肯定論 



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第2章 
自分の特性を肯定する

からだに潜り、命の声に耳を澄ますうちに、だんだん、何が重要かが分かってきた。
人間にとってもっとも大事なことは、自分のすべてを肯定することなのだ。
命は否定されることを望まない。
命にとっては無限の肯定がなにより重要なのだ。
いのちは否定しない。
生命はあらゆるものと共振している。
共振には否定はない。
ただ共振によってすべてを肯定する。。

自分のすべてが、自分からどんなに解離されていたとしても、
同一性を保てなくなっていたとしてもだ。
鬱に曇っていても、
分裂する想像力に襲われ続けていてもだ。

全部肯定すればいいだけの話なのだ。
全部肯定できる生き方を見つけさえすればいい。
というより、命がけでそれを見つけなければならない。
わたしたちの心身障害はいつなんどきわたしたち自身の生命ごと失ってしまうことになるか予測できないからだ。

小さいころから、誰でも大なり小なりの外傷を受けて育つのに変わりはない。
その結果できあがった自分の特性すべてを肯定することだ。
社会から病気だとか○×障害だとか規定されて、
それを治さねばいけないものだと医療システムにしがみつくのは馬鹿げている。

今の医学など人間のことを何ほども分かっていない。
壊れやすい物体だと思っているのだ。
だから薬というまじないで対処する。
どんな薬にも人体はプラシーボ反応を起こすから
55%は効くのである。
(55%という調査結果は、アーネスト・ロッシ『精神生物学』より)。

治さねば、この社会に適応できないと脅しをかけられているから、
患者と規定され脅しつけられた人間は、
治療のシステムに従わねばならないと自分を無理強いしてまじないにかけ治療に向かわせようとする。

だが、最も根本的な問題は、
この世のシステムに従って生きたくないという自分の中の何者かがだだをこねていることではないか。

命のその正直な声に耳を澄まそう
いい加減そのまじないにかけられている状態から目を覚ますことが必要だ。

人間はこの生きにくい現代社会のこのシステムだけでしか生きられないわけではない。
もっと違った生き方がいくらでも見つかる。
世界へ旅に出ることだ。
それも後進国へ。
現代文化にまだそれほど毒されていない地域へ。

できれば山岳少数民の世界へ。
今の日本や西欧先進国の生存様式に従うしかないと思い込んでいた自分が馬鹿げて見えはじめる。

 

●なあんだ、そうだったのか。

自分の中にいる違った自分達が否定されねばならないと、
強迫観念を受けていたのは社会からそう脅しつけられていたからだ。

日本の社会から離れれば、自分の中にいるいろんな厄介なやつも、
ぜんぜん否定されねばならないやつなどひとりもいない。
じっくり付き合えば、分かり合える。
全員を大肯定すればいいのだ。
そして、全員を肯定して生きることのできる生き方とその場を真剣に探すことだ。
なければそれを創りだす生き方をはじめることだ。


●積極的に多重人格を肯定しよう

いま人類は、世界中で積極的な多重人格的生き方を発明しようとしている。
解離性同一性障害と規定されて苦しむ人々の苦しみは、その発明の産みの苦しみだ。

世界が国際化し、人生が80年にも及ぶようになった現代社会。
昔のように人格の同一性を保つことに、以前ほどの価値はなくなった。
本当に生きたい生き方が見つかるまで、何度でも違う生き方にチャレンジすればいい。
結婚だって何回もしてもいいし、まったくしなくてもいい。
偶然生まれた国の文化風習にしがみつく必要は何もない。
一番生きやすい場所を求めて、もっと世界中をさまよえばいいのだ。
生き方や生きる場所が違えば違う自分が生まれる。
いろんな自分を創り出し、無数の環境の変異に対応して無数の人格を使い分けできる
マルチ人格になれば生き方に厚みが出てくる。

じっさい、ヒマラヤ・インドにいると世界中の人々がこれまでにない生き方を求めて旅を続けている。
私の場所は、チベット仏教の聖地ダラムサラにある。
ダライラマの家から
15分ほどの場所だ。
東西の文化の枠を超えて、ヨガやチベット仏教やビッパサナ瞑想や
タオや指圧やレイキだのという修行のコースが無数にある。
ここではとことん自分の価値観を相対化することができる。
サブボディ共振塾もその一環だ。

