透明論 




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第5章 多次元共振



あらゆる物事は多次元的に共振している。
だが、意識はそのことに気づかない。
なぜか?
まず、何よりまっさきに透明化しなければならないのはそのことだ。
私たちの意識は現実を長い間、上下、高低、善悪、敵味方などと、低次の二項論理で、
割り切ることに慣れてきたので、現実が実際にあるがままの多次元共振として捉えることには不慣れだ。
人類史のある段階までは、生産力も低く、人類が敵味方に分かれて対立せざるを得なかった。
その歴史段階では、次元数を切り落とし、低次元化して捉える意識のやり方が有効だった。
だが、もうその段階は通り越した。
敵味方を分ける自我や国家のあり方が、
逆に歴史を旧来のまま圧しとどめる桎梏に転化してしまっている。
ボールが壁にぶつかってどう跳ね返るかというような
日常的な事象を捉えるならいまでもそれで十分だ。
なにも光や音や匂いなど、複雑に多次元化する必要はない。
だが、命や心やからだのことは、そういうわけにいかない。
生命はもともと多次元共振している存在だから、
欲望や記憶や情動や人間関係は多次元共振の実相において捉えなければ、
根源的に捉えそこなう。
自我や国家の対立的な二項論理で割り切っていてはならない時代に入ったのだ。
これからは自我や意識を鎮め、意識と下意識が等価につりあう状態を保ち、
物事への囚われをなくして、それがあるがままに見える透明覚、
あるいは透明識を開く必要があるのだ。

そうすれば、まず、なによりあらゆるものが日常的な次元を超えて、
多次元的に共振している現実の実相が感じられるようになってくる。
あらゆるものが多次元的に共振しながら生成している。
生きとし生けるものが、多次元的に共振しつつ存在している。
生命にまつわるものも、非生命すらも、多次元的に共振している。
だが、何より感知しやすいのは、命にまつわることだ。
どんなことでもいい。

たとえば、食欲は、単に胃袋の満腹・空腹に関わるものではない。
食べることをめぐるあらゆるチャンネルのクオリアに関わって生成する。
それは食器の色や柄、盛り付けなどの視覚チャンネル、
匂い、歯ごたえ、のど越し、舌触り、などの体感や運動や触覚クオリア、
似た料理をめぐるこれまでの無数の記憶・内クオリア、
誰と一緒に食べるかという関係チャンネルのクオリア、
世界の食糧資源・輸入事情やエコロジーをめぐる世界像・自己像チャンネルなど、
数多くの多次元的なクオリアと共振して成り立っている。
うまいまずいの味覚は、生まれ育った民族や家族などの集団や風土と共振し、
無意識の闇に沈み込んでいるこれまでの無数の食事体験と共振している。
さらに、蛋白やでんぷん、糖、塩分などを美味と感じるのは、
われわれの細胞レベルでそれらを必要としていることと密接に共振している。
だが、食欲について触れたのは、次に続ける前菜のようなものだ。

性欲について、わたしは生まれてこの方、
その不透明さに囲まれている状態からどうして抜け出せるのか
その闇を経巡り続けてきた。
そここそ私の主戦場だった。
どうしてこんなにわけのわからぬ不透明なものに突き動かされているのか、
それを透明化したかったのだ。

性欲は、生殖本能に基づく性交欲にのみ関わるのではない。
実に多様な異次元のものが複雑に共振しあっている。
実際は限りなく複雑だが、
まずは最低限、三つの要素が絡み合っていると捉えると
すこしだけ透明に捉えることができることに最近気づいた。
古代インドの生命科学であるアーユルベーダでも、
からだの状態の変化をヴァータ(風)、ピッタ(火)、カパ(水)という三つの要素の
絡みあわせで理解し、調節する。
キリスト教にも、父と子と精霊という三位一体論がある。
中沢新一は『三位一体モデル』をはじめとする三項論理の探求で
キリスト教の三位一体論から、資本主義経済の価値増殖の秘密までを
貫通する論理を取り出して見せた。
二項論理を脱け出て、多次元共振の多数多項論理を開くには、
三項論理を通過することがどうやら必須であるらしい。

