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十体論
4 傀儡体

傀儡体の精髄

異界の見えない力によって操られる「ひとがた」を通じて
異世界との媒体となる傀儡体になりこむための精髄は
つづめて言えばつぎの三つに尽きる。

1.見えないなにものかによって制御され動かされる

からだの闇に、自分の意志によって動くのではなく、
見えないなにものかによって動かされているクオリアを探る。
各瞬間ごとに微分すれば、同時にからだの複数部分が動くのではなく、
一部分だけが一定方向に動かされるのが特徴である。


2.背後の世界との媒体

傀儡は単なるパペットではなく、
それぞれ独自の背後世界を背負っている。
不可視の背後世界によって突き動かされる媒体となる。


3.残心


物理的にからだの一部分が動かされ、止まる瞬間の残心。
傀儡を構成する物質の剛性に応じて、
残響のようなかすかな震えが起こる。
そのサイズやリズム、持続時間が傀儡の物質そのものに成り込む
傀儡技法の核心である。

そのほか、以下の個別的な技法を修得する。

傀儡体技法

1.物質化
2.生命の呼吸
3.沈み足


傀儡への生成変化は多くの要素の合力によって達成される。
とりあえず、上の三技法を修得する。


物質化
傀儡とはもともと死せる物体である。
せわしない脳の言語思考や肺呼吸を止め、長く静かな生命の呼吸で死せる物体になりこむ。
傀儡は死せる物体だが、そこに無数のクオリアが籠められている。
傀儡がただの物体ではないのは、人がそこに籠めた思い、
すなわち死せる背後世界とのクオリア共振を体現しているからである。
傀儡を運ぶとき、それは背後の異界のクオリアをこの世に伝える媒体となる。
なぜ、硬い物質にならなければならないのか。
人間のからだでは背後世界や自然の無声の声を運ぶには不十分だからである。
今世紀の山や海は泣いている。深い悲しみと怒りに燃えたぎっている。
石や木や山にならなければ運べない背後世界からのメッセージがある。
傀儡体は生命と自然との大きな関わりの中で、
人のからだでは運びきれない重いメッセージを運ぶために必然化した舞踏体なのだ。

生命の呼吸
傀儡体へ変成するには、まず、
長く静かな生命の呼吸で静寂体になることからはじめる。
内と外に等価に半分ずつ開く。
内にも外にも囚われない透明なからだ(心身状態)になる。
そして、背後世界の微細なクオリアに耳を澄ませながら、
体の底と、仙腸関節、胸鎖関節を引き締め、物質化したひとがたのからだを運ぶ。
背後世界とは、単なる物理的な背後ではない。
他界、過去の世界、人間以前だった世界、海洋生物や単細胞だったころの世界、生命誕生時の原生世界、
地底の世界、死の世界、地殻変動の世界、マグマ、天上の世界、無数の元型の棲む世界、真空の宇宙空間、
ほかの星、銀河、ブラックホール、宇宙創成時の時空、ストリング共振の世界など、ありとあらゆる異次元、異界を指す。
これら異界との間で微細に震えている命のゆらぎに聴きこむ。
生死の間でゆらいでいる生命が人間に伝えたがっている声に耳を澄ます。
動かぬ傀儡のからだになりこみ、その無声の声を運ぶ。

沈み足


傀儡体には静止体を運ぶ固有の歩行を学ぶ必要がある。
地下5メートルあたりに底丹田という重心がある。
その重い重心ごと運ぶ。
決して足を上に上げない。
むしろ脚の長さが伸びて地中に伸びていくように運ぶ。
一歩ずつ重さがいやましに増す。
下方に押す摺り足、<沈み足>である。
足裏の感覚を研ぎ澄ませて、左右にからだがぶれないように運ぶ。
左右へのブレをなくすには、母趾と、母趾球、そして踵を結ぶ
一直線上で体重を移動する綱渡りの<渡り足>を使う。
その他、足指だけでにじり進む<にじり足>、
踵と母趾球を交互に横にずらして横移動する<ずり足>など
場合に応じて使い分ける。
いずれも、自分で歩くのではなく、重心がなにものかによって一定方向に一定速度で引っ張られていく。
顔はその傀儡固有の面となり、面の背後世界のクオリアを満たす。
観客の住む現実世界に向かって、異界をまとい、送り届ける媒体となる。
やがて、動かぬ傀儡になにごとかが起こりはじめる。
全身の秘関や秘筋が引きつっったり、ずれたり、
崩壊やしなびや他の体とのキメラなどの変成がはじまる。
そこから先は各人の創造となる。
ボトムからの変成が無限にあるように、
傀儡からの変容もまた無限のバリレーションがある。
毎日無限の序破急を創造し続ける。



