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十体論
2 原生体
2010年9月29日

原生体

からだの闇の中のもっとも原生的な生命傾向をさぐる。
ほとんどうまく動けない、のろのろとしか進めない、そんな傾向は誰の中にもある。
現代の人間社会ではそれらは下等な、なまけものの傾向と蔑まれて、受け入れられない。
だが、生命にとってはもっとも原生的な傾向だ。
生命はうまく動けなかった長い時期を過ごしてきた。
あらゆる生命傾向が共存できる豊かな多様性に満ちた世界を創るためには
これらの原生的な生命傾向は欠かせない重要なものだ。
未来の世界ではどんな鈍くしか動けないからだでも、
どんなみっともない動きしかできないからだでも蔑まれることなく
多様な生き方が共存できるようにならなければならない。
トカゲの動きにも、ウミウシの動きにも、
障害者の動きにもかけがえのない独特の美があるのだ。
それを美と受け止められないとしたら、
それはきみが現代社会の狭い美意識に囚われているためだ。
これまで生徒たちがからだの闇から掘り出してきた原生体を集めた。
原生体は十体を探る中で、もっとも最初に掘り当てることができるサブボディだ。


原初生命体になる
2010年4月19日

原始感覚を開く

月曜日は大概いつも共振タッチと指圧から始める。
土日の休日で街で日常体に触れて荒んでいるサブボディを鎮めるには、からだで触れ合うのが一番いい。
もっともかすかな秘膜に触れ合うことからはじめて、
秘液、秘腔に触れ動かしあい、秘筋、秘関に空気を送りながら、
伸ばしたり捻ったり、互いのからだを動かし合う。
今日はそこからさらに群れのコーボディコンタクトへなだれ込んでいった。
全員が練習場の真ん中に触れ合ってひとつになる。
ちょうど胎児が受胎して単細胞から二分割、四分割がすすんだところだ。
たがいにひとつの命の分化していく途上の原始細胞になりこむ。
そこから徐々に体の各部の細胞に分化していく。
眼などまだない。皮膚と体液があるばかりだ。
そこからじょじょに脊髄ができ、内臓が分化し、手足が生えていく。
40億年の生命史を胎児としてたどりなおす。
いつもどおりの30分の探体もひとつの命として触れ合ったまま行う。
この形は、昔の呼び名ではヒューマンマウンテンやヒューマンカウチと呼んでいた。
それが新しい可能性のパラダイムを開くものに生まれ変わった。
目腐れのまま群れのからだとして生きるとき、原始感覚だけが頼りになる。
このコーボディのまま、すべてを行えばいいのだ。
この群れのコーボディのからだのまま探体をおこなう。
そして、30分の探体のあと、見つけた動きを踊りに創造する創体も触れ合ったまま行う。
ただ細胞から細胞へ伝わってくる気配やかすかな振動だけがたよりだ。
誰もが胎児だった頃はこの体感だけで世界と共振していた。
原始感覚とはその胎児の頃主要だった感覚なのだ。
思考や判断を止め、原始感覚をひらく。
自分が人間であることなど知らなかった胎児時代に見た夢を思い出す。
原初生命体としての動きを探る。
見つけた動きをシェアするサブボディ・コーボディシアターも
同じヒューマンマウンテンのカオスの中で行う。
何時間続けても心地よい、別世界を味わえる。
今までにない新鮮な境地だ。
もっとも何人かの生徒は何が起こっているのか、かなり戸惑ったようだ。
はじめて意識から遠いからだの状態になると、誰もが戸惑い恐れる。
それはかいくぐるよりほかない必然のプロセスだ。
コーボディは個人的無意識よりも深い集合的無意識のからだだ。
それは40億年の寿命を持つ細胞の原始生命・原始感覚に直結している。
そこから出てくるものは、はるかに人間より遠い。
こここそ生命の舞踏の坑口なのだ。
ヒマラヤで十年かけて、ようやくこの入口まで達した。
からだの闇は深い。
40億年の歴史を持っている。
今までどうしてもここまで降りることができなかった。
入り口まで達するのに十年かかったことになる。
では今まで一体どんな浅瀬をさまよっていたのだ?!