Subbody
 命を肯定する共振タッチ(リゾタッチ)

●こうすれば生命共振が感じられる

サブボディスクールの第3期・2007年のコースも
月・水・金曜日はからだの闇にもぐりサブボディを探り、
火・木曜日は、共振タッチ(リゾタッチ)を学ぶプログラムです。

リゾタッチは、生命共振を直接体験する技法で、
サブボディ技法と車の両輪のように進めていきます。

サブボディ技法で、からだの闇の奥の
未知のサブボディに触れることからは
思わぬストレスがやってきます。
奇妙な夢があふれかえってきたり、
未知のサブ人格に触れて、
それを自分の一部と認めるかどうかという
エッジに追い込まれる。
下意識の旅は、予期できぬ出来事に満ちている。
そういうストレスに出会ったとき、
対処の仕方を知らなければ、
とんでもない迷路に迷い込むことがある。
未知の出来事に心身がおかしくなりかけたとき、
それを独力で乗り越え、
自分で自分を癒せる力をつけるためにも
リゾタッチはぜひとも必要なものです。

どんな危機に見舞われても、
生命共振に触れ、原生力を回復することが
最も強い快癒力を発揮する。
日常体の闇の奥に折りたたまれている
生命の原生力には、自己治癒力や
共振力、創造力など大事な力が
すべて詰まっている。
それらをすべて呼び起こしていく。
現代人はいつのまにか、こんな大事なものを
封印させられて生きるようになってしまった。

生命はそれを取り巻くあらゆるものと
共振しているが、とりわけ
生命と生命は特別に共振しあっている。

それを感じることができるようになるには
まず、日常体と日常意識を鎮める必要がある。
日常体は生命共振のような微細なクオリアに比べて
はるかに粗大な刺激にのみ反応するように
チューニングされている。
その間違ったチューニングを解除するには、
からだの奥からの微細な信号をキャッチできる
サブボディモードに解き放つ必要があるのだ。
ここでは、各学期の最初に学ぶ
リゾタッチの入り口について述べます。

1.日常体を鎮める

ゆらぎ瞑想などを通じて、できるだけ
静かなからだになる。
すると、命やからだが感じている
微細なクオリアのゆらぎに気づくようになる。
ゆらいでリラックスしているうちに
からだの一部に気持ちのいい感じを見つけたら
それをゆらぎに乗せてからだのほかの部位にも拡げていく。
えもいわれぬいい気持ちにからだ全体が包まれたら
それはサブボディモードに入ったしるしだ。

2.生体共振を感じる

一人が横たわり、その傍らに座る。
太ももと太ももをぴったりつけて正座するのがいい。
片手を相手のへその上にかざす。
相手のことを物質的な肉体ではなく
生命であることを感じる。
生命体の中はさまざまな波長のゆらぎやふるえに満ちている。
大きな動きは呼吸や心音だが、
ひとつひとつの細胞もまた内呼吸し、
さまざまな波動で活動している。
相手にかざした手が十分に静まっていれば
それら生きた細胞群の営みが奏でる
さまざまなざわめきが感じられるはずだ。
そして、その手の細胞が生体からの波動に共振して
ざわめきだす独特の感覚も感じられてくる。
距離を近づけて、不即不離の距離になったとき
もっとも鋭敏に生体共振のざわめきが感じられる。
その生命共振に聴き入る。
そして、それらの中からもっとも心地よい振動に
身を任せていく。ときに従い、ときに少し増幅したりして
もっとも心地よいリズムを見つけて
その波動に自分のからだの底から共振する。
やがて両手を相手のからだに添えて一緒に振動し
最も心地よいかすかなバイブレーションを共有する。
からだのいろんな部位に移っていく。
部位ごとに聴こえてくるざわめきがわずかに違うことを味わう。
腹は腹の、脚は脚の、頭は頭の、固有の感じがするはずだ。
十分に生命共振を感じたら、触れていた手を1cmほど浮かしてみる。
それでも同じように手は生命共振を保っている。
さらにもう少し離れてみてもそれは変わらない。
二人の間で生命共振のつながりが強く共有できた証拠だ。
その共振を保ちながら、相手のからだから離れ、
役割を交替する。

3.指圧の原理も生命共振である。

指圧の本質は、二つの生命のあいだでの
生命共振を踏まえて、経絡やツボという
特別鋭敏な部位を押すことによって
からだの奥で眠っている生命の原生力を
呼び起こすことにある。

