May 2012
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サブボディ共振塾ジャーナル

第4回 国際ヒマラヤ舞踏祭
2012 Summer

 
2012年6月15日

第4回 国際舞踏祭ヒマラヤ 総合

第4回舞踏祭は終わった。
今ヒマラヤは祭りの余韻を消すかのように
長い雨期を迎えようとしている。
踊りは瞬間芸術だ。
踊られた途端に消えてしまう。
消えた踊りはどこへ行くのだろうか。
踊りは生命共振の非二元の闇に沈む。
舞踏祭に関わった人の生命のなかでかすかに共振し続ける。
そしてそれが新たな創造を生むのだ。



 
 
2012年6月10日

森の顔


写真撮影時の設定ミスによって、ほとんどの写真が
ピンぼけになっていたが、なんとかビデオからキャプチャーして
千変万化したこの貴重な踊りの一端を蘇らすことができた。             
これらの写真からからだの闇に眠っているサブボディの
多彩を覗きこむことができる。
そう、あなたの中にも棲んでいます。



子宮 アクシ(インド)

踊りが深まるとはどういうことか。
二年目になるアクシの踊りは、
くっきりとその成長ぶりを見せてくれた。
一にも二にも、重層化することに尽きるのだ。
一つの振りの中に含まれるクオリアが、
織り込まれるサブボディの数が去年に比べて
何倍にも増え、それが重層化し多様化している。
それが舞台に立って一振り踊りだしただけで違いがわかった。
カメラのISO感度の設定をミスったので写真には写っていないが、
人形のような地顔が悪鬼にも妖怪にも千変万化した。
土方の言う「森の顔」だ。
からだの闇から幾人もの違ったサブボディを掘り出すのは
並大抵のことではない。
それぞれが深い因縁を持って闇に潜まざるを得なかった
やつらばかりだからだ。
何度も激しいエッジにぶつかりへこたれそうになったことを
わたしは知っている。
だが、ひとたび創造とは何かを知った生命は、
自分でそれを乗り越えていく力を見つけ出す。
アクシはインド古典舞踊を習得しているのでからだ運びの基礎ができている。
土方の「静かな家」を二年学んで、土方の衰弱体の身体制御法である、
体部細背技法(BPDWメソッド)がからだに染みこんできた。
B=Body からだ全体
P=Part からだの部分
D=Detail からだの細部
W=Behind World 踊りが背負う背後世界
この4つの要素に絶えず気を配りながら、
花となるからだの踊り場のディテールの踊りを次々に変奏していく。
十数年かけてようやく解き明かした土方の衰弱体技法を
若いアクシが着実に身に着けてきたのを見るのは嬉しい。

踊りの深まりを決めるもうひとつは、
運んでいる踊り手の秘密そのものが深まっていくことだ。
去年のアクシは自己史を総括した。
今年は出生以前の生命にまで遡ろうとしている。

踊りの深まりの三つ目は、運ぶ秘密の深さに応じた、
花秘謎や図地兆、序破急、ためや離見、揉み寄せなどの
緻密な創造技法を身に着けて磨きぬいていく番だ。
後期が楽しみになってきた。



 
 
2012年6月11日

愛の影 ソロ エレノア(オーストラリア)

共振塾最年長のエレノアが最終公演を飾った。
当初予定していなかったが、
からだの中のサブボディが無性に踊り出したがっているという。
先週使った音楽がすべて消えてしまったので、再ダウンロードに苦労したが
なんとか間に合った。
踊りはいっときの大野一雄さんの踊りのように見応えのあるものだった。
膝やらあちこちを痛めていたはずなのに、
踊りだすと年齢を感じさせない多彩なリズムで
サブボディが次から次へと出てきた。
ときに幼女、ときに母、ときにダンサー、ときに女神、
そして無数の妖怪變化に変容した。
これまで彼女が見せたこともない意外なサブボディたちが
噴出するかの勢いで踊り出してきた。
おそらく彼女の68年の人生がいまこの踊りに結晶しているのだという
感動を与えるものだった。
統合とはこういうものなのだということを若い踊り手に
身を持って示してくれた。
年をとるごとに味わい深くなっていく踊りもあるものだ。
私もうかうかしていられない。


