2011

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からだの闇を掘る

2011年12月16日

10億年の忍従とヘリオガバルス的爆発

サブボディにはヘリオガバルス的なところがある。
ヘリオガバルスはローマ帝国史上最悪の狂王として知られている。
胎児見たさに妊婦の腹を切り裂いた信長以上の
奔放恣意・悪逆非道の限りを尽くしたとされている。
土方は「静かな家」でヘリオガバルスを耐えるものの対偶(対極的同一性)として捉えている。

22節 (ヘリオガバルス

 

   深淵図には複眼よりもむしろ皮膚への参加に注目されねばならない。

   ただ一回のヘルオガバルスがある、

   耐えるもの―それはめくるめく節度の別の顔であった」

皮膚への参加――ただ一回のヘリオガバルス――耐えるもの――めくるめく節度

これらの一見まったく異なるように見えるものが、じつは同じものの別の顔であると捉えられている。
「めくるめく節度」によって「耐えるもの」とは民衆のことなのだ。
ちょうど今年は何十年、何百年も悪政に耐え続けたエジプトやリビアのアラブ民衆が、
堪忍袋の緒を切らして、あたかもヘリオガバルスのような爆発的革命に立ち上がった。
それに共振して気付かされたのだ。
民衆は耐えに耐え続けるだけの存在ではない。
たった一度のヘリオガバルス的爆発の可能性を内に秘めている存在だ。
そのことに気づいたとき、わたしは土方の民衆論の深さにうなった。
舞踏は一見民衆から遠く、前衛的アバンギャルドとしてのみ見られている。
だが、実はその内に耐えに耐え続けている民衆像をくり込んでいるのだ。

「24節 (ふるえ)

  1、耐え忍ぶ剥製のとほうもないきたならしさ」

何十年も耐え続けて、耐えていることさえ忘れてしまった汚らしい剥製体とは、
民衆のことなのだ。
舞踏家は衰弱の果ての剥製体となって舞台に出るが、
それは観客席にいる民衆自身の真の姿を映す鏡像なのだ。
耐えるものはいつかはヘリオガバルスのように爆発的に踊りでてくる可能性を秘めている。
舞踏家は民衆の自分自身では気づいていない変容や創造の可能性を踊る。

だが、この冬になって、もうひとつの
「皮膚への参加」という
まだ解ききっていない謎が残っていることに気づいた。
今年の授業では「皮膚への参加」=「秘膜を開くこと」と捉えて、
胞衣層の秘膜や子宮層、母体層、世界層の秘膜を全開して踊ることで
25節以降のとてつもない変幻の果てを見せる<もみ寄せの急>が踊られていると捉えていた。
それも間違ってはいないが、この冬毎日皮膚に成り込み、
生命にとっての皮膚とは何かを聴き続けているうちに、より深い連関に気付かされた。
秘膜は空間の拡がりとしてだけ捉えられていたが、
生命にとっての皮膚はそれだけではなく、長い忍従の時間をも秘めている。

生命にとっての皮膚は外界の変化を知覚し、それに対応する共振の器官であると同時に、
外界から身を守る忍従の器官でもある。

















 

2011年11月27日

誕生と死と再生と転生・舞踏家岩淵いぐの誕生

共振塾の最長の塾生、Ikukoは今年でサブボディ修行10年の過程を修了する。
先日Ikukoから
「これを機会に改名して転生したい。
ついては私のサブボディの育ての親のLeeさんに新しい名前をつけてもらいたい」
と、命名を頼まれてこの10日ほど思案を重ねてきた。
夕べ、Ikukoはこの十年間を総統合するかのような踊りを
「無妙鬼」という舞踏に見事に結晶してみせた。
舞踏家岩淵いぐが誕生するのを目の当たりにした。
彼女は親がつけた岩淵育子から結婚によって別の姓に変わり、
離婚によって岩淵育子にもどり、
この数年の修行中はIkukoをなのってきた。
それは舞踏家と産婆に転生する前の蛹のような変成期間中の名前だったのだろう。
昨日Ikukoは、その殻を見事に破って脱皮した。
つめ寄せた観衆の前で見事な舞踏家に転生してみせたのだ。
それを見て夕べ「岩淵いぐ」とすることに決めた。
本名の岩淵育子をほんのすこしだけいじっただけだ。
国際的な場では、「Igu」という表記か、「Igu Iwabuchi」のどちらでもいいと思う。
育子さん本人には、明日の朝伝えるつもりだ。

だが、今日でしか書けないことがある。
命名には忘れられない苦い思い出があるのだ。
奇しくも今日は私の一人息子清火の誕生日だ。
それは忘れもできない死と誕生が混成した日だっというのに、
歳を数えるのを忘れていた。
今日はなんと息子にとって40歳の誕生日だったのだ。
Facebookに、
じゃーな、30代のみんな。ひと足お先に、僕は行くよ。
という書き込みがあるのを見て、
不思議なめまいに急襲された。
自分の子供が40歳になったことを知らされるとき、
どんな驚愕が訪れるか、予想だにできないことだった。

40年前の11月の末もわたしは生まれてくる子供の名前をあれこれ思案していた。
女の子なら清香(さやか)にしようというところまで決めていた。
ところが、40年前の11月24日、大学時代の同志だった辻敏明が、
党派闘争の内ゲバで、殴り殺されて命を落とした。
1967年10月8日のベトナム反戦羽田闘争で死んだ高校の同級生山崎博昭に次ぐ
二人目の親しい友人の死だった。
辻は私が説得して革命組織に引き入れた男だった。
高校時代は大阪の天王寺高校剣道部の主将で、
「気は優しくて力持ち」
を絵に描いたような好青年だった。
そのとき私たちが属していた学生組織の全国副委員長というポストにいた。
その肩書のために対立党派に狙われて落命したのだ。
剣道に自身のあった辻は、
みずからもっとも困難と言われる殿戦を引き受けていたに違いない。
何百回もその最期の瞬間を終追体験した。
踊りをはじめて京都に居を据えたとき、
毎夜のように彼は私の夢枕に立った。
「おう。辻、元気だったのか」
私が声をかけると、彼はにっこり微笑みながら、
後ろを向いた。
後頭部の頭蓋骨が輝く超合金にすげ替えられていた。
それでやっぱり彼は死んでしまっていることを思い知らされるのだった。
その悪夢から解放されるために、辻は私のサブボディに転生した。
私の最初の踊り「伝染熱」の真の作者は辻敏明なのだ。

私はその2年前に政治活動から身をひいていたが、
彼が死んだときついていた学生組織の全国副委員長という役割は、
もし続けていたら私が引き受けていたかもしれないものだった。
関西地区の指導者がつくポストだったのだ。
だが、死んだのは私ではなく辻だった。
山崎のときも死んだのは率先して活動していた私ではなく、
その影響下であとから運動に参加した山崎だった。
高校時代に私は「死地へ!」という詩を書いて発表した。
自分だけ、俺は行くぜ、というつもりだったが、
それを読んだ山崎が先に逝ってしまった。

(彼らは私が生き延びることと引き換えに殺された。)
生き残った奴は ふのよかと(運のいいやつ))
おそらく私らの父の戦争世代は皆この感覚に責めさいなまれながら
錯乱の中で戦後を生き抜いた。
(生き残った奴は、ふのよかと)
私もまた、私たちの時代の闘争をくぐり抜ける中で
戦争世代同様の錯乱を負うこととなった。
生と死がスレスレのところでゆらぎもつれる妄想にさいなまれて
生まれようとしている子供が男だった場合の名前を考える余裕など
一気になくなってしまった。
そして、その錯乱の渦中に生まれてきたのは女の子ではなく男だった。
何も考えることなど出来なくなっていた私は、
用意していた清香という女名前をそのままつけようとした。
だが、それはあんまりという妻の要望でさやかの「か」は、
女の子らしすぎる「香」ではなく、「火」という字に変えた。
すると今度は妻の姉さんから、
「名前の中に火と水がはいっているのはあまりにも不吉すぎる。
後生だから変えてちょうだい」
と泣いて頼まれた。
だが、結局妻と相談の結果、「清火」という名に決めた。
その名には、子供が女性性をも引き受けて生きるようにという
フェミニストだった両親の願いの糸がひそかに織り込まれていた。
それと、これは誰にも言っていないことだが、
一つの漢字に火と水が入っている「滅」という字への思いも込められていた。
政治活動から身を引いた直後の当時の私の秘めた思いを一言で言うと
「日本壊滅」というスローガンだったのだ。
(俺が死んだら、きみがこの思いを引き継いでくれ・・・)
未熟な親のそんな無茶苦茶な思いを、
息子はひそかに背負わされることになった。
長男の誕生と友人の死が同時にやってきた錯乱の中で
勝手な親の不吉な狂いを押し付けられてしまったのだ。
彼は小学校時代、クラスのボスのような女の子から
「男のくせに女名前をつけている」
といじめられ、
「なんでこんな名前をつけたんだ」
とさんざん恨まれることになってしまった。
だが、息子は名前から降り掛かってきた迫害をのりこえて強く育ってくれた。
今日の彼のfacebookには、多くの友人からのお祝いが溢れかえっている。

「いぐ」にも言外の多次元的なクオリアが込められている。
だが、それは秘めて言わないことにしよう。
秘すれば、花。

その花は舞踏家として、産婆として転生する岩淵いぐが
踊りの中で咲かせてくれるだろう。



2011年10月16日

透明ノマド コーボディ

共振塾ヒマラヤは、Lee抜きで、2週目を迎えた。
長期生のKatsをはじめ、各生徒が交互に産婆として毎日の授業をガイドしている。 
週末の金曜日、恒例のサブボディ・コーボディ劇場では 生徒たちは透明なノマドの群れになった。

透明になる

「透明」とは、内と外に半分ずつ開かれたからだになることを指す。
内側の自我や自己にも、外側の他者にも、囚われることなく
命のおもむくままに動き、変容できるからだになる。
「透明体」になることは、踊りを始めた十余年前から一貫して私のひそかな究極の理想であった。
なぜ、透明さにこだわるのか、自分でもよくわからないままそれを追い求めてきた。
そして、同様に、なぜこんなにこだわるのか自分でもわからないまま、 
土方の「静かな家」に取り組み続けてきた。
今週の生徒たちの踊りの写真を見ながら、 
わたしは透明さへの無意識的な志向に導かれて、
土方の「静かな家」に踏み込んできていたことに気づいた。

「死者は静かにしかし限りなくその姿を変えるのだ 彼等は地上のものの形をほんのふとした何気なさで借用することも珍しくない」 (『静かな家』第2節)

この一年、「静かな家』を学び、<死者の変容技法>を学んできた生徒たちのからだが
いつのまにか、ずいぶん透明になっているではないか。 
しずかにしかし無限に変容する死者になるとは、 
まさしく、長年追い求めていた透明体になることだったのだ。
透明になるとは、自我や他者を消すこととは少し異なる。
踊りの中にはいろんなものが出てくる。 
自我や他者のみならず、見知らぬ元型や、 ほかの生き物や人物がのりうつってくることもある。
出てくるものはすべて踊るに値するものだ。
大事なのは、だが、それらに囚われないことなのだ。 
からだの闇から出てくるものすべてを踊りつつ、
自我にも自己にも他者にも元型にも憑依にも囚われない、 それが<透明さ>だ。 

ノマドの群れになる 

もうひとつは、絶えず変容するノマドの群れになることだ。
単独のサブボディは、絶えず多数のコーボディに変容し,
いつでも群れから離れて、単独に戻る。
サブボディ=コーボディはリゾームだ。
そして、自在に移動するリゾームは、ノマドとなる。
リゾームが寄り集まって密度が高まるとプラトーに変成する。
それは、個としての日常体に閉ざされ、同時に国家という幻想の共同性に制約されている
現在の不自由な人間のあり方をうちから覆す、未来の人間像だ。 
私たちはやがて、あらゆる境界を超えて自由にこの惑星を移動し、
人種や家族や信念などの違いを超えて自由に結びつき分離することができるようになるだろう。
そのとき、「人間」は、この数世紀続いた典型の位置を降り、
リゾーム=ノマド=プラトーを移行する多数変容体にその地位を譲るだろう。
それがなんと呼ばれることになるのかは知らない。
呼び名など何でもよいのだ。
超人だの新人だのという、単一の名前などつけたら終わりだ。
みんなが好き勝手に名乗ればよい。
命はもともと、単数でもあり複数でもあり、自由に移動し、連結と分離を繰り返しつつ、
密度を自在に運ぶリゾーム=ノマド=プラトーなのだ。

命の世界では、一と多の間に仕切りがない。
個と群れは、二元論のいうように別概念ではなく、 命の相の違いにほかならないのだ。
命は食の相では単独あるいは群れであり、
性の相では合体して二が一になったり、一が二に分裂したりする。

透明ノマドコーボディとは、自在に踊る場所を変えながら、 
個と群の間を行き来し、 共振のし方を発明し合いながら踊る豊かな実験の場である。 
10月に入って、一年間積み重ねてきたものが、生徒たちのからだの闇で発酵し、
重合し、多層化して、どんどん複雑で多次元かつ非二元なものへと成長してきている。
共振塾を離れた日本から、それが確認できるのはうれしいことだ。 
もう、私なしでも十分うまくやっていける。 
毎日が、「死ぬにはもってこいの日」となる。 

おっと、今はそうは行かない。 
インドビザの申請が、年々難しくなってきて、 
この難儀さが頭のなかにかすがいのように打ち込まれている。
通常なら3日で出るはずの就学ビザが、もう2週間も足止めになっている。
「リゾーム=ノマド=プラトー」型の未来の人間像を思い描きながら、
現実の我が身は国家に拘束されて身動きもできない。
この大きなギャップの中で、命にとっての国家の味を噛み締める。

