September 2015
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サブボディ共振塾ジャーナル
 http://www.nicovideo.jp/watch/sm27137773
 
 2015年10月5日

共振リゾームに徹した今年の九月


今年の9月は、まる一ヶ月かけて<共振リゾーム>に徹してきた。
からだの闇の内と外に50%ずつ等分に耳を澄まし続け、
半分は自分独自の動きを発明し、
あと半分は他の踊り手に共振して伝染される。
これがもっとも豊かな群れとしての共創法だ。
この経験を土台にした今年の生徒は、悠々と『静かな家』や
『病める舞姫』の世界に入っていくことができる。
そこで出会うとてつもない奇妙なことは
すべて<共振リゾーム>のなかで経験したことだからだ。
何一つ驚くものはない。
すべては生命共振現象なのだ。





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 2015年10月1日

チャトルロックガーデンの共振リゾーム


4ヶ月に及ぶ長いモンスーンが開け、
近くのチャトルロックガーデンを訪れた。
塾生たちはそこでのさまざまな地形から、
もっとも気になる場所を選んで踊った。
そして、さまざまな世界変容を共振リゾームで共創した。
塾生のひとりが見つけたカタツムリに共振して、
河原の岩場で踊ったり、
蜘蛛の巣に巻かれたり、
久々の自然のなかでサボボディ=コーボディが弾けた。



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 2015年9月25日

透明な生命になる<共振リゾーム>


今期は、はじめから新しい<共振リゾーム>によって授業を進めている。
これまでは、各自が一人でからだの闇を掘り、サブボディ舞踏を創造し、
その展開を助ける群れの動き=コーボディに分けて授業を進めてきた。
だが、からだの闇にそんな区別を持ち込むのは誤りだ。
からだの闇では、個も群れも類も非二元一如だ。
一人のからだは百兆個の細胞からなり、
個体としての人間は百兆個の人間細胞と
二百兆個の体内細菌生命らとの共振体だ。
また、一つ一つの細胞生命は40億年間、個や種や類の障壁を超えて
生きのび続けている巨大な生命潮流の一環にすぎない。
命とは二元論的な時空の区別を超えて共振しているものだ。
だから、低次な二元論的判断を持ち込んでは
かならずいのちを捉えそこなう。
現代の科学的認知も宗教的信仰も、いのちを捉えることはできていない。
どちらも二元論的制約の中にあるのに
自らが狭い枠内に囚われていることを知らない、
井の中の蛙の視点にとどまっている。
二元論によっては、多次元かつ非二元で共振しているいのちは
決して捉えることができないのだ。
いのちを捉えるにはそれらあらゆる知の制約を脱いで
みずからもまた非二元多次元に共振している透明ないのちになるしか
ない。

個と類の境界をこえて共振する<共振リゾーム>は、
今年になってようやく到達した透明ないのちになる修行のようなものだ。



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 2015年9月25日

未知の場所に生みおとされるいのち

今週の木曜日、外へ行こうと予定していたがあいにくの雨だったので、
塾生は建物内で踊りたい場所をいくつかみつけて、踊りを創った。
ただ、最初の場所は自分で選ぶのではなく、
他の生徒が選んだ場所に、目隠しして連れて行かれ、そこで踊った。
その世界がどういう世界であるかは、連れて行った塾生が
世界クオリアを先導し、他の塾生はそれをシェアして世界を共創した。
そして、第二、第三の場所は
自分が見つけた場所に移動して踊りを繋いだ。
生命は、産み落とされる場所を選べない。
両親も、生まれる国も、時代も、性別も、顔立ちも選べない。
すべて受け入れるしかないのだ。
それと同様、塾生は連れて行かれた見知らぬ場所を受け入れ、
そこで新たな生命として環界とどう共振すればいいかを探った。
全員でめまぐるしい世界変容をシェアし、共創した。

これは<共振リゾーム>の新しい発展形だ。
はじめて体験した塾生にとっても、面白い体験になったようだ。



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 今期の塾生のボトム探求
 古い塾生のボトム
 2015年9月24日

