舞踏論   土方巽に捧げる
ラ アルヘンチーナ頌と私のお母さん
私のお母さん/ 大野一雄 1981 /

第31章 「私のお母さん」 胎界遡行へ



「ラ・アルヘンチーナ」から4年後の1981年、同じく土方巽振付・演出で、
大野一雄は「私のお母さん」を上演した。
母はアルヘンチーナと並んで、大野一雄のアニマの中のアニマだ。
私たちはアニマという強靭な刻印から、生涯をかけて解放されねばならない。
それは自分の性から解放されて、生命へ帰る営みなのだ。
土方はこの踊りを「胎児の夢」から始めた。
かつて埴谷雄高が暗黒舞踏を評して、「胎内瞑想だ」と言ったことがある。
それは生命の舞踏の本質の一つだ。
私たちが狭い「人間」の桎梏に制限された日常の生から
男も女もない、自己も他人もない、人種も、年齢の差もない、
生命の原初の一へ帰るために、私たちはからだの闇を探るのだ。
大野も「胎児以前は男も女もない」とよく言っていた。
土方も大野も、n個の性を果敢に踊った。
少女を踊り、魔女を踊った。ゲイを踊り、サドや、無性の胎児を踊った。
原初の眠りから目覚めた大野はひたすら胎道を遡行する。
胞衣のようなものをからだにつけて胎界をさまよい続ける。
75歳のからだではじめてできる天心無我の動きだ。
土方は大野のお母さんを象徴する小膳を母になぞらえて、
お膳とのさまざまな関係を演出した。
母を抱え、母に乗り、母と交わる。
だが、踊る中で大野はお母さんそのものになりこんでしまう。
あるいは死んだ母が大野さんにのりうつる。
憑依も共振現象であり、共振には主体も客体もない。
ただ、どちらからともなく起こってしまうものだ。
踊りの中で完璧な憑依体が実現した。
アルヘンチーナと母という二大アニマ。
このふたつのどうしても踊らねばならない踊りを完成して、
大野さんはなにものかから自由になった。
この創造によって人生を成就したと言える。
悠久の命から借りたからだを使って踊り続け、
彼のなした創造という利子をつけて百年の借り着を命に返した。
彼は一点の悔いもなく命そのものに帰っていった。
これほど見事な人生もまたとない。




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