なぜ、私の居場所を決めるのに他の誰かの許可を求めねばならないのか。
これは、命にとって根源的におかしいことではないのか。 
人間だけが自分たちが創りだした桎梏に囚われて生きる存在である。
かつては、小さな共同体の中の禁制(タブー)や黙契が人々を縛り付けていた。
それらの拘束力が衰えた現代では、もっと強力なシステムが命を締め付けている。
法、宗教、国家が現代でもなお残るそれら桎梏の代表である。 
だが、同時にそれらが桎梏であることに気づけば、 ただちに廃棄することもできる存在だ。
過去の時代の人々は、その時代に特有の共同幻想的な桎梏、 
様々なタブーや、植民地主義や、奴隷制度にとらわれて生きていた。
その時代の人にとって、それらがなくなることは想像を超えたことであったろう。 
同様に、現代の人は国家や法や宗教が死滅した世界を想像することができない。
だが、歴史のなかで、タブーや植民地主義や奴隷制度は、 ある日嘘のように力を失い死滅した。 
それと同様に、国家も死滅する日が来る。 
「人間」というとうに時代遅れとなった不自由な古着を着せつけられたまま、
「自己表現」などをすることに満足していては、どこへもいけない。
現代では「人間」とはすでに命の死骸なのだ。
すでにダンサーたちは、そんなものを脱ぎ捨てて、
リゾーム=ノマド=プラトーという透明多様体のなかで、
未来のありようを果敢に実験して萌芽的に生み出している。
だが、すべての人々にとって、想像力や創造力を制約するこの不自由な囚われからの脱し方を解き明かすまでは、 
まだ、死ぬわけにはいかない。

(この記事は、「共振塾ジャーナル」として書き始めながら、 
途中で私の個人的な探求である「からだの闇を掘る」の内容に移行した。 
どちらにも掲載することにします。)



見せると隠すの逆説を踊る

2011年9月30日


雨の中で悪事を計画する少女

 

舞踏譜「静かな家」の第一行はこう記されている。

これは土方が一生の間秘めていたもっとも悲しい秘密だ。

命の秘密を運ぶ。それが舞踏である。

どんな命にも生と死の間でゆらいでいるたった一つの秘密がある。

それを運ぶ。

土方は死んだ姉との秘密を運んだ。

たが、たった一つの秘密を運ぶことができるからだになるために

土方は40年のほぼ全生涯を費やす必要があった。

1968年に「土方巽と日本人」、「肉体の叛乱」と副題されたソロを踊った土方は

しばらく一切の活動を停止してからだに闇に潜った。

そして午前中いっぱいは死んだねと同じように長い髪を垂らし、

姉の着ていた着物を着て、からだの闇でうごめく姉と共に長い時間を過ごした。

「そうか。あんな激しい踊りをしていては死んだ姉さんは俺のからだに降りてきてくれない。

俺はもっと衰弱の限りを尽くした静かなからだにならなければならないのだ。

ちょうど親友の吉岡実が「静かな家」という題名の詩集を出したところだ。

おれのからだは姉やその他の死者が住み、

自在にあの世とこの世を行き来できるような「静かな家」になる必要があるのだ。」

おそらくそういう姉からの啓示を夢の中で受け取ったに違いない。

「死者こそ私の師なのだ。」とは土方がしばしば語った言葉である。

 

 

 

14人兄弟の末に生まれた土方は死んだ姉を慕っていた。
(もう一人末弟がいるが、生まれてすぐに亡くなっている。)

彼が小学校に入学するときもこの姉が付き添ってくれ、一緒に撮った写真が残っている。

5人いる姉のうち歳の差から見ておそらくいちばん上の長姉か次姉であろう。

だが、この姉はこの写真の直後に彼の前からいなくなる。
神戸へ行ったと言われ、姉を慕う彼は夏休みに単身秋田から神戸まで旅をして彼女に会いに行った。
姉はやさしく迎えてくれたが、何かが違う。
豪華な着物をまとい、顔には濃い化粧が乗っている。
だが、当時の彼にはそれが何を意味するのか分からなかったかもしれない。
解けない謎を抱えて彼は秋田へ帰った。

戦争中の日本国家は男子は兵卒として徴用し、

女子は兵士らに身を捧げる娼婦や給婦として各地から集め都市に配備した。

子供だったその時の土方には知る由もなかったが、

後年彼は大好きな姉に何が起こったのかが透けて見えてくる。

そして、姉が見ただろう悪夢が土方のからだの闇にも降りてきた。

戦争中に娼婦として国家に取られ、神戸で身を得る暮らしを強いられた土方の死んだ姉が見た

悪夢の数々が土方のからだの闇を何年も蝕み続けた。

悪事とは死んだ姉の命を強いたものへの復讐である。

おそらく姉が体験した無念が土方の命と共振して無数の悪夢となって土方を襲ったのだ。

だが、こんな悪夢はそう簡単に踊れるものではない。

土方は踊り家としてほぼ全生涯にあたる40年を費やして

この秘密を運ぶことのできるからだに変成した。

 

秘密を運ぶからだになるとはどういうことか。

運んでみなければ分からないとんでもない逆説が潜んでいる。

秘密は隠さねば秘密ではなくなる。

だが、秘密を運ぶ踊り手のからだからは隠している秘密がにじみ出てくる。

にじみ出てこなければ秘密を運んでいることも誰にも知られることなく終わってしまう。

舞踏家は隠すことと見せることの逆説を踊らねばならない。

計画している悪事を運ぶからだは、それを隠すために背中が膨らみ、

からだの輪郭が少女から獣のからだの輪郭に変成していく。

隠すことが見せることであり、見せているのは秘密を隠しているからだである。

だが見せては秘密が秘密でなくなる。

舞踏家はこの不可能な逆説に身を曝す。

近代の薄っぺらい「表現」というような概念では手の届かない命の逆説を踊るのだ。

 

舞踏家が表現しようとするのではない。

彼を動かしているのは「赤い神様」という謎である。

からだの闇のなかでうごめく死んだ姉である。

あるいは死んだ姉と土方がひとつになってしまった非二元の謎である。

土方が追求した「自他分化以前の沈理の関係」とはこの非二元の闇である。

命の闇は表現などしない。

見せようとして見せるのではない。

隠そうとしても否応なく出てくるものがある。

舞踏家は自我も自己も脱ぎ捨て無になってその謎にただからだを預ける。

そのときはじめて秘密を運ぶ透明なからだになることができる。

 

「死者は静かにしかし限りなくその姿を変えるのだ

彼等は地上のものの形をほんのふとした何気なさで借用することも珍しくない。」

 

 無限に変成する死者とは,その透明なからだの謂なのだ。

 

 

 

 

秘密を運ぶ

2011924

花と謎と秘密。

花は深い謎と秘密に支えられて花となる。

この3つは切り離すことができない。

 

花―個別の花から全体の花へ。花秘謎一如の非二元へ。

 

花は世阿弥が生涯探求した面白、珍、そして

言葉にはならない妙花。

土方は個別の花に加えて全体の花を皮膚への参加に求めた。

それは世阿弥のいう言葉を絶した非二元の妙花と共振している。

皮膚とはただの物理的な皮膚だけを意味しない。

胞衣層、子宮層、母体層、世界層と外側に広がる秘膜から

体液、筋肉、関節・骨、内臓という内側の秘膜までが

世界と共振するとき全体の花が生成する。

そこでは花秘謎が一如となり、区別が消える非二元世界となる。

花を創る技法だけではそこへ降りていくことはできないのだ。

謎をまとい、秘密を運ぶからだに変成してはじめて

花秘謎一如の非二元世界出の生命共振に至ることができる。

 

 

謎―何者かに動かされて踊る

 

「赤い神様」

 

「静かな家」第1節は「赤い神様」と題されている。

それが何であるか、誰にも分からない。

この不可視・不可解な謎に動かされて踊るのが舞踏である。

自分が踊るのではない。

自己表現などという近代的な呪縛に囚われた自己を爆砕し、

それらから解き放たれた生命がより深い闇の謎に降りていく。

それが舞踏だ。

 

「鏡の裏―光の壁

密度を運ぶ自在さの中には、めまいや震えや花影のゆれがひそんでいる。」

 

鏡の表である光に満ちた実在の世界と、鏡の裏の不可視の世界は、

光の壁で隔てられている。

この壁を通り抜け、自在に密度を運ぶことのできる透明な体になるには

特別の切符がいる。

それはからだの闇でのたうつめまいや震えや花影のゆれだ。

意識を止め、それらのめまいや震えに身をゆだねるとき、

はじめて鏡の裏と表を出入りする透明体になることができる。

めまいやふるえや花影のゆれという幻影がどこからくるのか分からない。

ただ脱自し、その深い謎に身をゆだねる。

 

 

秘密――秘密を運ぶからだになる

 

16 場所を変えることの難しさ

 

体こそ踊り場であろう。手の踊り場、尻の踊り場、肘の裏の踊り場等。

この場所が持つ深淵は、この踊り場にはさまってくるものを克服し、

からみつかせる事により成立する。

例えば、柳田家があり、柳田家の庭にクジャクがいるという事をたいへんに

貴重なものであるという発見をする。

また、カン工場という場所は、私にとってなつかしい粉末というものによって

語られる。

それらが踊る際の血液になっているのだ。」

 

舞踏手はからだの踊り場に固有の秘密を秘めて踊る。

肘の裏、尻、内股、胃袋、背骨や首の骨に絡みついてくる深層記憶と格闘し、

それらの力をよじり返すことによって、

はじめてそれらのクオリアを自在にまとうことができるようになる。

 

また、土方の創る花を支えているのは、

柳田家の庭でクジャクに遭遇したときの胸の震えである。

予想もしない意外なものに出会った時の生命の思いがけぬ震えこそ

花をもたらすのだと、土方はこのクジャク体験を大変貴重なものであると

胸に秘めた。

きみも探せ。

いったいいつどんな時に胸が震えるような美に出遭ったか。

それを固有の秘密として秘めよ。

 

すべての秘密は君の深層記憶にある。

生きたアクオリアが飛び跳ねている

君自身の「カン工場」に降り立て。

そこから生きたクオリアを毟り取れ。

それらが踊りの血液になるのだ。

 

「雨の中で悪事を計画する少女」

 

土方は彼自身のもっとも深い秘密から踊りだす。

伝統的な序破急に従ってじょじょに秘密を開示していくのではなく、

いきなり秘密を運ぶからだになって登場した。

これは新しい序破急の発明であった。

それによって観客はいきなりわけのわからない世界に引きずり込まれる。

 

 

いかにからだの闇を毟るか

 

土方はからだの闇を毟れといった。

意識で思い出せる記憶などたかが知れている。

運ぶべき秘密は思い出せない記憶の闇に潜んでいる。

からだを毎日毟り続けることだ。

いかに?

 

調体五番、五秘を探るのがひとつの道だ。

五秘とは、秘腔、秘膜、秘液、秘関、秘筋などからなる。

日常体では忘れ去られているクオリア群だ。

五秘に順序はない。順不同で毎日掘り続ける。

 

秘腔を毟る

 

体腔を様々な方向にふくらませたり縮めたりする

準備運動から始める。

腹腔、胸腔、口腔、鼻孔のそれぞれを活性化し、

ランダムに動かしながら呼吸と共振させ自在な体腔音を開く。

吸気呼気それぞれで音を出したり、秘めたりする。

体腔音は情動と共振しはじめ、関係チャンネルにも及ぶ。

喉元に閊えている「言いたかったのに言えなかったこと」のクオリアは

まさしく喉元が囚われているクオリアそのものだ。

顔にも「無数の抑えている表情」が潜んでいる。

腕や足の奇妙な方向への動き、背骨の震え、

内臓ののたうちなどを毟りとる。

 

秘液を毟る

 

心が凍る思いをしたり、金縛りにあったりする体感を探る。

その度に秘液の密度が変わっている。

そのかすかな変化を毟り、貪り喰い、

密度を運ぶ秘技を学ぶ。

奇妙に歪んだり、抑えつけられたり、

何かの拍子に溶け出したり、形なきものへ気化したりする。

からだの闇ではいつも秘液の密度が変わっている。

そのかすかな変化を毟り、からだごと乗り込む。

 

秘関を毟る

 

頭のてっぺんから始めるか、体の底から始めるか、

日によって変える。

頭と首の第一関節からゆるめ、だんだんに降ろしていく。

尾骨まで降りたら、あるいは頭まで上がったら、

尾骨からあるいは第一関節から奇妙なリズムで動き出す。

時に崩れ、激しいショックを受け、生命の反応を誘い出す。

からだを毟り、思いがけぬクオリアを探りだす。

 

秘筋を毟る

 

秘筋は表層筋の底に、幾つかの関節をまたいで

斜めに走っている深層筋群である。

これらが非時非空の収縮弛緩をすることで

思いもかけぬ動きが出てくる。

毎日毎夜、秘筋を毟り続けることだ。

それを続ければ必ずや生涯運び続けるに値する

秘密が見つかるはずだ。

 

 

秘膜を毟る

 

おそらくもっとも深い秘密は秘膜各層に隠れている。

土方は「全体の花は皮膚への参加に関わる」といったが、

この皮膚とはただの物理的な皮膚だけではない。

胞衣層、子宮層、母体層、世界層と外側に広がる秘膜から

体液、筋肉、関節・骨、内臓という内側の秘膜までを含む。

それら秘膜各層が微妙に世界と共振している。

その共振の固有性こそが君自身の秘密なのだ。

秘密を運ぶからだになれ。

 

若い頃から口走ってきた、

「リゾームになれ、

たったひとつの秘密になれ」

とはこのことだった。

今になってようやくその意味が透明に見えてきた。

土方は「静かな家」舞踏譜の第一行に最深の秘密を秘めていた。

それこそが舞踏にもっとも欠かせぬものだからだ。

「静かな家」からたったひとつだけ学ぶとすれば、

秘密を運ぶということを学び取れ。

そして、からだの闇の固有の秘密を毟りつくせ。

からだの踊り場のすべてに踊りの血液が脈打つたったひとつの秘密となれ!