多重人格状態、解離性障害とは、
複雑重層化し輻輳化した現代社会によりよく適応して生きていくために、
いま人類が全世界中で発明しようとしている多重人格的生き方が確立される直前にあって、
われわれは今その産みの苦しみの只中にあるから苦しいだけなのだ。
やがて、人類にとって、
80年にもおよぶ人生を、
たくさんの人格状態を使い分けて生きる生き方のほうがより興味深く多彩に生きることが出来ることが明らかになれば、
解離性の人はその先駆者としてたたえられることになる。

踊りの世界でも、多数の違う自分をつぎつぎ呼び出して踊るだけで、とても多彩な序破急の踊りになる。
踊り以外にもさまざまな芸術分野で多重人格は生かしうるだろう。
また、生命に共振する身体技法を通じてほかの人の悩みを聞き、
自分が苦しんだ分だけ強い共振力を発揮して、若い希望を見出せない人の手助けになるような生き方が向いている。
かつてのシャーマンや巫女という人々もまたそういう資質の人だったに違いない。
多重人格の人は、その特性を生かす、実に多くの可能性を秘めている。

●積極的にからだの鬱の声を聴き、人生の波動に耳を澄ませよう

鬱と診断されている症状の多くは、人間の生体が発する生命波動からずれているという生命からの警告だ。
それが鬱の諸症状として心身に噴出してきているのではないか。
生命波動から外れた嫌なリズムや生き方に長年、無理やり従っていると、だれでも鬱になる。
からだが嫌だとサブシグナルを発しだすのだ。
そのからだからの最初のサブシグナル、微細な声に耳を澄ませてやることができないと、
からだはいろんな心身病状としてサブシグナルをエスカレートしてくる。

人体はさまざまな生命波動の多層的重層だ。

長い年月にわたる人間の成長周期から、好調・不調の大小の波、年周期から、季節周期、女性の一月毎の生理周期、
そして、最近注目されてきているウルトレイディアン・リズムという
一日の中の
60分から90分という体内伝達物質の活休周期に着目して
精神生物学という心身相関研究を深めてきたアーネスト・ロッシはこう言っている。

「心身障害の発生に関する近年の理論で最も興味深いものの一つは、
心身障害は、自律神経と内分泌系の機能を調整するウルトレイディアン・リズム反応の混乱による

というものである。」(ロッシ『精神生物学』)

 「女性の毎月の生理周期、睡眠と覚醒の日周期(サーカディアン 24時間)リズム、
活動と休息のウルトレイディアン・リズム(60〜
90分の活動期と20分の休息期)、
――これらのリズムはすべて、最終的には脳の神経分泌の源――おもに視床下部、脳下垂体、松果体――
による調整を受けているというのが現在の認識である。
生と死の生命サイクル全体が、ホルモン伝達物質により制御されている。」

90分から120分のウルトレイディアン・リズムは、
一日
24時間を通して連続的にくりかえす「基本的活動―休息サイクル」である。

「これらの周期性は時計のような規則正しさではなく、
どちらかといえば環境からの信号に対する適応反応と密接に関連した、複雑なリズムである。
情報や社会との関係、そして想像力まで含めた相互作用が、心身のリズムに及ぼす影響は驚くべきことだ。」

鬱のひとは、人並み優れて人体がこれらの生命周期から外れたときの感受性が強い人なのではないか。
その反応の強さが各種症状として現れてしまって、うまく制御できなくなっている。
だが、むしろその反応の過敏さを生かすような生き方が発明できるのではないか。
鬱の人は鋭すぎる感受性によって傷ついたその存在自体が、現代社会に対する警報なのだ。
存在の根っこから命の波動に耳を澄まして生きようというメッセージを伝え続けている。
もっともっと適度な休息と命の波動に合った生き方へ人々をいざなうような仕事が向いているのではないか。


●積極的に違った想像力の働かせかたを発明しよう

分裂病と規定されて苦しむ人の多くは、今の平均的なひととは異なる想像力の回路を身につけた人たちである。
あるいはそれに襲い掛かられているといってもいい。
からだの闇の中は、合意的現実が属する
3次元空間でも4次元時空でもなく、
多次元が錯綜する超複雑な世界である。

そこでは無数のクオリアが、ただ非二元かつ多次元を自在に連結し、分離させて変容流動している世界だ。
その非二元域から直接クオリアが馳せ登ってくる。
日常体では、いまここ意識への強固な囚われによって
非二元クオリアに触れることは少ないが、