性もまた、下記の三つの別次元のものが絡み合い共振しゆらいでいるものと捉えることで、
長い間解きがたかった謎が少し緩んできた。
三種のゆらぎという視点をもちこむことで少しだけ、謎が少なくなった。
三つのゆらぎとは、アニマゆらぎ、つながり欲ゆらぎ、性交欲ゆらぎだ。
一つ目は、性をめぐる幻想的なゆらぎの要素だ。
性の闇をまずは、アニマをめぐるゆらぎと捉える。
そこでは理想の異性像という元型、男性の場合はアニマをめぐり、
女性の場合はアニムスをめぐるゆらぎが起こっている。
たえず、幻想的なイメージレベルで、
アニマ・アニムス像をめぐる内クオリアがからだの闇で揺らぎ続けている。
二つ目のゆらぎは、生命発生以来のつながり欲だ。
生命体は多かれ少なかれ、同種の生命とふれあうことを求めている。
これに胎内時代の一体性への回帰願望や、
乳児期の母子一体性を求める欲望が、性欲の基層でうごめいている。
これらが渾然一体となってつながり欲を構成している。
三つ目は、生殖本能に基づく性交欲のゆらぎだ。
男性の場合は明け方、テストステロンホルモンが最大値に達する。
朝立ちという勃起現象がそれを示す。
この状態ではもっとも肉体的な欲望に引きずられやすくなる。
テストステロンは、愛情などとは関係なく、ただただ女性を姦し、
射精を果たしたいという利己的な欲望を掻き立てる。
この性交欲の利己性と、幻想的な愛のバランスのとり難さが、
わたしたちを終生にわたって翻弄し続ける。
だが、相手を愛しているという幻想は、
実際は集合的無意識から立ち上るアニマ・アニムスの元型に囚われている。
あるがままの相手その人を愛しているのではなく、
その人に投影した自分のアニマやアニムスを愛しているのだ。
愛と性をめぐるアニマゆらぎの謎の深さは、
六十歳を超えても、なかなか溶けそうにもない。
ただ、自分がどれだけ深くアニマに翻弄され、
髄までそれに囚われているかを、年ごとに思い知らされていく。

同時に、相手の異性が当方に投影するアニムス像のもたらす影響もまた、
年をふるごとに透き通って見えてくる。
これが多次元共振という視点の成果だ。
これまで60年間、累累たる愛の失敗の歴史を積み重ねてきた。
そのほとんどが、自分が相手に投影したアニマ像と、
相手が私に投影したアニムス像との相克を
透明化できなかったことによっていることを思い知らされてきた。
とりわけ、女性が愛の完成という名の結婚願望に囚われ、
女性のなかの男性像である古典的アニムス像を私に投影し、
私をドリームアップしようとした瞬間、いつもわたしは
そのアニムスに激しく違和を感じて逃げ出さざるを得なかった。
彼女らのアニムス像は多くの場合、
保守的で、父や夫という古代的な家族や婚姻を担う男性像をまとっていた。
だが、その古典的男性像ほどわたしにとって唾棄すべきものはなかった。
女性だけが新しい女性像を求め、新しい生き方を切り開いているのではない。
男もまたこれまでにない男としての生き方を発明しようともがいていた。
ほとんどすべての女性は、
自分が無意識にアニムスを投影していることになど気づいていなかった。
それは私が自分が相手に投影しているアニマに気づくことができたのは、
六十歳に近づいてからだということと対応している。

人間関係チャンネルで起こる、投影や転移やドリームアップという現象は、
フロイド、ユング、ミンデルらによって発見され、探索されてきた。
それらすべての現象は人間関係の外クオリアと内クオリアの共振と捉えると、
何の不思議もなくなる。
私たちはじつに複雑多次元で共振を生きているのだ。
この多次元共振を、どこまで透明にすることができるか、
それが透明さをめぐる課題の中心だということがおぼろげながらわかってきた。
(<投影>についてくわしくは第7章を参照)

もちろん、単に多次元共振しているというだけではなく、
さらにそれらの各多次元がどのように関連しているのかが
具体的に解かれる必要がある。
それらはさらにこの先の課題だ。
だが、とりあえず、あらゆるものが単なる三次元のなかに収まっているのではなく、
それらを超えて高次元的に共振していることを捉える必要がる。
それによってはじめて意識が現在のような低次元的な囚われから逃れでて、
高次元的な可能性を呼吸することができるようになる。
われわれを取り巻く現実は、
なにも意識がこれしかないという思い込みに囚われているようなものではなく、
意識にとってはありえないと思える可能性をはらんでいることが
感じられるようになる。
そう、すべてのものは現在のわれわれが閉じ込められているありかただけではなく、
もっと別のあり方を発明・創出することができるのだ。
命は40億年間、いつもそうしてきた。
君を閉じ込めている現在の家族や、社会や、国家の形すら
すべて別の可能性をはらんでいる。
それらがなくなる可能性もふくめて、多次元的に共振しているのだ。

まず、いい悪い、上下、内外、敵味方という、
意識が囚われている低次元の二項判断の癖から解放されること。
それは擬似知に過ぎないことを知ること。
そして、三項論理、五項、七項とどんどん複雑な多次元関係を捉える方法を磨いていくこと。
多次元共振捉えるには、そういう回りくどいツリーの道と、
一挙にサブボディ・コーボディ変容のリゾームになりこむ道の両方を同時に追求して行くことが必要だ。
やがては、次元数を自在に増減して、
多次元かつ非二元界と日常の分別界を自在に往還できるようになるところまでいく。
それによって近代の意識とは異なる知の形態が開かれるだろう。
時間はかかるが、根源的な変革はそこから始まる。


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