それだけで一生生きるに値する人生になる。

 




2011年9月18日

皮膚と脳の深い関係
 


秘膜の謎について長い間探求してきた。

わたしは舞踏譜を書いたことがない。

言葉ではなく、わたしの踊りの記憶はすべて皮膚や胞衣層の透明な秘膜に刻み込まれていた。

別の舞踏家は踊りはからだに音楽のリズムとして染みこんでいるという。

もともと音楽出身の桂勘や山海塾ダンサーの岩下徹はふたりともそうだった。

踊りを創る前に詩のようなものをなぐり書くという友人もいた。

いろいろ得意のチャンネルがあるのだなあと不思議だった。

わたしは言葉でも音楽でもない、すべて皮膚の記憶なのだ。

しかも物理的な皮膚だけではなく、見えない秘膜がからだの周りに幾層にも拡がっていて、

踊りのクオリアはすべてその秘膜層に書きこまれているのだ。

そんなことはわたしだけのことかと長年思っていたが、

「静かな家」の舞踏譜を読み深めるうちに、土方もそうであったことが分かってきた。

それどころか、20節以降の<急>部分になると、すべての奇妙な出来事が

秘膜の上で起こっている。

ひょっとすれば、秘膜は生命にとって普遍的なものにつながるのかもしれない。

 

20 (全体の花)

 

全体の花と皮膚への参加は均質なものである。

たれさげられた手の状態で全てが行為された場合の悪夢は裸体特有のものである。

 

21 (はもん)

 

背後からも内部からも襲われて、路上の花を摘む

ふるえて、床にも、空にも、そのはもんは、拡がってゆく。

 

22 (ヘリオガバルス

 

深淵図には複眼よりもむしろ皮膚への参加に注目されねばならない。

ただ一回のヘルオガバルスがある、

耐えるもの―それはめくるめく節度の別の顔であった

 

27 皮膚への参加

 

1、小さな頭蓋のなかの小さな花、それはそれは細い細い視線、

神経は、頭の外側に棒を目撃した、

その棒を額で撰り分けている視線。

2、小さな顔で歩く盲はまるでサルのようだ。猿の頭に落雷。

頭の中に小さな花が咲く、糸つむぎの唄が聞え出す。

3、引きのばされる老婆は一枚の紙になるだろう。

老婆はその紙の上に蛾のように乗っかるだろう。

4、武将は女王になり、女王は関節の箱におさめられるだろう。

その箱のなかからの生まれ変わりがフーピーという踊り子である。

 

 

 土方は静かな家の舞踏譜で、眼の巣と森の巣の多次元共振から、複眼をへて、
最終的に皮膚への参加に至る。
土方が見る目を閉ざし、眼腐れへ、第三の眼へ、複眼へと、眼の起源と根拠を追い求めるうち、
眼がその原生的な出生地である皮膚へ彼を導いていった。
そうだ。眼も脳ももともとは皮膚から生まれた。
多細胞生物の表皮である外胚葉から、眼も神経も脳も分化したのだ。

 

 

 

 

 

そんな矢先、ヒドラの皮膚の分化図を眺めながら、
ヒドラのからだになり込んでいて気づいた。

(特に上の日本語の図が分かりやすい。)

外胚葉から分化したヒドラの表皮では皮膚細胞と感覚細胞、神経細胞が同居している。

そうか、これが秘膜の起源なのだ。

内胚葉から生まれた胃腸の内臓壁には食細胞、消化細胞が同居している。

その間の薄い中胚葉の層に動きをつかさどる筋肉細胞が存在している。

そうか。
この原始的なヒドラの皮膚の層が、大脳の6層構造と共振している。



第6層が運動、第4,5層が感覚、第2,3層が右脳と左脳を連絡している。
4,5層の感覚機能は、ヒドラの表皮層の感覚神経細胞にあたり、
その下の運動機能は、表皮層の第2層の筋肉層に該当するだろう。
秘膜特有の非二元的なクオリアはこれら感覚神経と運動神経が共振して
一体となって生み出されるクオリアなのだ。

もともと脳と皮膚はひとつだったのだ。

皮膚と脳が同じ外胚葉という共通祖先から生まれたことは、知識としては

ずいぶん昔から三木成夫の解剖学を学んできたからよく知っていた。

だが、いままでそれは秘膜との関係につながらなかった。

そうだ。皮膚と脳は同様にもともと細胞の外胚葉にほかならなかった。

同じ祖先を持つのだから、共通の性質を多く分け持っていても不思議ではない。

 

これが秘膜の起源ではないか。

 

皮膚も脳ももともと外界のさまざまなクオリアと多次元的に共振する

細胞膜の役割を専門化して発展した。

様々なクオリアとの無数の共振パターンが生命記憶として刻み込まれている。

生命の記憶は脳のグリア細胞に保山されているだけではない。

からだじゅうのあらゆる細胞に脳細胞同様内クオリアが記憶されている。

そして、からだの細胞生命と脳細胞の生命は絶え間なく共振している。

この共振が秘膜であり、秘関、秘筋、秘腔、秘液なのだ。

だからフィジカルにどこにどんな記憶が刻み込まれているというのではない。

生命全体として共振している中に絶えず記憶が共振によって生成するのだ。
保存されている内クオリアは各秘膜層で今ここに生じている外クオリアと共振し、
絶えず新たに創造される。

 

踊りが生成する場所は、この眼には見えない秘膜における

非二元かつ多次元の生命共振なのだ。

 

 

 

 

 2011年8月29日

バルドーからの贈り物

ヒマラヤを出てからたまたま陥ったバルドーを浮遊する状態のまま、生きている。
瀕死や臨死を通り越して、自分がもはやここにいないものとしてあらゆるものを眺めている。
すると、思わぬ気づきがつぎつぎと立ち現れてきた。
もっとも大きなことは自分が起こした過ちがすべて自分の小さな自我が
無意識裡に立ち上がって引き起こしたものだということが透けて見えてきたことだ。
これはバルドー状態からの予期せぬ大きな贈り物であった。
毎年一度か二度いつも生徒に対して否定的な評言をしたり、叱ったり、突き放したりしてしまうことが起こる。
それによって生徒の自我の反逆反応を引き出して、もつれてしまう。
意識状態では、だが、それが自分の無意識の自我が引き起こしたものだということが見えず、
自我特有の習性で、問題は相手にある、相手の落ち度だという物語を作って解釈してしまう。
今年も、フェスティバル直前の週になって、各自が自分の作品の創造のまえに
それぞれの深淵(アビス)へ導く調体をするよう言ったにもかかわらず、
生徒の一人がそれをまったく無視して、身体気象から借りてきた
大きく動く物理的な調体をはじめてしまったことがあった。
アビス調体とは、それぞれのサブボディの関わる背後世界へ降りていくものだ。
その生徒は彼自身の悪夢(原生夢)をもとに踊りを創っていたので、
その夢が立ち現れてくる深淵のなかに、他の生徒を導き入れてその悪夢の世界を共有することで
はじめてその固有の世界を共創することができるというものだ。
だが、おそらくそれをうまく伝えることができていなかったのだ。
わたしもはじめはそのエクササイズに参加したのだが、睡眠不足が続いている衰弱したからだには
走り続けることは激しすぎてすぐ疲れてしまい、その練習から身を引いた。
そのとき、からだの疲れとともに、なにか否定的な情動が立ちのぼり、わたしを支配していたようだ。
疲れたからだにわたしの中に眠っていた小さな自我が目を覚まし、
「ほれ見ろ、わたしのいうことを無視したから、きみのからだは微細なクオリアに耳をすますことが出来ず
粗大なダンスに終わってしまった。
参加した他の生徒もきみの夢の深淵を共有できず、与えられた振りをこなすだけに終わってしまったではないか。
というような意味の否定的な評言をぶちかましてしまったことがあった。
おそらく、わたしの指摘は当たっていたのだが、言い方が自我に侵された否定的なニュアンスに満ちていた。
他の自我からくる否定的な圧力に対して自我はかならず自己防衛反応からくる闘争的な反応で応えるものだ。
その生徒が期末に書いたフィードバックは、その闘争的な反応に満ちていた。
とても不愉快なものだったので、わたしはすぐには反応せず時を持った。
そして、その後バルドー状態で2ヶ月浮遊するなかで、それらの否定的な自体のすべてが
産婆としてのわたしが自分の自我をよくコントロールできていなかったことから引き起こされたものだという
かすかなつながりが透けて見えてきた。
それまでは、同様の自体が起こっても、私にはどうにもするすべがなく、
どう解決すればいいのかも見えなかった。
何が起こっていたのかさえも十分につかむことが出来なかった。
この一件をきっかけに、それまで犯してきた過ちもすべてわたしの見えない自我の発現から
起こっていたことが分かってきた。
これがバルドー状態がもらたした思わぬ福音だった。
今年の後期はインドビザのトラブルで、わたしのヒマラヤへの期間が開校より3週間も遅れることになってしまった。
その3週間は古い生徒にわたしに代わって、毎日の授業をガイドするように頼んだ。
それは産婆コースに進んでいる長期生にとってまたとない訓練のチャンスとなるだろう。
そしてそれらの長期生に、このわたしの経験を伝えよう。
ただ、わたしの場合、予期しないまま勝手にからだがバルドー状態に陥ってしまったので、
どうすればバルドー状態に入ることができるのかが、まだ十分につかめていない。
ギリシャでも最後の週に、このバルドー調体を試してみたが、
参加して1ヶ月やそこらのワークショップ参加者には通じなかったようだ。
バルドー調体技法を確立すること、これがこれからの大きな課題になる。
それは「死者の技法」を深めるために欠かせぬ環となる。
私たちにはまだまだ学ばねばならないことで満ちている。
チベット仏教をはじめとする密教系の仏教にはこれらの秘儀が隠されているだろう。
千日間山岳を駆けまわる「千日廻行」はそれに違いない。
たまたまギリシャに携えてきた哲学者古東哲明の『他界からのまなざし』や、
『現代思想としてのギリシャ哲学』には、プラトンが体験した擬死行の儀式「エレウシスの密議」もまた
生きながらの死を経て、再びこの世の生に戻ってくるものであったようだ。
ただ、密議の詳細は不明であるという。
だが、儀式の詳細はどうでもよい。
わたしにとっては、一回限りの儀式ではなく、死ぬまでバルドー状態を続けることが
もっとも大事なことのように思われる。
サブボディの産婆にとっては、日々の実践が自我を殺し、
自己を消滅させる「エレウシスの密議」そのものであり、「千日廻行」であるからだ。
その過程では一瞬一瞬、無数の予期せぬことが起こる。
それにただただ身を滅して接することだけが重要だ。
自分を無にし、死のがわに置かない限り、サブボディの誕生に対応できない。
これまで何度生徒の生まれかけているサブボディの流産に立ち会ったことか。
生死のゆらぎの否応無さに比べれば、個人の努力など無に等しい。
だが、私達には日々切羽詰まった自我との闘いを続けていく以外ないのだ。
自我はおそらく他の元型同様からだの闇の不可視の深淵から音もなく立ち現れてくる、
必竟、現代最強の元型である。
それは現代に残るもうひとつの最大の元型、国家と一対をなしている。
この謎を解くことこそ、生きることなのだ。















 2011年8月21日

他界からのまなざしで生命を見る

スイスからギリシャに来て、3週間が過ぎた。
依然バルドーの旅は続いている。
アンジェリキが、丘の上の一軒家を用意してくれたので、
ワークショップ以外の時間はとても静かに過ごすことができる。
シーロスは小島なので、丘の上に登ると海上から上る朝日も日没も、月の出も月の入りも
一箇所から見ることができる。
こんな経験はインド南端の岬に立ったとき以来だ。
わたしは海の近くで育ったが、家からは海は見えず、
いつも夕日を見るために海辺まで通って眺めていた。
だがここではベランダから一日海を見下ろすことができる。
まるでソラリスに来たような気分だ。
わたしはすでに死んだ世界にいて、そこから海を眺めている。
海は不思議な生命のようにも見えてくる。
ギリシャでのワークショップの期間は一ヶ月だが、
3週目になって半分以上の参加者が入れ替わって新しい人が入ってきた。
みんな熱心に学ぼうとしているのだが、思考を止めることの意義は短期間ではなかなか腑に落ちない。
いくら、喋らないことがただひとつの規則だと言っても、
ギリシャ人たちはすぐ無意識裡に言葉を発してしまう。
その度に鎮まっているわたしの生命がかき乱される。
おしゃべり止め、内的な思考と言語を止める、サブボディになる調体がまたいちから出直しになる。

いったいなぜ言語思考を止めることが必要なのだろうか。

わたしは自分がいま陥っているバルドーの境位に参加者たちを導くことにした。
陥っているというと語弊がある。
このバルドー状態が始まったのは、ダラムサラを後に汽車の駅迄時間の車の中で、
眼覆いと耳栓をして、座席のシートを倒して走っているときだった。
光も音も遮断された見知らぬ時空を、横たわって静かに滑るように運ばれていた。
何処へ行くのだろうか。
2週間に渡った舞踏祭の間は殆ど眠れなかったので極限まで疲れきってほとんど生気のない心身にとって、
これは長い死出の旅の始まりなのだと感じられた。
それがスイスについて古く美しいジュネーブの街を歩いているときも、
山中のワークショップで生徒のからだから出てくるサブボディを見ているときも、
それが続いた。
私自身はもうこの生きた世界に属していない。
どこか草葉の陰のような異界からそれを眺めている。
すると、目に入り耳に入るどんなことも、まばゆい生命共振であることが
透けて見えてきた。
生命が感じているクオリアの無限の豊かさ、
どんな小さなこともどんなにまばゆいことなのかが痛いほど感じられる。
わたしはたまたま陥ったこの状態をすすんで受け入れた。
他界からの死のまなざしでこの生きた世界を眺めることによってだけ、
生命の感じているかすかなクオリアの無限の豊かさを感じ取ることができる。
ようやくこの境位がどんなものかが、からだに入ってきた。
日々の生活をすべてこの状態で過ごすこと。
長いその経験のはてに他界からのまなざしがからだに沁み込んでくる。
最後の週となった、来週は、この死んだ世界に自分の身をおく深い瞑想からはじめよう。
ふるえやゆらぎの調体からはじめ、やがてふるえもゆらぎも止まって、死んだからだになる。
その死の世界からのまなざし出、生きたこの世界を眺める。
するとごくごく微細な生命の震えの中にいかに豊かな階調があり、
まばゆいバリエーションに満ちているかが感じられる。
その微細なゆらぎに従いほんの少し増幅するだけで無限の踊りが生まれてくる。
これがサブボディメソッドの根幹だ。
土方巽もまた、そこから彼の最後の舞踏をはじめた。
「静かな家」の探求のなかで土方の舞踏技法とサブボディ技法がひとつになった。
これこそが晩年の土方が求め続けた「生命の呼称で呼びうる舞踏」なのだ。
短期で身に付くものではないが、これこそがもっとも大事なことであることだけは
受け取ってもらわないと、ワークショップに参加した意味がない。
そこからどんなサブボディが出てくるか、それを創造にいかにつなぐかは
ほぼワークショップで伝えることができた。
アンジェリキたちが一年のクラスで引き継いでくれるだろう。
あとは本人たちの精進次第だ。










