サブボディ共振塾ジャーナル
2010年2月3日

先月、たまたま訪れた嵯峨真里奈さんは、一週間ほど、わたしの朝の普段の練習を一緒に体験された。
これまでもご自分で瞑想したり、中南米のシャーマンの施術を体験したり、シスコで5年間マッサージを開業したりと、
もともとからだの闇を旅されてきている方だったので、すぐ自分のサブボディの世界に入って楽しまれた。
こういうひとは珍しい。その体験記が届いたので掲載します。

サブボディ共振塾体験入学記・嵯峨真里奈

神々しいヒマラヤの雪山が、冬の朝のやわらかい太陽の光を反射させながら時を忘れた
ように静かに座っている。

リーさんの舞踏スクール、サブボディ共振塾は、こんな雪山に囲まれた北インドのヒマ
ラヤ麓の小さな町、マクロードガンジの近くにある。チベット仏教の大権威、ダライラ
マ法王と彼が導くチベット亡命政府の本拠地ともあって 世界各国からの観光客も後を
たたず, 小さいながらもコスモポリタンな雰囲気にあふれた町だ。町を散策していると、
チベット仏教の僧侶や尼僧が身を包む袈裟の深いワイン色に目を癒される。露天のCD
屋から聞こえる童謡のように朗らかに歌われる千手観音の呪文が耳の奥に響く。チベッ
ト独特の黄金の仏像や色鮮やかな仏画を売るお土産屋が焚いているお香に鼻先をくすぐ
られる。

この平和でちょっと俗世離れしたマクロードガンジから少し離れた閑静なジョギバラ村
に、サブボディ共振塾がある。大きい円形の室内ダンススタジオは、床から天井までを
覆うガラス窓が壁の代わりとなっており、その大窓から天を仰いでいるようなヒマラヤ
の雪山が、青空を背景に私を見下ろしている。

その開放的な円形空間の中、サブボディーとリーさんが呼ぶ、心身の下に潜んでいるか
らだの中で繰り広げられる闇の世界の住人たちの動きを私は垣間見た。自己の体でその
動きを踊りとして表現するのだ。その闇の世界の住人たちというのは他でもなく、己の
命が生物として初めもなく終わりもない今までの進化過程で生み育んできた存在である。

真の暗闇の底で牙を隠しながらゆらゆら泳ぐ盲目の醜い深海魚、自我の栄光という欲に
負け永久の暗闇地獄に落とされて、呻きもがきながら意味不明の言葉を発する堕天使、
などに出会った。

そんな闇の住民たちから習慣的に目を背けず、表面意識を沈まして彼らと同化、共振し
ながら踊った後、私は妙な安心感を覚えた。

光があれば闇もある。闇なしで光は存在しない。

こう書くと何だか禅問答のようで明確なイメージが浮かんでこないかもしれない。

だがこれだけは明確に言える。リーさんの言葉少ないが人間の生の感覚と感情に直接的
に響いてくる指導の下に、サブボディーの下に住む自己の分身である闇の世界の住人と
遭遇でき、それに対する自己の本能的な恐れを直視できたのということだ。彼らの存在
を踊りとして体現化することにより、今までは私の中の単なる妄想だと思っていた未知
の存在を現象として確認でき、それへの恐れを克服できたのである。

蛇恐怖症の人がそれを克服するためのセラピーで蛇を見たり触ったりすることを自己に
強いるように、自分が最も恐れサブボディーの下に常時閉じ込めている闇の住人を直視
することによって、それを自分の一部として恐れなく受け入れられるような感じだ。

これを可能にしたリーさんの直感的、そして的を得た暖かいご指導に感謝したい。

美や光など明るい存在だけを肯定して理想とし、人間誰の中にでも住む闇の世界の住人
を恐れて無視、拒絶しがちなこの現代に住む人々に、リーさんのサブボディ共振塾を体
験してもらいたいものだ。

