転移・逆転移、ドリーミング・アップとドリームド・アップ
の共振融合などによって、だんだん混然としてくる。
わたしたちは深みに行くに従って、
じょじょに深い混乱に襲われ始める。

そして、さらに深部の深淵にいたると、
これらが一挙同時に渾然一体となった嵐に巻き込まれる。
「魔界嵐」と名付けた。
人生で三度これに巻き込まれたことがある。
一度目は学生時代の運動の終息期に
友人知人がどんどん命を落としていく事態の中で。
二度目は数年前のインド神経症の中で。
直近はつい先月だ。
全生徒が突き当たっているエッジのすべてを引き受け
共振しているうちに手に負えない事態になった。
自分の過去のトラウマのすべてがそれらと共振してぶり返してきた。
そこでは共振増幅によっって一挙に共振加速される。
この2つの共振概念はその中でつかんだ。
転んでもただでは起きない。
何もかもが一瞬で起こる。
意識できる速度よりはるかに速い。
一挙にアドレナリンモードのからだに持っていかれた。
「魔界嵐のメンゲン」だ。
これは命のクオリア共振が勝手に引き起こすことなので
意識などではどうにもならない。
自我・自己・他者・世界・生命の混然一体化した混沌体は、
時に世界さえ爆破して同時に自分も自殺しようとする。
わたしはただ生徒に無用の害をあたえないように
舞踏祭の最中は公演時間以外は自室に引きこもり
適切な安全距離を保つことしかできなかった。
世界と自己の境界が消え、
自我と生命の境界さえ消える。
自我と自己と生命を分かつ定義など吹っ飛んでしまう。
知性など何の役にも立たなくなる。
おそらく遠い遠い生命史のどこかで
自我という元型が発生した起源が紛れ込んでいる。
そのあたりに連れ戻されるのだ。
生命と死もまたそこでは渾然一体化する。
意識にはとても耐え切れない世界に突き落とされる。
あらゆる二元的な境界がなくなる。
これが非二元域なのだ。

非二元域での産婆の試練

産婆たろうとするものは、からだの闇の未曾有の 
未知の深さに対する畏怖の念を怠ってはならない。
からだの闇を深く掘れば掘るほど、非二元の度合いもまた深まる。
初期の頃に出会う自我はまだ可愛いものだ。
非二元域に入ると、これまで正反対だと思っていたものが、
渾然一体となって襲いかかってくる。
大人の自我よりもっと手のかかる赤ん坊自我に振り回され、
更に深みに入ると、生命力龍と名付けたことのある
手に負えない追い詰められた爬虫類的生命の化物が
尻尾を激しく地面にたたきつけて自ら飛び出してしまう。
耐え難い窮地では、いやおうなく襲いかかってくる
ように感じられてしまうものを、
本能的に否定して生き延びようとする。
ととえそれが生徒の生まれかけのサブボディだったとしても、
ひねりつぶそうとしてしまうことさえ起こる。
境地に立つとはどっちが上だか下かもわからないのに、
決断しなければならなくなることだ。
考えによってではなく、からだが勝手に突っ走る。
エロスとタナトス、生あるいは性の欲望と死の本能が
見分けがつかなくなるとんでもない世界だ。

そこではこれまで正反対だと思っていた
自我と非我の生命が溶けて一つになる。
どんな論理も通用しなくなる。
まったく笑うしかないほどやりきれないのが非二元世界だ。

真の創造にとって 
この逆説と混沌に満ちた真実を受け入れることが必須であることを
からだで知る ことによってのみ、産婆になることができる。
何人も何十人ものサブボディの胎児を殺してしまった経験のみが
産婆を育てるといっていいほどだ。
深くなればなるほど細く厳しくなる境界線上を歩き続けるしかないのだ。絶えずほほ笑みを浮かべながら。

 2012年12月18日 

魔界嵐のなかで『病める舞姫』への坑口が見つかった

今週から例年のごとく「冬場の調体」が始まった。
来年三月の新学期が始まるまで毎朝続ける予定だ。
ともすると、冬場は思わぬ寒気に体調を壊すことがある。
それを予防し絶えずからだに耳を澄ますことが最大の予防になるからだ。もう一つは、来年春から『病める舞姫』に取り組むための
特別の調体を見つけ出すことが今年の課題だ。
『病める舞姫』は、日常の意識状態ではもちろん、浅い下意識モードではなかなか入っていけない世界だ。
これまで以上の深いサブボディモードに安全に入り込むための
実験が必要になった。
かれは『病める舞姫』一冊を通じて、
「からだのくもらし方」の技術と
それによって得られる世界について書いたといってよい。
それはサブボディ技法とほぼ等しいが、
これまで以上にもう一歩深層まで降りる必要があるのだ。
それは多次元共振かつ非二元世界なので、
そこに入るために多次元的なアプローチを必要とする。
昨日の初日は、眠りと覚醒の間のほとりにたゆたう調体を行った。
今日は、暖かいひだまりで十分に足指の調体を行なってから、
足指の見る夢について行った。いわば足指の動きでユングの『創造的イマジネーション』の技法を行った。
驚いたことに、これまでにない多彩なサブボディがジオとクリスチャンのからだから出てきた。おそらく今年中でもっとも面白いものが出てきた。
多分長い舞踏祭の緊張から解き放たれて、サブボディがもっとも活き活きとしている状態だったのだろう。
このように今年の冬場の調体は次のような実験からなるだろう。

●ユングの「"アクティブ・イマジネーション」のからだによるアプローチ
●ミンデルの「ドリーミングボディ」の動きによるアプローチ
●ジェンドリンの『フォーカシング」の踊りによるアプローチ
●エリクソンの「自己催眠法」の動きによるアプローチ
●グロフの「ホロトロピック呼吸」のコーボディによるアプローチ
●生命遡行瞑想の微細化
●人生遡行歩行の重層化
●胎界遡行探体の深層化
●秘膜・秘液・などの隠されたクオリアの微細化・重層化調体
●最後に上記のすべてのメソッドの統合による『病める舞姫』への
安全な坑道の整備


上記の各技法はすでに何年も前にサブボディ技法の基礎に織り込まれ済みのものばかりである。これらはすべて下意識のからだに関わる技法として共通しており、その差異はごくわずかな力点の置き方の違いにある。
ほんの少しの違いが異なる坑道となったものだ。
これらの技法の多くは言葉でなされる場合が多いが私達はそれを
動きや踊りを含む全チャンネルを開きながら深化し、
それらのずべてを再統合することによって、はじめて
『病める舞姫』というこれまでにない非二元的な深層領域への
安全な掘削坑道に新入生をガイドすることができる。

土方自身が、非二元の深淵で出会う恐ろしい体験をくぐり抜けることによってはじめて『病める舞姫』を書くことができたのだ。
これは、全生徒のエッジクオリアを一身に引き受けていた
舞踏祭の間の体験の中でわたし自身が巻き込まれた「魔界嵐』と名付けた体験のなかでやってきた大きな気づきだった。
個々のエッジ後だけではなく、関係チャンネルで起こる投影、転移、逆転移、ドリーミング・アップ、その逆のドリームド・アップなどのあらゆる
事象を体験し、しかも最後は
それらが一挙同時に襲い掛かってくる最大級の混沌を体験した。
そこではからだの深層に潜んでいる邪気や悪魔、悪霊、鬼などの、
歓迎せざる元型群が活性化し、同時に襲い掛かってくる体験だ。
「魔界嵐」と名付けたが、そのさなか、突然『病める舞姫』を書いている
土方との共振が起こったのだ。
この20年間何度も『病める舞姫』を読もうとしてきたが、
いつも坑口さえ見つけられず、地団駄を踏んでいた。
『病める舞姫』に関する知識人たちの研究にも目を通したが
彼らは意識で分析するというとんでもない間違いをしでかしていて
しかもそれに気づいていないようだった。
それは『病める舞姫』の世界で起こっているクオリアの
かすかな多次元共振現象をみすごし、
似て非なる低次な二元的情報に置き換える作業でしかない。
それも一般読者のためには必要かもしれないが、
わたしたちは意識を捨て裸の命としてその世界に入ることで
はじめてそれを書いた土方の命と共振することができる。

いったいなぜ彼は1977年という年にそれを書くことができたのか?
それは彼の人生の中で最悪の年だった。
1976年の12月、彼の劇場 "アスベスト館"は周辺住民の反対運動によって封印を余儀なくされた。
騒音や消防法に違反しているだのという周辺住民の反発に
ついに屈して活動の休止に追い込まれたのだ。
わたしも舞踏祭の最中はいつもインド警官の監視下にあり、
ピリピリしている。
そしてもし、村や街の住民が共振塾の活動に反対運動を起こし
それに屈して活動を禁止されたとしたら、どうなるか想像した。
踊り手にとって踊れなくなることは死に等しい痛苦だ。
両腕両足をもぎ取られたからだで生きよと言われるに等しい。
土方はその年、そういう状態に突き落とされたのだ。
それはからだの闇に住むサブボディにとっては、
世界から拒まれた体験として受け止められる。
するとそのときは必ず、からだの闇の深層に棲んでいる否定的な世界元型が活性化し、一挙同時に襲い掛かってくる。
邪気、鬼、悪魔、悪霊、死霊などの渾然一体群に襲われる
「魔界嵐」を土方もまた体験したことをリアルに追体験した。
しかし、最悪の経験の中でもっとも貴重な気づきを得るという逆説が存在する。
だからこそ、土方はその魔界嵐の中でしか書けないこの本を書いたのであり、
私もまた、その中でこれを書いた土方に共振することができた。
その年の土方にはもう、怖いものなどなかった。
もっとも大切なものを失ったのだから、何に遠慮することもない。
彼はただ遠い未来に向かってからだの闇のできごとをありのまま書いたのだ。
そして、ひとつの奇跡のようにこの本が生まれた。

来年からこれに取り組もうとしているが、
私には生徒に「魔界嵐」を体験させることはできない。
準備もなくそんなことをすれば死者が出る恐れが十分にある。
安全に、少しずつ降りていける坑道を掘り進めなければならない。
この世界の特徴は無数の入り口があるということだ。
だからこそ上に挙げた多くの技法をもう一度学び直し、
再統合する必要があるのだ。
各技法ともこの20年で驚くほど深化刷新されている。
それらの多くは言葉と対話の技術だが、
それらをもう一度からだと動きに落とし、かみくだし、
調体・探体・創体技法に再編すること。
全チャンネルを開く練習法をつくり上げること。
これが、この冬の私の仕事だ。
少数の長期生がこの実験を手伝ってくれるだろう。
冬場の調体の参加者は、その果実だけを受け取ることができる。

 2012年11月14日

産婆道4 
世界チャンネルの危険な陥穽


舞踏祭が近づき、年間最後の創造月間に入ると、
ほとんどの生徒が固有の世界チャンネルを開きはじめる。
固有の背後世界や深淵(アビス)に巻き込まれる。
踊りを深化させるためには避けて通れない必須の道だ。
だが、ここには無数の未知の危険が待ち構えている。
毎週のように長期生の誰かがその陥穽に落ちて
一週間ほどもがき苦しむ事態になってきた。
わたし自身が経験した危険は、多重日記の
「世界チャンネルの魔」などで何度か書いたことがあるが、
ここでは、すべての探求者のために、
どういう危険が待ち構えているのかについて述べる。

1.非二元世界の混沌

<無方向>
まず、命にとっての世界チャンネルとは、
単に目に見える現実世界だけを意味しないことだ。
命は時間や空間を超えた無数のクオリアと共振している。
そこでは、地上の世界のように定かな方向や位置感覚が働かない。
どこに居るのか、まったくわからない。
記憶や想像をたどっているうちに、知らないうちに現実世界から
未知の異次元に迷い込んでいる。
日常の現実と、異次元の現実がどこかでつながったり
切れたりしている。
生命の感じるクオリアがいつも幻現二重に共振しているからだ。

<異時間>
空間が不定形なだけではない。
そこでは時間の進み方が地上とはまったく違う。
一瞬で心身状態が急変したり、逆に時間が恐ろしくゆっくり進む。
とくにトラウマに出会うと、過去の外傷体験に結びついた
ホルモンが瞬時に脳心身を支配し、
心身がからだごと持っていかれてしまう。

<状態依存性ホルモン>
あらゆる外傷体験は
<状態依存性ホルモン>と呼ばれる特定のホルモンや
神経伝達物質と結びびついている。
アドレナリンが発すると心身が闘争か、逃走かの
極限状態に追い込まれる。
そういう典型的な症状にとどまらず、多様なホルモンが
複合して分泌されて複雑奇っ怪な心身状態に巻き込まれる。
悲しみや妬みなどの情動に支配され尽くすこともある。
出所がわからない不安の雲に巻き込まれることもある。

<即時発現性遺伝子>
近年の遺伝子研究は、遺伝子のなかに即時発現性をもったものが
数多くあることを発見しつつある。
いわゆる世代間の遺伝だけに関わるのではなく、
いまここで、細胞の状態を変える遺伝子群だ。
ごくかすかなクオリアによってこれらが発現されると、
直ちに細胞の状態を変えてしまうのだ。
これが脳心身がからだごと持っていかれてしまう現象につながる。
細胞レベルで物理的な瞬時変化が起こることを
意識や意志で制御できるわけはない。
かろうじて呼吸法やふるえ瞑想、ゆらぎ瞑想などの調体技法で
ほんの少し鎮静し軽減することができるだけだ。
そこからからだを創造的に動かす探体状態にもちこめれば
なんとかなるのだが、からだが動こうともしないときが
もっとも手強い。
癇のサブボディが出たときがそれに当たる。
もっとも深い創造の可能性につきあたっているのだが、
それはいつも生死の淵で打ち震えている状態なのだ。
以上のニ項の知識は、精神生物学のロッシから学んだ。
この技法はまだまだ探求し始めたばかりの鳥羽口にある。

<三界共振>
わたしたちが創造界とよぶ心身の創造的な状態とは、
日常の分別界だけではなく、
胎像界と呼ぶ、胎内にいた頃の、
世界と自己がまだ分離していない混沌や
原初生命期の非二元クオリアがぶり返す。
生命が三界の境界を超えて激しく共振している状態であることを
わきまえておく必要がある。

<出生トラウマ>
とりわけ大きな危険は、おそらく出生時の外傷体験に根ざしている。
もっとも思い出すことができない潜在記憶のクオリアが
突然現在のクオリアと共振し始めるのだ。
世界全部が自分を殺そうと敵対してくるという妄想は
子宮収縮が始まり、生死の境界をさまよった産道体験に結びついている。
あらゆる哺乳動物はこの恐怖を通り抜けてこの世に産み落とされる。
だが、けっして思い出すことはできないので、
世界中のわけのわからないものに襲い掛かられているという
妄想に支配される。

<不定形情動支配>
ほんのささいなことがきっかけで、悲しみがこんこんと湧いてくる。
寂しさや孤独感、無力感にさいなまれる。
でどころがわからないだけにもっとも厄介な事態の一つだ。
だが、しずかにからだの闇を探れば幼年期の体験や
それが思春期や青年期にぶり返して
強化された共振パターンとなっていることが多い。

<投射や転移・逆転移>
からだの闇ではクオリアが二重三重、いや多重に共振しているので、
ほんの少しでも似た状況に陥ると、過去のいやなクオリアが
共振し始める。
それが投射や転移の共振原理だ。
心理学では投射は自分の中の否定的な要素を他者のなかに感じること。
転移は、過去のうまく共振できなかった体験が現在の関係のなかに
登場してくること、などと区別されるが、
すべては多次元的なもっと複雑な共振が存在する。
そのほんの一部が心理学で知られているにすぎない。

<ドリーム・アップ>
ミンデルの発見したドリームアップもクオリアの共振で起こる。
自分の妄想のなかに他者を取り込んでしまうことだが、
クオリアの幻現二重共振性から見ればごくごく普通の現象にすぎない。
ただ、自分でそれと自覚できないときに厄介な事態を引き起こす。

<否定自我>
自我は否定のクオリアから始まるといってよい。
外界とうまく共振できない乳児期や幼児期では
まだ世界とうまく共振する仕方を知らない。
非共振が起こったら、自分を守るために
自分が悪いのではなく、外界のせいにするしかない。
自己肯定クオリアと、他者否定クオリアはひとつのものである。
他者や社会に対する否定的な感情が湧いてきたときは
まずは幼児期の小さな自我が出てきたなと用心して
すぐにはその否定的なクオリアを発しないことが大事だ。

<複合して突発する>
以上の現象は個別に起こるとは限らない。
無数の要素が瞬時に共振して強大化する。
ホルモンが発出してからだごと変わってしまう。
耐え切れない情動に囚われてしまう。
こんなときはただ透明覚を開くことに集中する。

