透明論 




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第6章 多様体の次元数



「多様体の価値は次元数で決まる」(ドゥルーズ=ガタリ『千のプラトー』)

多様体とは何か。
多様体とはきみのことだ。
きみはいったいいくつの次元をもっているか?
いくつの違った世界で生きているかい?

すべての人はまず、日常世界で生きている。
合意的現実の世界だ。
同時に夜眠れば夢を見る。
それは合意的現実とはまったく違った原理で動いている世界だ。
誰でも最低娘のふたつの次元を毎日毎夜往還して生きている。
ひとつめをデイリーボディ、
ふたつめをドリームボディと呼ぼう。
ドリームボディはサブボディの一種だ。
ただ、夢は主に映像チャンネルにのみ現れる。
その映像チャンネルに現れたサブボディを
ほかのチャンネルに拡大していくのが
サブボディ技法の入り口となる。

まずは、体感チャンネルを開く。
意識を限りなく鎮め、からだの闇に耳を澄ます。
からだの闇では普段は見過ごしている、
かすかなかすかな体感のサブシグナルが
変容流動しているのが感じられるだろう。

そのシグナルにからだごと乗り込んでいく。
ゆらぎたい感じがすればゆらぐ。
ふるえたければふるえる。
どんな動きでもいい、からだの行きたいところに従う。
これが動きのチャンネルを開くということだ。
ドリームボディは夢の中で映像が動くだけで
からだ自体は不動のままだ。
このドリームボディにからだごと乗り込み
動いてみる。

動きのなかで、目の使い方を変えて
映像チャンネルをひらく。
すがめ、白目、獣目、流し目、うつろ目……
まなざしのありようを変えると
世界とのかかわり方が根本的に変わる。

さらにからだから出てくる体腔音にしたがい
音像チャンネルを開く。
どんな声や音が出てくるか、
出てきた音や声が導いていく世界に入っていく。

どんどん新しいチャンネルが開くにつれ
サブボディは多様性の次元数を高めていく。

情動チャンネルを開くと
あらゆる動きは全心身をひっつかんで連れまわす。
もうからだの一部の動きではなくなる。
次元数が高まるとサブボディの価値が高まっていくことが
からだで実感できるようになる。
自全の闇で起こっていることの透明度が増していくのだ。

誰かとの想像上の関係のなかで動き出すと
対人関係チャンネルが開く。
これまでとは異なる異次元が開畳する。
その新しい次元のなかで、でてくる動きは
ますます、自分にとってのっぴきならないものになっていく。

じょじょにサブボディを束縛していた
合意的現実の規矩が薄れ始め
クオリアの超伝導状態が起こりだす。
世界像がどんどん変容流動し、そのなかでの
自己像もめまぐるしく変わっていく。
世界像=自己像チャンネルにいたればしめたものだ。
踊りは序破急の<急>にいたる道が見えてくる。

からだが行きたいところまで乗り込んでついていく。
異次元を開畳し、開畳を重ね、
ついに序破急が成就するまでいけばいい。
そのとき、次元数を増加して来たはずなのに、いつのまにか
次元などない非二元世界に入っていることに気づく。
次元という概念もまた人間の意識が生み出した虚構の一つであったことがわかってくる。

からだの闇の帳が晴れ上がり
透明な自全へ近づいていく。
からだの闇に盲目的に突き動かされるのではなく
それを知り、知り尽くし、制御法が分かってくる。
分別界の二項論理の世界から、多次元変容界へ、
そして多次元かつ非二元界へ馳せ降り、また馳せ昇ることができるようになる。
そうなればでてくるクオリアのすべてを好み、味わい、楽しむ
好味楽の境地に至る。

クオリアの無限の諧調と変容のあやを味わうことが
いかに贅沢な豊かなことかが分かってくる。
その生命クオリアの豊かさに浸ればいい。
生命はつねに生死の間でゆらいでいる。
エロス(生の衝動)と、タナトス(死への傾性)が混淆しつつゆらいでいる。
生死のはざまを味わい尽くすことはおそらく人生最後のもっとも味わい深い旅になる。
これらのプロセスを自発的に自然にたどれるようになったとき
透明体への変成を遂げたといえよう。

透明体の世界にはさらに幾重もの次元があって、
行く手は底なしだけれども。
その底なしのたびを好味楽するのが人生だと分かってくる。
何も恐れるものはない。
ただ無限のクオリアを楽しめばよい。
できればこの喜びをほかの人にも伝えていくことだ。
そうすれば喜びはさらに拡がり深まっていく。


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