 
2012年6月11日

失踪 クリスチン(オランダ)

クリスチンは、共振塾近くの森で踊った。
ヒマラヤの地形がスペクタクルな劇場に一変した。
彼女はこの春最終日まで舞踏コンタクトのワークショップを
ピラーとともに続けた。
秘膜や背後世界というコンタクトダンスにはない
不可視の概念をどう取り入れるか、
ここにも未踏の豊かな鉱脈が潜んでいる。
コンタクトインプロは私も十年以上やったから分かるのだが、
覚えたての頃は面白くて仕方がない。
コンタクトの魔力は直の接触のクオリアが、
微細な秘膜のクオリアに比べると
何兆倍も強すぎてそれへの囚われからなかなか抜けだせないところにある。
この問題はやがて、すべてのサブボディとコーボディを
ソロに統合するときにはっきりしてくる。
なぜなら、ソロでは他人とのコンタクトのクオリアも世界のクオリアも
すべて微細な想像上のクオリアに転換して踊らねばならないからだ。
コンタクトによる強烈なクオリアに集中しているコンタクトダンサーには
その微細なクオリアに耳を澄ますことができない。
物理的な重さや接触に焦点をあわせているからだには、
一挙に何兆分の一のかすかなクオリアを聴くことなどできない。
それがコンタクトダンスの伝統的な限界になっている。
それが、グループの踊りをすべてソロに統合せよという課題を与えた理由だ。
今後その困難な鉱脈をどう堀り進んでいくのか、
これも今後の楽しみだ。

 
2012年6月9日

目がひとつ落ちていく ピラー(コロンビア)

難産だったピラーも、これまでのサブボディ・コーボディを
無事味わいの深いひとつのソロに統合した。
今年の初夏の舞踏祭も、これまでに15作品の上演を終え、
残すところ後二日となった。
ヒマラヤは創造の坩堝となり、
かつてない規模と密度の舞踏がつぎつぎと爆発的に誕生した。
間近でそれを目にするのは人生でもそうそうない壮絶な光景だった。
これまで世界の創造現場をくまなく旅してきたが、
こんな生命創造の爆発は地球上でもここ以外では起こっていない。
これだけ生まれれば、
産婆たる私はもういつ死んでもいい気分だ。
舞踏際の終わりにはいつもメキシコ・インディアンの
シャーマン、ドンファンの言葉を思い出す。
「今日は死ぬにはもってこいの日」


 
2012年6月7日

裸の母の影 ノア (USA)

ノアは繰り返し見る固有夢(原生夢)からこの踊りを創った。母姦し、父殺しは誰にとっても逃れることの出来ない終生の謎だ。逃げきれるものなら逃げるがいい。逃れようとしても逃れられない時にだけ、必然の踊りがからだに降りてくる。


 
2012年6月5日

稚児苦・デラモア・デラモルテ (ギリシャ)

ギリシャからきたパンは、この踊りで舞踏家 デラモア・デラモルテに転生した。1時間半に及ぶ重厚な舞踏だったが、本人は今しばらく光の当たらない闇の中でうごめいていたいと、3枚の写真だけを公開した。ラテン語でデラモアは愛、デラモルテは死を意味する。彼は舞踏に生涯を捧げるという覚悟で、来年も共振塾で修行するという。新しい舞踏家の誕生に祝福!