分裂病の人々はその世界に対する境界が弱く、
非二元クオリアへの感受性がひときわ強いのだ。
そして、その多次元交錯するクオリアが強力な勢いで噴き上がってくることに抵抗できない。

私たち生命は合意的現実のクオリアと、多次元時空を変容するクオリアが交錯し始めると
それらを区別することができなくなる。
わたしが妄想神経症に襲われたとき、それがはじめて分かった。
私は分裂病の体験がないのでしかとは言えないが、
分裂病の人は神経症とはまた違った形で、その非二元多次元変容流動世界を背負っている。

多重人格症(解離性同一性障害症)と取り組むある友人が「心的現実」と呼ぶ、
強烈なリアリティをもったもう一つの現実を、わたしたちはからだの闇に抱えて生きている。
多くのひとは夢を通じてしか、その多次元変容世界とコンタクトすることができない。
だが、今日のさまざまな心身障害に悩む人は、
格別強くその多次元変容世界とコンタクトする繊細な感受性を持った人々たちなのだ。

人類はまだ安定してその世界と付き合う方法を見出していないために、
先駆してその世界と関わらざるを得ない人々は、思いがけない苦難に直面させられる。
心身障害の数だけ、違った形でその多次元変容世界に襲い掛かられている。
違った心身障害の間でからだの闇の共振的なネットワークを創ることが、
多少でもなんとかそれを制御できるヒントが見つかっていくのではないか。

人類のシャーマニズムやアニミズムの伝統の中にそれを解く方法が埋もれている。
その世界から学ぶのも一つの方法だ。
アーノルド・ミンデルの『シャーマンズ・ボディ』はその領域に勇気を持って切り込んだ先駆的な名著だ。


サブボディメソッドは、その多次元変容流動するからだの闇の世界へ、からだごと入っていく技法だ。
下意識とからだが一体になるサブボディになりこめば、
意識だけではいけないところへもどんどん連れて行ってくれる。
サブボディはもともとその多次元流動世界の住人だから、
サブボディになりこむと、自全世界全体をくまなく旅できる。
そうして自分の全体の中に住むさまざまな分身や妖怪と友達になるのだ。
それが自分の全体を肯定する道だ。
無数のサブボディと踊る人生を創造していく。
そして、共振タッチをも修得すれば、
自全からはぐれて悩んでいる人の手助けをできるようになる。


自ら傷ついたことのある人ほど、他人の傷に対しても強い共振力を持っている。
あらゆる人のサブボディの産婆となって生きていく。
それが自分の特性を活かして生きていく道だ。
この生き方の中では、自分が引っかぶってきたマイナスの体験が一挙にプラスに転じるマジックを体験できる。

 わたしは、世界中のあらゆる心身障害に悩みそれと闘う人々に呼びかける。

わたしたち心身障害をもつ少数の人類集団は、
現在の、共振力を失い、閉塞状態に陥った人類の未来を切り開くべく、
ひとりひとり固有の特性を授けられてうまれてきた選ばれたものたちなのだ。


まだうまく制御仕切る方法が見つかっていないから、困難にあうことも多いが、
この自分の条件のすべてを肯定し、この栄光と苦難を心から楽しむ生き方を切り開こうではありませんか。


この生き方の行く手には、わたしたちが持つマイナスの札を、
すべて一挙にプラスに転化する栄光の奇跡が待ち構えている。


第2章への追記

肯定論第2章を読んだ、ある分裂症のサイトを運営する人から、
「分裂症について精確に把握していない。もっと勉強して欲しい」という批判と苦情があった。
その通りだと思う。私は分裂病の体験がなく、その症状や苦しみをよく理解しているわけではないことを知っている。
分裂病に取り組んだ、ユングや、R..D.レインなどの研究から推し量ることができるだけだ。
だが、ここからさきはきみの仕事だ。
君自身が君自身の肯定論を書く必要があるのだ。
うつ病の人はうつを肯定する肯定論を書くべきだ。
性同一性障害に悩む人には、その肯定論を書いて欲しい。
もろもろの肯定論がより集まってひとつのプラトー(高地)を形成するまで、
それは続けられるべきだ。
多くの心身障害を抱える人々に呼びかける。
お互いの「肯定論」を書こうではありませんか。
そしてそれを交換しあい、結合しよう。
それによって肯定論が完成する道、
すなわち実際の世界変革につながるのです。


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