<透明覚を開く>
意識を鎮め、からだの闇で起こっていることに耳を澄ます。
なにが起ころうと驚かない。
しずかに命の不思議を受け入れる。
非二元の混沌の中で、
つらい情動に支配されながらも、
自分がどんな未知の傾性に囚われているのかを
透明に見透かす透明覚を開くことだけが
この事態に対処できるたったひとつの極意だ。

(混沌とした走り書きだが、書かないよりはましだ。
いや、コレを書くのが遅すぎた。
すでに多くの長期生がてひどいエッジ・クオリアにぶつかって
生死の淵で苦しみ抜いている。
それをすこしでも軽減すること。
そのために何ができるかを24時間探求すること。
それが創造プロセスの最後に起こる疾風怒濤の事態をのりきる
産婆のつとめだ。)

 2012年12月6日 

コーボディ坑道の豊穣と魔界嵐

第5回舞踏祭は連日サブボディ=コーボディの舞踏公演が続いている。
今年は長期生にはサブボディソロ舞踏と、
サブボディ=コーボディのグループ舞踏の二つを創り、
一般向けのワークショップを幾つかガイドするという
三つの課題を課した。
こんな実験を行なっているのは世界でここだけだ。
わたしはなぜコーボディにここまでこだわるのか、
自分でもよくわかっていない。
ただ、そこが無限の謎と秘密と花が詰まった宝庫であるという
予感と嗅覚だけに従ってきた。
だが、今年の舞踏祭がはじまってようやく何が起こっているのかが見えてきた。
ここまできてようやくコーボディにこだわり続けた謎が解けてきたのだ。
コーボディ坑とは、自分の殻から出る坑道なのだ。
踊り手は連日他の踊り手が見つけた見知らぬ背後世界に入って踊る。
それが二週間続く。
そんなことをしていたら、自分の世界を見失ってしまうという恐怖を乗り越えて、
ノンシャランスに変容を続ける死者になる実践的な坑道なのだ。
大変なのはわかっている。
だが、カツ、ジオ、アクシの長期生は平気でそれをやり通す力をつけてきた。
一年目のクリスチャンもそれに果敢に喰いついて行っている。
一期目のソルヴァイもモニカも連日コーボディを踊り抜いている。
その中で見違えるように変わってきた。
今日のアクシとジオのソロは、それらの試練を乗り越え
からだに統合した実に濃密かつこれまでにない豊かなものだった。
そうだ。
わたしたちはなぜ自我や自己という元型に深く囚われているのか。
そのこわばった自我がコーボディ体験のなかで溶けてきている。
それを目の当たりにすることができた。
自我や自己という元型の謎を解く鍵はコーボディ坑に隠されていたのだ。
ようやく実践的に自己を脱いでいく道が見つかった。
この坑道をくぐり抜けない限り、舞踏家は自己という元型に囚われ続ける。
自我や自己を脱がない限り、生命の呼称で呼びうる舞踏には至れない。
もちろん、並大抵のことではない。
生徒は皆、困難なエッジに直面し、
それぞれ一週間ほど動けない期間を体験した。
だが、ここからさきに待ち構えているのは、
さらに困難な想像もつかない未知の闇だ。
この過程を産婆として全生徒のサブボディの生と死の葛藤を共有する中で、
わたし自身、生徒の体験する転移に対応しててひどい逆転移が起こった。
それどころか、転移や投影やドリーミングアップや憑依現象が、
一時に襲い掛かってくる非二元世界の疾風怒涛のような嵐に見舞われた。
ありとあるトラウマ、神経症、解離性多重人格症などの既往症が
メンゲンとしてぶり返し、舞踏祭直前には瀕死のからだとなった。
実際に死の恐怖に直面し、脳心身がこわばってしまう日が続いた。
いつかやってくるという死への恐怖ではない。
今すぐ誰かに侵入されて殺されるという妄想に襲い掛かられる。
それに対抗して侵入者を殺そうとする激烈な殺人鬼に変性する。
同時にその裏返しとしての自殺衝動、世界破滅衝動に見舞われるのが
私の神経症の特徴だったが、それがみごとにぶり返してきた。
これは予想もしなかったもので随分手こずった。
指圧の遠藤喨及師も、これに似た経験をされたことと思う。
師の言葉では患者の邪気を一身に引き受けて、
身動きが取れなくなる経験だ。
彼の場合は浄土宗の住職なので念仏三昧に打ち込むことで
のりこえたのだろうが、その道がない不信心のわたしは
それに替わる方法を見出すしかない。
邪気とはよく言ったもので、
わたしの場合もあらゆる魔や邪や悪霊などの
空恐ろしい元型が渾然一体となって襲い掛かって来るものだった。
私の場合は共振塾の建設過程で遭遇した脅迫神経症がぶり返し、
否定人格が極地まで亢進した殺人鬼と自死者に
同時に引き込まれる危険なものなので、もっとも始末が悪い。
これで終わりかとも何度も覚悟した。
ただ、その渦中で、以前の脅迫神経症の時にも手こずったにも関わらず
うまく捉えきれていなかった魔界嵐と名付けている現象が再現する中で
ひとつ新しい共振原理をつかみ出すことができた。
不機嫌、短気、怒りなどの否定人格のクオリアとからだのアドレナリンモードが
転移・逆転移、トラウマのフラッシュバックなどと混交し、
心身のクオリアが瞬時に共振的に増幅し、加速しあう現象だ。
物理的世界では起こり得ないほどの瞬間速度で
瞬間的に共振し、加速される。
<共振的加速>と名付けた。
この速度は意識よりも早いので、意識ではとらえることも
抑えることもできない。
まわりの人々にとばっちりを与えないように、
舞踏祭中はほとんど生徒から離れてひっそりと生き延びた。
どうやら、解離性の多重人格症に見舞われた十年前の事態は
まだまだ序の口だったらしい。
当時現れた否定人格、りゅうり大魔王、生命力龍といった
最深部のサブボディは独立した人格ではなく、
深部では混融一体化しているようだ。
だがその正体も知れず、いや、
おそらく正体などない分析不可能な未知のものが存在する気配がする。
いまだにどう乗り越えることができるのか、定かではない。
これまでに培った程度の透明覚では太刀打ちもできない
まったくの不透明な闇なのだ。
これから産婆として旅立つ長期生は、
やがていつかこのような非二元界の暴暴の嵐に出会う日が来るだろう。
それまでには、今年わたしが見舞われた恐ろしい闇への対応法を
見つけ出す必要がある。
この冬場の調体で、もっともっと微細なクオリアに耳を澄ます
坑道を掘削し、それを安全に通れるように、これまでの共振タッチ、
共振指圧、エッジワーク、めんげんワークなどに加え、
転移・逆転移ワーク、投影ワーク、ドリーミング・アップと
その逆のドリームド・アップワークなどを総合した
魔界嵐ワークをも見越した産婆道を切り開く必要がある。
産婆は自らの身体を犠牲にしてだけ、その道を切り開くことができる。
残された時間は少ないが、
これを乗り越えなければコーボディ坑道の未知の豊穣には
危険すぎて触れることができない。
冬場の大きな課題だ。
そしてそれは、来年取り組む予定の『病める舞姫』の非二元世界に
からだで入っていくという課題とも切り離すことができないほど
密接につながていることも見えてきた。
そうだ。土方も『病める舞姫』を書く前に
この魔界嵐を通り抜けたはずなのだ。
彼の場合は、70年代の暴力的な反政府闘争が
吹き荒れる中だったから、心的現象だけでは済まなかった。
実際に唐十郎率いる状況劇場の面々との呑み会で争いになり
若い劇団員にボコボコにされるという体験をしたことが
同行していて巻き添えを食ったある文学者が証言している。
当時は学生運動の末期に魔界嵐に巻き込まれて、
そういう発火寸前までに魂をズタズタに引き裂かれて、
すぐカッとなって手が出る若者がゴロゴロしていた。
それに比べて21世紀は見かけ上随分平穏になったが、
心身の惨劇がからだの闇深く潜行するように変わっただけだ。
どうやら波瀾万丈の大変な冬場になりそうだ。


2012年4月5日

世界チャンネルの深淵

この何年間か、「世界チャンネルの魔」について
書き続けてきた。
このサイトの多重日記のファイルは、何度かのコンピュータのクラッシュの折に
失われてしまったものもあるが、
避難先のブログ「生命共振ヒマラヤ」の「多重日記」のカテゴリーには
いくらか保存されている。

なぜ、世界チャンネルが深く恐ろしいのか、
今年のこの一ヶ月間の出来事を統合してはじめてわかりかけてきた。
そこでは世界像と自己像がひとつに絡み合っている。
そして、世界=自己像が、地震や津波、戦争など天災や人災で
生命が押しつぶされそうになったとき、
一挙に時を超えて、今ここでのクオリアだけではなく
分娩時の生死の葛藤体験のクオリアや、
学生運動の壊滅の頃の危機感や、
悪夢の数々が現実と幻想の境界も時の境界も超えて、
ひとつに混濁一体化されて押し寄せてくるのだ。
まさしく多次元かつ非二元チャンネルである所以だ。
そして、そのとき生命は日常の意識や感覚ではなく
生命の深層の集合的無意識層にひそむ地獄や災難の元型クオリアや、
それよりもっと深い生命としてのおそれやおびえなどの祖型情動も
混合一体化される。
さらに時を超えて保存されている生誕時に胎児が体験する
胎道を通過するときの生死の葛藤体験で味わった
極限的な圧迫感や閉塞感などの祖型的な体感クオリアや
ふるえやよじれ、すくみなどの祖型体動クオリアもまた
混濁一体化されて土石流のようにぶりかえしてくる。
こういうことが起こるのが非二元の世界=自己チャンネルの特徴だ。
日常意識などはひとたまりもなく吹き飛んでしまう。
今日、何年かぶりに人間子宮ワークをやったおかげで、
これらの深層の複雑に重層化し混濁していた関連がすこし透けて見えてきた。

これまで、踊りの序破急の急で、世界チャンネルが開くと
一挙に踊りの味わいが深くなることに気づいていたが、
そこでは日常でかぶっている人間のころもなど吹き飛んで
裸の生命にされてしまうのだ。
まるごとひとつの生命チャンネルになるのだ。
生命の舞踏に至る道はかぎりなく深く遠い。
踊りが深くなることと引き換えに、
今回私が味わったようなわけの分からない非二元事態に襲われる危険がある。
その事態に対処できるよう生徒たちをすこしずつ鍛えていく必要がある。
産婆コースの必須科目がひとつ増えた。
こういう試練を経てサブボディメソッドと
その産婆技法が少しずつ安全なものになっていく。
時間がかかるが、しかたがない。

(「火急の男」からこの記事に至る一連の記事は
『からだの闇』にも重複記載します。)


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2012年4月5日

わかった。世界チャンネルが開かれたせいだ。

今朝、授業でたまたま人間子宮をワークをやった。
10数年前のベネズエラの国際クリエイター会議でやって以来、
むかしはいつも始めに行なっていた。
だがいつころからか、わたしのなかの誰かが嫌がりだした。
みんなで大きな子宮になって中にいる胎児を締め付けるとき
何だかからだがつらくて、いやがりだした。
なんとなく気が進まなくなったといってもよい。
だがわたしはからだのなかにこれまで見知らぬかすかな傾向が
現れると、その正体をつかむまで待つことにしている。
今日、ジャビエールとクリスチンがカロッタで穴蔵をみつけて踊ったので
これは彼らのサブボディが胎内遡行をしたがっているのかもしれないと
試しに二人にやってみたのだ。
すると、私の中に忘れていたつらい感じが立ち込めてきた。
うらいというか、きついというか、
とにかくとても嫌な体感なのだ。
それで気づいた。
この間私のからだの中にたちこめている急ぎ男のクオリアが、
胎内体験の世界チャンネルが開かれた結果急に活性化したのだと。
多分わたしはとてもひどい胎内時代を過ごしたのだ。
一歳切違いの腹違いの妹がいる。
ということは私が母の胎内にいた頃、父親は新地のおんなと付き合い、
母親はそれを呪い狂気寸前まで追い詰められていた。
フクシマショックで世界チャンネルが押し寄せてきたとき、
私の胎児時代のひどい世界体験が無意識裡によみがえって
私を浸潤していたのだろう。
世界チャンネルの深さと怖さを思い知った。
深い踊りを求めるあまり、
生徒の世界チャンネルを開くことを軽率に急いではならない。
スローダウン。
もっとゆっくりと歩むテンポを見出すことだ。



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2012年4月4日

誰が入ったいわたしを急かすのか 

わたしのなかにいつも全速力で走っていなければ気がすまない男がいる。
速いことがいいことだと、長く教育された。
答案用紙に「正しい」解答を埋める速度を求められる教育だった。
だが、そんな自分だけが速ければいいという
エゴイスティック『正しさ』とはいったいなんだ。
この世の教育がねじ曲がっていることに若いころは気づけなかった。
おまけに陸上競技部だったわたしにとってとにかく闇雲に走っていなければ
生きている気がしなかった。
若いころ広告業界でコピーライターとして働いていたときも
膨大な情報を一刻も早く消化して、要求されているコピーに
料理する速度に支配されていた。
40代のはじめに、それらの速度信仰がこの世から刷り込まれたものだと
気がつくまでトライアスロンにはまっていた。
20代の若者と速度を競い合えるのをよいことだという錯覚に囚われていた。
踊りをはじめたとき、それらの囚われから自分を解放したと思っていた。
なのになぜ今頃またそいつがぶり返してきたのか。
どこまで自我を鎮めようとしても、
自我は見知らぬ回路でいつのまにか自分の中に居座っている。
自我の持つ罠にはまだまだ底知れない狡猾さが潜んでいる。
何百万年も狡知を磨いてきた自我元型のもつ底知れぬ強力さによって、
自我が現代最強の元型としてはびこっている。
現代社会から遠く離れ、ヒマラヤに隠遁した私でさえ
やすやすと自我元型の狡知な罠にはまってしまうのだ。
膨大な情報速度に支配されている現代社会では、
自我の罠から身を剥がすのは並たいていのことではないにちがいない。
いくら鎮めようとしてもこちらの思わぬ仕方で湧き出てくる。
フクシマショックで、今年の共振塾の授業がかつてない速度で
世界チャンネルと真向かいだしたこととも関連しているだろう。
その速度をどこかでいいことだと受け取るわたしがいた。
だが、いざ本番の「静かな家」に取り組もうとしたとき
一部の生徒がまだまったくそれに取り組む準備ができていないことに気付いた。
それは生徒の責任ではなく、産婆たるわたしの落ち度なのだ。
生徒のからだの闇に耳をかたむけることを忘れ、
ただただなにかに急きたてられるように
先を急ごうとする男がわたしに取り付いている。
死期が近づいているのかとも疑ってみた。
なにかに苛立って一週間前からまたタバコをふかしはじめた。
タバコを吸っているから苛立ちから解放されないのか。
それともその逆の因果なのか。
いや、そんな単純な二元論的な因果関係などではない。
すべてが多次元的に超複雑に絡まりあい、一筋縄では解けない。
これをどう解きほぐしていくか。
自分が陥っている自我から身を解くなかで、
生徒の自我を解きほぐすヒントをつかめというサブボディさんからの示唆なのか。
どうやらそう受け取ることが一番まっとうなことのようにも思える。
いままでも陥った危機をそう捉えることでかろうじて切り抜けられたことがある。
そうだとすれば、サブボディさんのやりかたも一筋縄ではない。
こんな思いがけぬ意地悪な仕方でヒントをくれることもあるのですか。