ボトムボディ(体底体)を探す


今週は、さまざまな心身の変容技法を探った。
頭の上に石を載せて歩き、土方の寸法の歩行を学び、
からだを最小限に縮めてボトムを探った。
ボトムとは何か?
ボトムボディは20年前のある日、
突然からだの闇から降って湧き出てきた。



苦しい姿勢だが、なぜか自分のもとになるという安心感もともなう
不思議に満ちていた。
それ以降ことあるごとにボトムになり込み、
その謎を20年以上も探求してきた。
何千回も踊り続けてきた。
はじめのころはこれは自分だけの特殊なものかと思っていた。
だが、土方巽のからだの闇に寄り添い、
彼の探求のあとを追ううちに、ようやく最近になって、
ボトムボディは、土方にとっては幼いころの
<飯詰め>体験につながっていることに気付かされた。
土方もまた生涯にわたって、幾度ともなくボトムへの変成と、
ボトムからの無限変容を踊り続けた。
土方の処女作は「種」と題されるもので、
モダンダンスの発表会の観客の、(ああ、種からお花になるのね)
というのんきな期待を見事に裏切って終始種のまま舞台を転がり
続けたという。
そして、最後のソロとなった『静かな家』のなかではそれを、
「小さな箱におさめられる」という言い方をして、何度も変奏している。

「私は素っ裸で寝ている、そうして馬肉の夢をみた
  ゆくえは何処へ行ったのか?
  狂王は箱におさめられる
  箱のゆくえは細かい解体につながっている
  髪毛の踊り
  船
  Xによる還元と再生」

「関節の小箱―ハンス・ベルメール―武将―王女―虎」

「武将は女王になり、女王は関節の箱におさめられるだろう。
  その箱のなかからの生まれ変わりがフーピーという踊り子である。」


土方のボトム(箱におさめられるからだ)と、そこからの再生

幾度となく繰り返されるボトムへの変奏、
そしてボトムからの再生。
無限変容。
そう、何千回も繰り返して踊ることによって解くしかない謎に
突き当たったとき、きみはおのれの必然に出会っているのだ。
繰り返し踊れ。
謎が解けるまで何千回でも踊れ。
それこそきみのいのちにとって必然の
生命の舞踏である。



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 2015年9月21日

世界変容を共有する



各塾生は、それぞれのサブボディが踊りたい
二つか三つの世界変容を選んだ。
そしてそのすべてを踊りながらシェアした。
全部で<空に舞う鷲ー胎児ー記憶ー血液ー灰ー石ー気化ー木の葉ー
奥ー落ち葉>
という世界変容の展開になった。
屋上で舞う鷲から、ホールへ降り、さらに庭に出て舞う落ち葉までの
世界変容をからだ共有した。
こういう自分のサブボディの世界だけではなく、
他の思いもかけない世界への変容をからだでくぐり抜けることは、
後に
<自在跳梁>を学ぶ際の準備になる。
命にとって世界はいつも思いがけない形で変容し迫ってくるものだからだ。

これまでわたしは、すこしでも深いサブボディをと思うあまり、
サブボディにこだわり、サブボディとコーボディを区別し、
そのバランスを見出すことに腐心してきたが
それは二元的判断に囚われたこれまでのわたしの限界だった。
日常世界では、こころとからだ、群れと個、あるいは類と個は別物である。
だが、からだの闇では心身は一つのサブボディとなるし、
個と群れ、サブボディとコーボディの区別などない。

双方を自在に行き来するのがサブボディ=コーボディだ。
<共振リゾーム>の発見のおかげで、今期からほんの一歩、
ほんとうのからだの闇へ、そして<生命の舞踏>のほうへ
踏み出すことができた。



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18 September, 2015

Sharing Various World Changes

Each student chose two or three worlds which their
subbody wants to dance, and we share all of them
with dancing. Totally, we experienced so many world changes.
Eagle-Embryo-Memory-Blood-Ash-Stone-Air-Leaves
-Ember-Leaves
This is the way for learning the <Jumping wild> of
Hijikata Butoh which he tried in his "Quiet House".


