October 2015
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サブボディ共振塾ジャーナル
 
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 2015年10月31日

透明さの深淵



10月の末、突然塾生のsubbody=cobodyが透明さを増してきた、
と書いた。
透明さというのは、20余年前に踊りはじめて以来、
わたしの中でずっと最高の位置を占めていたたったひとつの基準だ。
なにものにもとらわれていないこと。
自我だの関係だの他者だの外圧だの、理想だの理論だの、
何かにとらわれている踊りは見ていて不透明だからすぐ分かる。
そんなものをすべて脱ぎ捨てることができたとき、
踊りは透き通って見えるようになる。

今期の塾生がたった二ヶ月でその透明さを身につけ始めてきた。
驚きだ。
心底驚きだ。
そしていままでなぜわたしが、
塾生にこの透明さをうまく導くことができなかったのか、
その理由も透明に見えてきた。
わたし自身がどれほどのこだわりに囚われていたか。
その不透明さはすべて塾生の踊りに反映してきた。
だが不思議だ。
今起こっていることの中にはいままでのような相関関係は見られない。
わたしの透明さが増したからではまったくなくて、その逆だからだ。
いま、わたしは自分のなかの幼児的なサブボディの
幼児的なエゴに満ちた欲望や企みと
毎夜死にものぐるいで格闘している。
おそらく67年の人生で最深の混沌の中にある。
だから何が起こっているのか、理路整然と理解することはできない。
だが、この死力を尽くした格闘の末に、
全面降伏するしかないところまで墜ちると
かえって何かが晴れ上がるのかもしれない。
おのれの無力さが身に沁みることが、
この晴れ上がりに関わっているのかもしれない。

深淵図では、なにもかも奇妙奇天烈で、
これまで体験したことのないとんでもない逆説ばかりが起こる。
そんなところまで来てしまったようだ。




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 2015年10月31日

透明な共振が起こりだした


10月の末、突然塾生のsubbody=cobodyが透明さを増してきた。
こんなふうに感じたのは、共振塾10年の歴史の中ではじめてのことだ。
そう、とうとう何かが起こりだした。
自我や自己を脱いで透明なイノチへの変成が起こりだしたのだ。
深く静かによろこびを噛みしめる。
塾生たちの意識ではそんなことにはまだ気づいていない。
あいかわらず悩みや苦しみに七転八倒している。
だが、変化は意識ではなく意識下の踊りにおいて、
とりわけのその共振のしかたにおいて真っ先に起こるのだ。



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 2015年10月26日

生命共振 2015年10月23日


10月第3週目の週末、各塾生はそれぞれ30分の踊りを創った。
例年よりかなり早い進展だ。
しかも今期ははじめから各塾生の踊りをすべて全員でわがものとして
感じシェアするという<共振リゾーム>を展開してきた。
単にコピーしたり、フォローしたりするだけではなく、
他の人のサブボディも自分のそれとして一緒に踊ってきた。
それがこれまでとの、見かけはかすかだが根本的には大きな違いだ。
以前はサブボディは各自のものという個にとらわれていたのだ。
ほかでもない、わたし自身が。
自我や自己はもっともっと果敢に脱ぎ捨てていかなければならない。
そして、イノチになる。
透明なイノチへ生成変化する。
その方法が<共振リゾーム>というわたしにとっての革命だった。
今期の塾生は、各自が体験するからだの闇のクオリアを
自他の境界を超えて、すべてわがこととして体験し共有してきた。
それは踊りを透明にし、
ピュアな生命共振そのものといえる踊りが出てきた。
これが何よりうれしい成果だ。


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 2015年10月22日

カングラ遺跡のサブボディ=コーボディ


例年のようにカングラ砦跡の遺跡を訪れ踊った。
今期の塾生は例年よりも少数なので、
一人あたりの踊れる時間が増加する。
わたしもいつものようにストップウオッチ片手に、時間配分の
交通整理役をしないで済むのでありがたい。
カングラでは全員がそれぞれの気に入った場所を見つけて
30分ずつ踊った。
例年よりも仕上がりが早い。
古い塾生のカスカも参加して、さすが古参という技術を見せた。
来月には南インドのサンダラバードへ、インド人ダンサーの
チャンダナとのコラボレーションにでかけているジオも帰ってくる。
さて、ことしはどんな舞踏祭になるのだろうか。