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2012年4月2日

火急の男よ 

丸一日、嫌ないらだちにたかられた。
憎しみに近い怒りに囚われていた。
いったい自分に何が起こっているのか分からなかった。
今日の夜中になってようやくそいつの正体が見えてきた。
わたしの中に急ぎすぎる火急の男がいる。
危険人格だ。
40年前にも出てきたことがある。
当時の学生運動が危機に瀕し壊滅の危機にさらされていたときだ。
回りにいる同志諸君の危機に気づかず間の抜けた態度に
我慢がならず一人憤っていた。
今故血人肉男だ。
ほとんど気が違っていた。
「死ぬ気でこの危機を突破する気のないやつは直ちに出ていけ!」
とアジトの部屋の壁に大書した。
それを見つけた冷静な北本君が慌てて消してくれたので
人目にふれることはなかった。
かれは日毎たけり立っていく俺に狂気に気づいて
さり気なく気を配っていたのだ。
今北本はそばにいない。
自分のなかの北本くんを呼び出して自分で消すしかない。
火急の男は世界とのひとりよがりなせめぎあいに
自ら煽り立てられているのだ。
今年の共振塾のテンポはあまりにはやすぎる。
去年は「静かな家」にとりかかるまでに三月かけた。
ことしは三週間の準備期間でもうそれにとりかかろうとしている。
ここからさきは、生徒の一人が一日でも休んだら先に進むことができない。
毎日からだの闇の危険きわまりない深淵坑道を共に辿らなければならないからだ。
毎日直面する地形が一変する。
昨日は真っ暗な竪穴をよじり降りる技術が必要とされた。
今日はもう足場が無いのでパラシュートで飛び降りるしかない。
地下水面に着水したら、直ちに一緒に潜水技法を急ぎ身につけて
互いに離れないように水面下の洞窟を抜けなければならない。
明日は獰猛に襲いかかってくるトラウマの罠を避けながら
危険なジャングルを進まなければならない。
ひとりでも休めば足踏みをして待つしかない。
ただ待つこともできなかから、その日は予定していた探検を諦めて
別の回路を迂回しなければならなくなる。
そうとも知らず気楽に休む生徒に無性に腹がたって苛立ちに囚われていたのだ。
だがそれはその生徒の責任ではない。
こんな速度で授業を進めようとしているのは産婆たる俺の勝手だ。
生徒の知ったことではない。
生徒のからだの闇の状態に耳を澄ますことのできない
未熟な産婆たる私自身が引き起こしている事態だ。
わたしの未熟さはいまだにこの火急の男を制御できないところにある。
そういえば去年の前期の舞踏祭の折もこいつが出てきて生徒に腹を立てていた。
火急の男よ、
なぜそんなに急いでいるのか。
もうすぐ尽きる寿命を予感して焦っているのだろうか。
それとも世紀単位でしか変わっていかない世界史的な時間を
自分の数十年の生涯時間に圧縮したいという
子供じみた欲望に囚われているのか。
火急というわたしの中のくらがり。
闇の中の謎。
しばらくこの人に耳をすます必要が在りそうだ。
火急の男よ、
君は一体どこからきたのか。
なぜ今わたしの中に居座っているのか。
なぜ、四十年も経てやってきたのか。
いったい今までどこで何をしていたのか。

いや、数年前の強迫性神経症にかかったときも
こいつが関わっていたのかもしれない。
ほとんどなくしてしまったあの時の記憶をたぐり寄せなければならないのか。
自分のなかでもっとも触れたくない毒水のような記憶に、
もう一度首まで浸からなければならないのか。

そういえば、SF作家フィリップ・K・ディックのなかにも
この危険人格が顔をあらわしたことがある。
もう30年も前に読んだ小説なので題名は思い出せないが、
赤子の人格のまま、世界を変容させる能力を身につけてしまった
宇宙の大魔王のような人物だ。
火星という言葉がタイトルの一部に入っていたかもしれない。
何とかの瘢痕という題だっtかもしれない。
人々の先回りをして宇宙の植民地空間の時間を
どんどん古びさせていく魔法の使い手だった。
ディックの場合はLSDに侵されて出てきた可能性がある。
薬を使わず瞑想だけで下意識モードに変成するサブボディメソッドにも
それによくにた危険な症状になる可能性が潜んでいるのだろうか。
世界を自分の思い通りの速度で変えたいという火急の男の欲望は、
宇宙を自分の思い通りに支配したいというあの赤子大魔王の衝動とそっくりだ。
これは自我の普遍的な病いなのか。
サブボディ特有の未熟な自我の現れなのか。
それとも俺やディックのもつ個別の偏奇性なのか。
まだ見分けがつかない。
そのいずれであったとしても、この問題を解決しない限り
危険すぎてうかつに他のひとをサブボディに招待できないことになる。

産婆コースの同行衆はくれぐれも用心されたし。
今のところ言えるのはこれだけだ。
共振塾はペースダウンをして様子を見る必要があるだろう。
生徒の欠席はペースを落とせというシグナルなのかもしれない。
まだ十分にその準備ができていない生徒がいきなり世界チャンネルに
直面してしまっては予測のできない危険な罠にはまって
大変なことになる虞れもある。
火急の男をとにもかくにも鎮めるのが先決かもしれない。
だが一体どうやって?
神経症をおさめるときに発明した眼顔息声脳体混交術が役に立つだろうか。
何年もやってないのでうまくコツを思い出せるだろうか。
今年は冬場の調体のときのようなじっくりしたペースで
進もうとしていたはずだったのに、
フクシマショックに煽られてこういうことになったのではないか。
あの余波で火急の男が眼を覚ましたのか。
今は何も確定できることはない。

やれやれ、思いのほかきつい仕事になりそうだ。
一晩や二晩で何とかなりそうな問題ではない。
今日はこのへんにしておこう。

 2011年8月21日

バルドーの旅と世界チャンネルの魔


第2回舞踏祭が7月のはじめに終わって、
ヒマラヤインドから、スイス、ギリシャのシーロス島へと旅を続けてきた。
ヒマラヤを出る車の中で味わった、バルドーの旅は未だに続いている。
この世でもないあの世でもない時空の裂け目を通って、
死出の道行をなにか見えない力によって運ばれている体感だ。
どこにいてもそれをこの世の名残として見ているわたしがいる。
旅先で目に入るヨーロッパの景観も、ギリシャの海の光も、死後の世界には持っていけ 
ない。
今だけのたった一回限りのクオリア共振だ。
ワークショップで踊る各国の参加者の踊りも、死後の世界から眺めているわたしがいる。
どんなことも一期一会のものとして感じるとき、言いようのない輝きを放つ。
これはなかなかいいものだ。
どんな瞬間ももう二度とは味わえない。
そのとき限りの生命の共振をただただ愛おしく受け取ることができる。
だがいったい、どういうことからこんなことになったのだろう。
舞踏祭は一昨年の末、一年の授業が終わった瞬間に、
わたしの中の誰かが思いついた。
そのいきさつは2年前の「世界チャンネルの魔」に書いている。
誰であるかは察しが付いている。
世界チャンネルと関わるときはいつも、20歳の革命青年だった山沢夙という人格が出 
てくる。
舞踏祭はたんにヒマラヤだけの舞踏祭ではなく、各国に散らばっている生徒が力をつけ
それぞれの土地に小さな生命共振の共同体を創り、
それを結ぶリゾナンスネットワークを通じて、踊り手が国境を超えて踊り歩ける世界を創 
ろうと構想している。
それが世界を生命共振によって変えようとしている山沢の世界構想だ。
今年はさらに、スイス、ギリシャを旅する中で、スイスではすでにピットがスイスの舞踏祭 
を立ち上げている。
ギリシャのアンジェリキも十数人のグループを持ち、すぐにでも舞踏祭を立ち上げる力を 
持っている。
こういう各国の舞踏祭を結ぶ、インターフェスティバルがありうるのではないかと思いつい 
た。
思いついたのは言うまでもない、20歳の山沢だ。
山沢は思いついた瞬間、直ちに実行に移るのが特徴だ。
ギリシャのアンジェリキらに図ると、二念なく賛同してくれた。
山沢はおそらくここ数年以内に、その企画を実現に移すだろう。
実際のわたしがもう足腰もおぼつかなくなって、
死出のバルドーの道行を音もなく滑っている状態だというのにお構いなしだ。

そして、このバルドーの仮死状態から山沢を見ると、彼にはひとつ大きな問題があること 
が見えてきた。
強烈すぎる自我と意志と自分流のやりかたを持っていることだ。
他人のことなどお構いなしに勝手に事を運ぶ。
自分のやっていることが正しいと盲信しているのだ。
それがわたしの20歳だった。
未だに変わっていない。
生命共振革命だなどと、今のわたしの地平を共有しているつもりでも、
もっとも生命共振を知らないのが山沢だ。
これには大きな危険がつきまとう。
生命共振なしに自我だけで事を運ぼうとすると、ただちにそれに関わる他の人々と軋轢 
を生じる。
今年の舞踏祭の実行中にも、この問題が起こった。
モンスーンで舞踏祭への出足が悪いのを見て取った山沢は、直ちに生徒たちの尻を叩いて観客の動員をはかろうとした。
創造が世界水準にさしかかり、世界へ羽ばたこうとするとき、
それを支援する観客の温かい拍手があってはじめてサブボディは自信をつけることができる。
実際幾人かの生徒の踊りはあきらかに世界水準に達しようとしていた。
それを支援する観客の生命共振がどうしても必要だった。
山沢は山沢なりの政治判断で、観客を動員しようとした。
20歳の頃はデモや集会があると街中にビラを貼りまくり、手当たり次第に人々を勧誘していた。
その当時のやり方そのままで押し通そうとした。
それが山沢にとってはふつうの行為なのだ。
だが、時代も状況も変わり、共振塾に来ている生徒たちは、昔の学生仲間ではない。
創造の最終局面で苦難している生徒たちに多大なプレッシャーをかける事になった。
それまで普段は生徒のからだから生まれようとしているサブボディの胎児の出産に耳を澄まし、
静かにその出産の手助けをしている産婆としてのわたしの姿からは想像もできない豹変ぶりに
大いに戸惑ったに違いない。
Leeは自分の為に舞踏祭を実行しようとしていると、反発した生徒もいた。
その反発でわたしは少し目が覚めかけた。
自分の中にまだ未処理の自我が眠っていることに。
そして時々こうしていきなり人格交替して、しゃしゃり出てくる事態をどうにも制御できていないことに。
バルドーの仮死状態にはいってはじめてそのことがありありと見えてきた。
もう、自分の中の解離された人格の分裂状態は、収束しかけたと高を括っていたのだ。
バルドーの旅にわたしを導き出したものは、この未処理の自我に気づかせようとしていたのかもしれない。
ほとんど瀕死の状態にならないと、こういうことは透けて見えてこないようだ。
見えてきても、わたしはまだ自分の中の20歳の山沢の自我を鎮める方法など分からない。
かれはわたしの手の届かないからだの闇の奥深くでひそかに棲息を続けている。
山沢だけではない。ロリのわたしもしぶとく生き続けている。
久しぶりに、この多重日記を開いて出会う、彼ら以外のもろもろの人格たちも何一つ変わってはいない
そして、もっとも問題なのは私には決して彼らを殺そうとする動機がないことだ。
自分の中のどんな解離された人格も、それぞれの理由があって生まれてきたものだ。
どんな生命も肯定されねばならない。
からだの闇にはまだまだ私自身に制御できないもろもろ衝動が埋まっている。
山沢の自我も、ロリの劣情もその内の一部分にすぎない。
カフカの日記の中の痛い言葉を思い出す。
「ちっぽけな汚れの」数々だけがわたしの全財産だ。」
だが、いったいそれらは汚れなのか?
生命ではないのか?
生命とはいったい何なのだ。?
この問題を解決するにはまだまだわたしは、バルドーの旅を続けなければならないだろう 

他界からのまなざしで自分のありのままの姿を見つめるとき、
はじめて何が起こっているのかを透明に見通すことができる。
だが、見えるということと、解決できるということはまったく別のことだ。
この問題にはこれまでも何度もぶつかってきた。
そして、解決とは、より深い混沌の中に降りていくことだということも知っている。
からだの闇の底なしの深淵へ、頭からもんどり打って落ちて行くこと。
わたしの生はこの基本姿勢を死ぬまで続けなければならないだろう。
 2010年1月5日

世界チャンネルの魔

去年の12月、今年のすべての授業が終わった後、私はすぐに、翌年の授業の準備に入った。
去年ははじめての1年コースの生徒が二人無事修了した。 
二人とも、丸一年かけて研鑽を積んだだけあって、見ごたえのある
1時間にのぼる踊りを創り上げた。
私が長年人々のからだの闇から掘り出したかったのは、まさしくこういう踊りだと感じた。
いい創造ができると、命は直ちにその成果を他の命と共有したくなる。
それができるまでは、みななぜ人前でなんか踊らなければならないのだろうと
憂鬱になるが、出来上がったた途端そういう杞憂は、嘘のように晴れ上がる。
それが創造の不思議なところだ。
二人のうち、キャラの方は10月末ごろからできかけていたので、なんなく最後まで進んだが、
チャビの方はなかなか出来上がらず、最後の最後までもがき苦しんだ。
眠れぬ日が続き、それと共振している私も眠れぬ日々を過ごした。
私のサブボディも生徒が直面している苦しみと同じ産みの苦しみを味わっていた。
そして、それが出来上がった途端、「来年は舞踏フェスティバルだ!」というアイデアが湧いてきた。
2009年は一年コースをやり終えたのはふたりだけだったが、
2010年はもっと多くの一年コースの生徒が入学する。
今年レベルの作品がいくつも揃えば世界最強の舞踏祭となるだろうことが、確信できたからだ。
二人に図ると、二人とも勢い良く賛同してくれた。
チャビは自分も踊りにくるというし、キャラはフェスティバル実現のためのボランティアワークをすると言ってくれた。
そして、二人とも公演がが終わった2日後には、インドの聖地の一つであるリシケシに移動し、
秋の一般向けワークショップの参加者で、シンギングボールの奏者マイカーとともにガンジス川で公演とワークショップを開きに旅だった。
もう一人の後期の生徒のカスカは
彼らより1週間先にタイへ移り、そこで私の大昔の生徒たちと交流し、公演やワークショップの活動を計画していた。
そういう生徒の旺盛な活動振りを見ていると、この活動を結ぶ、なにか仕掛けが必要だなと感じ、
いきなり世界共振ネットワークの構想も湧いてきた。
「リゾナンス・ネットワーク」、略して「リゾネット」と名付けた。
共振塾は定員がたった10人だし、去年の時点では2010年も2011年もすでに早くから満員御礼の状態だったから
ここに入学できない希望者を生徒たちの開くクラスやワークショップで受け入れることが出来る体制が整うのが望ましい。
舞踏フェスティバルとリゾネットの構想を軸に、いきなり、世界チャンネルが開いてきた感じだった。
だが、それを実現にまで運ぶには、なにかからだの奥に引っ掛かりがあった。
動きたくないなにかがからだの闇にいる気配がした。
12月いっぱいはそのなにか分からない引っ掛かりに耳を澄まし続けることにした。
それは予想もしない難儀な苦痛な作業となった。

(以下はうっとうしい話なので、多重日記にだけ掲載します。
世界チャンネルの魔に興味のある方だけお読みください。)

(続きを読む)

世界チャンネルの魔・続き

いまでもその不快な体感は思い出したくもないほどのものだ。
生まれてこの方世界と関わった体験のすべてが噴き出してきたのだ。
私は世界と関わった体験が二度ある。
一つ目は十代後半から二十歳までの反政府革命運動だ。
反戦運動の中の友人の死、二度と政治はすまいという思い、
社会主義という幻のイデオロギー、未完に終わった国家死滅論の試み、
などなどにまつわるエッジが一挙に噴きあげてきて、丸一月夜も昼ものたうちまわった。

15歳から20歳まで、わたしは過激派の活動家だった。
当時はベトナム戦争がたけなわの頃で、
私たち反戦学生はベトナム戦争を遂行する米軍に基地を提供している政府に反対し、
激しい街頭闘争を続けた。
当時のスローガンは、「反戦反安保、日本帝国主義打倒!」というものだった。
中学生の頃から体制の矛盾に気づいて政治運動に関わっていた私は、
高校大学では学生運動の先頭にたつオルガナイザーになっていた。
その闘いの中で、多くの学生が生命を落とした。
機動隊に対するデモで死んだり、失明したり、気が狂ったり、自殺したり、
内ゲバと呼ばれていた学生同士の党派闘争で死んだ。
とりわけ、とても親しかった友人が3人も死んだ。
そして、デモの先頭で指揮していた私はいつも真っ先に逮捕されて、
獄中に長くいたため、命を落すことなく生き延びてしまったのだ。
二度と政治に関わることなどできなくなった。

当時の社会主義、共産主義のイデオロギーは
1989年のベルリンの壁をはじめとするソ連圏の崩壊で70年の歴史的実験を終えた。
それ以後資本主義の矛盾を解決する経済モデルを構想さえできなくなった。
だが、ソ連や中国の社会主義が間違っているのは早くから見えていたことだ。
レーニンや毛沢東の一党独裁の共産党の人間は資本主義圏の政治家同様、
自我を持ったままの人々が強大な政治権力を手にしてしまった。
死滅すべきはずの国家や党を死滅させるどころか、権力の魔に犯されて、党や国家の権力をますます強大化させ、
党や国家官僚という知識人が机上でこしらえた稚拙な計画経済に権力の力で国民を従わせようとした。
それはリベラルな資本主義以下の、時代遅れの政治のあり方だった。
ソ連ではソルジェニツィンが暴いたように政府に対する反対派はすべて膨大な収容所に監禁され
強制労働の刑に従わされた。
フランスで毛沢東主義を学んだカンボジアの知識人学生だったポル・ポトは
監禁どころか三百万もの市民を一挙に処刑した。
私たちは学生時代からそれをスターリン主義と呼び、本当の共産主義でも社会主義でもないと考えていた。
だが、私たちもスターリン主義を乗り越える理論は持っていなかった。
国家死滅の理論も経済の理論もなかった。
私は独力で国家死滅論を打ち立てようと、二十代、三十代を費やしたが力及ばなかった。
それ以後、その人格・山沢と今故はからだの闇深く眠りについた。