 
2012年6月4日

憑依の森・カツD

カツはオープンワークショップの参加者と聴衆を合わせて
一つの独創的なコーボディ劇場を実現した。
昨秋に続いて憑依体に変容するワークショップを開いた後、
その参加者と聴衆の全員に日常意識を鎮める調体をガイドした。
そして、聴衆に幾つかの役割を与えた。
まず、一つ目のゴングの合図で、ステージを自由に歩き回ること。
2つ目のゴングで立ち止まり思い思いの樹になる。
踊り手はその森の間をさまざまな憑依体で動きまわる。
3つ目のゴングで聴衆は石になる。
踊り手は石の森を縫って踊る。
4つ目のゴングで聴衆は死体になる。
踊り手は死者の森で踊る。
5つめのゴングで、死者もまた何者かに変容して自由に動き出す。
最終的には踊り手も聴衆もない非二元的な劇場が現出した。
わたしたちはこれまでも踊り手と観衆の垣根を取っ払う
さまざまな実験を重ねてきたが、今日のワークショップから
憑依の森に至る展開はこれまでの最高傑作のひとつになった。
参加者の数も20数人とサブボディホールにちょうどいい人数だった。
わたしも聴衆の一人として森に参加したが、
舞台の中の森として立ち尽くしたり
石や死体になりこんでからだの秘膜で踊りを感じるのは
もっとも深く踊りにからだ全体で共振できるものだと実感した。
いつの間にかわたしも気持ちよくさまざまに変幻して
舞台中を這いずりまわっていた。
これはスイスやギリシャの夏の一ヶ月ワークショップでも
中日あたりに取り入れてみよう。
すると最終日の公演が聴衆に開いていくものだという方向を
はっきり共有できるだろう。
やればやるほど面白いやり方が見つかってくる。
塾生全員がそれを独創的に模索しつつあるのが、
なんといっても楽しいかぎりだ。



 
2012年6月3日

重層的ソロへの統合の始まり  クリスチン・パン

舞踏祭2週目の金曜日には、
クリスチンとパンがそれぞれソロを踊った。
これまで見たこともないような今年一番の深い味わいのソロが出てきた。
舞踏祭の中ですべての踊り手は自分の作品に集中するだけではなく
他の人の作品に求められるままにコーボディとして参加し、
随分踊りの幅が広がってきた。
それをもう一度サブボディ・ソロとして統合するのが、
次の段階だと全生徒に言っていたが、
まずこの二人が見事にソロに統合した。
からだの闇のクオリアがうねりにうねっている今がまたとない機会なのだ。
クリスチンは得意のオーディオ・チャンネルをフルに開いて、
いわば生命としての体腔音声の変幻をベースに、
祖型的な感覚、情動、動きに絡みあわせて重層的に統合した。
それだけでこれまでのコンタクトインプロの影響から
粗大な動きに終始していた踊りから
見違えるような多彩かつ濃厚な踊りが出てきた。
踊り終わったあと、次のパンのソロにつなぐ間、
クリスチンは体腔音を開く調体から、それをからだの動きに拡大して
観衆同士がうなりつつ触れ合い踊りだすコンタクトに導いていった。
これは観客と踊り手の境界をなくしていく、いい実験だった。
実際、からだから出てくる変な声に導かれて動き出すと
からだごと変性意識状態のサブボディになりやすいのだ。
最終日には、これで非二元劇場になだれ込んでいけそうだ。

パンはとても熱心な舞踏の勉強家だが、
これまでは仕入れた知識に囚われて、
大野さんや土方の踊りをなぞる悪弊に陥っていた。
だが、この日はそれらを脱ぎ捨てて、新たなボトム体をみつけ、
そこから十分以上かけて解けてくる踊りから始めた。
なにものかによって最小限のサイズに縮みこまされたボトムから、
解けてくる過程で、さまざまなサブボディがX還元された微細なサイズで
からだの各部からデテールの踊りとして微かな気配を垣間見せる。
それによって、これまでの粗大な踊りから、微細さが無限に重層された
底知れない謎を秘めた踊りに成長してきた。
まったく例を見ない絶対的な独創が生まれた瞬間だった。
そうだ、これまでバラバラに出てきていたさまざまなサブボディ=
コーボディがひとつのソロに重層的に統合されるとき、
こういう突然変異的な奇跡が起こるのだ。
踊りの中のそれぞれの花が別々の謎を折り込み、
花と謎は見えない秘密の縦糸横糸で重厚な織物のように
縫い合わされる。
土方の言う「森の顔」が出てくるのは
こういう重層的な手続きを踏んでいるからだ。
サブボディとコーボディの謎は、多彩な創造を重層化していく過程でも
大いに働くことが分かった。
それとボトムの持つ無限の可能性をも垣間見た。
今後どういうふうに踊りを深めていくことができるのか、
その光明が確かに見えてきた。
今年のすべての共振塾生がその可能性を手に入れたのだ。



 
2012年6月1日

愛の影 エレノワ (オーストラリア)




 
2012年5月31日

ハッピー・フリーさん? フリー (イギリス




 
硝化銀 ハビエール (アルゼンチン) 
2012年5月31日

硝化銀 ハビエール (アルゼンチン) 