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 2015年10月19日

密度を運ぶ・強度を溜める


10月に入って、いよいよ土方巽の最後のソロの舞踏譜
『静かな家』への取り組みをはじめた。
先週は、幾つかの節の重要な創造技法を学んだ。
とりわけ、週末の共振劇場では、従来からの<密度を運ぶ>に加え
<強度を溜める>、いわゆる<タメ>技法に重点を置いた。
からだの闇の非二元のクオリア流動にそのまま従ってきた
これまでの<共振リゾーム>の動きを、さまざまな技法によって
剪定し、練磨していく創造過程に入った。

「9 (鏡の裏)

 

鏡の裏―光の壁

 密度を運ぶ自在さの中には、
めまいや震えや花影のゆれがひそんでいる。



12 崩れる

 

  叫びと少女―くずれてゆく前のふるえ」



<タメ>は多くの人が知る伝統的な技法だが、
その本質はもっとも重要なクオリアの変化を最適のタイミングで
観客と共振共有するための技法だ。
一般的なクオリアの密度を運ぶ(変化させる)技法の中でも
とくに一定のクオリアの強度を徐々に高めていく技法を<タメ>と呼ぶ。
これによってメリハリが生まれ、
序破急、図地兆、花秘謎などの創造技法によって洗練・統合されていく。
12月の舞踏祭まであと二ヶ月。
錬成の時間はたっぷりとある。




「Xによる還元と再生」についてもっと読む




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 2015年10月10日

Xによる還元と再生


10月に入って、いよいよ土方巽の最後のソロの舞踏譜
『静かな家』への取り組みをはじめた。
9月いっぱい<共振リゾーム>を徹底して踊り、
そこで起こる多彩な生命共振現象をからだで経験したおかげで
塾生たちは容易に土方舞踏の最深の生命体験にも
驚くことなく入っていける。
かつて数年間、土方舞踏の世界をいきなり紹介すると、
ほとんどの先進国からきた生徒は激しいアレルギー反応を起こした。
なぜこんなことをしなければならないのか、
わけが分からなくパニックになるのだ。
だが、たがいのからだの闇で起こることに、
からだごと共振しあう<共振リゾーム>を経験すれば、
そこでどんな意外なことも起こることが体得できる。
<共振リゾーム>は、舞踏を学ぶ上での長年のアポリアを
解くことに成功した。
今週は土方のもっとも重要な技法である
<Xによる還元と、その再生>に取り組んだ。
日常の人間のからだ(脳心身)から、何らかの要素を削減する。
すると任意の衰弱体が出来上がる。
ある塾生は、知性を削減して、飢えた虎に変成した。
別の塾生は、40億年の生命史を削減し、
単細胞の無限共振体になりこんだ。
またあるものは、意図を削減し、
見えないものに翻弄されるいのちそのものになった。
いのちはいつもなにものか視えないものに動かされている。
土方はそれを静かな家では<赤い神様>と呼び、
「病める舞姫」では、<空気中に棲む視えない大きないきもの>と称した。
身に付けるのがもっとも難しいと思えるこのX還元技法を
縦横に使いこなせるようになれば、無敵の創造者だ。
塾生たちは喜々として果敢にそれに取り組んでいる。
やれやれ、やっとここまで来た。


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 http://www.nicovideo.jp/watch/sm27137773
 