だが、彼らは死んだのも消えたのでもなかった。
四十五歳で舞踏家に転身した私は、二十五年ぶりに学生時代に過ごした京都に住み始めた。
悲惨な思い出が詰まった京都には二十五年間足を踏み入れることができなかったのだ。
二十五年も経ってもう大丈夫だろうと考えて練習の便のいい場所に引越したのだが、とんだ間違いだった。
あと、夜な夜な夢枕に死んだ友人が代わる代わる立ち現れた。
四十八歳のある日、練習中に彼らが私のからだにのりうつって踊りだした。
私は勝手に使ってくれと、彼らに自分のからだを明け渡した。
それが私の最初のソロ、伝染熱になった。
私にとりついた彼らは、みな十代二十代の元気盛りだ。
熱病に冒されたかのように、彼らは日本に留まらず、世界各地を踊り歩き始めた。
それまでの三年間、京都の家を拠点にこしらえた
「ダンシング・コミューン』という国際的なクリエイターネットワークを通じて、
世界中に二百人ほどの友人が出来ていた。
そのうち、特に親しい友人は各国での公演やコラボレーションやワークショップの手配をしてくれた。
フランスのサンチャゴ・センペレ、マーク・トンプキン、ヤルモ、
USAからオランダに移ったベネズエラのデビッド・ザンブラーノ、
タイのコップ、ジェイ、ジャーら当時のWOWカンパニーのメンバーたち、
ハンガリーのチベット支援組織のアンドレア、
東欧のシナゴーグ・チェーンのマリア、
キューバからオーストリア、スペインに移住したギレルモなどなどだ。
彼らの招きでその地で踊ると、かならず、誰か別の国に招待したいと言い出してくれる人が出て、
次々と世界各国さまざまな場所で踊ることになった。
踊っているのは二〇歳の死んだ友人たちだから疲れを知らない。
まるで世界を相手に戦争をしているかのような勢いで、
1998年から2002年まで5年間踊り続けた。
それが私にとって二度目の世界チャンネルが全開した活動だった。
だが、実際の私の体は50歳だった。5年も旅暮らしを続けると異変が来た。
それに、旅では練習場所を確保することが難しいので、創造が枯渇し始めた。
自分ひとりで踊るだけでは世界はびくとも変わらないことも痛感された。
それがヒマラヤに引き籠って、共振塾を創った動機だ。
ヒマラヤに移住して今年で10年、共振塾を開校して6年目になる。

今度の「リゾネット」構想は、私の人生で三度目の世界と関わる経験になる。
ヒマラヤでの十年で大きく変わったのは、自我を止めることを学び、生命共振に目覚めたことだ。
世界革命の暴力的な政治運動をするのでもない、
世界を相手に戦争するかのように踊るのでもない。
ただ、死者の世界、か弱き者の世界、もっとも小さい生き物などの異界と共振する生命になるだけだ。
公演やワークショプを通じて生命共振を伝えることができる。
それだけでごくごく少しずつだが世界は変わっていく。
静かにひっそりと生命共振が世界に満ちていく。
生命は40億年の歩みを静かに続けていくだろう。
それとひとつになると思えば、いまここがどこにもない極楽浄土になる。
私はもう、自分でさえない。
生徒たちのための産婆として生きている。
そしてそれを続けることは世界の生命共振の産婆となることだ。
と言っても、自我はしぶとい。
小さい自我、下司な欲望、淫らな妄想、退廃の衝動、
エロスとタナトスは、ことあるごとにからだの闇からぶり返してくる。
これは死ぬまで続くだろう。
生死の間でのゆらぎ、うねりくねりは、これまでで味わったもの中でもっとも味わい深いものだ。
微細な中に極楽と地獄の間のゆらぎがあり、だんだん振幅が大きくなる。
個としては終え、40億年の生命の流れとひとつになる。
どうやらそれが死であろうことが徐々に透明になってきた。


 

 日本はいま、危険な戦争国家に踏みだそうとしている。
 2014年7月2日 

わたしたちの中のかわいそうな自我

わたしたち近代人は幼い頃から、
自分の中にかわいそうな砦を築いてきた。
近代社会特有の自我の砦を。
近代資本制社会で生きていくために、
自己だけを大事にし、他人の不幸や悲しみは
自己のものではないと解離して共振しないような仕組みを。
そうしないと近代社会でうまくいきていけないと刷り込まれてきた。
だが、その自我は近代社会によって暗黙のうちに国家を支える
要素として組み込まれていることにはなかなか気づけない。
フランスの哲学者ミシェル・フーコーは生涯をかけて、
この自我と国家の相補的な構造を解明しようとした。
ジル・ドゥルーズは、それと共振し、既成の階層秩序に囚われず、
自由に連結し、かつ分離することのできるリゾームになろうと提唱した。
日本の思想家、吉本隆明も国家を始めとするあらゆる共同幻想は死滅しなければならないと探求してきたが、いずれも道半ばで倒れた。
だが、もうおおもとははっきりしている。
わたしたちは彼らからいのちのバトンを受け取り、
もう一歩踏み出すことができる。
戦争を遂行しようとする国家が死滅するためには、
それを支えているわたしたちのかわいそうな自我を脱いで、
共振するいのちに生長しなければならないのだ。

いのちを殺すな、これは最大の戒律である。

戦後日本には、世界に誇れる憲法がある。
第9条 戦争はこれを放棄する。
という条文だ。
だが、現在の自民党安倍内閣は、
「集団的自衛権を容認する」と閣議決定することで、
解釈改憲によって戦争への道を開こうとしている。
それに対する戦争反対の行動が久しぶりで日本に起こった。
50年前、日本の米軍基地がベトナム戦争の基地となっていたため、
それに対する反戦闘争に明け暮れていたわたしたちの学生時代以来のことだ。
だが、政府は無視してなんなく閣議決定を強行した。
多くの国民・市民のかわいそうな自我は、
それを遠くの出来事として通り過ぎた。
自我は、暗黙裡に国家を支持する母体として形成され、そのシステムに組み込まれているからだ。
そうだ、もうありきたりの政治的手段に対しては、
現代の高度情報管理システムは、完璧に封じ込むことができる。
マスコミを管理して無視すれば、何事もなかったかのように、
通り過ぎられてしまう。
いまから、50年前の反戦デモは、
それを規制しようとする政府機動隊の暴力に対抗して暴力化したが、
それもそれを上回る暴力と法規制によって封じ込められた。
現代国家は、暴力的な反抗に対しても、政治的な運動に対しても
十分研究し、それを封印する情報操作技術を完成している。
もうあらゆる政治的、暴力的な方法は無効化されているのだ。
わたしはヒマラヤに隠遁し、わたしたちの反戦運動の敗因を探り、
どうすれば乗り越えることができるかを探り続けてきた。
わたしたちの失敗は、私たち自身が自分の自我をそのままにして
政治的に反抗しようとしていたことに起因する。

いったいどうすればこの世を変えることができるのか?

現代国家の高度情報管理システムに捉えることの出来ない
非政治的かつ非暴力的方法を編み出すしかない。
そうだ。わたしたちの自我から変わっていくしかないのだ。
共振するいのちへ。
いのちの共振は情報ではないので、情報システムによっては
規制することが出来ない。
一見迂遠に見えるかもしれないが、
これがもっとも確実かつ最短の道なのです。
何十年、何百年かかるかもしれないが、世界はかならず変る。
わたしたちが、ヒマラヤからはじめ、今世界に広がろうとしている
生命共振の動きにからだごと参加してください。
あるいは、それを支援する方法を見つけてください。
これだけが未来の希望につながる道なのです。
自我を脱ぎ捨て、からだの底から出てくる踊りを踊り、
一人だけではなく踊りを共創することを通じて、
地球上のいのちの不幸や悲しみに共振できないかわいそうな自我から、
共振するいのちに成長する喜びを身をもって体得することが出来る。

どうか、からだのなかのいのちに耳を澄ましてください。
表向きの自我の影で泣いているいのちの声に耳を傾けてください。




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 2014年7月1日 

カナダの空の下、ジュヤ(ジオ)からの手紙

カナダのジュヤから、うれしい共時性のような共振の手紙が届いた。
違った場所にいても、ひとつの空の下のいのちとして共振できることほど
美しいできごとはない。 

リー
共振塾のサイトで、雲についての記事を読んで、
とてもうれしい偶然にびっくりしました。
ちょうど私も、今いる地で雲を日々の踊りの教師にしています。
この地には、巨大な自然と美しい雲のコーボディがあります。
本当に様々な形の雲が、未知の予期しない変容をしながら、
先祖代々の自然そのものの物語を見せてくれます。
ある日、人間の世界の物語にするのは不可能なくらい
豊かな物語が空に展開しました。
・・・胎児、バラバラの遺体、散乱、鳥、魔女、侍・・・
などの予想もできない姿に自在に跳梁する、
不思議な物語の踊りを見ました。
私はただその美しさに溶け込んで、
声にならない叫びをあげるばかりでした。
雲を見つめていると、とても深い落ち着きがやってきます。
あなたと、自然の踊りと、
深い共振をシェアできるのは幸せです。

・・・カナダの森より
   ダスト・ジュヤ


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 2014年6月30日 
気化体の先生・雨期の雲

ようやく、舞踏祭の写真のすべてをアップし終えた。
ベランダでぼんやりしていると、下の谷のほうから一群の雲が登ってきた。
お、白龍君かい、とカメラを構えた。
わたしは谷あいを登る白龍のような雲の動きが大好きなのだ。
だが、今日の雲は谷筋を登り始めたかと思うまもなく、
先端が崩れ、異様な形が次々と現れては消える
無限の変容芸を見せたあと、みるみるうちに霧散していった。
わずか十分ほどの間の出来事だった。
消失。
温かい空気は水分の含有量が深いため、
上空から降りてきた雲の水滴が空気のなかに気化してしまったのだ。
雲の動きは気化体の無限の師である。
今日はこの予想外の雲の消失がわたしの先生になった。
無限の異様な変容から消失まで、しばらく見習って踊った。
この二週間、長時間コンピュータ画面と格闘していじけたからだが、
久しぶりに生き返るような気がした。
わたしにとって雲は、もっとも古くからの踊りの相棒だ。
ハワイの上空を流れる早い雲の変容、
東京のからっ風のなかに舞い散るビニール袋の変形、
ヒマラヤ上空の無限変容する雲、などなど
からだに幾つもの雲のクオリアが棲みついている。
血の気が多い若い頃は、その素早い変容ぶりに共振した。
今驚いて共振するのは、その消失の見事さだ。
いのちの非望のありかがすっかり変わったようだ。

気化体は、土方が創出した、いのちの非望を踊るからだである。
叶えられぬ不可能な望みの強度によって、
物質的なからだを捨てて気化するまでに至るいのちの必然を踊る。
自分の願いではない。
いのちが勝手に気化してしまうのにただただ従う。
脱自し、ただただかすかな空気の動きにさえ動かされる
もっとも柔軟な受容体となる。
だが、たんなる動きだけではない。
それはただちに消失してしまう。
この消失をどう踊ればいいのか。
見えなくなってしまった雲の行方に追いすがり、
からだが見えない世界に拡散するまで密度を逆に運び、
気配を消すこと。
無限に静まりかえること。
そして、物質化。
気化と物質化は硬貨の両面である。
死者の技法の両極である。
土方の最期のソロ『静かな家』は、
気化と物質化を無限回往還しながら踊られた。
今日の雲の先生は谷向こうの森のなかに消えていった。
森の精に変容したのだろうか。
見えないからだになって、かすかなクオリアの誘いに従うこと。
そこから、新しい変容が生まれる。
あとは、面々の計らいにて候、だ。


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 2014年6月10日 

踊りが深まるとはなにか?

ガドゥ、20周年記念、おめでとう!
それを祝福するために、ここ8年間のガドウの踊りから
ベストショットを選んでみた。
実に多彩だ。
そして年々めざましく深まっている。

ここで彼の成長に則して、踊りが深まるとはどういうことか、
記しておきたい。
まず、第一番目は無限細分化だ。
最初、踊りが出てくるときはまだ大雑把なからだの動きにすぎない。
踊り込むにつれて、どんどん新しいからだの踊り場が開発されてくる。
そして、さらに微細なクオリアに震えるデテールの踊りが洗練される。
この細分化は無限に深めていくしかない。

2つ目は、自在跳梁だ。
一つのクオリアにこだわることなく、「ここかと思えばまたあちら」と、
まるで牛若丸のように、からだの闇のクオリアを、
多次元的に跳びまわることができるようになる。
もともと、彼の踊りの面白さは、
女体と男体の間のとんでもない落差にあった。
だが、彼はそこにとどまっていなかった。
目を見張る跳躍点となったのは、2011年の
「ツトムくんの夢 A Dream of Calabi-Yau Fetus」だ
った。
それまでの女体と男体の変わり身だけではなく、胎児体からはじめ、
無数のクオリアを自在にまとって、2時間にわたって変容の限りを見せた。
もちろん、この探求も無限につづく。
彼が師としたカラビヤウというのは無限の共振パターンを持つ
もっとも微細なひもの多次元多様変容体だ。
いのちの多次元共振へにじり寄っていくには、
もっともふさわしいイメージだった。

3つ目は、透明さだ。
なににも囚われることなく、内からのクオリアにも、外からのクオリアにも、
こだわらず、すべてを共振と捉えて、起こっていることをただ透明に踊ること

いのちに何が起こっているのかが、じぶんにとっても透けて見え、
人にもそれを透けて見せることのできる技術が少しずつ身についてくる。
この課題に至っては、生きていては間に合わないと思えるほど底なしだ。
深く掘れば掘るほど、それまで気付かなかった新しい困難にぶつかり、
とんでもない謎に襲われる。
元型イメージ、祖型情動・体動、それらの投影、転移・逆転移、
ドリーミング・アップ、憑依、解離、トラウマのフラッシュバックなどが、
自他の境界を越えて起こる。
すべての現象はクオリアの生命共振によって起こるからだ。
産婆を続けていると、年々より難儀な問題に巻き込まれていく。
ガドゥもこれからぶつかるだろう。
それをひとつひとつ冷静に克服し、柔軟に
すこしでもよい共振パタ―ンを探り続けることが出来るだけだ。

ガドゥよ、これからも精進をつづけ、からだの闇の豊穣を掘り続けてください



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 2014年6月1日 

未来の倫理を共創する

「人がもはや私と言わない地点に到達するのではなく、
私と言うか言わないかがもはやまったく重要でない地点に到達することだ。」
(ドゥルーズ=ガタリ 『千のプラトー』)

「自他分化以前の沈理の出会いの関係の場へ降りていけ。
人間の営みを支える力をとりかえそう。」
(土方巽 「未発表草稿」 全集より)

いま、わたしたちは大きな世界変動の時代を迎えている。
世界史的に見て、過去数千年の国家や宗教・法といった
階層秩序によって拘束されてきた時代から、
そういうものからいのちが解き放たれるリゾームの時代へ。
この流れの中で、わたしたちをつなぐ倫理もまた、
新しいものに置き換えられねばならないだろう。
固定した階層秩序を律するために生まれた個人と幻想的な共同性の
間の忠誠、自由と責任などなどの観念は、
この世界がリゾーム化する実践的な体験の中で
まったく新しく書き換えられねばならない。

この大きな転換は、1960年台の後半から始まった。
土方巽が伝説的なソロ舞踏公演『肉体の反乱』を踊ったのが1968年。
ミシェル・フーコーが『言葉と物』の中で、<人間の終焉>を語ったのが、
1966年。
その盟友ジル・ドゥルーズとフェリックス・ガタリが『千のプラトー』を書いて、
近代的な人間の後の未来のありようを<リゾーム>として提起したのが
1968年だった。『千のプラトー」は、まるでもう一人の土方が書いた
舞踏論さながらの共時的な内容を持つ。

土方はその時代の中でこれからの進むべき道を密かにノートに記した。
それが冒頭にも紹介した<自他分化以前の地点へ降りていくこと>だ。
同時期にジル・ドゥースが書き残した<未来の倫理>は、
土方のそれと時空を越えた共振をしている。

「未来の倫理
1.自分を発現させすぎないこと
2.他者とともにある自分を発現させすぎないこと
3.他者を発現させすぎないこと
4.発現したものをすべて世界に住まわせること
5.わたしたちの世界を多様にすること」