異界からの無声の声を運ぶ傀儡体

先史時代I以来、各時代、各文化圏の人々は「ひとがた」をしたものに無数のクオリアを籠めてきた。
旧石器時代以来人々が祀ってきたプリミティブなシャグジ石、縄文の土偶、秦の兵馬俑、古墳の埴輪、
古代・中世のひとがた、江戸の人形浄瑠璃、ベルメールの壊れた人形像、
各時代の人々は、「ひとがた」にこめた無数の微細なクオリアで、異界と交流し共振してきた。
その異界とのクオリア共振を体現するのが十体のひとつ傀儡(くぐつ)体だ。
傀儡とはもともと、操り人形を指す。
だが、ここでは他の人によって操られるばかりではなく、
異界の見えない力によって操られる死せる「ひとがた」への変成を意味する。
単なるパペットやマリオネットではなく、
異界のクオリアに動かされ、それを現実界にもたらす媒体となる。
それは、現代の見えない共同幻想によって操作されている日常の人間の姿を
映す鏡ともなる。
自分の中で何ものかわけの分からない力によって動かされている体感を探れ。
それが傀儡体への坑口となるだろう。

傀儡体の核心とは何か。

1.物質化
2.生命の呼吸
3.背後世界との媒体


つづめて言えばたったこれだけである。

傀儡とはもともと死せる物体である。
せわしない脳の言語思考や肺呼吸を止め、長く静かな生命の呼吸で死せる物体になりこむ。
傀儡は死せる物体だが、そこに無数のクオリアが籠められている。
傀儡がただの物体ではないのは、人がそこに籠めた思い、
すなわち死せる背後世界とのクオリア共振を体現しているからである。
傀儡を運ぶとき、それは背後の異界のクオリアをこの世に伝える媒体となる。
なぜ、硬い物質にならなければならないのか。
人間のからだでは背後世界や自然の無声の声を運ぶには不十分だからである。
今世紀の山や海は泣いている。深い悲しみと怒りに燃えたぎっている。
石や木や山にならなければ運べない背後世界からのメッセージがある。
傀儡体は生命と自然との大きな関わりの中で、
人のからだでは運びきれない重いメッセージを運ぶために必然化した舞踏体なのだ。

傀儡体へ変成するには、まず、
長く静かな生命の呼吸で静寂体になることからはじめる。
内と外に等価に半分ずつ開く。
内にも外にも囚われない透明なからだ(心身状態)になる。
そして、背後世界の微細なクオリアに耳を澄ませながら、
体の底と、仙腸関節、胸鎖関節を引き締め、物質化したひとがたのからだを運ぶ。
背後世界とは、単なる物理的な背後ではない。
他界、過去の世界、人間以前だった世界、海洋生物や単細胞だったころの世界、生命誕生時の原生世界、
地底の世界、死の世界、地殻変動の世界、マグマ、天上の世界、無数の元型の棲む世界、真空の宇宙空間、
ほかの星、銀河、ブラックホール、宇宙創成時の時空、ストリング共振の世界など、ありとあらゆる異次元、異界を指す。
これら異界との間で微細に震えている命のゆらぎに聴きこむ。
生死の間でゆらいでいる生命が人間に伝えたがっている声に耳を澄ます。
動かぬ傀儡のからだになりこみ、その無声の声を運ぶ。

沈み足、渡り足、にじり足


傀儡体には静止体を運ぶ固有の歩行を学ぶ必要がある。
地下5メートルあたりに底丹田という重心がある。
その重い重心ごと運ぶ。
決して足を上に上げない。
むしろ脚の長さが伸びて地中に伸びていくように運ぶ。
一歩ずつ重さがいやましに増す。
下方に押す摺り足、<沈み足>である。
足裏の感覚を研ぎ澄ませて、左右にからだがぶれないように運ぶ。
左右へのブレをなくすには、母趾と、母趾球、そして踵を結ぶ
一直線上で体重を移動する綱渡りの<渡り足>を使う。
その他、足指だけでにじり進む<にじり足>、
踵と母趾球を交互に横にずらして横移動する<ずり足>など場合に応じて使い分ける。
いずれも、自分で歩くのではなく、重心がなにものかによって一定方向に一定速度で引っ張られていく。
顔はその傀儡固有の面となり、面の背後世界のクオリアを満たす。
観客の住む現実世界に向かって、異界をまとい、送り届ける媒体となる。
やがて、動かぬ傀儡になにごとかが起こりはじめる。
全身の秘関や秘筋が引きつっったり、ずれたり、
崩壊やしなびや他の体とのキメラなどの変成がはじまる。
そこから先は各人の創造となる。
ボトムからの変成が無限にあるように、
傀儡からの変容もまた無限のバリレーションがある。
毎日無限の序破急を創造し続ける。