 2015年10月5日

共振リゾームに徹した今年の九月


今年の9月は、まる一ヶ月かけて<共振リゾーム>に徹してきた。
からだの闇の内と外に50%ずつ等分に耳を澄まし続け、
半分は自分独自の動きを発明し、
あと半分は他の踊り手に共振して伝染される。
これがもっとも豊かな群れとしての共創法だ。
この経験を土台にした今年の生徒は、悠々と『静かな家』や
『病める舞姫』の世界に入っていくことができる。
そこで出会うとてつもない奇妙なことは
すべて<共振リゾーム>のなかで経験したことだからだ。
何一つ驚くものはない。
すべては生命共振現象なのだ。





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 2015年10月1日

チャトルロックガーデンの共振リゾーム


4ヶ月に及ぶ長いモンスーンが開け、
近くのチャトルロックガーデンを訪れた。
塾生たちはそこでのさまざまな地形から、
もっとも気になる場所を選んで踊った。
そして、さまざまな世界変容を共振リゾームで共創した。
塾生のひとりが見つけたカタツムリに共振して、
河原の岩場で踊ったり、
蜘蛛の巣に巻かれたり、
久々の自然のなかでサボボディ=コーボディが弾けた。



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 2015年9月25日

透明な生命になる<共振リゾーム>


今期は、はじめから新しい<共振リゾーム>によって授業を進めている。
これまでは、各自が一人でからだの闇を掘り、サブボディ舞踏を創造し、
その展開を助ける群れの動き=コーボディに分けて授業を進めてきた。
だが、からだの闇にそんな区別を持ち込むのは誤りだ。
からだの闇では、個も群れも類も非二元一如だ。
一人のからだは百兆個の細胞からなり、
個体としての人間は百兆個の人間細胞と
二百兆個の体内細菌生命らとの共振体だ。
また、一つ一つの細胞生命は40億年間、個や種や類の障壁を超えて
生きのび続けている巨大な生命潮流の一環にすぎない。
命とは二元論的な時空の区別を超えて共振しているものだ。
だから、低次な二元論的判断を持ち込んでは
かならずいのちを捉えそこなう。
現代の科学的認知も宗教的信仰も、いのちを捉えることはできていない。
どちらも二元論的制約の中にあるのに
自らが狭い枠内に囚われていることを知らない、
井の中の蛙の視点にとどまっている。
二元論によっては、多次元かつ非二元で共振しているいのちは
決して捉えることができないのだ。
いのちを捉えるにはそれらあらゆる知の制約を脱いで
みずからもまた非二元多次元に共振している透明ないのちになるしか
ない。

個と類の境界をこえて共振する<共振リゾーム>は、
今年になってようやく到達した透明ないのちになる修行のようなものだ。



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 2015年9月25日

未知の場所に生みおとされるいのち

今週の木曜日、外へ行こうと予定していたがあいにくの雨だったので、
塾生は建物内で踊りたい場所をいくつかみつけて、踊りを創った。
ただ、最初の場所は自分で選ぶのではなく、
他の生徒が選んだ場所に、目隠しして連れて行かれ、そこで踊った。
その世界がどういう世界であるかは、連れて行った塾生が
世界クオリアを先導し、他の塾生はそれをシェアして世界を共創した。
そして、第二、第三の場所は
自分が見つけた場所に移動して踊りを繋いだ。
生命は、産み落とされる場所を選べない。
両親も、生まれる国も、時代も、性別も、顔立ちも選べない。
すべて受け入れるしかないのだ。
それと同様、塾生は連れて行かれた見知らぬ場所を受け入れ、
そこで新たな生命として環界とどう共振すればいいかを探った。
全員でめまぐるしい世界変容をシェアし、共創した。

これは<共振リゾーム>の新しい発展形だ。
はじめて体験した塾生にとっても、面白い体験になったようだ。



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 今期の塾生のボトム探求
 古い塾生のボトム
 2015年9月24日

ボトムボディ(体底体)を探す


今週は、さまざまな心身の変容技法を探った。
頭の上に石を載せて歩き、土方の寸法の歩行を学び、
からだを最小限に縮めてボトムを探った。
ボトムとは何か?
ボトムボディは20年前のある日、
突然からだの闇から降って湧き出てきた。