ドウルーズは推敲に推敲を重ね、余分なものをそぎ落として
最終的にこの五行に結晶化させた。
1,2,3は不思議な重複を見せているかに見えるが、
そうではない。必要最小限にきりつめてこれだったのだ。
わたしにとっても特に第2行は、長い間謎だった。
だが、これは土方の自他分化以前の非二元の世界へ、ということと
まったく同じことを指している。
わたしたちは日常世界では自他分化した二元論的な分割の観念に囚われている。
<他者とともにある自分>というのは
この他者との二元的対立世界にある自分を指す。
だが、ドゥルーズの目指す<リゾーム>的な関係世界では
自分であるかどうかなど、まったく重要ではなくなる。
なぜなら、リゾームとしての自分は共振によって
いつでも他のリゾームと連結し、ただちに分離するからだ。
わたしたちはノマド・リゾームの十年の蓄積の中で
サブボディとコーボディの境界がなくなる体験を積み重ねてきた。
自他の境界も類と個の境界も、いのちの共振世界では
ときに消え、また違った群れの中で再生し、変容を続けていく。

わたしたちは、彼らが提起した未来の倫理や非二元の沈理の出会いを
いま、世界がすこしずつリゾーム的な世界に変容していく
世界変動のなかでこそ、検証し、
より実践的未来の倫理へと共創していくことができる。


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ノマド=リゾーム=プラトーの流れ 共振塾2005-2014
 2014年5月31日 

ノマド=リゾーム=プラトーの流れへ

リゾームは、ドゥルーズ=ガタリが発見した未来の人間のありようだ。
彼らに先立って、ミシェル・フーコーはすでに<人間の終わり>を見出していた。
では、現代の<人間>が終わったあと、人間は何になるのか?
その答えが<リゾーム>だ。
国家や情報など階層秩序に縛られ、しかも国家を支える<人民>という立場に束縛されている
近代的な自我や自己に縛られた<人間>に閉じこもっている必要はもう何もない。
その軛から解き放たれ、どこでも自在に他のリゾームと連結し、分離する<リゾーム>こそが、
いのちが求めている本当のあり方だ。
リゾームは閉じ込められている国境を始めとする無数の境界を超えて動き出すとき<ノマド>となる。
そしてリゾームが集まり、高原状に密度を増すとき、それは<プラトー>になる。
リゾームはノマドであり、プラトーである。
旧来の二元論的な定義に縛られず、絶えず変形し、連結と分離を繰り返しながら変容流動する。
なにがリゾームで、ノマドで、プラトーなのか、旧論理による定義は意味を待たない。
ともあれ、いのちはそっちの方向へ変容流動している。
それが21世紀の世界だ。

この流れに加担せよ。
身をもってこの流れにとびむことによってのみ、
ノマド=リゾーム=プラトーという生き方が
いかにすがすがしいものか、からだで分かる。

すでに多くのリゾームがヒマラヤで生まれ、
国境を超えて動くノマドとなり、
あちこちで密集するプラトーが生まれている。
サブボディ=コーボディとは、ノマド=リゾーム=プラトーなのだ。

いまは、世界の中でごく少数に過ぎないかもしれないが、
この勢いはもう誰に求めることができない。
世界中のいのちが本当になりたいものになろうとする内なる志向に目覚め、
マルチチュード(多衆)ななるまで増殖・伝染が続くだろう。

共振塾十年の歴史の中で、塾生が生み出しつづけてきた
サブボディ=コーボディのさまざまな分離・連結の試行錯誤は、
すべて、未来の人間のノマド=リゾーム=プラトーという
人間以後の多様体のあり方を探るものだった。
それはすでにヒマラヤをとびだし、
国境を超えて世界中に広がっている。
そして各地でほかの多様体と結びつき、
さまざまなフェスティバルやコラボレーションが生まれている。
烏合の衆になろうというのではない。
狼は一匹でもすでにリゾームである。
無数の境界をたったひとりで突破し、
ほかの多様体と連結するワームホールを掘るものは
ひとりですでに、ノマド=リゾーム=プラトーという多様体なのだ。
わたしもたった一人で日本から離れ、ヒマラヤで十年産婆として雌伏した。
いまはもう1000以上のサブボディ=コーボディが世界に飛び立ち
自在に分離連結しながら活動を広げている。
これからはわたしも世界中のノマド=リゾーム=プラトーを支援し、
この世界変動の流れに身を投じるつもりだ。

リゾームになれ! たったひとつの秘密となれ!

「序列や中心を持つシステムに対立して、リゾームは序列的でなく、
意味形成的でない非中心化システム、
<将軍>も組織化する記憶や中心的自動装置もなく、
ただ諸状態の交通によって定義されるシステムなのである。

ひとつのリゾームを作り拡張しようとして、
見えない地下茎によって他の多様体と連結しうる
多様体のすべてをわれわれはプラトーと呼ぶ。
千のプラトーを創れ!」

『千のプラトー』 ドゥルーズ=ガタリ


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南極コケなどChorisodontiumのaciphyllumは
一世紀に数センチという速度でゆっくりと成長する。
冷凍仮死状態で過ごした500年の後に復活してきた。
http://www.iflscience.com/environment/oldest-organisms-world#
ApOmkF7Up5vsURKV.9
9
 
 
 世界はリゾームになろうとして、産みの苦しみの中にある
 2014年5月30日 

これがプラトーだ

驚いたことに、長年探していた、これがプラトーだ! 
というイメージに不意に出会った。
同じく、リゾームのイメージもなかなか出会わないが、
すこしは見つけた。(上図

「リゾームとプラトー

序列や中心を持つシステムに対立して、リゾームは序列的でなく、
意味形成的でない非中心化システム、
<将軍>も組織化する記憶や中心的自動装置もなく、
ただ諸状態の交通によって定義されるシステムなのである。

ひとつのリゾームを作り拡張しようとして、
見えない地下茎によって他の多様体と連結しうる
多様体のすべてをわれわれはプラトーと呼ぶ。
千のプラトーを創れ!」

『千のプラトー』 ドゥルーズ=ガタリ

しかもそれは共振塾で生徒が生み出し続けている
ヒューマン・マウンテンやボックス・ボディなどのコーボディと
そっくり同じ形状をもっていた。
いのちの深淵はリゾームであり、プラトーなのだから
当然のことなのかもしれない。
どんないのちも息苦しい階層秩序ではなく
リゾームになりたいと願っている。
ノマド=リゾーム=プラトー
この3つがひとつになったとき、世界は変るだろう。
誤解しないでもらいたいが、なにも烏合の衆になろうというのではない。
狼は一匹でもすでにリゾームである。
無数の境界をたったひとりで突破し、
ほかの多様体と連結するワームホールを掘るものは
ひとりですでに、ノマド=リゾーム=プラトーという多様体なのだ。



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 2014年5月27日 

二つの『静かな家』 土方巽と吉岡実





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 2014年5月25日 

見えない背後世界の共創


サブボディ共振塾の特徴の一つは、
すべての生徒が自分のいのちが震えている見えない背後世界を見つけ、
それをコーボディによって共創するところにある。
日常生活では意識モードにあるので、隠されているが、
意識を鎮めるといのちは絶えず見えないクオリアと微細に共振し、
震え、縮まり、こわばり、またそこから逃れて変容しているのが分かる。
それら目に見えない生命共振を踊るのが生命の舞踏である。
それらの不可視の背後世界とのかすかな共振は、
その背後世界をコーボディとして共創することによって
見えないものを視覚化することができる。
これまでに塾生はじつにさまざまな背後世界コーボディを共創してきた。
そして、それらの見えないものとの間のいのちの震え、おびえ、めまい、
圧迫、よじれ、食われ、縮まり、こわばり、そして、
それらからの転生を踊ってきた。
その世界では、無限の元型イメージや祖型情動・体動が共振している、
それは、土方巽が探求したいのちの自他未分化な世界である。

「自他分化以前の沈理の関係に降りていかねばならない。」
(土方巽 未発表草稿)

それは日常世界では無視され、覆い隠されているいのちの本当の現実である。
舞踏とは、二元的な日常生活の下に隠されているそのもうひとつの現実を
明るみに出し、世界と共有していく営みである。
各塾生は、自分の作品を踊るだけではなく、すべての塾生の世界を
コーボディとして共創する。
そして舞踏祭をひとつのいのちの舞踏として実現するだろう。
それは同時に世界中で踊られている百以上のサブボディ=コーボディと共振し、ひとつの生命共振の宴となるだろう。



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パメラとコーボディが自然発生的に「うっすらとある陰気な空気」
という背後世界を共創した。
これに関する去年の秋の記事を再掲しておこう。

 2014年5月24日 (2013年9月19 日より、加筆再録)

うっすらとある陰気な空気


「うっすらとある陰気な空気に人は撃たれる」 (土方巽 全集「舞踏譜」)

なぜか。

人はみなうちに不気味なものを秘めもっている。
それが知らず知らず共振しだす。

「「隠されているはずのもの、秘められているはずのものが表に現れてきた時は、何でも気味悪いと呼ばれる。」
そしてこの「不気味」なという意味は明らかにその反対であると思われるところの「秘密」の、内密の、知られていない馴染みの親しみのあるなどという意味と一つの言葉の内部で共存しうるほどに密接な関係にあることを証明する。
つまり不気味なものとは、新しく出現したもの、意外なものの出現、得体のしれぬ怪奇なもののことではなくて、その反対にそれはわれわれのよく知っているものであり、親しんだものであり、人目から「隠れるほど」に我々が内密に所有しているもののことである。」
                              (土方巽全集「未発表草稿」) 

共振塾の新入生は、誰もがはじめてサブボディモードを経験した当初は、
自分の下意識に見知らぬ不気味なものが潜んでいることに驚き、
身動きできなくなる。
こんな暗い見知らぬものが自分のからだの闇に潜んでいるはずがないと、
否定し、逃れようとする。
エッジ・クオリアと呼んでいる。
だが、それは否定しようもなく、
自分のからだの闇の住人であることを、じょじょに受け入れていく。
それに比較的すぐ慣れる人もいれば、長い時間かかる人もいる。
中にはそれに堪えられずに逃げだす少数の人もかならずいる。
「人間」とはこの世でもっとも崇高かつ偉大な存在だという
西欧近代の共同幻想に包まれて、幸せに育ってきた人なら当然のことだ。
美しい自分という幻想が根っから覆されてしまうのだから。

それに耐えぬいた人だけが、サブボディ共振舞踏の道に分け入ることができる。

そこでは、自己は個体ではなく、その存在の底が抜け、
どこか見知らぬ異世界につながっているものとして、
再認識せざるを得なくなる。
下意識の深層には、お化けや亡霊などの元型的イメージや、
おびえやおそれなどの祖形的情動、
震えや縮こまりなどの母型的体動が潜んでいる。
土方はその深層につながるありかたを人という穴、人穴と呼んだ。
『病める舞姫』の第一章の末尾には、その不気味な穴が穿たれている。
絶妙の配置というほかない。

「あの見えているものは確かに馬や牛だが、あれは暗い穴そのものなのか、
その穴の中に入って見えなくなってしまうものだろう。」(『病める舞姫』一章)

同じ時期の手記に土方は書いている。

「我々は、自己の深処になにかしら自己でないもの
暗く、重く、穴のようなものを感覚する。
自分というものがなくなってしまう。」

「古代の地層と葉脈を透かして目に見える道、と
記憶の次元にうっすらと印画される古代の道と、
ゆきつけぬ黄泉の道のおぼろげな複合体」
                              (土方巽全集・未発表草稿)

現代的な知性をそぎ落とす。
すると誰もがきづく。
言いようもない不気味なものがからだの闇に潜んでいることに。
日常的な意識はそれから目をそらし続けているだけだ。
そんなものに囚われたら、日常生活をうまく送れなくなるという
おそれに縛られているからだ。
なんの囚われもない創造者になるためには、
その日常意識の桎梏から身を解きほぐす必要がある。
日常意識状態では、いつも内語が無意識裡に立ち上ってくる。
そして、判断したり、批評したり、自己正当化をしたりしている。
その内的思考言語が、無意識裡にたちのぼる瞬間を捉え、
直ちに鎮静化する。
サブボディモードを保つには、その絶えまない努力が必要である。
それさえできるようになれば、
からだの闇にはつねに言いようのない不分明なもの、
不気味なものが漂い続けていることにきづく。
それに耳を澄ますのが、舞踏の基礎、灰柱の歩行や
寸の歩行、虫の歩行などの基礎となる
微細動の歩行である。
その微細なクオリアの震えやゆらぎは生命の震えやゆらぎ、
おびえそのものである。
その微細なクオリアの震えを、任意のサイズや速度に増幅することで、
あらゆる種類の動きが出てくる。
それに従い続けるのがサブボディ舞踏である。

土方はそれを、微細なディテールの踊り、
からだの部分の動き、
そしてからだ全体の身体イメージの変容に分けて
意識的に制御する技法を発明した。
その各動きが背後世界とさまざまな共振をしている。

「静かな家」第一節の
「○額をはしる細いくもの糸
○乞喰
○猫の腰
○背後の世界」
がそれである。

微細動の歩行から、陰気な空気の共創へ

一人で微細動の歩行から、さまざまなディテールや部分や
からだ全体の変容によって
さまざまなサブボディを踊ることができるようになれば、
つぎはそれをコーボディで行う。
各踊り手が見えない背後世界と共振し、
おびえや震えやゆらぎ続ける。
それを全体としてみれば、「うっすらとある陰気な空気」となる。
不分明な何か不気味な雰囲気が醸成される。
その陰気な雰囲気を、X還元によって、密度を高め、
静止したまま長い年月を経させれば、
一触即壊の「剥製化した春」になる。

陰気な空気や剥製化した春は、密度を運ぶことによって
相互転生可能なものになるのだ。
今年の生徒はその技術を身につけはじめた。
土方の「静かな家」のあらゆる技法を、コーボディとして共有することで、
「病める舞姫」の本質である「陰気な空気」という
異世界を共創することができる。
今年以降の共振塾では、この新たな実験を始める。
それは生命がある本当のあり方を踊ろうとする試みだ。
興味ある人は、ヒマラヤに馳せ参じよ。



 
 2014年5月22日 

元型に対する基本態度


からだの闇の深い領域では、数えきれない元型が潜んでいて、
踊っている最中に強い力で影響を与えてくる事がある。
元型とはユングが見つけた集合的無意識域に潜んでいる
強い傾性を指し、
影、アニマ/アニムス、少女、少年、太母、賢者、トリックスターなどなど
その数は数え切れない。
わたしはかぐや姫と安珍清姫に出会ったことがある。
彼は人間の形をした元型だけに焦点を当てたが、
世界中の人の心の底では、さまざまま世界像の元型を共有している。
天国、地獄、災害、カオス、洪水、争い、世界の終わりなどの世界元型だ。
また、人間関係チャネルでは、有名なオイデプスコンプレックスのような、父子関係の元型、母親コンプレックス、ダブルバインド、シンデレラ症候群、ピーターパン症候群などの成長過程に伴う元型も根強い。
ユングだけではなく、フロイドが発見した自我や超自我も、強力な元型である。超自我は、ときに閻魔大王のような審問官、皮肉な批評家、日本特有の老婆心などが含まれる。
産婆としてのわたしの中に過度な思い入れが出てくると、
それは子どもに対する過保護な態度で、自立的な成長を妨げたり、
さらに講じると太母元型とも共振して大きな力を古い出す事がある。
数ある元型の中でも太母(グレートマザー)元型は創造と破壊が未分化なもっとも非二元的な、原始的な時代から受け継いでいる元型である。
それだけにもっとも強力なのだ。
親がこれにとりつかれた場合は、盲目的な愛によって
子どもを食い殺そうとしていることに気づけない。
元型は私たちのいのちに刷り込まれている人類史の遺産である。

さらに深い領域では、イメージにならない、おびえや震え、こわばりなどの祖型的な情動や体動が潜んでいる。
土方が、「静かな家」から『病める舞姫』にかけて特に注力して
探求したのがこの<祖型的なもの>だ。
それらは安全欲、快適よく、つながり欲、個体化欲などの
欲望の傾性とも複雑に共振しあって、無数の変異を見せる。
これらは人類史だけではなく、
40億年の生命史の遺産というべきものだ。

わたしたちは皆、からだの闇で起こっている、これらの不透明な
クオリア群の共振によって無意識裡に促され、突き動かされている。
人間関係のチャンネルで頻繁に起こる、 「投影」、「転移と逆転移」、
「ドリーミング・アップ」などの現象も、
からだの闇のクオリア共振現象の現れだ。

それら、不可視の多次元的な混沌と、
いったいどのように接すればいいのか?

