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 第4章 臨死臨生


土方巽 疱瘡譚(大内田圭弥撮影16ミリより 1972 

●衰弱体とはなにか

前回、土方巽の衰弱体に触れた。それは、見かけ上ほんのささいなゆらぎにしか見えない。ほのかな揺らぎの中で、舞踏家のからだに何が起こっているのか。1970年代初期の『疱瘡譚』から、『静かな家』で土方巽が見せた、稀代の衰弱体の舞踏を例にとって述べよう。からだが一歩ごとに異界にずれ出ては戻ってくる、それは人類の世界史の中で、後にも先にもない、絶対的創出だった。私はこの踊りを35年間からだの闇に飼い続けた。土方は何一つ教えようとはしなかった。知りたければ俺の舞踏に追いすがれ、とでも言うかのように突き放したままだった。わたしはただひとりでからだの中の土方と共に動こうとしてきた。35年経った今、ようやく私にはそのとき土方のからだの中で何が起こっていたのかが透き通って見える。土方の踊りをわがことのように語れるようになるまで35年かかった。

舞踏家のからだは、さまざまな異界を出入りしている。だが、すでにからだは燃え尽きた灰柱に変容しているので、決して大きな人間的な動きにはならない。目立ったドラマも起こらない。別の時空が揺らめいているだけだ。日常時空を生きる観客の目には退屈至極。観客もまた舞踏家と共に死ななければ見えない透明舞踏だ。その微細なゆらぎは、つぎのような生死のあわいの六道を精妙にへめぐり、無数の時空を縫い合わせていくことでなりたっている。

 ●六道ゆらぎ

一、 臨生する冷えたまなざし

土方は死の世界から、生きたこの世を見つめる。冷えきった死者のまなざしを送り続ける。これがが舞踏の本源の場所だとでも言わんばかりに。この世の生きたクオリアのとびかうまばゆい世界にまなざしを送る。そのまなざしは、だが、次のように語る。お前たちは、ほんとうに生きているのか。生きているつもりで死んでいるではないか。家畜のように飼育され、しつけられ習い覚えたからだの作法の中に閉じ込められて、それでも生きているつもりなのか。じぶんのからだからはぐれてずいぶんひどい目にあってきたことを忘れているじゃないか。不敵に、悲しげに、もの問いたげに、しかしもうしゃべれぬからだでそう訴え続ける。己れのからだの闇でうずくまって泣いているもうひとりのお前を忘れるな。

二、生死のゆらぎ

やがて、舞踏家は、灰柱のからだの底で、遠く、異なる世界が開畳したがっている気配を察知する。生と死、有と無の間での微妙なゆらぎ。だが、舞踏家はその兆しを秘め続ける。まさか、命のめばえだなどと明るい兆しを見せるほどお人よしではない。秘すれば花、秘さずんば、明るいダンス。娯楽坂を転げ落ちる見世物になってしまう。兆しを秘めよ。秘兆を抱いて、土方は生死ギリギリの境で起こる微細なゆらぎを踊る。

三、掠めていく生命のうねり

もう手遅れなのかも知れない。ときどき、抑えきれなくなった生命のとばっちりが舞踏家のからだをいたぶって走る。「目をかけてやった覚えもないのにいつのまにか庭にやってきて、うずくまっている。……夏だな。」そんなふうに生きたものの気配がときおり死体を掠めて通り過ぎる。死体は命に食われかけもするのだ。

四、遠い異変へのふるえ

なにか恐ろしい異変が始まっているのではないか。遠くのわずかな変化を察知して、舞踏家のからだは震える。目の前や近くの出来事ではない。海の向こうの惨劇。違う時代の不幸。死んだ姉、不具の村人、暗い古畳の上にからだを魚のように放されのたうつ寝たきりの人、発狂寸前のありったけの精密さを味わっている隣人、赤剥けのびっこの犬らが、輪郭をはずされたからだにまといつき、容赦なくのりうつってくる。舞踏家はからだを精霊たちに操られるに任せる。

五、臨死するもだえ

衰弱が深まる。息が薄くなってくる。目がかすれる。ふいに痙攣が襲う。妄想か現実かが区別できなくなる。間近に迫る崩壊に抗いたいのに、もうそんな力もない。誰かが私の名前を呼んでいる。こんな厄介なときに嫌なやつだなと思って振り向くと、なんだ、死神だったのか。死神に最後の最後までいたぶられながら、死の淵で臨死する。歩きながら躓き転ぶ寸前に、あっさり花になってしまうような、媒介のない手続きの欠けたからだになってしまっている。

六、寂滅。ほろび

はじめから終わりまで、舞踏の主はこれである。ひとのからだで滅びていくもの。死体が冷えていくときの悪寒を味わっているうちに本当に冷え切ってしまう。舞踏の生涯の友、寂滅。からだのあちこちで一つ一つ終わっていくクオリアのふるえ。そして、なんどもなんども振り出しにもどる。死の世界からのまなざし、ゆらぎ、うねり、ふるえ、もだえ、ほろび、ひえ、……