苦しい姿勢だが、なぜか自分のもとになるという安心感もともなう
不思議に満ちていた。
それ以降ことあるごとにボトムになり込み、
その謎を20年以上も探求してきた。
何千回も踊り続けてきた。
はじめのころはこれは自分だけの特殊なものかと思っていた。
だが、土方巽のからだの闇に寄り添い、
彼の探求のあとを追ううちに、ようやく最近になって、
ボトムボディは、土方にとっては幼いころの
<飯詰め>体験につながっていることに気付かされた。
土方もまた生涯にわたって、幾度ともなくボトムへの変成と、
ボトムからの無限変容を踊り続けた。
土方の処女作は「種」と題されるもので、
モダンダンスの発表会の観客の、(ああ、種からお花になるのね)
というのんきな期待を見事に裏切って終始種のまま舞台を転がり
続けたという。
そして、最後のソロとなった『静かな家』のなかではそれを、
「小さな箱におさめられる」という言い方をして、何度も変奏している。

「私は素っ裸で寝ている、そうして馬肉の夢をみた
  ゆくえは何処へ行ったのか?
  狂王は箱におさめられる
  箱のゆくえは細かい解体につながっている
  髪毛の踊り
  船
  Xによる還元と再生」

「関節の小箱―ハンス・ベルメール―武将―王女―虎」

「武将は女王になり、女王は関節の箱におさめられるだろう。
  その箱のなかからの生まれ変わりがフーピーという踊り子である。」


土方のボトム(箱におさめられるからだ)と、そこからの再生

幾度となく繰り返されるボトムへの変奏、
そしてボトムからの再生。
無限変容。
そう、何千回も繰り返して踊ることによって解くしかない謎に
突き当たったとき、きみはおのれの必然に出会っているのだ。
繰り返し踊れ。
謎が解けるまで何千回でも踊れ。
それこそきみのいのちにとって必然の
生命の舞踏である。



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 2015年9月21日

世界変容を共有する



各塾生は、それぞれのサブボディが踊りたい
二つか三つの世界変容を選んだ。
そしてそのすべてを踊りながらシェアした。
全部で<空に舞う鷲ー胎児ー記憶ー血液ー灰ー石ー気化ー木の葉ー
奥ー落ち葉>
という世界変容の展開になった。
屋上で舞う鷲から、ホールへ降り、さらに庭に出て舞う落ち葉までの
世界変容をからだ共有した。
こういう自分のサブボディの世界だけではなく、
他の思いもかけない世界への変容をからだでくぐり抜けることは、
後に
<自在跳梁>を学ぶ際の準備になる。
命にとって世界はいつも思いがけない形で変容し迫ってくるものだからだ。

これまでわたしは、すこしでも深いサブボディをと思うあまり、
サブボディにこだわり、サブボディとコーボディを区別し、
そのバランスを見出すことに腐心してきたが
それは二元的判断に囚われたこれまでのわたしの限界だった。
日常世界では、こころとからだ、群れと個、あるいは類と個は別物である。
だが、からだの闇では心身は一つのサブボディとなるし、
個と群れ、サブボディとコーボディの区別などない。

双方を自在に行き来するのがサブボディ=コーボディだ。
<共振リゾーム>の発見のおかげで、今期からほんの一歩、
ほんとうのからだの闇へ、そして<生命の舞踏>のほうへ
踏み出すことができた。



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18 September, 2015

Sharing Various World Changes

Each student chose two or three worlds which their
subbody wants to dance, and we share all of them
with dancing. Totally, we experienced so many world changes.
Eagle-Embryo-Memory-Blood-Ash-Stone-Air-Leaves
-Ember-Leaves
This is the way for learning the <Jumping wild> of
Hijikata Butoh which he tried in his "Quiet House".