「「静かな家」ソロ 覚書き」の中の傀儡体



土方巽の「静かな家」のための舞踏譜には、数多くの傀儡体が出てくる。
彼はそれを詩人特有の換喩や暗喩で、無数の同義語に変奏している。
彼独特の「Xによる還元と再生」の変容技法によって、二次元の板や紙から、
三次元の箱、四次元の船、生き物、多次元の魂や精霊、ゆくえなど自在に次元数を増減して変容している。
そのうち物質化したからだへの変容はすべてを傀儡体の変奏として捉えることができる。
舞踏譜の中の傀儡体の同義的変奏を青字でしめした。

1 「赤い神様」

 床の顔に終始する

○はくせいにされた春

○森の巣だ 目の巣だ、板の上に置かれた蛾

○気化した飴職人または武者絵のキリスト

 

2 重要

 「死者は静かにしかし限りなくその姿を変えるのだ

彼等は地上のものの形をほんのふとした何気なさ備用(ママ)することも珍しくない。」

 

3 「灰娘」
 ○かんの花

 ○物質化

 

4 (気化)

   仮面、あるいは虫

   人形―灰娘―洗たく―もう誰も訪れない

5 精神のかげりとして捉えられたもの
   狂王の手―虫、鳥、

坐せるカトンボ

また、いま一人の少女は立ちあがり、トンボをへて人形に至る

そこで全てのゆれは停止する。

7 (馬肉の夢)

  狂王は箱におさめられる

  箱のゆくえは細かい解体につながっている

   

  Xによる還元と再生

   鼻毛ののびた鳥と箱になった鳥

  これらもまた船が化けたものである。

  あるいは解体された船としてもながめられよう

   

8 (嵐が去った朝)

嵐が過ぎ去った朝、もう誰も私を訪れない←私は立った

武将がそのまま巣になっている

 

11 (キメラ)

     ベルメール―こっけいな熊へ―馬の顔へ

鹿の視線から―棒へ

 人形―仮面―パパイヤ―ほたる―板の展開

虫と木の合体―背後へ―ふいに植物の軌跡で展開をはかるものへ

  

19 (関節の小箱)

    関節の小箱―ハンス・ベルメール―武将―王女―虎

 

23 複眼

  4、剥製体として繁みのなかにいる少女

 5、繁みとクモの巣のなかの少女と狂王

 

24 (ふるえ)

 1耐え忍ぶ剥製のとほうもないきたならしさ

 2、牛と木のワルツがふるえている

  

26 奇妙な展開のさなかで

  4、内部が外部へあふれ出し、あふれ出していったものが仮面の港へ

  帰ってくる。仮面は森のなかへ船出をするのだ。

 5、額の風、額はとらわれている。手の葉、植物の軌跡を走り、
  私はついに棒杭の人となっていた。

 

27 皮膚への参加

   神経は、頭の外側に棒を目撃した、

   その棒を額で撰り分けている視線。

  3、引きのばされる老婆は一枚の紙になるだろう。

  老婆はその紙の上に蛾のように乗っかるだろう

 4、武将は女王になり、女王は関節の箱におさめられるだろう。

  その箱のなかからの生まれ変わりがフーピーという踊り子である。

 

 


アンコール遺跡群では樹の根と石が共振して異時空を生み出している
2010年2月22日

カンボジア便り2 顔が裂けても微笑み続けている


カンボジア北部のアンコールの遺跡群を訪れた。
中でもタ プロームという寺は、
榕樹という他の樹を喰い尽くして生き延びる旺盛な生命力を持つ樹の威力をそのまま示す
ように、
樹の根が寺の建物の石を覆い尽くしている状態をそのままに保存している。
サボボディ好みの異次元開畳の見本のような先生たちだ。
その樹の根の写真を撮っているときに
驚くほど懐かしい微笑みを持った仏像に出会った。
いや仏像ではない、建物の基部の周囲に彫られている目立たない天女たちだ。
だが、止利仏師一族による法隆寺周辺の仏像と同じ顔立ちをしている。
広隆寺の半跏思惟像の微笑みをも思い出した。
古代アジアの仏教美術の質の高さに驚いた。
慈悲という思想への深い理解と共感なしにこんな顔は彫れるはずがない。
高貴さでは日本のそれよりアンコールの方が優っていると感じた。
その顔はほとんどが年月の中で亀裂が入ってしまっているが
それでも微笑み続けていた。
顔が裂かれても微笑み続けている・・・
時を超える永遠の今という時間がそこに現出していた。
思想としての仏教は、生命共振思想の先駆なのだと思い知った。
彼女らは何百何千年も共振思想を伝えようとして微笑み続けてくれていたのだ。
踊りは一瞬の瞬間芸だが、
その一瞬にこの仏のような永遠の今の時間をはらませることができるようになりたいものだ。
たった一瞬で生命共振を伝えることのできる踊りとはなにか?
また、新たな課題を抱え込んだ。
そして寺の建物を喰いつくさんばかりにはびこる榕樹は、
まるで彫刻師のように、あちこちでヒトガタの形を作っていた。
時を超えると人も植物も石も皆共振して同じようなものになっていくのだ。