物理的な身体に対する物理的な圧力などによって
治療が起こるのではない。
それを通じて両者の原生力が活性化し
眠れる自己治癒力の働きを目覚めさせることによって
奇跡とも見える治癒が起こる。

経絡指圧を創始した増永静人氏や、
タオ指圧の遠藤喨及氏はそのことを的確につかんでいた。
分別意識ではなく、原始感覚を目覚めさせ、
生命と生命の間の共感が本質であることを
繰り返し強調している。

リゾタッチ技法は彼らから学んだ
生命共振を誰にでも感じ、実践できるように
メソッド化したものだ。
指圧の極意を身に着けるには長い経験を要するが、
リゾタッチ技法で生命共振を直接感じ、共有するなかで
生命の叡智・原生力を呼び覚ますという
確かな入り口だけはくぐりぬけることができる。
後は長い修練だ。

共振タッチ(リゾタッチ)とは



わたしたちの命は、
否定されることを求めていません。
命が最も求めているのは無限の肯定です。
共振タッチは命が最も求めているものを
互いに与え合い分かち合うものです。

共振タッチ(リゾタッチ)とは、
下意識のからだであるサブボディと
サブボディの間に生起する生命共振現象に耳を澄まし、
そっとそれを増幅してともに心地よい
生体微振動を共有する技法です。

一般の指圧やマッサージのように、
物理的なからだとからだの間に物理的な力を
働かせることに主眼があるのではなく、
生命と下意識に働きかける、
最小限のかすかな振動に感応し、
共振増幅するだけでいいのです。

わたしたちの命や下意識は、
胎児時代に母親の子宮の中で感じていた
心地よい微振動をつうじた生体共振をいつも求めています。
命には世界との共振と肯定がなくてはならないのです。

共振現象には主体と客体の区別がなく、
どちらからともなく自然に起こるもの
という本質を持っています。
ですから、共振タッチは
一方が他方に働きかけるという関係ではなく、
生命が自然に相互に共振していることに気づき、
それをほんの少し力づけあうものです。
共振とは本質的に相互肯定なのです。

この生命が根源的に求めている
心地よい生体共振を増幅する技術を身につけることで、
わたしたちは、心身の問題に悩み苦しむ人々を手助けし、
自分の命に共振し、
自分の全体を肯定して生きる力を回復することができます。

サブボディ共振塾では、
自全(自分の全体)に触れ、
自全の中にあるものすべてを肯定する
自分だけのサブボディ舞踏を創造するサブボディ舞踏メソッドと、
共振タッチ
(リゾタッチ)技法を、
ちょうど車の両輪のように学び
活用する力を身につけることによって、
自分の創造性、固有性、
そして共振性を百パーセント開花させていく、
新しい生き方を身につけることを目的とします。

●基本体位

 

共振タッチは、次のような四つの基本体位で行う。

説明の便宜上受け手と仕手という言葉を使っているが、
本来共振にはどちらかがどちらかに働きかけるという
主体と客体の差異はない。
仕手はいつも自分がするのではなく、
共振させていただくという気持ちで行う。
受けても仕手と一緒に共振させてもらう
という気持ちで横たわる。
すると両者の間に一期一会の生命共振が創発する。



側臥位(背側)

受け手は、背骨を丸くして横たわる。
仕手は、その背後に座り、
最初は触れずに、不触不離の距離で、
左手を仙骨の上、右手を肩甲骨の間の背骨の上にかざし、
手のひらが生命共振を感じるのをまつ。
受けてのからだの緊張と弛緩、鼓動と呼吸、
血流、内呼吸、情報伝達物質の流れなど、
生命ゆらぎのすべてに耳を澄ます。

手のひらがむずむず共振を感じ出したら、
そっと触れてその共振を少しずつ膨らませていく。
腕だけで動くのではなく、
仕手もまた自分の仙骨からのからだ全体の微振動で
相手の生命ゆらぎに感応する。
自分ももっとも気持ちよさを感じられる微振動で
相手の背骨の微振動を共振増幅する。