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共振ワークショップ
in Hungary
 
 2015年9月17日

壁を超える共振ワークショップ



ハンガリーのワークショップ中の写真が届いた。
みんなイキイキとした顔をしているなあ。
わたしもだ。
こういうふうに生きていきたいと思った。
わたしのこれからの人生を変えるワークショップになった。
ありがとう。みんな。

これは各種の障害を持つ人と、健常者の混合ワークショップだった。
ハンガリーの車イスダンスカンパニーに所属する3人のダンサーは、
こう語った。

「これまで社会の中で、私たちに対する態度は二つにわかれていた。
子供扱いされるか、それとも知らんぷりをして距離を取るかのどちらか
だった。でもここではそんな障壁はなにもなかった。」


「健常者の方と一緒に踊るのははじめての体験ですが、
とてもうれしかった。
ときどき動きすぎて、からだが悲鳴をあげたけれど。」


「これからうちの車イスダンスカンパニーでも、こんなふうに
新しい作品を創っていきたい。」


これを聞いてわたしは驚いた。
はじめてだって?
西欧社会ではもうそんなふうな強固な障壁が出来上がって
いるのか。。。
インドや東南アジアには、そういう隔離施設はまだあまりなく、
障害者も皆一緒に暮らしている。
もっとも、インドにはカーストという古い障壁がいまだに人々を
隔てているけれど。
15年前のハンガリーのワークショップに参加し、いまはダン
サーとしている女性も「彼らと一緒に踊りを創っていきたい。」
と語った。
そう、これをきっかけに何かが変わり始めた。

また、中枢神経マヒでほとんどからだを動かせず、しゃべる
こともできない少年の母は、

「初日からこの子が叫び声をあげるたびに、みんなが共振
して声を出してくれたので、
その翌日から毎朝この子は歌ったり、楽器で音楽を演奏し始めたり、
驚くような変化がありました。
何よりこの子が活き活きと笑いながら動き出したのがうれしい。」


そう、それは生命共振の力だ。
共振によって命が鼓舞され、力づけられる。
今の世界に根本的に欠けているのは、
いのちとして共振しあう生命共振なのだ。

これからは、社会の中のあらゆる障壁を消していくような
活動にもっと邁進していきたいと思った。
これまでのようなサブボディの産婆としてだけではなく、
生命共振の産婆に転生しよう、と。

共振塾ではこれまで十年間、あらゆる障害を持つ人をうけいれ、
ともに踊りを創ってきた。
すでにハンガリーやポーランド、オランダの古い生徒は
各種の心身の障害を持つ人々とのさまざまな共振活動を
はじめている。
これをもっと大きな輪に拡げていきたい。
地球上のあらゆる障壁を消していこうではありませんか。

これにはあなたの支援が必要です。
一緒にやってみようと思う方、各種障害者団体をお知りの方、
また、資金援助をしてみようと感じられる方はご一報ください。
日本ツアーは2017年夏から秋にかけて予定しています。
資金援助サイトを創る準備をはじめているので、
そのときはよろしくおねがいします。


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 2015年9月23日

共振リゾーム in ハンガリー

ハンガリーの一週目のワークショップは、
ダンサー対象のものだった。
わたしは1999年から2002年にかけて頻繁にハンガリーや
東欧を歴訪し、公演やワークショプを数多く持った。
驚いたことに、13年から15年ぶりの訪問だったのに
古い参加者たちがたくさん集まってくれた。
それぞれに昔のワークショップを契機に、
それぞれに踊りに道が開かれたという。
あるものはダンサー、ある者はダンスセラピスト、
あるものは踊りや演劇の教師、あるものは障害者と協働しているという。
古い友人知人に再開することは人生の最大の喜びの一つだ。
写真に写っているジュディット、アグネス、ガビらとは、
15年ぶりに一緒に踊ったことになる。
すでにジュディットやアギは障害者の人々との協働を長年続けているが、
アグネスのダンスカンパニーも、
二週目のワークショップに参加した障害者たちと一緒に
作品を共創することになった。
ポーランドではカスカを中心にさまざまなトラウマを持つ人々との
共創が続けられている。
何かが、少しずつだが変わっていく。



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