2010年2月2日、マクロードガンジにて、

嵯峨真里奈

2010年1月22日

 生徒の昨年最後の踊りをアップ

やれやれ、やっとキャラの「アンセストラル」のビデオをアップすることができた。
奇しくも同じ日にキャラからこの踊りについてのテキストと
昨年一年間のフィードバックの文章が届いた。
タイミングよく同時に掲載出来ることになった。
キャラのこの1時間に及ぶ踊りは、共振塾始まって以来の
一年間に出会ったすべてのサブボディ・コーボディを統合することに成功した踊りとなった。
見た人の命が共振せざるをえない確かな力を持っている。
一年間からだの闇を掘って掘って掘り出したものだ。
無数の困難があった。
何度も流産しかけた。
中絶もされそうになった。
このサブボディが胎児の頃から耳を澄ましてきた産婆としてのわたしにとって
その誕生はことの他嬉しいものだった。
こういう踊りをからだから掘り出すことを手助けするために共振塾を開いたのだ。
まる一年かければここまで来れることを確証した。
ここには花も謎も秘密もみんな詰まっている。
世界中の人に公開して味わってもらえる味わい深いものになった。
手放しで世界に送り出すことができる。
だが、生まれたてのサブボディはまだ一歳に満たない赤子だ。
これから何度も何度もいろんな場所で踊り、磨き、深め、
何度も再生と死を繰り返すことではじめて永遠の命にまで結晶する。
これからが正念場だが、キャラはそれをやり遂げてくれると信じている。



A presentation for Ancestral /Chiara

I have searched the source of my dance
Of my own feminine
Layer after layer
I returned into the ancestral womb
I met again the heart
Beating
Beyond sex
Beating
Beyond form

First layer. Letting.
Letting my eyes falling into the darkness.
Letting breath into the dizzy fall.
Letting silence taking space.

Second layer. Digging.
Digging with the darkness in the eyes.
Digging broken paths.
Digging the roots till the heart.

Third layer. About feminine.
Entering into the womb.
Finding forgotten buried bones.
Entering in everybody. Freeing them from the ruins.
Freeing the tales, freeing the emotions, freeing the roots,
Freeing the forms.

Without layer. Resting.
Beyond the beginning
Beyond the end.


Performance for small venue
Audience max 20 people
Sound system support
Duration 60 min


この踊りをプロデュースされたい方は下記へ連絡を
debochia[at]libero.it
([at]を@に変えてください)


キャラ 一年を振り返って
Feedback of one year / Chiara


So…time to leave. One year, it sounds so long but it was so fast and so many transformations happened. Now that I’m trying to leave some thoughts about this experience it’s so difficult to find the words.

So because it’s so difficult I want just to share a dream that I had few days ago after the last performance.

 I was in a place to perform and I was looking for something, a costume, a music, I don’t remember, suddenly the stairs were changed, modified and in a daily logic impossible to use, but in my dream I just had a moment to react and I saw myself dance and my body resonating with the structure around without judging, and in this dance I was moving freely, suddenly I was just resonating and everything was fine!

So many times during this year I was bound by my patterns and by the question what is dance, which is my necessity, which is my flower, may be I don’t have anyone, and I struggled a lot inside and outside, looking for an answer, looking for a meaning.

After the first term I had a difficult moment where I thought to leave the school but before to take any decision I went to meditate and during the retreat I discovered my body dancing during the meditation, and I finally could open the deep resonance in the silence of the judgments.

I just realized what was the transparent body that Lee was telling us, what was resonating, and even if with a huge challenge at the beginning to overcame the strong patterns of my mind, the result was a simple, fragile, natural flowering for my body and my soul.

I don’t really know how this happen, but it happened.

In July I saw on my hand the transformation of a butterfly and I was touched by this incredible and tiring process.

In the second term I could experienced my own transformation, as same as that butterfly I didn’t realized what was happening but at the end I just tasted the feeling to being reconnected with the Life.

“Butoh has an aspect of “body archaeology”, digging out something buried deep in the body, forgotten or socially suppressed things, either good or bad, sometimes came up to the mind-body during the process”(Kasai), and in this process the butoh performer release emotions and ancient connection, revitalize streams with the Life. For this reason butoh can be sometime a dynamic numinous pray.

This was what I was looking for, this was what I felt the first time that I saw my first butoh teacher, Atsuschi Takenouchi, dancing.

So in this school, in the silence of the Himalaya, I could finally catch a glimpse of my pray, of my being flowering.

It was a long process, up and down, but I’m really glad to Lee that with patience supported it.

I learned a lot from him even when I was disagree; thanks to his method I could find my own way, my own dance, this was difficult to appreciate at the beginning, I had to overcame my laziness, search to my necessary dance, and I felt the emptiness and I was scared….but I could overcame also this.

Thanks also to all the people that I met here.

Particularly the last few months, when we shared the creation process in an intimate atmosphere.

Only me, Kaska and Xavi; and the last week only me and Xavi.

(I have to mention  also Shlomtsi,  that with her dance opened a soft space for me where I could enter and taste a subtle vibration.)

 

Today is really time to leave and it sounds so strange….thank you so much, and also thank you to Ramesh and Pitar and thank you to all the spirits still dancing around in this beautiful place.