仙骨上に当てた左手はそのままにし、
右手の中指の付け根で
相手の背骨の一本一本を感じ共振しながら、
じょじょに腰椎まで下がっていく。

腰まで行ったら、引き返し、
背中から首、後頭部へ右手を移動させていく。

後頭部まで触れたら、
背中から肩、腕、手まで、共振タッチしていく。

次に、右手を肩甲骨の間の最初の位置に置き、
左手で、骨盤から大腿部から、足先まで共振タッチする。

最後に最初のホームポジションに戻り、
微振動を維持したまま、不触不離の距離に離れ、
物理的な振動から、生命共振に移行していく。
純粋な生命共振が感じられたら、相手のからだから離れる。

受け手が、下意識の旅から覚め、戻ってくるまで静かに待つ。


側臥位(腹側)

 

上と同じことを、写真のような、腹側を向け合った体位で行う。

受け手は背骨を丸くして、
頭を仕手の右脚の大腿部に乗せ、
左足を仕手の脚の下、右足を上に乗せる。
腕は適当に折り曲げてもっとも楽な位置に置く。

この体位は受け手が胎児のころに感じていた母子一体感を
もっとも取り戻しやすい体位である。
仕手は胎児の子宮になった気分でともにゆらぐ。
ある程度他の体位に慣れてから行うとよい。

伏臥位



受け手は腹を下にして横たわり、
仕手はそのそばに座る。
最初は不触不離の距離で、
相手のからだの生命ゆらぎを感じ、
全身の皮膜を感じて互いの下意識のからだ
(サブボディ)をなじませ一つにする。

仕手のサブボディが
相手の生命に共振してくるのを感じたら、
左手は肩、右手で仙骨に触れる。
中指の付け根で仙骨を感じつつ、
相手の生命ゆらぎをそっと膨らませるつもりで微振動を送る。
この場合も仕手は自分の仙骨からの
からだ全体の微振動で、
相手に共振するようにする。
すると、二人で同じ微振動を共有することができ、
生命共振の心地よさを感じとりやすくなる。

背骨一本一本をさまざまな三次元方向に、
微細なゆらぎを増幅しつつ頭まで上がっていく。
背骨の一本一本ごとに違ったサブボディの
クオリアが折り畳まれていることを共感的に想像して、
最も心地よいゆらぎを共有する。

背骨が済んだら、肩から腕、骨盤から脚に進む。

仰臥位


 

受け手は顔を上に向けて横たわり、
仕手は相手のからだの側面に
自分の正座した腿をつけて座る。
受け手の呼吸を聴きながら、
同じリズムでじょじょに、
不触不離の距離を通って右手をへその上に触れていく。
左手は肩にあて、
両手の間に相手のからだの生命ゆらぎを感じて、
微振動をそっと共感的に増幅する。
あとは、胴体から、腕、腰、脚、頭へと共振タッチをしていく。

 

(各体位の、細部の技法は、後の項をごらんください。)

●序破急緩除

 

共振タッチは、序破急緩除という五段階から構成される。

共振タッチ技法の主な基本手技を学んだ後は、
受け手と仕手の間で
その日最良の序破急緩除を創造する。
基本の流れを踏まえつつ、
相手との間の共振に応じ、
フレキシブルに即興的に序破急緩除を展開していく。
共振タッチは一回一回が、
一期一会の最高の出会いを創造する行為なのだ。

は、横たわった相手のからだの生命ゆらぎを聴き、
それに共振してかすかにゆらぎあう。
伏臥の場合を例にとれば、
背骨を上にして横たわった相手の仙骨から順に、
さまざまな次元方向に微細なゆらぎを増幅する。
各部のゆらぎが
相手の固有のサブボディの動きにつながっていることを想像しながら、
一緒になって心地よいゆらぎを共有する。

は、序よりすこし深く
からだの内部の情報の経路である経絡に触れ、
相手のサブボディの硬結やくぐもりに届くよう経絡を指圧する。
目の前の物理的なからだは
あくまでもサブボディへの入り口にすぎない。
経絡もまた、物理的なものではなく、
下意識のからだに属する、
生きて動いている情報の通り道である。
経絡はからだの闇の深部へ導く
サブボディ坑道のひとつなのだ。



は、破の全身経絡の指圧を通じ、
相手の反応からその日の受け手が
最も押してほしいと感じているツボを見つけ、
その一点を底に至るまで押す。
底に至る体感を共有してから底から上がってくる。
(これが体得できるまでには、
何年もの経験が必要だ。
ゆっくり取り組んでいく。
)

は、底に至って緊張したからだを緩める。
内臓を三指で切診し、
さまざまなしかたでさする。
切診は遠藤喨及氏の師である
増永静人氏の経絡指圧から学んだものであり、
腹をさするのは、謝明徳氏の気内臓療法から学んだものだ。

