舞踏論   土方巽に捧げる

第234章 ふたつのカン
ー世阿弥と土方巽


咸と癇ーふたつのKAN

世阿弥の咸、土方巽の癇。
どちらもまれにしか使われない文字だが、二人にとっての美の根幹をなす概念だ。

世阿弥の咸

花、面白し、珍し、妙花と、
歳を追って究極の美を追求してきた世阿弥は問う。


「能には、花、面白、珍などの心のはたらきを超えて、
思わず「はっ」と動かされることがある。
心のはたらきなくしていのちが動かされるとはこれなんぞ?」


彼はそれを表すのに、通常の感(Feel)からあえて心を差っ引いて
<咸>という言葉を当てた。
咸とは心のはたらきを超えていのちからいのちへ伝わる
生命共振そのものだ。

感(Feel)?心(Heart)=咸(Life Resonance 生命共振)

というわけだ。
彼は若年の40代に書かれた『花伝書』における
花、面白、珍という美の定義を、
晩年にはそれらの(おぉ、花が咲いた! 面白い! 珍しい!)という
心のはたらきを超え、言葉にはできぬ究極の美を妙花と呼び、
現世と他界のあいだを往還する複式夢幻能を確立した。
世阿弥は、その根底にいのちからいのちに直接伝わる
<咸>(生命共振)をすえた。
美の本質は生命共振にありと捉えたのだ。

土方巽の<癇の花>

一方、若年の頃のさまざまな暗黒舞踏の実験を経て、
衰弱体舞踏の創生に取り組んだ晩年の土方巽が
最終的に到達した美は<癇の花>と呼ばれる。
癇の花とは、世界とのさまざまな生命共振の積み重ねによって
衰弱し、世界とうまく共振することができなか唸った不具の心身が、
たまゆら放つ究極の美を指す。
「岩の蝉の目」など、
癇の花の事例として挙げたことばがそれを指し示している。
「舞踏は表現ではない。生の感情や情動をそのまま表現するのではなく、
いったんそれを呑み込む。
そして咀嚼し、美酒にまで醸成されるのを待つ。
待って、待って、ここぞというときに岩に沁み入った蝉の目で睨み返す。
それが生命の舞踏なのだ。」

『疱瘡譚』(1972)において、疱瘡に身を喰い破られたいのちの
瀕死の動きとも言えぬ蠢きによってそれを踊った。
『夏の嵐』(1973)、『静かな家』(1974)における「少女」のソロで、
長年の間踊ること能わなかった死んだ姉との合一を踊った土方巽は
そのなかでほとんど地を這うがごとき、
生と死のあいだのかすかな最後の身悶えによって、<癇の花>を踊った。

透明な生命共振の美

世阿弥の<咸>といい、土方巽の<癇の花>といい、
どちらもことばを絶した生と死の間でゆらぐいのちの姿の中に、
いのちからいのちへ伝わる<生命共振>としての究極の美を発見した。

現代のわたしたちは、いったいいかなる形で生命共振の美を
創出することができるのだろうか。
いのちに問うことだ。
何がいちばんしたいかい?
どんな困難に出会っているかい?
何を求めているのかい?
いのちのかすかなふるえやゆらぎのなかにその答えは詰まっている。
いのちに耳を澄まし、かすかなクオリアにしたがって動く、
そして耳を澄ます。

耳を澄ます。
動く。
そして耳を澄ます。


この単純な傾聴の繰り返しのなかに
きたるべき微細生命共振技法の種が胚胎している。




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