 

 

2010年1月20日


古くからの生徒への手紙 いかに探究を深めていくか


毎日、からだの闇に耳を澄ましていることと期待しています。
今日は、からだの闇への耳の澄まし方をより深めていくにはどうすればいいかについて
最近の気付きをお伝えします。

1 24時間耳を澄ます

サブボディは24時間休みなく働いています。
あなたのサブボディと24時間コンタクトをとるような生活をつくってください。
去年私はほとんどの日の授業を朝起きた瞬間のからだの闇の体感クオリアのうごめきに
耳を澄まして、授業プランを作っていました。
寝る前に一応起きている意識でも、あすの予定を組むのですが、
寝ている間にサブボディさんがそのプランをチェックして、訂正してくれるのです。
訂正案は大概奇妙な素っ頓狂な夢として届けられるので、翻訳の仕方を身につける必要があります。
一見なんのことか分からなくても、その夢の体感に耳を澄ますと、
サブボディさんの言わんとすることがつかめるようになりました。
意識では気づけなかった生徒のサブボディが感じている困難や違和感などのささいな徴候にも、
サブボディさんはちゃんと共振して、翌日の突破口を示唆してくれます。
夢を見ないと言う人もいますが、夢の映像イメージは起きる瞬間に立ち消えますが、
夢の中の体感はながくからだの底に留まっています。
直接感じ取れるのは、ごくごくかすかな体感クオリアの傾性ですが、
その体感にじっと耳を澄ますと必ず何らかの大事なことに気付かされます。
枕元に小さな夢日記を用意して、毎朝寝床の中でぜひ、試してみてください。

これは下意識の創造の宝庫への、おそらく最短の近道です。

2 より微細なクオリアを探り続ける

毎日のからだの闇に聴く生活を続けていると、じょじょに、以前には気づけなかった
より微細なクオリアに気づいていきます。
この微細化をどんどん進めてください。
より微小に、より微速に、より不分明なクオリアにも澄ますことのできる耳を育ててください。
クオリアは微細になっていけば行くほど、奇妙な振る舞いをしています。
日常意識にとっては、耐えられないほどの混沌とした訳の分からない体感に満ちています。
そして、チャンネルを超え、時空を超えて流動していることがわかってきます。

3 非二元域を旅する
これらのより微細なクオリアは、おそらく命のクオリアの非二元域に近づいているものと思われます。
共振塾では当初は、チャンネルにはっきり分かれた
分節意識のレベルのクオリアに耳を澄ますことから始めたのですが、
それを深めていくと、ふたつのチャンネルが混融したり、
いくつものチャンネルにまたがって変容流動したり、
やがてはまったくの非二元域で混沌としているだけのクオリアになります。
一見不快な体感に満ちているのですが、そここそが探求の場です。
踏みとどまって耳を澄ましていると、いやな訳の分からないクオリアほど、重大な気付きをもたらしてくれます。
これは長い間に発見した法則のようなものです。
いやな訳の分からない体感にこそ逃さず踏みとどまって耳を澄ましてください。
新入生にはこんなことはいきなり言えませんが、長い経験を持つあなたは、
もうそろそろそれに堪えられるだけの力をと経験を身につけている頃だと思います。

4 多次元の異界に自在に出入する 
命のクオリアは非二元かつ多次元世界で流動しています。
上述のいやな訳の分からなさに耳を澄まし続けると、
そこが日常界、人間界とはまったくことなる異界であることがわかります。
死者と生者とがゆらいでいる領域や、人間以外の下等生物と蔑称される生命の世界や、
からだの底に長年息をひそめて隠れ住んでいた化石のような異貌の自己や、
関係ないと思っていた障害者や犯罪者の命への共振や、
とても普段では味わえない生命共振の異界が開けます。
人間を脱いで、これらの無数の異界を自在に馳せめぐる高次リゾームに変容してください。

5 透明さを深める

毎日からだの闇の非二元域にまで耳をすますことができるようになると、
自分の意識と下意識とからだの間で起こっていることがだんん透明に感じることができるようになります。
そしてその離見の質がじょじょに拡大していきます。
それを助けるのは、多次元的な離見の心がけです。
初歩的な離見は、ただ自分の姿を外部から見る眼差しを開くというものですが、
これを多次元化し、一緒にいる他のサブボディやコーボディとの間で起こっていることや、
世界との間で起こっている不可視の共振などをも離見できるようになっていきます。
そのためには、日々自分のからだに聴き入り、そこでつかんだものを直ちに他の人と共有する
自分のクラスやワークショップの場を持つことが一番です。
産婆道に入ると、ますます出会う困難とそしてそれを乗り越えたときの喜びの振幅が拡大していきます。
何が起ころうとも乗り越えられる産婆として自分を鍛え続けてください。

