←BACK(第7章) ■ NEXT(第9章)→



第8章 動けないを動く


舞踏の味わい深さはどこから来るのか。
長い間謎だった。
だが、この数年間、
生命のもっとも原生的な感覚をつかむために、
生命のクオリアに耳を澄ます瞑想と、
そこからからだの闇に降りていく作業を続けているうちに、
ようやく一つのことが見えてきた。

長い時間がかかったが、
この秘密を解くにはそれだけ長い旅をする必要があったのだ。

少し前までは、
八つの基本チャンネルのうち、
動きのチャンネルがもっとも原生的なチャンネルであると捉えていた。

目や耳のチャンネルは高等動物しかもたないが、
動きのチャンネルは、
もっとも原生的なアメーバのような単細胞生物でももっているからだ。
かれらには、目も耳も口も鼻もなく、
ただ流動する原形質とそれを囲む原形質膜があるだけだ。

少し前の透明論09にこう書いた。

「動いているときのからだは
静止しているときとは根本的に別物になる。
動きという独特の原生的なクオリアが
下意識のからだを駆け巡る。
この動きのクオリアは静止したまま瞑想する人や、
静止した人体を治療するだけの身体技法をするひとには
決して捉えることができない。
動きという重大なクオリアが存在することさえ、
静止したままものを考えるだけの人は気づいていないのだ。
経絡はサブボディに属するクオリアの伝達経路だから、
人が動き方をかえれば経絡のありかはすぐ変わる。
意識しただけでも変わる。
動きの速度によっても、
動きの経路によってもそれに応じフレキシブルに変わる。

時にはからだの中から外へ出、
また外から中へ還流してくる。
この点でサブボディメソッドの中の経絡概念と、
指圧や鍼灸で静体の治療に使う経絡概念とは
大きく捉え方が違っている。」

確かにそうなのだが、
静と動の関係の闇はとてもつもなく深い。

生命瞑想をどんどん遡行していくと、
40億年前に発生した始原生命にまでさかのぼる。
この始原生命はいったいどんなクオリアを感じていいただろう?
からだの闇にひたすらその始原生命のクオリアを探った。
すると、始原生命は、
ただ自己のからだを自分で再生産する能力をもつだけで、
まだ動きのチャンネルなど持たなかったことが分かる。
そう、海に浮かぶただひとつの自分では動けない
小さな原始細胞がおそらく最初の生命体のすがただ。
その動けないからだのクオリアになりこみ続けると、
原初の生命が味わっていたクオリアが少しずつ思い出されてくる。
からだの闇には
40億年の生命記憶が刻み込まれている。
ごくごくかすかなクオリアだが、
そのかすかさに耳を澄ますことができるようになれば、
味わうことができる。
驚くべきことだがそれは実際に味わえるものなのだ。

生命は40億年前の発生以来、
30億年間も単細胞生物の期間を過ごしている。
多細胞生物が地球上に出現したのは
わずかに
10億年前だ。
生命はこの長い単細胞生物として過ごした期間に、
あるものは光と共振するチャンネルを開き、
光合成を始めた。
植物の祖先だ。
あるものは鞭毛や繊毛を発現し、
動物の起源となった。
だが、当初の
30億年もの間、
小さな鞭毛や繊毛、
あるいはアメーバのように
原形質流動のゾルーゲル変化で偽足を出して動くなど、
ごく小さな運動能力を持っていたに過ぎない。
巨大な重力や海の波に比べれば、
ごく限られた不自由きわまりない運動能力だ。

あらゆる生命は
30億年ものこの長い期間を
ほとんど不自由にしか動けない単細胞生物として過ごした。
すべての生命体はこの動けないクオリアを
生命記憶として刻印している。
動くクオリアよりも、
動けないクオリアのほうがはるかに深く
心を揺さぶり染み込んでくるのは、このためだ。
重病人や心身障害者、瀕死の生き物は
この原初の生命の動けないクオリアを身にまとい
崇高に輝きだすのだ。
いま、
95歳のアルツハイマーの身で舞台に立つ
大野一雄のからだが、
後光がさすように輝くのは、
彼が
40億年の生命史を背負って生と死のあいだでゆらいでいるからだ。

人類が踊りを始めたのはたかだか新石器革命以来
5万年ほどの歴史だろう。
その
5万年の動ける歴史で、
30
億年もの長い動けないクオリアの痕跡を
生命を忘れるわけがない。

わたしがダンスをそぎ落としたのは、
この動けないクオリアの重さを知らず、
ただただ動けるクオリアだけを追求する
現代のダンスの軽薄さに失望したからだ。

土方巽はただ一人「動けないを動く」衰弱体の舞踏に
深い美を発見した。
かれは生命の始原のクオリアにまで届いていた。
いま大野一雄はその動けないを動く衰弱体に、
生身ごと転生した。


Google
WWW を検索
subbody.com を検索

調べたいキーワードを、上の検索欄に入力して、[Google検索]をクリックしてください。
お望みのキーワードのあるページが見つかります。

| コメントを書くメールを送るBack to top サブボディ舞踏スクールホームページ |