舞踏論   土方巽に捧げる

第231章 『静かな家』の序破急成就

全部で27章からなる「静かな家ソロのためのメモ」の、
最後の3章が、<急>に当たる。
世阿弥がもっとも大事にしたのは、序破急成就である。
単なる序破急をつけるだけではない。
序破急は最後の最後に踊り手と観客の境を超えて
ひとつの生命共振に結晶せねばならない
序破急成就とは、序から、幾たびもの破を経て、
その度に観客を踊りの世界に引きずり込み、
最後の急において、手数と工夫を尽くしてもみ寄せ、
一気に踊り手と観客のいのちが共振によって一つになることをいう。

「序破急成就せずんば、能にあらず(=踊りにならない)」

とさえ言い切っている。
たらたらといつ終わるかわからないようなふやけた終わりは
すべてをぶち壊す。
世阿弥と土方の<急>からもっと学んでほしい。
土方の「静かな家」の急は、まさしく世阿弥が述べている
<もみ寄せの急>
の典型である。
最後の3章に、これまで踊って来たすべてのエッセンスを凝縮し、
結晶化してみせた。

ただ、土方は「静かな家」では、踊りの肝心な部分は
物理的な動きを極力排除して、頭蓋の中の最小限の踊りに
凝縮するという途方もない実験を行った。
当時の観客には何も視えなかったのかもしれない。
公演後だれも公演評を書く者が現れなかったことがそれを示している。
以下に<急>部分の原文を示す。
静かな家のなかでももっとも美しい部分だ。
ビデオのレクチャーではわたしはそれを原寸で踊って見せている。
原寸大で踊るのか、半分のサイズに削減するのか、
それとももっと微細なサイズに還元して踊るのか。
いかにいのちからいのちへ踊りを届けるか、
その工夫と実験はわたしたちに委ねられている。


世界チャンネルの<急>

踊りの序破急の<急>では、
おのずから世界チャンネルが開かれることによって、
クライマックスを迎える。

それまでの<序>や<破>では、個別チャンネルでの
できごとを微細に開畳していくが、<急>では一気に
複合チャンネルである世界チャンネルへ移行する。
だが、ただの世界ではない。
クオリアの世界チャンネルはあらゆる境界を超えて共振する
多次元かつ非二元世界だ。
土方巽の「静かな家」の最後の三章はそれをよく表している稀有な例だ。


25 (悪夢)

 悪夢こそはこの裸体なのだ

 1、虫やらミショーの顔やら、少女と馬の顔やら、

  電髪の女やら、馬鹿の顔やら、ボッシュが描いた人物の顔やら、

  助けてくれと嘆願する手やら

 2、犬と花と影とトントントンと跳ねる虫

 
個々のからだの踊り場で、単一チャンネルのシンプルなクオリアを
ひとつひとつ丁寧に踊ってきたこれまでの章とは明らかにリズムが異なる。
あらゆるクオリアを短時間に一気に詰め込んで踊る<揉み寄せ>のリズムに転換している。
無数の顔が重層し瞬時に入れ替わるのは、土方の言葉では<森の顔>だ。
25節にみるようなさまざまなクオリアを寄せ集め、短い事案ですべて踊る<揉み寄せの顔>である。
それが、「トントントンと跳ねる虫」のようなテンポでどんどん自在跳梁して変わっていくのが、<急>における独特の間だ。

 

26 奇妙な展開のさなかで 

 1、手のなかへの求心的な恋愛を頭蓋のなかにすっかり置き変える

 2、神経が棒になり、棒が乞喰になった。乞喰が旗を振っていた、

  それは大きな鳥であった。

 3、首が馬の首になってのびると、指のゴムものびた。

  その作業のさなかに、点の眼と視点が変えられた。

  Xによる還元と再生にさらされていたのだ。

  その時は、背後に爪がザックリとささり、ゆくえははぐれて育ち、

  新たな還元により、小さなマイムがそこに誕生していた。

 4、内部が外部へあふれ出し、あふれ出していったものが仮面の港へ

  帰ってくる。仮面は森のなかへ船出をするのだ。

 5、額の風、額はとらわれている。手の葉、植物の軌跡を走り、私は、

  ついに棒杭の人となっていた。

 6、深淵図の中で、全ての事象の午前一時のなかで、柳田家の孔雀は完成される。

26節は、内と外の境界が消え、それが「内部が外部へあふれ出し、あふれ出ていったものが、仮面の港へ返ってくる。仮面は森の中へ船出をするのだ。」という美しい詩句で語られる。「静かな家」の中でももっとも美しく結晶した文章だ。それをいかに踊るか。きみの工夫次第だ。
 

27 皮膚への参加 

 1、小さな頭蓋のなかの小さな花、それはそれは細い細い視線、

  神経は、頭の外側に棒を目撃した、

  その棒を額で撰り分けている視線。

 2、小さな顔で歩く盲はまるでサルのようだ。猿の頭に落雷。  

  頭の中に小さな花が咲く、糸つむぎの唄が聞え出す。

 3、引きのばされる老婆は一枚の紙になるだろう。

  老婆はその紙の上に蛾のように乗っかるだろう。

 4、武将は女王になり、女王は関節の箱におさめられるだろう。

  その箱のなかからの生まれ変わりがフーピーという踊り子である。

最後の節では、土方の究極の理想の舞踏体である<踊り子フーピー>への夢が語られる。
チャンネルを超え、次元数の変化を超え、無数のサイズ、無数の密度を運ぶ踊り手は、最後に関節の小箱に閉じ込められ、そこからの生まれ変わりとして踊り子フーピーが誕生する。
フーピーとは時空を自在に移行するX還元技法を駆使し、この多次元共振・非二元世界を自在跳梁して踊るなにものにも囚われない透明な踊り子である。



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