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十体論
11 透明体
 
2014年4月3日

透明さという非望

透明体はわたしのいのちの夢。
未踏の最終課題だ。
20年ほど前のはじめの頃は、内に半分、外に半分等分に開かれたからだになることを目指していた。
ヒマラヤへ来て10年をへる内にじょじょに、
非二元かつ多次元の生命共振には内も外もなく、
ただ、なにものにも囚われず、
からだの闇で起こっていることをすべて透き通るように見せることのできる
からだの技法へと深化してきた。
自我がわき起これば、わき起こっていることを自分にも他人に対しても
見えるようにふるまう。
産婆としての必要がこのとてつもない透明さを要求してくる。
自分でそれに気づかずに、自我や感情に振り回されている限り、
産婆はサブボディ=コーボディの胎児を殺す。
どこまで行けるのかは分からない。
だが、無限に各瞬間ごとに脱自し続けるしか透明になる道はないのだ。




2010年8月8日

透明なデュエットへ

7月最後の週は、土方の最後の舞踏譜「静かな家」の第一節を学んだ後、
各自が一ヶ月を統合するソロを創った。
そして、もうひとりがそこに多次元微細共振体で入る。
毎日の調体で、日々生命の多次元共振とより一層の微細クオリアに
耳をすますことができるよう多次元細分化調体を繰り返し行なった。
そのせいか、週末になってみれば、いつのまにか、
15年も前に夢に描いていた「透明なデュエット」が実現していた。
待ち望んでいたものが、予期せぬ時にいつしか訪れている。
不思議な世界だ。

「透明さ」について、そレがいかにすれば実現するのか
15年前にはまったく知らなかったことに気づく。
ただ、予感だけあったのだ。
15年前に知らなかったものとは、

①「透明さ」を実現するためには、自我や自己を止める技法を身につけねばならないこと。
②そして、非二元かつ多次元世界で微細に共振している生命になること。
③微細クオリアによってのみ動かされる透明共振体になる多次元化と微細化の訓練を積むこと。

これらためにサブボディメッソド15年間の休みない深化が必要だった。
それによってようやく土方舞踏の豊潤な果実を味わう道が開いた。
掘れば掘るほど、土方が驚くべき生命の謎の深みを探っていたことがわかるようになった。
土方舞踏の比類ない花はすべて、この深い謎と秘密によって支えられていることを。