 
 
2012年5月29日

反 ロジャー (スイス)

1
Can you smell it?
Can you hear it?

2
I belong to you.
Please let me enter...

3
I can see you.
There is no entrance...
I am that door!
-------------------------------------

1
Who am I?
In or out?

2
In this world question don't exist.
Only the parado of gravity.

3
Closer than a brother
We embrace Love & Death.


Roger

 
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2012年5月28日

無窮胎道 ピラー (コロンビア)

ピラーもヒマラヤ4年目になる。
この踊りで彼女は何度も死と再生を繰り返した。
帝王切開で産み落とされた彼女は、
どこか自分の出生が腑に落ちない。
なにか完全でないと命が感じている。
だから納得行くまで胎道をさかのぼり、下り降りて、
自分の誕生とは何だったのかを繰り返し踊らざるをえない。
4年目にしてとうとう彼女の命にとって必然の踊りに遭遇したようだ。
コーボディも闇の中の野犬、魔女、水中の象の群れ、
母胎・子宮などに変容してこの踊りを支えた。
そうすることでわたしたちは互いの必然域で共振する。
この世には何度も何度も踊らねばならない踊りがある。
そういう必然の踊りだけが踊るに値する。
踊り抜くことで深い気づきが立ち上ってくる。
生誕をめぐるトラウマや幼年期トラウマなどの深い囚われは
自分が人生で出会った他の問題とも深層で共振していることが
徐々に透けて見えてくる。
見る方も言い知れぬ生命の謎に巻き込まれる。
共振塾の長期生の比率が増えるとともに、
出てくる踊りの必然度が深まっていく。
そしてそれが新入生にも深い影響をもたらしている。
命の必然から踊るとはどういうことか、からだで共振するからだ。

今回の舞踏祭では、
まず全員がサブボディ=コーボディからなる踊りを創った。
コーボディは様々な背後世界に変容してサブボディと関わった。
いわば世界チャンネルとして現れたのだ。
コーボディと共に一つの踊りを踊った後のサブボディの課題は、
それをすべてソロとして統合することだ。
ピラーの場合で言えば、この踊りの中のソロだけではなく、
闇の中の野犬や水中象らのすべてを自分で踊ることだ。
そうすることでサブボディとコーボディがひとつとなり、
世界という謎と自己という謎が一体化する
より深い非二元域の生命の謎と直面することができる。

その過程でその踊りは終生の師となり盟友に育っていく。
今後も長く続くからだの闇を旅する上で
かけがえのない叡智と光明を持つ道案内が誕生するのだ。


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2012年5月26日

Yajna - Sacrifice (燔犠) カツ (USAー日本)

さいわい、第4回舞踏祭は快調な滑り出しを見せている。
毎日濃密な舞踏がこんこんと湧き出ている。
まるで命の創造の泉を目の当たりにしているかのようだ。
春からずっと毎週金曜日のサブボディ・コーボディ劇場を続けてきたので
特別な宣伝をしなくても一定の観客が見に来てくれるようになった。
ありがたいことだ。

ヒマラヤ4年目になるカツは、
今年前期で出会ったサブボディ・コーボディをほぼすべて統合し、
かつ共振塾の地形をさまざまに活用し、
ほぼ塾生全員のサブボディ・コーボディを生かして
濃密な踊りに仕上げた。
以前は半年かけてソロをひとつ創りあげるのに精一杯だったことを思えば、
命の創造性がヒマラヤでたくましく育っていることを感じさせてくれた。
タイトルの Yajna - Sacrifice (燔犠) は土方巽が1970年代の公演に用いた「燔犠大踏艦」から来ている。
燔は燃え盛る火で肉を焼くこと、
犠は文字通りその上で焼かれる生贄だ。
大踏艦は舞踏手が乗り込む大きな艦船、
一蓮托生となるサブボディ・コーボディを意味する。
カツは自らの身を生贄として捧げる踊りを創った。
だがわたしたちはすでに一人ではない。
「静かな家」では、この船は箱におさめられた狂王や
箱のゆくえや虫や羅漢や熊やグニャグニャの猫や、
髪の毛の踊りに解体される。
そしてそれら解体されたものは船の部分をなしていると同時に
船が化けたものでもある。
つまり、部分と全体、個と群れ、
サブボディとコーボディは別物ではない。
ひとつの非二元一如のものなのだ。
近代的な自我や、群れとは画した個という幻想を
脱ぎ捨てた末に到達できる生命の境位である。