では、ごきげんよう。
なにか自分ひとりでは解決できない困難にぶつかったときはいつでも相談してください。
わたしのサブボディは24時間あなたに開いています。




チャビ 他界の狭間で 
2010年1月10日

ゆらぎ瞑想のすすめ


あけましておめでとうございます

こんな辺鄙なヒマラヤのサイトまでよくぞお越しくださってありがとうございます。
新年にあたって、下意識のからだであるサブボディモードに入るゆらぎ瞑想の方法をご紹介します。
一度入り込めば、その面白さ、奇怪さのとりこになって、もう後戻りはできなくなるほどの豊饒な世界です。
心身を世事のしがらみ、自我のこだわりから解放して、
別の世界を旅してみてはいかがでしょうか。
そこははだかの命に触れることのできる世界です。
朝や夕方、休日などゆっくりできる日にお試しいただければ幸いです。

ゆらぎ瞑想

静かな一人きりになれる場所を見つけて座る。
足は自由にあぐらなど楽な姿勢で。
椅子でも立った姿勢でも安全な場所を歩きながらでも結構です。
息を吸いながら背筋を伸ばす。
息を吸う時、頭のてっぺんから背骨が見えない糸で空に吊るされていると感じると楽なからだになれます。
ハァーッと息を吐く。鼻から、あるいは口から。
吐くとき糸に吊らされた背骨はそのままで、その他のからだ中の細胞が脱力して地球の中心に向かって落ちていくと感じる。
これを数回繰り返すと、ぐんとリラックスできます。
呼吸をしながら、身体中の細胞が微妙にゆらいでいるのを感じます。
基本的にはこれだけなのですが。はじめはからだがしこったり緊張したりしているので、
なかなか自然なゆらぎに耳を澄ますことができません。
はじめは、つぎの時計ゆらぎでからだの緊張やしこりを解きほぐすのがいいでしょう。

時計ゆらぎ

静かに長い呼吸をしながら、船にのっているとイメージする。
自分ではなくて船が前後にゆれるのでからだがゆらされるにまかせて、前後にゆれる心地よい体感を味わいます。
心地よい前後のゆらぎが楽しめるようになったら、いろんな方向にゆらいでいきます。
大きな時計の中心に座っているとして、はじめは12時-6時方向にゆらいでいます。
船のゆらぎが1時-7時方向に変わるので、からだもそれにつられて斜めにゆらぐ。
2、3回繰り返したら、次の2時-8時方向に船のゆらぎが変わっていく。…
気持ちよい速度と振幅で、順次時計にそってゆらぎが変わっていくのに従います。
思考や心の内語が無意識的に出てくることもありますが、
それらが出てきたら、「いまは思考はおやすみなさい」とそっとお別れします。
言葉を使っている状態の脳ではこれから入っていく
もっとかすかな体感流動の世界に耳を澄ますことができないからです。

ランダムゆらぎ

やがて時計の数を数えるのが面倒になってきたら、ランダムなゆらぎに移ります。
からだのゆらぎたいままの速度とおおきさにまかせてください。
大きくゆらいだり、ゆっくりゆらいだり、
今日のからだにとって一番心地よいゆらぎを見つけます。
しばらく続けていると、持ちのよい体感がからだに満ちてきます。
その心地よさに心身をあずけてゆらぎつづけます。
そのうち、顔も緩んでくる。
口をだらんと開けたくなればそうするに任せる。
目もうつろになる。
うつろに虚空をさまよわせるといい。
続けていくと、えもいわれぬ快感がからだを駆け巡りだします。
日ごろは気づかないからだのいろんな場所のかすかな感じを味わいます。
こわばっていたり、緩んだり、温かく感じたり、寒くなったり、
重くなったり、軽くなったり、
ごくごくかすかにいつもからだの感じが変わっているのに気づくと思います。