2011年8月20
 
いかに花を咲かせるか



土方もまた生涯をかけて舞踏の花を追求した男だ。
土方巽の最後のソロのための覚え書『静かな家』には、
数多くの花の咲かせ方の技法が詰まっている。

『静かな家』は大まかに分けると、第1節が舞踏譜の精髄、第2節が最重要点の自注、
第3節から11節までが具体的な振付を短いシークエンスに分けて記している。
第12節から19節までが個別的な花の咲かせ方と踊りの秘密、踊りの血液の通し方、
第20節から最後の27節が、すべてを統合した<急>部分の振り付けのための覚え書となっている。
ここでは第12節から19節の個別技法を取り出してみよう。

 

瞬間の花


12 崩れる

   叫びと少女―くずれてゆく前のふるえ


これは舞踏において、<ため>と呼ばれている伝統的な技法だ。
いきなり崩れては、ただ物理的な崩れにしかならない。
崩れるためには崩れる必然性が要る。
その必然性を踊り手と観客が共振し、共有する技法が<ため>である。
舞踏者は、崩れる前にからだの闇に崩れていくさきがけとなるふるえを見出す。
そのふるえが、かすかな内的な叫びとなってからだに現れ、
舞踏者の内的な変化に観客が共振して一体となるまで待つ。
その一体となった最適の瞬間に崩れが起こると、観客の生命もまたともに崩れる。
踊り手と観客が一体化して崩れるとき、その崩れは<花>となりうるのだ。

転換の花

16 場所を変えることの難しさ

 

    体こそ踊り場であろう。手の踊り場、尻の踊り場、肘の裏の踊り場等。

    この場所が持つ深淵は、この踊り場にはさまってくるものを克服し、

    からみつかせる事により成立する。

    例えば、柳田家があり、柳田家の庭にクジャクがいるという事をたいへんに

    貴重なものであるという発見をする。

    また、カン工場という場所は、私にとってなつかしい粉末というものによって

    語られる。

    それらが踊る際の血液になっているのだ


舞踏におけるあらゆる転換もまた踊り手と観客が共振して一体となるとき<花>となる。
からだの踊り場の転換、手から尻へ、肘の裏への転換が観客の胸に「ハッ」とする震えをもたらすことがある。
舞踏者にとってからだの各部が踊り場である。
各踊り場には古い記憶やトラウマが詰まっている。
その体験はそれぞれの深淵につながっている。
舞踏者はその体の各部に絡みついているクオリアに囚われるのではなく、
そのクオリアをよじり返して創造に転化する。
そのよじれ返しのクオリアに観客もまた共振によって巻き込まれるとき、
その生命共振が<花>となる。
からだの踊り場の転換だけではない。
速度の転換、からだのサイズの転換、からだがまとうクオリアの次元数の転換、
少女のからだに、悪事の計画が忍び込み、からだの輪郭がけものじみていくとき、
転換が最適の序破急において行われれば、その変化に観客は吸い込まれる。
木と牛のキメラから、無数のキメラへの転換を経てついに無数のクオリアをまとう巣として突っ立つとき、
その転換が<花>となる。
<花>とは、生命がはっと震えて、吸い込まれていく生命共振現象なのだ。
土方は知人の柳田家の庭に思わぬクジャクに遭遇したとき、生命が震えたのだ。
この震えこそ、<花>である。
土方は踊りのここかしこにこの生命が震える瞬間を埋め込んだ。
ただふるえ、ゆらいでいるだけのように見える土方のからだが
底しれぬ引きつける力を持っているのは、こういう小さな花が散りばめられているからである。
それはまた「カン工場」という生きたクオリアの記憶を踊りの血液として
からだに通しているからである。
これについては、<秘密>あるいは<血液>の項でふたたび触れることになるだろう。

密度の花

 

9 (鏡の裏)

 

鏡の裏―光の壁

 密度を運ぶ自在さの中には、めまいや震えや花影のゆれがひそんでいる。


X還元とその再生の技法を使えば、からだの密度を自在に運ぶことができる。
還元とは単純化して言えば何かを差っ引くことである。
Xにはどんなものも代入することができる。
人間のからだから固体性を還元すれば(差し引けば)、液状化して密度が低くなる。
さらに液体性をも差し引けば、気化して、もっとも密度の低い気化体になる。
それらを再生すれば(もとに戻せば)、気体から液体、固体へと自在に密度を高めることができる。

19 (関節の小箱)

    関節の小箱―ハンス・ベルメール―武将―王女―虎

 

ひとのからだが小さな箱に詰め込まれていけば、もっとも密度の高いボトム体に変幻する。
また、からだ全体ではなく、からだの部分の密度が最適のタイミングで高まっていけば、
そのからだの踊り場が焦点を集める<花>となる。
次項の「メスカリン手」や「手ぼけのラカンに虫がつく」にみられるように。

4 メスカリン手

 

 この手が持つ問題は次第にはっきりするだろう。
(25-27節を見よ。また第10節にも詳述されている。)


10 (メスカリン)

 

 手の恋愛と頭蓋のなかの模写は断絶してつながっている。

指さきの尖たんにメスカリン注射がうたれる。

そこには小さな花や小さな顔が生まれる。

細い細い糸のあみ物、無窮道のあみの目、

炎を吐く鳥とこっけいな熊が、ゆらゆらと狂王に従う。

そのさなかに頭部がいまひとつのゆくえを追っているのだ。

 全てのマチエールは背後によってささえられている。

複眼と重層化は混濁し一体のものとなる


自我肥大によって荒れ狂う狂王の指先に、メスカリン注射がうたれる。
これは次項の「手ぼけのラカンに虫が這う」同様、クオリアの重層化によって
密度の強度を高めている。
クオリアの重層化が進み、ひとつのからだが複数のクオリアをまとう
キメラの世界へいざなわれていく。


17 (羅漢)

    手ぼけの羅漢に虫がつく―小さな花―糸―貝―はかり

 

手ぼけのラカンは、すでに抑えようのないふるえにとりつかれている。
その上にさらに虫が這う。
ふるえは捉えようもなく複雑玄妙に変幻し密度を深めていく。
これもまた密度の<花>の技法である。
密度を自在に運び、捉えどころのないものに変容すること。
じょじょに花と謎と秘密の境界が消え、混然一体化する。
これこそ、<花>のなかの<花>、<急の花>である。
これは、第25節から27節にかけて、じょじょに明らかになるだろう。
だが、その前に、踊りにいかに<秘密>を潜め、
深い<謎>の世界にいざなっていくかを学ぶ必要がある。


(この項は、「美とはなにか」に収録しました。)

「美とはなにか」をもっと読む

 

舞踏祭の終わりのバルドー体験

20113


舞踏祭最終日は恒例のチベッタン障害者施設ニントブリンを訪れて、
子供たちとダンサー、参加者が生命共振の喜びを共にすることで終わった。

去年の最終日には、帰りのバスの中で
「今日が死ぬにはもってこいの日だ」と感じた。
公演数が去年の5から20公演以上に増えた今年は、
それ以上のところへ転がり落ちた。
すでに生死の境を越えかけるほど疲労と睡眠不足が溜まっていたらしく、
ニントブリンに付いたとたん、会場になるお寺の仏像の裏の暗がりで
死んだように眠りこんでしまった。
子供たちとダンサーがお寺の本堂で踊り、歌い、歓声を上げて楽しんでいる様子を耳にしながら
まったく反応できない自分のからだは、あたかもチベット仏教でいう
バルドーという生死の間の時空を漂っているかのように感じた。
去年より一歩死のそばに近づいたようだ。
からだがもう動こうとしないバルドー域に近づいて、
生死の境の巨大なギャップを味わっていると、
生きていた頃に囚われていた、「もっといいやり方を追求する」とか
「何をやり残しているか」とかというこだわりが、まったく消え落ちてしまうことを知った。
死んでどんなクオリアとも共振できなくなることを思えば、
生きてわずかなぬくもりや物音が感じられる生命のいとおしさを
ただただいくつしむようになる。

これまでも何度も生死の淵を体験してきたが、ことあるごとに異なる。
ネパールのヒマラヤで一晩に何万発もの雷に遭遇したときは
これまでの人生の記憶が次から次へと現れて消えた。
学生時代の乱闘で後頭部を棍棒で殴られて意識はあるのにからだがピクリとも動かなくなったときは、
その姿を上空から眺めている臨死体験によくある離魂を体験した。
踊りの高揚の中で、自分が自分でなくなり、ピュアな生命の透明な共振を体験できることもある。

バルドーにはじつにさまざまな様相があるのだ。
慣れてくれば、生と死の境は単純なオン・オフで分かたれるのではなく
実に味わい深いクオリアの旅からなることが分かってくる。
このすべてを体験しながら死んでいくのはなかなかいいものだ。
「死者」となり、他界からのまなざしで踊るとは
こういう限り無く豊かなクオリアを生きることなのだ。



 

キメラ域から生命の深淵へ

201163


今年の共振塾もいよいよ、前期最後の月を迎える。

6月最後の二週間は22公演が続く第二回ヒマラヤ舞踏祭だ。

生徒の創造も最期の段階にはいる。

これまでの調体、探体、創体のプロセスで、

各生徒のからだの闇からほぼ一時間前後の豊かな踊りが生み出されてきた。

ソロやデュオ、トリオ、コーボディの群舞などをあわせもつ多彩で総合的な作品になりつつある。

だが、ここまではまだ意識によって構成された部分が大きい。

この意識によって構成された踊りの全体を生命の踊りにそぎ落とし、磨き上げていく。

これが最後の創造月間の作業だ。
自我や自己を生命が喰い破っていく。

毎朝の調体も、学期が始まった頃の意識を鎮めるベーシックな調体から、

先週あたりからは、からだの闇の中のさまざまな傾向やサブボディのすべてを開く

キメラ調体に深まってきている。
生徒各自が様々な傾向を同時に体の各部に入れるキメラ調体を工夫してきた。

最後の段階では、ミンデルのプロセスワークに従って、

それぞれの生命のエッセンスの域に降りていく。

そこは自他分化以前の非二元の世界だ。
土方はその世界を沈理の世界と呼んだ。
静かな家の舞踏譜では、下記のようなさまざまな呼称で呼ばれている。
赤い神様
背後世界
鏡の裏
死者
魂と精神
無窮道
深淵図

これら全ては、自他分化以前の沈理の世界の別名である。
信じられないあらゆることが平気で起こる。

生命の謎と秘密と叡智に満ちている。

来週からは生徒一人ひとりが毎日ひとりあるいは二人ずつ

それぞれの深淵にいざなっていくアビス調体を行い、

自分固有の無窮道、深淵図にガイドする。

そこがどんな奇妙な布置を持っている世界なのか、

他の生徒も生命で共振できるようになってきている。

この必須の過程を経ていよいよ踊りが

生命の舞踏になっていく。

とうとうわたしたちは生命の舞踏に至る坑道を掘り抜いたのだ。

11人の世界各国から集まった11人の生徒によって、

そんなとんでもない所へ降りていくのは共振塾始まって以来はじめてのことだ。

おそらく世界でもはじめての実験である。

ここからさき、なにが起こるか分からない。

多くの生徒の生命は創造の喜びにたけりたっているが、

同時に無数の予期せぬ出来事に見舞われ続ける。
未知の世界に降りていくことを銘記し、用心しなければならない。

眠れない夜が続き、無数の妄想がたかりにくる。

思いがけないことが次々と起こる。
死者に遭遇したり、部屋のハエとの乱闘が起こったり、

まかり間違えば生死に関わる事態にも繋がる。

それに全員で堪えぬかねば、22公演も続く舞踏祭は完成しない。

細心の注意でそろそろと降りていく。

この11人で行うのはこれが最初で最後。

一期一会の生命の深淵に至る坑道探索だ。


 

クオリアの重合と跳梁

2011517


『静かな家』を一節ごとからだで読み解く日が続いている。
中盤の8節、9節、10節になってくると、
密度を運ぶという、からだの闇の新しい歩き方が出てくる。
気化した密度の薄いからだから、液化したり、固化したり、箱に詰められたり、
いくつものクオリアを重合するキメラになったりと、
縦横無尽にジャンプし、囲いを飛び越えて跋扈し、
かと思えば無数のクオリアを一身にまとって重合したからだに変成する。
こういうことがさりげなくいとも簡単にできるからだにならなければならない。
自己や自我を脱ぎ、身軽な死者にならなければとてもやっていけない。
今日はキメラに取り組んだ。
生徒たちは自分で二つ、三つのクオリア選んで身にまとった。
最初にであったキメラ体は、その人にとって宿命的ななにごとかである。
ここからさらにクオリアの重合と跳梁が始まっていく。



 

10億年前の共振革命

2011514


生命は40億年前の誕生以来、30億年間は単細胞生物だった。

わずか10億年前に単細胞間の新しい共振方法が発明され、多細胞時代が始まった。

この多細胞生物を生み出した多様な共振パターンの発明は、

おそらく生命史上、三番目の大発明であった。

 

1.酸素呼吸の発明

 

一つ目の大発明はプロテオバクテリアによる酸素呼吸の発明であった。

プロテオバクテリアは他の細胞に喰われてもその細胞内で生き続けることができ、

次第に細胞内共生の方法を編み出し、現在のミトコンドリアに変成して

細胞内共生という新しい共振パターンを発見することによって

地球上の多くの細胞がそれまで大敵だった酸素ガスとの共振方法を身につけるという革命だった。

これによってそれまで地底や深海底に極限されていた生命の生存領域が

浅い海中や地表にまで拡大することができたのだ。

 