最後のリハに先立ってカツは自分の深淵に導く調体をガイドした。
「愛を感じるてください。」
「でもその愛は利己的な愛です。」
「愛しているというとき、それは暗に、わたしを愛してくれますか?
という意味を含んでいます。」
「その愛が腐って、虫に変容し、
それと一緒に地底の暗いところに降りていきます。」
「そのままでいることも、それを脱却しようとすることも自由です。」
云々と、私たち全員は自分の愛が何なのかを吟味させられることとなった。
愛や慈悲といった各宗教で至高とされるものは、
生命の深淵に降りればただ、良い共振を求めようとする
生命の持つ根源的な傾性にいきつく。
生命はなんの倫理でも道徳でもなく、
ただ40億年間で出会ったあらゆるものと
良い共振パターンが創発されるまで待ち続けている。

カツはこの春毎月曜日の指圧をガイドした。
タオ指圧の遠藤亮及(亮は口偏)師から学んだ自我の鎮め方を
繰り返しガイドしたが、エゴはなかなか簡単に静まるものではない。
この踊りでもそれを追求し続けた。
自我だの自己だのを横において、我が身を炎火にさらして生贄に
なることをいとっていては生命の舞踏は踊れない。
去年のカラビヤウ胎児といい、今年の生贄といい、
カツは毎年確実に探求を深めてきた。
今年いっぱいでヒマラヤを卒業し、
地元の米国ミネソタに練習場を開く予定だという。
自我の国アメリカで、底知れない苦難に出会うだろうが、
それもまた産婆の試練として乗り切ってくれるだろう。



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26 May, 2012

 Yajna - Sacrifice (燔犠) /Kats D


To sacrifice is to connect heaven and the earth,

To connect earthly desire with heavenly power

To connect selfish with selfless

To sacrifice is to be reborn

To reborn one has to die first

To die is to gaze into the bottomless abyss of being and

To accept the fire of darkness graciously

He wanted to live to be One with everything

Then he realized that he had to die in order to be One with everything

So he sacrificed his body into the flame to burn

Sacrifice is a journey

Kats D


第4回 国際ヒマラヤ舞踏祭
2012

 舞踏公演  ワークショップ  終了

全公演とワークショップは: 無料です。
ご自由にお楽しみください。

Date

Time

Place

Event

Dancer and Instructor

25

Fri
May

 

10:30



Subbody Hall

 

 

 

"Celeration of Nature"
Workshop by
Eleanor (Australia)

 

15:00

Cobody
Theaterl

 

 

 

"Yajna -Sacrifice"
Performance by

Kats D
( USA-Japan)

 

 

17:30

Cobody
Theaterl

 

 

 

"Thread of Abyss"
Performance by
Pilar
(Colonbia)

 

26

Sat

 

10:00

Subbody Hall

 

 

"Anti"
Performance  by

Roger
(Switzerland)

 

19:30

Subbody Hall

 

 

"AgNo3" Performance  by
Javier (Argentine)

27

Sun

 

14:00

Subbody Hall


 

 

Butoh Contact Workshop
  by
Kristien (Holland)
and Pilar

19:30

Subbody Hall

 

 

 "Is Mr. Happy Free?" Performance by Free (England)

 

31

Thu

18:30

Subbody Hall

 

 

"Dancing in Love's Shadow" Performance by Eleanor (Australia)

 

1

Fri

June

 

11:00

Subbody Hall

 

 

Butoh Workshop  by Pilar

 

15:00

Subbody Hall


 

 

Subbody-Cobody
Performance

by
Several Dancers

 

2

Sati

June

 

11:00

Subbody Hall

 

 

possessed Body
Workshop
 
by Kats D

 

14:00

Subbody Hall

 

 

"Possessed Forest"
Performance by
Kats D

 

3

Sun

 

11:00

Subbody Hall


 

 

Butoh Contact Workshop
  by
Kristien
and Pilar

 

19:30

Subbody Hall


 

 

