March 2008
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サブボディ共振塾ジャーナル
2008年3月
●●●
●●● 2008年4月4日

透明なデュエット


第3週目が終わった。
今年の生徒はすでに全員10分から20分のサブボディ・ソロをほぼつくり上げた。
そこで、今週の後半はあらゆる共振方法の練習についやした。
舞踏は自己表現ではない。命が世界と共振するままに踊る。それがすべてだ。
今日は公演前に、命とサブボディの世界には、
善悪正誤の判断で否定するものは誰もいない、
どんな醜いくぐもったサブボディでも、最適のタイミングさえ見つければ美になる、
いつどこでどんなサブボディとなって出てくるか、
最適のタイミングを見つけるようにと、からだの闇に語りかけてから公演した。

とりわけデユエットは、エゴが出ると無残な結果になる。
エゴだの自分の好みだのを一切合財捨てることによってのみ、
命と命の共振が透明に透けて見えてくる。
それが命だ。
透明なデュエットを踊るためには自分を捨てて命が共振するままに動けばいい。
下意識のからだはいつどこで何をすればいいか、すべて知っている。
それが透明覚だ。意識で計算などしていて追いつくものではない。
出会って間もない生徒は、それをよくこなしてくれた。
3週間続けてきた毎日の生命瞑想が、ようやく生きてきた。
これからどこまでいけるのだろう。

生徒たちはこの週末、ダラムサラの亡命チベット人たちの催しで公演する予定だ。
サブボディは、世界の何とでも共振できる。
舞踏を始めてみるチベット人たちの眼を丸くしてかぶりつく反応が
今から眼に見えるようだ。
踊りは公演ごとに鍛えられ育っていく。
来週が楽しみだ。



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●●● 2008年4月4日

サブボディ・コーボディ共振劇場

第3週目が終わった。
今年の生徒はすでに全員10分から20分のサブボディ・ソロをほぼつくり上げた。
そこで、今週の後半はあらゆる共振方法の練習についやした。
舞踏は自己表現ではない。命が世界と共振するままに踊る。それがすべてだ。
今日は公演前に、命とサブボディの世界には、善悪正誤の判断で否定するものは何もない。
どんな醜いサブボディでも、最適のタイミングさえ見つければ美になる。
いつどこでどんなサブボディとなって出てくるか、
最適のタイミングを見つけるようにと、からだの闇に語りかけてから公演した。
とりわけデユエットは、エゴが出ると無残な結果になる。
エゴだの自分の好みだのを一切合財捨てることによってのみ、
命と命の共振が透明に透けて見えてくる。
それが命だ。
命が共振するままに動けばいい。
下意識のからだはいつどこで何をすればいいか、すべて知っている。
それが透明覚だ。意識で計算などしていて追いつくものではない。
出会って間もない生徒は、それをよくこなしてくれた。
3週間続けてきた毎日の生命瞑想が、ようやく生きてきた。
これからどこまでいけるのだろう。

生徒たちはこの週末、ダラムサラの亡命チベット人たちの催しで公演する予定だ。
サブボディは、世界の何とでも共振できる。
舞踏を始めてみるチベット人たちの眼を丸くしてかぶりつく反応が
今から眼に見えるようだ。
踊りは公演ごとに鍛えられ育っていく。
来週が楽しみだ。



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●●● 2008年4月4日

サブボディ・コーボディ共振劇場

第3週目が終わった。
今年の生徒はすでに全員10分から20分のサブボディ・ソロをほぼつくり上げた。
そこで、今週の後半はあらゆる共振方法の練習についやした。
舞踏は自己表現ではない。命が世界と共振するままに踊る。それがすべてだ。
とりわけデユエットは、エゴが出ると無残な結果になる。
エゴを捨てて、命の共振に耳を澄ますと、透明さが現れる。
それが命だ。
命が共振するままに動けばいい。
下意識のからだはいつどこで何をすればいいか、すべて知っている。
出会って間もない生徒は、それをよくこなしてくれた。
3週間続けてきた毎日の生命瞑想が、ようやく生きてきた。

生徒はこの週末、ダラムサラの亡命チベット人たちの催しで公演する予定だ。
サブボディは、世界の何とでも共振できる。
舞踏を始めてみるチベット人たちの眼を丸くしてかぶりつく反応が
今から眼に見えるようだ。
踊りは公演ごとに鍛えられ育っていく。
来週が楽しみだ。



2008年3月31日

アメリカでのカツの公演・ワークショップ開始近づく

去年共振塾で学んだカツのミネソタでの公演・ワークショップ情報が届きました。
いよいよ活動にも熱がこもってきたようです。
近くの方、アメリカに知人のいる方は、知らせてあげてください。



カツの公演・ワークショップ情報をもっと見る

カツのビデオ・写真を見る

Subbody Butoh Performance

by Kats D Fukasawa

 

     

 

When: Friday, April 4th 2008 at 8:00pm  &  Saturday, April 5th 2008 at 2:00pm

 

Where: Fallout Urban Art Center Studio, 2601 2nd Ave. S, Minneapolis, MN

 

Suggested Donation: $15.00 (No one will be turned away for the lack of funds)

 

Come and witness the first solo performance by Kats D Fukasawa since his return from six months study in Himalaya!