元型や祖型は両面性を持つ。
一方ではそれらの混沌こそ、無限の創造性の資源である。
他面では、それらは過度に強い共振力をもったクオリアなので
それに喰われないように細心の注意を払う必要がある。
憑依という現象は、これらの元型・祖型クオリアを制御できず、
囚われてしまうときに起こる。
頭で考えてどうにかなるものではない。
意識には無意識域で起こっていることが見えない。
からだごとそれを引き受け、それを踊ることで突破するしかない。
元型に出会ったときは、恐れずそれになり込み、それを踊り抜くことで
その制御方法を身につけることができる。
おそらくそれ以上に良い方法はない。
だが、それが自分の手におえないほど強力な拘束力で襲いかかってくるときには、直ちに身を引き、安全な距離をとって
自分に力がつくまで待つことが大事だ。
待つことはいのちにとって最大の叡智なのだ。

すべての元型や祖型などの強い無意識的なものに囚われず、
それらに自由に共振して踊り、最適の共振の仕方を見つけること。
それを身にまとって踊り、かつ直ちに身を引き剥がすことのできる
透明な心身となることはおそらくいのちが最終的に求めている状態だ。
それらから私たちを解放するには、何千年かかるかも知れない。
わたしたちはみな永遠に続くだろうそのプロセスの途上にある。



「からだの闇」をもっと読む


 
 
ジオの企てている国際プロジェクトが、
なぜ<癇の花>と名付けられねばならなかったのか。
すこしでもその必然に共振できるように、
昨日アップした昨年の記事を、<癇の花>に焦点を絞って書き直しました。

 2014年5月22日 


癇の花とはなにか?


まず、癇という見慣れぬ漢字に誰藻が戸惑うだろう。
わたしもこの言葉の前に十年以上も足踏みを続けていた。
だが、長年土方がいう癇の花の実例を直弟子のノートに探り、
その全体のクオリアをからだの中で転がしているうちに、
次第にその意味の本質と共振できるからだになってきた。
「癇」とはなにか。
これは間と病の合成からなる。
間のクオリアと病のクオリアが共振して新しいクオリアを生み出している。
間とは、二者あるいは多数者の関係であり、特定の共振パターンである。間が病むとはなにか。
いのちがなにものかとうまく共振できずにいる状態、そしてその結果を表す。
癇とは、いのちがくぐもり、圧迫やひずみや障害を受け、たたずんでいる状態である。
いのちはそういう状態にくぐもったとき、うまく共振出来るやりかたが見つかるまえ、堪えて待つ。
待っている間にさらに症状が亢進し、身動きのとれない不具にまで
発展することもしばしばである。
だが、どんな状態になろうと、いのちはそのよじれを、<よじれ返す>
ことによってそこから脱出しようとする。
そのすがたはたとえごくわずかな動きが可能になるというだけでも
いのちにとっては悦ばしい出来事である。
癇は一見醜いが、いのちがそれを克服し、それまでにない共振パターンを発見する<癇の花>の創出は、いのち全体の財産にさえなる。
<癇の花>とは、土方が最後に到達した衰弱体舞踏における
もっとも肝要な花なのである。
ここでいう花とは、一般の草木の花ではなく、
創造の最高の達成点、踊りの中の<美>を指す。

彼の最後のソロ「静かな家」で、土方は不可視の背後世界におびやかされ、傷みつけられるいのちそのものを踊った。
それによってはじめて彼は長年からだのなかに抱え続けてきた
死んだ姉の痛みとまるごと共振し、一つになることができた。
その過程でさまざまな死者の技法、現実界と姉のすまう冥界とを行き来するために、気化と物質化の往還技法を見つけて行った。
<Xによる還元とその再生>という方法はその過程で発見されたものだ。
死んだ姉というアニマとトラウマのこんがらがりを踊りきることによって
そこからみずからを解き放った土方は、みずから踊ることをやめ、
1974年から1976年にかけてアスベスト館を拠点に、
白桃房活動で、その技法を弟子と共有し、多数多様化を図っていった。
衰弱体を深化しようとする土方の活動はこれら数年の間に行われている。
しかし、そのピーク時、地域住民の反対により、
1976年にはついにアスベスト館の封印を余儀なくされた。
踊り手にとって創造の拠点の喪失は手足をもぎ取られるほどの痛手となる。
だが、土方にはまだまだ踊れていないものがいっぱいあった。
土方は手足のないダルマとなって一人瞑想し、
子供時代の秋田の風土の中で、さまざまな可視不可視の背後世界との共振によって傷つき、くぐもり、不具や瀕死のからだとなった
老人たちのいのちのくぐもりになったからだにさえ、未踏の美を発見しようと
口述で『病める舞姫』を書き続けた。
そこで追求されたものは、いのちの被るさまざまな癇のからだであり、
そこから必死に逃れ出ようとするいのちの必然の姿であった。

何が『病める舞姫』に書かれているのか?
一言で言えば、<癇の花>である。
いのちが癇のからだとなった多数多様な状態であり、
それを<よじり返そう>とするいのちの<癇の花>が咲き乱れる
未来の舞踏世界である。
その探求こそ土方が最後の最後までたどるほかなかった
いのちの必然である。

(『病める舞姫』第一章の原文、およびそれを読み解き、
実践的に共有できる舞踏譜に転換する試みは、
共振塾ヒマラヤの舞踏論第三部第300章以降で読むことができます。)

からだの闇を掘って、掘って、掘り抜いて、
ついにおのれの中の癇に逃れようもなく直面した時、
わたしたちは、それを踊り<癇の花>という未踏の美に転換する以外
生き延びることができない必然に出会う。
それこそが<生命の舞踏>なのだ。



「からだの闇」をもっと読む


 
ジオの企てている国際プロジェクトが、
なぜ<癇の花>と名付けられねばならなかったのか。
すこしでもジオの必然に共振できるように、
昨年書いた癇の花に関する記事を写真を加えて再掲します。

 2014年5月21日 (2013年10月24日に加筆))


癇の花から病める舞姫へ


最後のソロ「静かな家」で、土方は命が様々な背後世界と共振しているさまを踊った。
死んだ姉の属する他界と、現世を行き来する死者となって踊った。
気化と物質化を自在に往還する死者の技法=衰弱体技法を切り開いた。
その死者の技法は1974-76年のアスベスト館を拠点とする白桃房活動で多様化し、花開いた。
1974年 「暗黒舞踊ゑびす屋お蝶」、「サイレン鮭」
1975年 「ラプソディー・イン”二品屋”」、「バッケ先生の恋人」、
「彼女らを起こすなかれ」、「小日傘」、「嘘つく盲目の少女」、「暗黒版かぐやひめ」
1976年 「梨頭」、「それはこのような夜だった」、「ひとがた」、「正面の衣装――少年と少女のための闇の手本」、「鯨線上の奥方」
――と、この三年間で主な土方舞踏作品が連打された。
だが、そのピークで周辺住民の反対運動によって土方はアスベスト館の封印に追い込まれた。
踊り手にとって劇場を封鎖されるということは、
手足をもぎ取られる刑罰に等しい。
手足をもぎ取られてダルマ同然となった土方は、
しかし口に筆を咥えて、『病める舞姫』を書き継いだ。
未だ踊られてないものがある。
まだまだ踊られねばならないものがいっぱいある。
その思いをすべて『病める舞姫』に吹き込んだ。
彼はそれを未来の舞踏家に託したのだ。

『静かな家』において、もっとも困難な花として、<癇の花>が出てくる。
そこではまだほんの示唆される程度だが、
土方にとってそれこそがこれから踊られねばならないものだった。
癇とは、生命が何らかの障害に出会い、うまく共振できずに
その場で足踏みを繰り返し、壁にぶつかっている苦しみの姿だ。
それは、1974年から76年にかけての白桃房活動においても、
まだ十分には展開できなかった土方にとっての未踏の舞踏だ。
かれはその<癇の花>の多様な様態を『病める舞姫』に、
これでもかというほど重層多彩に展開した。
そこには、土方巽自身の<脱自>が投企されていた。
「静かな家」で、彼は彼の少年がもっとも慕っていた姉が、
太平洋戦争を遂行しようとする日本国家によって、
強制動員された娼婦として死ななければならなかったという、
彼自身のもっとも深い悲しみを踊りきった。
40余年逃れることができなかったトラウマを、
創造によじり返してユニークな舞踏に結晶化した。
いま、誰もがビデオで見ることのできる『夏の嵐』冒頭、「少女」の
「雨の中で悪事を計画する少女」
という絶対的創出はそうして生まれた。
それは伝統的な<女体>から離陸する空前絶後の創造であった​​が、
彼は、そのままでは自分がまだ個人的な傷に囚われていることに気づいていた。
彼は彼の自己を脱ぎすて、無数の苦難に直面して苦しんでいる生命そのものに転生することが必須だと感じていた。
だからこそ、『病める舞姫』で、<脱自>という生命の最終課題が追求されたのだ。
自分の問題を掘り下げ踊るだけではなく、
その底で自我や自己を脱ぎ捨て、
生命としてあらゆる生きとし生けるものの苦難と共振する
<生命への生成変化>に身を投じるという最終舞踏が。
土方がその時期の未発表草稿に何度も刻み込んだ
「生命の名で呼ばれうる舞踏」や
「自他分化以前の沈理の関係へ」
という言葉は、彼自身の生命への必然から搾り出されたものだったのだ。

『病める舞姫』のあらゆる登場人物や事物が、
生命の苦難である<癇の花>の異なれる様態だと言っても言い過ぎではないほどだが、
わかりやすい例だけ挙げても下記のように実に多岐に渡る。
これらをいかに踊るかこそが、
未来の舞踏家の課題であるのはいうまでもない。
([]内の数字は第1章の段落番号―舞踏論第300章参照)


<老人と少年のからだのくもらし方>
 [1 そげた腰のけむり虫]  
 [からだの無用さを知った老人の縮まりと気配り]
 [からだのくもらし方]
 [うさん臭いものや呪われたようなもの]
 
<世界から乱入される少年のからだ>
 [2 脈を取られているような気分で発育してきた]
 [雪に食べられ、ばったに噛まれ、鯰に切られ、川に呑まれるからだ]
 [からだのなかに単調で不安なものが乱入してくるから、
からだに霞をかけて、かすかに事物を捏造する機会を狙っていた]
 [3 しょっちゅう腹に虫をわかした]
 [しょっちゅう熱を出して、赤いものや青いものを吐いていた]
[情弱で無意志に近いものの芽が、からだに吹き出るようだった]

<見えない背後世界と共振している人々>
 [4 泣く女と泣く物象の共振]
 [5 包丁を手にして額で辺りを窺う格好の煤け姫]
 [7 人間追い詰められるとからだだけで密談するようになる]
 [11 爆発の中を通ってきたかのような電髪の女]
 [ 便所の臭いをぷんぷんさせている女性とのそばにも、
少し壊れかけて腐っているものがそっと寄り添っていた]
 [15 密偵のような、敏速に見え隠れしながら連絡をとっているものたち]

<背後世界に睨まれ、湯気に掠め取られ、踊らされてしまっている、
作り話のような、喰われ続けるからだ>
 [8 睨む女と棒になる私]
 [9 転ぶ前に花になってしまうような媒介のないからだ]
 [11 すでに踊らされてしまったからだ]
 [私だけが踊られてしまっていたのではなかった]
 [13 輪郭をはずされたからだ]
 [14 あまりにも放って置かれ、湯気に掠め奪られ、すでに踊らされてしまっている作り話のようなからだ]
 [15 喰われ続けるからだ]


<世界から侵されきった病弱な舞姫と、舞姫に混融される少年>
 [16 ズタズタに引き裂かれた神様]
 [腑抜けになる寸前のありったけの精密さを味わっている人々]
 [17 人間である根拠はもう崩れていた]
 [18 物達の物腰に脅かされている関係]
 [19 畳にからだを魚のように放してやる病弱な舞姫のレッスン]
 [舞姫に混有されてしまう私]

<見えないものや隠れた様子に潜在するシグナルをキャッチする微細覚>
 [空気の中の見えない大きな生きものを見る額の目玉]
 [誰も知らない音の中に棲んでいる生きもの]
 [9 隠れた様子]
 [10 茫とした姿]
 [中腰のなかに滲みでている暗がり]
 [短い息の明暗]
 [20 はぐれていく私の観察]
 [21 ぼんやりとした心の暗がり]
 [22 寝床には神様も潜り込む]
[見えているものは暗い穴]

乳呑児
 [ただ生きているだけみたいな]
 [6 乳呑児――ここにはどんな世界が孵っているのだろう]


からだの闇を掘って、掘って、掘り抜いて、
ついにおのれの中の癇に逃れようもなく直面した時、
わたしたちは、それを踊り<癇の花>という未踏の美に転換する以外
生き延びることができない必然に出会う。
それこそが<生命の舞踏>なのだ。



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 2014年5月18日

根を抜け!
リゾームになれ!


「根を抜く
わたしたちのルーツ、
幾世紀にも渡り、わたしたちを地に縛り付けてきたもの、
積もる記憶、わたしたちを育て、絡みついてきたもの、
わたしたちはここで育ってきた、
先住民がここに到着する以前からさえも。
しかし、いま、そこから解き放たれるべき時だ。
わたしたちの根は古く、十分貪欲ではない。
スネーハル」

アグとアンクールが協働する南インドのプネのアーティスト・スネーハルのことばに動かされた。
幾世紀もの重い因習に縛られたインドの先住民の地から、
その根から解き放たれようとする動きが出てきたことほどうれしいことはない。
ドゥルーズ=ガタリはいう。

「人がもはや私と言わない地点に到達するのではなく、
私というか言わないかがもはやまったく重要ではない地点に到達することだ。
樹木やその根とは違って、リゾームは任意の一点を他の任意の一点に連結する。
一つのリゾームを作り拡張しようとして、
見えない地下茎によって他の多様体と連結しうる多様体のすべてを
われわれはプラトー(高地)と呼ぶ。
序列的ではなく意味形成的でない非中心化システム、
<将軍>も組織化する記憶もなく、ただ、諸状態の交通によってのみ
定義されるシステムなのである。

リゾームになり、根にはなるな!
一にも多にもなるな、無数の入口を持つ多様体であれ!
あなたの中の将軍を目覚めさせるな!
リゾームには始まりも終わりもなく、
両岸を侵食し、真ん中で速度を増す流れなのだ。」

(『ミル・プラトー』 ジル・ドゥルーズ=フェリックス・ガタリ 1980)

そういう流れが始まり、つながりだした。
今世紀でもっとも面白いことはこの流れの中で起こる。
あなたの根を踊れ、しがらみのすべてを踊れ!
根を引き抜いて、リゾームになるまで踊れ!