 

土方の衰弱体には始まりも終わりもない。

「恣意的な破壊よりは、眠りだけでよい。しどろもどろでよい。朦朧とした状態でよい。……」と土方は語る。恣意的な破壊とは、1968年の「土方巽と日本人 肉体の反乱」を指している。

後期土方の衰弱体は、みずからのこの「肉体の反乱」の踊りを恣意的な破壊と否定し、そぎ落とすことで得られた。

「肉体の反乱」は、見事に激烈な序破急で演出されていた。空中を宙吊りで飛んだ。だが、派手な演出も、見かけ上見事な序破急も、肉体の反乱を踊りまくったダンスも、自分の中の稀代の振付家も、ごっそりそぎ落としたのだ。それが見えていない舞踏家が多い。

そしてそれらの苛烈なそぎ落としの身代わりに、ただひとつ、生と死の間、有と無の間で微細にゆらめくゆらぎを、驚くべき精妙さで制御する技法を手に入れたのだ。

その微細な異界に降り立つことによって、はじめて、自分の中の死者狂者と、世界中の死者狂者疾病者不具者たちが共振をはじめ、生死、内外、自他、心身の境界を超えて異界を行き来できるからだになる。

●舞踏とダンスはどこが違うのか

私は長い間、ダンスと舞踏の間で迷い泥んでいた。ダンスと舞踏は何が違うのか。その秘密はなかなか解けなかった。だから、自分の踊りを舞踏と呼ぶことを避け続けてきた。

ダンスの自由さと、舞踏の深さを合わせ持つ新しい境地が切り開けないだろうかと模索してきた。欲を掻きすぎて、深い泥に足を取られ、立ち上がれなかった。去年までは、サブボディ舞踏ではなく、サブボディダンスと名のっていた。

だが、その両者のよさを活かすなど、甘い思い上がりに過ぎなかった。ダンスを追求すると、舞踏は死ぬ。舞踏を生きようと思えば自分の中のダンスを殺さなければならない。そういうぎりぎりのエッジにさしかかっていることを知った。

だが、去年まではどうしても、思うような面白くてかつ深いサブボディダンスが出てきにくかった。
いったい、なぜなのか。なにがまだ足りないのか。わたしはその謎を探り続けた。

足りないのではなかった。ダンスが余計だったのだ。ようやく、ダンスと舞踏との分岐点が見つかった。

下意識の世界を開き、意識世界にはない、流動的な時空を開くまではよい。だが、そこから先、出てくる動きをすべて生命の発露として無制限によしとすると、ダンスの世界に入る。

それではあまりに健康すぎる。健康なよく動けるダンスは、動けないからだに対する威嚇となる。近代の無自覚な健康概念がもつ恐ろしい排他性を免れない。

舞踏は、そこで出てきた流動的なからだを、もう一度からだの闇につき落とし、そこでうずくまっているくぐもりと響きあうことが必要なのだ。そこではじめて、サブボディは、自分のくぐもりと、世界の不幸とが微細に共振する舞踏の卵に生まれ変わる。そこで、はじめて世界の死者狂者病者不具者と共振できる舞踏の世界の坑口が開くのだ。

●ダンスをそぎ落とす

わたしはダンスをそぎ落とす道を選ばざるを得なかった。

私は、自分がダンスをそぎ落とす決断をすると同時に、土方巽にとっても、1970年代初期の「疱瘡譚」から「静かな家」にいたる衰弱体を基本にすえた第二次暗黒舞踏を可能にしたものが、1968年の「肉体の反乱」に頂点を見せた第一次暗黒舞踏を総決算し、その大きな要素であったダンスをそぎ落としたことであったことが、透明に見えはじめた。

ただし、土方は第一次暗黒舞踏以来の盟友であった大野一雄には、このダンスのそぎ落としをまったく伝えることができなかった。それどころか、土方が大野一雄に振付・演出した「ラ・アルヘンチーナ頌」は、ダンスの要素に満ち満ちている。土方は大野一雄からダンスをそぎ落とせば、大野一雄が死ぬことを知っていたのだ。また、どれだけ言葉を費やしても、衰弱体を伝えることはできない。それは土方と芦川羊子との「どちらかが死ぬしかない」というようなギリギリの生死を賭けた関係でのみ、人から人へかろうじて伝えうるものであったのだ。

大野一雄は終生、衰弱体を踊らなかった。ただ、彼は自らのからだが物理的に衰弱し動けなくなるまで踊り続けることで、土方とは別の通路で生きたまま衰弱体に変異してみせた。それはそれ自身すさまじく苛烈な舞踏である。

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