2.光合成の発明

 

第二の革命は、シアノバクテリアによる光合成の発明だった。

これによってシアノバクテリアは太陽光のエネルギーを使って

大気中の炭酸ガスから体の成分となる炭水化物を合成するという

画期的な生存方法が発明された。

それまでの原生動物細胞のように他の細胞を喰わなくても生きて行けるようになったのだ。

この発明もまた、シアノバクテリアが他の細胞内でクロロフィルとして共生することによって

すべての植物細胞が光合成という共振パターンを身につけることができた。

 

3.細胞間共振の発明

 

これらの大発明に続く生命史上第三の大発明が、細胞間の多彩な共振方法の発明だった。

これによって、単細胞から群体細胞の段階を経て、多細胞生物が生まれた。

この大発明は、単細胞から多細胞に移る前に群体細胞という、

単細胞が群れになって共に生きる共振パターンの発見から始まった。

最初は二つとか四つとかの細胞が共に生きる方法を見出した。

そしてじょじょに共振する細胞数を増加し、ついには

群体細胞の細胞間の多彩な役割分担が生まれてきた。

それが多細胞生物の出現となった。

 

外側の細胞群が表皮になり、

内側が最初の内臓である原腸となり、

中間部が体組織となった。

 

さらに外側の表皮から、脳や神経が分化し、

腸はさまざまな内臓に分化して行った。

体組織から筋肉や骨格、血液が分化し多様化を進めて行った。

この多様化の無限進化によって、

今日の多細胞生物が持つ超複雑な共振パターンが獲得されてきた。

 

4.生命の共振力の爆発的増大を学ぶ

 

共振塾では常に生命から40億年の叡智を学んでいる。

毎朝の生命の呼吸を通じて生命が絶えず無数の多次元的なクオリアと

共振していることをからだで学んできた。

そしてからだの闇に眠る原生生物時代から続く原始的な傾向に耳を澄まし、

動けないクオリアや、動かされるクオリア、

ゆっくり少しずつしか動けないクオリアなどを学んできた。

細胞生命間で起こっている微細な生命共振を学ぶことで

指圧の極意や、さまざまな群体細胞のようなコーボディに変成できることを学んだ。

 

現在の共振塾は、群体細胞から、多細胞生物が生み出される直前の段階から

多彩な共振方法の爆発的増大を学んでいる段階だといえよう。

 

細胞の役割が固定化されていない群体細胞の段階から、

細胞の役割が固定される多細胞生物への移行期こそ、

各細胞が無限に多彩な共振力を身につけ、

からだのどこの部分にもなれるフレキシブルな力を身につけていった時代だ。

 

自分が司令塔だ、脳髄だと自認する振付家やディレクターや指導者の存在なしに

生命はもっとうまくやっていくことができる。
人間社会は国家や政治なしにやっていくことができる。
自我や自己を消せば、生命共振だけでもっとうまくやっていけるのだ。

それは欺瞞に満ちたデモクラシーに変わってリゾクラシ-と呼ばれるだろう。
その雛形が今ここで生まれつつある。

出てくるものもすさまじく多彩で創造的だ。

この段階の生命共振方法の爆発から学ぶことは限りなく大きい。

現代の社会は人間が生命を忘れてしまった時代だ。

生命から共振を学ぶこと。

共振塾はそのために存在する。

 

創造は共振によって爆発する

2011513


今年ははじめから生徒の生命と生命の共振を媒介することを心がけてきた。

自我や自己を捨てると、気持ち良い生命と生命の共振が起こることを

生徒は学んできた。

二ヶ月それを経験してきた生徒たちの間で、創造が爆発し始めてきた。

自分のサブボディを深めるだけではなく、それを踊る場としての世界を

お互いにコーボディで創り出せることを知ったからだ。

先週も今週もそれぞれの生徒は自分が踊りたい世界をわずか5分で説明し、

15分のコーボディ練習で世界を共創しあった。

とくに自分の命が世界との間でねじれた体感を踊りにした。

固有性はあるが、世界とのねじれやよじれは全員が体験していることだから、

難しい説明はいらないのだ。

お互いに相手が求めているものが何であるか、

すぐに動きで応えることができるからだになっている。

これがコーボディという共有財産なのだ。

すると、とんでもなくユニークな世界がつぎつぎと現れてきた。

 

・人と人がはねのけあう孤独な惑星

・福島、ボンアムール

・からだに頭をぎゅうぎゅう押し付けられる

・紫の気体

・虫と鳥にたかられる

・チャパティのようにこねられる

・おじいさんの最後の勃起の夢

・病んだ犬に食いつかれる

・不自然な視線を浴びせられる

・魔術師に刀を差し込まれる

・わめきながら石を投げられる

・サイレントシャウトの子守唄

 

互いに共振するコーボディという共有財産を自由に使って
誰もが自分が踊りたかった世界を創ることができるようになった。

この豊かさは計り知れない。
固定した振付家の存在が消え、
12人全員が創造的な振付家兼踊り手になるという
20年近く前に夢に描いたコレオダンサー集団がとうとう現出したことになる。
踊りの世界から特権的な振付家の存在を無くしてもやって行ける方法を見出すということは、
社会から国家指導者や政治家を無くしてもやっていける方法の雛形を見出したということなのだ。
20年前にはそレを実現する鍵が自我や自己を消した生命共振であることがみえていなかった。
創造力が爆発的に解放されると、予想外のことが次々起こる

共振や伝染が電光石火のように走り、独創を加速する。

ソロあり、デュオあり、群れの動きありの多彩な踊りがどんどん出てくるようになった。

わずか二ヶ月で全員が20分の多彩な作品を創り出した。
想定外の発展の速度に毎週末のサブボディコーボディ劇場が
時間超過にならないように調整するのがとても難しくなった。

たとえはとても不適切だが、まるで創造力が共振によって暴走しだした原発を
12個も抱えているかのような、福島以上の大変な事態なのだ。

しかもすべて濃い情念やモチーフに貫かれている。

あと2ヶ月続けるとこれらはみな60分の踊りに成長するだろう。

去年も一昨年も一年かかったことが、今年は半年で実現しそうだ。

すると今年の後半は確実に未知の創造域へ入ることができる。

何が起こるか分からないのがからだの闇だから、

用心するに越したことはないが、

用心しつつもわくわくが止まらない。


 
国家による殺人の正当化という魔
2011年5月8

アメリカ国家がとうとうビンラディンを殺した。
生命として胸が潰れる思いでそれを受け止めた。
この一週間胸がふさがったまま過ごした。
その殺人を指令したアメリカ合衆国大統領の支持率が上がったという。
彼ら国家中枢の人物たちはそれをリアルタイムの中継テレビで観戦していた。
まるで闘牛場でなぶり殺しに逢う牛の死を楽しむかのように
彼らはその瞬間歓声を上げた。
そして多くのアメリカ国民がそれを支持している。
批判する声どころか、かすかにいぶかる声さえ聞こえてこない。
戦時中の日本以上の完全情報管制。
これは恐ろしく凄まじいことではないか。
国家が一丸となってひとりの外国人に対する殺人を共有した。
たった一人殺すも、百万人殺すも国家による殺人が正当化されることは
国家という幻想の共同性によって遂行される現代最大の暴力としての戦争が
アメリカ国民によって支持されているということだ。
それが彼らのヒューマニズムだ。
自国民しか人間だと認めない恐ろしく狭い料簡に囚われた人間観だ。
暴力で他の生命の生死を支配できると信じることほど野蛮なことはない。
国家という魔物に囚われた人間は太古以来いつもこうなってきた。
ヒューマニズムという名のもとに野蛮な暴力を振るい続ける国家の共同幻想に喰われてしまうのだ。
国家による暴力を人間のエゴが支えている。
そういう『人間』と国家を同時に脱がなければならない時がやってきているというのに
まだ気づかない人が多い。
人類はもう国家のような魔物に囚われていてはいけないのだ。
ヒマラヤの山奥からあえてか細い声を届け続ける。
わたしが言わなければみんな黙ったままだとは、
なんという世の中になってしまったのだ。


 
生命の歪(ひず)みと歪み返し
2011427

生命はこれまでの40億年の生命史のなかで、
無数のうまく共振できないクオリアに出くわしてきた。
生まれたばかりの生命にとって周りはすべて死の世界であり、
まだどう共振していいか知らないものに満ちていた。
それらのうまく共振できないものとのクオリアは、
生命にとって危険な、あるいは危険や歪みを及ぼす可能性のあるクオリアとして
深く生命記憶として刻み込まれてきた。
これらを歪(ひず)みあるいはよじれのオリアという。
私たちの個別生命がうまく共振できないものと出会うとき、
そのクオリアは遠く40億年前から保存されている歪みの内クオリアと共振して、
何が共通していて何が異なるのかが感知される。
そして異なる部分は新しい歪みクオリアとして生命に刻印される。
生命はこれらうまく共振できないクオリアに出会ったとき、
ひらすらう待つ。うまく共振できる方法がみつかるまで待ち続ける。
発生当初の生命は、酸素ガスにであったとき、まったくうまく共振できなかった。
それが持つ強力な酸化力に触れるとたちまち生命は損壊してしまうからだ。
生命はひたすら待ち続けた。
そして、3億年前になってようやくプロテオバクテリアが
酸素呼吸の仕方を発明した。
その大発明はそれ以後瞬く間にほとんどの細胞と
細胞内共生の仕方を見つけ取り込まれた。
それが今日の細胞内の呼吸器官、ミトコンドリアとなった。
このように生命の戦略は待ち続けることなのだ。
わたしたちのからだの闇にも、これまでうまい共振の仕方を見つけられずに
待ち続けている歪みクオリアが無数に存在している。
それを見つけ、どんなふうに歪みを打ち返したいのか生命に耳を澄ます。
どのようにか、打ち返したいというごくごく微細な傾向性が感じられるときがある。
それを見つけたらその傾向性に従いからだごと乗り込み何らかの動きにまで増幅する。
それが生命の受けた歪みと歪みの打ち返しとしての歪み返しになる。
歪み返しこそ生命にとってののっぴきならない創造なのだ。

深い踊りは皆この生命の歪み返しとして出てくる。
土方の踊りも、彼の死んだ姉さんが、戦時中の日本国家の圧力で
秋田を離れはるばる神戸まで行って身を売る娼婦にまで生命をねじられた
それに対する生命の打ち返しとして土方の『静かな家』という舞踏創造が生まれた。
大野一雄の舞踏も戦争で死んだ仲間の命に共振するクラゲの踊りとして生まれた。
それも不遇の死を死なねばならなかった戦友の生命が受けた歪みへの
生命の打ち返しとしての創造だったのだ。
踊らねばならない踊りとはみな生命が受けた何らかの歪みと
それへの打ち返しとしての歪み返しとしての生命の創造なのだ。
からだの闇を探れば誰のからだにも、無数の歪みのクオリアが詰まっている。
それを見つけ精密に解いていくこと。
多次元的な歪み返しのクオリアを重層的に身にまとっていくこと。
それが生命の舞踏を磨き上げる長い修練になる。
土方の『静かな家』の舞踏譜とは、その生命の歪み返しのテクニックの集大成である。
それは土方が志向した『生命の舞踏』への奥義が記された秘伝書なのだ。
十二年の研究の末にとうとうそれが分かってきた。
頭で呼んでいるうちは何もつかむことができなかった。
ここ数年、すこしずつ生徒と共にそれをからだで読み、
踊りの創造に活かす実践的な実験を積み重ねることができたからだ。
すべての生徒に感謝する。
わたしたちはとうとうとんでもない創造の宝庫に出会ったのだ。


 

土方の三

2011427


時々、思いがけぬところに三を発見する。

土方の「静かな家 覚書き」の第一節 赤い神様にも

多くの三が登場することに気づいた。
三とは二元論への囚われから脱却するためのてがかりである。

 

もっとも重要なのは、

全体と部分とディテールの三だ。

 

乞食・・・全体像

猫の腰・・・部分的な動き

額を走る細い蜘蛛の糸・・・微細なデティールのクオリア

 

この三つをバランスよく管理することで、

あの土方のあたかも全身が無数の微細な動きで管理されているかのような

独特の身体管理法が出来上がっている。

この三は土方マジックの隠された秘密なのだ。

 

何十年も土方の衰弱体の不思議を見つめているうちに

ようやくその秘密の技法に気づくことができた。
最初に土方の動きを見たときは、
ただからだの各部がランダムにゆらいでいるとしか見えなかった。
だが、どうもでたらめに揺り動かしているのではなさそうだと徐々に分かってくる。
そのあたりから、土方の衰弱体の秘密に引きこまれていく。

そしてようやく、静かな家の第一節にその秘密が開示されていることを解読した。
額を走るクモ糸と、乞食と、猫の腰はただ思いつくままに並べられているのではない。
土方は彼の沈理である三をここに秘めていたのだ。
土方が独特の三を駆使する達人であることは
この舞踏譜を最後までたどればさらに驚くべき事実とともに分かってくる。

しかしそれは、自分自身が自他二元に引き裂かれた現実の人間を
必死で脱ごうとしなければ決して見えてこないことなのだ。

 

今日はこの全体、部分、細部という三層の管理技法の習得を軸に、

床の顔という地に、サケの顔という図が最適のタイミングで出てくる序破急を探った。

それだけで五つの要素を管理することになる。

さらに、最後には雨の中で悪事を計画する少女が、

その悪事を隠しつつも悪事を計画している秘密を垣間見せるという

前向きのからだと後ろ向きのからだの逆説をも配分して踊った。

それで都合七つの要素を管理して踊ることになった。

初日早々から七つの要素を管理するのは生徒にとって大変だったろうが、

これくらいの多次元的要素を管理できるようにならないと

土方の舞踏の深みには至れない。

 

三は多次元へ至る坑口なのだ。

三にこだわることなく、三から五へ、五から七へ。

七まで来るとようやく多次元らしくなってくる。

 

 

 

 