わたしたちはいつもこの流れに身を投じる同行衆を求めている。

「からだの闇」をもっと読む

 
1.生命ゆらぎ調体からサブボディ共振へ
 
 2.原生体調体からサブボディ=コーボディ探体へ
 3.共振タッチ=指圧からサブボディ=コーボディ共振へ
 2014年5月3日

ゆらぎ調体から、脱自調体へ――サブボディの歴史1

ゆらいでいる写真が欲しくて、古い写真フォルダを開いた。
共振塾を開いた頃の、懐かしい写真が出てきた。
基本はいまも何ら変わっていない。
十年一日のごとく、呼吸か、ゆらぎか、ふるえかの基本的な調体からはじめ、
からだのなかのもっとも原始的な、ゆっくりした生命記憶に従う
原生体のサブボディか、眠っている影の人格や傾向に従う
異貌体のサブボディモードになりこんで、共振する。
それだけのことだ。
上の3つのスライドショーでは、初期共振塾の模様を示している。
1.生命ゆらぎ調体からサブボディ共振へ
2.原生体調体からサブボディ=コーボディ探体へ
3.共振タッチ=指圧からサブボディ=コーボディ共振へ
からだの闇への坑道の入り口は今もほとんど変わっていない。
細胞生命になりこむこと、原生体や異貌体の探体から始めること。
これらは授業を始める原点である。ただ、その後の
バリエーションが当時の何百倍かに増えただけだ。

エッジ――十年前と今との最大の違い

十年前の頃は、一ヶ月か、長くても三ヶ月の塾生だったので、
生徒はエッジにぶつかり苦しむこともないまま卒業していった。
あるいは嫌な感じがからだに感じ始めた頃に終わりが来て去っていった。
それらの中には二度とからだの闇など覗くまいと思って
サブボディから遠ざかっていった生徒もいるだろう。
この十年で期間が一年から、三年まで伸びてきたので、
塾生はからだの闇をより深く探索できるようになった代わりに
見知らぬエッジとぶつかるようになった。
それに直面し、乗り越えないかぎり二進も三進もできなくなる。
エッジとの直面こそ長期化のもっともおおきな変化だろう。
見知らぬクオリアに出会って混乱のあまり身動きできぬ
苦しみに出会う生徒をいかに助けることができるのか。
共振タッチ、共振指圧、エッジワーク、コーボディワーク、脱自調体など、
さまざまな技法を深める必要があった。
本質的な解決は、出会った不気味なクオリアを踊りに転化することだが、
身動きできなくなった状態をいかに解くことができるか。
毎週土曜日は、自分で解決できない問題にぶつかった生徒の
相談にのるようにしている。
耳を澄まして聞き取り、ほんの少しばかりの助言をする。
出会った困難なクオリアから、安全距離を取ること。
そして、踊れそうなたやすいクオリアから踊っていくこと。
ただただからだを動かして踊ること。
そこに突破口があるのは分かっている。
陥った動きたくないという気分や情態性を転換する方法。
当座の情動に縛られた苦しい心身状態からいかに脱するか。
<眼顔息声脳体混交>というわたしが陥った神経症から
脱した方法はかなり役に立つ。
眼や顔や息や声をただランダムに動かし続ける。
からだが動かなくても、眼や顔や呼吸や声を動かせる力が
かろうじて残っているからだ。
人によっては思考チャンネルの気づきが助けになることもある。
根本的には、自我を限りなく鎮め、起こっている現象のすべてを
からだのなかのさまざまなクオリア同士の共振として
さりげなく受け取れるようになることだ。
だが、それは二元論的な主語述語の日常意識に長年囚われてきた
自我にとっては限りなく難しい。
見知らぬ情動や感情に襲われて、<自分が苦しい>というクオリアは
疑いようがないものに見えるからだ。

<脱自調体>

そのときは自分を消す<脱自調体>が最後にものを言う。
わたしにとってもそれが今のところ最後の手段だ。
だが、年若い人にとって<死>はまだまだ他人ごとだ。
わたしが死と隣人のような関係になることができたのは
50過ぎて少しずつからだや眼が昔のように動かなくなりだしてからだ。
死への覚悟性が、重要だということは、
わたしがハイデガーの学徒でもあったから、身につけたことだ。
哲学なしに、それをどう産婆するか。
いろいろ試みてきたが、まだ未解の課題だ。

人間ではなく生命になる

踊るときに従うクオリアは、すべて40億年の生命史の遺産である。
そして創った踊りを人類史・生命史の共有財産として、生命に返すこと。
「人間を脱ぎ、生命になること」
いつも言っているが、はたしてどれだけ伝わっているかは疑わしい。
人間やその表現であるモダン・ダンス的な、
あるいは現代芸術の枠組みから離れることのできない人は多い。
「人間は終わった」という哲学界でのフーコーの宣言を知る人などいない。
「人間をやめてリゾームになれ」と言った
ジル・ドゥルーズを読んだ人にもまずは出会わない。
20世紀の最大の哲学的達成だというのに。
哲学は無力なのか。
いや、コンピュータとインターネットによって時代が大きく変化した。
21世紀は人々が本を読まなくなっていく世紀かもしれない。
わたしにできる仕事はかれらの達成を、ことばの使用をなるだけ避けて
ことばやアタマではなくからだで身につける方法を創出することだ。
ノマド・リゾームという自在に連結し、分離する踊りの体験をすると
命が面白くて湧き立つ。
自我を脱げばいかにすがすがしくなるか。
その面白さを徹底的に追求すること。
ひとりでも多くの人に体験してもらうこと。
おそらく、それがここ当面の仕事となるだろう。


(衰弱体の必然にからだで気づき、衰弱体同士の微細な背後世界共振を
共有すること。この十年間でのもうひとつの大きな変化はこの点にある。
これは次稿に譲る。)


「からだの闇」をもっと読む

 2014年5月3日

やすらかな生命ゆらぎに身をゆだねる

私たちは、生まれた時間も空間も選ぶことはできない。両親、国家、性別などの条件も。
それだけでなく、人間か他の生き物か、生物の種類も選べないまま生まれ落ちる。
古代カンブリア紀に見たこともない生物として生まれたかもしれないし、深海の細菌や海藻として生まれていたかもしれない。
すべての条件が偶然である。

もし、わたしたちがそれらの偶発的条件に拘束されたままいるのは馬鹿らしいことだ。それらは敢然と脱ぎ捨てることのできるものだからだ。

自分の性格やアイデンティティ、国籍、性別さえも脱ぎ捨てることができる。
いつまでも狭い現代人特有の自我や自己に縛られ続けなければならないいわれはない。すべての人間としての条件を脱ぎ捨てること。
それらを脱ぐには、無限の方法がある。
まず、それらのすべての条件を受け入れることから始める。そして、それらとの最適の距離を見つけること。
第二段階は、これらの問題から解放されるために、瞬間ごとに無意識に立ち上る自我や思考や判断に気づき、自分で鎮静化することだ。これを「サティ」と呼ぶ。わたしの指圧の師、遠藤喨及氏は、一秒間に18回エゴを鎮める必要があるという。実際、それらは絶え間なく立ち上り、わたしたちを支配しようとする。気を抜けばたちどころに囚われてしまう。
もっとも静かにかつ繊細に耳を傾け続ける習慣を身につけることだ。
そして、エゴや、判断、情動や記憶が、いかにホルモンや神経伝達物質を通じて物理的にからだの状態を変えるかを透明に見透かすこと。
私たちは、 それを「透明になる」と呼んでいる。
何が起こっているかが透明に見えるような透明体になり、それを見透かす透明覚を開く。
第三段階は、わたしたちを拘束しているものを踊りに転化することだ。
束縛を「よじれ」という言葉で象徴化するとすれば、それを「よじれ返し」によって独自の創造に昇華するのだ。

これらのすべては、サブボディ共振舞踏技法の根幹をなす技法である。
土方が舞踏の弟子に要求したように、
「人間の条件をすべて脱ぎ捨てる」ことは、必須の課題である。
簡単なものではない。
それはとてつもなく過激な要求である。
一瞬ごとに個々の個人的条件はわたしたちに襲いかかってくる。
それを克服するためには、長い年月がかかる。
日常的な人間から、舞踏家として生まれ変わるには、
からだの変成に要する特有の時間がかかる。
ここでいうからだとは、脳心身のすべてを含む。
急ぎ過ぎないことだ。
過剰な自信を持って過激に自分に要求し急ぎすぎる者はすぐ折れてしまう。
焦らないこと。
これは共振塾の最低期間が一年である理由だ。
概して塾生のほとんどは、少なくとも二、三年はゆうにかかる。
厳しく言えば十年かもしれない。
「ゆっくり、ゆっくり、ゆっくり・・・。
心地よく眠りと夢の間でたゆたいなさい・・・」
これを自分への子守唄とするといい。


(この文は自分自身の鎮静化のために書いた。
世界生命共振だなどといたずらに世界チャンネルが開くと、
いつもかならず特定のいらだちに満ちた高揚に襲われる。
世界が変わるには、幾世紀もの長い時間がかかるが、
わたしの残り時間は、わずか数年に過ぎない。
こうしている今も、太平洋の小さな生き物は、
放射能汚染に苦しんでいるというのに.....
たしかに、近年サブボデイ=コーボディのリゾームたちは
少しずつ世界に広がっている。
だが・・・・
――という若い頃からなじみの、ギャップに。

だから、子守唄が必要なんだ。
「リーよ、
若い人々を信じよ。
リーよ、眠れ。
絶え間ない脱自を・・・
心地よいゆらぎに身を預けよ・・・
そして少しずつ己れの死を、
世界の中の己れの不在を受け入れていけ・・・」
それが、一瞬借り受けた個体的時間から、
悠久の生命に帰るということだろう、たぶん。 )



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 ヒマラヤ10年の ドリームボディ 2005-2014
 2014年4月22日

ドリームサブボディの奇跡

今日はそれぞれの原生夢の世界をシェアした。
まず、人生でもっとも印象深い夢を思い出す。
固有夢とか、原生夢と呼ばれるものだ。
なかには何回も見る反復夢であることもある。
そして紙に筆記する。通常の夢日記を書くときは
無意識裡に、映像的なストーリーに翻案されてしまったり、
無意識にその意味を探ったりすることが多いが、
ここでは夢の中のからだの体感や見えない背後世界との
微細な生命共振に耳を澄まして書き留めるのがポイントだ。

そして、一連のドリームボディ調体を行う。
濡れ雑巾かウエットスパゲッティのように床の上を何ものかに動かされる、
受動体への調体からはじめ、
二人でペアになって転がりながら乗り越える二人スパゲッティ、
それを全員で行い大気な海になる。
誰かがその海の上を運ばれていくヒューマン・オーシャン、
から、ヒューマンマウンテンなど、この20年で選びぬかれてきた
サブボディ=コーボディへの調体だ。
そして、誰か一人が自分の夢の世界へ他の生徒を招待していく。
それぞれがドリームランドの何かになり、
夢の展開に連れてどんどん変容していく。
海や、通行人、古い屋敷、地下、子宮、宇宙、遊び、音、光、かたち、
などなどに全員で参加して夢の世界を共創する。

この原生夢劇場は、20年前から世界の各地で行い、
いまも毎年続けている。
ところが、今日これまでにない奇跡が起こった。
一人の塾生が自分の夢の世界に導いていった。
二階で寝ているとなにか怖いものが迫ってきて、
海の中に漂い出すというような夢だった。
そのうち彼女はしゃべるのをやめてどんどんひとりで夢の中に入って動き出した。他の生徒も漂いながらそれぞれの世界で動いていた。
その動きがあまりに美しかったので、わたしは時間を測るのも
忘れて見とれていた。
次から次へとこれまでにない新しい動きが出てきては、消えていった。
きがつくとなんと45分も経っていた。
ソロ舞踏としてみても見事なものだった。
しかも他の生徒も時を忘れて踊っていた。
わたしは深く動かされた。
こういう奇跡のようなドリーム・サブボディが
出てくることもあるのか?!
この20年間でも珍しい出来事だった。
夢の創造者もサブボディの創造者も私たち自身ではない。
命がその創造者なのだ。
からだの闇でさまざまなクオリアが勝手に共振して出てくる。
それを解放するのが、サブボディ共振舞踏技法である。
だが、いったいなぜ、今日に限ってこんな奇跡のようなことが起こったのか。
顧みれば今日は生徒の多くが怪我や病気で休んで
半数だった。だから、いつものようにストップウオッチで
時間を限る必要に追われなかった。
十人以上もが限られた時間内で共有しようとすると、どうしても
ひとり10分とか15分とかに限らねばならない。
だが、この日は欠席が幸いして、一人ひとりがたっぷりと
夢の世界に漂い出すことができた。
これまではわたしの交通整理警官のような役割が、
奇跡が起こるのを妨げていたのだ。
多くのことを学んだ一日だった。


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 2014年4月19日

なぜ、野生の環境に入るのか?

例年のようにヒマラヤ山麓のチャトルロックガーデンを訪れた。
最終氷期の末に、ヒマラヤ山上の氷河湖が決壊して大洪水が起こり、
流れ落ちた巨石群がゴロゴロしている場所だ。
なぜ、ここに来るのか。

ひれ伏し、うずくまり、からだから祖型的なものを引き上げる

ここに来ると、人間の短い時間尺度では測れない
悠久の大地の時間を学ぶことができる。
この岩たちがプレートテクトニクスによってヒマラヤに登る前は、
はるか南の大洋の底で原始の生物たちの死骸が積もって石化して誕生した。
ネパールには2メートルもの大きなアンモナイトの化石がある。

ここでわたしたちはそれぞれ岩の上に身を投げ出し、
岩と同じくらい静かな静寂体になることから始める。
そして生徒たちは思い思いの場所に散って、
岩や古樹や藪や地に耳を澄ます。
しばしそこにうずくまっていると、
自然とからだの闇から、岩や木と同じ悠久の時間や、
虫のおびえ、鳥のおびえのような祖型的な情動や、
原生的な体動がこみ上げてくる。
ある生徒は古い樹や岩に同化し、超緩速の動きや
胎児の蠢きを踊った。
ある生徒は草薮にうずくまり、そこに産み落とされた
両棲類のおびえになりこんだ。
ある生徒は窪地にうずくまり、あるいは落ち葉をかぶって大地に同化し、
そこから出てくる原生的な動きに従った。
ある生徒は岩と共振するうちに、人類史のなかで岩と共振して
そこから無数の煉獄の情景を彫りだしたミケランジェロのように
無数の妖怪や魔女や女神になりこんだ。

しばらく蹲っていると、なにかわけの解らない背後の世界に
おびやかされている体感がこみ上げてくる。

「背丈を越えた草の中に入ると情けない心持ちになる。」

『病める舞姫』で土方が記している祖形的な情動だ。
背後霊のようなものに追い立てられたり、
思いがけない想像や妄想が湧いてきたり、
予想外のからだの動きが勝手に出てくる。
土方は書いている。

「からだから引き上げている祖型めいたものが、
ときときとした気品に混じって消えていった。」
(『病める舞姫』第二章) 

そう、それらは人間にないときときとした気品を持っている。
わたしたちは人間の思考や判断を止め、生命になるために
生命が辿ってきたこういう大地の悠久の時間を師とする必要がある。
そして原生的・祖型的な生命共振クオリアを
からだの闇から引き上げるために野生の森に入るのだ。
生命の舞踏が誕生したのはまさにそういう場所だった。

土方は、『病める舞姫』で生と死が境界線上で震えている
その深淵に潜り込み、微細な生命共振現象を能う限りつぶさに取り出した。
いまもそこは生と死の間の無限の生命共振が蘇り、
からだで直に触れることのできる場所である。
現代の人間が自我や自己によって覆い隠されてしまった
生命の創造力や想像力、そして共振力の宝庫なのだ。



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 2014年4月13日

踊る星を産むための混沌


わたしがわたしになることとなった、
宿命的な言葉に何十年かぶりにfacebookで再会した。
そうか、英語ではこういうふうに訳されているのか。

"you need chaos in your soul to give birth to a dancing star." 

Friedrich Nietzsche

17の頃、わたしが読んだ日本語訳は、たしか次のような言葉だった。

「汝の魂はなおも、踊る星を産むための混沌を孕んでいるか。」

フリードリッヒ・ニーチェ

この言葉は永劫回帰のように、その後何十年も、
わたしのからだの闇でこだまし続けていた。
若い頃はいくつもの職場や職業を変わったが、
そのつど、こぼさないように細心の注意を払って、
からだの闇のわけの解らない混沌を大事に大事に運び続けた。
そしてそれに耳を傾け続けてきた。

そして、45歳のとき、とうとうわたしの踊る星は、
ほんとうにからだからとびだして踊りだしてしまったのだ。
その後もからだの闇の混沌を何より大事なものとして
それに耳を澄まし続けている。
若い頃は、ただ混沌としてしか感じられなかったものも、
いまでは少しだけ透明になって、

多次元かつ非二元の生命共振

として、少し生長した。
底知れぬ闇であることは今も変わりないが。
それが命のクオリアの多次元=非二元共振であるという
正体が定かになって、つきあい方も深まった。
共振塾におけるわたしの産婆としての主な仕事は
生徒が自分のからだの闇の混沌に気づき、
それに耳を傾け続けるという生き方に導くことだ。
それこそ命の無限の創造性と固有性を開く
最大の宝庫だと信じているからだ。
その解き難い謎と秘密は、「生命論」、「クオリア論」、「共振論」、
「舞踏論」などの多様な坑道で掘り続けている。

17歳でこの言葉に出会った時は、
まさか自分が踊り手になろうなどとは夢にも思わなかった。
だが、無意識では知っていたのだ。
人生のあらゆる時期にからだの闇の中に
躍りだそうとしている何ものかが潜んでいることをうっすらと感じていた。

一度出会えば二度と忘れることのない
そして生涯の間いのちを導き続けてくれる
宿命的な出会いというものはあるものだ。



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気化体 
 2014年4月2日

長年の切望が気化するからだの奇跡を生んだ


土方巽は若い頃から、さまざまなからだの変容の可能性を探り続けていた。
ある日、土方は妻の元藤あき(火偏に華)子に、
「歪むってのはどういうからだだろうねぇ?と、
問うともなしにつぶやいたという。」
また、気化するからだについても長年探求し続けた。
だが、それを実現するのは、1973年の「夏の嵐」の中の「少女」ソロと
同年秋の「静かな家」の最後のソロを待たねばならなかった。
衰弱体がはじめて映像に捉えられた1972年の「疱瘡譚」では
まだ気化するからだは出てこない。
気化体という技法はまさしく、死んだ姉と合一するための
土方巽の畢竟の発明なのだ。

「静かな家」

2 重要

「死者は静かにしかし限りなくその姿を変えるのだ

彼等は地上のものの形をほんのふとした何気なさで借用することも珍しくない。

 
この無限変容する死者のほとんどすべては、気化体で踊られる。

3 「灰娘」

魂と精霊

ゆくえ

もうだれも訪れない

もう誰も眠れない

○かんの花

○過度の充実が来て彼女はとほうもない美しい者になった

○死者達のさまざまな習慣を覚えた

○馬肉の夢

○座しきから引き出されてきた男

○イスに座って狂った大人子供=ケダモノ

○裸でカンチェンの出だしを踊る

○フラマンの寝技をつかう

○嵐が来た朝

○物質化

 
一行目が、精神と魂で始まり、最終行が物質化で終わることに注意。
物質化する以前の振りはすべて気化体で踊られる。
 

15 ゆるやかな拡散

 