 

This performance may contain nudity.

Read more Kats's workshop guide in USA

 

●●● 2008年3月28日

Hidden bodyが開かれていく

三月コースの2週目が終わった。
今週は、からだのチャンネルの、秘密体腔(ヒドゥン・キャビティ)、秘密関節(ヒドゥン・ジョイント)、秘密皮膜(ヒドゥン・スキン)などを開き、からだの闇の不可視の場所から変容が起こるからだになる練習を始めた。
また、映像チャンネルによる眼の使い方、音像チャンネルによる体腔から出てくる息声音の使い方などもはじまった。
リゾーミングの新しい練習法がどんどん見出された。<図地兆>という何年も前に発見しながらも、
これまで授業では伝えるチャンスがみつからなかった技法も始めて教える機会を得た。
じょじょに『実技ガイド』にアップしていくつもりだが、なかなか時間が取れない。
まだ、はじめたばかりだから、これらの暗所からの変成が実際に身につくまでにはまだ時間がかかる。
だが、生徒達は果敢に取り組み、自分のからだの闇にこんな奇妙なものが詰まっていたのかと新鮮な驚きが毎日続いている。
もちろん、新しい奇妙な自分に触れたときはまず意識からブロックがかかる。
善悪正誤の判断が自我によって下され、それ以上進むことを阻止しようとする力だ。
そんなエッジにも日々ほとんどの生徒が直面している。
エッジに直面すれば、あえてそれをすぐに乗り越えようとする必要はない。
そこにそういうエッジがあることだけを認知して、別の坑道に進めばいい。
からだの闇は多次元の迷路のような坑道がめぐらされているから、いつのまにかふと後ろを見ると、かつて直面したエッジがすぐ背後にあることに気づくものだ。
来週はもっと意識レベルを落として、自全の辺境に潜む異貌の自己(ヒドゥンキャラクター)を探りに入る。
わたしは毎日毎夜生徒のからだから出てきたサブボディの胎内にもぐりこみ、次に何を欲しているかをかれらのサブボディに聴く日々を続けている。生徒がもっと奇妙な自分に出会う用意ができたときに、より深い坑道に案内する。ぞろぞろと面白いサブボディが出てくる瞬間に立ち会えるのは、サブボディの産婆道の醍醐味だ。




●●● 2008年3月22日

サブボディ時間のパラドックス

今年は例年になくゆっくりと授業をはじめている。
毎朝たっぷりと共振タッチを行って、ほとんど夢心地の下意識モードのからだを体験してから、さまざまな練習に入る。
すると、奇妙なことにゆっくり進もうとすればするほど、いきなり深いレベルに入っていくという、サブボディの時間の逆説が起こる。
これは今までも経験した謎のひとつだったが、ゆっくりとサブボディモードのからだに移行することが何より大事だということに、気づかせてくれた。
これまでの一月コースの時間的制約の中に、あれもこれもと、メニューを詰め込んでいたのが無理だったのだ。
その時間的制約から解放されてようやく、サブボディ本来のゆっくりした変成の時間を生徒が体験できるようになった。
去年までの一月コースの生徒には申し訳ないことをした。ぜひもう一度、このゆっくりした授業を体験しに来てほしい。
毎朝の共振タッチを通じて、誰もがサブボディモードとはなにかを体感することができる。
その後で、ゆらぎ瞑想や、からだの練習に入ると、それを意識モードではなく、下意識モードで体感できる。かすかなサブシグナルもキャッチしやすくなる。
これは、これまでに挫折した生徒の多くがこのかすかなサブシグナルの存在に触れることができなかったことが、その最大の挫折の原因になっていたことを思い返して、いかにからだの闇のかすかなシグナルに耳を澄ます微細覚を開くかを課題とした今年の試みが成功したことを告げている。
すでに一週目にして、今年の生徒はからだの闇を縦横に旅し、自全のなかのさまざまな生命傾向や、サブ人格、老賢者や蛇や猿といった元型群などに出会うことができている。
深くサブボディモードに入りすぎて、自分が何をしていたのか分からないということも起こっている。まず、下意識モードのからだを体験することが肝心だ。その後に、じょじょに透明にその状態を離見し、コントロールできる透明覚を開いていけばよい。
一週目の共振タッチから、二週目になる来週は指圧を通じてもっと深い体感に触れ、ゆっくりとより深いサブボディ世界に入っていくつもりだ。このアプローチはわたしにとってもはじめてのチャレンジになる。