異世界を共創する群れ

2011年4月18日


日常体にとって、からだの闇の無意識や下意識はもとより異界である。

日常意識にとって無意識は存在しない。

それが存在することも知らねば、交流することもない。

そういう解離され断絶されたあり方を無意識と呼ぶ。

だが、折りにふれ、無意識は顔を出す。夢や身体症状として。

ときに強烈な妄想として神経症・ノイローゼ状態の心身を席巻する。

日頃から無意識や下意識と交流していない日常意識は

どこか外部から自分が襲われていると感じ恐怖に包まれる。

夢も身体症状も妄想もすべてからだの闇から立ち上ってくるものに他ならないのに。

日頃から瞑想や夢分析や想像力で下意識と交流しているからだには、

からだの闇は完全に解離された無意識ではなく

なんとか交流可能な下意識として存在する。

そして、そこへからだごと入っていくと、そこでは下意識とからだが別物ではなく、

一つになって変容流動していることがわかる。

それがサブボディである。

生涯、無意識に取り組んだフロイドもユングも学者であり医者であったから、

からだごと下意識のからだに成り込むことはしなかった。

サブボディがたんなる下意識ではなく、からだと下意識が一体となったものであることは

自分の脳心身すべてあげてそれに成り込む以外、知ることはできない。

日常意識は、心身が別物でああるという強い二元論に支配されているので

心身一如という境地があることなど想像もできない。

そんなものは非合理、非論理として頭から退けられているからだ。

 

ゆらぎ瞑想などによって思考と判断を止め、サブボディ状態に成り込むと、

日常世界の論理には囚われない無限の異世界の現象に触れる。

そこは姿形もない生命が感じるクオリアがただ共振している世界だから、

四次元の時空を超えて、ありとあらゆる非合理かつ非論理的なことが起こっている。

それをとりあえず異界と呼んでおく。

人類は600万年前に類人猿から別れて以来、

さまざまな異界を元型や共同幻想として創り上げからだの闇に蓄積してきた。
ユングはそれを集合的無意識と呼んだ。
だがもともと無意識は群れなのだ。

群れの心身がからだの闇の深部に潜んでいる。
わたしはそれをコーボディと名付けた。

もっとも代表的な異界の元型は死者の国である。

他界や黄泉の国として、世界中の民族がその元型をもつ。

アニミズム文化圏では、海の彼方のニライカナイや、地底の黄泉の国、天上の異界などに

八百万の神々のような威力ある元型をはじめとし、

あらゆる精霊、地霊、死霊などが複雑無碍に共振する元型群をなす。

シャーマンやトリックスター、バラモンなどの特殊な人がそれらの元型と交感し、

媒体となる社会的役割をになった。

当初は元型の階層序列化はなく、時代が下がるに従って
人類社会の階層構造
を投影した階級構造が元型の中に忍びこむ。

仏教圏では神や人の圏域のほかに修羅道、畜生道、餓鬼道、修羅道、地獄道の

六道輪廻の元型が生まれた。

西欧キリスト教圏では、神を筆頭に大天使から堕天使、悪魔まで、

元型はより階層秩序的な階級に分かたれた。

僧侶や神学者とは常にその時代の国家権力構造と折り合いをつけつつ、

元型を交通整理し、変形する専門職だった。
だが、もっとも生命に反する事をやったのが彼らだ。
生命には上下の差異や階層性など全くない。
そこに階級を持ち込んで、人間の傲慢で生命を歪めようとしたのが彼らだ。

近代社会では精神医や心理学者やカウンセラー、物理的な投薬を処方する医者などが

かつてのシャーマンや僧侶、神学者に代わって、

日常世界と無意識や元型の住むからだの闇を媒介する役目を引き継いでいる。
だが、僧侶や医師にからだの闇を任せているととんでもないことになる
彼らは生命の非二元かつ多次元共振の論理に従ってではなく、
人間の低次な二元論的判断に従ってからだの闇を操作し変形しようとするからだ。

元型から一緒に解き放たれるために人に関わるのではなく、
宗教や科学などの時代社会の共同幻想や元型に囚われた自分の囚われを
人に押し付けようとするからだ。

 

わたしたちにとってもっとも大事なことは、日常世界とからだの闇の媒介を

人任せにせず、命の声を聴きながら自分で往還できるようになることだ。

それがサブボディメソッドである。
そして、個としてだけではなく、共振する群れとして往還できるようになること。
これがコーボディメソッドだ。
コーボディの群れの動きでさまざまな異界から異界へ、世界変容を生み出せる群れになること。
これがもっともフレキシブルな創造性をもった究極のコーボディのすがただ。
12人のユニークなコーボディの群れが一年間でどこまで創造的な群れになれるか、
今年はそのぎりぎりの可能性を追求できるチャンスだ。
サブボディとコーボディがバランスをとりつつ限り無く高度に変容していく。
「無意識はもともと群れなのだ」とはドゥルーズ=ガタリの言葉である。 

からだの闇で出会う、ゆっくりとうごめく原生体も、奇妙な人格の異貌体も
自在に共振して群れになったり群れから離れてひとりになったりできる。
石のようなボトムや傀儡体、巣窟体が群れに変容すると、動く山や走る森になる。

一と多が、群れと個が、世界と自己が相互変容する異界なのだ。

背後霊や、離魂霊や、祖先霊などとしてやってくる無数の元型も異界の住人である。
そこは絶えず変容しているので数えることができない異数の世界なのだ。

これらの無数の異界と交感できるからだになる。
そっしてそれを自在に創り出すことのできる創造的な群れになる。

精霊や地霊、父母未生以前の自分、とおい生命記憶、妄想の果て、

ありとあらゆる異界を個として、そして群れとして旅してはじめてからだの闇の全貌が分かってくる。

自分の全体と、生命の謎がおぼろげにつかめてくる。

長い旅だ。

一生続く生命への旅をたどること、

それが人間を脱ぎ、サブボディとコーボディを相互変容できる
創造的なリゾーム型の次の人間のあり方を探る生命の旅なのだ。

 

 

生命の共有財産としての
ドリームボディとサブボディ・コーボディ

2011年4月17日


共振塾では長い間、お互いの固有無の中に、コーボディで入っていく授業を続けてきた。
ひとりが自分のもっとも印象深い夢を語り、夢の中の動きをする。
他の生徒は、その夢の世界を群れの動きで一緒に創りながら入っていくというものだ。
当初は、これが誰にでもできるのが不思議だった。
だが、長年やり続けていると、夢のなかの不思議な論理の世界は
人類が共有財産として持っている集合的無意識の世界だから、誰にも共振できることが
なんの不思議でもないことが腑に落ちてきた。
私たちは日常世界とは別の一見不合理、あるいは非論理的な夢の世界をからだの闇に共有している。
そして、むしろその世界こそ生命の住む生命共振の世界なのだ。
土方はそれを「自他分化以前の沈理の関係世界』と呼んで最重要視した。
共振塾とは沈理の世界を行き来する生命の舞踏を学ぶ場所だ。
より正確に言えば、その沈理の世界と、日常論理の世界を自在に行き来しているのが生命だ。
生命の舞踏は、その両方の世界をからだで行き来して、
現代の情報生活が忘れている生命の非二元かつ多次元の無限共振の世界を
この世に届けるものだ。
今週は互いの固有夢の世界を共有し、さらにそこから一歩進んで
互いの踊りが生きる異次元世界をコーボディの群れの動きで創りだす方法を探求しよう。
これができるようになったコーボディの群れほど頼もしい創造性に満ちたものはない。
今年は生命の共振力と創造力を全開する道がどんどん開けていきそうだ。

 

 

微細共振の重層美

2011412


今年は毎日の終わりのサブボディ・コーボディ劇場を

自由共振で行なってきた。

ひとりの踊り手がその日見つけた踊りを踊る。

他の生徒はそれに自由に共振する。

それだけのことを一月続けてきたが、

生徒たちの間で起こる微細な共振がいつのまにか

得も言われず美しくなってきた。

サブボディが深まって味わい深くなったこともある。

深まったサブボディとサブボディが共振すると、さらに味わいが深くなる。
何人もが共振を重層すると深い原生林のような共振が生まれる。
共振の美が無限の可能性を持っていることを確信できるようになってきた。

今年はこの微細共振の美をさらに細分化し、重層化して深め、ぎりぎりまで磨き抜いていこう。

これまで地球上に存在しなかった美が確実に生まれようとしている。
どんな美学の書物にも載っていない美しさだ。
だがおそらくこの微細な生命共振の重層するとらえどころのない美こそ、
生命にとっての美なのだ。

徐々にとてつもない鉱脈に近づいてきたぞ。
ゾクゾクする。




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群れの元型

2011年4月11日


ユングは主に自己元型を探った。

近代の自己というものが人々に定着する以前に、

古代から人々は無限の自己の元型をなぞってきた。

老賢者や翁は精神元型であった。

少年、少女は自己のうちの好奇心に満ちた共振性の元型だ。

英雄やトリックスターという特異な力を示す元型もあった。

逆に影のようなみっともない姿の元型も潜んだ。

 

自己元型は比較的取り出しやすい。

それと対応する形で、世界中のあらゆる民族文化は世界元型をもつ。

ユングは世界元型にあまり注目しなかったが、

天国、地獄という世界元型は世界中の民族に共有されている。

洪水や戦争、天変地異という世界異変の元型も深く人類の心の深層に刻み込まれている。

それは、母胎と一つになっていた胎児体験とも繋がっている。

だが、これら以外に群れの元型が存在する。

戦争や天変地異のなかで人類は否応なく共通の経験に巻き込まれる。

そのなかで元型的な群れの無意識を体験する。

わたしたちが幼い時期は、家族や親族という群れの中で育つ。

家族体験のなかで生命の歴史の中で累積された群れ元型を追体験する。

これらの体験は思い出すこともない遠い集合的無意識の底に沈む。

集合的無意識の内容は元型で出来ていることをユングは発見した。

ユング自身が研究したのは集合的無意識の中で目立って見える図の部分であり、

それが先に上げた自己元型である。

だが、集合的無意識の大部分は図には浮き上がってこない地の部分にある。

そして、集合的無意識の大部分をなす地とは、世界元型や群れの元型なのだ。

それらは家族や親族、というもっとも日常的な無意識的な群れのなかの心の動きや、

戦争や災害などの異変や年に一度の祭りの際にだけ顕在化してくる

非日常な群れとしての心の動きや体の反応なので、どちらも気づきにくい。

だがこれらの群れとしての心身の動きこそ、

集合的無意識のもっともベーシックな地の部分、すなわち大部分をなしているものなのだ。

それは不可視の影のようにからだの闇に沈み込んでいる。

ユングがこれらに注目しなかったのは、

思惟や観察によってはこれらはなかなか捉えられないからだ。

あるいは、西洋の知識人として自己や個を大事なものとして捉える

時代社会の傾性に囚われていたことにもよるだろう。

 

ユングは世界戦争を愚かなことと感じていた。

そしてそれが人類の暗い集合的無意識から出てくるものであることも良く知っていた。

だが、愚かなことと感じたとたん、悲しみが認知を曇らせる。

うまく捉えることができなくなってしまう。

ユングにおいてもこれが起こった。

集合的無意識の中の図だけが浮き上がって見えてきて、

地が沈んでしまってうまく見えなかった。

本当に探求すべき深い闇は世界元型や群れの元型だったというのに。
だが、群れのからだの闇を探求するには、
ユングの深層心理学の方法ではもともと限界があったのかもしれない。

集合的無意識のからだに体ごと成り込む
サブボディ技法のような方法が見つからなければうまく捉えることはできない。

 

ユングが亡くなってからもう何年になるのだろう。

ようやく自己元型だけではなく、世界元型や群れの元型を探求できる時が来た。
ユングはわたしにとって特別の人だ。
かつてからだの闇の旅で溺れて死にそうになったとき、
唯一彼の無意識との対決の体験だけがわたしにとって光明となった。
いわば命の恩人だ。
その恩人に恩返しをすることができる。

私たちが群れの元型の支配力から自らを解き放つために、

まずは群れのからだになり込み、群れの元型を自由自在にまとったり

脱ぎ捨てたりすることができるようにならなければならない。

サブボディとコーボディにからだごとなり込み、

群れのからだやそこから剥がれた個のからだを自在に往還する

サブボディ技法こそがその実験を担うことができる。
とりわけ、今年進展しているノマド劇場は、
群れと個、コーボディとサブボディの間をひっきりなしに往還するものだ。

集合的無意識の深い闇に、生徒全員で潜り込み、

無数の元型と格闘しながら創造を続ける。

一年間の体験を共有する未曽有の実験はいまやっとヒマラヤで始まったばかりだ。

 

人類史上最大の群れの元型である国家の闇にいまだに世界中の人が囚われ、

国家が起こす戦争をいつまでたっても止めることができない現在、

これは人類全体にとっての火急の課題なのだ。

 

 

 


衰弱体の内的必然

2011年4月7日


虫の歩行で土方の衰弱体への変成技法を学ぶ。
だが、衰弱体は単なる身体技法ではない。
生命の必然として衰弱体にならなければならない契機が自分の中に見つからない限り
形だけ習っても形だけに終わる。
もちろん日本の伝統芸能にはまず形から学んで、
その型がからだに滲み込む中でその必然を体得するという
時間がかかる方法があることは知っている。
だがそれは心身の変成とはなんであり、いかに起こるのかが
師自身にさえつかめていなかった時代の話だ。
そんなときはただ師のたどった道をそっくり辿り直す以外に道はない。
だが、土方なき今、誰ひとりとして衰弱体を教えることのできる舞踏家などいなくなった。
土方も衰弱体は誰にも教えることができなかった。
振り写しをしてもらった芦川羊子は衰弱体の内的必然を捉えたのか、捉えなかったのか、
「死を理解するにはわたしは若すぎた」と後年語っている。
日本の第二世代以降の舞踏の世界でも、虫の歩行が衰弱体への変成のテキストであると
読みといて実践した舞踏家には出会ったことがない。
自分の中に衰弱体の必然を掘り続けなければ、
例えば『虫の歩行』のような衰弱体への変成のテキストを手にしても
痒さが昂進していたたまれなくなるというような皮相な踊りしかつくれない。
物質的な粗大なからだへの囚われから脱却しなければという内的必然を見出さない限り、
それが衰弱体のテキストであることすら読み取ることができない。

