舞踏論   土方巽に捧げる



第23章 「私のお母さん」 胎界遡行へ


「ラ・アルヘンチーナ」から4年後の1981年、同じく土方巽振付・演出で、
大野一雄は「私のお母さん」を上演した。
母はアルヘンチーナと並んで、大野一雄のアニマの中のアニマだ。
私たちはアニマという強靭な刻印から、生涯をかけて解放されねばならない。
それは自分の性から解放されて、生命へ帰る営みなのだ。



土方はこの踊りを「胎児の夢」から始めた。
かつて埴谷雄高が暗黒舞踏を評して、「胎内瞑想だ」と言ったことがある。
それは生命の舞踏の本質の一つだ。
私たちが狭い「人間」の桎梏に制限された日常の生から
男も女もない、自己も他人もない、人種も、年齢の差もない、
生命の原初の一へ帰るために、私たちはからだの闇を探るのだ。
大野も
「胎児以前は男も女もない」とよく言っていた。
土方も大野も、n個の性を果敢に踊った。
少女を踊り、魔女を踊った。ゲイを踊り、サドや、無性の胎児を踊った。
原初の眠りから目覚めた大野はひたすら胎道を遡行する。
胞衣のようなものをからだにつけて胎界をさまよい続ける。
75歳のからだではじめてできる天心無我の動きだ。



土方は大野のお母さんを象徴する小膳を母になぞらえて、
お膳とのさまざまな関係を演出した。
母を抱え、母に乗り、母と交わる。
だが、踊る中で大野はお母さんそのものになりこんでしまう。
あるいは死んだ母が大野さんにのりうつる。
憑依も共振現象であり、共振には主体も客体もない。
ただ、どちらからともなく起こってしまうものだ。
踊りの中で完璧な憑依体が実現した。
アルヘンチーナと母という二大アニマ。
このふたつのどうしても踊らねばならない踊りを完成して、
大野さんはなにものかから自由になった。
この創造によって人生を成就したと言える。
悠久の命から借りたからだを使って踊り続け、
彼のなした創造という利子をつけて百年の借り着を命に返した。
彼は一点の悔いもなく命そのものに帰っていった。
これほど見事な人生もまたとない。

胎界遡行

はじめて舞踏を見た埴谷雄高は、強く「胎内瞑想」と印象づけられ、
短文を舞踏公演のパンフレットに寄せている。
獄中でさまざまな瞑想を行っていた彼らしい感想だ。
共振塾では、もう20年に渡って、独自の<人間子宮>という方法で
胎内にいた頃の忘れていた記憶を思い出すワークを続けてきた。
その方法を簡単に紹介しよう。

胎児になるひとりを他の全員が子宮となって包み込み、
グロフの見つけた分娩前後の4つの世界を体験するというものだ。

第T期 大洋エクスタシー−いつまでも続くかと思われる胎内ゆらぎの悦楽

第U期 楽園からの追放ー世界の急変・出口なし

第V期 死と再生の葛藤ーパニック・暴力性・生物的怒り・火山的エクスタシー

第W期 死と再生の体験ー死と自我・深淵への旅・気付き


出生後に体験する大きな出来事は、すべてこの4つのフェーズのどれかとつながり、
共振増幅される。
あらゆるクオリアは時空を超えて共振する。
いまここで起こっている物理的な体験の外クオリアは、
細胞内に保存されている40億年の生命記憶、
それを10ヶ月に凝縮して追体験する胎内体験の内クオリア、
そしてグロフのいう分娩前後の4つの内クオリアと共振し、
予測できない速度と強度で共振増幅される。

とりわけ、人生でもっとも困難な目にあったときは、必ず上の分娩第V期に味わった
「死と再生の葛藤ーパニック」のクオリアが同時に無意識裡に共振する。
そして必要以上にパニックを深めてしまう。

このワークが危険なのは、いつ、どの程度の強度で
この共振増幅が起こるか、予測できないからだ。
細心の注意でのぞみ、何が起こっても全員がそれを自分の問題として直面し、
解決する共同性の下地が必要である。
共振塾では、<共同産婆>として互いが気づかいあい、
助け合う共振的態度を育むようにしている。
さいわい、塾生間にはそれが醸成されつつある。
それどころか、このワークを体験するだけではなく、
これを通じて、あらゆる強烈な人生体験のクオリアと、
この分娩前後の4位相のクオリアが何らかの共振をしていることまで
透明に透かし見るという課題を共有しうるところまで来た。

舞踏家は情報の専門家ではなく、クオリア共振の専門家になる必要がある。
<クオリアの現幻二重共振>という原理はとても重要なものだ。
胎界遡行はそれを体得する重要なワークの一つである。




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