*****

今週のサブボディについて:
上の写真を見るとひとつの傾向に気づかれるだろう。
みんな眼を瞑って動いている。これは今週はからだと動きのチャンネルの微細なサブシグナルに耳を澄ますことに集中して動いているからだ。定期的な読者は、来週のサブボディが、映像チャンネルを開き、さまざまな眼の使い方が出てくることを眼にすることができるだろう。おそらく音像チャンネルも開かれる。それだけで踊りがどんなに変わるか、ご期待ください。これから毎週毎週新しいチャンネルが開かれていくだろう。



●●● 2008年3月17日

超ゆっくりと

新学期が始まった。
今年は3ヶ月以上の長期に腰をすえる覚悟できている生徒ばかり
なので、
これまでにないじっくりした速度で始めることができた。

午前中いっぱいを、ゆらぎ調体と、共振タッチにたっぷり費やし
た。
ゆらぎつつ調体をしながら、呼吸瞑想で、鼻や口の入り口に新し
い空気が触れるときの微細な感覚を味わう。
一日中言葉から離れ、昼食中も食べ物や飲み物とからだの細胞が
どんな共振をしているかに耳を澄ます。
テンポを落とすと、これまでの一ヶ月コースがいかにせわしなく
、メニューを詰め込みすぎだったかを思い知らされた。
なかなか意識が鎮まらなかったのは、生徒のせいではなく、わた
しの授業メニューに問題があったのだ。
午後からは、三元ゆらぎから、生命遡行瞑想へ、そして八覚リゾ
ーミングへ。
そこから灰柱の歩行、20分間の探体。
じっくりゆっくり進んで行った。
終わってからの生徒の反応は、
「生まれてはじめて! こんなにリラックスできたのは」
「ミラクル・プレイスだ。すべてのメニューがすごくスムーズに
つながっている!」
「かがみこむ動きを探っていると、子供の頃のクオリアがよみが
えってきた」などと、
上々の滑り出しをすることができた。

さあ、今年はどこまでいけるのだろう。
一年が楽しみになって来た。


サブボディ共振塾へお越しの方は、
ダラムサラまたはマックロードガンジのバス停から、
タクシーでジョギバラ村・ブンブンカフェ前まで起こし下さい。
タクシーで10分、100ルピーです。
2008年3月日

生徒への手紙 2

サブボディからの微細なサブシグナルに耳を澄ます


ヒマラヤは今、春満開だ。
山村のさまざまな果樹が、色とりどりの花を咲かせている。
サブボディ共振塾の春学期も来週から始まる。

ここでは、入学前の一週間のいい過ごし方を述べる。
多忙な日常生活のリズムから、サブボディモードに移行するには
随分暇がかかる。
ここで長年ずっと静かな生活を送っているわたしでさえ、
ほんの三週間日本に帰っただけで、リズムが狂い、
もとのいい状態に戻れるまで数週間を要したほどだから、
周到な準備をして、静かな静寂体になれるよう
日々の生活を変えていってほしい。

まず、朝晩必ず、ゆらぎ瞑想などの調体をする時間を、できるだ
けたっぷりととること。
できるだけ、日常の世事への配慮にこころを奪われることなく、
人とも可能な限り合わず、話をする必要があっても最小限の静か
な対応で済ますこと。
本も読まず、もちろん新聞雑誌テレビなどの情報ノイズから遠ざ
かる。
可能な限り、言語を使った意識的思考を鎮め、からだの闇に耳を
澄ますことのできるからだに変成する。
言語を使った思考を止め、勝手に立ち上がってくるよしあしの判
断を鎮める。ざわめき立つ情動や感情を引き起こす対人関係から
遠ざかり、静謐な孤独を保つ。

静寂体になってはじめて、からだの闇から立ち上がってくる微細
なサブシグナルを捉えることができるようになる。
からだの闇で起こっているどんなかすかな出来事をも捕らえこと
のできる繊細な感覚を開く。

このサブシグナルのレベルは、意識的思考や感情のレベルに比べ
て、何百万倍も微細なものだ。
言語思考をすると、左右の大の皮質の何百万というニューロンが
同期発火する。だが、からだの闇で流れているクオリアは、電気
信号を使わず、それより何百万倍も微細な化学信号で共振してい
るグリア細胞の状態の変化によるからだ。