 "Suffer Little
Children"
Performance by

Pan (Greece)

 

5

Tue

 

11:00

Subbody
Hall

 

 


Butoh Workshop  by Akshi (India)

 

19:30

Subbody
Hall


 

 

"The Shadow of My Naked
Mother"
Performance by
Noah
(USA)

6

Wed

 

11:00



Subbody Hall

 

 

 

"Celeration of Nature"
Workshop by
Eleanor (Australia)

 

18:00

Subbody Hall

 

 

 "An Eye was Falling"Performance by
Pilar
(Colombia)

7

Thu

11:00

Subbody Hall

 

Voice Workshop  by
Kristien
(Holland)

18:30

Subbody Hall


Butoh Performance
"The Womb"
by Akshi
(India)

 

 

 

8

Fri

 

11:00

Subbody Hall

 

 Butoh
Workshop

by Pilar

  15:00 Subbody Hall 

 Butoh Performance
 by Several Dancers

9

Sat

 

11:00

Subbody
Hall

 

 

Butoh Workshop  by Akshi (India)

 

15:00

Subbody Hall

 

 

ButohPerformance
"Disappearance"
by
Kristien (Holland)

 

17:00

Subbody Hall

 

 

Grand Final Performance
by
All Dancers

 
2012年5月25日

ヒマラヤ渓谷のノマド劇場

5月のある日、私たちは共振塾から2時間ほど山中に入った
グナ渓谷を訪れた。
そこで各踊り手は自分が気になる場所を見つけ、
固有クオリアのコーボディを創った。
生徒たちはある場所のコーボディから次の場所の別のコーボディへ
さまざまに変容しながらノマドのように旅しながら動いた。
踊る中で、群から離れてサブボディになるのも自由。
コーボディとサブボディの境界線が徐々に消えて行く。
両者はもともと別物ではない非二元一如のものなのだ。
今年はこのように様々な仕方で、コーボディを育てる方法が
見つかってきた。
その豊かなコーボディに支えられて、第4回舞踏祭の多彩な踊りが
次から次へと生まれてきている。
これは共振塾でも始まって以来の新境地だ。
一人ひとりの踊り手が自分だけの創造に凝り固まるのではなく、
他の人の踊りにも融通無碍にサブボディ=コーボディとして参加している。
このプロセスで生徒たちは見違えるように多彩な変容力を身に着けてきた。
今年一年この訓練を経れば、無限の変容力を身に着けた
ノマド=プラトー=リゾームに育ちあがって、
たくましく世界に羽ばたいていくことができるだろう。
彼らが世界を面白く変えていく日も近い。


 
 無限変容する死者になる
2012年5月23日

無限変容する死者になる

今年起こったもっとも目覚しい変化は、コーボディの成長だ。
先週の金曜日、生徒たちはジオの「無言へ沈む花」をコーボディとシて踊った後、立て続けにハビエール、アクシ、ケスリのピースのコーボディを踊った。長い練習時間があるわけではない。ごく短い時間に基本となるクオリアをからだに入れて踊る。
それができるようになった言うことは、文字通り土方の言う、
静かに、しかし無限に変容する死者
になるということだ。
ジオの踊りも良かったが、その日のコーボディの凄さに目を見はらされた。
今まで私が、サブボディか、コーボディかという二元論に囚われていたことに気づいた。どちらも大事だということは前々から気づいていた。だから練習時間をサブボディとコーボディに半々に割り振ることに気を使っていた。
だが、問題はそんな二元論の次元にあるのではなかった。
サブボディとコーボディは別物ではなく、一つのものなのだ。
どこかで自己と他人、サブボディとコーボディの間にあると信じられていた幻想がひっぺはがされ、一つにとけ込むとんでもない境界を越境しなければならなかったのだ。
ちっぽけな自我や、自己という深い謎に囚われている限りはどこへも行けない。生徒たちの多くはどこかでそれらを一枚脱いだのだ。
これは考えてもたらされたものではなく、まさしく今年の春のフクシマショックの賜だ。その衝撃によってわたしをも含む共振塾全体が図らずもその境界をどこかで越境して、非二元の生命の域へ降りることができた。
それは並大抵のことではなかった。生徒のほとんど全員がかつてない激しいエッジに直面した。何が起こっているのか定かにわからないまま、かろうじて乗り越えられた人もいれば、残念ながら脱落した人もいる。わたしには生徒のサブボディとコーボディの胎児が見る前で流産していくのに、助ける術もなかった。生徒の目覚しい創造の爆発に触れる喜びと、激しい痛みだけが残った。
今年起こったことはいったい何だったのか、この舞踏祭が済めば思いきりサブボディさんに尋ねる時間を持たなければならないだろう。
これ以降産婆にとって新しい課題が待ち受けている。
サブボディとコーボディの間にはまだまだ未知の謎と深淵が秘められているのだ。