は最後の仕上げにあたる。
身体技法を受ける中で
からだの深部に折り畳まれていたくぐもりや硬結が解け、
からだの表面に浮かび上がってきた状態になっている。
その眠っていた刺激をすべて消散させ
取り除くのが除のプロセスだ。





具体的には、頭部への共振タッチと、
足部から全身に微振動を送る
足部への共振タッチからなる。
足部の場合は、
相手の両足をひざに乗せ、微細に揺する。
心地よい振動が頭部に届く最低限の振動でいい。
わたしたちのサブボディは、
胎児期に母親の胎内で味わっていた
微細な
f分の一ゆらぎを最も好むものだ。
意識には感知できないほどの微細な共振を送る。


そして最後の最後に
相手の両足の裏を自分の正座した腹に
ぴったりつけ呼吸を送り共にゆらぐ。
これもまた胎児期に母の胎内に触れていた
記憶を呼び起こすとびきりのものだ。
大概のひとはこれで気持ちよく寝入ってしまう。

――ざっと、これが共振タッチ(リゾタッチ)技法のあらましだ。
物理的なからだではなく、
下意識のからだ(サブボディ)と
サブボディのからだの間で起こる生命共振を本質とする。

また、サブボディ技法全体の中では、
自全の中を旅して、自分のサブボディを探る、
調体・探体のプロセスと、
共振タッチを中心とした触体のプロセスとの間で起こる
さざなみのような相互深化を特徴とする。



共振タッチ(リゾタッチ)は生命共振が本質

指圧や鍼灸、マッサージは、
からだのこりや痛みを癒す身体技法だと
いまだに勘違いしている人も多いようだが、
その本質はからだにできた
無意識の硬結をほぐすことにある。

たしかに一昔前の多くのひとびとが
肉体労働に従事していた時代までは、
その労働から受ける物理的なからだのこりや
痛みが大問題だった。
その時代の身体手技が
それら実の凝りを癒すものとして発達したのは
ごく自然なことだ。

だが、多くの人が肉体労働ではなく、
神経労働や精神労働を主とするようになって
、現代人のからだの硬結は、
昔のような実の凝りではなく、
精神的な虚の凝りに転換している。

私は経絡指圧の増永静人氏と、
タオ指圧の遠藤喨及氏からそのことを学んだ。
遠藤氏の師である増永静人氏は
「経絡とは、東洋的生命観に基づく、
最も根本的な生体調節系統である」ととらえ、
その現われとして、
実の凝りと虚の凝りという概念を導入している。

1970年代から指圧療法を開始した遠藤氏によれば、
1980年代に日本人のからだは実の凝りから
虚の凝りがメインになる大きな転換を超えたそうだ。
遠藤氏の指圧はそれに対応して、
増永静人氏から受け継いだ12経絡指圧から、
超脈指圧へ大転換を行った。
それは物理的なからだの実の凝りに働きかける
昔流の指圧から、
無意識のからだの歪みや硬結に働きかける
新しい指圧技法への転換を意味していた。

共振タッチ技法は、
増永氏や遠藤氏の考え方をさらに徹底して、
下意識のからだであるサブボディと
サブボディの間に自然に起こる
生命共振現象を捉え、
それを共振によって増幅していくことに焦点を絞っている。
命がいつももっとも求めているものは
この生命共振であることに気づいたからだ。

技法は簡単で、
ただ相手の生命ゆらぎに共振して
一緒に微振動を共有するだけだ。
後にそのゆらぎは大きく深くなり、
指圧や内臓切診に深化するが、
最初はただ、共振しつつ、
そっとゆするだけでいい。

この技法を身につければ、
さまざまな心身不調や障害に悩んでいる人を
力づける技術を身につけることができる。
それを身につけた人は、
自分の悩みに振り回されているばかりの
それまでの人生から、
ほかの人を力づけていく積極的な人生に
180度転換することができる画期的な技法なのだ。
これを発明したのはわたしではない。
わたしの下意識のからだであるサブボディさんだ。
サブボディはいつの間にか、
こんな大変なものまで発明してしまった。
その下意識の創造力の
底知れない深さに驚嘆する。
そしてこの創造力は
だれものからだの闇に眠っている。
それを解放できる日が来るとは、
想像するだけでも楽しくなるじゃないか。

