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十体論
10 元型体
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元型と本能

元型は、本能に似ている。
どちらも、遺伝子に書きこまれた種特有のクオリア共振パターンだ。
本能はからだや動きの自動的反応をもたらし、
元型は人類共通の想像力の共振パターンである。
動物は本能だけを持つが、大脳が発達した人類の脳には想像力の共振パターンが刷り込まれている。
赤い炎を見て動物は怯え、人間は炎の規模によって安堵するか、逃げ出すかの反応の幅がある。
蛇や獣に出会ってギクッとするのは本能であり、
闇の中になにか得体のしれないものの気配を感じるのは元型の働きである。
人間の力では及びもつかない出来事や力に対する畏怖が、特有のクオリア共振パターンを創りだした。
人類は民族や文化の違いを超えて、神や、悪魔や天国・地獄という元型を共有している。
ユングは個人的無意識よりもさらに深層に集合的無意識の層があると発見したが
そこは種特有の共振パターンである元型に満ちている。
もっとも原始的な元型は太母(グレートマザー)や、アニマ・アニムスなどである。
精霊や、神、悪魔、英雄、トリックスター、老賢人、少女、天使、妖怪変化、魑魅魍魎など
無数の元型がからだの闇の深層でうごめいている。
時には動物の姿で現れる時もある。
ユングは、元型とは想像力の形式であり、内容ではないと繰り返し注意した。
それは無限に変容し、姿形を変える。
からだの闇の探索を続け、多くのサブボディやコーボディを掘り出してきたあかつきに
かならず、何らかの元型に出会う時期が来る。
それは無意識の働きなので、意識で予期することも統御することもできない。
元型との出会いは予告もなくいきなり向こうからやってくる。
なにものかに襲われると感じる時もある。
とりつかれると感じて、誰もが身を引く。
元型に出遭ったときのエッジ反応だ。
だが、そのエッジを克服して、元型を引き受けそれになり込み踊る。
元型の力はこの上もなく強烈である。
限り無く豊かであると同時に支配し食べ尽くす恐ろしさを合わせ持つ。
取り憑かれてしまうか、それを創造に転化できるか、ぎりぎりのたたかいとなる。
このたたかいは、無意識の力に囚われたままでいるか、それをコントロールし
透明に脱ぎ着できる自由を獲得するかの別れ目になる。
自我という現代最強の元型に囚われたままの人間でいるか、
自我をはじめとする無数の元型から自由な生命共振を生きる未来の人間になるかの境目なのだ。
すすんで元型に身を預けるとき、私たちは元型体となる。
そこではサブボディとコーボディの違いも消える。
自他分化以前のサブ=コーボディになる。非二元体である。
それはとてもつもなく奇妙な心地と体感がする。
自分が自分でなくなるのだから、最初はとても怖く何が起こっているのか奇妙な謎に包まれる。
自分に何が起こっているかが透明に見え、自在に共振に身をゆだねられるようになったとき
それは究極の透明体であり、共振体でもある。
透明さとはなにか分からない、長年私はこの謎を探求してきた。
今ようやくそれがどういうものかおぼろげに透きとおってきた。
元型体は、透明共振体の別名なのだ。