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共振ワークショップ
in Hungary
 
 2015年9月17日

壁を超える共振ワークショップ



ハンガリーのワークショップ中の写真が届いた。
みんなイキイキとした顔をしているなあ。
わたしもだ。
こういうふうに生きていきたいと思った。
わたしのこれからの人生を変えるワークショップになった。
ありがとう。みんな。

これは各種の障害を持つ人と、健常者の混合ワークショップだった。
ハンガリーの車イスダンスカンパニーに所属する3人のダンサーは、
こう語った。

「これまで社会の中で、私たちに対する態度は二つにわかれていた。
子供扱いされるか、それとも知らんぷりをして距離を取るかのどちらか
だった。でもここではそんな障壁はなにもなかった。」


「健常者の方と一緒に踊るのははじめての体験ですが、
とてもうれしかった。
ときどき動きすぎて、からだが悲鳴をあげたけれど。」


「これからうちの車イスダンスカンパニーでも、こんなふうに
新しい作品を創っていきたい。」


これを聞いてわたしは驚いた。
はじめてだって?
西欧社会ではもうそんなふうな強固な障壁が出来上がって
いるのか。。。
インドや東南アジアには、そういう隔離施設はまだあまりなく、
障害者も皆一緒に暮らしている。
もっとも、インドにはカーストという古い障壁がいまだに人々を
隔てているけれど。
15年前のハンガリーのワークショップに参加し、いまはダン
サーとしている女性も「彼らと一緒に踊りを創っていきたい。」
と語った。
そう、これをきっかけに何かが変わり始めた。

また、中枢神経マヒでほとんどからだを動かせず、しゃべる
こともできない少年の母は、

「初日からこの子が叫び声をあげるたびに、みんなが共振
して声を出してくれたので、
その翌日から毎朝この子は歌ったり、楽器で音楽を演奏し始めたり、
驚くような変化がありました。
何よりこの子が活き活きと笑いながら動き出したのがうれしい。」


そう、それは生命共振の力だ。
共振によって命が鼓舞され、力づけられる。
今の世界に根本的に欠けているのは、
いのちとして共振しあう生命共振なのだ。

これからは、社会の中のあらゆる障壁を消していくような
活動にもっと邁進していきたいと思った。
これまでのようなサブボディの産婆としてだけではなく、
生命共振の産婆に転生しよう、と。

共振塾ではこれまで十年間、あらゆる障害を持つ人をうけいれ、
ともに踊りを創ってきた。
すでにハンガリーやポーランド、オランダの古い生徒は
各種の心身の障害を持つ人々とのさまざまな共振活動を
はじめている。
これをもっと大きな輪に拡げていきたい。
地球上のあらゆる障壁を消していこうではありませんか。

これにはあなたの支援が必要です。
一緒にやってみようと思う方、各種障害者団体をお知りの方、
また、資金援助をしてみようと感じられる方はご一報ください。
日本ツアーは2017年夏から秋にかけて予定しています。
資金援助サイトを創る準備をはじめているので、
そのときはよろしくおねがいします。


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 2015年9月23日

共振リゾーム in ハンガリー

ハンガリーの一週目のワークショップは、
ダンサー対象のものだった。
わたしは1999年から2002年にかけて頻繁にハンガリーや
東欧を歴訪し、公演やワークショプを数多く持った。
驚いたことに、13年から15年ぶりの訪問だったのに
古い参加者たちがたくさん集まってくれた。
それぞれに昔のワークショップを契機に、
それぞれに踊りに道が開かれたという。
あるものはダンサー、ある者はダンスセラピスト、
あるものは踊りや演劇の教師、あるものは障害者と協働しているという。
古い友人知人に再開することは人生の最大の喜びの一つだ。
写真に写っているジュディット、アグネス、ガビらとは、
15年ぶりに一緒に踊ったことになる。
すでにジュディットやアギは障害者の人々との協働を長年続けているが、
アグネスのダンスカンパニーも、
二週目のワークショップに参加した障害者たちと一緒に
作品を共創することになった。
ポーランドではカスカを中心にさまざまなトラウマを持つ人々との
共創が続けられている。
何かが、少しずつだが変わっていく。



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