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共振論 第二坑
第5章 共振と投影

人類は共振する命やクオリアの本質を長い間誤解してきた。
命があらゆるものと共振し、命が感じるクオリアがまた、共振によって
無限に新しいクオリアを創造するものであることを長い間うまく了解できなかった。
自分の中で起こっているクオリアの無限創造があたかも何か別の力が
引き起こしているものであるかのように外界に投影して受け取ってきた。
これは必然の誤解だった。
宗教の原初形態であるアニミズムの世界では、
外界の自然の存在物すべてに、マナとか、カミとか、ピーとか、
地域によってさまざまな名で呼ばれる精霊が宿り、その精霊がこの世を動かし、
また無限変容していると受け取ってきた。
後にアニミズムから世界宗教に変転したときも、この基本構図はかわらない。
自分の中で起こっているクオリア変容や創造は神が引き起こしているものだと受け取ってきた。
フォイエルバッハが名著『キリスト教の本質』で述べた言葉によれば、
「人間は自分の本質的諸力を、外界の神という想像上のものに外化してきた」、ということになる。
人間は、この外化によって、人間は自己の本質を見失い、
自己の無限の創造力を神のものと誤解して長い間、無力な存在に引きこもっていたのだ。
中沢新一は、対称性人類学Uと副題された『狩猟と編み籠』において、
この人類が自分の持つ力を外界に外化し、投影してきた歴史を
宗教と映画の共通の本質を暴き出すことによって見事に描き出した。



ここまで書いてきて、
これ以上進めないところまで来たことを知る。
これまで別個に掘り進めてきた、「生命論」、「クオリア論」、「共振論」は、
ひとつに統合されなければならない。
それは、新たに書き起こされる「共振する生命」という実践的な文章において
実験されるだろう。


解くとは、
より深い混沌の闇との多次元的な連関を開くことなのだ。


「共振する生命」を読む




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