グリアの状態はナノ秒単位に無限に変化している。
ほんのナノ秒間だけ起こるクオリアの変化を捕らえる超繊細な猟
師になることが必要だ。
あまけに、クオリアは意識のチャンネルを超えて変容し続ける。
ふとかすめる体感、自然に出てくる動き、瞬間浮かぶビジョン、
かすかなささやき、気がつくかつかないかすれすれの感情のゆら
ぎ、情動のうねり、対人感覚のふるえ、世界像の変容の兆し。

からだで起こっているどんな微細な変化をその不可視の兆しのう
ちに捉えることのできるからだに変成する。
これがサブボディプロセスのもっとも肝要な点だ。
決して急がないこと。
ゆっくり、ゆっくり。
それがサブボディが棲む世界の時間の流れだ。

では、開校日にお会いしましょう。

Lee

P.S.
水着をお持ち下さい。これまでの露天風呂に加え、
スイミングプールが完成間近です。
温かくなれば今年は水中でのクラスも予定しています。

2008年3月1日

啓蟄、気功の速度で蠢き出す

三月だ。ここヒマラヤの気候はすっかり春満開だが、
わたしの中のからだの時間は日本にいたころの生命記憶に
囚われているのか、暦が三月になってようやく春めいてきた。
わたしのからだも三ヶ月の冬籠りから脱して、
世界中から集まってくる生徒のために開いていくべきときだ。

啓蟄という言葉を思い出した。
冬篭りの虫が地中からごそごそ這い出してくる。
からだの闇で眠っていた細胞も共振して蠢きだす。
太陽暦で3月6日ごろらしい。
こういう季節や天体の動きと、地中の動き、そして人体が
共振しているという捉え方は、道教や風水、気功の伝統の中で
色濃く醸成されてきた。
気功の動きはすべて天地人の共振性を開くものだ。
気功独特のあのゆっくりとした動きの速度は
体内60兆の細胞が互いにそして、外界の変化とも共振しつつ
変化しているのを捉え感じることのできる最適速度に設定されている。
今日は朝から、気功の速度で動いてみた。
冬の間はゆらぎからはじめたが、
春のからだはもっと動きたがっていると感じられたからだ。
少し学んだ気功の型はすっかり忘れたが、
あの独特の速度だけはしっかりからだに残っている。
型に囚われず、からだに聴きながら、あらゆる方向、
あらゆる次元を開きながらゆっくり動いてみる。
からだが山や空や風や樹々と心地よく共振して漂いだす。
ものの三十分も動けばからだのなかのしこりや囚われが取れて
すっかりいい気分がからだに満ちる。

蠢きながら、からだが静止したポーズに入りたがれば
そこで静止する。気功の時間性からヨガの時間へ移行する。
そして、つぎの蠢きがからだに満ちてくれば
つぎの動きや静止に入る。
呼吸を楽しみたくなればゆっくり呼吸しながら動く。
体腔をさまざまな形に変形していくと、
恐らく細胞の生命記憶に刻まれているさまざまな
古生物の体感が滲み出してくる。
ここからサブボディの原生体への坑口が開いていく。
口腔を変形すれば情動と連動し、
からだの闇に眠るさまざまな異貌の自己の体感に触れることができる。
その体感はサブボディの異貌体への坑道につながる。
それらすべての内クオリアは、風、音、光、鳥の声、
そして重力を通じて地球と密接に共振している。
その心地よい生命共振を取り戻していく中で、
日常体が囚われているさまざまなこだわりや滞りが解かれていく。
春の調体は、気功の速度がいい。
そこから、無限の共振が飛び立っていく。
なにか面白い動きが出てくればそれに従う。
体腔から声が出てくればそれを増幅する。
口腔の形を変えると無数の情動や感情が飛び立ち流れ始める。
サブボディの十体の萌芽が無数に蠢いている。

こういう命の多次元変容流動へからだごと入り、
それをあるがままに解き放ってサブボディ探体へつなげる道は、
多次元リゾームから多次元リゾームへの道だ。
リゾーム・リゾームと名づけている。

これに対し、百丹三元など、いったん幾何学的な三次元方向の全次元に
からだを解きほぐしてから、
サブボディの探体に入るのは、ツリー・リゾームの道だ。
まだ意識が十分鎮まらない日常のからだから、
意識にも分かりやすいように
一度ツリー上の三次元の抽象的空間の中に日常体の癖を解きほぐしていく。
このツリー・リゾームの道を通るか、
リゾーム・リゾームの坑道にいきなり入るか、どちらもある。
からだに聴きながら、両者をフレキシブルに併用すればいい。

囚われず、こだわらず、流されず。
風のリゾームになる。
春がそれを応援してくれる。



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