    いっ気に気化状態へもってゆかぬよう心掛けるべし。

    気化状態のなかでこそ展開がこころみられるべきだ。

    この問題もやがてはっきりするだろう。


ほとんどすべての振りは気化体と物質化の間で踊られる。
<気化状態のなかでこそ展開が試みられるべきだ。>
という自戒を銘記しよう。

4 (気化)

 

一番―花、雨、少女、全部使う

   仮面、あるいは虫

   人形―灰娘―洗たく―もう誰も訪れない

二番―走って鳥から少女、少女気化して座り技

三番―魔女A気化する

四番―赤いシャケの頭にかかわる魔女気化している

五番―馬肉の夢を見る大魔女気化している

六番―さまざまなゆくえが気化している

   水、お盆―遠い森ー死者


以上を押さえた上で、気化体に触れた第4節を読む。
一番は、気化のための心身の準備である。
花、雨、少女と死んだ姉にまつわるあらゆる振り付けを通過しながら、
じょじょに姉のクオリアと共振合一していく。
二番、土方の家では蕎麦の出汁を取るために鶏を飼っていた。
鳥と少女はどちらも姉につながる。
座り技とは、座位から足を上げ、足から気化していく第一段階だ。
三番―魔女Àとは、魔女の初心者だ。気化を試みるがまだうまく気化しない。
四番―土方は、気化を支えてくれるあらゆるクオリアを身体中に探す。
第一節で、床の顔を続ける中で、時折からだの闇から顔を出す、
鮭の顔をした異貌の自己が気化を助けてくる。
五番―土方の姉も夢見たであろう、もう一度家族で囲む馬肉の食卓を。
故郷への切々たる死んだ姉の非望が、
土方のからだに気化という奇跡をもたらす。
あり得るはずのないことが起こる。
それが二十年賭けて練り上げた技術の粋だ。
大空へ舞い上がった死んだ姉=土方は、上空で
お盆に故郷へ帰る多くの死者と出会う。
川や湖や海岸線などの水や遠い森が故郷への道標となる。

そして、地上のものの形をほんのふとした何気なさで借用する。

気化するからだと物質化の間で踊られる「静かな家」の基礎は
こうして築かれた。


この記事は「十体論」シリーズにも収録しています。



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 2014年3月29日

生と死の連続と非連続という謎を踊る


命とは何か。
命になるとはどういうことか。
人間はすべて自分のことは自分で選べるという妄想にとりつかれているが、
真っ赤な妄想だ。
命の特徴は自分自身に関して何一つ選べないことにある。
いつどこで生まれるかも、両親も、性別も選べない。
それどころか、種さえ自分で選んだものではない。
海底の微小生物に生まれていたか、草木だったか、猫だったかも選択できない。
命になるとは、自分自身についてのすべての条件を受け入れることを意味する。
人間の自由選択という共同幻想を捨てることは、命がけの飛躍に近い。
今週第3週のなかばで、その実験を試みた。
木曜日に、各塾生は、学校内で偶然に産み落とされたかもしれない予想外の場所を探し、その場所を互いに交換した。
ある生徒は他の生徒が見つけた場所に目隠しをして連れて行かれ、目隠しを解いて踊った。自分にとっても予想もしない動きが次々と出てきた。
金曜日に、各塾生は、自分自身の偶然の出生地を見つけ、そこを特別の世界に変容するよう他の塾生に頼んだ。
あるものは、エリートの群れという外界、
あるものはみんなが自分を嫌っている世界、
あるものは得体のしれぬ見えない怪物が右往左往している世界、
あるものは自分のエゴが近づいてくる世界、
あるものは忙しい人が行き交う道端など
思い思いの背後世界をコーボディで創造し、その中で踊った。
これは大きな革命になった。
この実験劇場を通じて、今年の塾生全員がユニークなサブボディ=コーボディ世界を開くことができた。
わずか3週間でここまで来たのは共振塾始まって以来の快挙だ。
だが、これはほんの始まりに過ぎない。
命のすべて、生死を超えた森羅万象を最終的に踊るためには、少なくとも20個のことなるサブボディ=コーボディを必要とする。
今年の終わりにそれを踊るところまで持っていくために、
私たちは毎週その一部を創造し、収集し、年度末に大統合する。
しかもそれではじめて、
生涯に渡る長い創造のスタートラインに立つことができるのだ。
生命とは何か、死とは何か。
生と死の連続と非連続という、
最深の謎を踊ることのできるからだになるための。



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2014年3月9日

命になって太平洋の深海で起こっている生命異変に共振すること

3.11が近づく。
少しだけ福島を思い出したかのように
記事があらわれる。
だが、もっとも大事なことには触れられていない。
どれも人間の視点に立ったラフすぎる意見だ。
人間の大人はあらゆる生物の中でも大きく強い。
その視点で測れば、福島原発から漏れでている放射能も
微々たるものだと判断される。
原発推進派の言い分や、多くの日本人市民も
その粗大な人間の視点で捉え、
命にとって起こっている本当に大変なことを見過ごしている。

放射能がほんとうに怖いのは、
微細な細胞生命にとってだ。
ミクロンサイズの単細胞生命にとって、
特に細胞分裂によって新生細胞が生まれるときがもっとも危うい。
二重螺旋構造をもつDNAはそのとき一重のRNAとなる。
微細な放射能によってでさえ、遺伝子配列に突然変異が起こる。
太平洋の海底で、絶えず生まれている海洋生物の幼生たちの
遺伝子は始終この危険にさらされ、突然変異の嵐に見舞われている。
多くの変異した生命は、生きながらえにくい。
ほとんど幼生のうちに死んでしまう。
だから、突然変異して曲がった背骨や部位をもつ成体として
目に触れるのは変異した生命のごくごく一部なのだ。
人間の成体を構成する百兆個の細胞の中でも、
日々男性の精嚢で生まれている精子がもっともか弱い。
多くの成人の精子は今、未曾有の変異に見舞われている。
変異精子は生命力が弱く、多くは卵子に辿り着く前に死んでしまう。
奇形胎児となって発現するのは、そのごくごく一部だ。

だが、今人間に必要なのは、「人間」という強い立場に立って
放射能汚染を軽視するのではなく、
もっともか弱い生命として起こっている事態のすべてに共振することではないか。
現在の日本の巨大な情報網の中で、その視点が全くないことこそが恐ろしい。
「人間」という粗大な視点を脱ぎ捨てよう。
太平洋の海底や人体内の細胞分裂で起こっている生命変異の危機を
見過ごそうとする巨大な現代の情報システムを管理するものらの手に乗せられないこと。
生命になること。
微細な壊れやすい生命として世界と共振すること。
この一点をヒマラヤから訴える。


2014年3月9日

生き方が変わるまで


 アンクールの手紙(下記参照)には、
もっとも大事なことへの気づきが書かれている。
単純なことだが、毎日練習を続けること。
それがもっとも大事なことなのだ。
それを続けるかどうかで、人生が決まる。
だが、これに気づき、かつ実行し続けることのできる生徒は限られている。
なぜなのか、これは産婆としてのわたしの問題だ。
一年学んでも生き方を変えることができない生徒がいる。
それは産婆としてのわたしの非力のせいだ。
これを今年の課題として追求しよう。

共振塾では、毎日朝から晩まで調体と探体を続け、
踊りを創造し続ける。
それが可能になるのは、毎日もっとも適した調体を共有し続けるからだ。
わたしや産婆コースの長期生が、生徒全員のからだの闇に耳を澄まし、
最適の調体や探体にガイドすることによって、
だれもがもっともよい状態のからだになることができる。
もっともよい状態とは、思考に囚われず、
からだの闇の多次元かつ非二元のクオリア変容流動に
触れることが出来る状態だ。
そのクオリア流動こそ、生命の無限の創造性の源だからだ。
だが、共振塾を卒業して、自国に帰り、
元の日常世界に囚われてしまうと、多くの生徒は
毎日稽古する生活を続けることができなくなる。
胃袋のために働かざるをえなくなり、
毎朝の調体と探体を続けることができなくなる。
せっかくヒマラヤの共振塾で得た、毎日調体・探体・創体し続けるという
生活習慣を維持することができない。
これほど悲しいことはない。

突破口は、自分でサブボディ舞踏クラスを開いて
毎日それに参加する人々のための産婆になり、
毎日調体・探体・創体を続けることだ。
それができるようになるには短い人でも二年はかかる。
あらゆる調体技法を身につけ、からだの闇を旅する過程で
自分や生徒が出会うエッジをともに克服していく技術を身につけるには、
それぐらい時間がかかるのだ。

だが、時間だけの問題ではない。
毎朝調体・探体を続けることが、からだの欲求になるまでには
どういうプロセスが必要なのか。
それがまだ、うまく解明されていない。
サブボディ技法もそれを得なければ、まだまだ
完成された技法とはいえない。
闇は深い。だが、この闇の深さに出会えることこそ
幸せなことなのだ。


世界生命共振
India
 
Aunkur


Garbha Bhu_アンクール

Dear lee,

Three months in delhi have deepened my experience of life so much, i am now dying to come to school and dive..my life is feeling so happy to be coming back to dharamsala. I am seeing how much i need to work to really dance my life..it is such a subtle process, and it requires practice. This is one of big realizations for me, that the most important thing is to practice, everyday. Since i have not been a dancer in my life, exploring and expressing through body doesnt come naturally to me. So many days in delhi i couldn't dance, only conditioned everyday, my ego thought that is sufficient. But my connection with my body is weak, and only conditioning doesn't help.
After the performances i understood that i must dance everyday, any time i find, otherwise i get into my head and out of my body. The trappings of ego are so subtle, it requires constant vigilance.. Recently i realized how valuable the time i spend in school really is, how and more importantly, why it is so crucial to listen to one's life. And i understood why talking in school is not encouraged.. i saw how much ego there is in my dance, in my life, and how it is the source of all the suffering, i see how one cannot really dance or experience life without love, and no love is true when it comes from a limited/distorted perception of self.. and how practice is required to rise above our selves, so that one can love, and dance. Nothing in life is real, till its done with love..and to love i must see transparently.
It is through practicing taking off human that i am becoming more human.. i am so grateful for this process and to life, to be able to reconnect with the paradise that i had lost sight of, as 'i' grew up.. Thank you lee!

See you soon.
ankur


 2014年1月5日

深層調体五番 その一 
跼位の秘関三元


この冬は毎日、『病める舞姫』を読み込み、
その精髄を舞踏譜に凝縮する試みを続けている。
まずは、
1.縮まりと気配りの歩行
2.煤け姫の跼行
3.病める舞姫の這行

という3つのからだの高さの舞踏錬体譜にまとめようとしている。
いままでは「寸法の歩行」、「虫の歩行」など、
立位の舞踏練習譜しかなかったが、
それだけではまったく不十分であることに気づいた。

冬場のヒマラヤは晴れた昼間は暖かいが、
夜半には5000メートルの山からマイナス20度の冷気が降りてくる。
起きた時はからだがバリバリに固まってしまっている。
そのからだを一時間ほどかけて解きほぐす。
とりわけ、煤け姫の跼行の多くは、
しゃがみ込み屈んだ姿勢や中腰の姿勢で動くことになる。
近代生活では忘れられた姿勢である。
だが、腰を低く落として動く跼行の辛さを味わっていると、
じょじょにからだの辛さや暗がりから祖型的なもの、動物的なもの、
そして原生生命的なクオリアが吸い上げられてくるのが分かる。
『病める舞姫』の世界に降りるからだになるためには、
これを避けて通ることができない。
近代的な生活にかっさらわれたふやけた日常体や、
その意識で入っていける世界ではないのだ。
そのために次のような深層調体群が新たに必要となってきた。

深層調体五番 跼位の秘関三元

右脚を伸ばし、左脚を骨盤の下に折り曲げてその上に座る。
すると、右の骨盤だけが浮いた状態になる。
その状態で、右骨盤(腸骨)を水平・矢状・戸板の三次元方向に動かす。各次元とも時計回りに三回、反時計回りに三回まわす。
そして、操体呼吸を行いながら、上体・頭部・上肢を前屈させたり、ねじったり、後屈したりする。
前屈ならば息を吐きながら上体を前に伸ばし、
最大限の位置で大きく息を吸い、しばらく保息する。
そしてゆっくり息を吐きながら脱力する。
これを基本に、曲げた片足の上に座り込んだポジションから、
じょじょに腰を浮かし、しゃがんだ姿勢、中腰の姿勢に移りながら、
先と同様に、上体・頭部・上肢を前屈・後屈・捻転する。
焦点は仙骨と腸骨をつないでいる多くの腱や深層筋や筋膜を
十分にストレッチし、流動性を回復することにある。
このなれない動きを一時間から二時間かけてじっくり行うと、
秘関や秘筋が悲鳴を挙げ、さすがにぐったりとした心地になる。
だが、これが大切なのだ。

「ぐったりした心持ちにつながっていなければ、人の行き交いはつかめぬものかも知れない。」
「人間追いつめられれば、からだだけで密談するようになる。」
「(漬物)石を持ち上げ、のびきった茄子を引き上げるときの中腰と、 その中腰自体の中に滲み出ている暗がり」
「この暗がりのなかに隠れることを好んだり、そこで壊されたがっているものがなければ、どうして目を開けてみることなどできるだろう。」(以上第一章)
「からだから引き上げている祖型めいたものが、ときときとした気品に混じって消えていった。」(第二章)
「私は廂にひっ掛かっているような怪しい位置に棲んでいたかった。」( 第三章)

『病める舞姫』では、このように心身を危機に晒すことが、
からだの闇の深部に降りていく坑口にたどりつく、必須の道であるという土方巽自身の方法が、手を変え品を変えて記述されている。
これまでのサブボディ技法では、からだを揺らしたり震えさせたりすることで下意識のからだ(=サブボディ)モードに入っていったが、『病める舞姫』の微細な、見えない背後世界との生命共振の世界に降りるには、それだけでは不十分だ。
土方の方法に学び、さらに困難でつらい上記のような調体と錬体が新たに必要となる。
こういうことも、この冬中続けてきてはじめて透けて見えてくるようになってきた。
からだのことはからだの変成に必要とされる独自のゆっくり進む時間に規定されている。
この冬の私の仕事は、これら一連の深層調体と、あらたな錬体をつうじて、『病める舞姫』一巻をいくつかの舞踏譜に凝縮することに焦点を当てている。
これらがいつ形になるかはまだ分からないが、
スイスとオランダでの冬期ワークショップを通じ、
今年三月から始まる共振塾では、
まったく新しい未知の闇に降りていくことになるだろう。



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 2014年1月1日

次はなにか?


四六時中、命に「何が一番したいのかい?」
と問いかけ続けている。
もう十年来になる日課だ。
夜中にからだがムズムズと蠢き始めた。
異様なカフカの虫のような動きだった。
そうか、この不具のようなからだを極めよということか。

ヒマラヤに棲んで十余年経った。
ようやく本当の衰弱体を極める必然が湧いてきた。
今年は、衰弱体の精錬法を深めよう。
去年はサブボディとコーボディの境界を消し去り、
自我や自己を溶かし去るより深い闇に蠢くからだを探求した。
その成果はいまビデオとしてアップロードし続けている。
それを見ると、動きがまだまだ粗大な人間の動きに囚われている。
一年や二年の修行ではなかなか衰弱体の必然がからだから
湧き起こってこないのだ。
だが、そればかりではなく、共振塾の授業において、
日常体からサブボディモードに入る調体や深層調体から、
いきなり探体に入っていった授業の展開が多すぎた。
もっとフィジカルに衰弱体に錬成する錬体の時間が少なかった。
それでは各人固有のサブボディ=コーボディの動きは出てくるが、
衰弱体への錬成度が足りなくなる。

今年は従来の調体からすぐに探体へ向かうのではなく、
調体に続いてみっちり衰弱体への<錬体>の時間を取ろうと思う。
去年の12月から土方の『病める舞姫』を繰り返し読み返すなかで、
ようやく衰弱体への錬成法が見えてきた。
『病める舞姫』には、いのちが見えない背後世界と、
共振しているさまが無限の微細さと多様さで刳りぬかれている。
この『病める舞姫』を、具体的な衰弱体への錬成舞踏譜に変換していく作業を進めている。
新しい舞踏譜を作成することは、
私自身のいのちにとっても、
いまもっとも必要な作業であることに気づいた。
いのちの最期の踊りに向かって、まっしぐらに進もう。




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