衰弱体にかぎらず、心身の変成の過程を本人がその内的必然を握りしめてたどることが
変成を真のものとする唯一の鍵である。
その内的必然の把握を助け、うながすのがサブボディの産婆の仕事だ。
そんなことはこれまでに誰もやったことがない。
だが、土方が衰弱体を見出してから40年たった今は、
土方がたった一人で潜ったからだの闇で起こる出来事のもつ沈理が
かなり明らかになってきた。
それは日常世界の三次元的論理や二元論的判断とは根本的に異なる論理であるが、
その異なる論理をつかみ出す仕事が進んでいる。
それを沈理と呼んでいち早く探求し始めたのが土方巽だ。
「自他の分化以前の沈理の出会いの関係の場へ下降せよ」(未発表草稿)
ほぼ同時代に人間の終焉を予言したフーコーや、ドゥルーズ・ガタリが発見したリゾームやノマドという概念は
土方の言う自他分化以前の関係の場そのものである。
そこでは個と群れが混然一体化し、自我や自己が消し飛んでしまう。
自他が混然一体化する集合的無意識の元型を探ったユングと
そのの弟子、ミンデルのプロセス指向心理学、
アメリカの催眠療法の一人者だったエリクソンの弟子ロッシの精神生物学、
近代以前の未開社会の沈理を探ったレヴィ・ストロースと、その弟子中沢新一の対称性人類学など
各方面からからだの闇の沈理の特性が明らかにされてきた。
それは現代物理学の超ひも理論が解明しつつあるひも共振の論理と似ている。
ひももまた、三次元や四次元の低次元論理ではなく
11次元という多次元で共振している、根本的に異なる論理をもつものだからだ。
宇宙の謎の解明と生命の謎の解明は共振して進んでいる。
あらゆるジャンルの枠に囚われず、縦横無尽に闊歩できる真の自由な生命だけが
その全世界的な共振を感じることができる。
もう古い伝統に縛られている時代ではないのだ。

失敗を恐れず、前人未踏のからだの闇で自分の舞踏の内的必然を探りるのがサブボディ舞踏技法であり、
それを促すのが産婆の仕事だ。
かすかなかすかな気配に耳を澄ます。
どんなサボボディが自分のそして他の生徒のからだの闇で産声をあげようとしているか。
そのかすかな兆候に耳をかたむけ、最善のタイミングでそれをつかむよううながす。
一瞬でもタイミングを誤れば生まれかけのサブボディやコーボディが水に流れてしまう。
スリリングな危機に満ちた仕事だ。
自分で知っているだけでも数十に上るサブボディ・コーボディが
生まれることなく目の前で水に流れていった。
気付かなかったものまでいれればおそらくこれまでに幾千幾万のサボボディを
知らずに水に流してきたことだろう。
わたしはこれまでに流れた累々たるサブボディの水子たちと共に暮らしている。

今日もこれから、生徒の中の衰弱体の契機を探る調体をガイドする。
うまく行けば幾体もの衰弱体のサブボディが生まれる。
うまくいかなければそのうち幾体かはは出てこれないまま闇の海に沈む。
足下の芝生の草の小さな細胞生命と共振できる繊細さを身につけるために
もっともか弱い体になる必要がある。
自分を人間だとうぬぼれて粗大な動きをし続けているかぎり
足下で踏み潰されている草の細胞生命と共振することなどできない。
自分のからだに起こっているもっとも微細な震えに共振できるよう
微細さのレベルをチューニングすること。
並大抵の訓練ではない。すぐに出来ることでもない。
わたくしごとを言えば、わたしは20歳で土方の舞踏公演を見てから、
衰弱体の必然が自分のからだに落ちてくるまで、35年かかっている。
それを身につけることができるまでには
さらにそれから5年かかっている。
それを若い生徒にわずか一年やそこらで身につけさせようとすること自体
無理なことなのかもしれない。
毎日ほとんど不可能な課題を出す。
だが今年の生徒は必死にそれを試みようとしている。
類まれな生命共振が生まれているのだ。



  

群れのからだをいかに創造するか

20114月7


新しいcobody、すなわち群れのからだを創造することが第三週の課題となった。

今週、サブボディとコーボディの間を行ったり来たりする練習を重ねた。

五人がさまざまなクオリアを共有して群れになる。

誰かが新しいクオリアを見つければすぐそれに従う。

自分の創りたい群れのからだを共振によってみんなと創っていく。

これだけでも結構面白い。

だが、もっと面白いことは、群れのからだと

自分のサブボディが行き来する中で起こる。



群れのからだが様々に変容流動移動する中で、

群れから離れたくなったタイミングを見つけて、

ひとつのサブボディが群れから剥がれるように析出してくる。

群から離れるときのクオリアを深く味わう。

そしてサブボディの序破急を見せた後、群れに帰る。

群れに帰るクオリアもじっくり味わう。

どんな群れに帰りたいのか、自分の属したい群れのからだになる。

その帰りかた次第で、新しい群れのからだを創造することができる。

サブボディが群れのコーボディの誰かひとりに特定の距離と

特定のクオリア、特定の動きで近づく。

群れはそのクオリアを共有する。

同じ動き、同じリズム、互いに同じ距離をもつ群れになる。

そして、第二第三のコーボディの付き方次第で、直線的につながったり、

ランダムな群れになったり自在に変奏することができる。



これまでの群れのからだが生まれてくる仕方をとっぷり研究してきたが、

やっとひとつの技法として生徒に伝えることができるようになった。

群れに一定のクオリアと一定の距離で帰っていく第一のサブボディを

群れへのイニシエイター(率先者)とすれば、

それに付く第二第三のコーボディは群れのからだをつくるプロモーター(推進者)といえる。

最初の人が基本的な群れのクオリアを与え、第二第三の人が群れのランダムさを決める。

今週からこのバリエーションをたっぷり練習しはじめた。

無限に群れのからだがどんどん生まれてくる。

頭ではなかなかつかめなくても生徒は皆からだでさまざまな群れのコーボディを創造した。

思いがけないコーボディが共振からひとりでに生まれてくることほど面白いものはない。

誰かひとりの意図では決してできない。

それがコーボディの謎のつきせぬ魅力なのだ。

コーボディを創造することができるようになると、

サブボディとコーボディの境界が曖昧になる。

それはどこかでつながりひとつになっている。

これがサブボディとコーボディの謎だ。



何十年も前から群れと個の間にはまだ解き明かせてない不思議な魔力、

底知れない魅力があると直感していた。

ようやくこの若年に出会った謎を他の人と共有して実験していくことができるようになった。

それは自我や自己に囚われた近代の人間の桎梏からからだを解き放ち、

国家や民族・親族・家族という共同幻想に囚われない、

次代の人間のあり方であるリゾームに変成する未曽有の実験なのだ。


共振塾ジャーナル「移動するノマド劇場」へ続く

 




 からだの闇の布置
 

からだの闇の布置を探る

2011327


サブボディ・コーボディの旅はからだの闇の旅だ。

そこには上も下もない。端っこも底もない。

宇宙と同じだ。
「存在の底から踊れ」というのも比喩に過ぎない。
深みを秘めよ、などといってもどこが深いところなのか、
だれも知らない。

マクロコスモスとミクロコスモスは、

どこかで繋がってひとつになっている。
そこは生命だけが共振によって感じ取れるクオリアの国だ。
そこにはあらゆるものが時空を超えて詰め込まれて絶え間なく共振している。

そういう不思議な世界でたまたま何らかのクオリアがはっきりとした地形や意味を持って立ち上がってくる。

それがからだの闇の布置だ。

三次元空間で長く訓育された私たち人間は、

非二元時空も多次元空間もうまく捉えられない。

三次元時空の事物に似せて造形したり、地形化てはじめて意味を持ってくる。

布置とはもともと天空の星座を示す言葉だった。

古代の人が砂漠や大海を旅するとき、

どこにさそり座があり、おとめ座がどこかという感覚から

宇宙における自分の位置を認知していた。

それをユングがからだの闇の地形を表す言葉として使い出した。
ある時クオリアのある配置が奇妙な意味を持って立ち上がってくる。
それは生命クオリアが絶えず共振してることによって起こる自然現象だ。

布置も共時性も生命が絶えず共振してることを思えばなんの不思議もない。

折に触れてひっそり潜んでいたトラウマが立ち上がってくる。
上の方から何かが圧迫するかのように迫ってくる。

若い母が向こうに佇んでいて、アニマが津波にさらわれている。

幼児のわたしが泣きながらとぼとぼと歩いている。
その道は影の世界に繋がっている。

押しつぶされかけたボトムボディが岩陰でかすかな息をしている。

その横をもっとものろい粘菌のわたしがとけながら流れていく。・・・

 

そんな具合だ。
とりあえず、間違いのないことを言えば、
この闇をとことん果てまで歩き続けることだ。
その一部だけ歩いた狭い知見に囚われていては大きな間違いを犯す。
群盲象を語るの謂だ。
からだの闇はとんでもなく異なるものらからなる。
根本的に次元が違うことが無数に詰まっている。
一筋縄ではいかない。
とことん歩き続けてありとあらゆることを経験していけば、それが深みへ至っているということだ。

「自全=自分の全体」を踊ることをさしあたっての目標にすることだ。

 

土方巽の寸法の歩行はそういう不可視の非二元時空をさまよい歩く

舞踏の旅に初心者を招き入れる構造になっている。

今年は三週目の今日あたりがその頃合いだろう。

先に背後世界のかすかなクオリアに耳を澄ます、

「リゾーミング技法」を学んだので、少しは用意が出来ているはずだ。

自分のからだの闇の布置の手ざわりをま探りながら

舞踏の世界へ降りていくことができる。

サブボディ技法と土方の舞踏技法を統合してきたここ十年の成果がこれだ。

 自分のからだの闇の実際の手触りから、
土方舞踏の世界が地続きで繋がっていること。
からだの闇で生命がかすかにかすかに様々なクオリアと共振していることを知った生徒たちは
それが実感できるはずだ。
自我や自己ではなく生命として、からだの闇へ降りていくこと。
生と死が別物ではなく、透明に共振している世界へ。
これができないかぎり余計な自我や自己の知の計らいがせり出してくる。
舞踏家の中にもいまだに「表現」という西欧流の概念の枠組みに囚われている人が多い。
致命的な近代人間の病だ。
表現だのをしたがるのは自我や自己である。
生命はただ透明に共振するのみなのだ。



「からだの闇」をもっと読む

 

 

背後世界と共振する
リゾーミング技法

2011325

こんな早い時期にリゾーミングの練習ができるとは思ってもみなかった。

これも土方が誘ってくれているからだ。

来月にはさらに古い生徒が何人か参加してくる。

そこからいきなり「静かな家」の練習を始めよう。

すると、それまでにリゾーミングでさまざまな背後世界を開いておくことが大きな助けになる。

 

リゾーミングは私独自の変容のための技法として十数年前に生まれた。
ここ一、二年のうちに、からだの変成技法から、
背後世界を開く技法へ変成した。

土方の舞踏技法に触れて、それまでの3次元空間で踊るダンスの囚われを脱いで、

非二元かつ多次元の生命クオリアの変容流動を踊る舞踏の技法に変成したのだ。

蛹が古いカラを脱いで蝶になるように、生命の世界に飛び立つことができた。

なにもかも土方のおかげだ。

 

40数年前にはじめて土方の燔犠大踏鑑の公演を京都で見て

頭に釣鐘がぶつけられるような激しい衝撃を受けた。

その残響が未だに鳴り響いている。

俺の青臭い人間観や本で学んだ世界観はみな一度たたきつぶされる必要があった。

ヒマラヤに来て、人間の痕跡をすべて脱ぐ修行をした。

脱げはしないものを脱ごうとする自分に対する拷問のような修行だった。

それまでに身につけていたたいがいのものは脱ぎ捨てた。

これをなくしたら俺ではなくなるという

性と創造の偏奇性だけ握りしめて生きてきた。

 

リゾームへのこだわりも俺の偏奇性の一つだ。

たったひとつの細胞に切り分けられた蘭の根茎(リゾーム)が、

立派な花に成長するように、からだのたったひとつの細胞生命が感じた

かすかなクオリアからからだ全体の変成にまで至るというイメージは外せない。
リゾームは人間以後の人間のもっとフレキシブルで創造的なあり方を指し示す。

それなくしてサブボディメソッドはない。

だが、あまりに奇妙な偏りかもしれないので、
人に言うこともはばかられた。

学期の初めから生徒にガイドすることはなかなかできなかった。

例年なら夏ごろになって恐る恐る出してくるリゾーミング技法を、

今年は2週間目の中日の昨日からはじめた。
次のごとくだ。

 

Ⅰ ボトムリゾーム 
地下世界のクオリアに耳を澄ます。

埋れている死体、地霊、祖先の情念が足裏からからだに忍び込み、
からだ全部が変成する。

Ⅱ トップリゾーム 
天上世界のクオリアに耳を澄ます。

天使、妖精、星、月、銀河、との共振から変成が始まる。

Ⅲ 背後リゾーム  
背後世界のクオリアに耳を澄ます。

背後霊にいたぶられる。背後に控える千万の死者とともに歩く。
死者の怨念、悲しみ、重さが背中に覆いかぶさってくる。

Ⅳ 離魂リゾーム 
体から解離して前方を漂う自分の魂に追いすがる。

からだは魂とひとつになりたいのに死体であるからだは追いつくことができない。

だが、必死でつったち魂に追いすがる死体になる。
魂とは生命の非望やnot-me
実現されなかったアニマやアニムスの比喩でもある。

Ⅴ 秘膜リゾーム  
指先や舌先など最も鋭敏な部分で不可視のクオリアに触れる。

見えない空間に不可視のクオリアをまさぐる。
不思議な生き物や物体が踊りのパートナーになる。

Ⅵ 秘腔リゾーム  
内臓から変成が始まる。

虫が体内に入って内臓をむさぼり喰いはじめる。

秘められていた情動や情念が解除され、

腸や胃が最後の踊りを踊り出す。

Ⅶ 秘密リゾーム  
ⅠからⅥのように時空に限定されない、

自分独自の秘密からからだ全体の変成が起こる。
探体の中でそれを探る。

 

