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第1章 生命とはなにか



命とはなにか、生命とは何なのか。
とうとうこの一番深い問いに取り組む日がきた。
私のこれまでの歩みはすべてこの問いを問うためにあったとさえいえる。

どうすれば命の根源に触れることができるのか。

日本で生きていたとき、
命からはぐれてしまっていると感じた私は、
ヒマラヤに入って何年も命に耳を澄まし続けた。
瞑想と踊りの修行を積んでいく中で、
わたしが最初につかんだ命の手ざわりは、
命はいつもゆらいでいるということだ。
片時も止まることがない。
これがまず最初に得た命の手がかりだった。

生命ゆらぎに耳を澄ますには、
自分もまたゆらぎながら聴くのがいい。
腰をゆっくり回し、
もっとも心地よいゆらぎを感じながら、
自分の命がどんなふうにゆらいでいるかを聴く。
それをうまく聴くには、
それしかない命の極限になりこむことだ。

命でしかない存在、
そうだ受精直後の君は子宮内でゆらぐ
たったひとつの細胞でしかなかった。
薄い原形質膜にくるまれた一滴の原形質だったのだ。
それが命の元型だ。

この惑星に40億年前に発生した最初の生命も
おそらく同じようなひとしずくの原始細胞であっただろう。

その命の元型が何を感じていたか。
そのたった一滴の細胞になりこんで感じてみる。
それが感じられるまでゆらぎ瞑想を続ける。
すぐには感じられない。
何年かかかるだろう。
だが何年掛かってもこの原始生命感は
聴くに価するものだ。


始原生命は、ある日ただ生き始めた。

いったい何が起こったのだろうか。
生命の発生とはどういう事件だったのか?

宇宙の万物は、すべて微細な次元で振動している
ひもの共振パターンの違いによって生じるという
物理学のひも理論(ストリング・セオリー)がある。
ここ数十年間で発展してきた現在生成中の理論だが、
これまでの粒子理論にもとずく標準理論では説明できなかった
重力とはなにかという問題も
このひも理論によって解くことができるようになった。

その成否を証明することは
現在の人類が持つ原子加速器の数万倍の規模のものを必要とする。
それを人類が実現するのは何百年も先のことになるだろう。

そのひも理論によれば、
現在のわたしたちがなじんでいるこの三次元の空間と
一次元の時間からなる四次元時空は、
この宇宙の本当の姿ではなく、
ビッグバンのころの宇宙は
11次元の時空からなっていたものが、
ビッグバン以降たまたま
4つの時空だけが大きく伸展することとなり、
それ以外の七つの次元は小さく折り畳まれたままであるという。
そして、ひもはその微細な
7次元を含む
11次元の時空で振動しているという。

私の生命論は、このひも理論を支持し、
それを踏まえているので、駆け足で説明した。
くわしくは、ブライアン・グリーンの『エレガントな宇宙』をはじめてとする
ひも理論の解説書をお読みください。

わたしの考えによれば、
40億年前のこの惑星のどこかで、
ひとつのひも共振ループの微細次元に、
自己の共振ループを自己維持していこうとするクオリアが生まれた。
クオリアは、やはり、それ以外の万物と同じく
微細次元で振動するひもの共振パターンの変化によって生じたもので、
質量を持たない微細次元のひもの
共振パターンによってのみ変化するものだ。
ひもの持つ
11次元のうち、
粗大な時空に拡張した
4次元での振動はおもに質量やエネルギーを生成する。
そして、微細な
7次元の空間での共振パターンの変化は
クオリアの変化を生成しいてる。
(これはわたしの仮説だから、
ただの仮説だと読み飛ばしていただいてもいい。
どうせ証明できるまでには
500年か1000年かかるのだから。)

この自分の共振パターンを自己維持しようとする
クオリアが、生起したことが、生命の発生だったのだ。
この自己維持しようとするクオリアは、
粗大4次元で自分の物質的な構成素を産出する円環を、
微細次元から支持し永遠に回しはじめた。
そう、生命の発生には、
物資的な次元での自己制作的な円環システムと、
微細次元でその円環を維持しようとする生命クオリアが
一個二重のものとして成立する必要があったのだ。

粗大4次元の物質的な円環ループはただ、
同じ円環を永遠にくりかえすことができるだけだ。
だが、それでは生命は進化できない。
生命には自己維持だけではなく、
自己創発によってたえず新しいひも共振パターンを
生成していく仕組みが必要なのだ。
これまでのマトラーナをはじめとするオートポイエーシス論者によっては、
物質的な自己制作的円環が生命システムだと、
半分は正しく見通されてきた。
だが、それだけでは
なぜ自己制作するシステムが発生したのかという
生命に対する根源的な問いに答えることはできない。
というよりそもそもその問いを問うことさえ、
オートポイエーシスの理論的枠組みでは不可能なのだ。

視野を粗大4次元の物質界だけではなく、
微細7次元のクオリア界にまで広げ、
両者を統合する視点によってのみ、
生命とはなにかという根源的な問いを問いきる
理論的枠組みが出来上がるのだ。

原初の生命クオリアがどんなものだったか、
わたしたちには想像することしかできない。
だが、それは生きようとする志向の原初形態だったと考えてよい。
最初に発生した自己制作的なひもの共振パターンを
維持していこうとする志向性が生まれたからこそ、
生命はそれ以後40億年も持続してきた。
自己を持続するために創発していこうとする志向性、
それが原初の生命クオリアだっただろう。

そう、まことに不思議なことに、
物質でさえないひもの共振パターンが、
自己を維持していこうとする志向性を獲得したのだ。
これは宇宙の神秘以外の何者でもない。
だが、神秘だからといって、
神の意志や仏の慈悲を想定する必要はどこにもない。
生命はある日ただ偶然に生まれた。
自己制作的なひも共振パターンを維持し
創発していこうとする微細次元で発生したかすかな志向性が、
それ以来の生命の進化を導いてきたのだ。

生命とは、微細次元に生まれた
自己創発的なひもの共振パターンを維持していこうとする
志向性のクオリアである、
と基本的に定義することができる。

ここでいうクオリアとは
生命によってのみ捉えることができる
微細次元でのかすかな志向性である。

生命とクオリアの定義は円環する。
もともと生命とクオリアは一個二重のものであるからだ。

 
[
一個二重]についての補注

生命とクオリアの謎を解くには、
このなじみのない<一個二重>という概念の
秘密を解く必要がある。

それは共振の仕組みを解くことと同義である。
共振は、あるひもの振動パターンと
あるひもとの共振パターンとの間に、
一個二重の現象として生起する。
どちらが主でもどちらが従でもない。
主体や客体というのは日常意識の持つ錯覚に過ぎない。
実際のひも共振の世界では、
一切に主従、主客ということがなく、
すべて両者の間で一個二重のプロセスとして生起している。
この論理の複雑さを解くには、
別の稿を立てる必要がある。
今回は、一個二重という概念を紹介するだけにとどめておこう。

 

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