舞踏論   第三部
 21世紀の「病める舞姫」


第302章 「病める舞姫」の構造

――登場人物と背後世界の多次元共振

 

「うっすらとある陰気な空気に人は撃たれる」

と、ある生徒の記した舞踏譜で土方は語っている。
『病める舞姫』の登場人物や事物たちは、
そのうっすらとした陰気な空気に満ちた世界の住人だ。
みな周囲の事物や、見えない背後の世界と微妙に多次元共振している。
登場人物というより、そのうっすらとした陰気な空気こそが
本当の主人公であるかのごとくだ。
土方は日常の現実の世界ではなく、命が微細に震えている
非二元の生命世界というもうひとつの現実を描いている。
そこは「自他分化以前の沈理の世界」である。
別の言葉で言えば、それは自我や自己が形成される以前の原生的な心、
生命が共振しているクオリアという現実なのだ。
心はクオリア共振そのものである。
クオリアは物質でも非物質でもない。
現代物理学のひも理論によれば、
超微細なひもの共振パターンの違いによって、
宇宙のあらゆる物質やエネルギーが生成するという。
生命もまたひもの共振パターンから生まれた。
そして生命は微細なひもの共振パターンの変化をクオリアとして感知し、
それを生存のために生かすことのできる存在として生まれた。
(これについて、くわしくは
「生命論」
「クオリア論」「共振論」をご覧ください。)

その目に見えないクオリア共振が生命を独特の存在としている。
土方は『病める舞姫』で、その生命の真実のありようを
出来る限り精密に捉えようとした。
『病める舞姫』の構造が、次のようなきわめて複雑な
多次元共振構造になっているのはそのためだ。



『病める舞姫』第1章に登場する人物と周囲の事物は、
目に見えない背後世界と極めて複雑重層的に共振している。
互いに相互侵食しあっているので、精確には分類できないが
とりあえず上の6つに振り分けることができる。

黄色で示した「空気中の目に見えない大きな生きもの」は、
それらすべての関係に関わっている。それは
ときに「隠れた様子や雰囲気」となり、
また、「胡散臭い事物」に姿を変えて現れる。
この三者が多次元共振しつつ背後の世界を構成している。
寝たきり老人や、からだの無用さを知った老人たちからなる
「病める舞姫
は、たえずそれらの背後世界と多様に共振している。
土方の「少年」もまた、それらの見えない世界から襲われ、
乱入され、踊らされてしまっている。
土方少年は目に見えないものや関係を見るために、
スパイのような目、額に第三の目玉を付けざるを得なかった。
心の暗がりや、いつの間にかはぐれていく観察を大事にした。
そして、「病める舞姫」たちにもいつのまにか混融されてしまう存在だ。
「乳呑児」は第一章では一箇所にしか登場しないが、
第二節いかでは重要な登場人物となる。
はじめの「目に見えない生きものと直接に関わっている
もっとも非二元生命に近い存在である。
以下では、とりあえず、第一章に付加した小見出しを、
これら6つの項目に色分けして一覧できるようにした。
これら一つ一つは独立した分節的なものではなく
互いにゆらぎあい、浸透し合い、融通無碍に入れ替わる。
それらすべての不可視の多次元共振を身にまとうことではじめて、
後期土方の衰弱体舞踏の特徴である舞踏独特の幽玄美が醸し出される。
独特の幽玄美とは、土方のいう
「うっすらとある陰気な空気に人は撃たれる」世界だ。
土方が目指したのは、これらすべてが重層統合されている、
生死を往還する隠微な世界を現出することだった。

 そげた腰のけむり虫
 
 からだのくもらし方

 ●老人の縮まりと気配り

 ただ生けているだけみたいな

 胡散臭いものへのスパイの目

 ●雪に食べられるからだ

 ●単調で不安なものに乱入されるからだ

 虫と熱

 ●泣く女と泣く物象の共振

 ●煤け姫

 ●乳呑児

 ●からだだけの密談

 睨む女と棒になる私

 ●隠れた様子

 媒介のないからだ

 ●茫とした姿

 ●電髪の女

 すでに踊らされてしまったからだ

 ●忘れられたからだ

 中腰のなかに滲みでている暗がり

 12 絹の糸を恐がる

 ●13 輪郭をはずされたからだ

 ●空気の中の見えない大きな生きものを見る額の目玉

 ●14 あまりにも放って置かれたからだ

 ●湯気に掠め奪られたからだ

 ●私だけが踊られてしまっていたのではなかった

 ●誰も知らない音の中に棲んでいる生きもの

 喰われ続けるからだ

 密偵のように敏速に連絡をとっているものたち

 ●ズタズタに引き裂かれた神様

 人間である根拠はもう崩れていた

 ●物達の物腰に脅かされている関係

 病弱な舞姫のレッスン

 ●舞姫に混有されてしまう

 ●はぐれていく私の観察

 ●短い息の明暗

 ●ぼんやりとした心の暗がり

 ●寝床には神様も潜り込む

 見えているものは暗い穴


次の表に、以上の小見出しを6つの分類にまとめた。

 見えないもの 
 [空気の中の見えない大きな生きものを見る額の目玉]

 [私だけが踊られてしまっていたのではなかった]

 [誰も知らない音の中に棲んでいる生きもの]

 [20 はぐれていく私の観察]

 [21 ぼんやりとした心の暗がり]

 [22 寝床には神様も潜り込む]

 [23]見えているものは暗い穴]

隠れた様子 
 [7 からだだけの密談]

 [9 隠れた様子]

 [10 茫とした姿]

 [中腰のなかに滲みでている暗がり]
 

 [密偵のように敏速に連絡をとっているものたち]

 [短い息の明暗]

胡散臭い事物 

 
 [1 そげた腰のけむり虫]


 [胡散臭いものへのスパイの目]

 [3 虫と熱]

 [12 絹の糸を恐がる]

 [18 物達の物腰に脅かされている関係]

 病める舞姫  
 [老人の縮まりと気配り」

 [泣く女と泣く物象の共振]
 
 [5 煤け姫]

 [11 電髪の女]

 [16 ズタズタに引き裂かれた神様]

 [17 人間である根拠はもう崩れていた]

 [19 病弱な舞姫のレッスン]


少年 
 [からだのくもらし方]

 
[2 雪に食べられるからだ]

 [単調で不安なものに乱入されるからだ]

 [8 睨む女と棒になる私]

 [媒介のないからだ]

 [すでに踊らされてしまったからだ]

 [忘れられたからだ]

 [13 輪郭をはずされたからだ]

 [14 あまりにも放って置かれたからだ]

 [湯気に掠め奪られたからだ]

 [15 喰われ続けるからだ]

 [舞姫に混有されてしまう]

乳呑児 
 [ただ生けているだけみたいな

 [6 乳呑児]


これからわたしたちは、『病める舞姫』の世界をからだで読み、

実践的な舞踏譜に精錬していこうとしている。

便宜のために分類したが、分類は非二元世界への侵害である。

これらを別個のものとしてではなく、相互に共振して変容しつつ

浸透しあう一つのものとして身にまとうことが必要である。

「自他分化以前の関係」世界にはいるとは、

自我形成以前の生命になることである。

一歩ごとに出てくる人間の自我を脱ぎ、

生命の非二元かつ多次元共振を身にまとう

多次元共振衰弱体に生成変化しつつからだを運ぶことだ。

舞踏の一歩一歩が、自我をそぎ落とす修行である。





クオリア」について、もっと知りたい方は、ここをクリック

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