 
2012年5月21日

無言へ沈む花 ジオ(韓国)


第4回ヒマラヤ舞踏祭は、ジオ(韓国)の
「無言へ沈む花」から始まった。
練習に先立って、彼女は去年から追求し続けている
カンボジアやベトナムで虐殺された死者の写真を幾葉か見せた。
これらの死者とともに踊るという。
ほぼ全員の生徒が踊りだすと死者たちの写真が投影された。
ときには踊り手のからだに死者の写真が映って動き出す。
あたかも死者が踊り手のからだを借りて踊りだしたかのような
強い生命共振が現出した。
いや、生徒たちは見事に死者になりきって踊った。
見ていて涙ぐんできた。
おそらく詰めかけた観客の命も激しく震えたはずだ。
終わった後の大きな拍手がそれを語っていた。
踊るべき必然の踊りに出会った舞踏家は強い。
ジオよ、深め続けよ。
ただ、終わった今はひたすら休んで高ぶったからだをいたわる時だ。
生き延びるために、沈静化する調体技法がとても大事になる。




2012年5月21日

ヒマラヤへ来たれ!


 今年は、ビザの関係などで
前期終了日までインドに滞在できない生徒がいるため、
予定より早めて舞踏祭が始まった。

命から命に伝わる生命の舞踏とは何か。

生徒たちは命がけで取り組んでいる。
西洋の自我教育を受けた若い生徒たちが
必死に自我を殺し、ほぼすべての作品にコーボディとして
参加し、さまざまに変容する死者になりこもうとしている姿を
見ているだけで涙が出てくる。

ヒマラヤに来ることは大変なことですが、
サイトで出来る限り紹介していきたいと思う。
お楽しみください。

また、後期に欠員が出たため、
若干名の塾生を募集しています。
共振塾は1年コースが基本になっているため
9月3日から12月7日までの3ヶ月コースを募集するのは
ゴクまれなことです。

費用は米ドルで1500ドル。
日本円にすると11万9千円ほどです。
インドへの渡航費が約10万円。
インドでの3ヶ月の生活費も10万円以下に切り詰めることができます。

このまたとない機会に、ヒマラヤに来て
一緒に生命の舞踏を創造しようとする

熱心な人が出てくることを期待しています。

Lee
 
踊りの血液とクジャク 2
 
 踊りの血液とクジャク 1
 2012年5月12日

踊りの血液とクジャク

5月はまる一ヶ月創造月間になる。
3月、4月のからだの闇の旅で出会ったサブボディ・コーボディを統合し、ひとつの生命の舞踏を創造する。
この創造プロセスで、生徒はより深いからだの闇の掘り方を学ぶ。
頭では決してつかめないかけがえのない濃密な時間を過ごすことになる。
今週生徒たちが探ったのは、ただのからだの動きを踊りに変える
血液を通すことだ。

16 場所を変えることの難しさ

 

    体こそ踊り場であろう。手の踊り場、尻の踊り場、肘の裏の踊り場等。

    この場所が持つ深淵は、この踊り場にはさまってくるものを克服し、

    からみつかせる事により成立する。

    例えば、柳田家があり、柳田家の庭にクジャクがいるという事をたいへんに

    貴重なものであるという発見をする。

    また、カン工場という場所は、私にとってなつかしい粉末というものによって

    語られる。

    それらが踊る際の血液になっているのだ。

 

それぞれのからだの踊り場のかたちをさまざまに変化させる。
曲げたりねじったり震えたりこごえたり縮かんだりさせているうちに
からだの闇から忘れていた体感が蘇ってくることがある。
その瞬間のクオリアを取り逃さず踊りに自分だけの血液を通していく。
この作業なしにからだの動きは踊りに結晶しない。
もうひとつはクジャクだ。
クジャクとは命が人生で出会った驚きに胸が震えた瞬間の暗喩だ。