こういう変成練習を二日かけて行なった。
常識ではついていけないとんでもない世界なのに、 

なんと驚いたことに、

今年の生徒は皆それをおもしろがって、必死に喰いついてくる。

みな怖いもの知らずの創造者魂を持っている。

こんな嬉しいことはない。

おかげで2週目の終わりの今日の共振劇場は、

もう今までの学期末のような多彩さと深さを持つものになった。

いったい今年はどこまで行くのか。

先行きで待ち構えている未踏が恐ろしいほどだ。

この怖いもの知らずの子供のような好奇心が融合して群れになり、

とんでもない創造の爆発を起こす。

創造者はひとつひとつが輝ける星だ。

星が集まって新しい宇宙が生まれるかもしれない。

ブラックホールになるのかもしれない。

何が起こるか、誰にも予測できない。

ここは世界でたったひとつの生命創造の実験場なのだ。

 


 

土方からの逆照射

2011323


今週はボトムボディウイークになりそうだ。
月曜から毎日、ボトムへの別の入口と出口を掘り続けている。
多くの生徒がもうかなりの出口と入口をみつけてきた。
これをつなぐだけでも結構味わいの深い踊りになりそうだ。
いままではボトムは一日か二日の練習で終わっていた。
だから不十分だったのだ。
ボトムは一週間以上かけて掘るべき坑道だったのだ。
何だ、そうだったのか、早く言えよ。
十年目にしてようやくわかった。
おまけに毎日続けている自由共振のための練習が軌道に乗り、
多くの共振パターンを共有できかけている。
去年までは一年かけてようやく辿りつけたところへ、
今年は生徒全員が難なく到達しようとしている。
いきなりこんなことが実現するとは夢にも思っていなかった。
何がいったい今までと違うのか?
不思議だったが、じょじょに腑に落ちてきた。

そうか、そうなのだ。
今起こっていることが何であるのかが少し透明に見えてきた。

去年一年かけて土方巽の「静かな家」舞踏譜を解読した。

そして、具体的な練習法を生徒と主に創り上げた。
その経験がすべて今年の共振塾の授業に共振して出てきている。
それがこれまでの年との決定的な違いなのだ。

これまで土方とは別個に独自に創り上げてきたサブボディメソッドが、

土方の舞踏技法の輝きから逆照射を受けてひときわ強く輝く部分がある。

そういう輝きは土方技法とサブボディ技法が強く共振している部分だ。

今年の共振塾はそういうひときわ強く輝く部分からはじまった。

生命の呼吸。
秘膜をはじめとする秘蔵されているクオリア。
ボトムボディ。
液状のからだや気化するからだ、石化するからだなどの練習。

これらはサブボディ技法と土方技法が共振し、ひとつになろうとしている領域だ。

ボトムボディは土方の箱になるからだと同義であり、
秘膜は土方の言う背後世界を開くために必須のクオリアだ。
必要不可欠のエッセンスだけが次から次へとからだの闇から転げでるように出てきている。

 

毎日の練習内容はその都度生命に聴いている。
わたしが創りだすのではない。
毎晩生徒のからだの闇から出てきた動きを反芻しながら眠りに付く。
すると眠りの中でサブボディさんが翌日の練習法を見付け出してくれる。
朝起きるともうその日の練習内容がほぼ固まっている。

今年はずいぶん今までと違った大胆な展開がでてくるなあと感じていたが、

なるほど、両者が共振する部分が振幅を拡大し、

強い自信を持ってせり上がってきたのだ。
いままでは別物だったサブボディメソッドと土方巽の技法が
強く共振してひとつになろうとしているらしい。
そうか、そういうことだったのか。
こういう予想もしなかったことが起こることもあるのだ。
今年の授業が例年にない進展を見せているのもこのせいだ。
余計な物が削ぎ落とされ、肝要なものだけが密度をまして詰め込まれていく。

ものごとが実践的に深まっていくとはこういうことなのだ。

さあ、今年はどこまで行くのか。

そろそろ落とし穴にぶつかるのか。
快調すぎる時ほど用心しなければならない。

だが、もう何が起こっても怖くない。
十人の生徒の創造の坩堝がいっせいに開くことほど怖いことはない。
どんなことになるか、予想もつかない。
だがもうそれは動きだしてしまっているのだ。



 

ボトムの深い謎

2011321

例年なら夏ごろになって試みるボトムボディを

今年は第2週の初日の今日やってみた。

全身の秘関を開く練習をタップリしたあと、

ふと今がチャンスなのではないかという気がして

急遽、あらゆる秘関を極限まで曲げたりねじったりして

一番苦しく小さい姿勢になってみるよう促した。

ボトムの謎は、もっとも苦しいのになぜか、もっとも深く親しみを感じるという逆説にある。

 

ボトムに成り込んで生命に問う。

「この姿勢で何千回でも踊れるかい?」

もし生命が「然り!」と応えたら、それこそ自分のボトムだ。

「しんどいけれど、これこそ自分だ!」と感じてしまうことがある。

もしそういう感じがやってきたら、

それこそ正真正銘の自分のボトムだから大切にしまっておくように。

そうでなくただ苦しいだけなら、別の姿勢をさがすようにと言った。

そしてなんと驚いたことにほとんど全員がユニークなボトムを見出した。

今日の終わりのボトム共振劇場は、感動的な光景だった。

今までの経験ではごく少数の人だけがうまくボトムを発見した。

去年の育子、そして、夏期集中コースのジュリがそうだった。

だが、必ずしも全員が見つけることはなかった。

おそらくわたしの導き方が十分ではなかったのだ。

だから今日全員がボトムを見つけた事自体が驚きだった。

ボトムにはいまだ未解明の謎が詰まっている。
それも超弩級の凄い謎が。

ここ数年探求しているが、まだまだ未知数に満ちている。

今日生徒が見つけたボトムはこれから一年かけて育てていこう。

ボトムの特徴のひとつは無数の入口と出口を持つことだ。

これから機会あるごとにボトムからの変成を促して無数の出入口を見つけていこう。
それは各生徒の創造にとってかけがえのない財産になる。
世界中でたった一つしかないユニークなものだからだ

ボトムの謎を解いていくのも今年の楽しみになった。



 

情報モードから、耳を澄ますモードへ

2011320

生命クオリアに耳を澄ましている状態と、

情報に囚われている状態。

ヒマラヤで十年かけて創った状態と、

たった一月の日本滞在で陥った状態。

この二つの違いに耳を澄まそう。

一体なにが違うのか?

 

いままでわたしは、

日常体とサブボディモードの違いを

単純に思考モードから傾聴モードへの移行と捉えてきた。

人間であるという状態から生命へ。

だが、日本で起こったわたしの脳心身の変化は、

そんな簡単なものではなさそうだ。

 

一番顕著な違いは、受け取る刺激の基本レベルがまるで異なることだ。

十年のヒマラヤでの瞑想生活でわたしはあらゆる外部からの情報を遮断し、
言語を止め、ただただからだの闇の中の

ごくごくかすかな生命クオリアに耳を澄ますことに集中してきた。

日本での一ヶ月の滞在中に受けた膨大な情報の刺激は、

その生命クオリアに比べて何兆倍も強烈なものだった。

それをひとたび受けてしまうと、それまで静まり返っていた脳心身が異様に興奮し、
強烈な刺激レベルにだけ反応するようになった。
これをさして
情報モードのからだと呼ぶことにした。
情報モードは、からだの闇に耳を澄ますモードに比べて
何兆倍も粗大な刺激レベルにチューニングされている。
このチューニングレベルを根本的に何兆分の一まで微細化する必要がある。
わかっていたことだが、どうやってそれを実現すればいいかが
もうひとつつかめていなかった。

 

新入生の多くも、情報洪水にまみれる欧米の先進国からくる。
日本で情報に被爆されたわたしと同じ状態にあると見ていいだろう。

今年の新学期が始まるまで、わたしは情報被爆で火照って興奮した脳心身を鎮静することに務めた。

そして、新学期が始まってからまず一週間は
とことん静まり返った脳心身状態に導こうとプログラムを組んだ。
といっても、考えて創ったのではない。
ただただ生命に聴くことにした。

毎朝即興で、練習場に降り立ったからだを生徒とともに鎮め切ることに費やした。

生命の呼吸、共振タッチ、指圧、

秘膜、秘腔、秘関 などかすかなクオリアに耳を澄ますことが自然と中心となった。

そのおかげだろう。ほぼ生徒全員が日常体の思考モードではなく、
すみやかに下意識に耳を澄ますサブボディモードになった。

これまでの年の新学期に比べて、かなり穏やかな始まりとなった。
なぜ、今までこうならなかったのだろう。
今年の生徒はずいぶん前から一年コースを予約していた人々だから
根性が違うのだ、と最初考えた。
だが、そうではない。
うまくいかないことを人のせいにするのは十中十まで間違っている。
生徒のせいではなく、わたしのせいだったのだ。

これまでのわたしは欲張りすぎてあまりの多くの課題を詰め込みすぎていた。

毎年の日誌を読み返すと、その失敗ばかりが目についた。

ことしは細かい指示は一切なしにした。

踊りのガイドも事細かにしない。

共振もただ自由共振というだけ。

生命に耳をかたむけることがもっと大事なことだからだ。

言葉による細かい指示はその傾聴モードを阻害するのだ。
私自身が思考を止めることができずに、
どうして生徒が思考を止めることができるだろう。

できるだけ言葉少なに、できるだけただただ耳を傾けることのできるからだの状態へ、鎮静化すること。

これに注力したのがよかったと思う。
それと、練習中に言語思考が込み上げてくるタイミングをかなり的確に指摘できるようになった。
自分の出番を待つとき、いろいろな判断に囚われやすい。
他の生徒の踊りを見ているとき、批評家が出てきやすい。
こういう二言論的な思考や判断が出てきそうなタイミングを見計らって、
「思考や判断が出てきたら、そっと鎮めること」とタイミングよく促すのがいい。
これは自分自身では一日に何十度もやっていたことだが、
それをその都度生徒と共有するのがいい。
そういうタイミングのよいうながしもこれまでなかなか出来ていなかった。
自分の無意識の思考に気づき、それを止めるだけで精一杯だったのだ。

これまでの、生徒が鎮静化するのに時間がかかりすぎるという問題は、
生徒の問題ではなく、わたしの問題だったことに気づいた。

何年も経ってからそれに気づく。
いつもこんなもんだ。

気づきも哲学もミネルバの森のふくろう。

日が暮れる頃にやっと飛び立つ。

だが、これが成熟ということなのだろう。
成熟とは、時間がかかるものなのだ。

 

 

  

 

2011年3月9日

中島みゆきとモーニング娘

中島みゆきとモーニング娘。
何たる取り合わせだ。
食い合せで腹痛になりそうだ。

それはまるで裏と表の別世界。

日常体のからだにとってはそう受け取れる。

だが、その粗雑な二元論的判断をすこし控えて、
わが身を実験台にして両者の異なる音楽にただただ共振してみようとした。

 

中島みゆきを数十年聴き続けてきた。

毎夜寝る前に一枚ずつCDを掛けて子守唄のように聞きながら眠るのが習慣になっていた。

モーニング娘は聴いたことがなかった。

もちろん日本に住んでいた頃はいやでも耳に入ってきていた。

だから、知ってはいるが耳で拒んでいる、という状態だったと思う。

去年、モーニング娘と同じプロダクションのベリーズ工房を知って、

数年前の奇跡のような少女の輝きに触れた。

その驚きは多重日記の「少女速度」シリーズで書いたとおりだ。

それでも 同じつんくという人によってディレクトされているモーニング娘には耳を閉ざしていた。
あまりに有名で分厚い既成観念が私を遠ざけていた。

今年の冬はじめて系統的に聴いた。

ここ十数年の間、それがメンバーチェンジによって

変遷してきたこともはじめて知った。

何週間か聴いていいるうちに、からだが変わってきたのを知った。

モーニング娘の音楽はそこから受ける情報の刺激のレベルが

中島みゆきに比べてまるで違う。

聴覚的にも、視覚的にも、言語的にも、

何十倍も強い刺激を五感に与え続けて、休むことがない。

慣れるとからだはその強烈な刺激を快感と感じるようになっていく。

一言で言えばモーニング娘の音楽は愉快なのだ。

その音楽に触れ続けていると、中島みゆきの音楽は暗く地味にしずんで感じられて、

あまり聞きたいものではなくなるのを感じて驚いた。

愉快ではなく不快にさえ感じられるようになる。

中島みゆきの音楽でさえ刺激的でなくなり聞けなくなるのだから、

それより何兆倍も刺激レベルの低い

かすかな生命のクオリアに耳を澄ませることなど到底出来ない。

モーニング娘を聴きなれたからだには、生命のクオリアなど存在しなくなる。
人間の脳は一定の刺激レベルに慣れれば、

それより刺激レベルの低い情報は消えてしまうのだ。

マスキングという現象だ。

この冬ビザのトラブルで余儀なく日本で一ヶ月過ごしている間に、

わたしのからだもそういうからだになってしまった。

強烈で愉快な刺激にさらされて、

それに比べてはるかに刺激のかすかな生命クオリアが存在することなど

気づくことも想像することもできない。

そうか。

人々は今こういう強烈な情報環境で生きているのだ。
これを知るために日本でのひと月の滞在が必要だった。

ヒマラヤにやってくる生徒たちも、それぞれの国で高度な情報刺激に晒されて育ってきた。

モーニング娘よりももっと強烈なロックやパンクのような音楽もある。

ヨーロッパツアーの最中、一度ハンガリーのドナウ川の中洲の島で催された

ロックフェスティバルの中で踊ったことがある。

何十もの劇場が架設されていた。

踊ったあと、夜が明けるまで一晩中、

耳をつんざく大音響が続く中で眠られない仮眠をとった。

まるで高速道路の真中で寝ているようだった。

そうか、ここから始めなければいけないのだ。

おびただしい情報が行き交うの高速道路の真中で育ったからだから

いかに生命に耳を澄ますからだに変成することができるか。

今年はこの新しい課題に挑もう。

 

 

(この記事は、内容が重なるので、
多重日記とからだの闇の両方に掲載しています。)
 

 
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