 

経絡とは何か

私は日本人に生まれたが、
東西の思想・哲学・科学・文学、
東西の身体技法、
指圧や整体や操体やマッサージ、
能や舞踏やダンスを等価に学んだ。
私は東西のどちらかかの側に立つ人々とは立場を分かつ。
東西のどちらの立場にも組しない
東西文化に対して透明な位置にいる。
真実が東西に分かれているわけではないからだ。
人のからだも東西で違うわけではない。

東西の人が違ったように感じられるのは、
彼らの意識がとらわれているものが違うだけだ。
透明な立場からは東西の立場に立つひとが、
何にとらわれているかがとても透けてよく見える。

ものを見るのに
何らかの先験的なとらわれから
脱するのがもっとも大事なことは、
誰しも否定しないだろうが、
自分がどんな文化に属し、
その文化が前提にしている時代の常識に
どれほど深く染め上げられているかが見えている人はごく少ない。
それから脱する脱しかたを知っている人はもっと少ない。
それを実際に実践している人となると、
世界中に数えるほどしかいない。

たとえば、気や経絡という概念に対する態度を見れば、
その人がどんな文化圏に染め上げられているかがすぐ分かる。

純粋西洋圏に属するひとは、経絡など知らない。
名前だけ知っていても、
東洋の無明だと判断している。
西洋型の狭い科学的な方法で
検証できるものしか信じないという態度だ。

また、東洋文化圏に身を置く人は、
最初から気や経絡という概念を前提にする。
東洋で長く信じられてきたのだからというだけで、
自分で検証し抜かずに受け継いでいる。

上の両極端の間に無数の諧調がある。
だが、ほとんどすべての人が無意識裡に、
多かれ少なかれ自分の生まれた文化圏の
思考習慣のグラデーションに染まっている。

気や経絡という概念に対して透明になるには、
その言葉に透明な定義が与えられるようになるまで
使わないのが一番いい。
そして、心身のすべてを使って考え続けるのだ。

私は経絡と気という言葉をめぐって
何十年もからだの闇にもぐり考え続けてきた。
そして、いまでは経絡に対しては次に述べるように、
自分なりの透明な定義を与えることが
できるようになったので、使用する。
だが、気に対しては
まだ納得のいく透明な定義ができないので
使用しない態度を守り続けている。

私の考えによれば、
「経絡とは人間が生命体として持つ、
総合的なクオリアの伝達経路である」
と定義できる。

これは、増永静人氏が「経絡とは、
東洋的生命観に基づく、
最も根本的な生体調節系統である」
ととらえていることを踏まえている。

そして、同時に、
精神生物学のアーネスト・ロッシが、
人間の心身のコミュニケーションを、
「自律神経系、内分泌系、免疫系、神経ペプチド系の経路の
総合的な生体調節の仕組み」
ととらえ、それを解明しつつある
現在進行形の仕事をも踏まえている。

心身の相関関係について
虚心坦懐に東西の枠組みを越えて考え続けていると、
東西の知の峰が見えてくる。
増永氏や遠藤氏の捉え方は東の峰であるし、
ロッシの仕事は西洋の峰である。
その両方の峰を常に踏まえ続けること。
知が東西に分かれて、誰にも統合できていない現在、
この態度だけがかろうじて透明さに最も近づける態度なのだ。
(参照「透明論2009

そして、わたしは踊り手だから、
人間が動く生き物だということを知っている。
動いているときのからだは
静止しているときとは根本的に別物になる。
動きという独特の原生的なクオリアが
下意識のからだを駆け巡る。
この動きのクオリアは静止したまま瞑想する人や、
静止した人体を治療するだけの身体技法をするひとには
決して捉えることができない。
動きという重大なクオリアが存在することさえ、
静止したままものを考えるだけの人は
気づいていないのだ。
経絡はサブボディに属するクオリアの伝達経路だから、
人が動き方をかえれば経絡のありかはすぐ変わる
。意識しただけでも変わる。
動きの速度によっても、
動きの経路によってもそれに応じ
フレキシブルに変わる。
(参照:実技ガイド「動絡共振」

時にはからだの中から外へ出、
また外から中へ還流してくる。
この点でサブボディメソッドの中の経絡概念と、
指圧や鍼灸で静体の治療に使う経絡概念とは
大きく捉え方が違っている。

(クオリアについては、共振論クオリア論をご参照ください。)


 

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