おさえようもなく命がハッとうち震える瞬間がある。
この命の震える感覚こそが花を花とする。
その震えは世阿弥が言うように心でさえない。
命だけが花を知っているのだ。
だからこそ命から命へ踊りが伝わる。

これによって動きが踊りに転化する。
写真にもビデオにも決して映らない。
その場に居合わせた人だけが命の震えを体験する。



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 12 May, 2012

Infinite digging in the darkness of body


The last creation month has started.
We integrate all process of subbody and cobody.
It has several stages;

1. Conditioning;
Shift from daily body to subconscious body condition. And find the best condition of body/mind for creation.
---Transparency; Open half inward, half outward. Half here, half another realm
---Using twelve conditioning methods

2. Researching;
Dig tunnels in the darkness of body, and meet various subbodies and cobodies.
---Using Sen-Shin-Hitsu (Novelty, Numinousity, Necessity) method,
---Ten-bodies method (See Ten-bodies)
---Blood of dancing ;Prototype emotions, motions of Life; dizzy, fear, scare, shiver, shrink, brock, collapse, warp, illusion,,,
---Can factory; Deep memory, forbidden experience
---Proto dream; most impressive nightmare, repeated dream,
---

3. Creating;
Integrate all subbodies, cobodies and blood of dancing.
---Ka-Hi-Mei (Flower-Secret-Mystery) method
---Jo-Ha-Kyu (Beginning-Changing-Ending) method
---Zu-Ji-Cho (Picture-Background-Signal) method

4. Midwiving;
Take off Ego and Self, become a midwife of Life Resonance to listen to the breath of other's fetus of subbody and cobody, and support the safe process for them.

When students have experienced all process of one year, automatically they can be midwives and become Nomadic Rhizome which can spread at any place on the earth.

These processes are able to get by only whole bodily experience at least for one year.


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May Dream Theater 1 
 
May Dream Theater 2 
 2012年5月10日

5月のドリームボディシアター

カングラフォートで踊った翌日、
生徒たちはその踊りを校庭やホールで深めた。
欲しいコーボディがあれば、わずか5分間で協力を頼む。
ダンスは瞬間コミュニケーションなのだ。
阿吽の呼吸でコーボディが出来上がる。
生徒たちはその呼吸をつかみ始めた。
生まれたばかりのサブボディ・コーボディはいろんな場所で踊ることで
鍛えられ育ってゆく。
じょじょに今年前期の踊りの骨格が見えてきはじめた。
これからそこに踊リの血液を通し、
固有の深淵への坑道を掘り進め、
世界で一つだけの踊りにみがきあげていく。
5月は一気に創造月間を迎えることになるだろう。



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廃墟の死者はどんな夢を見るか 1
 
廃墟の死者はどんな夢を見るか 2
 
廃墟の死者はどんな夢を見るか 3
 2012年5月6日

廃墟の死者はどんな夢をみるか

4月コースの最終週、私たちは近くのカングラフォートを訪れた。中世のインドの砦の遺跡で、崩壊が進んでいる。
この地域は古来良質の岩塩を産し、
貴重だった塩をめぐって争いが絶えなかった。

砦は高い城壁で守られ、囚人の牢獄や廃墟となった寺院跡などがある。
おそらく無数の人がここで戦い、息を引き取っただろう。
死者の亡霊が今なお漂っているかのような趣きだ。
その地で、生徒たちは2ヶ月間でからだの闇から掘り出したサブボディ、
コーボディや固有の夢を統合する踊りを創った。
じょじょに自他の境界が溶けてなくなり、
生徒たちは他の生徒の夢に融通無碍に入り込んで踊った。
ここで息絶えた死者たちの見た夢も紛れ込んだかもしれない。
炎天下3時間に及ぶ無限変容の踊りで、生徒たちは大変貌を遂げた。
時空を超えて共振する自他分化以前の生命の舞踏が出現し始めた。
多くの写真の多彩さからその変化を受け取っていただけると思う。
3回に分けて掲載します。お楽しみ下さい。



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