微細ゆらぎ

かすかな心地よい感じがからだ中に満ちてきたら、
突然ゆらぎの速度と大きさを最小限に落とします。
からだの中のかすかな体感の変容流動がもっと微細に、しかも多彩に感じられるようになります。
わたしたちのからだは60兆の細胞からなりますが、
それぞれの細胞が外界のいろいろなものと微細に共振しています。
重力、空気、温度、光、音、匂い、……
それらの物理的なものだけではなく、
細胞内に保存された無数の生命記憶とも時を越えて共振しています。
それらをこころゆくまで味わってください。
からだ中で起こっている微細な体感の変容流動に耳を澄まします。
味わっているうちに楽しくなってきます。
からだの中にこんなにいろんな感じの変化が刻々と起こっていたなんて!
そう、そこはとても味わい深い劇場なのです。
ときには忘れていた昔の体感がよみがえってきたり、
思い出せなかった記憶がよみがえってきたりします。
夢の中にいるように感じるかもしれません。
小さい頃の記憶がふと思い出されることもあります。
浮かんでくるものをとっぷり味わいます。
からだの闇の中で繰り広げられているゆらぎの劇場の主役兼観客になったつもりで楽しんでください。
もし、からだのどこかが動きたくなったら、どんな動きでもそれに心身を預けてついていってください。
伸びをしたくなったら伸び、捻りたくなったらねじってみる。
ふるえやうねりや突飛な動きがでてきたらそれに従う。
なにか人間以外の動きが出てくるかもしれません。
からだから勝手に出てくる動きに心身をあずけてなりこみます。

それがサブボディです。ようこそ。

もっといろいろからだの闇の旅を続けたくなったら、このサイトの「実技ガイド」を開いて見てください。
最初のほうにいろいろな楽しみ方が載っています。
お楽しみください。

ではよい一年を!



Chiara ANCESTRAL

2010年1月5日

キャラ アンセストラル


キャラは一年かけてこの踊りを創った。
アンセストラルとは祖先という意味だ。
彼女が育ったイタリアのローマ時代以来の文化的をいろんなところで転覆したり、
ヨーロッパの元型である魔女になったり、伝統の破壊者になったりしている。
彼女が学んだモダンやコンテンポラリー劇場の通念を脱ぐ、
ハードなエッジに何度も直面して行き泥んだことを私は知っている。
1時間以上の振り付け作品ができたのは、共振塾始まって以来のことだ。
10月ごろから、毎週部分部分ができていって、11月の中ごろには1時間のソロになった。
それから、チャビやカスカとのCobodyパートを創った。
最後の週、カスカがビザのためやむなく出国したため、最終的にはチャビとのデュオになった。
それでかえって、潜んでいたアニムスとのかかわりがくっきりと立ち上がってきた。
おかげで、この踊りはソロでも、デュオでも、グループでも踊れる多彩な可能性を孕んだ。
すべてのパートに彼女が編み出した固有の衰弱動が見られる。
まだ、ここではブロードバンドがつながらないため、ビデオでお見せできないのが残念だ。
今しばらくお待ちいただきたい。
世界に誇れる深い踊りになったことは確かだ。
私は世界中の踊りを何百と見てきたが、
ここまで自分の全部をつぎ込んで創造されたものはめったにない。
だが、キャラ、ここで立ち止まらず研鑽を続け、
この踊りを何度も踊る中でさらに深めていってほしい。
やがては君にとって生涯の盟友となるサブボディに育っていくのはまちがいない。




2010年1月1日

世界を結ぶ生命共振ネットワーク


新年おめでとうございます。

こんな辺鄙なヒマラヤの舞踏サイトにおこしくださって本当にありがとう。
今年もよろしくお願い申し上げます。
今年は、いままでの共振塾の生徒たちが各国でやっている
ワークショップやクラス、公演、ジャムなどの活動を結んで、
世界共振ネットワークがなんとなくできようとしています。
秋には第1回のヒマラヤ舞踏フェスティバルの開催を生徒たちが準備しています。
多くの生徒たちが国境を超える生命共振リゾームとして
世界をかけめぐる楽しい展開になってきました。
私事を言えば、雌伏40年。やっと、二十歳の頃の夢が形を変えて実現しようとしています。
(40年前のLeeは、過激派の活動家でした。まだベトナム戦争がたけなわの頃です。
多くの友人がその中で命を落としました。
彼ら死者たちが私の背中を押して、踊り手になるきっかけをつくってくれたのです。)
昔の青年時代の観念だけの世界共産革命が、
世界共振革命に形を変えて、ようやく緒につきました。
次世代につなぐことができて、
私も思い切って生死の際への最も味わい深い旅に邁進できそうです。
私たちの営為はかすかな力ですが、
百年か、千年くらい世界の人々のからだの闇がすこしずつ
生命の共振を思い出していけば世界は変わるはずです。
(ま、正月くらい大言放語の夢言語をご笑容ください。)

十年目のヒマラヤにて

リゾーム Lee

サブボディ共振塾ホームページ |
January 2010
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